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東京地方裁判所 平成13年(ワ)20758号 判決 2003年4月21日

主文

1  被告らは連帯して、原告に対し、金600万円及び平成13年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し、その1を被告らの、その余を原告の、それぞれ負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは連帯して、原告に対し、金3000万円及び本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、被告野村證券株式会社(被告会社)の従業員である被告A、被告Bから紹介されて訴外テレシス株式会社(テレシス)の発行する新株3000万円分を引き受けた原告が、次の決算期にはテレシスが事実上倒産状態にあって株式は無価値であることが判明したとして、被告らに対して不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。

1  原告の主張

(1)  原告は、興和合同株式会社(興和合同、旧商号「興和鋼業株式会社」)のオーナー社長であるが、被告会社を通じて証券取引を行い、その本店資産管理1部の課長であった被告A及び本店資産管理1部長であった被告B(被告両名)と面識があったところ、平成11年12月ころ、間もなく店頭上場する有望なIT関連会社があるとして、テレシスを紹介された。

(2)  原告は、日本で最大手の証券会社の幹部である被告両名が、テレシスの株式(テレシス株)は上場すれば株価が上昇してかなりの利益を見込めるというので、それを信じてテレシスのC社長と会うことにしたところ、平成12年1月6日に被告両名がC社長を原告の会社に連れてきた。

(3)  原告は、社長室でC社長に会い、C社長から、平成12年春には店頭上場予定であるなどとの説明を受けた。この説明は、テレシス株が上場予定であるとの被告両名の説明と一致していたので、原告は、これを信用して、平成12年1月12日ころ、テレシスに対し、新株引受払込金として3000万円を送金した。

(4)  ところが、その直後の平成12年3月期のテレシスの決算書類によると、原告らの増資により資金が増えたはずであるのに純資産はマイナスであり、平成11年3月期の決算と比べても著しい業績低下で、株式を店頭上場できるような状態ではないことが判明した。ちなみに、テレシスは、現在、実質的に倒産状態であり、その株式は無価値である。

(5)  被告両名は、原告に対してテレシスを紹介し、新株引受を勧誘した当時、同社の業績が悪く、数億円単位の赤字欠損金が出ていることなどを熟知し、原告が同社の新株を引き受けたならば将来損害を被る可能性が高いことを知りながら、同社の新株発行を実現させるため、被告Bの指揮の下で本店資産管理1部が一丸となって引受可能な顧客を同社に紹介することとし、被告Aが被告会社の顧客リストの中から原告を選定した上、原告に対して真実を告げず、原告をして同社に投資させ、損害を被らせたものである。

(6)  よって、原告は、被告A及び被告Bに対しては民法709条の損害賠償請求権に基づき、被告会社に対しては民法715条の損害賠償請求権に基づき、払込金相当額の3000万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成13年10月10日から支払済みまで、民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告らの認否と主張

(1)  原告の主張(1)の事実は認める。

ただし、被告Aは、平成11年12月27日、原告に対し、テレシスが出資者を募っているので関心があれば紹介すると述べたが、同時に、ハイリスク・ハイリターンであることを説明した。

(2)  同(2)のうち、被告両名が原告に対してテレシス株は上場すれば株価が上昇して相当程度の利益を見込めると言ったとの部分、被告Bが平成12年1月6日に原告会社を訪れたとの部分は否認するが、その余の事実は認める。

平成12年1月6日にC社長とともに原告会社を訪れたのは、被告Aと、本店資産管理1部のパーソナル・ファイナンシャル・アドバイザリー課長のD課長である。

(3)  同(3)のうち、原告がC社長と会い、平成12年1月12日ころテレシスに新株引受払込金として3000万円を支払ったことは認めるが、その余の事実は不知。

原告は、昭和14年10月23日生まれ(当時60歳)で、資本金6000万円、従業員77名を擁する鋼板の加工販売会社である興和合同の社長であり、平成5~6年ころから被告会社以外の証券会社で証券取引を開始し、平成10年6月ころには、被告会社本店資産管理1部に口座を開設して数億円規模の多額の証券取引を行っており、投資について十分な能力と知識と経験を有していた。

(4)  同(4)のうち、テレシス株が現在無価値であるとの点は否認するが、その余の事実は認める。テレシス株は現段階で価値は低いが、今後回復する可能性は否定できないから、現段階で損害が発生しているとはいえない。

(5)  同(5)のうち、被告両名が原告にテレシスを紹介したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告AやD課長(被告Aら)は、原告に対してテレシスへの出資の話を持ちかける前に、テレシスの財務状態が必ずしも良好ではないことを認識していたが、企業の将来性はある特定の財務状態のみで判断されるものではなく、その企業が有している技術やアイディアなどを含めて判断されるべきであるところ、テレシスは、住宅関係のパソコン3Dソフトを有するなど成長性があった。被告Aらは、テレシスが事実上倒産するなどとは予見できなかった。

また、平成12年1月6日に原告会社を訪れた被告AとD課長は、C社長が原告に対してテレシスへの投資を説明したときには席を外しており、原告のテレシスへの出資には全く関与していない。一般の証券取引であれば、投資する者が投資対象会社のトップから直接説明を受けたりすることはできないが、本件では、原告は、投資対象会社のトップであるC社長から直接情報を取得して投資を決定したのであり、原告の自己責任というほかはない。

(6)  同(6)は争う。

第3当裁判所の判断

1  興和合同の社長である原告が平成11年12月に被告会社の紹介でテレシスを知り、平成12年1月6日に被告会社の従業員2名(被告Aのほか、被告BかD課長かについては争いがある。)がテレシスのC社長とともに原告の会社を訪れたこと、C社長が原告に対してテレシスの説明をしたこと、原告はC社長と面談した後にテレシス株の引受を決断し、テレシスに対して3000万円を送金したこと、現在、テレシスが事実上倒産状態であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  そうすると、本件の主たる争点は、被告両名がテレシスの経営状況の悪化を知りながら、または、容易にその状況を知ることができたのに確認を怠ったまま、原告に対してテレシス株の引受を勧誘して引き受けさせ、原告に損害を与えるに至ったか否かである。

3  そこで、判断するに、甲4号証(事業計画書)、甲9号証(原告陳述書)、甲11号証(訴外E陳述書)、乙3号証(売買取引計算書)、乙4号証(入出金明細)、乙5号証(ホームページ・ニュース)、乙8号証(被告A陳述書)、乙11号証(訴外F陳述書)、乙12号証(被告B陳述書)、原告本人尋問の結果、被告Aの本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  原告は、平成5~6年ころから被告会社以外の証券会社で証券取引を始めて、平成10年6月29日には被告会社の本店資産管理1部に個人名で取引口座を開設して被告会社での証券取引を開始し、同年7月には合計約6億円を投入して十字屋株、長崎屋株、協同飼料株、蛇の目ミシン工業株などを買い付けたほか、被告Aが担当となった後は平成11年3月10日に沖電気工業株を約1億2638万円余を買い付けたりしていた。なお、原告の被告会社での取引は平成13年10月2日まで行われ、この間の約3年4か月にわたる被告会社口座への原告の入金額は合計21億8621万円余、被告会社口座からの出金額は合計20億5311万円余であり、結局、原告の赤字は1億3310万円余(本件の3000万円を含む。)となっている。

(2)  本店資産管理1部のD課長は、平成11年の11月か12月初旬ころ、同部の同僚課長である被告Aや同部の部長である被告Bに対し、テレシスが増資を計画しているので出資者を探していることを話した。そして、本店資産管理1部の中でテレシスから事前に説明を受けることとなり、テレシスのC社長と担当者に本店資産管理1部に来てもらい、部長の被告Bを初めとして被告AやD課長など5~6人でテレシスの説明を受けた。

ちなみに、テレシスの平成11年11月10日付けの事業計画書(甲4号証)によれば、平成10年4月1日から平成11年3月31日までの売上高は4億6700万円、経常損失は2億6500万円、当期損失は2億6600万円、1株当たりの当期損失は3万0070円、欠損金は4億4129万円である。

(3)  被告Bは、D課長やテレシス側の事前の説明などによって、テレシスの財務状況が良好とは言えない状況であることを理解していたので、テレシスへの投資にはリスクが伴うと認識し、知識、経験、資産などの面からリスクをとることができる顧客でなければならないと判断し、部下の被告AやD課長に対して、それらの条件を満たす顧客を選抜するよう指示した。

(4)  被告Aも、テレシスの財務状態が必ずしも良好ではないことを認識していたが、当時はIT関連企業がブームであったことや、テレシスが住宅関係のパソコン3Dソフトを有していたことなどから、その財務内容を十分に検討することもないまま、成長性があると判断し、それまで大口の証券取引をしていた原告を紹介することとした。そして、被告Aは、上記(2)のテレシスの説明を受けた後、平成11年12月27日ころに原告の会社を訪れ、原告に対してテレシスが増資をするので、投資として新株を引き受けてはどうかという話をした(D課長と一緒に行ったのか被告Bと一緒に行ったのかは判然としないが、2人で行ったことは一致しているので、便宜的に被告Aらという。)。その際、話の流れの中で、被告Aらは、原告に対して、テレシスは有望なIT関連企業であり、リスクがないとは言えないが、上場したりすれば相当の利益が見込めるなどと説明したが(ただし、平成12年に上場予定だとまで言ったとの客観的証拠はない。)、テレシスの財務状況が良くないことなどについては何も説明しなかった。

(5)  原告は、日本で最大手の証券会社である被告会社の本店資産管理1部が推奨する以上、間違いがない話であろうと考え、被告Aらの話に大いに興味を持ったものの、自分から積極的に被告Aらに対してテレシスへの投資に応じる姿勢を示したりはしなかった。そこで、被告Aは、平成11年12月末ころか平成12年1月の御用始め早々に、原告に対して電話をかけ、テレシスの新株引受を積極的に検討してくれるなら、テレシスのC社長を原告の会社に同行して、C社長から具体的に説明させるとの話をもちかけ、原告がこれを了解すると、C社長とも日程を調整して、平成12年1月6日に原告の会社を訪問する約束を取り付けた。

(6)  平成12年1月6日、被告Aらは、テレシスのC社長らを同行して原告の会社を訪れ、まず、被告Aらを含む全員がいる席で、テレシスの持参したパソコンでソフトウェアーのデモンストレイションを行ったほか、テレシスの事業内容などの一般的な説明がなされた。その後、C社長が原告に対して直接増資についてお願いをするということになったので、被告Aら被告会社の者は席を外して別室でC社長と原告との話が終わるのを待った。原告は、約40~50分、C社長からテレシスについて説明を受け、その財務状況などを深く検討することもないまま、最終的にテレシスの新株を引き受けてテレシスに対して投資することを決断した。そして、原告は、部下を通して被告会社の原告名義の取引口座に3000万円を振り込んだ。

(7)  被告会社の本店資産管理1部の働きかけによるテレシスの増資への応募者数は不明であるが、平成12年6月30日に開催されたテレシスの第3回定時株主総会の説明資料(甲5号証添付)によれば、同年1月13日に合計3億2700万円の第三者割当増資がなされた旨の記載がある。なお、このテレシス株の増資手続に関連して、被告会社に一定の手数料収入があったことは認められるが、その額は不明である。

(8)  ちなみに、テレシスの平成10年4月1日から平成11年3月31日までの財務状況は、前記(2)に記載のとおりであり、売上高は4億6700万円、経常損失は2億6500万円、当期損失は2億6600万円、1株当たりの当期損失は3万0070円である。また、平成11年4月1日から平成12年3月31日までの財務状況は、上記(7)の株主総会資料によれば、売上高は4億2700万円、経常損失は1億6200万円、当期損失は2億4100万円、1株当たりの当期損失は1万5688円(前年度に比較して改善されているのは増資により株式数が増えたためであり、収支が改善したことによるものではない。)、販売費及び一般管理費は4億5967万円であって、販売費及び一般管理費が売上高を3267万円上回っている。さらに、平成13年6月29日に開催されたテレシスの第4回定時株主総会の説明資料(甲6号証添付)によれば、テレシスの平成12年4月1日から平成13年3月31日までの売上高は3億2400万円、経常損失は2億5800万円、当期損失は2億5600万円、1株当たりの当期損失は1万6669円、販売費及び一般管理費は4億9833万円であって、販売費及び一般管理費が売上高を1億7433万円も上回っている。この間の平成13年3月15日、テレシスは、パーソナル・コンピューター・サイト「e-ハスウバンク」の運営により、「日本IT経営大賞」のフジサンケイグループ賞を受賞した。

(9)  なお、平成14年2月19日にテレシスの臨時株主総会が開催され、その席上において、G総務部長から、経営が破綻し営業停止のやむなきに至り、C社長は行方不明となっている旨の説明がなされた。

4  以上に認定の事実によれば、平成11年12月から平成12年1月当時、テレシスの財務状態は、売上高が4億円程度であるのに計上損失が2億円を超えている上、販売費及び一般管理費が売上高を上回り、欠損金も4億円を超えているなど、かなり悪化していたといわざるをえず、この時点でテレシスの増資に応じることは、相当高いリスクがあったといわざるをえない。

(1)  これを前提に、被告Aの責任について検討する。

被告Aは、前記認定のとおり、日本最大手の証券会社の幹部社員として、証券取引の分野で専門的な知識とともに絶大な信用を有しているのであるから、そのような特別の立場にある者が顧客に対して積極的に投資を勧めるときには、これを信頼して投資に応じようとする者がその利害得失を検討することができるように、必要な資料を提供するとともに、自らも事前に資料を検討して、自らの経験と知識とを前提とした適切なアドバイスをなすべき条理上の義務があるというべきである。

そして、被告Aは、本件当時に、テレシスの財務状況が必ずしも良好なものではないことを認識していて、しかも、同人が所属する本店資産管理1部にはテレシスの財務状況を判断するために必要な営業報告書や貸借対照表や損益計算書などが記載されているテレシスの事業計画書があり、容易にこれらの関係資料を見ることが可能であったから、事前にこれらを検討して、原告がテレシスの増資に応じた場合の利害得失について適切なアドバイスをすべきであったのに、IT関連企業がブームであったことや、テレシスが住宅関係のパソコン3Dソフトを有していたことなどから、それらを十分に検討することなく、漠然と成長性があるなどと判断してテレシスに原告を紹介し、自ら積極的に原告に連絡を取り、原告の会社を訪れて、テレシスは有望なIT関連企業であり、将来上場すれば相当の利益が見込めるなどと説明をした上、1月早々にC社長を同行して話を具体的に進めるなど終始積極的な役割を果たしたものであり、原告がテレシスへの投資を決断するに至ったのは、このような被告Aらの積極的な姿勢がかなり寄与したものと認めるのが相当である。しかして、被告Aが原告に対して事前に的確な情報を提供していたならば、原告がテレシスへの投資を簡単に決断することはなく、今回問題となっている損害を被ることもなかったものと考えられるから、被告Aには、原告に生じた損害について責任がある。

なお、被告Aは、C社長が直接原告に対して説明をしていた時には同席していなかったし、責任はないと主張しているが、上記認定の事実に照らし考えるならば、同席していたか否かは、被告Aの法的責任の有無を左右するものではないというべきである(過失相殺の点は後述する。)。

(2)  次に、被告Bの責任について判断する。

本件では、被告Bが原告の会社を訪れて原告に対してテレシスの増資に応募するよう自ら働きかけたか否かについては、当事者間で供述が異なっており、これを認定するに足りる証拠はない。

しかしながら、前記認定のとおり、被告Bは、本件当時、被告会社の本店資産管理1部の部長として、被告AやD課長などの部下を指揮・監督すべき責任者の立場にあり、被告Aら本店資産管理1部所属の部下が本件テレシスの増資について積極的に関与することを承諾して推進したものであって、被告Bの承諾がなかったならば被告Aがテレシスに原告を紹介することもなく、今回の問題も生じなかったものと考えられる。

しかも、被告Bは、事前に直接の担当責任者であるD課長の説明を受けたり、テレシスのC社長やテレシスの担当者にも資産管理1部に来てもらって説明を受けるなどした結果、テレシスの当時の財務状態が良好なものではないことを承知しており、増資に応ずることは相当のリスクが伴うものであることを認識していたのであるから、前記被告Aの責任について述べたように、テレシスから本店資産管理1部に提出されていた事業計画書の中に引用されている営業報告書や貸借対照表や損益計算書などを自ら検討するか、部下のD課長や被告Aにこれらを検討させれば、テレシスへの増資を勧奨することが適切ではないことが容易に判明したはずであり、本件のような結果を生じさせることもなかったと考えられるから、被告Bも、原告に生じた損害について、責任を免れることはできないというべきである(同様に過失相殺の点は後述する。)。

(3)  さらに、被告会社の責任について検討する。

これまでに判断したところから明らかなように、被告A及び被告Bによる原告に対するテレシス株の増資への勧奨行為は、被告会社の本店資産管理1部の行為としてなされたものであり、また、その額はともかく、被告会社はテレシスの増資に関する手続を担当することによりテレシスから手数料の支払を受けているのであるから、被告A及び被告Bによる前記認定の原告に対する行為は、被告会社の事業の執行についてなされたものということができる。したがって、被告会社は、本件において被告A及び被告Bが原告に加えた損害について、民法715条に基づく使用者責任を負うというべきである。

(4)  なお、被告らは、被告会社として原告から平成12年1月6日付けで乙10号証の覚書を徴しており、これには、「貴社よりご紹介いただきましたテレシス株式会社の第三者割当増資に係る案件につきましては、私は必要な情報をテレシス株式会社から直接入手し、自らの判断と責任において取引を行なうものと致します。」と記載されていることから、被告Aらは原告にテレシスを紹介したにすぎず、テレシスへの投資はすべて原告がC社長と直接話をして決断したものであり、被告らに責任はないと主張している。

しかし、この書面は、被告会社がC社長を原告に会わせるため原告の会社に同行した際、被告Aらが事前に準備して持参したものであるが(原告の署名捺印は原告の部下であった訴外Eが行ったものである。)、仮に、被告らの主張のとおり、被告らがC社長を原告の会社に連れて行って直接面談する前には原告はテレシスへの出資を決断をしていなかったというのであれば、被告会社として、原告がテレシスへ出資することを前提とする覚書の文書を事前に作成して持参すること自体、おかしな話である。被告らが、このような文書を事前に作成して原告を訪問する際に持参したということは、C社長を同行するに先立って、被告Aらが、被告らによる事前の説明で既に原告がテレシスに出資するであろうとの感触を得ていたからであろうと考えるのが自然である。したがって、乙10号証を原告から徴求したことが被告らの免罪符になるものではないというべきである。

5  最後に、過失相殺について判断する。

(1)  原告は、これまでに述べたとおり、本件当時60歳で、資本金6000万円、従業員77名を擁する鋼板加工販売会社の社長であり、被告会社を含む複数の証券会社で多額の証券取引を経験し、経済取引一般はもとより、ある会社の第三者割当による新株発行に応じて投資するということの意味は十分認識していたものであるから、本件で問題となっているテレシスの増資に応じる際にも、自ら必要な資料を収集して事前に十分検討し、自らの判断で増資に応じるか否かを決断することができたし、そのようにすべきであったのに、本件のテレシスの件については、日本で最大手の証券会社の本店資産管理1部からの積極的な勧奨によるものであったところから、自ら十分な検討をしないまま、被告Aらのセールス・トークを信じ、必死に新たな融資先を探していたC社長の思惑を熱意と誤解して鵜呑みにし、安易に有利な投資先であると考え、テレシスの増資に応じて本件の損害を被ったものである。

(2)  このような事情を総合的に勘案すると、本件では、その損害の発生について原告の寄与過失の割合を8割とするのが相当であるから、本件で原告が被告らに対して請求している3000万円について8割の過失相殺をし、その残額である600万円の限度で原告の請求を認容するのが相当である。

第4結論

以上によれば、原告の被告らに対する本件請求は、600万円の限度(不真正連帯債務)で理由があるから、その限度で認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文、65条1項本文を、仮執行の宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤典明)

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