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東京地方裁判所 平成13年(ワ)22131号 判決 2003年4月16日

原告 X

同訴訟代理人弁護士 佐藤忠宏

同訴訟復代理人弁護士 森利明

被告 あいおい損害保険株式会社

同代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 海老原元彦

同 吉原朋成

同 中山靖彦

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、2000万円及びこれに対する平成13年10月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、東京都新宿区でラーメン店「a」を経営していた原告が、火災保険契約を締結していた被告に対し、同店舗で発生した火災について、その保険金の支払を求めたのに対し、被告は、平成6年以降、原告が経営していた他の店舗で合計3回の火災があり、当該店舗の火災で原告経営の店舗に対する火災は4回目であるなど極めて不自然な事実が種々存在することから、本件火災は原告の故意によって惹起されたものである、また、原告には、損害について虚偽申告があったなどと主張して、保険金支払義務の存在を争った事案である。

1  争いのない事実等

(1)  当事者

ア 原告は、東京都新宿区<以下省略>において、ラーメン店「a」(以下「本件店舗」という。)を平成11年8月20日に開店し、経営していた者である(争いなし、乙第5号証)。

イ 被告は、損害保険業等を目的とする株式会社であり、平成13年4月1日、大東京火災海上保険株式会社から商号を変更した会社である(争いなし)。

(2)  保険契約締結

ア 原告と被告は、平成12年8月29日、以下のような火災保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。争いなし、甲第1号証)。

(ア) 証券番号 <省略>

(イ) 保険種類 店舗総合保険

(ウ) 払込方法 一時払

(エ) 保険期間 平成12年8月30日午後4時から平成13年8月30日午後4時まで1年間

(オ) 保険の目的 建物附属設備(鉄筋コンクリートコンクリート張陸屋根4階店舗内)及び什器設備機械等

(カ) 保険金額 基本 2000万円

借家人賠償責任 1000万円

(キ) 保険料 基本 3万2800円

借家人賠償責任 2500円

イ 原告と被告は、平成13年1月19日、本件保険契約に、以下の内容を追加する旨合意した(争いなし、甲第2号証)。

(ア) 保険金額 店舗賠償 1億円

(イ) 保険料 2850円

(3)  火災の発生

平成13年4月22日午前1時00分ころ、本件店舗内において火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件店舗は毀損した。本件火災は、同日午前1時02分ころ、新宿消防署に覚知され、同日午前2時05分ころ鎮火した。

なお、本件火災の1週間前に、本件店舗と同じ建物の地下にある店舗「スナック b」においても、放火事件が発生した。

(争いなし、<証拠省略>)。

(4)  被告の保険金支払拒絶

原告は、被告に対し、平成13年5月2日、本件火災を理由として、本件保険契約に基づき、保険金の支払を求めたが、被告は、同年8月13日、その支払を拒絶した(争いなし、<証拠省略>)。

(5)  約款の内容

普通保険約款内の店舗総合保険普通保険約款には、以下の規定があった(甲第4号証)。

ア 被告は、火災によって保険の目的について生じた損害に対して、損害保険金を支払う(1条1項(1))。

イ 被告は、この約款に従い、損害保険金が支払われる場合において、それぞれの事故によって保険の目的が損害を受けたために生ずる費用に対して、臨時費用保険金を支払う(1条8項)。この臨時費用保険金は、1回の事故につき500万円を限度とし、損害保険金の30%に相当する額とする(8条1項)。

ウ 被告は、この約款に従い、損害保険金が支払われる場合において、それぞれの事故によって保険の目的の残存物の取片付けに必要な費用に対して、残存物取片づけ費用保険金を支払う(1条9項)。

エ(ア) 被告は、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意もしくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない(2条(1))。

(イ) 被告は、保険契約者又は被保険者が、正当な理由がないのに提出書類につき知っている事実を表示せずまたは不実の表示をしたときは、保険金を支払わない(26条4項)。

(6)  原告の過去の火災経験

原告は、過去に、その所有不動産について、平成6年7月、平成7年9月及び平成11年10月の3回の火災経験があり、本件火災は、4回目の火災にあたる(争いなし、<証拠省略>)。

また、原告は、3回目の火災の際、被告の火災保険に加入しており、約2900万円の火災保険を受け取った(争いなし、乙第4号証及び第5号証)。

2  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  本件火災の発生に関する原告の故意の有無(被告の主張)

ア 本件火災は、放火により発生したものと認められる。

イ 本件火災は、警察の報告を前提とすると、窃盗のために本件店舗内に侵入した者が放火したかのようにも思われるが、窃盗のために侵入したと見るには、ラーメン店への窃盗目的侵入の不自然性、店内が物色された様子が特になかったこと、原告が、実際には発生していない窃盗被害を、当初ことさら強調していたこと等から、犯人の実際の目的は放火自体にあって、窃盗は、放火目的であることを隠すために偽装されたものと考えられる。

ウ 原告は、本件店舗開店後1年たってから、本件保険契約を締結しており、このような時期に保険に加入する理由は存在せず、保険の加入自体が不自然であって、加入当初から火災事故が発生することを予定していたとすらいえる。

エ 原告は、警察の捜査や保険調査員の調査に非協力的であったのみならず、供述も変遷させており、これらの原告の態度は、原告が何らかの態様で本件火災発生に関与していることを強く推認させるものである。

オ 原告には多額の借金があり、また、原告が経営する有限会社オフィスコウノ(以下「オフィスコウノ」という。)の経営状態は、非常に悪化しており、本件火災は、このような状況下で生じたものである。また、原告は、過去の火災によって取得した火災保険金により、事業の資金繰りをカバーしたことがある。

カ 本件店舗は、本件火災発生当時、架空売上げを計上するほど経営状態が悪化していた。

キ 原告は、自己の体調及びc社の撤退により、本件店舗での営業を終了させなければならないほどの事態に陥っていたが、その場合、撤去費用を負担しなければならない内装等、僅かな価値にしかならない什器備品が、本件火災によって、保険金による収入に転化するという関係にあり、このことからも、原告には本件店舗に放火する動機があったといえる。

ク 原告は、顧問税理士を、一定期間契約継続後に変更しているところ、このような行為は不自然である上、税理士交代は、本件火災の直前に生じた火災による保険金受領の時期と一致しており、火災前の原告の営業低迷、保険金受領等を税理士に知られることを避けるためと考えられる。これは、原告が火災保険金を不正に受領していることを裏付けるものである。

ケ 原告所有の物件に関し、過去に3回の火災発生歴があり、本件火災で4回目である。同一人が、このような被害に連続して遭っていることは、不自然である。また、原告は、過去の3回の火災のうち、1回については火災保険金を受領しており、他の2回についても、火災保険をかけていたことから、火災保険金を受領していると推認される。

コ 原告は、本件火災以前に、自己が経営する店舗「d」について、放火に遭い、火災保険金を受領しているが、この火災と本件火災は、侵入状況、出火場所、出火原因、被害状況、被害店舗の営業状況等の点で類似している。

サ したがって、本件火災は、原告による保険金目当ての放火であり、原告に故意が認められる。

(原告の主張)

ア 原告所有の物件に関し、過去に3回の火災歴があることは認めるが、火災保険金を受領したのは、そのうち1回のみである。

イ 過去3回の火災のうち、2回は、たばこの吸い殻の不始末により失火であって、これらの火災の発生が、原告が本件店舗に放火したことを根拠付けることにはならない。

ウ 被告の調査報告書(以下「報告書」という。)は、被告が依頼した保険調査員によって作成されており、客観性、中立性が保たれたものとはいい難い。また、報告書中の原告の供述と記載されているものは、被告の依頼した調査員がそのように記載したものに過ぎない上、仮に原告の供述内容に変遷があったとしても、警察から取調べを受けたわけではないから、それほど深く考えずに調査員の質問に回答することは十分にあり得ることであって、不自然ではない。

(2)  本件火災による被害についての虚偽申告の有無

(被告の主張)

ア 原告は、被告に対し、リース物件という自己またはオフィスコウノに所有権がない物件すなわち被保険利益がない物件について被害申告を行い、被害金額についても虚偽の購入金額を申告したものであるから、店舗総合普通保険約款26条4項により、被告は、原告に対し、保険金支払義義を負わない。

イ 建物や設備什器を保険の目的とする火災保険においては、被保険利益の内容は所有者としての利益に限定することが常識であるし、保険会社の査定業務においても、火災保険の被保険利益は、所有者としての利益に限り、他の権利や経済的利益については一切認めないとの運用が行われている。

したがって、本件においては、リース物件について被保険利益は認められない。

(原告の主張)

ア 本件において、被告は、第1回口頭弁論から原告の故意を主張立証する旨説明しており、本件の争点は、本件火災についての原告の故意の有無であることを前提に、審理を重ね、原告本人及び証人の尋問まで行われた。それにもかかわらず、被告は、結審予定であった平成14年12月4日の第8回口頭弁論期日直前の同年11月22日に、12月4日付け準備書面3において、虚偽申告の主張を突如行ったものであって、これにより、審理は続行されることになったものであり、被告による虚偽申告の主張は、時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。

イ 仮に、当該主張が時機に後れたものではないとしても、原告は、被告の保険調査員から原告作成の「動産り災報告書」の写しを提示され、それに基づいて「損害物品確認書」に記入し、同調査員に提出したものである。被告の依頼した損害保険鑑定人も、「動産り災報告書」を基に、損害の鑑定を行っている。また、定価は、当該物件の客観的な価値を示す基準であって、定価以下の割引価額で購入したか否かということは、当該物件の客観的な価値には関係ない。したがって、原告は、被告に対して虚偽の申告をしたものではない。

また、リース物件が放火によって滅失・毀損した場合、借主である原告は、リース料の支払を免れないのが原則であり、原告は、リース物件について経済的利益を有しているといえるから、原告に被保険利益は存在する。

第3争点に対する判断

1  <証拠省略>及び弁論の全趣旨を総合すると、上記争いのない事実の他、以下の事実を認めることができる。

(1)ア  原告は、e株式会社から、平成11年7月21日、本件店舗を、賃料1か月23万1000円、期間平成11年7月21日から平成14年7月20日までとして借りた<証拠省略>。本件店舗は、平成11年8月20日から営業が開始された<証拠省略>。

イ  原告は、本件店舗開店後、テレビに数回出るなどしており、本件店舗には、行列ができるほどの数の客が入るときもあった<証拠省略>。

ウ  原告は、株式会社ハルカワから、平成11年8月ころ、自動券売機(NVM-AL-12)を、1か月のリース料を1万5900円、リース期間60か月として借りた<証拠省略>。この券売機は、同月16日に本件店舗に設置された(乙第13号証)。

エ  本件火災当時、本件店舗には、営業用の什器備品として、冷凍冷蔵庫、コールドテーブル、麺ゆで釜、製氷器、扇風機等があった(甲第3号証及び第6号証)。

ナツヤマ東京株式会社(以下「ナツヤマ」という。)は、原告に対し、コールドテーブル、ゆで麺機、1槽シンクなどをリースしていた。ナツヤマは、原告から、本件火災後、厨房機器について、それぞれの損害額を定価で出してほしい旨の要望を受けて、定価を記載した厨房危機状況報告書を作成し、原告に報告した。なお、ナツヤマは、本件火災後、本件店舗において被害状況を確認したが、その際、煤は付いていたものの厨房機器には炎による影響はなく、また、大量に水がかかった様子もうかがわれなかった。ただし、そのままの状態で使用することができるかどうか、また、修理をして使用し続けることができるかどうかの判断はつきかねる状態であった。<証拠省略>

オ  原告は、本件店舗について、株式会社リクルートフロムエーが平成13年4月9日に発行した求人雑誌「フロムエー」に、求人広告を掲載した(甲第22号証)。

この求人により、少なくともB及びCの2名が、応募した<証拠省略>。

なお、株式会社リクルートが発行している雑誌に、原告が募集広告を掲載したことはなかった(乙第6号証)。

(2)ア  原告は、本件店舗について、被告と保険契約を締結する以前、安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という。)との間で、平成11年8月30日、以下のとおり、火災保険契約を締結した(甲第8号証及び第28号証)。

(ア) 証券番号 <省略>

(イ) 保険種類 店舗総合

(ウ) 払込方法 一時払

(エ) 保険期間 平成11年8月30日から平成12年8月30日まで1年間

(オ) 保険の目的 建物の附属設備(造作)一式及び什器設備機械等一式

(カ) 保険金額 基本 1000万円

借家人賠償責任 1000万円

(キ) 保険料 基本 1万6400円

イ  原告は、前記アの保険契約を継続することなく、自動車保険でも取引のあった被告の担当者Dに、契約締結の数日前に、保険契約締結を依頼した(甲第38号証、乙第6号証、原告本人)。

(3)ア  c社は、ラーメン店のフランチャイズを考えていたことから、本件店舗に3か月間、人材を送り込み、運営をc社で行い、フランチャイズ化の可能性について検討することになった(乙第6号証)。

c社は、本件店舗から、平成13年4月末日限りで撤退することになっており、c社のEが、原告に対し、同年3月末ないし4月上旬ころ、撤退する旨告げた<証拠省略>。

イ  本件火災当時のころ、本件店舗の従業員であったF(以下「F」という。)、G(以下「G」という。)及びH(以下「H」という。)は、c社と雇用関係にある者であった(証人I)。なお、人員配置としては、平成12年12月から平成13年2月末日までは、F、G、アルバイトとしてJ(以下「J」という。)及び女性1名が本件店舗に勤務しており、平成13年3月1日からは、店長としてH、G、Jらアルバイトの4名が勤務していた(乙第6号証)。

また、原告は、Kなどの中国人をアルバイトとして雇っていたが<証拠省略>、平成12年12月1日、Fと当該アルバイトとの間の話し合いにより、雇用関係は終了した(乙第6号証)。

ウ  金銭管理に関しては、c社が経営を行うようになってからは、釣り銭を除いた売上げを、東京都ひばりヶ丘に所在するc社の取引銀行の夜間金庫に、毎日入金していた。その管理は、F又はGが行っていた。釣り銭については、従業員が閉店後に持ち帰っており、本件店舗内には券売機内のわずかな額の釣り銭以外の金銭はなかった。<証拠省略>

また、本件店舗内には、手提げ金庫もあったが、これは、券売機の釣り銭用の金銭を用意しておくためのものであり、閉店後は従業員が金庫ごと持ち帰っていた(乙第6号証、証人I)。

エ  c社は、原告が経営しているオフィスコウノに対し、オフィスコウノ名義の足利信用金庫富田支店の普通預金口座に、少なくとも平成13年1月10日ないし同年4月26日までの間、現金を振り込んでいた(乙第6号証)。

オ  原告は、c社に対し、本件店舗で使用する食材を納品していた(乙第6号証)。

(4)ア  原告は、本件火災前日である平成13年4月22日、本件店舗において、テレビの取材を受け、同日22時ころ、本件店舗を出て自ら運転する車で栃木県足利市の自宅へ向かい、24時ころ帰宅した(乙第1号証及び第6号証)。

イ(ア)  本件火災については、新宿警察署から原告の自宅へ連絡が入り、原告は、本件店舗に向かった。原告は、平成13年4月23日午前3時ころ、本件店舗に到着した。(甲第38号証)

(イ) 原告は、同日2時ころ、c社のE(以下「E」という。)の携帯電話に連絡し、Gに本件店舗まで来てほしい旨告げた(乙第6号証)。

(ウ) Gは、Eとともに本件店舗に向かい、原告とGは、警察の事情聴取を受けた(乙第6号証)。

ウ  原告は、本件火災発生後、平成13年4月26日、東京消防庁新宿消防署に対し、本件火災によるり災の届出をした。この届出には、り災物件として、エアコン2台、冷凍冷蔵庫、コールドテーブル冷蔵庫、麺ゆで釜、製氷器、扇風機、どんぶり、小皿、しょう油差し、ラジオカセット、すだれ、生麺、煮玉子、豚及び鳥ガラ、ふりかけなどが記載されており、さらに、申告漏れとして、券売機のロールペーパー、割り箸、ナプキン立て、ナプキン紙及びタンブラー(水飲みグラス)が、追加で記載されている。(甲第3号証)

(5)ア  本件店舗が入居していたeビルは、雑居ビルであり、新宿駅から徒歩5分ないし10分の場所で、十字路交差点の角に位置し、オフィスビル、雑居ビル、マンション等が立ち並び、事務所の他、飲食店も多数存在する一角にあった。本件店舗は、このeビルの1階に入居しており、出入口は正面のみであって、夜間にはシャッターが下ろされ、中央部に外から鍵が掛けられていた。

また、eビルには、本件店舗以外に、バーやスナックも入っていた。<証拠省略>

イ  本件火災発生時の天候は雨であった。(乙第1号証及び第6号証)

ウ  本件火災の出火当時、本件店舗内に人はおらず、ビルの火災報知器による発報であり、新宿消防署へは、通行人からの携帯電話によって通報された(乙第1号証及び第6号証)。

(6)ア  本件店舗について、店舗の右側の窓の外側に設置されていた木製格子が壊されて取り外されており、窓ガラスも割れていた(乙第1号証)。

イ  出火場所は、本件店舗に入って右側の窓下の床面であるとされている(乙第1号証)。

ウ  出火原因については、自然発火したような様子はないこと、火の気のない所からの出火であること、本件店舗右側の窓下床面に、新聞紙のような紙の燃え残りがあったこと等から、何者かがその紙に火をつけ、それを本件店舗右側の窓下に置き、放火を試みた放火事件と考えられている(乙第1号証及び第6号証)。

エ  イの場所から出火した火は、本件店舗の壁に燃え移り、同時にその周囲にあったプラスティック製のポリバケツ等も熱で溶けるなどの被害が発生していた(乙第1号証)。

オ  本件店舗内に設置されていた券売機は、鍵が閉まっていたが、鍵をこじ開けようとした痕跡があった<証拠省略>。

カ  本件店舗内を物色した形跡、指紋、足跡等は不明であった(乙第1号証)。

キ  本件火災により、本件店舗は、約1平方メートル焼損した(乙第1号証及び第6号証)。

(7)ア  原告は、新宿警察署に対し、本件店舗について金銭が窃取された旨申告した。本件店舗内の自動券売機には、鍵をこじ開けようとした形跡はあったが、鍵は開いておらず、新宿警察署は、自動券売機からの現金窃取について、証拠がないとした(乙第6号証)。

イ  新宿警察署は、原告に対し、従業員名簿の提出を求めたが、原告は、これを拒否した(乙第6号証)。

なお、警察から従業員名簿の提出を求められたか否かについて、原告は、その本人尋問の際、求められたとの回答から、求められたことはないとの回答へ供述を変遷させている(原告本人)。

ウ(ア)  原告は、被告に対し、平成13年4月23日13時46分ころ、「強盗に入られ、放火された。」「店内の現金20ないし30万円を窃取された。」などと報告した(乙第6号証)。

(イ) 原告は、被告に対し、同月25日、「1日の売上げは40万円以上ある」などと報告した(乙第6号証)。

(ウ) 原告は、被告に対し、同年6月28日、「警察に現金を盗難されたと言ったが、証拠がないので受け付けてもらえない。」「警察から従業員名簿の提出を求められたが断った。」「店の家賃は毎月50万円支払っている。」などと告げた(乙第6号証)。

エ  被告のfサービスセンター所長L及び東京損害保険調査株式会社のI(以下「I」という。)は、原告に対し、平成13年7月5日、1回目の面談を行った。その際、原告は、以下のようなことを供述した。<証拠省略>

(ア) 本件火災当時の従業員は4人(2名及びアルバイト)であるが、その名前はよく覚えていない。これらの者は、いずれも原告が雇った者である(証人I)。

(イ) 従業員は、調理師専門の人材派遣会社であるc社から派遣されていた者である(証人I)。

(ウ) 警察から従業員名簿の提出を求められたが、これに応じていない。また、Iから従業員名簿の提出を求められても困る(証人I)。

(エ) 本件火災当時、現金は盗まれていない。自動券売機の中以外に、現金を本件店舗内に置いてはいなかった。(証人I)

(オ) 現金を盗まれたかもしれない。

(カ) 中国人を店員として雇用したことはない。(乙第8号証、証人I)

(キ) 本件店舗については、家賃など諸経費で60万円、従業員の給料を入れると100万円の固定経費がかかる。

(ク) 本件店舗の売上げを入金する銀行は、新宿の支店である。

オ  Iは、原告に対し、平成13年7月16日、2回目の面談を行った。その際、原告は、以下のようなことを供述した。<証拠省略>

すなわち、本件火災時、本件店舗内に置いてあり、釣り銭として約10万円の現金が入っていた手提げ金庫が盗まれた(証人I)。この現金については、ややこしくなるので、保険請求するのは止めておいた。警察にも申告していない。

カ  Iは、原告及び原告の妻であるMに対し、平成13年8月1日、3回目の面談を行った。その際、原告は、以下のようなことを供述した。(乙第6号証、第12号証及び第24号証)

(ア) 本件店舗の売上げの入金先として新宿の銀行を挙げたのは間違いであり、実際は、足利信用金庫富田支店であった。

(イ) 原告は、本件店舗の売上金の中から、F、G、Hらc社から送られてきた従業員らに対し、給料を支払っていた。

(ウ) c社は、調理師専門の人材派遣会社であって、本件店舗とは人材だけの関係である。

(エ) c社の社員と原告が一緒にやっていた。原告は、いわばスーパバイザーであった。

(オ) c社に金銭管理を任せた。しかし、営業譲渡をしたわけではない。

(カ) 原告は、糖尿病でドクターストップがかかり、本件店舗の営業を継続できなくなったので、c社に頼んだ。

なお、この点について、原告は、その本人尋問の中で、糖尿病を患ってはいるが、初期の段階であり、自ら営業の第一線を退く意思はなかった旨供述している(原告本人)。

キ  Iによる調査結果は、原告に多額の借財があったこと、本件火災直前に、c社からフランチャイズ化の計画を打ち切ることを通知されていたこと、本件火災は事故状況からすればむしろ放火を主眼としたものであること、原告には過去に本件火災事故に類似した火災歴があり、かつ高額の保険金受領歴もあること、原告は警察の捜査等に協力姿勢を見せず、供述の変遷も多々あること等から、保険金詐取を目的とした放火事案であるとの高度な疑いがあるというものであった(乙第7号証)。

(8)ア(ア) 原告は、平成9年10月3日、株式会社あさひ銀行(以下「あさひ銀行」という。)の足利支店から、5000万円を、最終返済期限平成19年9月26日として借りた。1か月の弁済金額は、47万7919円であった。原告には、平成13年3月27日の時点で、この借受金のうち、3409万8615円が残高として残っていた(甲第12号証)。

(イ) 原告は、平成10年4月30日、あさひ銀行足利支店から、1億0300万円を、最終返済期限平成35年4月30日として借りた。1か月の弁済金額は、47万5591円であった。原告には、平成13年3月27日の時点で、この借受金のうち、9463万9192円が残高として残っていた。<証拠省略>

(ウ) 原告は、平成10年9月25日、あさひ銀行足利支店から、910万円を、最終返済期限平成35年8月31日として借りた。1か月の弁済金額は、4万2003円であった。原告には、平成13年3月27日の時点で、この借受金のうち、844万9177円が残高として残っていた。(甲第16号証)

(エ) 原告は、平成11年2月26日、あさひ銀行足利支店から、500万円を、最終返済期限平成16年2月26日として借りた。1か月の弁済金額は、9万円前後であった。(甲第18号証)

イ(ア)  原告は、平成5年4月28日、国民生活金融公庫佐野支店から、1700万円を借りた。原告には、平成13年4月5日の時点で、この借受金のうち、403万2000円が残高として残っていた。なお、この借受金について、原告は、平成10年12月7日から平成14年3月15日までの間、遅延損害金を支払ったことはなかった。(甲第19号証)

(イ) 原告は、平成10年12月1日、国民金融公庫佐野支店から、550万円を借りた。原告には、平成13年4月16日の時点で、この借受金のうち、369万6000円が残高として残っていた。なお、この借受金について、原告は、平成11年1月18日から平成14年3月15日までの間、平成11年6月24日に遅延損害金として275円を支払った他は、遅延損害金を支払ったことはなかった。(甲第20号証)

(ウ) 原告は、平成10年12月1日、国民金融公庫佐野支店から、450万円を借りた。原告には、平成13年4月16日の時点で、この借受金のうち、302万4000円が残高として残っていた。なお、この借受金について、原告は、平成11年1月18日から平成14年3月15日までの間、遅延損害金を支払ったことはなかった。(甲第21号証)

(エ) 原告は、本件店舗の火災に伴う閉鎖のため、営業収入が減少することを理由に、国民生活金融公庫からの前記(ア)ないし(ウ)の借入金について、平成13年10月から、元金の返済を中断し、利息のみ返済していた(甲第38号証)が、平成14年5月からは、再び元本も含めて返済をしている(原告本人)。

ウ(ア)  原告は、あさひ銀行及び国民生活金融公庫のために、自己所有の土地及び建物に抵当権を設定した(乙第6号証)。

(9)  原告の経営状況については、平成9年度ないし平成11年度はいずれも黒字であったが、平成11年度は、「レストラン d」の火災等による保険金の入金によって黒字になったのであり、その入金がなければ赤字であった。また、平成12年度も赤字であった(乙第5号証)。

また、原告が経営している有限会社オフィスコウノは、「レストランd」、本件店舗等を経営していたが、その収支状況については、第4期(平成9年8月1日ないし平成10年7月31日)及び第6期(平成11年8月1日ないし平成12年7月31日)は赤字であった。また、第5期(平成10年8月1日ないし平成11年7月31日)の資本合計は、マイナスであった。<証拠省略>

(10)  原告は、平成12年5月から、本件店舗の会計を、栃木県館林市g町所在のh会計事務所に依頼していたが、それ以前は、税理士N(以下「税理士N」という。)に会計処理を依頼していた。原告は、税理士Nの報酬が高額であるなどの理由により、顧問税理士を変更した。しかし、平成12年9月ころから、原告とh会計事務所(O税理士)との関係が悪化し、原告は、h会計事務所に対し、平成13年8月12日に至るまで、本件火災について説明をしたことはなかった。(甲第38号証、乙第6号証)

(11)ア  原告が所有する栃木県足利市<省略>所在の飲食店「i」において、平成6年7月31日0時47分ころ、火災が発生した。この飲食店は、原告が経営していた店舗ではなく、Pに賃貸していたものであった。

また、この店舗には、三井火災海上保険に3000万円、日動火災保険に1000万円の火災保険が掛けられていた。この火災により焼損した物件は、座卓1脚、座布団6枚及び換気扇グリル1個であり、その総額は1万9000円であった。

出火原因は、客が店舗内で喫煙していたときにたばこの火種が座布団に落ち、閉店後の店内清掃の際、それに気付かず座布団を積み重ねて座卓上に置いたために座布団から出火した、いわゆるたばこの不始末とされていた。(乙第2号証)

イ  原告が所有する栃木県足利市<省略>所在の飲食店「居酒屋j」において、平成7年9月25日15時34分ころ、火災が発生した。この飲食店は、原告が経営していた店舗ではなく、Qに賃貸していたものであった。

この店舗には、三井海上火災保険に3500万円、安田火災に690万円の火災保険が掛けられていた。この火災により焼損したのは、建物内部であるカウンター壁面0.8平方メートルの他、テレビ、レジスター及び掛け時計であり、その損害額は合計10万2000円であった。

出火原因は、店内清掃時に、火の消えていなかった吸い殻をゴミ箱に捨ててしまったために、ごみ箱内の可燃物に着火して拡大した、いわゆるたばこの不始末とされていた。(乙第3号証)

ウ  原告が所有し経営していた栃木県足利市<省略>所在の休業中の飲食店「レストラン d」において、平成11年10月7日午前5時12分ころ、火災が発生した。

この店舗には、大東京火災海上保険に2200万円の火災保険が掛けられていた。この火災により焼損したのは、建物の他、オーブンレンジ、フライヤー、エアコン等であり、その損害合計額は1427万円であった。

出火原因は、店内への侵入者が客用椅子の背もたれ部に置いてあったクッション数枚を出火箇所に置き、何らかの方法により放火したものとされていた。

なお、原告は、この火災に関して、最後に当該店舗を訪れた際、鍵を掛けて帰宅した旨供述しているが、火災発生時には、裏口の鍵は施錠されていなかった。(乙第4号証)

エ  レストランdの総勘定元帳には、第4期である平成9年8月1日ないし平成10年7月31日の間、各月末日に、「売上上乗調整」という名目で、15万円ないし55万円の金額が、「貸方金額」の欄に計上されていた(乙第6号証)。

また、第5期である平成10年8月1日ないし平成11年7月31日の間は、各月末日に「売上加算」の名目で、20万円が「貸方金額」の欄に計上されていた(乙第6号証)。

オ  原告は、平成11年10月及び11月に、「レストラン d」の火災により約2900万円、同年10月に三井海上火災より自動販売機衝突事故賠償金として73万7826円の保険金を取得した(乙第5号証)。

(12)  原告は、平成14年4月21日、有限会社kから、栃木県佐野市<省略>所在の土地及び家屋を、店舗に使用する目的で、賃料1か月30万円(ただし、平成14年4月21日から平成15年4月20日までの間は25万円)、賃貸期間を平成14年4月21日ないし平成17年4月20日として借りた<証拠省略>。

2  上記争いのない事実及び前記認定事実を前提に、本件争点について検討を加える。

(1)  争点(1)(本件火災についての原告の故意)について

ア まず、本件火災の出火原因については、本件店舗内の道路に面した火の気のない窓の下の床面付近から出火したものといえること、新聞紙のような紙の燃え残りが残存していたこと、消防署の調査でも、放火の可能性が高いとされていること等からすれば、本件火災は、何者かによる放火によって起こったものと認めるのが相当である。

イ ところで、通常、人が一生のうちに火災に遭う確率は相当低いものであるが(証人I)、原告は既に4回も火災に遭遇しており、更に直近の2回は、1年半という比較的短期間の間に発生しており、かつ、いずれも放火であるというのは極めて異常であって、人為的な意図の介在を疑わざるを得ない。

ウ 以下、検討を進める。

(ア) まず、本件保険契約締結の経緯については、原告と被告との間の契約締結は、本件店舗開店から1年ほど経過した平成12年8月29日であるが、原告は、それ以前の1年間は、安田火災との間で、本件店舗について火災保険契約を締結しており(1(2))、契約締結は、本件店舗開店時と前後するものである。

そして、原告は、当該火災保険契約の契約期間である1年間が経過した後、安田火災との契約を延長せず、被告との本件保険契約を締結するに至ったのは、安田火災の担当者との仲が悪くなったためであると供述する<証拠省略>が、不自然な感は免れず、むしろ、その動機については、平成7年9月25日に火災が発生した際に安田火災に保険が掛けられていたこと(1(11))が関係しているのではないかと疑わせるところである。

(イ) 原告は、Iによる3回の聞き取り調査において、本件火災時に本件店舗から盗取されたとする金銭の有無、額及びその保管場所、売上金の入金銀行、c社との関係等について、供述を変遷させていることが認められる(1(7)エないしカ)。また、Hらc社から派遣された従業員の地位などについては、客観的事実と異なる供述をしていたことが認められる。さらに、警察から従業員名簿を要求されたか否かについては、Iの警察に対する調査結果によれば、警察が要求したと述べていること、要求の理由が合理的であること及び原告も調査の当初は警察から要求があったことを認めていること等から、警察は、原告に対し、本件店舗における従業員名簿の提出を求めたものと認めることができるところ、原告は、その本人尋問において、そのような要求はなかったと供述するなど、Iによる調査時のみならず、本人尋問においても、客観的事実と異なる事実を供述したことも認められる。

このような供述の変遷及び虚偽の供述は、通常であれば、変遷をさせたり、虚偽の事実を述べたりする必要のない事柄に関するものであって、原告から合理的な説明がされていないことをも考慮すると、それ自体不自然なものといわざるを得ない。

また、従業員名簿の点についても、前記のような原告の行動(1(7)イ)は不可解であるといわざるを得ず、従業員に関する何らかの事実を隠そうとしたのではないかとの疑いを払しょくできない。

(ウ) 放火の動機については、原告は、本件火災発生当時、あさひ銀行足利支店及び国民生活金融公庫佐野支店に対し、合計1億5000万円ほどの債務を負っていたこと、原告が経営するオフィスコウノの総勘定元帳について、第5期の末日である平成11年7月31日に、決算修正として、家事消費の名目で60万円が記載されていること(乙第9号証)、オフィスコウノの経営状況は、芳しくなく、数年間にわたって収益が上がっていなかったこと、原告の個人収入も、継続的に赤字というわけではないものの、「レストラン d」の火災による保険金の収入を得た時以外は、見るべき収入があったとはいい難いこと等が認められる(1(9))。他方で、本件店舗の具体的な売上状況については、本件における全証拠をもってしても明らかではない。

(エ) 税理士の変更についても、原告は、税理士Nとは、報酬の関係もあって人的関係が悪くなった旨供述するのであって<証拠省略>、必ずしも納得のできる事由を示していない。

さらに、オフィスコウノの決算期は、毎年8月1日から翌年7月31日までであること、本件火災は、オフィスコウノの経営する本件店舗で生じたものであること、オフィスコウノには、本件火災により、保険金収入という資産流入の可能性があったといえること、本件火災当時、原告は、税理士hに会計を依頼していたこと等を総合すると、原告が、税理士hに対し、本件火災後、火災に遭ったことを一切告げていないのは不自然であって、これについての税理士hとの人的信頼関係の悪化及び保険金を得た後で報告しようと思ったという原告の説明も説得力に欠けるといわざるを得ない。

(オ) 原告の過去の火災経験については、前記のとおり(第2の1(6)、第3の1(11)アないしウ)、原告は、その所有物について本件火災を含め、4回の火災に遭っている。そして、本件火災の直前の火災である「レストラン d」の火災においては、原告が、被告から火災保険を受領した事実も認められる。

エ 以上の点を総合すると、本件火災は、その出火の具体的態様を特定することは困難であるものの、原告の故意によって招致されたものと推認すべきである。

(2)  争点(2)(虚偽申告の有無)について

(1)で述べたとおりであるから、この点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

3  結論

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上哲男 裁判官 和田吉弘 香川礼子)

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