東京地方裁判所 平成13年(ワ)25697号 判決 2003年5月12日
甲事件原告
医療法人甲山会
上記代表者理事長
甲山太郎
甲事件原告
甲山太郎
外六名
乙事件原告
南田二郎
外二名
上記一一名訴訟代理人弁護士
河上和雄
同
弘中徹
同
三好重臣
同
早坂亨
同
竹内奈津子
同
竹中潮
弘中徹訴訟復代理人弁護士
仙田正一
甲・乙事件被告
エイアイユーインシュアランスカンパニー
(エイアイユー保険会社)
上記代表者代表取締役
トーマス・アール・テイジオ
上記日本における代表者
横山隆美
上記訴訟代理人弁護士
服部邦彦
同
花﨑浜子
同
大木丈史
主文
1 被告は、原告医療法人甲山会に対し、金一億六一六四万八〇〇〇円及び内金一億〇九〇四万八〇〇〇円に対する平成一二年一二月二七日から、内金五二六〇万円に対する平成一三年六月二三日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告甲山太郎に対し、金六四二九万四二七〇円及び内金五九二九万四二七〇円に対する平成一二年五月二八日から、内金五〇〇万円に対する平成一二年一〇月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告乙川花子、同丙田春子、同丁野夏子及び同戊谷秋子に対しそれぞれ金一五三九万八五六七円及び内金一四七七万三五六七円に対する平成一二年五月二八日から、内金六二万五〇〇〇円に対する平成一二年一〇月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告東山冬子及び同西川一子に対し、それぞれ金五七七〇万〇一五六円及び内金五二二〇万〇一五六円に対する平成一二年五月二八日から、内金五五〇万円に対する平成一二年一〇月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 被告は、原告南田二郎及び同南田二子に対し、それぞれ金一三〇〇万円及びこれらに対する平成一三年一二月二七日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
6 被告は、原告北野三子に対し、金二〇万円及びこれに対する平成一二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
7 原告甲山太郎、同乙川花子、同丙田春子、同丁野夏子、同戊谷秋子、同東山冬子、同西川一子、同北野三子のその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は甲・乙事件を通じこれを一〇分し、その八を被告の、その一を原告甲山太郎、同乙川花子、同丙田春子、同丁野夏子、同戊谷秋子、同北野三子の、その一を同東山冬子及び同西川一子の各負担とする。
9 この判決は、1項から6項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
【甲事件】
1 主文1項と同旨
2 被告は、原告甲山太郎に対し金八三二一万八五六五円、同乙川花子、同丙田春子、同丁野夏子及び同戊谷秋子に対しそれぞれ金二〇六七万九六四一円並びにこれらに対する平成一二年五月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告東山冬子及び同西川一子に対し、それぞれ金九一三四万〇九三八円及びこれらに対する平成一二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
【乙事件】
1 主文5項と同旨
2 被告は、原告北野三子に対し、金五五〇万円及びこれに対する平成一二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、南田四子(以下「亡南田」という)が運転する車が崖下に転落して同人及びこれに同乗していた三名が死亡した事件について、遺族及び亡南田の使用者である原告らが、原告医療法人甲山会(以下「原告甲山会」という)が被告との間で締結していた普通傷害保険契約、自家用自動車総合保険契約に基づき、保険金の支払を請求したところ、被告は前記事故は亡南田の故意によって引き起こされたものであるなどと主張して支払を拒否している事案である。
1 争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は文末に当該証拠等を掲記した)
(1) 当事者等
ア 原告甲山会は医療法人であり、○○記念病院(以下「本件病院」という)を運営している。なお、原告甲山会は、昭和四六年一二月一〇日に設立された医療法人上山会が平成元年一月六日に名称変更したものである(以下、医療法人上山会についても、特段の断りがない限り、原告甲山会として表記する)。
イ 原告甲山太郎(以下「原告太郎」という)は、原告甲山会の設立以来理事長を務めており、甲山五子(以下「亡五子」という)の夫である。なお、亡五子は、原告甲山会の設立時から理事を務め、その後常務理事をしていた。(甲64)
ウ 原告乙川花子(以下「原告乙川」という)、同丙田春子(以下「原告丙田」という)、同丁野夏子(以下「原告丁野」という)及び同戊谷秋子(以下「原告戊谷」という)は、いずれも原告甲山会の理事であり、亡五子の子である(甲64、以下四名を合わせて「原告乙川ら四名」という)。
エ 原告北野三子(以下「原告北野」という)は、亡五子の母である。
オ 原告東山冬子及び同西川一子(以下二名を合わせて「原告東山ら二名」という)は、東山六子(以下「亡東山」という)の姉であり、同人の法定相続人である。
カ 原告南田二郎及び同南田二子(以下二名を合わせて「原告南田ら二名」という)は、亡南田の父母であり、同人の法定相続人である。
(2) 保険契約の締結
ア 原告甲山会は、平成一一年九月二二日、被告との間で、下記の内容の自家用自動車総合保険契約を締結した(乙2、以下「本件自動車保険」という)。
(ア) 保険契約者 原告甲山会
(イ) 保険期間 平成一一年九月二二日から同一二年九月二二日
(ウ) 被保険自動車 原告甲山会所有の普通乗用自動車(クラウンマジェスタ、熊本×××××××、以下「本件自動車」という)
(エ) 対人賠償 無制限
(オ) 車両保険協定額 二六〇万円
イ 本件自動車保険には、搭乗者傷害条項及び自損事故条項があり、原告甲山会の付保内容は下記のとおりであった(乙2)。
(ア) 搭乗者傷害保険金 一〇〇〇万円
(イ) 座席ベルト装着者特別保険金保険金額の一〇パーセントに相当する額
(ウ) 自損事故保険金 一五〇〇万円
ウ 原告甲山会は、平成一一年一二月一〇日、被告との間で、下記の内容の普通傷害保険契約を締結した。なお、当該契約は、平成八年一二月一〇日に同内容で締結した普通傷害保険契約を一年ごとに更改していったものである。(乙1、以下「本件傷害保険」という。また、本件自動車保険及び本件傷害保険を合わせて「本件保険」という。)
(ア) 保険契約者 原告甲山会
(イ) 保険期間 平成一一年一二月一〇日から同一二年一二月一〇日
(ウ) 被保険者 亡五子
(エ) 死亡保険金額 一億〇九〇四万八〇〇〇円
(オ) 死亡保険金受取人 原告甲山会
(3) 本件保険約款の内容(甲88ないし90、乙1、2)
ア(ア) 本件傷害保険約款第一条一項によれば、被告は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して保険金を支払うと規定している。他方、本件傷害保険約款第三条一項一号によれば、被告は、保険契約者(保険契約者が法人であるときは、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)または被保険者の故意によって生じた傷害については、保険金を支払わないと規定している。
(イ) 本件傷害保険約款第一一条一項によれば、保険契約者は、契約締結の際、被告に対し、故意または重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について、知っている事実を告げなかったときまたは不実のことを告げたときは、被告は、契約を解除することができると規定している。なお、本件傷害保険契約申込書の記載事項として、同一の危険を補償する他の保険契約があるか否か(いわゆる重複保険)について、被告に対し告知する欄が設けられている。
本件傷害保険約款第一三条一項によれば、保険契約者は、契約締結の後、重複保険契約を締結するときはあらかじめ、重複保険契約があることを知ったときは遅滞なく、書面をもってその旨を被告に申し出て、承認を請求しなければならないと規定している。そして、同約款第二〇条一項、五項によれば、被告は、保険契約者が重複保険契約に関する通知義務に違反した場合には契約を解除することができ、その場合には重複保険契約の事実が発生したとき以降に生じた事故による傷害に対しては保険金を支払わないと規定している。
イ(ア) 本件自動車保険約款第一章(賠償責任条項)第九条一項一号によれば、被告は、保険契約者、記名被保険者またはこれらの者の代理人(保険契約者または記名被保険者が法人である場合は、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意によって生じた損害に対しては保険金を支払わなくてよい旨が、また、同章同条同項二号によれば、記名被保険者以外の被保険者の故意によって生じた損害に対して保険金を支払わなくてよい旨が規定されている。
(イ) 本件自動車保険約款第二章(自損事故条項)第三条一項一号、第四章(搭乗者傷害条項)第三条一項一号には、被告は、被保険者の故意によってその本人に生じた傷害について保険金を支払わなくてよい旨が規定されている。
(ウ) 本件自動車保険約款第五章(車両条項)第二条一号(イ)によれば、被告は、保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者(これらの者が法人である場合には、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意によって発生した車両損害について保険金を支払わなくてよい旨が規定されている。
(4) 本件自動車の転落と四人の死亡
亡五子と、本件病院の看護部長であった亡東山、中川七子(以下「亡中川」という)及び亡南田は、平成一二年五月二八日、熊本県天草郡天草町大江<番地略>所在の西平椿公園までドライブをした(以下「本件ドライブ」という)。亡南田は、本件ドライブの帰途、本件自動車を運転していたが、本件自動車は、平成一二年五月二八日午後二時ころ、熊本県天草郡天草町高浜乙第<番地略>南方約三〇〇メートル先路上(以下「本件現場」という)から約八〇メートル下の崖下に転落し、前記四名は頭蓋骨骨折などにより事故当日全員が死亡し(乙15、以下「本件転落」という)、本件自動車は全損状態となった。
(5) 原告らの保険金請求等
ア 被告は、平成一二年一〇月六日、原告甲山会に対し、本件自動車保険については本件転落が亡南田の故意により起こされたことを理由に、本件傷害保険については亡南田の故意及び重複保険契約の告知・通知義務違反による解除を理由として、各保険金の支払を拒絶した。これに対し、原告甲山会は、平成一二年一二月二六日、被告に対し、本件傷害保険に基づき、一億〇九〇四万八〇〇〇円の支払を請求した。(乙5及び6の各1、2)
イ 原告甲山会は、平成一二年六月一二日、亡中川の父母である中川三郎及び中川八子に対し、損害賠償の内金として合計五〇〇〇万円を支払った(甲4)。
ウ 原告太郎、同乙川ら四名、同北野、同東山ら二名は、被告から保険金支払を受けたときには、原告甲山会及び同南田ら二名に対し、損害賠償請求しないことを書面で承諾した(甲8の1ないし5、同11及び48の各1、2)。
(6) 原告らへの他保険金支払
原告太郎、同乙川ら四名は、平成一三年一〇月一九日、東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という)から、原告甲山会が締結した自動車損害賠償責任保険の保険金として三〇〇〇万三〇〇〇円の支払を受け、原告東山ら二名も、同日、同様に三〇〇〇万三六〇〇円の支払を受け、それぞれ法定相続分に応じて分けた(弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 本件転落は、「急激かつ偶然な外来の事故」といえるか、それとも亡南田の故意により発生したものか。
【原告らの主張】
ア 本件転落は、以下述べるとおり、亡南田が本件自動車を運転中前方不注視によって起こした事故であり、本件傷害保険約款第一条一項一号に定める「急激かつ偶然な外来の事故」であり、同約款第三条一項一号に規定する保険契約者の故意によるものではなく、被告には免責事由は存在しない(なお、被告が主張する、亡南田の故意は、被保険者である亡五子にとって、本件転落の急激性・偶然性・外来性とは無関係な事情であり、専ら被告の免責事由に関わる事情であり、その主張立証責任は被告にある。)
また、本件転落が亡南田の過失である以上、被告には、本件自動車保険約款第一章第九条一項一号、二号、第二章第三条一項一号、第四章第三条一項一号、第五章第二条一号(イ)にそれぞれ規定する免責事由は存在しない。
(ア) 亡南田に、自殺・殺人をする動機がないこと
亡南田には、健康上、仕事上、金銭上の悩みは全くなかった。また、亡南田は、本件自動車に同乗していた他の三人とは非常に仲が良かった。亡南田は、亡五子が被保険者となっている保険の内容について全く知らなかったし、亡五子ら三名を殺害しても保険金を得る関係にもなかった。よって、亡南田には、自殺・殺人をする動機がない。
(イ) 本件転落前後の状況
亡南田が本件転落前に自殺をほのめかしたことはない。また、本件ドライブ中に撮影した写真(甲20の2)には、満面の笑みを浮かべた亡南田らの姿が写っており、亡南田が自殺することは到底考えられない。
また、亡南田は、本件ドライブから帰った後に、ドライブに参加した他の三人及び原告太郎、原告甲山会の監事をしている下田九子(以下「下田」という)らと一緒にしゃぶしゃぶを食べる約束をしていた。その他、亡南田は、本件転落前に、転落後に行くべき美容院の予約を入れたり、洋装店に洋服を注文したりするなどしており、自殺前の者のとるべき行動ではない。
本件ドライブは、亡中川が本件ドライブの三日前に提案したものであり、亡南田が積極的に企画したものではないことに照らすと、亡南田が計画的に自殺・殺人をしたものとは考えられない。
(ウ) 本件転落の態様等
a 亡五子ら四名は、平成一二年五月二八日午前九時ころ、亡五子の運転する本件自動車で天草の西平椿公園へ向けて出発し、正午ころ、同公園に到着した。亡南田は西平椿公園からの帰途本件自動車を運転していたが、本件現場において、右カーブを発見するのが遅れたため、ガードレールの切れ目から本件自動車を崖下に転落させた。本件現場は、直線道路が数百メートル続いた後、急に大きく右へカーブする場所であり、かつ、直線道路を直進したところに、約2.5メートル幅のガードレールの切れ目があった。そこで、亡南田は、当該ガードレールの切れ目を直線道路と誤信し、カーブの発見が遅れ、本件転落を引き起こした。
b 本件自動車の本件転落時の時速は約五八Kmであったが、本件現場付近の道路は法定速度時速六〇Kmの道路であり、転落現場直前の道路は下り勾配であって、ほぼ直線の道路が数百メートルの間続いていることを考えれば、当該時速から亡南田の故意を推認することはできない。仮に、当該時速が本件現場の限界速度を超えていたとしても、亡南田には、前方不注視により本件現場が急カーブであることの認識はなかったのだから、限界速度を超えていたことをもって亡南田の故意を推認することはできない。
c 本件現場は、ガードレールの隙間がその直前の道路を直進したところに存在するという位置関係にあり、左側ガードレールは、左側の崖に向かってまっすぐ延びていたことから、当該ガードレールを基準にこれに沿って運転すると、ガードレールの隙間が道路の延長のように見え、その先に直線道路が続いていると誤解しても不思議ではない場所であった。
d 本件現場にはスリップ痕はなく、亡南田がハンドルを切った痕跡もない。これは、亡南田が前方を注視していなかった証左である。
e 亡南田は、西平椿公園で昼食後飲酒をしており、注意力が散漫しやすい状態であったし、本件現場付近は景勝地であり、景観に見とれやすい場所であった。また、亡南田は、本件現場の地理には明るくなかったのであり、本件現場で転落事故を起こしても不自然ではない。
f 被告は、亡南田が車の速度を上げ、ガードレールの隙間を狙いすまして進入したと主張する。しかし、本件現場は、速度の有無にかかわらず、転落すれば死亡する危険があることが明らかな場所であり、亡南田が本当に狙いすまして隙間を通り抜けたいのであれば、速度を落として通り抜けるのが一番確実であるといえる。したがって、被告の主張には理由がない。
(エ) 警察及び検察庁の処分について
警察及び検察庁は、写真週刊誌等が本件転落に関し保険金殺人の疑いがあると報道したことなどから、本件転落後、約一年二か月もの間綿密な捜査を行った。その結果、熊本地方検察庁(以下「熊本地検」という)は、本件転落が保険金とは関係がない事故であったと判断し、本件転落が単なる前方不注視であり保険金とは関係がないことを公表した。
(オ) 以上によれば、本件転落が亡南田の故意によるものであることは全くあり得ず、本件転落は亡南田の前方不注視という過失により発生したものである。したがって、本件転落は、「急激かつ偶然な外来の事故」ということができる。
イ 被告は、亡南田が原告甲山会の理事であることを前提に、本件転落が保険契約者の故意により発生したとして、本件自動車保険(自損事故条項、搭乗者傷害条項、車両条項を含む)について免責事由があると主張する。しかし、以下に述べるとおり、亡南田は原告甲山会の理事ではない。
(ア) 医療法人では、医療法によって、理事長、理事、監事が機関であると法定されており、理事は、定款の定める範囲内で社員総会によって選任されるものであり、社員総会で選任されていないものは医療法上の「理事」ではない。本件傷害保険約款及び本件自動車保険約款で故意免責の対象とされている「理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関」とは、その限定的な規定の仕方から、業務を執行する「法律上の機関」を指すと解するのが相当である。これに対し、被告は、法人が理事相当の処遇をすれば、それだけで当然に理事ないしその他の機関になるかのような主張をしているが、医療法の規定に照らし失当である。
(イ) 原告甲山会は、定款によって、理事を八名に制限している。原告甲山会の理事は、本件転落当時、既に原告太郎、亡五子、原告乙川ら四名、亡中川、亡東山の八名が選任されており、亡南田が理事に選任されることは法律上あり得ない。
なお、被告は、亡中川、亡東山を理事に選任した原告甲山会の社員総会議事録を本件転落後作成されたものであると主張するが、そのような事実はない。
亡中川、亡東山及び亡南田は、平成一〇年三月ないしは四月ころから理事と呼称されていたが、同年一二月の社員総会開催時には定員の関係上二名しか理事に選任することができず、原告甲山会は、前記三名のうち、序列が上位の亡中川及び亡東山を理事に選任した。
【被告の主張】
ア 本件転落は、本件傷害保険約款第一条一項一号に定める「急激かつ偶然な外来の事故」ということはできず、被告には、本件傷害保険に基づく保険金支払義務はない。また、本件転落は原告甲山会の理事である亡南田が故意に起こした事故であるから、本件自動車保険約款第一章(賠償責任条項)第九条一項一号、同第二章(自損事故条項)第三条一項一号、同第四章(搭乗者傷害条項)第三条一項一号、第五章(車両条項)第二条一号(イ)の各免責事由が存在し、被告には、本件自動車保険に基づく保険金支払義務はない。
イ 亡南田の故意
(ア) 道路状況及び速度
本件現場付近の道路は、切り立った崖の中腹に、複雑な凹凸を持つ山肌に沿って設けられたカーブの連続する道路であり、西平椿公園から本件現場まで北行すると、右カーブを描く場所では、カーブ前方の見通しが非常に悪くなるところ、本件現場は右カーブを描いている場所である。さらに、本件現場付近の道路の幅員は約三mから約五mであり、このような道路を運転する者は、速度を落として進行しなければならず、本件現場では、時速三〇Km前後で通過するのが限界である。しかし、亡南田は、本件現場において、少なくとも時速六〇Kmないし六五Kmの速度で運転しており、異常である。亡南田が出していた速度では、本件現場のカーブは曲がりきれない。
また、本件現場のカーブは、手前の直線部分から見て、正面突き当たりにガードレールが横たわって見える上、カーブミラーも設置されており、道路左側の外側線も右側に湾曲しているのが明瞭に見て取れることから、走行中の運転者が、原告らの主張するようにその開口部を直線道路と見誤るおそれは全くない。亡南田は、運転歴二〇年であり、本件自動車を月平均六回くらいは運転していたこと、西平椿公園へも月平均一回程度ドライブしており、本件転落の二週間前にも同公園にドライブに行っていることからすると、開口部を直線道路と見誤る可能性はない。
(イ) 亡南田の走行方法
亡南田は、ガードレールに沿って道路左端を走行しているが、本件現場の道路は前記のとおり道幅が狭く、カーブの連続する道であり、本件現場を進行するときは、道幅を一杯に使うため、道路中央付近を走行し、対向車があったときに減速して道路左側に寄るという走行方法をとるはずである。したがって、亡南田のとった走行方法は異常である。また、亡南田は、ブレーキもかけず、ハンドルを切ることもなく、ガードレールの隙間に進入しているが、亡南田が前方不注視の状態にあったとしても、少なくとも開口部手前一〇m付近では右側へカーブする道に突き当たり、カーブの存在に気付いてハンドルを切る等の行動をするはずである。これらの走行方法に、ガードレールの隙間が約2.5mしかないことも総合して考えれば、亡南田は、ガードレールの隙間を狙いすまして、直進していったとしか考えられない。
(ウ) 以上によれば、亡南田は、本件現場の右カーブを旋回できないと知りながら、本件現場前で速度を上げ、この町道では自動車を崖下まで転落させ得る唯一のポイントというべき本件現場のガードレール開口部へ狙いすましたように本件自動車を進入させ、これを崖下まで転落させたといわざるを得ず、本件転落は明らかに亡南田の故意に基づき発生したものである。
ウ 亡南田が原告甲山会の理事であること
(ア) 前記免責事由にいうところの「理事」は、登記簿の記載から形式的に判断するのではなく、その者が事実上法人の業務を執行する機関に該当するかどうか実質的に判断すべきである。
(イ) 原告甲山会は、本件で問題になるまで、理事を選任する社員総会を正式に開催しておらず、理事の改選もなく、定款及び法令に則って適法に選任された理事はいなかった。したがって、原告甲山会において誰が理事であったのかを判断する当たっては、同会が対外的に誰を理事であると公表していたのかが重要である。
原告甲山会は、本件転落発生後、被告に対し、当時の役員名簿を提出し、同名簿に理事として記載されている亡中川、亡東山及び亡南田について、理事の辞令も提出した。また、原告甲山会の甲山理事長外四名の理事は、本件転落発生後約六か月経過した平成一二年一二月五日の熊本県医務福祉課係官による聞き取り調査の際、亡中川、亡東山及び亡南田の三名が理事であったと明確に回答している。さらに、原告甲山会は、平成一二年四月一九日、安田生命保険相互会社(以下「安田生命」という)に対し、亡南田ら前記三名の生命保険加入の申込みをした際、原告甲山会が申込書に添付した理事会議事録において、前記三名がいずれも同会の理事であると記載している。
このように、原告甲山会は、本件転落の前後を通じ、亡南田が同会の理事であることを対外的に表明していた。
(ウ) 亡南田ら前記三名は、それぞれ本件病院六階に個室が与えられており、その給与も年収約一五〇〇万円から一七〇〇万円と高収入であり、関連会社の役員にも就任しているなど、原告甲山会から破格の厚遇を受けていた。
(エ) 原告らは、亡南田が呼称理事にすぎなかったと主張する。しかし、約款にいう理事は実質的に判断すべきであり、定款上の理事か呼称上の理事かという区別は意味がない。また、原告らは、亡中川及び亡東山の二名が理事に選任された原告甲山会の社員総会議事録を提出し、仮に亡南田が同会の理事だとすると同会の定款上の理事の定員を超えてしまい、そのようなことはあり得ないと主張する。しかし、原告甲山会の当該議事録は、その作成日付とは異なり、被告が亡南田の故意を理由に同原告からの保険金支払請求を拒絶した後に作成されたものであり、信用性に乏しい。
エ したがって、本件転落は、いずれにしろ本件保険の被保険者である原告甲山会の理事であった亡南田の故意によるものであるから、被告には本件保険の保険金支払義務はない。
(2) 被告は、本件傷害保険を、重複保険契約の告知・通知義務違反により、解除することができるか。
【被告の主張】
ア 原告甲山会には、本件傷害保険と重複する、同種の他保険契約が存在した。重複保険契約は次の二件である。
① 普通傷害保険契約
保険会社 三井海上火災保険株式会社(以下「三井海上」という)
保険契約者 原告甲山会
保険期間 平成一一年一二月二日から一年間
被保険者 亡五子
死亡保険金 三億五〇〇〇万円
保険金受取人 原告甲山会
② 普通傷害保険契約
保険会社 安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という)
保険契約者 原告甲山会
保険期間 平成一二年一月二五日から一年間
被保険者 亡五子
死亡保険金 一億五〇〇〇万円
保険金受取人 原告甲山会
本件傷害保険では、保険契約者に対し、保険契約締結の際、契約申込書の記載事項として、同種他保険に関する告知義務を規定し、契約締結後には、重複保険契約に関する通知義務を課している。そして、被告は、保険契約者がこれらの義務に違反した場合は、本件傷害保険を解除することができ、被告は各違反時以降に発生した事故による傷害に対して保険金を支払わないことが規定されている。
しかし、原告甲山会は、被告に対し、本件傷害保険を締結する際前記①の保険契約の存在を告知せず、また本件傷害保険締結後に②の保険に加入した際これを通知しなかった。
イ 原告甲山会による本件傷害保険金請求は、以下のとおり、不法ないし不当である。
本件転落は亡南田の故意によるものである。そして、後記(3)【被告の主張】で述べるように、原告甲山会による亡五子に対する巨額の付保にはその必要性がなく、さらに原告甲山会は、本件転落の約四〇日前に受取人を同原告として、亡中川、亡東山、亡南田、下田の四名につき各四億一〇〇〇万円の定期生命保険を申し込み、亡南田以外の三名については加入契約を締結している。本件転落は、前記亡五子への過大過剰な生命保険、損害保険への短期集中加入、前記亡中川ら三名についても正当な理由に欠ける高額な生命保険への加入というモラルリスク的雰囲気の高まりの中で発生した。本件転落状況についても疑問な点が多く、これらを総合すれば、本件保険金請求は、不法ないし不当である。
ウ そこで、被告は、平成一二年一〇月六日、原告甲山会に対し、本件傷害保険を解除する旨の意思表示を行っており、本件転落は、各違反時以降のものであるから、亡五子の死亡につき、保険金を支払う義務はない。
エ なお、解除の除斥期間(三〇日)は、解除権者が解除権行使に必要な諸要件を確認したときから進行するところ、被告が解除の要件があることを知ったのは、本件転落が亡南田の故意であるという鑑定書が被告熊本支店に提出された平成一二年九月一九日である。したがって、被告は、鑑定書提出から三〇日以内に解除の意思表示をしており、原告らの除斥期間満了の主張は理由がない。
【原告甲山会の主張】
ア 原告甲山会が、本件傷害保険の締結時に、被告主張の二件の傷害保険に加入していたことは認める。しかし、三井海上との間の傷害保険は、平成八年一二月四日に締結され一年ごとに更新されてきたものであり、また、安田火災との間の傷害保険も、同九年一月二三日に締結され一年ごとに更新されてきたものである。
イ 原告甲山会は、本件傷害保険の申込時に、その時点における重複保険契約の存在を口頭で告知した。また、被告は、その後更新の際にも、原告甲山会と他社との間に重複保険契約が締結されていることを知っていたのであり、告知・通知義務違反を理由として本件傷害保険を解除することはできない。
仮に、被告が重複保険契約の存在を知らなかったとしても、調査すれば容易に分かることであり、被告は過失によりこれを知らなかったといえる。したがって、被告は、重複保険契約の存在を過失によって知らなかったときには解除が許されないと規定する本件傷害保険約款第四章第一一条三項二号により、本件傷害保険を解除することができない。
ウ 被告は、本件傷害保険の締結に際し、保険契約者である原告甲山会に対し、告知・通知義務があることを説明すべき義務があるところ、これをしなかった。このため原告は、告知・通知義務の存在を知らなかった。したがって、原告甲山会は、告知・通知義務について善意かつ無重過失であり、本件傷害保険約款第一一条一項が要件として規定する、告知義務違反に対する故意、重過失はなく、被告の解除は許されない。
なお、本件傷害保険において、申込書の重複保険契約告知欄に「ない」と回答したのは、被告の代理店である有限会社己田保険事務所(以下「己田事務所」という)であり、これについて同事務所は原告甲山会に何らの確認もしなかった。己田事務所が原告に確認することなく告知欄に回答して保険契約の手続を行ったことにより、原告が告知義務違反の責任を問われることは不当である。
エ 告知・通知義務を定めた規定の趣旨並びに解除という効果が保険契約者に及ぼす影響の大きさ及びそれらについての一般の周知徹底状況に鑑みると、保険契約者または被保険者が、故意または重大な過失により告知ないし通知を怠っただけではなく、その不告知ないし不通知が不正な保険金取得の目的に出たなど、不告知ないし不通知を理由として保険契約を解除することが社会通念上公平かつ妥当と解される場合に限って解除することができると解するのが相当である。原告甲山会は、不法に保険金を得る目的をもって重複保険契約をしたものではないから、被告の解除は許されない。
オ 被告は、本件転落発生直後には、原告甲山会と他社との間に重複保険契約が存在することを知っていたところ、被告は、重複保険契約の存在を知った日からその日を含めて三〇日以内に本件傷害保険を解除していないので、告知・通知義務違反を理由として、本件傷害保険を解除することはできない(本件傷害保険約款第一一条三項四号)。
(3) 本件傷害保険契約は、公序良俗に反し、無効か。
【被告の主張】
ア 保険は、合理的な危険分散を行うところに本来の機能があるのであり、保険契約者が、当該機能を超えて過大な付保を行うときには、保険事故発生の偶発性を破壊しようとするおそれが生じ、あるいは、賭博的な高額の不労利得を許すことになり、倫理的にも許されない。
本件において、原告甲山会は、亡五子に対し、生命保険、普通傷害保険を合わせて保険金合計五七億九二〇四万八〇〇〇円(災害死亡時)を付保していたところ、次のとおり、何故そのような多額の付保をしたのかその合理的な動機、理由を見い出すことができず、本件傷害保険を含む一定範囲の付保は、公序良俗に反し、無効である。
イ 亡五子を被保険者とする付保状況
(ア) 被保険者を亡五子とする生命保険及び普通傷害保険の付保状況は、保険会社一七社(本件傷害保険契約締結時では一八社)との間で、二四件締結され、保険料は年間で五五一一万二二六六円にも上り、亡五子が死亡した場合の保険金額は、普通死亡時で四一億六三〇〇万円、災害死亡時で五七億九七〇四万八〇〇〇円という規模に達している。このうち、原告甲山会が保険契約者となった法人契約は、生命保険会社一一社一七件、損害保険会社三社三件で、年間支払保険料は合計五一七〇万四二六六円、保険金額は、普通死亡時で三九億六三〇〇万円、災害死亡時で五五億九二〇四万八〇〇〇円である。
(イ) 原告甲山会は、平成八年一二月から同九年六月一日までの短期間に、亡五子を被保険者とする生命保険を一〇件、普通傷害保険を三件集中的に締結し、それらの保険金額は、普通死亡時で合計三〇億五三〇〇万円、災害死亡時で合計四三億二二〇四万八〇〇〇円に上り、支払保険料は年間で四三七一万八六二六円と高額なものであった。そして、本件傷害保険も、この時期に締結されたうちの一つである。
(ウ) 原告甲山会は原告太郎のワンマン経営であり、その報酬が七二〇〇万円であるのに比べ、亡五子は常務理事とはいえ、平成八年の報酬は年間一二〇万円であり、その経営に果たす役割は極めて小さかったこと、原告甲山会の経営状態が良好であったことなどからすれば、亡五子を被保険者とする付保の状況は異常であり、理解し難い。
(エ) 以上によれば、原告甲山会から亡五子の付保について合理的な理由、必要性が主張立証されない限り、前記(イ)の時期に締結された保険は、公序良俗に反し、無効である。
ウ 合理的必要性の不存在等
(ア) 原告甲山会は、付保の動機として、相続税の支払及び世代交代に伴う経営負担の軽減を挙げるが、いずれも根拠のない主張である。
(イ) 原告甲山会が亡五子を被保険者として締結した保険契約のほとんどがいわゆる掛け捨て型の死亡時補償に重点を置いた定期保険であること、災害死亡時特約が合計一〇億二〇〇〇万円も付されていること、災害死亡時の保険金額が六億〇九〇四万円余りの普通傷害保険契約が締結されていることなどを考慮すると、原告甲山会が平成八年一二月から亡五子に集中的な付保を行った理由は、亡五子の不慮の死が生じた際に巨額の保険金を取得することを目的とする不労の利得を念頭に置いての付保であったとしか考えられない。
エ 原告甲山会は被告の公序良俗違反の主張が信義則に反すると主張するが、当該主張は争う。
【原告甲山会の主張】
ア 本件傷害保険その他の保険契約に加入することに合理性があること
原告太郎及び亡五子が、本件転落当時、本件傷害保険契約を含む多額の保険に入っていたのは、①原告太郎及び亡五子に万一のことがあった場合に、保険金により原告甲山会の借入金の返済ができるようにしておくことで、同人らの娘らが問題なく病院経営を行うことができるようにすること、②原告太郎及び亡五子死亡時の相続税の支払のために原告甲山会の病院経営が立ち行かなくなることを防止する目的であった。
(ア) 借入金の返済について
原告甲山会は、設立時から原告太郎及び亡五子が共同して拡大発展させてきた。原告甲山会の借入金は、本件病院の東館、西館、本館、南館を建設するに従い順次増額し、本館を建設した平成二年には五〇億円を超え、その後順調に返済していたものの、南館を建設した同八年には再び五〇億円を超えた。これらの借入金の全てについて原告太郎及び亡五子が連帯保証人になっていることからも明らかなように、銀行等の信用は、原告太郎及び亡五子個人に向けられており、同人らの死後は、信用が収縮し、借入金の返済で病院経営が圧迫されることが想定された。そこで、原告甲山会は、原告太郎及び亡五子が死亡した場合に、その保険金で前記借入金を返済できるようにしておく必要があった。
(イ) 相続税対策について
原告太郎の所有財産は五二億円を超えており、同人は、税理士から相続税対策として生命保険に加入することを助言されていた。原告太郎は男性であり亡五子より年上であったため、原告太郎の死亡後に亡五子が死亡することが予想された。そうすると、原告太郎と亡五子の子らは、二度にわたり両親の巨額な相続税を支払う必要があるところ、相続人らの相続財産は原告甲山会の社員権と病院敷地の所有権であり、多額の現金を用意することは不可能であり、その時点で、原告甲山会の存続が脅かされる危険があった。そこで、原告甲山会は、原告太郎及び亡五子にそれぞれ約五〇億円の保険を付保することにより、その危険を回避した。
(ウ) 原告甲山会は、借入先の銀行から借入金返済のために保険に入っていた方がよいといわれたり、保険会社の担当者からも熱心に勧誘されたこともあって保険に加入したのであり、原告甲山会は優良医療法人であって、保険金の支払に全く無理はなかった。
イ 被告の公序良俗違反の主張は信義則に反し、認められない。
前述のように、原告甲山会は、原告太郎に対しても総額約五〇億円の保険を付保しており、そのことは被告も知っていた。被告が亡五子を被保険者とする保険金額の総額が高額であることを理由に公序良俗違反を主張するのであれば、当然それ以上高額の原告太郎を被保険者とする保険契約についても公序良俗違反を主張してしかるべきである。ところが、被告は、そのことについて全く触れず、平成一三年一月には、原告甲山会との間で、被保険者を原告太郎とする傷害保険保険契約を締結している。以上のような被告の態度に照らすと、被告の保険金額の総額が高額であることを理由とする公序良俗違反の主張は、信義則に反し、許されない。
(4) いわゆる危険の増加により、本件傷害保険契約は失効するか。
【被告の主張】
商法六五六条は、保険契約者または被保険者の責めに帰すべき事由により、危険が著しく変更または増加したときは保険契約が失効することを規定している。
亡五子への過大な付保は、前記(3)【被告の主張】で述べたとおり、保険としての機能を超え、不労利得の取得を目的としたものとしており、いわゆる主観的危険を顕著に増加させるものであり、商法第六五六条に該当し、本件傷害保険の効力を失わせる。なお、付言すれば、亡南田の故意により本件転落が引き起こされる直前には、危険の増加は明らかであり、少なくとも亡南田の故意をもって危険が増加し、このころ本件傷害保険は当然に失効した。
【原告甲山会の主張】
原告甲山会が本件傷害保険に加入した経緯及び目的は、前記(3)【原告甲山会の主張】記載のとおりであり、不労利得の取得を目的としたものではない。また、本件転落は、亡南田の過失によって引き起こされたものであり、被告の主張は失当である。
(5) 原告らが請求できる保険金額は幾らか。
【原告らの主張】
ア 原告甲山会
(ア) 本件傷害保険分
原告甲山会は、亡五子の死亡により、本件傷害保険に基づき、一億〇九〇四万八〇〇〇円の保険金請求権を取得した。原告甲山会は、平成一二年一二月二六日、被告に対し、前記金額の保険金支払請求をしたので、同金額及びこれに対する平成一二年一二月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求することができる。
(イ) 本件自動車保険分
a 原告甲山会は、従業員であった亡南田が、同会所有の本件自動車を運転中、その過失により亡中川を死亡させたため、亡中川に対し、自動車損害賠償法三条及び民法七一五条により、損害賠償義務を負う。原告甲山会は、亡中川の法定相続人である中川三郎及び中川八子に対し、損害賠償金二億〇九七四万〇五〇七円の内金としてそれぞれ二五〇〇万円、合計五〇〇〇万円を支払った。
b 本件自動車は、本件転落により、崖下に転落したため全損状態となった。
c したがって、原告甲山会は、被告に対し、本件自動車保険に基づき、前記既払金五〇〇〇万円及び車両保険金協定額二六〇万円の合計五二六〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成一三年六月二三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求することができる。
イ 原告太郎及び同乙川ら四名
(ア) 直接請求
本件自動車保険は、自家用自動車総合保険であるが、本件では、損害賠償権者である原告太郎及び同乙川ら四名が、被告から保険金支払を受けたときには、被保険者である原告甲山会に対して損害賠償請求をしないことを書面で承諾している。したがって、原告太郎及び同乙川ら四名は、本件自動車保険約款第六条二項三号の定めにより、被告に対し、亡五子の死亡により生じた損害で、法的に原告甲山会に賠償義務が課せられたものについて、直接請求する権利を有する。
a 原告甲山会は、従業員であった亡南田が、原告甲山会所有の本件自動車を運転中、その過失により亡五子を死亡させたから、亡五子に対し、損害賠償義務を負う。
亡五子が被った損害は以下のとおりであり、その合計は一億六七四四万〇一三〇円であるから、亡五子は、被告に対し、同額の損害賠償請求債権を有する。
① 葬儀費用 一五〇万円
② 逸失利益 一億四五九四万〇一三〇円(年収を二七〇〇万円、稼働期間を六一歳から七一歳までの一〇年間(ライプニッツ係数7.7217)、生活費控除率を三〇パーセントとする)
③ 死亡慰謝料 二〇〇〇万円
原告太郎は亡五子の夫であるからaの債権のうち二分の一を、同乙川ら四名は亡五子の子であるからaの債権のうち各八分の一をそれぞれ相続した。
b 亡五子の死亡により、固有の慰謝料として、原告太郎は夫として二〇〇万円の、原告乙川ら四名は子として各一〇〇万円の各損害を被った。
c 被告が原告太郎及び同乙川ら四名に対し前記保険金を支払わないので、本訴提起及び追行のため、同人らは合わせて一五〇〇万円の弁護士費用が必要であるが、これは、本件転落と相当因果関係のある損害である。
(イ) 搭乗者傷害保険金
原告甲山会は、被告との間で、搭乗者傷害保険契約を結んでおり、亡五子が死亡したことにより、一〇〇〇万円の搭乗者保険金請求権が発生した。原告太郎及び同乙川ら四名は、法定相続分に応じて、原告太郎が五〇〇万円、原告乙川ら四名が各六二万五〇〇〇円の保険金請求債権を取得した。
(ウ) 控除額
原告太郎及び同乙川ら四名は、平成一三年一〇月一九日、自動車損害賠償責任保険から三〇〇〇万三〇〇〇円を受領したため、本件自動車保険契約約款第一章(賠償責任条項)第六条三項二号により、法定相続分に応じて、原告太郎が一五〇〇万一五〇〇円、原告乙川ら四名が各三七五万〇三七五円を控除する。
(エ) したがって、被告は、原告太郎に対し八三二一万八五六五円及び同乙川ら四名に対し各二〇六七万九六四一円並びにこれらに対する本件転落発生日である平成一二年五月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
ウ 原告北野
前記イ(ア)と同様に、原告北野は、平成一三年一一月二一日、原告甲山会に対し、損害賠償請求を行使しない旨書面で承諾したので、被告に対する直接請求権を有する。
原告北野は、亡五子の母であり、その死亡による精神的損害は五〇〇万円を下らず、また、弁護士費用五〇万円が本件転落と相当因果関係のある損害である。
したがって、原告北野は、被告に対し、五五〇万円及びこれに対する本件転落発生日である平成一二年五月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
エ 原告東山ら二名
(ア) 被告に対する直接請求権
前記イ(ア)と同様に、原告東山ら二名は、平成一三年五月二九日、原告甲山会に対し、損害賠償請求権を行使しない旨書面で承諾したので、被告に対する直接請求権を有する。
a 亡東山の死亡による損害は、以下のとおり合計一億七九六八万五四七七円である。
① 葬儀代 一二〇万円
② 逸失利益 一億五八四八万五四七七円(年収を一五七五万円、稼働期間を四一歳から六七歳までの二六年間(ライプニッツ計数14.3751)、生活費控除率を三〇パーセントとする)
③ 慰謝料 二〇〇〇万円
b 固有の慰謝料 各二〇〇万円
c 弁護士費用 各九〇〇万円
(イ) 原告甲山会は、被告との間で、搭乗者傷害保険契約を結んでおり、亡東山が死亡したことにより、亡東山には一一〇〇万円(座席ベルト装着者特別保険金一〇〇万円を含む)の搭乗者保険金請求権が発生した。
(ウ) 原告東山ら二名は、自動車損害賠償責任保険から、各一五〇〇万一八〇〇円を取得したので、本件自動車保険約款第一章(賠償責任条項)第六条三項二号により、同金額を保険金から控除する。
(エ) したがって、原告東山ら二名は、その法定相続分に応じて亡東山の損害賠償請求権各二分の一を相続したので、被告に対し、それぞれ九一三四万〇九三八円及びこれに対する本件転落発生日である平成一二年五月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
オ 原告南田ら二名
(ア) 原告甲山会は、被告との間で、搭乗者傷害保険契約を結んでいた。したがって、亡南田は、本件自動車を運転中死亡したことにより、一一〇〇万円(座席ベルト装着者特別保険金一〇〇万円を含む)の搭乗者保険金請求権及び本件転落は亡南田の自損事故であったので一五〇〇万円の自損事故保険金請求権を取得した。
(イ) 原告南田ら二名は、(ア)の請求権をそれぞれ二分の一の割合で相続したから、被告に対し、本件自動車保険に基づく保険金として、各一三〇〇万円及びこれらに対する本訴状送達日の翌日である平成一三年一二月二七日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告の主張】
原告甲山会と被告との間の契約内容、原告甲山会が損害賠償責任を負っていること、原告ら主張の相続関係は認めるが、損害の発生については争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件転落が「急激かつ偶然な外来の事故」か、それとも亡南田の故意によるものか)について
(1) 原告らは、本件転落により本件自動車に乗車中の四人が死亡したことについて、被告に対し、本件傷害保険及び本件自動車保険に基づき保険金の支払を請求している。本件傷害保険約款第一条一項一号によれば、保険金の支払事由は急激かつ偶然な外来の事故により傷害を受けたこととされていることから、原告らは、本件傷害保険の支払を請求するためには、本件転落が偶発的なものであること、換言すれば、亡南田の過失により発生したものであることを主張立証しなければならない(最高裁判所第二小法廷平成一三年四月二〇日判決・民集五五巻三号六八二頁参照)。
他方、被告は、亡南田が原告甲山会の理事であることを前提に、本件転落は保険契約者の故意により引き起こされた事故であり、被告には本件自動車保険約款上の免責事由が存在するとして、本件自動車保険に基づく保険金の支払を拒絶している。
以上のとおり、本件保険金の支払義務の有無を巡っては、本件転落が亡南田の過失によって発生したものか、それとも故意によって発生したものかが争点になっているので、まずこの点について判断する。
(2) 前記争いのない事実、証拠(甲17、18、20の1及び2、同21、23の1及び2、同24、25、28ないし30の各1ないし3、同32ないし34、37、41、42の1ないし4、同43、59ないし62、70ないし72、75、77、79、97、乙10、15、16、27及び28の各1、2、同31の1及び2、同38ないし49、60、63、証人下田、同笹川、原告太郎)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 亡南田の状況
亡南田は、昭和五三年三月、高校卒業後原告甲山会に就職し、同五八年に主任看護婦、同六三年に看護婦長、平成三年に看護部長となり、本件転落当時は、看護部長及び五病棟責任者として、患者の看護及び同病棟の看護婦、介護職などの管理等の職務に携わっていた。亡南田は独身、独居だったが、特に人間関係上の問題はなく、平成一一年の年収は約一五〇〇万円、預貯金や自宅マンションも有しており、金銭面での問題もなかった。亡南田は、上司である亡五子並びに同僚である亡中川及び亡東山とは、亡五子の家に行って皆で夕飯を食べるときもあるなど、良好な人間関係を築いていた。(甲32、33、42の1ないし4、同43、77、79、証人下田【一頁】、原告太郎【一頁】、弁論の全趣旨)
亡南田は、本件転落の前日である平成一二年五月二七日、本件病院内の美容室に同年六月三日に白髪染めの予約を入れており、後日届けられるはずの漆器や、デスクマット、枕等も購入していたり、洋服店に洋服を注文し、採寸に行く予約も入れていた。(甲21、23の1及び2、同32、70ないし72、原告太郎【一頁】、弁論の全趣旨)
イ 本件ドライブ前後の事実経緯(本項では、特に記載がない限り、平成一二年五月二八日に発生した事実について記載したものであり、日時の記載を省略する。)
(ア) 原告太郎、亡五子、亡中川、亡東山、亡南田、下田らは、休日一緒にドライブ等に出かけることがあり、平成一二年四月二二日には、前記六名ほか総勢九名で、西平椿公園までドライブをした。西平椿公園は、椿の名所であり、本件転落時は椿の開花時期ではないものの、展望台からは天草西海岸を一望できる景勝地であった。同人らは西平椿公園を気に入っており、同公園に毎月のように行っていたし、職員研修旅行の候補地の一つとして天草を検討していた。(甲32、75、乙63【三頁】、証人下田【一ないし三頁】、原告太郎【一、二頁】)
(イ) 亡中川は、平成一二年五月二五日、原告太郎に対し、皆で天草までドライブすることを提案した。原告太郎は、法人税支払のための決算書類作成で忙しかったため、参加することはできなかったが、亡五子にドライブの提案をされたことを伝えたところ、同人はこれに参加することにした。亡五子、亡中川、亡東山及び亡南田は、平成一二年五月二八日午前九時半すぎ、本件ドライブに出かけたが、亡五子は、当日、亡南田ら三名のために弁当を作り、これを持参した。出発の際、前記四名と原告太郎及び下田は、本件ドライブの後、同日夕方に皆でしゃぶしゃぶを食べる約束をした。(甲17、18、32、33、証人下田【三頁】、原告太郎【一頁】)
(ウ) 亡五子ら前記四名は、午後零時三〇分前後に西平椿公園に到着し、持参してきた弁当を食べ、全員で合わせて五〇〇ミリリットル入りの缶ビール一本を飲んだり、記念写真を撮ったりした。(甲20の1及び2、同41、乙27及び28の各1、2、弁論の全趣旨)
(エ) 亡中川は、午後二時三〇分すぎに、本件病院本四病棟のスタッフに対し、電話連絡をし、電話に出た本件病院准看護師Aに対し、病棟は変わりないか尋ね、何かあったら連絡するように指示した。亡中川は、当該電話の際、いつもと変わらず明るい声であり、特に変わった様子はなかった。(甲97、証人下田【五九、六〇頁】、弁論の全趣旨)
(オ) 亡東山、亡中川及び亡南田は、病棟責任者である看護部長であったため、休日などで本件病院を離れている際には、午後四時から五時ころまでの間に日直婦長及び担当の病棟に電話連絡をすることになっていた。下田は、午後六時すぎころ、日直であったB婦長から、亡南田ら三人からの定時連絡がないことを聞き、原告太郎とともに四人の携帯電話と自動車電話に電話をかけたが、電源が入っていないとのアナウンスが流れるか、呼出音が鳴っても出ないという状況だった。原告太郎は、四人の安否が心配になり、警察OBで原告甲山会の常務理事と称されていたC(以下「C」という)に対し、警察に事故が起きていないか問い合わせてほしいと依頼した。Cが警察に問い合わせたところ、本件自動車が事故車と目される自動車事故は起きていないとのことであったが、午後八時ころになっても四人と電話が繋がらないため、原告太郎及び下田は、C、原告甲山会の相談役であるDとともに西平椿公園に向かった。原告太郎らは、午後一一時三〇分ころ、西平椿公園において、四人が食べたと思われる弁当のゴミを発見したが、四人を見つけることはできなかった。Cは、知り合いであった熊本県警本渡署(以下「本渡署」という)の長浜署長に対し、事情を説明し、亡五子ら四人の捜索を依頼した。原告太郎らは、本渡署で待機していたが、その後、原告乙川とその夫、同丙田とその夫、同戊谷とその夫も同署に到着した。本渡署の捜査官は、平成一二年五月二九日午前一時半ころ、本件現場の崖下に本件自動車が転落しているのを発見し、その後、亡五子ら四人の遺体を収容した。(甲32、33、37、証人下田【四ないし七頁】、原告太郎【二、三頁】、弁論の全趣旨)
ウ 本件現場の状況
(ア) 西平椿公園は、熊本県天草郡天草町大江<番地略>に位置し、熊本市内から車で約三時間の距離にある。本件現場(熊本県天草郡天草町高浜乙<番地略>南方約三〇〇m先路上)は、西平椿公園から高浜漁港に下る町道の途中にあり、当該町道の法定制限速度は時速六〇Kmである。西平椿公園から本件現場までは約3.9Kmの距離があり、町道はアスファルト舗装されているものの、幅員は約三mから4.5mと狭く、カーブの多い山道となっている。西平椿公園から本件現場に向かう道は、右側が山、左側が切り立った崖になっているが、山側に向かうカーブがあったり、道路の海側に雑木があったりするため、眺望が開けない箇所が多く、特に、西平椿公園から約2.5Kmの地点から約3.1Kmの地点までの間は、海側の眺望がほぼ雑木に遮られている。これに続く西平椿公園から約3.1Kmの地点から本件現場までの約八〇〇mの間は海側の眺望が開けた緩やかな左カーブの道となっており、そのうち本件現場までの一〇〇mは1.83パーセントの下り勾配で直線道路となっている。また、西平椿公園から本件現場までの町道にはガードレールが断続的に設置されているが、同公園から3.5Kmの地点から本件現場までの間は連続して設置されている。(乙15、16、弁論の全趣旨)
(イ) 本件現場は、右側が山、左側が海に面した崖であり、道路は右に約四五度の急カーブとなっている。当該カーブの曲がり角の外側には路面から0.7m以上高い盛土があるが、この盛土を超えると、雑草が生い茂る急斜面の崖となっている。当該急カーブ部分の道路両側の外側線までの有効幅員は4.5mである。当該急カーブには、カーブミラーが設置されており、外側線も明確であるが、海側の外側線の外側に設置されたガードレールには、カーブのちょうど曲がり角の部分に、約2.5mの隙間があった。また、当該隙間手前のガードレールは、カーブに沿って曲がっておらず、海に向かってまっすぐに設置されているため、自動車が、本件現場を通行する際、西平椿公園から本件現場に向かう方向へガードレールに沿って直進してしまうと、当該ガードレールの隙間をすり抜け、盛土及びその先の崖下に向かって進むことになる。(乙10、15、弁論の全趣旨)
エ 本件転落の状況
本件自動車は、本件現場付近を時速約六〇Kmで直進し、前記ガードレールの隙間の中央部分を通り、盛土を一部削り取った上で崖に飛び出し、崖下に転落した。亡南田は、本件転落の際、本件自動車のブレーキをかけておらず、ハンドル操作もしていない。(乙10、31の1及び2、同60、弁論の全趣旨)
オ 警察等による事故調査
本渡署は、本件転落発生後、本件現場の実況見分、亡南田らの死体検案等の捜査を行い、平成一二年一〇月一三日、本件転落を亡南田を被疑者とした業務上過失致死事件として、熊本地検に送致した。熊本地検は、平成一三年七月二六日、被疑事実について、本渡署送致のとおり業務上過失致死と認定した上、亡南田を被疑者死亡として不起訴処分とした。熊本地検次席検事は、翌二七日、一部マスコミが本件転落を亡五子らを被保険者として締結された保険契約と関連すると報道していることに触れ、本件転落は、このような保険契約とは全く無関係な事故であることが明らかになったと発表した。(甲24、25、弁論の全趣旨)
カ 四名の付保状況(甲34、乙38ないし49、弁論の全趣旨)
(ア) 亡五子は、昭和四七年、保険契約者、保険受取人を原告甲山会とする生命保険及び養老保険(それぞれ保険金額四〇〇〇万円及び一〇〇〇万円、なお、生命保険は、平成四年に満期になっている。)の被保険者になった後、昭和六〇年から同六二年までの間に五件、平成八年から九年までの間に一二件と集中して、同様の保険の被保険者になっている。満期になったものを除いた本件転落当時の付保状況の詳細は、別紙「法人契約役員保険一覧」の甲山五子欄記載のとおりであり、亡五子の普通死亡時の保険金額は三九億六三〇〇万円であり、災害死亡時のそれは五五億九二〇四万八〇〇〇円である。
また、亡五子は、平成九年から同一〇年にかけて、エトナヘイワ生命保険との間で受取人を原告戊谷として、千代田火災エビス生命(現あいおい生命保険)との間で受取人を原告丙田として、東京海上との間で受取人を原告丁野として、同じく東京海上との間で受取人を原告乙川として、それぞれ死亡保険金を五〇〇〇万円とする定期保険契約を締結している。
(イ) 原告甲山会は、平成一二年四月一九日、安田生命との間で、被保険者を亡東山あるいは亡中川とし、保険受取人を同原告とする、定期保険契約を締結したが、この死亡保険金は三億円であり、災害死亡時保険金額は四億一〇〇〇万円だった。
(ウ) 亡南田も、亡中川ら二名と同時期に同様の保険の被保険者となるはずだったが、健康診断の際生理だったため加入しなかった経緯がある。
キ 四人の外の原告関係者の付保状況(甲34、弁論の全趣旨)
(ア) 原告太郎は、昭和四九年、保険契約者、受取人を原告甲山会とする生命保険の被保険者になった後(なお、当該生命保険は平成六年に満期になっている)、昭和四九年から同五一年までの間に生命保険一〇件、同五七年に生命保険三件と損害保険一件、同六二年に生命保険二件、平成二年に生命保険一件、同八年から同九年にかけて生命保険八件、損害保険四件、同様の保険の被保険者となっており、特に昭和四九年から同五一年までの間及び平成八年に集中的に付保されている。満期になったものを除いた本件転落当時の付保状況の詳細は、別紙「法人契約役員保険一覧」の甲山太郎欄記載のとおりであり、原告太郎の普通死亡時の保険金額は三五億五八〇八万円であり、災害死亡時のそれは五七億二三一二万八〇〇〇円であった。
また、原告太郎は、被保険者を同人、保険受取人を亡五子などとした保険契約を保険会社各社との間で締結している。受取人を亡五子にしたものは、昭和四六年から締結し始め、同四八年に二件、同五〇年に一件、平成八年に一件、同九年に五件締結しており、普通死亡時保険金額及び災害死亡時保険金額はいずれも四億円以上である。さらに、原告太郎は、平成六年、保険受取人を法定相続人とした保険に加入したが更新せず、同九年、保険受取人を原告乙川とした保険金額五〇〇〇万円の保険二件に加入した。
(イ) 原告乙川は、平成元年、同四年、同一〇年、保険契約者、受取人を原告甲山会とする生命保険の被保険者になっており、本件転落当時の普通死亡時の保険金額は八億円であり、災害死亡時のそれは一〇億二〇〇〇万円である。
(ウ) 原告丙田は、昭和六二年、平成三年、同一一年、保険契約者、受取人を原告甲山会とする生命保険の被保険者になっており、本件転落当時の普通死亡時の保険金額は一七億円であり、災害死亡時のそれは二三億二〇〇〇万円である。
(エ) 原告丁野は、昭和六二年、平成五年、同九年、保険契約者、受取人を原告甲山会とする生命保険の被保険者になっており、本件転落当時の普通死亡時の保険金額は一七億円であり、災害死亡時のそれは二二億二〇〇〇万円である。
(オ) 原告戊谷は、昭和六二年、平成五年、同八年に保険契約者、受取人を原告甲山会とする生命保険の被保険者になっており、本件転落当時の普通死亡時の保険金額は八億円であり、災害死亡時のそれは九億四〇〇〇万円である。
(カ) 下田は、亡中川らと同様に、平成一二年四月一九日、保険契約者、受取人を原告甲山会とする生命保険の被保険者になっており、本件転落当時の普通死亡時の保険金額は三億円であり、災害死亡時のそれは四億一〇〇〇万円である。なお、当該生命保険契約は、本件転落後しばらくしてから解約されている。
ク 原告甲山会の経営状況
原告甲山会は、平成八年三月期から同一二年三月期までの間、年間売上が五〇億円前後あり、当期利益も同八年三月期から同一〇年三月期までの三年間は約三億円、同一一年三月期は約四億八〇〇〇万円、同一二年三月期は約七億七〇〇〇万円であり、本件病院建築費等の借入金はあったが、順調に返済しており、経営に問題はなかった。(甲28ないし30の各1ないし3、同34、59ないし62、証人下田【四四頁】、弁論の全趣旨)
なお、被告は、原告甲山会及び同太郎所有土地の評価について疑義を述べたり、熊本県に提出された決算書類と税務署に提出されたものとが相違するなどと主張し、原告の帳簿の信用性に疑問を呈する。しかし、決算書の点については、原告から一応の説明がされており(甲62、証人下田)、土地評価についても、被告の主張は正確性に疑問がある。のみならず、本件全証拠を検討するも、被告主張の事実が原告甲山会の経営にどの程度の影響があるものかも判然としない本件にあっては、被告主張は、原告甲山会の経営が順調であったとの認定に影響を与えるものということはできない。
(3) 前記(2)で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、①本件現場は、急カーブの先にガードレールの隙間があり、さらに海側のガードレールがまっすぐ崖に向かって延びているという事故を誘発しやすい場所であったこと(前記(2)ウ(イ)、弁論の全趣旨)、②本件現場に至る町道は、法定速度時速六〇Kmの道路であり、カーブが多く速度が出し難い状況であるが、本件現場前約八〇〇メートルに至ると、海側の眺望が開けた緩やかなカーブになり、さらに下り勾配になっているため、運転者が時速六〇Km前後まで速度を上げてもおかしくない場所であること(同ウ(ア)、弁論の全趣旨)、③亡南田は、本件病院の看護部長として重責を担っており、仕事上の問題はなく、金銭上の問題もなく、本件自動車に同乗していた亡五子ら三名を含め、人間関係上の問題もなかったのであって、特に自殺・殺人をすべき動機は窺えないこと(同ア、弁論の全趣旨)、④亡南田は、本件転落がないことを前提とした数々の行動をとっていたこと(同上)、⑤亡南田が本件転落を起こしたとしても、特に同人に対して金銭その他の利得はなく本件傷害保険の保険金受取人である原告甲山会との通謀も認められないこと(弁論の全趣旨)、⑥原告甲山会の経営は本件転落当時順調であり、切迫した資金調達の必要はなかったこと(同ク)、⑦熊本地検は、一年以上の捜査を経て、本件転落を亡南田の過失によるものと認定し、本件転落が保険金とは何ら関わりがないものであると表明していること(同オ)が認められる。また、証拠(乙69、99、証人笹川【一五、一六頁】)によれば、本件現場のガードレールの隙間を模した状況での女性ドライバーによる通り抜け実験において、故意に当該隙間を通り抜けようとすることは非常に困難であったこと(特に被験者のうち初回に時速六〇Kmで通り抜けられた者はいなかった)が認められる。
以上によれば、本件転落が亡南田の故意によるものと認めることはできず、本件転落は、亡南田の前方不注視等の過失によるものと認めるのが相当である。
(4) 被告は、亡南田が、本件現場を速度を出してガードレール沿いに走行していること、ハンドル及びブレーキ操作をしていないことは異常であって、亡南田がガードレールの隙間を狙いすまして進行していたとしか考えられない旨主張する。しかし、前記(3)でも判示したとおり、本件現場は速度を上げて運転してもおかしくない場所であり、本件現場に至る町道の幅員が三mから4.5mであることからすれば、対向車の存在を念頭に置いてガードレール沿い、すなわち道路の左端を走行することもあながち不合理な走行方法とはいえない。亡南田がハンドル及びブレーキ操作をしていないことも、前方を注視していなかったことから説明がつくといえるし、これのみで亡南田の故意を認定する決め手になるとはいえない。さらに、前記(3)で認定したとおり、ガードレールの隙間を模した状況であっても、運転者にとって、時速六〇Kmで当該隙間を意識的に通り抜けることは困難なことをも考慮すると、亡南田がガードレールの隙間を狙いすまして進行したという被告の主張は理由がなく、採用することができない。
確かに、前記(2)カによれば、亡五子に高額の保険金がかけられていたことが認められるが、後記3で判断するとおり、亡五子への付保は、一定の合理性を持っていることが認められ、本件転落が亡南田の過失により発生したものであるとの判断に影響を及ぼす事柄ということはできない。
(5) 小括
以上によれば、本件転落は亡南田の過失により発生したものである。そうだとすると、原告らは、本件傷害保険金の請求において、成立要件である「急激かつ偶然な外来の事故」の発生があったことを証明したといえ、また、被告は、本件自動車保険の請求において、免責の要件である「保険契約者の故意」を証明することができていないということになる。
2 争点(2)(告知・通知義務違反)について
(1) 被告は、本件傷害保険の契約者である原告甲山会には、重複保険契約に関し告知・通知義務違反が存在し、当該事由を理由に本件傷害保険を解除したのでその保険金の支払義務がないと主張するので、その当否について検討する。
(2) 前記争いのない事実(3)ア(イ)、(5)ア及び弁論の全趣旨によれば、①本件傷害保険約款第一一条一項、第一三条一項、第二〇条一項、五項によれば、保険契約者に、重複保険契約に関し、「故意または重過失」により告知義務違反の事実があるとき、また、「故意」により通知義務違反の事実があるときには、被告は、本件傷害保険を解除することができると規定されていること、②本件傷害保険については、同一の保険契約者、被保険者とする、三井海上及び安田火災との二件の重複保険契約が存在すること、③被告は、平成一二年一〇月六日、原告甲山会に対し、前記二件の重複保険契約の告知・通知義務違反を理由に、本件傷害保険を解除するとの意思表示をしたことが認められる。
ところで、本件傷害保険約款で、保険契約者に告知・通知義務を定め、その「故意または重過失」あるいは「故意」による違反に対し、契約の解除という効果を認めている趣旨は、重複保険契約による保険金額の総額が、諸般の事情に鑑み不相当に高額になる場合には、保険事故を招致して保険金を取得しようとする危険が高いという経験則に基づき、保険者としては、このような重複保険契約の成立を回避ないし抑制するため、当該保険契約締結の前後に重複保険契約に関する情報を開示させ、道徳的危険の強いものかどうかを見極めて、当該保険契約を締結しなかったり、解除するためであると考えられる。しかし、一般には、保険契約者が複数の保険契約を結ぶことは決して珍しいことではないにもかかわらず、告知・通知義務の存在と、解除という効果の大きさについて一般に認知されているとはいい難い。保険契約当事者は、反証がない限り、当該保険約款による意思で契約したと推定され(大審院大正四年一二月二四日判決民録二一輯二一八二頁)、約款の規定に拘束されるが、前記告知・通知義務違反の効果についての周知状況からすれば、約款の規定があるからといって直ちにその契約上の効果を無限定に認めることは、一般の保険契約者に対して社会通念に照らし不相当な不利益を与えるものであって、妥当とはいえない。また、重複保険契約に基づく解除は、事実上、重複保険契約が故意の保険事故招致により保険金を詐取する目的で締結されたと疑われる状況があるにもかかわらず、その事実を保険者が証明することが困難な場合に、他保険契約の不告知を理由として保険金支払を拒むという機能を有しているのが実状である。したがって、前記保険約款の置かれた趣旨と実際の機能との関係、前記保険契約者の利益状況に鑑みると、保険者が告知・通知義務違反により保険契約を解除できるのは、保険契約者または被保険者が、故意または重過失により告知ないし通知を怠っただけでは足りず、不法に保険金を得る目的で重複保険をしたなど、当該保険契約を解除し、あるいは保険金の支払を拒絶するにつき正当な事由があることを保険者において主張立証することができたときであると解するのが相当である(同旨、東京高判平4.12.5判時一四五〇号一三九頁参照、なお、この点に関し、保険者である被告は、本件転落は保険契約者である原告甲山会の理事である亡南田の故意により発生したものであること、死亡した亡五子の過大過剰な付保状況に照らすと、被告の告知・通知義務違反による本件傷害保険契約解除には正当事由があるなどと主張している)。
(3) これを、本件についてみるに、前記争いのない事実等、証拠(甲88ないし90、乙5の1及び2、同60、96、99、証人下田、同己田、同笹川)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件傷害保険締結に至る経緯
(ア) 原告甲山会は、平成八年一二月ころ、原告太郎及び亡五子のそれぞれを被保険者として、傷害保険契約を締結しようと考え、被告の保険代理店である己田事務所代表取締役己田一男(以下「己田」という)に連絡をとった。己田事務所は、被告の代理店だけでなく、安田火災の代理店も行っていた。原告太郎は、己田個人と知り合いであり、これまで己田事務所を通じていくつかの保険契約を締結したことがあった。原告太郎は、己田に対し、保険契約者を原告甲山会とし、保険金額が三億円程度の傷害保険契約を締結する旨伝えたが、被告の引受規制の関係で、被告熊本支店長及び営業課長とも相談の上、引受限度額の一億円を保険金額にすることとなった。己田は、被告の傷害保険契約の内容を説明したが、その際、告知及び通知義務のいずれについても説明せず、当該義務違反によって保険契約が解除されることがあるとの説明もしなかった。己田は、平成八年一二月一〇日、本件病院を訪れ、原告太郎及び下田と面談し、己田が申込人、被保険者、保険金額、領収保険料の各欄を記入した申込書を持参した。ちなみに、被告は、同社の保険代理店に対し、申込書の署名欄については、保険契約者等の自署を求めるように指導していた。下田は、己田の記載した申込書の内容を確認し、原告甲山会の理事長印を押印し、確認のために当該申込書のコピーをとったが、この時点では、告知欄には何の記載もされていなかった。また、己田は、原告太郎及び下田に対し、告知欄に記載を求めることも、重複保険契約の存在について質問することもなかった。己田は、本件病院から事務所に帰った後、告知欄の「なし」欄に丸をつけて、当該申込書を被告に提出した。また、己田は、前述のとおり、保険金受取人欄には何の記載もせずに当該申込書を持参し、原告太郎及び下田に対し、保険金受取人について何ら確認せず、空欄のまま被告に提出した。保険金受取人欄に記載がない場合は被保険者の法定相続人が受取人となると定められていたので(申込書の受取人欄にもその記載がある)、当該傷害保険の受取人は亡五子の法定相続人となった。(甲88、乙96、証人下田【一一、一二頁】、同己田【二ないし六、九、一〇、一九ないし二六、三〇、三一頁】、弁論の全趣旨)
(イ) 当該傷害保険契約は、一年契約であったため、平成九年ないし同一一年まで、毎年一二月ころ、更改契約が締結された。己田は、更改契約を締結する際には、申込人欄、被保険者欄、保険金額、領収保険料の各欄に印字した申込書を持参し、原告甲山会の担当者であった下田がこの申込人欄に押印し、確認のためのコピーをとっていた。己田は、各更改契約締結の際、下田に対し、告知・通知義務について説明することはなく、下田に対し、告知欄に記載することを求めたり、重複保険契約の存在について質問することはなかった。己田は、毎年、自分で告知欄の「なし」に丸をつけ、被告に対し、当該申込書を提出していた。原告甲山会は、平成一二年一月ころ、税務調査で本件傷害保険の保険契約者が同会であるのに、受取人が亡五子の法定相続人となっているのは問題であると指摘された。そこで、原告甲山会は、己田に対し、受取人を同会に変更するよう依頼し、本件転落前に変更された。(甲89、90、乙96、証人下田【一三、一四頁】、同己田【一〇、一五、一九ないし二六、三一、三二頁】、弁論の全趣旨)
なお、下田は、後記三井海上との間の保険契約を締結したことを告知したと供述する(証人下田【一二頁】)が、告知義務に抵触するような話があるにも関わらず、己田が、重複保険契約はない旨申込書に記載するとは考えられず、そうしなければならない特段の事情も認められないので、前記下田の供述は採用することができない。
イ 重複保険契約の存在
(ア) 原告甲山会は、被告との間の傷害保険契約締結(平成八年一二月一〇日)の直前である平成八年一二月四日、三井海上との間で、被保険者を亡五子とする、保険金額三億五〇〇〇万円、保険期間一年の普通傷害保険契約を締結し、当該契約は毎年更新され、本件転落発生直近の更新は同一一年一二月二日であった(弁論の全趣旨)。
(イ) 原告甲山会は、被告との間の傷害保険契約締結(平成八年一二月一〇日)の直後である平成九年一月二三日、安田火災との間で、被保険者を亡五子とする、保険金額一億円、保険期間一年の普通傷害保険契約を締結し、当該契約は毎年更新され、本件転落発生直近の更新は同一二年一月二五日であった(弁論の全趣旨)。
ウ 被告の解除の経緯
被告は、本件転落発生後間もなく、前記イの重複保険契約が存在することを知った。そこで、被告は、三井海上、安田火災とともに打合せ会を開いたり、平成一二年六月ころ、株式会社極東損保調査事務所(以下「極東損保」という)に対し、本件転落の原因調査を依頼するなどした。被告は、平成一二年九月一九日、極東損保から本件転落の発生状況等の調査を依頼された笹川から、本件転落が亡南田の故意によるものであるとの調査結果を受け取り、同年一〇月六日、原告甲山会に対し、重複保険契約を理由とする解除の意思表示をした。(乙5の1及び2、同60、99、証人笹川【三頁】、弁論の全趣旨)
(4) 前記1、2(3)、後記3で認定した事実及び弁論の全趣旨を前提に、保険者である被告に、本件傷害保険について、契約を解除し、あるいは保険金の支払を拒絶するにつき正当な事由があるか否か検討するに、①本件転落の原因は亡南田の故意により発生したのではなく、同人の過失により発生したものであること(前記1)、②亡五子への高額の付保には一定の合理性が認められること(後記3)、③被告及び安田火災の保険代理店の代表取締役である己田は、原告甲山会が、亡五子を被保険者とする傷害保険の保険金額について、三億円を希望していることを知りながら、重複保険契約の告知・通知義務について全く説明していないこと、しかも、被告の熊本支店長らも、原告甲山会が三億円の保険金額に加入したいと希望していることを知っていたこと(前記2(3)ア(ア))、④本件傷害保険契約締結に至るまで、原告甲山会と被告との間で、三回の更改が繰り返され、保険契約の申込書告知契約欄に記載するという手段で告知義務を果たす機会は、前記三井海上との契約では四回、前記安田火災との間の契約では三回与えられていたのに、被告及び安田火災の保険代理店をしていた己田は、重複保険契約の存在について全く確認していないこと(前記2(3)ア(イ)、イ)、⑤また、そもそも本件傷害保険契約のもととなった契約及び重複保険契約が締結されたのは平成八年一二月から同九年一月にかけてであり、本件転落発生の三年以上前のことであること(前記2(3)イ)、そして、この間、原告甲山会は、遅滞することなく本件傷害保険の保険料の支払を続けていたこと(弁論の全趣旨)、⑥他方、原告太郎及び下田は、当初の傷害保険契約及び本件傷害保険の契約に至る更新契約の申込みの際に、契約書の告知欄に自ら記入したことはなく、告知欄の「なし」に丸をつけたのは己田であること、己田は原告太郎及び下田の面前ではなく本件病院から事務所に戻ってから告知欄に記入をしたこと(前記2(3)ア)、したがって、原告太郎及び下田は、己田の告知欄への記載内容を当然に認識していたとはいい難いこと(弁論の全趣旨)が認められるのであり、これらの事実を前提にすると、原告甲山会の本件傷害保険への加入目的は不正に保険金を取得しようとしたものであるということはできず、その他告知・通知義務違反を理由に被告の解除権行使を正当化するに足りるだけの事由を見出すことは困難である。そうだとすると、被告の告知・通知義務違反を理由とする契約解除の主張は理由がないということに帰着するところ、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
(5) 小括
以上によれば、被告の告知・通知義務違反による契約解除の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
3 争点(3)(公序良俗違反)について
(1) 被告は、原告甲山会は、亡五子に対し、生命保険、損害保険を合わせて保険金額合計五七億九二〇四万八〇〇〇円(災害死亡時)を付保していたところ、その加入について合理的な動機、理由を見い出すことができず、殊に、平成八年から同九年にかけて締結された本件傷害保険のもととなった保険契約を含む各契約は、加入の合理的な理由がなく、合理的な危険分散という保険の本来の機能を超え、保険事故発生の偶発性を破壊しようとするおそれ、あるいは高額の不労利得を許すことになるとして、公序良俗に反し無効であると主張する。これに対し、原告らは、原告甲山会が契約した各保険契約の目的は、原告太郎及び亡五子が死亡した際に借入金を返済する必要があること及び相続税対策(特に二次相続)をしておく必要があったからであり、加入の合理性があり、公序良俗に反することはないと反論する。そこで、公序良俗違反の当否について検討することにする。
(2) 前記争いのない事実等、証拠(甲6の1、同34ないし36、38、39、64、77、証人下田、原告太郎)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告太郎(昭和九年生)は、昭和三五年に亡五子(昭和一四年生)と結婚し、熊本市役所勤務、農業を経て、同四六年一二月二〇日原告甲山会を設立した。原告甲山会は、理事長である原告太郎のみが代表権を持ち、出資者は原告太郎のみであり、本件病院の敷地の二分の一以上が原告太郎の所有であるなど、原告太郎がその経営に与える影響力は大きい。亡五子は、原告甲山会設立当時から理事を務めていた。原告甲山会は、昭和四九年から同五一年の間に、被保険者を原告太郎、受取人を原告甲山会とする保険契約を締結し、この時点での原告太郎普通死亡時の保険金額は一三億八八〇〇万円であった。その他にも、原告甲山会は、被保険者を原告太郎、受取人を亡五子とする保険契約を締結しており、原告太郎普通死亡時の保険金額は八〇〇〇万円であった。また、原告甲山会は、昭和四六年、被保険者を亡五子、受取人を原告甲山会とする保険契約を締結しており、亡五子普通死亡時の保険金額は五〇〇〇万円だった。原告甲山会は、昭和四九年ころ、本件病院の東館を建築しており、病院経営が本格化した時期であった。(甲6の1、同34、64、77、証人下田【九、四一頁】、原告太郎【九、三一、三二頁】、弁論の全趣旨)
イ その後、原告甲山会は、昭和五六年ころ、本件病院西館の建設を開始したことにより借入金が増え、同五八年には約一四億円、同六二年には約一九億円と増加した。原告甲山会の借入金には全て原告太郎及び亡五子が連帯保証人になっていた。原告甲山会は、昭和六二年、被保険者を原告太郎、亡五子及びこのころから原告甲山会の理事に就任した原告丙田、同丁野及び同戊谷とし、受取人を原告甲山会とする生命保険を各社と締結した。原告甲山会の借入金は、その後も増え続け、平成二年には、本件病院本館建設のため、五五億円余りに増加したが、同三年から順調に借入金の返済を続けた結果、同六年には約四〇億円に減少した。しかし、平成八年には、本件病院南館建設のため、原告甲山会の借入金は再び約五一億円に増加した。(甲34、64、77、原告下田【九、一〇頁】、原告太郎【三一、三二頁】、弁論の全趣旨)
ウ プルデンシャル生命保険株式会社(以下「プルデンシャル生命」という)に勤務していた佐伯幸洋(以下「佐伯」という)は、平成六年ころから、原告太郎に対し、原告甲山会を保険契約者、原告太郎を被保険者、原告甲山会を受取人とする生命保険への加入を勧誘した。原告太郎は、当初は、既に多数の保険に加入していたことからこれを断っていたが、佐伯はその後も平成七年の決算期前に五回程度、同年一〇月にも再び本件病院を訪問し、熱心に保険への加入を勧めた。すなわち、佐伯は、原告太郎に対し、五〇億円の借入金があるのであれば、税金の関係上一〇〇億円程度の保険に加入していないと、借入金はなくならない旨説明し、保険への加入を勧誘した。
原告太郎は、自分に万が一のことがあれば、原告甲山会の経営が立ち行かなくなることを心配しており、その際に原告甲山会の借入金を残したくないという気持ちを持っていた。そこで、原告太郎は、平成八年夏ころまでに、保険契約者を原告甲山会、被保険者を原告太郎とした生命保険が五件満期を迎えたため、佐伯の勧誘どおりに保険契約を締結することを考えた。佐伯は、当時生命保険会社一社が被保険者一人についてかけられる保険金額の上限が五億円だった関係上、現実的には、一〇〇億円の契約を締結することは無理であるが、総額二〇億円程度ならば他の保険会社に協力を求めて契約できるのではないかと考え、保険代理店エフピーステージ株式会社の取締役副社長兼熊本支店長をしていた花田敬(以下「花田」という)に協力を求めた。花田は、原告太郎に対し、相続税対策も保険の目的に加え、同人を勧誘した。しかし、原告太郎は、これ以前にも多数の保険の被保険者になっていることから、結局、佐伯らが原告甲山会に提案した保険契約は、損害保険も含め、災害死亡時の保険金額が二〇億五〇〇〇万円(生命保険一〇億五〇〇〇万円、損害保険一〇億円)となるものだった。原告甲山会は、佐伯らの提案に沿って、平成八年一二月一日までに、プルデンシャル生命及びソニー生命保険との間で原告太郎を被保険者とする生命保険契約を結び、三井海上との間で原告太郎を被保険者とする損害保険契約を結んだ。
原告太郎を被保険者とする保険契約の締結が済むと、佐伯及び花田は、亡五子を被保険者とする保険契約が余り締結されていないことに着目し、原告太郎に対し、亡五子を被保険者とする保険契約を締結することを勧誘した。亡五子を被保険者とする際の佐伯及び花田の勧誘は、借入金返済に加えて、亡五子が死亡した際の二次相続対策が必要であるという点であった。なお、このとき付保の目的とされた相続税対策は、平成六年ころから原告甲山会の顧問税理士となった久峨からも指摘されていたものであった。佐伯らは、原告甲山会に対し、損害保険を含め、災害死亡時の保険金額が一六億五〇〇〇万円(生命保険一一億五〇〇〇万円、損害保険五億円)となる亡五子を被保険者とする保険契約の締結を提案した。結局、原告甲山会は、平成八年一二月三日、プルデンシャル生命との間で、亡五子を被保険者、保険金額を五億円とする生命保険契約を締結し、同月四日、三井海上との間で、保険金額を三億五〇〇〇万円とする損害保険を締結した。また、原告甲山会は、平成九年一月二三日には、ソニー生命保険との間で亡五子を被保険者、保険金額を五億円とする生命保険契約を、安田火災との間で、亡五子を被保険者、保険金額を一億五〇〇〇万円とする損害保険契約をそれぞれ締結した。
さらに、花田は、各種資料から、原告太郎の資産を八〇億円程度と計算し、原告甲山会の事業規模等も考え、二次相続のことを考えると、この時点でもまだ亡五子を被保険者とする保険が足りないとして、さらに加入するように勧めた。原告甲山会は、平成九年四月以降、保険会社各社との間で花田を担当者として、亡五子を被保険者とする保険金総額七億五〇〇〇万円の生命保険契約を締結し、また、原告太郎及び亡五子は、同じく花田を担当者として、個人でも生命保険契約を締結した。原告甲山会が、平成八年及び同九年に被保険者を亡五子として締結した保険契約のうち、本件傷害保険と同九年三月一日に契約した日本生命及び安田生命の生命保険契約(普通死亡時保険金額は合計一〇億円)以外は、全て佐伯あるいは花田を担当者としている。原告甲山会が、平成九年までに、被保険者を原告太郎及び亡五子として締結した保険金額は、普通死亡時の保険金額がそれぞれ約三八億円と約四〇億円、災害死亡時の保険金額が約六〇億円と約五五億円となり、佐伯が初めに提案した金額に近くなった。(甲34ないし36、77、原告下田【九ないし一一頁】、原告太郎【三二ないし三八頁】、弁論の全趣旨)
エ 原告甲山会が、平成一二年四月一九日に安田生命との間で締結した亡中川、亡東山及び下田を被保険者とする保険についても、安田生命熊本支社の社員であった斉藤朝子(以下「斉藤」という)が、強く勧誘したものであった。斉藤は、原告太郎や亡五子のほか、原告丁野ら理事を被保険者とする生命保険契約を原告甲山会に締結させた後であり、原告甲山会のメインバンクである肥後銀行水道橋支店の大道支店長にも働きかけ、原告太郎らに対し、他の理事をも被保険者として保険加入をしてほしいとして勧誘をし、その結果、原告甲山会は、上記保険契約を締結した。(甲34、48、原告下田【一頁】、弁論の全趣旨)
オ 原告太郎が亡五子や原告乙川ら四名よりも先に死亡した場合に原告乙川ら四名に発生する相続税額は、原告甲山会が原告太郎を被保険者とする保険契約に加入していない場合で一〇億円を超え、次に亡五子が死亡した場合に発生する相続税額も、同じく一〇億円を超える。原告太郎あるいは亡五子を被保険者として保険契約を締結している場合は、原告太郎の相続財産である原告甲山会の出資金評価額が増加し、相続財産も増えるから、相続税額はさらに増加する。(甲39、弁論の全趣旨)
カ 原告甲山会は、平成九年以降、順調に借入金を返済しており、同一一年度末の借入金残高は約四六億八〇〇〇万円であった。原告甲山会が負担する保険支払料は、被保険者が原告太郎のものが約一億円、亡五子のものが約五二〇〇万円、原告乙川ら四名を合わせて約二一〇〇万円であったが、これらは全額原告甲山会の損金として計上することができた。また、前記1(2)クで認定したとおり、これらの保険料負担を負っていても、原告甲山会の経営は順調であり、同原告が保険料の支払を遅滞したという事実もない。(甲34、77、原告下田【一、九頁】、原告太郎【三一、三二頁】、弁論の全趣旨)
(3) 前記争いのない事実等(1)ア、前記(2)及び弁論の全趣旨によれば、①原告甲山会は、原告太郎が設立以降現在まで理事長の地位にあり、同人所有の土地に本件病院が建設されているなど、原告太郎の存在が経営に与える影響は大きいこと(前記(2)ア)、②亡五子は、原告甲山会設立以来の理事であり、原告太郎とともに原告甲山会の借入金について個人保証をするなど、原告甲山会の経営に一定の影響力を及ぼしていたこと(同ア、イ)、③原告甲山会は、理事長、常務理事が原告太郎夫妻であり、原告乙川ら四名原告太郎の四人の子が全て理事となるなど、同族経営を行っている医療法人であること(争いのない事実等(1)ア)が認められ、これらの事実に照らすと、現在の原告甲山会の経営が順調であったとしても、原告太郎はもちろんのこと亡五子の死亡によっても原告甲山会の信用が低下するおそれのあることは推測するに難くない。
また、前記(2)によれば、①原告甲山会が平成八年から同九年にかけて原告太郎及び亡五子を被保険者とする保険契約を締結するに当たっては、佐伯及び花田からの強い勧誘が原因となっていること(前記(2)ウ)、②佐伯は、勧誘の際、原告太郎に対し、原告甲山会の借入金の倍額程度の保険に加入することを強く勧めていること(同上)が認められ、これらの事実に照らすと、原告太郎ら原告甲山会の経営者が、原告太郎及び亡五子の死後の経営に不安を感じ、原告太郎及びその妻であり理事である亡五子の死亡によって得られる保険金額(原告甲山会は、保険金額から法人税相当分を差し引き約二分の一となることを想定していた)を、借入金とほぼ同額にしておいたことをもって、これを不合理ということはできない。
さらに、相続についても、原告乙川ら四名が原告太郎の死亡時と亡五子の死亡時という二回にわたって多額の相続税を支払う必要があることは明らかであり、原告甲山会が、亡五子の死亡保険金を原告乙川ら四名の相続税支払原資とするために、保険契約を締結しておくことには一定の合理性があるというべきである。
以上によれば、原告甲山会が亡五子に付保した保険は、合理的な危険分散という保険の機能に合致するものであって、高額の不労利得を許すことになるという被告の主張は採用できない。また、保険事故発生の偶発性を破壊するおそれがあるとの被告の主張も、本件転落は前記1で判示したとおり亡南田の過失によるものであることに照らし、採用することができない。
(4) 小括
以上によれば、本件傷害保険が公序良俗に反して無効であるとする被告の主張は理由がなく、採用することができない。
4 争点(4)(危険の増加)について
この点についての被告の主張の骨子は、①本件傷害保険は保険としての機能を超え、不労利得の取得を目的としたものとしかいえないこと、②本件転落が南田の故意によることから、危険が著しく増加したという点である。しかし、既に前記1及び3で判断したとおり、本件転落は亡南田の過失によるものであるし、本件傷害保険が保険としての機能を超えているとは認められない。そうだとするとこの点の被告の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
5 争点(5)(保険金額)について
前記1ないし4で判断したとおり、本件転落は亡南田の過失によるものであり、その他被告が支払を免れる事情もない本件にあっては、被告は、原告らに対し、本件自動車保険約款及び本件傷害保険約款所定の保険金を支払う義務を負っているというべきである。また、前記争いのない事実等によれば、原告太郎、同乙川ら四名、同東山ら二名、同北野は、原告甲山会及び亡南田に対する損害賠償請求権を行使しないことを書面で承諾したといえるから、本件自動車保険約款第一章(賠償責任条項)第六条二項三号の規定により、同人らは、被告に対し、直接に損害賠償請求をすることができる。そこで、以下、原告らが、被告に対し、請求することができる金額について検討することにする。
ア 原告甲山会
(ア) 前記争いのない事実等(2)ウ、(5)アによれば、本件傷害保険の保険金額は一億〇九〇四万八〇〇〇円であるところ、原告甲山会は、平成一二年一二月二六日被告に対し、本件傷害保険の保険金支払請求を行ったこと、被告は、既に同年一〇月六日、原告甲山会に対し、本件傷害保険の保険金の支払を拒絶している(したがって、同年一〇月七日以降履行遅滞の状態である)ことが認められる。
以上によれば、原告甲山会は、被告に対し、請求どおり、本件傷害保険金である一億〇九〇四万八〇〇〇円及びこれに対する保険金請求の日の翌日である平成一二年一二月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
(イ) 前記1で判示したとおり、原告甲山会の従業員であった亡南田は、同会所有の本件自動車を運転中、その過失により亡中川を死亡させた。したがって、原告甲山会は、亡中川の法定相続人に対し、亡中川が被った損害を賠償する義務があるところ、亡中川は死亡当時三七歳であり、年収一七七四万六九〇〇円を得ていたのであり、逸失利益は五〇〇〇万円を下ることはないところ、その一部として五〇〇〇万円を支払った(争いのない事実等(5)イ、甲2)。
また、本件自動車は、本件転落により崖下に転落したため全損状態になったところ、本件自動車保険の車両保険協定額は二六〇万円である(争いのない事実等(2)ア、(4))。
ところで、原告甲山会は、本件自動車について、本件自動車保険に加入していたところ、同約款第一章(賠償責任条項)第一条一項によれば、「被保険者が法律上の損害賠償請求を負担することによって被る損害に対して」保険金を支払うと規定している(争いのない事実等(2)ア、乙2)。
以上によれば、原告甲山会は、被告に対し、本件自動車保険に基づき、亡中川の法定相続人に支払った五〇〇〇万円及び全損した本件自動車の車両保険協定額二六〇万円の合計五二六〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一三年六月二三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払請求権を有しているということになる。
(ウ) 小括
以上によれば、原告甲山会は、被告に対し、一億六一六四万八〇〇〇円及び内金一億〇九〇四万八〇〇〇円に対し平成一二年一二月二七日から、内金五二六〇万円に対し同一三年六月二三日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払請求権を有しているということになる。
イ 原告太郎及び同乙川ら四名
(ア) 亡五子が死亡当時原告甲山会の常任理事であり、平成一一年度の年収が二七〇〇万円であったこと(甲5)、死亡時六一歳であったこと(甲1)、原告甲山会の理事には定年がなかったこと(甲85【二二頁】)が認められる。そうだとすると、亡五子の逸失利益を算出するに当たっては、同人の平均余命を考慮すると労働能力喪失期間を一〇年(これに対応するライプニッツ係数は7.7217)とするのが相当であり、また、亡五子の年収は前記のとおり二七〇〇万円であることを考慮すると、これだけの収入を得るために必要な労働力維持費用は一般家庭の主婦以上のものを要すると考えられ、生活費控除率は四〇パーセントとするのが相当である。以上によれば、亡五子の逸失利益は、一億二五〇九万一五四〇円(2700万円×7.7217×0.6=1億2509万1540円)となる。
また、本件に顕れた諸事情に照らすと、亡五子の死亡慰謝料は二〇〇〇万円、葬儀費用については一五〇万円が亡五子の死亡と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
なお、原告太郎及び同乙川ら四名の民法七一一条に基づく固有の慰謝料額は、亡五子の死亡慰謝料について前記のとおり二〇〇〇万円認容している本件にあっては、原告太郎について一〇〇万円、同乙川ら四名についてそれぞれ二〇万円の限度で認めるのが相当である。
ところで、原告太郎及び同乙川ら四名は、本訴提起、追行に要する弁護士費用として一五〇〇万円を請求する。本件転落の被害者の遺族が、保険者を相手とする直接請求訴訟につき弁護士を委任したことにより支出した弁護士費用は、遺族が加害者を相手として行う損害賠償請求訴訟におけるのと同様に、事案の難易、認容額、その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる限度で、不法行為と相当因果関係のある損害として、遺族は保険者に直接請求することができる。ただし、認容することができる弁護士費用は、遺族が加害者に対する損害賠償請求権の存否やその額の争いに関して弁護士に委任したことによる弁護士費用に限るべきであり、その他の争い、例えば保険契約の成立・存続等の争いに関して委任した弁護士費用など、不法行為と相当因果関係のないものは含まれないと解するのが相当である(最判昭和57.1.19民集三六巻一号一頁参照)。
これを本件についてみるに、①本件転落の原因について、亡五子の遺族である原告太郎及び同乙川ら四名らと加害者である原告甲山会との間では、同会の従業員であった亡南田の過失によるものであることについて争いがないこと、また、亡五子の遺族である原告太郎及び同乙川ら四名らと保険者である被告との間でも、本件転落について加害者である原告甲山会が損害賠償責任を負うことは争いがないこと(答弁書の記載内容、争点(5)【被告の主張】参照)、②亡五子の遺族である原告太郎及び同乙川ら四名らと保険者である被告との間で争いがあるのは、本件転落が亡南田の故意か過失かという点、本件傷害保険契約が告知・通知義務違反により解除されたか否かという点、本件傷害保険契約が公序良俗に反し無効か否かという点であること、③本件転落が亡南田の故意か過失かは、本来、亡五子の遺族である原告太郎及び同乙川ら四名らと加害者である原告甲山会との間では問題となっていない点であり、本件訴訟は専ら、本件保険契約の支払ないし免責を巡って争われていること、また、前記告知・通知義務違反、公序良俗違反は本件傷害保険契約の成立、存続に関する事項であること、④亡五子の遺族である原告太郎及び同乙川ら四名らは、加害者である原告甲山会に対し、本件転落に基づく損害賠償請求すれば、争いなく損害賠償請求が認められたのに、わざわざ被告に対する直接請求をする道を選択したこと(争いのない事実等(5)ウ)が認められるのであり、そうだとすると、原告太郎及び同乙川ら四名らが被告に対する直接請求をするのに弁護士に依頼し、訴訟を提起、追行するのに要した弁護士費用は、本件転落と相当因果関係のある損害ということはできない。よって、原告太郎及び同乙川ら四名の弁護士費用一五〇〇万円の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
(イ) また、亡五子は、本件自動車保険の被保険自動車である本件自動車に同乗中に、本件転落により死亡したのであるから、被告から、搭乗者傷害保険金一〇〇〇万円の支払を受けることができる(争いのない事実等(2)イ、(4))。
(ウ) 以上によれば、本件転落による亡五子の損害は一億五六五九万一五四〇円(一億二五〇九万一五四〇円+二〇〇〇万円+一五〇万円+一〇〇〇万円=一億五六五九万一五四〇円)となる。原告太郎は、亡五子の前記損害賠償請求権の二分の一である七八二九万五七七〇円(一億五六五九万一五四〇円÷二=七八二九万五七七〇円)を法定相続したところ、亡五子の死亡により自動車損害賠償責任保険金一五〇〇万一五〇〇円を受領しているので(争いのない事実等(6))これを控除し、固有の慰謝料一〇〇万円を加えると、原告太郎の損害賠償金は、六四二九万四二七〇円(七八二九万五七七〇円−一五〇〇万一五〇〇円+一〇〇万円=六四二九万四二七〇円)となる。また、原告乙川ら四名は、それぞれ、亡五子の前記損害賠償請求権の八分の一である一九五七万三九四二円(一億五六五九万一五四〇円÷八=一九五七万三九四二円、円未満切捨て)を法定相続したところ(なお、原告乙川ら四名は、搭乗者保険を各六二万五〇〇〇円相続したと主張し、当該金額だけを請求しているので、本件訴訟では、一八九四万八九四二円の限度で理由があることになる)、亡五子の死亡により自賠責保険金三七五万〇三七五円を受領しているので(争いのない事実等(6))これを控除し、固有の慰謝料二〇万円を加えると、原告乙川ら四名の損害賠償金は、それぞれ、一五三九万八五六七円(一八九四万八九四二円−三七五万〇三七五円+二〇万円=一五三九万八五六七円)となる。
(エ) 遅延損害金の始期
原告太郎及び同乙川ら四名は、損害賠償金に対する遅延損害金の始期を本件転落が発生した平成一二年五月二八日であるとして請求している。なるほど、前記(ア)の損害賠償請求権は、原告太郎及び同乙川ら四名の原告甲山会に対する不法行為に基づく損害賠償請求権をもとにしており、遅延損害金は不法行為の日である本件転落発生の日である平成一二年五月二八日から発生するとすることには理由がある。しかし、前記(イ)の請求は、搭乗者保険の支払請求であることに照らすと、履行遅滞に陥るのは被告が支払を拒絶した日の翌日である平成一二年一〇月七日とするのが相当である。
(オ) 小括
以上によれば、原告太郎は、被告に対し、六四二九万四二七〇円及び内金五九二九万四二七〇円に対する平成一二年五月二八日から、内金五〇〇万円に対する平成一二年一〇月七日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、また、原告乙川ら四名は、被告に対し、それぞれ一五三九万八五六七円及び内金一四七七万三五六七円に対する平成一二年五月二八日から、内金六二万五〇〇〇円に対する平成一二年一〇月七日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるということになる。
ウ 原告北野
(ア) 原告北野は、亡五子の母であるところ、被告に対する直接請求として、固有の慰謝料として五〇〇万円及び弁護士費用として五〇万円の支払を求めている。
(イ) 原告北野が亡五子の母であることは争いがなく(争いのない事実等(1)エ)、母として、亡五子の死亡により精神的被害を被ったことが認められる(弁論の全趣旨)。原告北野の精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては、前記イ(ア)で判示したとおり、亡五子の死亡慰謝料を二〇〇〇万円、原告太郎固有の慰謝料を一〇〇万円、原告乙川ら四名の固有の慰謝料を二〇万円の限度で認容していることとの比較によれば、二〇万円の限度で認めるのが相当である。その結果、本件転落による亡五子の死亡による慰謝料は合計二二〇〇万円ということになる。
(ウ) 原告北野の被告に対する直接請求をするのに要する弁護士費用に関しては、既に前記イ(ア)で詳述したとおり、本件転落と弁護士費用との間に相当因果関係を認めることは困難であり、理由がない。
(エ) 以上によれば、原告北野は、被告に対し、二〇万円及びこれに対する本件転落発生日である平成一二年五月二八日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるということになる。
エ 原告東山ら二名
(ア) 争いのない事実等(1)、証拠(甲1、9、10の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば、亡東山は、死亡時四一歳の独身であり、平成一一年度の年収が一五七五万円であったこと、本件転落による死亡がなければ六七歳までの二六年間働くことができたと推認することができる。また、亡東山の逸失利益を算出するに当たっては、生活費控除の割合をどのように考えるのが相当かということが問題になるが、男子独身の場合は一般に五〇パーセントとされているところ、亡東山は前記のとおり独身の有職の女子であり、その収入も同年代の男子と比較して遜色ないので、男子独身と差異を設ける合理的な理由がなく、五〇パーセントと解するのが相当である。
そうだとすると、亡東山の逸失利益については、労働能力喪失期間を二六年間とし、これに対応するライプニッツ係数を14.3751、生活費控除率を五〇パーセントとして計算すると、一億一三二〇万三九一二円(1575万円×14.3751×0.5=1億1320万3912円、円未満切捨て)となる。
また、本件に顕れた本件転落等の諸事情によれば、亡東山の死亡慰謝料は一八〇〇万円、原告東山ら二名の民法七一一条に基づく固有の慰謝料額は各一〇〇万円、葬儀費用は一二〇万円がそれぞれ本件転落と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
なお、原告東山ら二名は、被告に対する直接請求をするのに要する弁護士費用を請求しているが、既に前記イ(ア)で詳述したとおり、本件転落と相当因果関係にあるものと認めることができず、当該請求は理由がない。
(イ) また、亡東山は、本件自動車保険の被自動車保険である本件自動車に同乗中に本件転落により死亡したこと、同乗中シートベルトをしていたことが認められる(争いのない事実等(2)イ、(4)、乙10、23)。そうだとすると、亡東山は、被告から、搭乗者傷害保険金一一〇〇万円の支払を受けることができる。
(ウ) 以上によれば、本件転落による亡東山の損害は一億四三四〇万三九一二円(一億一三二〇万三九一二円+一八〇〇万円+一二〇万円+一一〇〇万円=一億四三四〇万三九一二円)となる。原告東山ら二名は、それぞれ亡東山の前記損害賠償請求権の二分の一である七一七〇万一九五六円(一億四三四〇万三九一二円÷二=七一七〇万一九五六円)を法定相続したところ、亡東山の死亡により自動車損害賠償責任保険金一五〇〇万一八〇〇円を受領しているので(争いのない事実等(6))これを控除し、固有の慰謝料一〇〇万円を加えると、原告東山ら二名の被告に対する損害賠償請求金額は、それぞれ五七七〇万〇一五六円(七一七〇万一九五六円−一五〇〇万一八〇〇円+一〇〇万円=五七七〇万〇一五六円)となる。
(エ) 遅延損害金の始期
原告東山ら二名は、損害賠償金に対する遅延損害金の始期を本件転落が発生した平成一二年五月二八日であるとして請求している。なるほど、前記(ア)の損害賠償請求権は、原告東山ら二名の原告甲山会に対する不法行為に基づく損害賠償請求権をもとにしており、遅延損害金は不法行為の日である本件転落発生の日である平成一二年五月二八日から発生するとすることには理由がある。しかし、前記(イ)の請求は、搭乗者保険の支払請求であることに照らすと、履行遅滞に陥るのは被告が支払を拒絶した日の翌日である平成一二年一〇月七日とするのが相当である。
(オ) 小括
以上によれば、原告東山ら二名は、被告に対し、それぞれ五七七〇万〇一五六円及び内金五二二〇万〇一五六円に対する平成一二年五月二八日から、内金五五〇万円に対する平成一二年一〇月七日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるということになる。
オ 原告南田ら二名
(ア) 原告南田ら二名は、本件自動車保険契約の搭乗者傷害条項及び自損事故条項に基づき、被告に対し、保険金の支払を請求する。
(イ) 前記争いのない事実等(1)カ、(2)イ、(4)、前記1の認定事実、証拠(乙10、22)によれば、次の事実が認められる。
亡南田は、本件自動車保険契約の被自動車保険である本件自動車をシートベルトを装着して運転中、自己の過失で本件転落により死亡したこと、本件自動車保険の搭乗者条項、自損事故条項によれば、シートベルト装着中に死亡した場合には一一〇〇万円、自損事故の場合には一五〇〇万円の保険金の支払がされることになっていること、原告南田ら二名は亡南田の財産を二分の一ずつ相続したことが認められる。
(ウ) 以上によれば、原告南田ら二名は、被告に対し、本件自動車保険契約に基づき、それぞれ一三〇〇万円(二六〇〇万円÷二=一三〇〇万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一三年一二月二七日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
6 結論
以上によれば、原告らの請求は、被告に対し、原告甲山会が一億六一六四万八〇〇〇円及び内金一億〇九〇四万八〇〇〇円に対する平成一二年一二月二七日から、内金五二六〇万円に対する平成一三年六月二三日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、原告太郎が六四二九万四二七〇円及び内金五九二九万四二七〇円に対する平成一二年五月二八日から、内金五〇〇万円に対する平成一二年一〇月七日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告乙川ら四名が各一五三九万八五六七円及び内金一四七七万三五六七円に対する平成一二年五月二八日から、内金六二万五〇〇〇円に対する平成一二年一〇月七日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告北野が二〇万円及びこれに対する平成一二年五月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告東山ら二名が各五七七〇万〇一五六円及び内金五二二〇万〇一五六円に対する平成一二年五月二八日から、内金五五〇万円に対する平成一二年一〇月七日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告南田ら二名が各一三〇〇万円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の原告らの請求は理由がないからこれを棄却することにする。
(裁判長裁判官・難波孝一、裁判官・三浦隆志、裁判官・笹川ユキコ)
別紙法人契約役員保険一覧<省略>