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東京地方裁判所 平成13年(ワ)22515号 判決 2002年6月24日

原告

佐藤廣一

ほか一名

被告

恩田浩

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告佐藤廣一に対し二九四万四一一三円、原告佐藤カヨ子に対し二三六万四一一三円及びこれらに対する平成一二年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告佐藤廣一に対し四三〇二万七六〇三円、原告佐藤カヨ子に対し四一七二万七六〇三円及びこれらに対する平成一二年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、駐車車両に衝突して死亡した女性(事故当時二〇歳)の両親が、駐車車両の運転者に対しては不法行為に基づき、駐車車両の保有者に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、それぞれ損害賠償を求めた事案である。

一  前提事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)

(1)  事故の発生

次の事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

ア 日時 平成一二年一一月二日午前五時三五分ころ

イ 場所 東京都調布市富士見町二丁目一六番地

ウ 駐車車両 普通貨物自動車(多摩一一ゆ三三二六、以下「被告車」という。)

同運転者 被告恩田浩(以下「被告恩田」という。)

同保有者 被告巴山建設株式会社(以下「被告会社」という。)

エ 走行車両 原動機付自転車(小金井市た七四六二、以下「原告車」という。)

同運転者 亡佐藤浩子(以下「亡浩子」という。)

オ 態様 駐車中の被告車に原告車が衝突したもの。

(2)  亡浩子の死亡と原告らの相続

亡浩子は、本件事故当日の午前一〇時二五分、本件事故に起因する頭蓋内損傷により死亡した(甲二、弁論の全趣旨)。原告佐藤廣一(以下「原告廣一」という。)及び原告佐藤カヨ子(以下「原告カヨ子」という。)は亡浩子の父母であり(甲五)、相続により、亡浩子の権利義務を二分の一ずつ承継した。

(3)  損害のてん補

原告らは、本件事故に基づく自動車損害賠償責任保険の保険金(以下「自賠責保険金」という。)として合計二四〇七万二八七二円の支払を受けた。

二  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  被告らの責任の有無及び過失相殺

ア 原告らの主張

本件事故現場付近は、街路樹の枝が道路上まで伸び、街灯が点灯しても暗い上、本件事故当時は小雨が降り見通しが悪かったから、そのような場所に駐車すれば、後方から進行してくる車両が自車に衝突する危険があった。被告恩田は、運転者として、そのような場所での駐車を避け、危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったのに、これを怠り、被告車を本件事故現場に駐車した過失があり、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

被告会社は、被告車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づく損害賠償責任がある。

イ 被告らの主張

被告恩田は、本件事故現場直近の自宅に立ち寄るため、本件事故現場に自己の運転する被告車をハザードを点灯させて停車させた。そして、本件事故現場に戻ってエンジンを再始動させようとしたところ、バッテリーが上がっていたため、エンジンがかからず、ハザードも消滅していた。そこで、被告恩田は、被告会社に応援要請の連絡をするため、本件事故現場を離れていたところ、原告車が被告車の後部に衝突したものである。

以上のとおり、本件事故は、亡浩子が被告車の後部に衝突したことによるものであり、亡浩子の過失は否定し難い。これに対して、被告恩田が本件事故当時停車していたのは、バッテリーが上がったことにより、連絡を取る必要があったためである。ハザードを点灯していなかったのもバッテリーが上がったことによるのである。

以上のとおり、被告恩田が、本件事故現場にハザードを点灯させることなく停車していたのは、やむを得ない事情によるのであって、被告らに損害賠償責任はなく、仮にあるとしても大幅な過失相殺がされるべきである。

ウ 被告らの主張に対する原告らの反論

被告車のバッテリーの容量は大きいものであるし、わずか三年半あまりしか経っていない。被告恩田が本件事故現場まで被告車を運転してきたのであれば、その間にもバッテリーは充電されていたはずである。本件事故現場まで被告車を運転してきたときにはバッテリーに異常がなかったのに、自宅に立ち寄って戻って来たら急にバッテリーが上がっていてエンジンがかからなくなっていたというのは不自然である。実際には、バッテリーは上がっていなかったか、あるいは、仮にバッテリーが上がっていたとすれば、従前からバッテリーに異常があったため被告車を本件事故現場に放置していたか、又はバッテリーが上がってしまい、エンジンを再始動させることができないほど長時間被告車を放置していたのである。

仮に、バッテリーが上がっていたとしても、ハザードランプの点灯が直ちに不可能になるわけではない。さらに、仮に、何らかの理由によりハザードランプが点灯できない状態にあったとしても、三角灯を被告車の後方に設置すれば本件事故を防ぐことができたはずである。

(2)  損害及びその額

ア 原告らの主張

(ア) 亡浩子の損害

a 治療費(文書料を含む) 九万六六一〇円

b 逸失利益 六九八三万一四六八円

亡浩子は、昭和五五年八月一六日に生まれ、本件事故当時、専修大学経営学部二年に在学中の女性であり、本件事故がなければ、平成一五年三月に同大学を二二歳で卒業し、就職するはずであった。

従来、逸失利益は、賃金センサスの男女別の平均賃金を基礎に計算されてきたが、賃金センサスの女子の平均賃金の基礎資料には、男女平等の理念が希薄で、女性の社会進出がそれほど顕著でなかった時代のものも含まれている。しかるに、現在では、男女平等の理念のもと、雇用機会均等法により女性も幅広い職業領域への進出の機会が確保され、これを支援する形で、労働基準法が女性の勤務時間等の勤務規制を緩和し、さらに、男女共同参画社会基本法が制定され、女性をめぐる法制度、社会環境が大きく変化しつつある。その結果、今日においては、男女間の賃金格差の原因となっている従来の就業形態にも変化が生じ、女性が、これまでの女性固有の職業領域だけではなく、男性の占めていた職業領域にも進出しつつある。そうすると、現在就労する大卒女性労働者の平均年収額を、未就労の在学女性が将来取得し得たであろう逸失利益の算定に直接反映させるのは、将来の収入の認定あるいは蓋然性の判断として必ずしも合理的なものとはいい難い。未就労の在学女性が死亡した場合における逸失利益の算定の基礎としては、在学女性が将来において選択し得る職業領域の多様さを反映するものとして、賃金センサスの女子の平均賃金ではなく、大卒男子の平均年収額と大卒女子の平均年収額の平均値の方がより合理性を有するものと考えられる。

したがって、亡浩子の逸失利益は、平成一二年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・男子労働者大卒の全年齢平均の年収額六七七万四四〇〇円と、同表の産業計・企業規模計・女子労働者大卒の全年齢平均の年収額四四五万〇九〇〇円との平均値五六一万二六五〇円を基礎とし、生活費控除率を三〇パーセントとし、就労年数を二二歳から六七歳までの四五年間として中間利息を控除して計算すると上記額となる。

(計算式)五、六一二、六五〇×(一-〇・三)×一七・七七四〇

c 慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

本件事故によって、亡浩子が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。

(イ) 原告廣一の損害

a 葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

原告廣一は、亡浩子の葬儀を主宰し、その費用として一二〇万円を超える額の出費をした。

b 慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円

本件事故によって、末娘の亡浩子を失った原告廣一の精神的苦痛は極めて大きく、その慰謝料は五〇〇万円が相当である。

(ウ) 原告カヨ子の損害

慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円

原告廣一と同様の理由で、慰謝料は五〇〇万円が相当である。

(エ) 相続及び損害のてん補

原告らは、相続により、亡浩子の損害賠償請求権を二分の一の割合で取得し(各四四九六万四〇三九円)、受領した自賠責保険金合計二四〇七万二八七二円を二分の一の割合で損害のてん補に充てた(各一二〇三万六四三六円)。

(オ) 弁護士費用

原告らは、それぞれ原告ら代理人に本訴提起を委任し、原告廣一は三九〇万円、原告カヨ子は三八〇万円の報酬を支払うことを約した。

イ 被告らの主張

不知ないし争う。

特に逸失利益について、亡浩子は年少者ではないから、そもそも全労働者平均賃金を用いる理由はないし、男子労働者の平均年収額と女子労働者のそれを足して二で割った額を基礎として用いる理由もない。

第三判断

一  争点(1)(被告らの責任の有無及び過失相殺)について

(1)  甲三、甲七の一ないし五、乙一、乙二の一ないし五及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様として、次の事実が認められる。

ア 事故現場の状況、視認可能性

本件現場は、電気通信大学の西側に面し、南北に走る都道武蔵境通りの下り線上である。

南北に走る武蔵境通りは、車道幅員九・〇メートル、片側一車線でその両側には幅員四・三メートルの歩道があり、そのうちの幅員一・二メートルが植込みで、約五メートル間隔で街路樹が植えられている。

武蔵境通りは、最高速度毎時四〇キロメートル、終日駐車禁止、追越しのための右側部分はみだし通行禁止、自転車歩道通行可の交通規制がされていた。

道路は単路の直線で、路面はアスファルト舗装されていた。

イ 駐車車両の視認可能性

本件事故直後である平成一二年一一月二日午前六時から午前六時四五分までの間に行われた実況見分の際には、雨が強く降っていた。亡浩子の進路から前方の見通しは、街路灯があり、降雨はあるものの約五〇メートルの障害物が視認できる状態であった。

ウ 駐車車両側の事情

被告車は、平成九年四月に初年度登録された車長七・七メートル、車幅二・四九メートル、車高三・三メートル、最大積載量一〇二〇キログラム車両重量九六八〇キログラム、車両総重量一九九九〇キログラム、塗色青色の自家用大型貨物自動車である。被告車の反射板は、地上高四七センチメートル、幅一三センチメートルで、黄色の反射テープが装着されていた。本件事故直後の午前六時から午前六時四五分までの間に行われた実況見分の際、被告車のハンドル・ブレーキ・クラッチに故障はなかったが、バッテリーが故障し制動等が全く作動しない状態であった。バッテリーは、荷台右前部のバッテリーボックスに二個搭載されていた。

被告恩田が本件事故現場に被告車を駐車させた理由について、被告らは、前記のとおり、バッテリーが上がっていた旨主張し、これに沿う証拠(乙一、乙二の一ないし五)がある。原告らは、これに疑念を提起するが、被告らの上記主張が事実に反することをうかがわせる証拠はないし、さらに、被告恩田が常日頃から被告車を本件事故現場に駐車させていたことをうかがわせる証拠はない。

エ 衝突(追突)車両側の事情

原告車及び被告車の損傷状況及び目撃者の供述を総合すると、本件事故の態様は、おおむね、別紙図面(平成一二年一一月四日午前九時から午前一〇時一五分までの間にされた実況見分に係る実況見分調書(甲七の二)添付の現場見取図を縮小コピーしたもの。)の<ア>の地点に被告車が駐車され、対向車線上の車両が走行する中、<1>地点から<2>地点に進行してきた原告車が被告車に衝突したものと推認される。亡浩子が速度違反をして走行していたことをうかがわせる事情はない。

(2)  以上の事実関係によれば、本件事故の原因として、駐車車両に追突した亡浩子の過失(前方注視義務違反)は大きなものといわざるを得ないが、他方、<1>本件事故が一一月二日の午前五時三五分ころに発生し、降雨の状態であり、街路樹等により駐車車両の視認が容易でなかったと推認されること、<2>被告恩田は、駐車禁止場所に被告車を駐車させ、通行を妨害し、事故発生の危険を高めていること、<3>被告車のバッテリーが上がって非常点滅燈の点灯が不可能であったとしても、三角反射板等の設置は可能であったはずであるが、被告恩田はこうした警告措置を怠っており、被告車の発見が容易でなかったことが認められる。

そうすると、本件における過失割合は、亡浩子六〇パーセント、被告恩田四〇パーセントと評価するのが相当である。

二  争点(2)(損害及びその額)について

(1)  治療費及び文書料(請求額九万六六一〇円) 九万六六一〇円

甲四の一、二によって認められる。

(2)  死亡逸失利益(請求額六九八三万一四六八円) 四七九〇万六一三五円

ア 基礎収入について

逸失利益の算定に当たり、一般に用いられている男女別の賃金センサスの基礎である労働者の賃金は、現実の労働市場における実態を反映するものであるところ、近時、女子の雇用をめぐって、雇用機会均等法、男女共同参画社会基本法といった法制度、社会環境が大きく変化しつつあり、男性のしめる職業領域への女性の進出、さらに男女平等であるべしという社会的な意識も併せ考慮すると、少なくとも中学生までの年少女子については、将来の逸失利益の算定に際して、賃金センサスにおける女子労働者の平均賃金ではなく、女性が将来において選択し得る職業領域の多様さを反映するものとして、全労働者平均賃金を基礎収入とすることがより合理的であるといえよう。しかしながら、義務教育を修了した後の女性の場合は、一般に将来の進路、職業選択についての希望や予定がある程度具体化するであろうから、あらゆる職種に就く可能性を前提にした全労働者の平均賃金を用いる根拠が薄弱化することは否定できないし、未就労であったことのみをもって、現在の女性の賃金水準を反映したものではない全労働者の賃金水準で算定すると、既に就業した同年代の若年労働者の逸失利益の算定方法との均衡を失することになりかねない。

亡浩子は、本件事故当時既に二〇歳であり、本件において、「女子労働者の平均賃金を用いることが事実の認定として不合理であり、別の数値を用いる方がより合理性があるという事情」を認めることはできず、原告ら主張の基礎数値を採用することはできない。

イ 亡浩子の死亡逸失利益の算定

弁論の全趣旨によれば、亡浩子(昭和五五年八月一六日生)は、平成一二年一一月二日当時、専修大学経営学部二年に在学し、平成一五年三月に卒業することが見込まれ、その後生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる。

そうすると、亡浩子の死亡逸失利益については、死亡した年である平成一二年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者大卒の全年齢の平均年収である四四八万五四〇〇円を基礎収入とし、三割の生活費を控除し、就労の終期(六七歳)までの年数四七年間に対応するライプニッツ係数である一七・九八一〇と本格的な就労の始期(平成一五年四月以降と見込まれる。)までの年数三年間に対応するライプニッツ係数二・七二三二を用いて中間利息を控除すると、四七九〇万六一三五円(一円未満切捨て)となる。

(計算式)四、四八五、四〇〇×(一-〇・三)×(一七・九八一〇-二・七二三二)≒四七、九〇六、一三五

(3)  死亡慰謝料(請求額合計三〇〇〇万円) 合計二三〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、亡浩子の慰謝料としては一七〇〇万円、原告ら固有の慰謝料としては各三〇〇万円を相当と認める。

(4)  葬儀費用(請求額一二〇万円) 一二〇万〇〇〇〇円

甲八(枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、葬儀費用に関する原告廣一の請求額は相当なものである。

(5)  小計

ア 亡浩子 六五〇〇万二七四五円

イ 原告廣一 四二〇万〇〇〇〇円

ウ 原告カヨ子 三〇〇万〇〇〇〇円

(6)  過失相殺

前記過失割合に従い、過失相殺として上記金額から六〇パーセントを控除すると、残額は次のとおりとなる。

ア 亡浩子 二六〇〇万一〇九八円

イ 原告廣一 一六八万〇〇〇〇円

ウ 原告カヨ子 一二〇万〇〇〇〇円

(7)  損害賠償請求権の取得

前記のとおり、原告佐藤廣一及び原告佐藤カヨ子は、相続により、亡浩子の損害賠償請求権を二分の一ずつ取得した(各一三〇〇万〇五四九円)。

(8)  損害のてん補

原告らが受領した二四〇七万二八七二円を二分の一の割合で充当する(各一二〇三万六四三六円)と、残額は、原告廣一が二六四万四一一三円、原告カヨ子が二一六万四一一三円となる。

(9)  弁護士費用(請求額合計七七〇万円) 合計五〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、本件の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告廣一について三〇万円、原告カヨ子について二〇万円をもって相当と認める。

(10)  合計

ア 原告廣一 二九四万四一一三円

イ 原告カヨ子 二三六万四一一三円

第四結論

よって、本訴請求は、被告に対し、原告廣一については二九四万四一一三円、原告カヨ子については二三六万四一一三円及びこれらに対する本件事故日である平成一二年一一月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余の請求には理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 本田晃)

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