東京地方裁判所 平成13年(ワ)23806号 判決 2002年10月29日
本訴原告・反訴被告
A(以下「原告」という)
同訴訟代理人弁護士
那須弘平
同
横田高人
本訴被告・反訴原告
株式会社パルコスペースシステムズ(以下「被告」という)
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
櫻木武
同
牧田謙太郎
主文
一 原告の本訴請求をいずれも棄却する。
二 被告の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを八分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 本訴
(主位的請求)
被告は、原告に対し、二六五〇万円及びこれに対する平成一二年三月一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
(予備的請求)
被告は、原告に対し、二一〇〇万円及びこれに対する平成一二年三月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
2 反訴
原告は、被告に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成一四年一月二六日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本訴は、被告を退職してユニオンパーラーに出向(転籍)した原告が、被告に対し、主位的には、ユニオンパーラーは被告(合併前の商号「株式会社パルコプロモーション」)の一事業部門にすぎず独立した法人格を有しないから法人格が否認されると主張して、被告の退職金規程に基づく退職金の支払を、予備的には、ユニオンパーラーの営業譲渡及び解散が無効であるにもかかわらず、被告がこれを有効であることを前提に手続を進めた結果、ユニオンパーラーから退職慰労金の支給を受ける機会が奪われたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
反訴は、被告が原告に対し、本訴提起が不当訴訟であると主張して、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を掲げないものは、争いがない)
(1) 被告は、株式会社西武百貨店を中心とするセゾングループに属する株式会社パルコの関連会社であった株式会社西電工が平成一二年九月一日にパルコの関連会社である株式会社パルコプロモーションを吸収合併し、商号を現商号の「株式会社パルコスペースシステムズ」に変更した会社である。
(2) 原告(昭和一五年五月三日生まれ)は、遅くとも平成四年一〇月一一日(入社日は争いがある)、パルコプロモーションに正社員として入社し、レジャー事業部長の地位にあった。
(3) 平成四年四月二三日、パルコグループが埼玉県所沢市内でパチンコ店を経営するため株式会社ユニオンパーラーが設立され、パルコプロモーションから出向したOが代表取締役(社長)に就任した。原告は、パルコプロモーションのレジャー事業部長であったが、ユニオンパーラーの役員及び従業員とともにパチンコ店の現場業務に携わった。
(4) 原告は、平成五年二月一七日、ユニオンパーラーの取締役及び代表取締役(社長)に就任し、同年三月一六日、パルコプロモーションを退職する手続をした。原告は、ユニオンパーラーにおいて、主にパチンコ店の管理業務に従事した(書証略)。
(5) ユニオンパーラーの商業登記簿には、平成一二年二月二八日をもって会社を解散した旨の登記がある(書証略)。
(6) 被告の退職金規程には、次の定めがある(書証略)。
ア 退職金は、勤続五年を超える本社員が社員資格を喪失したときに支給する(二条一項)。
イ 退職金は、<1>会社都合退職及び定年退職、<2>自己都合退職、公私傷病及び死亡退職に区分して取り扱う(三条)。
ウ 退職金は、退職時の基本給月額に別表の支給率(なお、原告主張の会社都合、勤続年数八年一〇か月に対応する支給率は七・五五四)を乗じて算出した額とする(四条)。
エ 入社した日に属する月から退職した日の翌日に属する月の前月までを勤続年数とする(五条一項)。
オ この規程により算出した退職金の額は、一〇〇〇円単位に切り上げる(六条)。
カ 退職金は原則として、退職日から二か月以内に支給する(一一条)。
2 争点
(1) 法人格否認の成否
(原告の主張)
ア ユニオンパーラーの設立目的
パルコプロモーションは、平成二年から平成三年にかけて、パルコ新所沢店の駐車場不足を解消するため、四階建てのビル「パルコパーキング3」を建設した。このビルには、駐車場のほかに店舗用に四フロアがあり、パルコプロモーションがテナントを募集したところ、二階(ゲームセンター)と四階(居酒屋)しかテナントが入らなかったため、一階でパチンコ店を経営する方針を決めた。しかし、一部上場企業であるパルコグループがパチンコ業界に参入すると、グループのブランドイメージを著しく損なうおそれがあったから、パルコプロモーションは、新設の別会社に管理業務を行わせ、自社で経理や人事等の中枢業務を行うこととした。
イ 株式の保有関係
ユニオンパーラーの設立当時、株主は、パルコの関連会社である株式会社カウと株式会社ユニカの二社であったが、平成五年にはカウが一人株主となった。カウの株式の大半は、パルコグループの会社が保有していたが、グループ外の第一観光株式会社や東京テアトル株式会社が保有していたこともあった。もっとも、パルコは、この両社の株式を保有していた。パルコグループのブランドイメージの低下を避けるため、この両社が直接または間接的にユニオンパーラーに資本参加した。
ウ 役員の構成
ユニオンパーラーの役員のうち、初代社長のOをはじめ、W、C、H、Y、T、K及びMは、いずれもパルコプロモーションからの出向者または転籍者であった。役員人事は、パルコプロモーションが決定しており、原告がこれに関与したことはなかった。原告は、外部から二名をスカウトしたことがあったが、同人らは、パルコプロモーションの社長の面接を受け、パルコプロモーションの意思決定に基づいて役員に選任された。
ユニオンパーラーの役員を選任するための株主総会が開催されたことはなかった。パルコプロモーションは、体裁を整えるために議事録を作成し、登記手続をしていた。
エ 業務委託契約書の存在
ユニオンパーラーとパルコプロモーションは、ユニオンパーラーの経理業務、人事業務、総務業務及び経営管理業務といった経営の中枢業務について業務委託契約を締結していた。そのため、ユニオンパーラーの役員及び従業員は、現場のパチンコ店業務のみに従事していた。
この契約の契約書は、日付を遡らせて作成されたものであり、パルコプロモーションは、契約書の作成以前からユニオンパーラーの経営の中枢業務を掌握していた。
オ ユニオンパーラーの従業員の採用
ユニオンパーラーの役員は、従業員の採用面接をしたが、採用する権限はなかった。採用希望者は、さらにパルコプロモーションの総務人事担当部門の面接を受けなければならなかった。
カ 従業員の昇給及び役員報酬の決定
ユニオンパーラーには、従業員の昇給及び役員報酬額を決定する権限はなかった。これらの決定権はパルコプロモーションにあった。役員報酬を決定するための株主総会が開催されたこともなかった。ユニオンパーラーは、独自の査定・昇給率を用いていたが、これはパルコプロモーションの意向によるものであった。
キ 経理事務
ユニオンパーラーは、毎日、パルコプロモーションにパチンコ店の売上状況を報告しており、パルコプロモーションがパチンコ店の売上管理をしていた。パルコプロモーションは、パチンコ店の売上金が振り込まれる銀行預金口座の通帳と届出印を管理しており、原告はこれに関与することはできなかった。原告は、年度末の決算の手続に関与することができず、パルコプロモーションが作成した決算書に従うしかなかった。
ク 資金繰り
ユニオンパーラーは自らの名義で銀行から融資を受けていたが、原告は銀行との間の交渉に関与することができず、もっぱらパルコプロモーションがこれを行っていた。ユニオンパーラーには見るべき資産がなかったため、パルコプロモーションがすべての借入金債務を保証していた。
ケ 資産
ユニオンパーラーには、パチンコ台や設備のほか、見るべき資産はなかった。パチンコ店の建物は、ユニオンパーラーの所有物件ではなく、パルコまたはパルコプロモーションからの賃借物件であった。
コ 代表者印及び「A」印の所在
ユニオンパーラーの代表者印は、パルコプロモーションが保管しており、同社の担当者がこれを押なつしていた。原告は、代表者印の所在を知らず、自らこれを押なつしたことはなかった。
りん議書に押なつされている「A」の印鑑は、ユニオンパーラーとパルコプロモーションの二か所に保管されており、りん議の内容により、原告自らが押なつする場合と、パルコプロモーションの担当者が押なつする場合があった。
サ パルコプロモーション用りん議書の存在
原告には、備品の購入等、パチンコ店の現場業務に関する事項についてのみりん議書を起案する権限があり、これ以外の経営に関する事項については起案の権限がなかった。これらの事項は、パルコプロモーションの担当者が起案していた。りん議書は、パルコプロモーションの決裁を受けなければならななかった。
パルコプロモーションは、ユニオンパーラーの経営をすべて把握する必要があったが、ユニオンパーラーのりん議書がそのままパルコプロモーション内に出回ることを避けるため、担当者が「裏りん議書」を作成し、社長の決裁を受けていた。「裏りん議書」による決裁事項は、パチンコ機械の入れ替え、新規出店、内外装への設備投資、給与及び賞与等、幅広い分野にわたっていた。
シ パルコプロモーションにおける会議の開催
原告は、パルコプロモーションの本社で毎週行われる会議に出席していた。この会議には、同社の事業部長クラス、同社の子会社であり実質的事業部門であるユニオンパーラー、パルコフーズ、クレストンホテル及び日本乗馬倶楽部の社長が出席し、パルコプロモーションの役員らに各部門の業績状況等を報告していた。パルコプロモーションの役員らは、各部門に対し、業績目標に従って適宜の指示をしていた。子会社の社長らは、親会社の指示に意見を述べたり、異議を唱える立場にはなかった。
パルコプロモーションは、この会議の他に、関連会社の営業報告のための会議を開催していた。この会議において、パルコプロモーションの経理及び財務部門が作成した「営業成績表」が配布された。
ス 株主総会及び取締役会の不存在
ユニオンパーラーは、実際に株主総会や取締役会を開催したことはなかった。パルコプロモーションの担当者が議事録を作成しており、原告はその内容に異議を唱える立場にはなかった。
セ 法人格の否認
ユニオンパーラーは、形式上独立した法人格を有していたが、パルコグループがパチンコ業を経営するために設立した法人であり、実質的には、パルコプロモーションの一事業部門にすぎなかったから、法人としての実体を欠いており、その法人格は否認されるべきである。
従って、原告は、平成五年二月にユニオンパーラーに出向した後も、パルコプロモーションのレジャー事業部門の責任者として、正社員の地位を有していた。
(被告の主張)
ア ユニオンパーラーの設立目的について
「パルコパーキング3」を建設し、その運営を決めたのは、パルコプロモーションではなくパルコである。
イ 株式の保有関係について
カウが一般的な意味でパルコに関連のある会社であったことは認めるが、パルコは、「財務諸表等の用語、様式および作成方法に関する規則」八条一項五号に定める「関連会社」の基準(二〇%以上の株式保有)を満たしていない。
ユニカは、パルコグループ外の会社である。
ユニオンパーラーの株主は、平成五年一月二六日から同年二月二五日までカウ一社になり、その後同年二月二六日から平成六年三月三〇日までパルコグループ外の第一観光一社になり、平成六年三月三一日以降は再びカウ一社になった。
平成四年一月三〇日から平成九年一月三〇日までカウの株式を保有していた東京テアトルと第一観光は、パルコグループ外の会社である。
ウ 役員の構成について
設立時の取締役のうちIは、パルコグループ外のユニカからの出向者であり、監査役のDは、パルコグループ内の株式会社アクロスからの出向者であった。
原告が社長に就任して以後は、主にプロパーの者がユニオンパーラーの役員に就任していた。また、原告は、自らパルコグループ内外からスカウトした人物を役員に就任させていた。
エ 業務委託契約書の存在について
委託業務は、事務的業務の範囲を越えるものではなく、ユニオンパーラーの経営の中枢業務ではない。
オ ユニオンパーラーの従業員の採用について
一般公募については、パルコプロモーションは、業務委託契約に基づき、面接から採用までを実施していた。しかし、幹部従業員については、原告が自らスカウトや引き抜きをして採用していた。
カ 従業員の昇給及び役員報酬の決定について
役員報酬を決定する株主総会が開催されなかった事実は認める。ユニオンパーラーは、パルコグループの他の企業と業種・業態が異なるため、独自の査定・昇給率によって従業員の昇給を決定し、実施した。パルコプロモーションは、パルコグループの組織構成上、パルコの直下に位置し、かつグループを管掌する立場にあったので、ユニオンパーラーからその報告を受けていた。
キ 経理事務について
売上管理は、業務委託契約に基づく経理事務の範囲内のものであり、入金管理及び資金管理はその事務の一環として行われた。パルコプロモーションは、経理事務の一環として通帳と印鑑を預っていたにすぎず、原告は、その気になれば通帳と印鑑を入手することができた。原告は、パルコプロモーションの決算方針を支持していた。
ク 資金繰りについて
原告は、銀行交渉等の業務は不得意なので、パルコプロモーションにお願いしたいとの発言を繰り返しており、銀行との交渉業務に関与する意思と能力がなかった。
ケ 資産について
ユニオンパーラーは、原告自らが出店を計画した東村山店の土地・建物(当時の簿価約一〇億円)を資産として保有していた。
コ 代表者印及び「A」印の所在について
パルコプロモーションは、「A」印を保管していなかった。原告は、出勤時間が不規則であり、欠勤が多かったため、ユニオンパーラーの役員は、緊急を要する場合、原告に報告し、承認を得たうえで、りん議書に「A」印を押なつしていた。
サ パルコプロモーション用りん議書の存在について
原告は、新規出店計画を得意としており、事前調査、物件の照会、利益計画等を企画、立案したうえで、事前にパルコに報告し、自らりん議書を作成して決裁した。パルコプロモーションは、この報告を受けて、銀行からの借入金債務を債務保証した。
シ パルコプロモーションにおける会議の開催について
原告主張の会議は、連絡会議であり、決裁を受けるための会議ではなかった。この会議の他に、グループ各社の社長が集まり、グループの経営方針に沿った各社の進捗状況報告、数値報告等を行なう会議が三か月に一回程度開催されていた。
ス 株主総会及び取締役会の不存在について
実際に株主総会と取締役会が開催されていなかったことは争わない。株主総会や取締役会の議事録は、原告が決裁したりん議書に基づいて作成されており、原告は、議事録の記載内容について異議を唱えることができた。
セ 法人格の否認について
パルコプロモーションとユニオンパーラーとの間には極めて密接な関係があったが、もともと東証一部に上場するパルコは、各種事業を別個の会社として分離独立させて自らを頂点とするいわゆるパルコグループという企業集団を形成していた。パルコは、その直下に位置するパルコプロモーションにグループ会社の管理支配業務をさせ、パルコプロモーションを通じてユニオンパーラーを支配下に置いた。パルコプロモーションとユニオンパーラーは、財産は明確に分離され、収支はそれぞれ別個に計上され、業務も区別されていた。ユニオンパーラーは一人株主会社であったから、株主総会や取締役会の決議内容が株主の意向に合致したものである以上、実質的には株主総会及び取締役会が開催され、その意思決定及び業務執行について法律の定める手続がとられたものと同視すべきである。従って、ユニオンパーラーがパルコプロモーションの一事業部門にすぎないものでないことは明らかである。
(2) 退職金額(主位的請求関係)
(原告の主張)
原告は、平成三年四月一日、パルコプロモーションに入社し、平成一二年二月二八日、同社を退職したから、原告の勤続年数は八年一〇か月である。原告の退職は会社都合によるものであるから、支給率は七・五五四である。原告の退職時の基本給月額は八一万円であった。従って、原告の退職金の額は六一一万九〇〇〇円(一〇〇〇円単位に切り上げ)となる。
(計算式)八一〇、〇〇〇×七・五五四=六、一一八、七四〇
しかし、原告は、当初からいわゆるヘッドハンティングによってパルコプロモーションのレジャー事業部長としてスカウトされ入社し、その後七年間にわたりユニオンパーラーの代表取締役の地位にあったから、被告は、原告に対し、次の事情を考慮して二六五〇万円を支払うべきである。
ア ユニオンパーラーを退職した時の原告の給与は月額一二五万円であった。
原告は、その後、パルコプロモーションの嘱託従業員となり、月額一〇〇万円の給与が支給された。
イ ユニオンパーラーの役員退職慰労金支給基準は、「退職慰労金は、役員の退任時において、現に支給されている各役位ごとの役員報酬月額の平均額に当該役員の各役位ごとの在任期間(年数)を乗じて算出した金額の合計額を基準とし、これに一・六~二・四を乗じた金額とする。ただし、退任時の最終役位については、各役位ごとの役員報酬月額の平均額ではなく、本人の報酬月額とする」と規定する。原告に支払うべき退職金は、この支給基準による算定額を下回ることはありえない。
よって、原告は、被告に対し、退職金規程に基づく退職金二六五〇万円及びこれに対する退職日の後である平成一二年三月一日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
原告の主張は争う。被告が原告に退職金を支払うべき義務はない。
原告は、ユニオンパーラーの代表取締役に就任した際、就任承諾書に署名押印し、パルコプロモーションの従業員の地位を失うことを認識していた。パルコプロモーションの事業部長在籍時の給与は月額六〇~七〇万円程度であったのに対し、ユニオンパーラーの代表取締役就任後の報酬は月額一〇〇万円であった。原告は、従業員(部長職)ではあり得ない高額の役員報酬を得ており、代表取締役の職務が事業部長のそれと異なることを認識していた。従って、ユニオンパーラーの代表取締役に就任した後もパルコプロモーションの従業員の地位にあったということはあり得ない。
(3) 退職慰労金請求権に関する不法行為の成否(予備的請求関係)
(原告の主張)
ユニオンパーラーの商業登記簿には、平成一二年二月二八日に会社を解散し、すべての営業をパルコプロモーションに譲渡したとの記載があるが、原告は会社の解散と営業譲渡に関与していない。
仮に、ユニオンパーラーが実質的に独立した会社であったとしても、代表取締役である原告の関与なしに行われた会社の営業譲渡や、解散に関する株主総会の決議は不存在であり、これが存在することを前提にして行われた営業譲渡及び解散の手続は、違法かつ無効である。ところが、パルコプロモーションがユニオンパーラーの営業譲渡及び会社解散が有効であることを前提に手続を進めた結果、原告は、ユニオンパーラーから退職慰労金の支給を受ける機会を奪われた。退職慰労金は、その支給基準によれば、役員報酬月額の平均額に役員の在任期間(年数)を乗じて算出した金額に、一・六~二・四を乗じた金額であるところ、原告の役員報酬は月額一二五万円、在任期間七年、適用倍率二・四であるから、原告に支給されるべき退職慰労金は二一〇〇万円である。従って、原告は、被告の不法行為により、退職慰労金と同額の損害を被った。
なお、ユニオンパーラーの決算が長期間赤字であったことは事実であるが、これは、パルコプロモーションがパチンコ店の賃料を過大に設定するなどによって決算を操作していたからであった。
よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、二一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一二年三月一日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
ユニオンパーラーは、長期間赤字が続き、そのため、原告が代表取締役を退任した当時、八億円超の累積赤字を抱え、損益面だけでなく資金面からも存続の見通しが立たなくなっており、原告に退職慰労金を支給する余地はなかった。原告がこれを承知していたことは、ユニオンパーラーの解散及び解散に伴う営業譲渡のりん議を承認したことからも明らかである。
(4) 本訴提起の不法行為該当性
(被告の主張)
ア ユニオンパーラーの役員及び従業員の中に、その株主やパルコプロモーションなどからの出向社員がいたことはあるが、その人数は、ユニオンパーラー独自の従業員と比べ圧倒的に少数であった。ユニオンパーラーは、パルコプロモーションに多くの業務を委託していたが、その委託業務は事務的なものに限られていた。ユニオンパーラーの経理や会計処理は、パルコプロモーションのものと混同することなく、独自に行われていた。ユニオンパーラーの代表取締役であった原告はこれらの事実を知っていた。被告は、本訴提起前に原告・被告間で交渉が行なわれた際、念のため資料を示して、ユニオンパーラーに会社としての実体がないとは到底言えないことを説明しており、原告はこれを十分に承知していた。
イ 原告は、ユニオンパーラーの赤字が続いたこと、これが同社の解散の理由であることを知っており、同社が原告に役員退職慰労金を支給する状況にはなく、その支給はおよそ期待できないことを承知していた。
ウ このように、原告は、本訴で主張する権利が事実的、法律的根拠を欠くことを認識しながら本訴を提起したから、本訴の提起は不法行為である。
被告は、そのため、弁護士(被告代理人)に本件訴訟の追行を委任せざるを得なくなり、弁護士報酬規程に基づく着手金一四五万九五〇〇円を支払い、報酬二九一万九〇〇〇円を支払うことを合意した。従って、被告の損害額は四三七万八五〇〇円である。
エ よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、四〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一四年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
(原告の主張)
前記(1)のとおり、被告は原告に対し退職金の支払義務または退職慰労金相当額の損害賠償義務を負うから、本件の本訴提起は正当な権利行使である。
第三争点に対する判断
1 法人格否認の成否(争点(1))について
(1) 事実関係
証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア パルコグループの概要
パルコは、株式会社西武百貨店を中心とするいわゆる「セゾングループ」に属する会社であり、全国の主要都市でファッションビル、劇場、映画館などを経営している。パルコは、各種事業を営む複数の会社を傘下に置き、「パルコグループ」と呼ばれる企業集団を形成している。パルコプロモーションは、そのグループ会社の一つである。さらに、パルコプロモーションの下に、各種事業を営む会社として、パルコフーズ、クレストンホテル、パルコビューティーシステムズ、ユニオンパーラー、カウ、西日本産業株式会社、日本乗馬倶楽部があった(書証略)。
イ パチンコ事業の構想
パルコは、平成二年から平成三年にかけて、新所沢駅前の商業施設「パルコ新所沢店」の駐車場不足を解消するため、四階建てのビル「パルコパーキング3」を建設した。このビルには、駐車場のほかに店舗用の四フロアがあり、パルコは、各フロアに入店するテナントを募集したところ、二階(ゲームセンター)と四階(居酒屋)にしかテナントが入らなかったため、一階でパチンコ店を経営する方針を決めた。しかし、東証一部上場会社であるパルコのグループ会社がパチンコ業界に参入することが広く知れ渡るとパルコグループのブランドイメージを損なうおそれがあったため、パルコは、社名に「パルコ」の名称を用いない別会社を設立してパチンコ店を経営させる方針を固めた(証拠略)。
ウ 原告の入社経緯
原告は、昭和五五年ころから約七~八年間、群馬県高崎市で妻の実家の家業であるパチンコ店の経営に従事し、その後、山口県宇部市の建築会社に勤務していたところ、平成三年夏ころ、大学時代の友人でありパルコプロモーションの常務取締役であったSから、今後パルコグループがパチンコ事業を行うことになったが、グループ内にはこの分野に詳しい者がいないので手伝ってほしいと要請されたので、これを承諾し、パルコプロモーションに入社し、パチンコ事業のために新設された部門であるレジャー事業部の部長に就任した(証拠略)。
エ ユニオンパーラーの設立及び解散
平成四年四月二三日、パチンコ店を経営するための会社として、ユニオンパーラーが設立され、その本店所在地は所沢市(「パルコパーキング3」内)に置かれた。
ユニオンパーラーは、当初、「パルコパーキング3」内の店舗「新所沢リラ」のみを経営していたが、平成六年六月ころ、調布市内に二番目の店舗「調布リラ」を、平成七年四月ころ、上福岡市内に三番目の店舗「上福岡リラ」を、平成八年七月ころ、東村山市内に四番目の店舗「東村山リラ」をそれぞれ出店した。
パチンコ店の経営は、当初は順調であったが、次第に業績が悪化し、赤字が続いた。そのため、ユニオンパーラーは、平成九年六月三〇日に「新所沢リラ」を、平成一一年三月二二日に「東村山リラ」をそれぞれ閉店した。
その後、ユニオンパーラーは、累積損失が約一〇億円となり、存続不可能となったので、平成一二年二月二八日、解散決議をするとともに、パルコプロモーションに対し、「調布リラ」と「上福岡リラ」の営業権及び資産を約一一億七〇〇〇万円で譲渡した。
(書証略)
オ 株式保有関係
(ア) ユニオンパーラー
ユニオンパーラーの設立当時、その株主は、パルコグループ内の会社であるカウと同グループ外の会社であるユニカの二社であり、カウが四二〇株(発行済み株式総数の七〇パーセント)、ユニカが一八〇株(三〇パーセント)を保有していた。そして、平成五年一月二六日から同年二月二五日まではカウ一社が、同月二六日から平成六年三月三〇日まではパルコグループ外の第一観光株式会社一社が、同月三一日以降は再びカウ一社がそれぞれ全株式を保有していた(書証略)。
(イ) カウ
カウの株式は、平成四年一月三〇日(設立日)から平成九年一月三〇日までの間は、パルコグループ内の会社である株式会社アクロス、株式会社ウォーク及び株式会社キャパが合計四五〇株(七五パーセント)を保有し、パルコグループ外の会社である第一観光と東京テアトルが合計一五〇株(二五パーセント)を保有していた。
平成九年一月三一日から平成一一年二月二四日までの間は、パルコグループ内の会社であるアクロスとウォークが合計六〇〇株(一〇〇パーセント)を保有していた。
平成一一年二月二五日以降は、パルコグループ内の会社であるアクロス、ウォーク、パルコプロモーション、パルコフーズ、クレストンホテル及びパルコソフトサービスの六社が合計六〇〇株(一〇〇パーセント)を保有しており、パルコプロモーションの持株数は一一四株(一九パーセント)であった。
平成一二年三月三〇日当時、株主はパルコプロモーション、パルコフーズ、クレストンホテル及びパルコソフトサービスの四社であり、パルコプロモーションの持株比率は五七パーセントであった。パルコプロモーションは、パルコフーズの株式の六六・六パーセント、クレストンホテルの株式の五二・三パーセントを保有していた。(書証略)
カ 役員構成
ユニオンパーラーの設立時の役員のうち、O代表取締役とW取締役は、パルコプロモーションからの出向者であり、I取締役はパルコグループ外の会社であるユニカからの出向者であり、D監査役はパルコグループ内の会社であるアクロスからの出向者であった。
その後取締役に就任したC、H、Y及び監査役に就任したT、K、Mは、いずれもパルコプロモーションからの出向者または転籍者であった。
原告は、ユニオンパーラーの代表取締役(社長)に在任中、自らパルコグループの外部から二名の人材(警察出身者であるE、パチンコ店に長年携わったF)をスカウトして役員に推薦したことがあった
(証拠略)
キ 原告の待遇
原告のパルコプロモーション在籍時における給与は、月額六〇~七〇万円程度であったが、原告がユニオンパーラーの代表取締役に就任した後は、報酬は月額約一〇〇万円ないし一二五万円に増額した(証拠略)。
ク 経理、人事、総務、経営管理
(ア) 業務委託契約
ユニオンパーラーは、人件費の削減、事務の効率化を図るために、平成四年一一月一日付けで、パルコプロモーションとの間で、経理業務(一般会計業務、管理会計業務、財務関連業務、決算業務)、人事業務(給与計算業務、社会保険業務、社宅管理)、総務業務(議事録作成、りん議書印刷等)及び経営管理業務(経営連絡会議事務局業務)について業務委託契約を締結した。パルコプロモーションはこれらの業務を行い、ユニオンパーラーからその対価として月額一〇〇万円の業務委託料の支払を受けた(書証略)。
(イ) 経理
パルコプロモーションは、業務委託契約に基づき、ユニオンパーラーの売上管理、入金管理、資金管理などの業務を行っており、ユニオンパーラーは、毎日、パルコプロモーションに対し、各パチンコ店の売上状況などを報告していた。また、パルコプロモーションは、業務委託契約の一環として、ユニオンパーラーの銀行預金通帳と銀行届出印を預かり保管していた。
(ウ) 人事
パルコプロモーションは、業務委託契約に基づき、総務人事部門において、ユニオンパーラーの従業員(正社員)の募集、求職者の面接、採用手続を実施していた。
もっとも、幹部従業員については、パチンコ店経営に詳しい原告が自らスカウトすることもあり、原告は、G店長、J課長、L店長については、自らスカウトして採用した。
ケ 従業員の昇給及び役員報酬の決定
ユニオンパーラーは、パルコグループの他の会社とは業種が異なるため、独自の査定・昇給率により従業員の昇給や賞与の支給を決定したり、独自の方法で従業員の人事を決定し、その結果をパルコプロモーションに報告していた。また、ユニオンパーラーは、独自に役員報酬額を決定し、独自の退職慰労金支給基準を作成した。
(書証略)
コ 資金繰り
ユニオンパーラーは自らの名義で銀行から資金を借り入れていたが、社長である原告は、銀行との交渉業務を得意としなかったので、もっぱらパルコプロモーションがこれを担当していた。ユニオンパーラーには担保に供すべき十分な資産がなかったため、パルコプロモーションがすべての借入金債務を保証していた(証拠略)。
サ 資産
ユニオンパーラーは、パチンコ台や設備のほかに、不動産として東村山店の土地及び建物(当時の簿価約一〇億円)を保有していた。その他の店舗は、いずれもパルコまたはパルコプロモーションから賃借していたものであった(書証略)。
シ りん議
ユニオンパーラーは、新規出店、設備の更新、役員人事などの重要な意思決定については、社内のりん議を経るほか、パルコプロモーションのりん議を経たうえで行っていた。もっとも、パルコプロモーションにパチンコ店経営のノウハウはなかったので、原告は、自ら物件の照会、利益計画の策定などをしたうえでパチンコ店の新規出店計画を企画、立案した(書証略)。
ス パルコプロモーションにおける会議への出席
パルコプロモーションは、毎週本社において、グループ会社との間で連絡会議を開催しており、この会議には、パルコプロモーションの各事業部長及び各グループ会社の社長が出席していた。原告は、ユニオンパーラーの社長として、この会議に出席していた。
パルコプロモーションは、この他に、一か月に一回程度、本社において、営業成績を報告するための会議を開催しており、各グループ会社の経理担当者と常務取締役相当職の者が出席し、各部門の売上高、利益などを報告していた。
(証拠略)
セ 株主総会及び取締役会
ユニオンパーラーは、役員の選任、定款の変更、その他重要な意思決定をした際、正式な株主総会や取締役会を開催したことはなかった。これらの議事録は、パルコプロモーションが業務委託契約に基づき作成していた。もっとも、これらの議事録は、いずれもユニオンパーラーのりん議を経たうえで作成されており、原告を含む各役員は、その決議内容を承認していた(書証略)。
(2) 法人格否認の成否
ア 法人格の付与は、社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであって、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに法的技術に基づいて行われるものである。従って、法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるがごとき場合においては、法人格を認めることは、法人格の本来の目的に照らして許されないというべきであり、法人格が否認すべきことが要請される場合を生じる(最高裁判所昭和四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号五一一頁参照)。
そして、株式会社において、法人格が全くの形骸にすぎないというためには、単に当該会社の業務に対し他の会社または株主らが株主たる権利を行使し、利用することにより、当該会社に対し支配を及ぼしているというだけでは足りず、当該会社の業務執行、財産管理、会計区分などの実態を総合考慮して、法人としての実体が形骸にすぎないかどうかを判断すべきである。
イ 前記の認定事実によれば、ユニオンパーラーは、パルコプロモーションの一事業部門であるレジャー事業部を分社化して設立された会社であった。その株式は、一時期を除き、パルコグループの会社であるカウがすべてを保有しており、パルコグループの会社が一貫してカウの株式の過半数を保有していた。ユニオンパーラーの役員のうちの多くは、パルコプロモーションからの出向者または転籍者によって占められ、順次これが交代されていた。パルコプロモーションは、ユニオンパーラーの経理、総務、人事、経営管理業務を行い、その全般にわたる経営状況を把握していた。ユニオンパーラーは、定期的にパルコプロモーションに経営状況を報告するほか、重要な意思決定をする際には、事前にパルコプロモーションのりん議を経ることもあった。
このように、ユニオンパーラーとパルコプロモーションは、資本、人事、業務面などにおいて極めて密接な関係があり、パルコグループの会社としてパルコプロモーションがユニオンパーラーを支配する関係にあったということができる。
ウ しかし、ユニオンパーラーは、パルコプロモーションとは別個独立の人的、物的組織を有し、業務内容を異にしており、両者の間で、その組織、業務内容、会社財産について混同があった事実を認める余地はない。
ユニオンパーラーの設立は、パチンコ店経営という異質かつ多額の資金を要する業務を行うことに伴う危険の分散、事業の効率的運営、独立採算性の確保、経営責任の明確化を図るパルコグループの経営政策によるものと考えられ、これ自体は何ら不合理ではない。
ユニオンパーラーは、新規店舗の出店、閉店、昇給の実施、賞与の支給など、重要な業務執行については、社内のりん議を経て実施していた。従業員の昇給、昇進や賞与の支給は、パルコプロモーションとは別個独立に行われていた。パルコプロモーションにはパチンコ店経営のノウハウはなく、その経営は原告をはじめとするユニオンパーラーの役員に委ねられており、原告も、自ら新規出店を企画・立案したり、役員や幹部従業員といった重要な人材をスカウトするなどしており、その職務執行の対価としてパルコプロモーション在籍時よりもはるかに高額の報酬の支給を受けていた。このように、ユニオンパーラーは、自らの責任と判断で業務執行を行っており、その権限がパルコプロモーションによって大幅に制約されていたとはいえない。また、パルコプロモーションが行っていた委託業務は、その内容からすると、事務的業務の域を出るものとはいえず、パルコプロモーションがユニオンパーラーの経営の中枢を支配していたとは認められない。
ユニオンパーラーは、正式に株主総会や取締役会を行ったことはなかったが、株主総会が行われていないのは、株主数が一人ないしごく少数であることによるものであり、事前のりん議などにおいて株主や取締役の意向は実質的に反映されていたから、これらの会議が正式に行われなかったことは、ユニオンパーラーの独立性を否定する十分な根拠とはならない。
エ 以上によれば、ユニオンパーラーとパルコプロモーションは資本、人事、業務面などにおいて極めて密接な関係があり、パルコグループの会社としてパルコプロモーションがユニオンパーラーを支配する関係にあったが、その支配の程度は、ユニオンパーラーがパルコプロモーションの一営業部門にすぎず法人格が形骸化していたと評価できるほどに強度であったということはできない。
(3) 仮に原告主張のとおり原告が平成三年四月一日にパルコプロモーションに入社したとしても、原告は平成五年三月一六日に同社を退職し従業員の地位を失った。原告の勤続年数は二年であるから、原告には退職金の受給資格がない。従って、原告の退職金請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
2 退職慰労金請求権に関する不法行為の成否(争点(3))について
(1) 証拠(略)によれば、次の事実が認められる。
ア ユニオンパーラーには、役員退職慰労金支給基準があり、これには、<1>取締役が退任した場合、この支給基準に定めるところにより退職慰労金を支給することができる、<2>退職慰労金は、当該役員の退任時において、現に支給されている役員報酬月額の平均額に当該役員の各部位ごとの在任期間を乗じて算出した金額の合計額を基準とし、これに一・六~二・四を乗じた金額とする、<3>支給時期は、原則として株主総会決議後二か月以内とすると規定されていた。
イ ユニオンパーラーは、累積損失が約一〇億円となり、存続不可能となったので、平成一二年二月二八日開催の臨時株主総会において、解散決議がなされた。ユニオンパーラーは、これに伴い、同日、パルコプロモーションに対し、「調布リラ」と「上福岡リラ」の営業権及び資産を約一一億七〇〇〇万円で譲渡した。
(2) 原告は、パルコプロモーションが違法にユニオンパーラーの営業譲渡及び解散手続を進めた結果、原告がユニオンパーラーから退職慰労金の支給を受ける機会が奪われたと主張する。
確かに、前記1(1)認定のとおり、ユニオンパーラーは従来から正式な株主総会や取締役会を開催しておらず、解散決議についても同様であったと推認することができる。しかし、このような取扱いは、ユニオンパーラーがカウのいわゆる一人会社であることによるものであり、ユニオンパーラーの解散が同社の一人株主であるカウの意思に基づくものであることは明らかである。また、原告は、社内りん議において、平成一二年二月二八日付けでユニオンパーラーを解散すること及び同日付けで二店舗をパルコプロモーションに営業譲渡することを承認しており(証拠略)、ユニオンパーラーの解散は役員の意向を無視して行われたものではない。従って、何らかの手続上の不備があったとしても、営業譲渡及び解散決議が違法または無効であるということはできない。従って、原告主張の不法行為の成立は認められない。
(3) 退任した取締役に対する退職慰労金は、商法二六九条の報酬であり、定款に定めのない場合、株主総会の決議をもって取締役に対する支給額を決定して、初めて支給が可能となる。ユニオンパーラーには、役員に退職慰労金を支給する場合の条件と金額を定めた基準が存在したが、その規定によれば、商法の規定に従い株主総会決議を経て支給することが予定されていた。ところが、ユニオンパーラーは、原告が代表取締役を退任した当時、約一〇億円の累積損失を抱えており、原告に退職慰労金を支給する資金的余裕はなかった。このような状況下で解散決議がなされたのであるから、パルコグループの会社であり一人株主であったカウが原告に退職慰労金を支給する意向を有していたという余地はない。
そうすると、仮に当時ユニオンパーラーが解散することなく存続していたとしても、同社が原告に対する退職慰労金支給決議を行い、原告に退職慰労金を支給する可能性があったとはいえず、不法行為と損害との間の因果関係も認められない。
(4) 以上によれば、原告の損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
3 本訴提起の不法行為該当性(争点(4))について
(1) 訴えの提起が違法な行為になるのは、提訴者の主張する権利または法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながらまたは通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られる(最高裁判所昭和六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一頁)。
(2) 退職金請求(主位的請求)については、前記1で述べたとおり、ユニオンパーラーは、パルコプロモーションとは別個独立の人的、物的組織を有し、業務内容を異にしており、両者の間で、その組織、業務内容、会社財産について混同はなかった。ユニオンパーラーは、社内のりん議を経て新規店舗の出店、閉店、昇給の実施、賞与の支給などを実施し、原告も自ら新規出店を企画・立案したり、役員や幹部従業員といった重要な人材をスカウトするなどしており、ユニオンパーラーは、自らの責任と判断で業務執行を行っていた。原告は、ユニオンパーラーの代表取締役であったから、このような業務執行全般にわたる事実関係を認識していたことが推認できる。
しかし、ユニオンパーラーとパルコプロモーションは、資本、人事、業務面などにおいて極めて密接な関係があり、パルコグループの会社としてパルコプロモーションがユニオンパーラーを支配する関係にあった。ユニオンパーラーは、株主総会や取締役会を正式に開催しておらず、すべてこれらを書面(議事録)のみで処理しており、法律の要請する手続事項を完全に遵守していたとは言い難い。そして、原告代理人は、被告から入手した資料も検討したうえで、原告のパルコプロモーションへの入社経緯、ユニオンパーラーの設立経緯、資本関係、経理、人事、総務などの業務執行の方法、株主総会及び取締役会の開催の有無などの諸事情を総合し、ユニオンパーラーは実質的にパルコプロモーションの一事業部門であり独立した法人格を有していなかったとの意見を述べている(書証略)。そうすると、ユニオンパーラーの法人格が形骸化していたと原告が判断したことには無理からぬ理由があると認められ、訴えに理由がないことを知りながら訴訟を提起したものではないことは明らかであるし、訴えに理由がないことを容易に知りえたのに著しい不注意によってこれを認識しないまま訴えを提起したとも認められない。
(3) 損害賠償請求(予備的請求)については、ユニオンパーラーは、原告が代表取締役を退任した当時、約一〇億円の累積損失を抱えており、原告は代表取締役としてこのような解散に至る経緯を認識していた。
しかし、原告は、ユニオンパーラーの本体業務であるパチンコ業務は利益を計上していたが、リラ新所沢店の店舗の賃料を過大に計上するなど、パルコプロモーションが決算を操作することによりユニオンパーラーの赤字が計上されていたと主張し、(人証略)はこれに沿う供述をしている。ユニオンパーラーが「パルコパーキング3」の賃料約一億八一五〇万円のうち一億二三六〇万円を負担していたこと(書証略)に照らすと、この供述が事実に反するとは認められない。原告よりも以前に退任した各役員は、決算が芳しくなかったにもかかわらず、いずれも退職慰労金の支給を受けており、原告は、ユニオンパーラーが解散した際、パルコプロモーションに対し、財源を手当したうえで自分にも退職慰労金を支給するよう求めていた(証拠略)。また、原告の退職慰労金の支給の可否に関するユニオンパーラーの株主総会は開催されたことがなく(弁論の全趣旨)、これについて社内やパルコプロモーションとの間でどのような協議が行われたかは明らかでない。そうすると、原告が退職慰労金の支給を期待したことには相応の理由があると認められ、訴えに理由がないことを知りながら訴訟を提起したものではないことは明らかであるし、訴えに理由がないことを容易に知りえたのに著しい不注意によってこれを認識しないまま訴えを提起したとも認められない。
(4) 以上によれば、原告が提起した本訴は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとはいえないから、不法行為を構成するものとは認められない。
4 結論
以上によれば、原告の本訴請求及び被告の反訴請求は、いずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 龍見昇)