東京地方裁判所 平成13年(ワ)2284号 判決 2001年6月08日
原告 株式会社花澤企画
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 鈴木隆
被告 中小企業金融公庫
代表者総裁 堤富男
訴訟代理人弁護士 上野隆司
同 髙山満
同 浅野謙一
同 石川剛
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は原告に対し、別紙物件目録<省略>の建物につき、東京法務局城南出張所昭和58年10月5日受付第44056号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
第2事案の概要
本件は、別紙物件目録<省略>の建物(以下「本件建物」という。)の第三取得者である原告が、根抵当権者である被告に対し、主債務者に対する時効中断の効力が抵当不動産の第三取得者には及ばないと主張して、消滅時効を理由に被告の本件建物についての根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めた事案である。
1 前提事実(特記しない限り当事者間に争いがない。)
(1) 被告は、本件建物につき、昭和58年10月5日、Bとの間において、下記の内容の根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権」という。)を締結し、東京法務局城南出張所同日受付第44056号根抵当権設定登記を経由した。
記
極度額 金1億円
債権の範囲 証書貸付取引
債務者 フロンヴィルホームズ株式会社(以下「訴外会社」という。)
根抵当権者 被告
(2) 本件根抵当権の被担保債権、すなわち、被告の訴外会社に対する貸付金(以下「本件貸付金」という。)は、以下の6口であり、残元金合計は2億8,792万円である。
ア① 元金 金3,500万円
ただし、昭和63年2月17日付金銭消費貸借契約(弁済期日平成4年10月30日)に基づく貸付金1億円の残元金
② 利息 金15万8,219円
ただし、元金3,500万円に対する平成4年10月1日より同月30日までの、年5.5パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定利息
③ 遅延損害金
ただし、元金3,500万円に対する平成4年10月31日以降完済に至るまで年14.5パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定遅延損害金
イ① 元金 金3,750万円
ただし、昭和63年3月14日付金銭消費貸借契約(弁済期日平成4年10月30日)に基づく貸付金1億円の残元金
② 利息 金33万9,041円
ただし、元金3,750万円に対する平成4年9月1日より同年10月30日までの、年5.5パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定利息
③ 遅延損害金
ただし、元金3,750万円に対する平成4年10月31日以降完済に至るまで年14.5パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定遅延損害金
ウ① 元金 金3,360万円
ただし、平成元年3月20日付金銭消費貸借契約(弁済期日平成4年10月30日)に基づく貸付金6,400万円の残元金
② 利息 金31万4,827円
ただし、元金3,360万円に対する平成4年9月1日より同年10月30日までの、年5.7パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定利息
③ 遅延損害金
ただし、元金3,360万円に対する平成4年10月31日以降完済に至るまで年14.5パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定遅延損害金
エ① 元金 金2,846万円
ただし、平成2年12月28日付金銭消費貸借契約(弁済期日平成4年10月30日)に基づく貸付金6,500万円の残元金
② 利息 金18万9,473円
ただし、元金2,846万円に対する平成4年10月1日より同月30日までの、年8.1パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定利息
③ 遅延損害金
ただし、元金2,846万円に対する平成4年10月31日以降完済に至るまで年14.5パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定遅延損害金
オ① 元金 金4,336万円
ただし、平成3年12月20日付金銭消費貸借契約(弁済期日平成4年10月30日)に基づく貸付金5,000万円の残元金
② 利息 金49万1,809円
ただし、元金4,336万円に対する平成4年9月1日より同年10月30日までの、年6.9パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定利息
③ 遅延損害金
ただし、元金4,336万円に対する平成4年10月31日以降完済に至るまで年14.5パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定遅延損害金
カ① 元金 金1億1,000万円
ただし、平成4年9月22日付金銭消費貸借契約(弁済期日平成4年10月30日)に基づく貸付金1億1,000万円の残元金
② 利息 金45万5,218円
ただし、
ⅰ 元金5,500万円に対する平成4年9月25日より同年10月13日までの、年5.7パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定利息金16万3,191円
ⅱ 元金1億1,000万円に対する平成4年10月14日より同月30日までの、年5.7パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定利息金29万2,027円
上記合計金額
③ 遅延損害金
ただし、元金1億1,000万円に対する平成4年10月31日以降完済に至るまで年14.5パーセント(年365日の日割計算)の割合による約定遅延損害金から仮受金6,811万9,804円を控除した金額
(3) 訴外会社は、平成5年2月10日、横浜地方裁判所において破産宣告を受けたため、被告は、本件貸付金を破産債権として届出をし、平成5年6月30日の債権調査期日に全額異議なく認められて確定した。その後、訴外会社の破産手続は、平成11年6月18日に破産廃止決定がなされ、終了した。
(4) 原告は、平成7年9月14日、Bより、本件建物と敷地の借地権を買い受け、本件建物につき、東京法務局城南出張所平成7年10月23日受付第50809号所有権移転登記を経由した。
(5) 平成7年10月23日に、原告が、本件建物の所有権移転登記を受けた以降、5年を経過するまでの間、被告から原告に対し、一切の連絡がなかった。
(6) 原告は、被告に対し、本訴において本件貸付金債権の消滅時効を援用すると述べた。
2 争点
本件は、主債務者に対する時効中断の効力が、担保不動産の第三取得者にまで及ぶかが争点である。
(被告の主張)
被担保債権である本件貸付金については、被告が訴外会社の破産手続に参加したことにより、破産手続の終了まで時効は中断しており、また、破産手続において債権が確定しているから、結局、本件貸付金の時効期間は、破産手続廃止から10年となっており、主債務者との関係では、消滅時効は完成していない。そして、主債務者に対する時効中断の効果は、第三取得者にも及ぶから、結局、原告の請求は理由がない。
(原告の主張)
原告は、担保不動産の第三取得者であって、消滅時効は、主債務者とは独自に進行し、かつ、独立して時効の援用ができる地位にある。また、民法396条は第三取得者には適用されないことから、被告が主債務者に対して消滅時効の中断をしたとしても、原告が第三取得者として主張する独自に進行した消滅時効の完成の主張を封ずることはできない。
第3争点に対する判断
1 訴外会社は、平成5年2月10日、横浜地方裁判所において破産宣告を受けたため、被告は、本件貸付金を破産債権として届出したこと、平成5年6月30日の債権調査期日に被告の届出債権が全額異議なく認められて確定したこと、その後、訴外会社の破産手続は、平成11年6月18日に破産廃止決定がなされて終了したことは当事者間に争いがない。これによれば、被担保債権である本件貸付金については、被告が訴外会社の破産手続に参加したことにより、破産手続の終了まで時効は中断し、また、破産手続において全額異議なく認められて被告の債権が確定しているから、結局、本件貸付金の時効期間は、破産手続終了日から10年となったことが認められ、主債務者との関係では、消滅時効は完成していない。そして、主債務者に対する時効中断の効果は、以下に述べるとおり担保不動産の第三取得者にも及ぶから、結局、原告の請求は理由がない。
2 本件根抵当権において、被告のなした主債務者である訴外会社に対する破産手続参加及び債権確定という時効中断の効力を、担保不動産の第三取得者である原告との関係で、どのように考えるべきかであるが、まず、他人の債務のために自己の所有物件につき根抵当権を設定したいわゆる物上保証人が、債務者の承認により被担保債権について生じた消滅時効中断の効力を否定することは、担保権の附従性に抵触し、民法396条の趣旨にも反し、許されない(最高裁平成7年3月10日判決)とされるが、担保権の附従性という点から、第三取得者の場合も同様に解するべきである。
そもそも、消滅時効の中断は、権利者による権利実行行為あるいは義務者による義務承認行為があった場合に、権利あるいは義務の存在があきらかになることから認められるものである。そして、本件貸付金のような債権の消滅時効の中断において対象となる権利義務関係は、本件根抵当権の被担保債権にかかる債権者である被告と債務者である訴外会社間の権利(債権)義務(債務)関係である。したがって、被告が時効中断すべき相手方は、まさにこの債務者たる訴外会社である。担保権者である被告と第三取得者である原告との間には、本件根抵当権によって担保されるべき債権債務関係は存在せず、もっぱら、第三取得者が担保権により把握された不動産の限度において責任を負担している関係にすぎない。そして、債権債務関係がない以上、担保権者である被告と第三取得者である原告との間で、独自に進行するところの債権の消滅時効やその時効中断を考える余地はない。
なお、現実の問題として、住宅ローン等の長期の返済が約定されている債権について、これを担保するための抵当権の設定された不動産が、第三者に譲渡されたときに、主債務者につき、一旦、支払期日の徒過があり、消滅時効が進行したものの、主債務者の資力が回復して新たな約定のもとに期限の利益を付与され、その後、主債務者が約定通りの弁済を続けているときは、主債務の消滅時効は主債務者による債務の承認により中断していることとなるが、この中断の効果が第三取得者に及ばないとすると、債務不履行もなく主債務者が弁済を続ける状況下で、債権者は第三取得者に対し、別途時効中断の措置をとらなければならなくなる。しかも、第三取得者に対しては、抵当権の実行しか中断方法がないが、債権者が、主債務者に新たに期限の利益を付与しているので、債務不履行がないから抵当権の実行は出来ないこととなる。そうすると、債権者には第三取得者に対する時効中断方法がないのに、他方で、第三取得者は、主債務の時効が一旦進行した時点からの時効の完成を主張できるということとなって極めて不合理な結果を生ずる。
3 以上により、第三取得者との関係でも独自に債権の消滅時効が進行するとの原告の主張は、主張自体失当であるというほかない。
4 なお、時効の援用権が認められているからといって第三取得者との関係で独自に消滅時効が進行することにはならない。一旦、消滅時効が完成した場合に、その時効利益の放棄は、各人がそれぞれの援用権を行使するかどうかの本来的に個別に判断し得るものであるところ、物上保証人、後順位抵当権者、第三取得者等の利害関係人にも主債務者とは別に、時効の援用権を認めたものにすぎない。
5 また、原告は、債務者・抵当権設定者以外の抵当不動産の第三取得者・後順位抵当権者との関係においては、抵当権は債権から独立して20年の消滅時効にかかる(大審院昭和15年11月26日判決、民集19巻2100頁)ことを理由に、「被担保債権が存在する以上、担保物権も存続していることとなる」という被告の附従性の主張は、破綻していると主張する。抵当権が債権から独立して消滅時効にかかる場合があることが、担保物権の附従性を弱めていることは、原告指摘のとおりであるが、これは、個々の担保物権の特有の消滅事由の一つに過ぎず、抵当権につき、そのような例外的な消滅事由があるからといって担保物権の附従性が破綻していることにはならない。
6 さらに、原告は、前記最高裁の判決が、物上保証人に、債務者の承認により被担保債権について生じた消滅時効中断の効力を否定することを許さないことの理由として、民法396条の趣旨にも反するとしていることをとらえて、民法396条は、第三取得者には適用されないことからしても、主債務者に対する時効中断の効果は第三取得者には及ばないと主張している。しかしながら、民法396条は抵当権自体の消滅時効の規定であり、原告が本件で問題としている被担保債権の消滅時効を規定しているものではない。第三取得者との関係で、抵当権が民法167条2項及び396条により消滅時効にかかることがあるからといって、被担保債権まで第三取得者との関係で消滅時効にかかることにはならないのであって、原告の主張には論理の飛躍があり、到底認めることはできない。
7 以上によれば、原告の主張は、いずれも採用できず、したがって、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田秀)
<以下省略>