東京地方裁判所 平成13年(ワ)23042号 判決 2003年7月07日
原告
X
上記訴訟代理人弁護士
桑村竹則
同
番敦子
被告
破産者株式会社Y1破産管財人A
被告
Y2
主文
1 被告Y2は,原告に対し,金110万円及びこれに対する平成13年9月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告が破産者株式会社Y1に対し,金113万4205円(110万円の損害賠償請求権及び3万4205円の遅延損害金)の破産債権を有することを確定する。
3 被告破産者株式会社Y1破産管財人Aは,原告に対し,B及びC作成の原告についての身元保証書を返還せよ。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを4分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。
6 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告Y2は,原告に対し,金330万円及びこれに対する平成13年9月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告が,破産者株式会社Y1に対し,金340万2616円(330万円の損害賠償請求権及び10万2616円の遅延損害金)の破産債権を有することを確定する。
3 被告Y2は,原告に対し,別紙記載の謝罪文を交付して謝罪せよ。
4 主文第3項と同旨
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
6 仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は,原告が勤務していた破産者株式会社Y1(以下「被告Y1」という。)において,原告の上司であった被告Y2によるセクシャル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)行為があったこと,及び,原告が被告Y2の行為について被告Y1に対して善処を求めたにもかかわらず,被告Y1はこれを放置したことを理由として,被告Y2に対して,不法行為に基づき330万円の損害賠償及びこれに対する不法行為後で調停申立書送達後である平成13年9月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求し,名誉毀損の回復手段として謝罪文の交付を請求するとともに,被告Y1に対して,使用者責任又は雇用契約上の就業環境調整義務違反に基づき330万円の損害賠償請求権及び上記平成13年9月16日から破産宣告前日である平成14年4月30日まで年5分の割合による遅延損害金10万2616円の請求権を有することの確定を求めた事案である。また,原告は,被告Y1に対し,入社時に身元保証人が差し入れた身元保証書の返還もあわせて請求した。
2 争いのない事実等
(1) 当事者等
被告Y1は,一般書籍の出版を業とする出版社であったが,平成14年5月1日,破産宣告を受けた。
被告Y2は,通称名を「D」と称し,被告Y1の東京編集長として勤務し,原告の上司であった。
原告は,出版社勤務,フリーランスの編集者を経て,平成12年4月10日,被告Y1に入社し,平成13年7月末日,退社した。
(2) 身元保証書について
原告が被告Y1に入社するにあたり,B及びCは,被告Y1に対し,原告の身元を保証し,万一原告が同社に損害をかけた場合には原告と連帯して損害賠償責任を負う旨の身元保証書を提出した(<証拠省略>)。
3 争点
本件の争点は,<1>被告Y2のセクハラ発言による不法行為の成否,<2>職場に私的な男女関係を持ち込んだことによる不法行為の成否,<3>被告Y1の責任の有無,<4>損害額及び謝罪文交付請求の可否,<5>身元保証書の返還請求の可否,である。
(1) 被告Y2のセクハラ発言による不法行為の成否
【原告の主張】
被告Y2は,原告の仕事上の評価の低下を目的として,被告Y1の他の社員及び仕事関係者に対し,下記のとおり吹聴した。これは,事実無根の誹謗中傷であり,被告Y1内外の関係者に原告の私生活ことに異性関係に言及し,それを非難する発言をして原告の名誉を毀損し,原告の仕事上の評価を低下させたものであり,悪質なセクハラ行為である。
記
「原告はE(被告Y1編集部員E)とできている」
「原告は俺のストーカーだ。」
「原告が俺の家に毎晩,巻き舌で『Dさ~ん』と電話をかけてきて困ってるんだ。原告っておかしいと思わないか。」
「原告とF(被告Y1のアルバイト)はできている。」
「原告はG(被告Y1総務部長G)とできているから気を付けろ。」
「俺のところに毎晩いやらしい電話をかけて迫ってくる。著者から出版拒否にあうような編集者,ゲラを途中で放り出すような無責任な編集者,編集部内で一人浮いている,あとひとつそろえば原告を辞めさせられる。」
「原告はa書院とb書房にいたといっているが,あいつの経歴は怪しいから今,人を使って調べさせているところだ。」
【被告Y2の主張】
「原告とFはできているのかね」と聞いたことはあるが,断定したことはない。
また「原告とGはできている」という軽口をEと交わしたことはあるが,原告とGが結託して情報交換をしているのではないかという意味であり,男女の性的関係を噂するものではない。
著者から苦情を受け反省文を書かされるようなことがあれば,通常はクビになっても仕方がないと言ったことはあるが,「俺のところに毎晩いやらしい電話をかけて迫ってくる。著者から出版拒否にあうような編集者,ゲラを途中で放り出すような無責任な編集者,編集部内で一人浮いている,あとひとつそろえば原告を辞めさせられる。」と言ったことはない。
Gから原告の仕事ぶりについて報告を求められ,事実を報告したところ,Gが原告の経歴に疑問を持ったため,原告が以前勤務していた会社の上司に会う予定があるので,原告のことを聞いてみましょうかと言ったことはあるが,原告の主張とは全くニュアンスが違うものである。
その余はいずれも否認する。
【被告Y1の主張】
否認ないし不知。
(2) 職場に私的な男女関係を持ち込んだことによる不法行為の成否
【原告の主張】
平成12年7月,7階で執務をしていた被告Y1総務部のHの席が5階の編集部に移動になり,Hは,被告Y2の個人的アシスタントのような稼働状況になった。被告Y2とHは,職場内でべったりという状態で,編集部には勤務時間中でありながら嬌声が広がっていた。被告Y2とHとの職場内での態度は目に余るものがあった。
被告Y2は,Hとの私的な男女関係を職場に持ち込み,同じ職場で働く原告の就労環境を害し,業務遂行にも支障を生じさせた。
【被告Y2の主張】
争う。
【被告Y1の主張】
編集部における職場環境の維持は,原告を含めた編集部の自主性にある程度任されていたのであって,被告Y1がいちいち容喙すべきものではなかった。
(3) 被告Y1の責任の有無
【原告の主張】
被告Y1は,本件についての原告の申告に対し,何ら適正な対応をしようとしなかったため,原告の被害は拡大した。
ア 原告は,事実無根の誹誘中傷を知り,平成12年6月にGに相談した。それでも事情は変わらないので原告が再度Gに話すと,Gは「放っといたらええのんや。」「そんなん気にしてデリケートなのがあかんのや。」としか対応しなかった。
イ 平成12年7月,8月,11月に,原告は,編集部長のIに対し,被告Y2からの事実無根の誹謗中傷について相談したが,Iは適切な対応をせず,いつまでも事態は進展しなかった。
ウ 平成12年12月に被告Y1取締役Jに相談したが,何の対応もなかった。
平成13年2月,原告がJに対し,その後どうなっているのか尋ねたが,Jは「ああ,あんた,何か話がある言うとったな。何の話やったか。」と言った。
エ 平成13年3月6日,原告は経過書面を作成し,Jに示した。しかし,Jはこれは経過が記載してあるだけで事実かは分からないと言い,被告Y2とHとの件については,原告に人事権はないと的はずれに怒鳴り,原告の作成した書面を投げつけた。
オ 原告が東京労働局雇用均等室(以下「雇用均等室」という。)に相談したところ,雇用均等室は被告Y1を呼出し,被告Y1社長Kは平成13年3月15日,これに応じて雇用均等室を訪れた。Kは,セクハラについては原告入社の際に就業規則を示して説明したと虚偽の説明をし,原告への被告Y2の誹謗中傷については知っているがもう注意しており,本人同士の問題だと言い,それ以上対応をする意向はないことを述べた。
カ 被告Y1に対する反論
(ア) 承諾書を得たという事実は,原告が被告Y1に勤務している間,伝えられたことはない。承諾書を得ていたとしても,その内容はもっぱら人事関係についてであり,原告主張のセクハラ行為を前提としてその解決となるものとは考えられない。
被告Y2にも承諾書を書いた経緯についての認識はなく,被告Y1が十分な監督責任を果たしたとは言えない。
(イ) 被告Y2は編集部員に降格されたといっても,後任の編集長は任命されず,社長が編集長を兼務するということだったので,実質的には何も変わらなかった。
キ 以上によれば,被告Y1は,原告からの苦情申出について十分な事実確認をせず,被告Y2に対する適切な指導監督をしないまま,原告から苦(ママ)情を長期間放置していたものであり,被告Y2の使用者として監督責任を果たしていないから,被告Y2のセクハラ行為につき使用者責任を負う。
ク また,被告Y1は,原告との雇用契約において,就業環境を調整する義務を負っているが,上記のとおり,原告からの苦情申出に対して適切な対応をせず,これを放置したのであり,就業環境調整義務違反により債務不履行責任を負う。
【被告Y1の主張】
ア G及びIから,被告Y2の態度に問題があるとの風評を得た被告Y1は,平成12年6月26日,被告Y2を呼びだし,厳重に注意するとともに,原告についても容喙しないよう,被告Y2から承諾書まで提出させた(<証拠省略>)。したがって,それ以後,被告Y2が,原告に対し,被告Y1の人事権を振りかざして原告のいう嫌がらせをしたということはないはずである。
さらに,平成12年10月には,被告Y2を編集長から編集部員に降格しているのであり,被告Y1としてはしかるべき対応をしている。
イ 原告とJのやりとり
(ア) 原告は,平成12年12月中旬ころ,Jの席にやってきて,相談したいことがあると申し入れたが,その際,相談事が被告Y2に関するものであるという言及はなかった。
そこで,Jは同月下旬に日時を設定したが,当日,原告から,業務の多忙を理由に年明けにしてほしいと連絡があった。
(イ) 平成13年1月中旬になっても原告から何の話もないので,Jは,原告に対し,相談事があったのではないかと問い,同年2月上旬に相談事を聞いた。
原告は,<1>被告Y2が原告のことを外部に対しストーカーだといっている,<2>Hが7階にある給与台帳を見て被告Y2に原告の給与を教えたことは被告Y1の管理が悪いからである,<3>Hの配置換えをしてほしい,<4>被告Y2とHは特殊な関係にあると述べ,これに対し,Jは,<1>業務遂行上,給与台帳を机上におくことはままあり,業務管理が悪いとはいえない,<2>Hの業務内容について原告が被告Y1に指図することは筋が通らない,<3>プライベートな時間,ましてや酒席における社員の言動についてまで被告Y1が関与することはできない,と述べた。
また,給与台帳の問題から,Hを7階から5階に移動させたばかりであったのに,原告がプライベートの理由でHの人事,業務内容に容喙することは到底容認できないため,その旨原告に諭したが,原告は頑として譲らなかったので,Jは原告に対し,「あんたに人事権はない。」といった。
(ウ) 原告は,雇用均等室での法律相談に示唆を受け,<証拠省略>と思われる書面を作成して,同年3月6日,Jのところに来た。
原告は,事前のアポイントもなく突然来て,<証拠省略>を読んでほしいと言った。
Jとしても,勤務時間中で,事前のアポイントもなしでの申出であったため,その場で,原告が突きつけた長い文書をじっくり読んで回答する時間も取れないことから,後でゆっくりと読ませてもらうという趣旨で「こんないっぱいあるの,読めへんわ。」と言ったところ,原告は,すぐ読むよう強く求めた。<証拠省略>は冒頭から読んでいくといきさつめいたことばかり書いてあったので,Jは,効率的に読むためにも,「この辺はいきさつが書いてあるだけやな。」と確認したのである。しかし,原告の要求の結論部分がなかなか出て来ず,時間の制約もあることから,Jは「何が書いてあるかわからへん。つまり,何が言いたいんや。」と,原告の要求は端的にいうと何なのかと釈明を求めた。
そうすると,原告は,被告Y2やHに対する管理不行き届きについて,謝罪文を出してほしいと,唐突な要求をした。Jとしては,原告が突きつけた文書が,原告が一方的に事実関係を記載したもので,被告Y2やHのほか,関係従業員から事情を聴取したうえでなければ対応できない性質のものであるから,念のため,「一方的に書いただけやな。」と原告に確認した。
原告がそうである旨答えたので,原告の要求はあまりに唐突なものであるうえ,事情も十分に把握していない段階で,被告Y1としては原告の要求には応じられないであろうと述べた。すると,原告が突如,「じゃあ,返してください。」と居丈高に文書の返還を求めたので,Jも読みかけの文書を「じゃあ,持ってけ。」と軽く机の上に投げ返したところ,原告はその書面をもって辞した。
以上のとおり,Jが同書面を投げて怒鳴り,書面をたたきつけたというのは全く事実に反する。
(エ) したがって,原告がJとのやりとりを捉え,被告Y1が適切な対応をしようとしなかったというのは,事実に反する。
ウ Kは,忙しい合間を縫って雇用均等室に出頭した。Kとしては,本件については事実関係が明確になっているとは言い難いこと,被告Y2に厳重注意し,承諾書を提出させ,編集部員に降格するなどの対応をとったことを説明した。
(4) 損害額及び謝罪文交付請求の可否
【原告の主張】
被告Y2の前記不法行為により,原告は業務遂行に支障が生じるほどの精神的苦痛を受けた。そして,被告Y1による適切な対応がなされず,職場環境が改善されなかったため,原告の精神的苦痛は増大し,平成13年7月末日,原告は退社した。
以上によれば,原告の精神的損害は300万円を下らない。また,弁護士費用として30万円の損害が生じている。
さらに,被告Y2のセクハラ行為により毀損された名誉を回復するため,被告Y2に対し,別紙記載の謝罪文の交付を求める。
【被告Y2の主張】
いずれも争う。
【被告Y1の主張】
争う。
(5) 身元保証書の返還請求の可否
【原告の主張】
原告は,被告Y1に対し,入社時,履歴書の他,免許証の写し,通帳の写し,叔父であるB及びC作成の身元保証書等を提出していたが,平成12年11月,原告は通帳の印影部分も含めその写しを差し入れていることに疑問を感じ,被告Y1に返還を求め,その2,3日後に返還を受けた。その後,原告は,被告Y1を退社する際,入社時に差し入れた書類等の返還を求めたが,被告Y1は,履歴書及び免許証の写しは返還したものの,身元保証書の返還を拒否した。
原告の退社によって,原告の身元保証書は,被告Y1にとって不要の書面となったものであり,被告Y1が返還を拒否する法的な理由も実質的な理由もないのであるから,民法487条の趣旨及びプライバシー保護という憲法13条の人格権に基づき,身元保証書の返還を求める。
また,身元保証書を作成したB及びCは,いずれも身元保証書の返還を請求しており,身元保証書返還請求権を原告に譲渡した。よって,原告は身元保証書返還請求権を有する。身元保証に関する法律1条が身元保証書の効力を3年間と定めている趣旨は,長期にわたる保証は身元保証人にとって酷である点にあり,身元保証すべき基本契約が終了した後にも,文書成立後3年間は効力を有するという趣旨ではない。
【被告Y1の主張】
身元保証に関する法律1条により,B及びC作成の身元保証書に基づく身元保証契約は,契約成立日である平成12年4月8日から3年間効力を有するのであるから,被告Y1が,身元保証書を返還する必要はない。
雇用関係が終了した後になって被用者の雇用期間中の不祥事が発覚することは往々にしてあり,そうだとすると,雇用契約終了により,当然に返還を求められるものではない。
また,原告は,身元保証債務の債務者ではないから,原告が返還請求をする法的根拠はない。
第3当裁判所の判断
1 前記争いのない事実,本件各証拠(認定に供した証拠を認定の後の括弧内に掲記した。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 事実の経過
ア 被告Y1は,平成9年3月,Jらにより設立されたが,経営状態が悪化したため,平成10年8月,Jらが代表権を返上して取締役となり,Kが代表取締役となった。
被告Y1は,従来,専門書籍の出版を行っていたが,一般大衆向け書籍の出版も行うこととし,平成11年12月に,被告Y2を採用し,平成12年4月に,原告及びEを編集員として採用した。
被告Y2は,平成12年4月,被告Y1の東京編集長となり,原告は,被告Y2の部下として,その仕事を手伝うなどしていた。(<証拠省略>)
イ 同年5月,原告は,同年6月末に刊行予定であった「ビジネス個性心理學」の編集を任された。間もなく,Eが補助の編集員となり,同書の編集作業に携わったが,著者の原稿執筆作業が遅れ,執筆された原稿も多くの編集作業を必要とするものであったため,同書の編集作業は,順調に進まなかった。
同書の編集作業が遅れ,刊行予定に間に合わないおそれが生じたため,原告は,被告Y2に対し,刊行予定を延期するか,補助の編集者を雇ってもらえないかと要請したが,被告Y2は,これを取り合わなかった。
同年5月末になっても,著者の原稿執筆作業は遅れていたため,原告は,再度,被告Y2に対し,刊行予定日を延期してもらえないかと相談したが,被告Y2はこれを取り合わず,「著者に来社してもらって書いてもらえ」などと言った。そのため,原告は,著者の事務所に連絡を取り,早急に原稿を仕上げてほしいと強く要請したところ,著者から,原告をはじめとする被告Y1のスタッフの対応と原稿の催促の仕方が常識を逸脱しているとして,出版の拒絶を通知するメールが送付された。
原告は,被告Y2に相談し,その指示により,Eとともに著者に対して謝罪した上,今後,編集者として節度ある態度を守り精進する旨を記載した反省書を提出した。(<証拠省略>)
ウ 被告Y2の言動
同年6月ころ,被告Y2は,被告Y1の社員であるLに対し,「原告はおかしい」,「巻き舌でDさ~んって来るんだよ」,「原告が毎晩電話を架けてくる」,「原告はストーカーじゃないか」などと言い,Gら上司から原告の勤務態度について尋ねられた際には,否定的な評価内容の返答をするように促した(<証拠省略>)。
被告Y2は,原告とFが,飲食店で一緒に飲食していたところに出会い,その後,Eに対し,原告とFが一緒に酒を飲んでいたことを話し,「二人はできているのかねえ」と言った(<証拠省略>)。
また,被告Y2は,Eに対し,原告がGに対し毎日のように相談を持ち掛けていると話し,「あることないこと何でもGに報告しているんじゃないか。何を言われているか分からないぞ。二人はできているから気をつけろ」などと言った(<証拠省略>)。
被告Y2は,Mに対し,「著者から出版拒否を言い渡される,原稿を途中で放り出す,しかも試用期間中だろう,普通だったらくびだろう。」などと言った(<証拠省略>)。
被告Y2は,G及びJから,新入社員である原告の仕事ぶりについて尋ねられた際,低く評価している旨の意見を述べた(<証拠省略>)。
エ 同年6月ころ,原告は,Gに対し,被告Y2の言動について相談し,被告Y2が,Lに対し,原告が毎晩巻き舌で電話を架けてくると話していたことなどを話した。
また,原告は,Gに対し,総務部のHが原告の給与台帳を見て,被告Y2に原告の給与金額を教えたようだと相談した。(<証拠省略>)
オ 被告Y1社長のKは,被告Y2を呼び出し,原告の立場はそのままであること,人事について口出しをしないこと,編集長として編集部員の管理,指導に努めることなどを確認し,その話の内容を文書にするよう求めた。被告Y2は,同年6月26日,「一,原告の立場はそのままであることを承諾いたします。一,人事に関する発言は一切しないことを承諾いたします。一,編集長として,編集部員の管理,育成,指導に努めることを承諾いたします。」旨記載した承諾書を提出したが,被告Y1は,被告Y2に承諾書を提出させたことを原告に伝えなかった。(<証拠省略>)
カ 同年7月,被告Y1は,Hが他人の給与台帳を見たのではないかという問題が生じたため,Hの執務場所を7階から5階へ移動させた(被告Y1はビルの5階ないし7階を使用していたが,6階は倉庫として利用していたため,執務場所として利用していたのは,5階及び7階であった)。
5階には編集部があったため,原告,被告Y2及びHは,同じ階で執務するようになった。Hは,被告Y2の補助的な仕事をすることもあった。(<証拠省略>)
キ 同年8月,原告は,Iに対し,被告Y2の言動について相談し,I及びJの立会の下,被告Y2との話し合いの場を設けてほしい旨頼んだが,Iは具体的な対応策を示さなかった(<証拠省略>)。
ク 被告Y2が欠席した編集会議において,編集部員から被告Y2の仕事のやり方やHの騒がしい態度について不満が出されたことがあった。
同年10月ころ,編集会議において,各編集部員が編集長であるとする編集主幹制が取られることとなり,被告Y2を含め,編集部全員が編集主幹となり,東京編集長はKが兼任することになった。(<証拠省略>)
ケ 原告は,同年11月ころ,Iに対し,再度,被告Y2との話し合いの場を設けてほしいと頼んだが,一向に対応がなされなかったため,同年12月中旬ころ,Jに対し,相談したいことがあるので時間を取ってほしい旨申し出た。
平成13年2月ころ,Jは,原告と面談したが,その際,原告は,被告Y2の言動や被告Y2とHの親密な態度について苦情を述べた。
これに対し,Jは,プライベートな時間における酒の席での被告Y2の言動については会社の関与することではない旨回答し,Hの配置場所については,会社役員が決定したことであり,原告に人事権はない旨回答した。
その後,同年3月6日,原告はJと面談し,「1.D氏のセクハラの件」及び「2.D氏及びH氏のセクハラの件」と題する書面(<証拠省略>)を持参したが,Jは,最初の数行に目を通しただけであった。その際,原告は,被告Y2及びHに対する監督不行き届きについて,会社として謝罪文を出すよう要求したが,Jはこれを拒否した。(<証拠省略>)
コ 原告は,Jが原告の訴えを聞き入れる様子がなかったことから,雇用均等室へ連絡し,雇用均等室の担当者から被告Y1対(ママ)し指導をしてほしい旨要請した。
雇用均等室は,被告Y1へ連絡し,Kと面談の約束を取り付けた。Kは,同年3月15日及び同年5月29日,雇用均等室を訪れたが,被告Y2に注意し,十分な対応を行った旨述べた。(<証拠省略>)
サ 平成13年7月末日,原告は被告Y1を退社した。
(2) 身元保証書について
ア B及びCは,平成12年4月8日,原告が被告Y1に入社するにあたり,身元保証人として,原告が就業規則等に悖る行為をなし,被告Y1に損害を生じさせた場合に,原告と連帯して損害賠償責任を負うことを確約する身元保証書を差し入れたが,その後,原告が被告Y1を退社したため,平成14年2月21日,被告Y1に対し,身元保証書の返還を求めるとともに,身元保証書の返還請求権を原告に譲渡した(<証拠省略>)。
イ 被告Y1は,平成14年5月1日破産宣告を受け,破産管財人Aが選任され,破産手続が進行している(弁論の全趣旨)。
2 争点に対する判断
(1) 争点(1)(被告Y2のセクハラ発言による不法行為の成否)について
ア 前記1(1)ウのとおり,被告Y2が,Lに対し,「原告が毎晩電話を架けてくる」「原告はストーカーじゃないか」などと発言したこと,Eに対し,原告とFが一緒に飲食していたことを話した上,「二人はできているのかねえ」と発言したこと,Eに対し,原告がGに対し頻繁に相談を持ち掛けていることを話した上,「二人はできているから気をつけろ」などと発言したこと,Mに対し「著者から出版拒否を言い渡される,原稿を途中で放り出す,しかも試用期間中だろう,普通だったらくびだろう」などと発言したことが認められる。
原告は,このほか,被告Y2が「原告とEはできている」,「あとひとつ揃えば原告を辞めさせられる」,「あいつの経歴はあやしいから今,人を使って調べさせているところだ」などと発言した旨主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない。
イ 被告Y2が,Lに対し,「原告が毎晩電話を架けてくる」「原告はストーカーじゃないか」などと話し,Gら上司から原告の評価について尋ねられた際には,否定的な評価を述べるよう促したことについて,被告Y2は,Lに対して,原告から夜中によく電話がかかってくることや電話においてエキセントリックなところがあって困っていることなどを話したこと,Gら上司から原告に対する評価を尋ねられた際には,被告Y2に対して話したように正直に話すようにと言ったことは認めているものの,発言の意味内容が異なる旨主張する。
しかし,<証拠省略>によれば,発言相手であるLは上記認定の発言を認めている上,前記1(1)イ,ウによれば,被告Y2と原告とは,原告が担当した編集作業の進行をめぐり対立を生じ,その後著者から出版拒絶の申入れ,その謝罪等の経過を経て,信頼関係が崩れたものと認められるのであり,原告の仕事ぶりについて否定的評価を下した被告Y2が,Lが自己と同様の意見を持つように促す経過において,前記認定の発言をしたものと推認することができる。
そして,前記認定の「原告が毎晩電話を架けてくる」「原告はストーカーじゃないか」などとの発言は,原告が被告Y2に対し,異性として一方的な好意を持ち,執拗な行動をとったことを意味するものであると解されるところ,それが真実であると認めるに足りる証拠はないから,原告の名誉感情,人格権を侵害するものといえる。
被告Y2が,Eに対し,原告とFが一緒に飲食をしていたことを話した上,「二人はできているのかねえ」と発言したことは,社内関係者との私的な異性関係に言及するものであると解されるところ,それが真実であると認めるに足りる証拠はないから,原告のプライバシー権を侵害するものといえる。
また,原告がGに対し,頻繁に相談を持ち掛けていることを話した上,「二人はできているから気をつけろ」などと発言したことは,性的関係を意味するものかどうか明らかではないとしても,原告とGとが親密な関係にあり,原告がGに対し,社内関係者らの言動を密告しているかのような印象を与えるものであり,原告の人格権を侵害するものといえる。
さらに,被告Y2が,Mに対し「著者から出版拒否を言い渡される,原稿を途中で放り出す,しかも試用期間中だろう,普通だったらくびだろう」などと発言したことは,被告Y2が原告の上司であることを考慮したとしても,原告の立場,人事に関して不当に干渉するものといえる。
ウ 前記イのとおり,原告が編集を任された書籍の編集作業の過程において,被告Y2は,原告からの刊行予定の延期又は人員追加の要請を取り合わず,最終的には著者から出版拒絶を受け,その謝罪のために原告が反省文を提出するなどの経過において,原告は,被告Y2の仕事の進め方に不満を抱き,被告Y2は,原告の能力に否定的な評価を下し,両者の信頼関係が悪化したことが推認される。
そして,前記1(1)ウで認定した被告Y2の発言は,いずれも被告Y1の社員に対し,原告の試用期間終了間際であった平成12年6月ころになされたものであることに照らせば,被告Y2は,職場での原告の評価の低下を意図し又は認識しながら,前記認定の一連の発言をしたものと認められ(これを覆すに足りる証拠はない。),これにより原告の名誉感情,プライバシー権その他の人格権を侵害したものであり,不法行為を構成するものである。
よって,被告Y2は,原告に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(2) 争点(2)(職場に私的な男女関係を持ち込んだことによる不法行為の成否)について
前記1(1)カ,クによれば,平成12年7月より,Hが5階で執務するようになり,被告Y2を補助する仕事を行うこともあったこと,及びその後の編集会議において,編集部員より,Hの騒がしい態度について不満が出されたことが認められる。
原告は,被告Y2とHは,職場内でべったりという状態で,勤務時間中でありながら嬌声が広がり,原告の就労環境を害した旨主張するが,<証拠省略>によれば,Hは声が大きく騒がしかったため,編集部員から苦情が出たことが認められるものの,被告Y2とHが親密な関係にあり,私的な男女関係を職場に持ち込んで他の編集部員の職務を妨害し,不法行為を構成するまでに至っていたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。
(3) 争点(3)(被告Y1の責任の有無)について
前記2(1)のとおり,前記認定の被告Y2の一連の発言は,不法行為を構成するところ,その発言の相手方はいずれも社内関係者であり,上司としての職務上の地位を利用して,職場での原告の評価の低下を意図又は認識してなされたものといえるから,被告Y2の職務行為と密接な関連を有する行為と認められる。
弁論の全趣旨によれば,被告Y1は,編集部の職場環境の維持については,編集部員の自主性に委ねていたというのであり,本件各証拠に照らしても,被告Y1が被告Y2に対し,事後的に前記承諾書(<証拠省略>)を提出させた事実はあるものの,被告Y2の職場での人格権侵害等の言動について十分な指導,監督を行っていたとは認められず,被告Y2の選任,監督につき相当の注意をなしたとはいえない。
したがって,被告Y2の使用者である被告Y1は,民法715条により,原告に対し,被告Y2と連帯して,原告が被告Y2の発言によって受けた損害を賠償する責任を負うというべきである。
(なお,就業環境調整義務違反による債務不履行責任については,判断するまでもない。)
(4) 争点(4)(損害額及び謝罪文交付請求の可否)について
ア 前記2(1)のとおり,被告Y2の一連の発言は,原告の名誉感情,プライバシー権その他の人格権を侵害したものとして不法行為を構成し,被告Y2は,これにより原告が被った損害を賠償すべきであるが,その精神的苦痛に対する慰謝料としては,前記不法行為の態様,違法性の程度,その他本件における一切の事情を勘案すると,100万円が相当である。
また,弁護士費用相当額の損害については,本件の事案の内容その他の事情を考慮すれば,前記認定の不法行為と相当因果関係のある損害としては10万円が相当である。
イ 原告は,被告Y2に対し,損害賠償の支払いに加え,謝罪文の交付を求めているが,被告Y2の一連の発言による不法行為の態様,程度等を考慮すれば,原告の被った損害は,上記金銭賠償をもって填補されるものと認められ,これに加えて,謝罪文の交付を命ずる必要はないというべきである。
(5) 争点(5)(身元保証書の返還請求の可否)について
前記1(2)アによれば,B及びCは,原告が被告Y1に入社するにあたり,身元保証をし,原告が就業規則等に悖る行為をなし,被告Y1に損害を生じさせた場合に,原告と連帯して損害賠償責任を負うことを確約したことが認められる。
しかし,原告が退社して既に2年が経過し,また,被告Y1は,本件訴訟係属中の平成14年5月1日破産宣告を受け,その後破産手続が進行して終結が近い状態となっていることが認められるところ(弁論の全趣旨),被告Y1管財人から,原告あるいは身元保証人らに対し,損害賠償請求は提起されていないこと(弁論の全趣旨)等によれば,原告が就業中に被告Y1に対して違法行為によって損害を与えたことを推認する事情は存せず,身元保証の主債務となるべき原告の被告Y1に対する損害賠償債務は存在しないものと推認される。したがって,身元保証契約に基づく債務の不発生が確実となったことにより,民法487条の趣旨に照らして,身元保証人であるB及びCは,身元保証書の返還を求めることができるところ,同人らは,返還請求権を原告に譲渡したことが認められるのであるから(前記1(2)ア),原告の被告Y1に対する身元保証書の返還請求は理由がある。
第4結論
以上のとおりであるから,原告の請求は,被告Y2に対して金110万円及びこれに対する不法行為の後である平成13年9月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払い,被告Y1に対して金110万円の損害賠償請求権及びこれに対する不法行為の後である平成13年9月16日から破産宣告の前日である平成14年4月30日まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金3万4205円の破産債権を有することの確定,被告Y1に対して身元保証書の返還を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条本文,65条1項本文を適用し,仮執行宣言につき被告Y2に対する請求については同法259条1項を適用し,その余については相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 片田信宏 裁判官 髙島紀子)
謝罪文
X殿
私・DことY2は、X殿に対し、株式会社Y1におけるX殿の上司でありながら、X殿に関する事実無根の誹謗中傷にあたる事柄を吹聴する等セクシャル・ハラスメント行為を行い、X殿に精神的損害を与えたことを認め、謝罪します。
今後、会社内外を問わず、X殿に関する誹謗、中傷は一切しないことを誓います。
平成 年 月 日
DことY2