東京地方裁判所 平成13年(ワ)22896号 判決 2003年5月07日
原告
甲山A夫
同訴訟代理人弁護士
河原崎弘
被告
甲山B子
同訴訟代理人弁護士
渥美三奈子
主文
1 原告が、別紙株式目録≪省略≫記載の株式につき、六万九一二〇分の一万三八〇〇の準共有持分を有することを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は、原告が、別紙株式目録記載の株式(以下「本件株式」という。)の準共有持分六万九一二〇分の四万一四七二が、被相続人甲山C美(以下「C美」という。)の遺産である旨主張し、その法定相続分に応じた準共有持分の確認を求める事案である。
1 前提事実(証拠等を掲げない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 乙川D代は、C美の母親であって、平成九年一一月三日死亡した。
イ 乙川D代には、別紙1のとおり、法定相続人として、長女C美のほか、乙川E雄、乙川F郎、乙川G介及び丙谷H江がいた。
ウ C美は、平成一二年一〇月一〇日死亡し、その法定相続人は、別紙2のとおり、長男原告、長女丁沢I子及び次女被告の三名であった。
(2) 乙川D代は、本件株式の株主であったが、本件株式を含む全相続財産をC美に相続させる旨の遺言をした。
(3) C美は、乙川E雄、乙川F郎、乙川G介及び丙谷H江から、乙川D代の相続について、遅くとも平成一〇年八月一三日までには、遺留分減殺請求を受けていた。
(4) C美は、平成一二年八月一〇日、下記趣旨の記載のある公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)を、戊野J作(以下「戊野」という。)公証人に嘱託して作成した。
ア 不動産については、一切を原告、丁沢I子、被告の三名に均等の割合で相続させる。
イ 動産(預貯金等も含む)は、すべて被告に相続させる。
(5) 原告、丁沢I子及び被告は、C美の相続人として、乙川E雄、乙川F郎、乙川G介及び丙谷H江との間で、乙川D代の相続に係る遺留分減殺請求に関する訴訟(東京地方裁判所平成一三年(ワ)第二四九四九号)を行っていたが、平成一四年一二月九日、東京地方裁判所において和解をし、C美が乙川D代から相続した本件株式の準共有持分は、六万九一二〇分の四万一四七二であることが確定した。また、同和解において、原告、丁沢I子及び被告は、C美の本件株式の前記準共有持分のうち、六万九一二〇分の七二を乙川G介に代金二六万四二四〇円で売却した(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 本件遺言は、公正証書遺言の要件を満たしているか否か。
ア 被告の主張
(ア) 実際には、遺言者の置かれている立場によっては、民法九六九条の要件をそのまま踏襲することは不可能な場合があり(病室で公証人が筆記するのは不可能である。)、民法九六九条の要件と同様の効果を得られるものならば、それで要件は満たされると解すべきである。
(イ) 戊野公証人は、遺言の内容をC美の代理人弁護士からファックスで受領し、その内容を公正証書用紙に清書した書面を、C美の病室に持参し、この書面を手にしたC美に対し、戊野公証人が読み聞かせたところ、C美は一つ一つうなずき、最後に戊野公証人からこれで間違いないかと念を押されて、はっきりと間違いありませんと答えている。したがって、本件遺言は、C美の口授によって作成されたものといえる。
イ 原告の反論
本件遺言作成手続において、C美の口授はなかったのであるから、本件遺言は、公正証書遺言の作成手続の要件として、民法九六九条が定める口授の要件を満たしておらず、無効である。
(2) 本件遺言作成時、C美は意思無能力であったか否か。
ア 原告の主張
本件遺言作成時、C美には、十分な意思能力はなかった。
イ 被告の反論
原告の主張は否認する。
(3) C美は、本件遺言によって、本件株式を、被告に相続させる旨の意思表示をしたか否か。
ア 被告の主張
(ア) C美は、本件遺言中において、預貯金等を被告に相続させる旨の意思表示をしているところ、これは金融商品全般を指定していたものであり、本件株式を含むものである。
(イ)a C美は、本件遺言をしたときの意思は、不動産は相続人である子供三人(原告、丁沢I子、被告)に均等の割合で相続させ、その他の財産は全部被告に相続させるというものであった。
b C美は、死亡時六八歳であり、病弱の中で専業主婦で通した一生であった。預貯金の操作は日常的に行っていたとしても、その他の金融資産、例えば株式とか投資信託とかは、預貯金類似の資産という認識であり、預貯金等とC美がいう場合、それは金融商品全般を指定していた。
c C美は、原告をいたわらず、入院中のC美の住居を無断で売却しようとしたり、祖父母の養子となるといってC美を嘆かせたりした原告に、財産を残したくなかったことから、本件遺言をしたものである。このことは、祭祀承継者を、平成一三年九月一〇日、いったんは原告と定めたものの、その翌々日には長女の丁沢I子に変更していることからもわかる。
イ 原告の反論
(ア) 本件遺言の草稿は、法律家である公証人により作成され、また、作成に立ち会った証人二人は、己原K美(以下「己原」という。)弁護士と庚崎L平(以下「庚崎」という。)弁護士である。したがって、その文言は、法律的観点から吟味されている。しかるに、株券不所持制度により株券の発行されていない本件株式は、有体物でもなければ、排他的管理可能性もないのであるから、動産ではないし、預貯金等でないことも明白である。したがって、本件遺言中の「預貯金等」に、本件株式が含まれていると解することはできない。
(イ) また、C美は、本件株式に価値があることは、本件遺言作成時に明確に認識していたし、己原弁護士もC美の訴訟代理人として、本件株式に係る訴訟に関わっていたのであるから、C美が、本件株式を被告に相続させる意思であったならば、「株式」とか、「その余の遺産」などの別の表現を使っていたはずである。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 証拠(≪証拠省略≫、証人己原、同庚崎)及び前記前提事実によれば、C美は、平成一二年八月初めころ、己原弁護士を通じて、銀座公証役場の戊野公証人に対して、本件遺言の作成を嘱託したこと、己原弁護士は、C美から聴取した内容を書面にして、戊野公証人に対してファックスで送信し、戊野公証人は、己原弁護士から送られたファックスなどをもとにあらかじめ本件遺言の草稿を作成した上、同月一〇日、聖路加病院のC美が入院していた病室を訪れたこと、同病室では、C美と戊野公証人の他、本件遺言作成の証人として、己原弁護士と庚崎弁護士が在室したこと、戊野公証人は、C美に対して人定質問を行った後、前記草稿を読み上げたこと、その間、C美は、甲山B子とあるべきところを乙川B子と誤っていた点を指摘しただけで、それ以外には発言をせず、ただうなずいていただけであること、戊野公証人は、前記草稿を読み上げた後、C美に対して間違いないか尋ねたところ、それで間違いない旨答えたが、戊野公証人の面前では、それ以上遺言の内容について具体的な発言は、なされなかったことが認められる。
(2) 民法九六九条が公正証書遺言の要件として、遺言者の口授を要求するゆえんは、遺言者の真意を確保する適切な手段であるという点にあるのだから、必ずしも、遺言の内容の一言一句すべてを遺言者が口述するまでの必要性はないものの、公証人が遺言者の真意を確認できる程度には、遺言の概要について、遺言者から口述される必要があると解され、また、同条三号が読み聞かせを、同条四号が遺言者による筆記の正確なことを承認した後の署名を、同条二号の口授の要件とは別に規定していることからすれば、草稿の読み聞かせとそれが間違いない旨の承認をしただけでは、同条三号及び四号の要件を満たしても、それとは別の要件として規定されている口授の要件を満たしたと認めることはできない。しかるに本件では、前記認定のとおり、戊野公証人が、C美から直接口述されたのは、甲山B子ではなく乙川B子であるとの点及び本件遺言の草稿を読み上げた後の間違いないかとの問いに対して、それで間違いない旨の回答だけであって、遺言の内容については、一切口述されておらず、結局、C美から戊野公証人に対して、本件遺言の概要についてすら口述がなされていないのであるから、公正証書遺言として民法九六九条二号が要件とする口授があったとは認めがたいといわざるを得ない。
なお、前記(1)認定のとおり、本件遺言は、C美が、己原弁護士を代理人として戊野公証人に嘱託して作成されたものであり、C美は、本件遺言の概要を己原弁護士に口述し、これを己原弁護士が書面にして伝えていることが認められるものの、戊野公証人が認識した本件遺言の概要は、あくまでも己原弁護士を介した伝聞に過ぎず、誤謬を含む危険がある以上、民法九六九条二号が口授を要件とした、遺言者の真意確保の手段という前記趣旨からいっても、前記のとおり口授があったと認めることはできない。現に、本件では、被告の主張によれば、C美の本件遺言による真意は、不動産については、原告、被告及び丁沢I子の三人に等分に相続させ、その余の財産は全て被告に相続させるとの趣旨であったというのであるが、本件遺言の文言上は、被告に相続させる財産としては、「動産(預貯金等も含む。)」としか記載がなく(≪証拠省略≫)、本件株式など、不動産を除いたその余の財産全てを被告に相続させる趣旨であるとは到底認められないのであるから、仮にC美の本件遺言による真意が、被告の主張するようなものであったとすると、そのC美の真意と本件遺言の記載とに齟齬が生じていることになるから、実質的に考えてみても、本件遺言の作成手続において、真意確認のための要件である口授があったと認める余地はない。
(3) 以上によれば、本件遺言の作成手続において、公正証書遺言の要件である口授が満たされたとは認められないから、本件遺言は方式違反により無効であると解さざるを得ない。
2 結論
したがって、その余の点を検討するまでもなく、本訴請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 新谷晋司)
<以下省略>