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東京地方裁判所 平成13年(ワ)25857号 判決 2004年3月24日

原告

被告

有限会社起工業

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三八〇八万九三五一円及びこれに対する平成一三年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

以下の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(1)  日時 平成一〇年一二月四日午前六時五五分ころ

(2)  場所 東京都墨田区<以下省略>先路上

(3)  原告車両 普通自動二輪車(車両番号<省略>。以下「原告車」という。)

同運転者 原告

(4)  加害車両 普通乗用自動車(車両番号<省略>。以下「加害車」という。)

同運転者 亡A

(5)  態様 Aが、加害車を道路左側端に停車させるために、左側に進路変更した際、後方から進行してきた原告車と衝突した(甲二)。

二  争点

(1)  責任原因

(原告の主張)

被告は、Aが、被告の従業員兼取締役として被告の業務である、工事現場に赴く途中において本件事故を発生させたものであるから、運行供用者として自動車損害賠償保障法三条により、また、Aの使用者として民法七一五条により損害賠償責任を負う。

本件事故時、Aは、加害車に被告の取締役であるBら五名を同乗させていた。加害車は、定員八名のハイエースワゴンであり、事故時は業務に従事する職人の軍手を購入するために左側に進路変更して事故に至っている。Aは毎日のように加害車を運転していたもので、加害車が任意保険に加入していなかったために、Aの上司が原告との交渉を行っていた。Aは、日常的に従業員らを乗せて工事現場に通っていたのであり、工事現場においても責任者としての立場であったのであるから、Aが本件事故当日以外の日は一人で現場に赴いていたとは考えられない。

工事現場までの移動は、被告にとって不可欠であり、被告事務所兼被告代表者自宅の近隣住民が、同付近道路において、毎日のように被告の従業員が集合し、被告代表者も加害車と思われる車両に乗り込んでいたのを目撃している。Aは、早朝、被告事務所兼被告代表者自宅の付近道路に従業員を集合させ、加害車で従業員を工事現場に振り分け運搬し、その日の工事終了後は再び集合地まで運搬していたのであり、加害車は実質的には社有車と同様の機能を果たしていた。被告は、Aが加害車を所有し、日常的に従業員を乗せて工事現場に通っていたことに依存していたもので、被告代表者の指示のもとに、Aが自宅から工事現場への往復に際し、継続的、反復的に被告代表者らを同乗させていたことは明らかである。

また、Aは、被告代表者の叔父であり、取締役という管理職にあったのであるから、取引先との交渉や打ち合わせ、資材、工具の運搬に同車を使用していたと推察される。

仮に、被告に自家用車による通勤を禁止する旨の内規が存在したとしても、Aは毎日のように自家用車で通勤していたのであるから、被告は黙示的に容認していたとみるほかない。Aの運転は、被告の事務所兼被告代表者自宅付近で行われていたのであるから、被告代表者がこれを知らなかったはずはなく、むしろ積極的に容認していたとみるべきである。

よって、被告は、加害車の運行支配を有し、運行利益を享受するものというべきである。

(被告の主張)

Aが本件事故時に使用した加害車は、同人の自家用車であり、これを被告の業務に使用していた事実はないから、会社が責任を負うべき理由がない。

従業員がその所有する車によって交通事故を起こしたときは、雇主たる会社は責任を負わないのが原則であり、例外として責任を負う場合としては、<1>平素会社の業務にも使用されるなどの関係があり、<2>しかも事故時において当該自動車が会社の業務に使用されていたなどの特別な事情がある場合に限られる。

被告は、一部の例外的な場所を除き、従業員が車で工事現場に行くことを禁止していたものであり、車を利用しなければならない場所へは被告所有の自動車を使っていた。また、従業員が車を使用しようとする場合には、運転免許証や任意保険証の写しを提出し、事前に許可を受けなければならなかったのであって、平素、会社の業務に、許可されていない加害車を使用していた事実はない。

Aは、従業員と同様の作業に従事していたもので、取引先との交渉や打合せは被告代表者が自ら行っていたため、Aがすることはないし、加害車は、自家用普通自動車であって資材や工具を運搬する車ではない。仮に、Aが毎日運転していたとしてもそれは会社の業務のためではない。

本件事故は、Aが工事現場に向かう途中で起きたものであるところ、これは通勤に準じるものというべきであり、業務執行中の事故であるとみることはできない。

(2)  Aの過失

(原告の主張)

Aは、追越車線から走行車線に進路変更するにあたり、進路後方の車両に対する安全を確認すべき注意義務があったのにこれを怠った過失がある。

(3)  損害及びその額

(原告の主張)

ア 治療費 二九九万九二九〇円(訂正後三八〇万〇七五四円)

原告は、以下の治療のために、上記治療費を要した。

(ア) 白鬚橋病院

入院 平成一〇年一二月四日から平成一一年一月二六日まで

(イ) 松戸整形外科病院

通院 平成一一年一月二四日から平成一二年三月一一日まで実通院日数三三日

イ 休業損害 一二六二万六〇〇〇円(訂正後一〇七二万四〇七六円)

原告は土木作業員として稼働し、平成一〇年には一年間で八四〇万三〇五〇円、一か月八二万六〇〇〇円(訂正後七〇万二五四円)の収入を得ていたところ、本件事故による傷害のために平成一〇年一二月四日から症状固定日である平成一二年三月一一日まで就業できなかった。なお、原告は確定申告の趣旨を理解しておらず、実際の収入は平成一〇年度の確定申告書(甲二五)記載の金額とは異なっている。

ウ 後遺障害逸失利益 二三八一万一二〇一円(訂正後二〇一八万六三〇六円)

原告は、症状固定時二七歳であり、六七歳まで四〇年間稼働が可能であったところ、本件事故により、後遺障害等級一二級に該当する後遺障害を被り、労働能力を一四パーセント喪失した。そこで、一か月八二万六〇〇〇円(訂正後七〇万二五四円)を基礎としてライプニッツ方式で中間利息を控除し、逸失利益の現価を計算すると、上記金額となる。前記イのとおり、確定申告書に記載された金額に基づいて基礎収入を算定すべきではない。

(計算式)

826,000(訂正後700,254)×12×0.14×17.159=23,811,201(訂正後20,186,306)

エ 入通院慰謝料 一三五万円

入院一か月と二三日、通院一四か月を基礎にすれば、上記金額が相当である。

オ 後遺障害慰謝料 二七〇万円

原告の一二級に該当する肩関節、肘関節可動域制限による後遺障害からすれば、上記金額が相当である。

カ 損害のてん補 八八五万九八〇八円(訂正後八三五万九八〇八円)

自賠責保険金 二二四万円

労災保険金 六六一万九八〇八円(訂正後六一一万九八〇八円)

キ てん補後の金額 三四六二万六六八三円

ク 弁護士費用 三四六万二六六八円

ケ 合計 三八〇八万九三五一円

(被告の認否、主張)

ア 治療費は、労働者災害補償保険法により療養補償として三五二万九八〇八円が支払われているのであるから、被告に請求する理由はない。

イ 休業損害、逸失利益の算定において、原告は事故前三か月間の給与支給額の平均を基礎にしているが、平成一一年一月、二月は収入が全くなかったのであるから、そのような金額を基礎収入とすることはできない。また、確定申告書に記載された所得額が実情と離れていることについては合理的な説明がない。原告の収入は不安定であり、裏付けとなる公的な資料もないので、原告の主張する収入を就労可能年数の間得ることができるとは考えられない。

ウ 原告は、事故前から右翼ややくざを使って被告代表者に支払いを求め、五〇万円の示談金を支払ったにもかかわらず、過大な損害賠償を請求しているものであり、弁護士費用の損害は認められない。

(4)  示談の成立

(被告の主張)

仮に、被告が原告に対し損害賠償義務があるとしても、平成一三年七月一三日、被告代表者が原告の代理人であるCに対し五〇万円を支払い、示談が成立している。

(原告の主張)

否認する。Cに支払われたのは三〇万円であり、それは、同人が代理人を下りる対価であり、足代名義に支払われたものであって、被告と原告との示談金の趣旨ではない。

第三争点についての判断

争点(1)(被告の責任)について

一  前記争いのない事実に加え、証拠(甲一ないし七、三九ないし四二、四四、ないし四六、乙四、一〇、一二ないし一六、証人D、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  被告は、平成一〇年五月に設立され、鳶工事を主たる業務とする従業員が一〇名ないし二〇名程度の有限会社である。

Aは、被告代表者の父親の弟(叔父)であり、以前は、一人で木造大工の仕事をしていたが、被告が設立されたころ、被告に入社し、取締役となった。被告においては、取引先との交渉等は被告代表者が行い、Aは他の従業員と同様に現場作業のみを行っていたもので、普段は一人で工事現場に行くことが多かった。

(2)  被告は、設立のころから、株式会社向井建設(以下「向井建設」という。)から仕事を請け負うようになっていたところ、本件事故当時は、工事現場の応援の仕事が多く、従業員が各工事現場に自宅から直接赴き、作業を行うことになっていた。

被告代表者と従業員との間では、被告設立前から、向井建設の指導もあって、渋滞などで到着時間に遅れることのないように、工事現場への交通手段として電車を利用するとの取り決めがなされていた。また、被告は、向井建設から、工事現場へ自動車で行く際には、工事用車両届、通勤車輌運行ルートを同社に提出するよう指示されており、被告従業員が工事現場への通勤に自動車を利用しようとする場合には、前記工事用車両届、通勤車輌運行ルート、任意保険証書の写し等を被告に提出し、許可を得なければならなかった。工事現場は東京都内であることが多く、往復の電車賃が一〇〇〇円以上の場合には、従業員の請求により交通費が支給されることになっていた。被告代表者は、どの従業員がどの工事現場で作業するかは把握していたが、自らも現場に出向いており、実際に従業員がどのような手段で現場に来たかを全て確認することはできなかった。入ったばかりの従業員がいる場合などは、従業員同士が駅で待ち合わせたり、タクシーを乗り合ったりして、工夫し合って工事現場に赴いていた。

また、本件事故当時、被告は被告代表者の父親名義のワゴンタイプの車両(ハイエース)を含み三台の自動車を所有しており、工事現場が遠方で、電車では時間に間に合わない場合、工事現場近くに駅がない場合、車でないと現場に入れない場合等には、これら被告の所有車が使用されていた。

(3)  加害車は、普段は、松戸市新作のAの自宅近くの駐車場に置かれていた。

本件事故当日、Aは、Bらと同じ工事現場に行くことになったため、駅で待ち合わせた上、同人らを加害車に同乗させて都内の工事現場に向かった。Bは、Aが被告から加害者を使用して現場に赴くことについて許可を得ているものと思い、同車に乗車したが、加害車は任意保険に加入しておらず、実際には許可は得ていなかった。

Aは、時速約二〇キロメートルで走行中、軍手等を売っている洋品店を発見し、減速して、左折の合図を出し、ハンドルを左に切り、加害車を左に寄せたときに、原告車と衝突した。原告は、歩道側に転倒し、右上腕骨開放性骨折の傷害を負った。

二  以上の認定事実を前提として、被告の責任について検討する。

運行供用者として責任を負う者とは、自動車の運行によって利益を得ていた者であって、かつ、自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にある者をいうところ、加害車が被告の業務に使用されており、その業務中に事故を起こしたのであれば、被告は使用者責任とともに運行供用者責任を負うというべきである。

原告は、本件事故が工事現場へ向かう途中の事故であり、Aの他に従業員ら五名が乗車していたこと、Aも毎日運転していると述べていること、加害車の走行距離が六万二二〇〇キロメートルに及んでいること、被告事務所兼被告代表者自宅の近隣の者が、早朝、被告従業員が複数名ワゴン車に乗るところを目撃していることから、加害車は、平素から被告の指示により、被告の従業員を工事現場へ運搬するのに使用されていたもので、本件は、被告の業務執行中の事故であると主張する。

確かに、本件事故がAが工事現場に向かう途中における事故であることは明らかであり、Aが加害車を毎日のように運転していると述べていること(甲五)、早朝の電車通勤は不便であるから、鳶等の仕事の現場への交通手段としては、従業員がまとまって車に乗車して来ることが多いとされている(甲五〇)ことからすれば、本件事故当日以外に、Aが他の従業員を同乗させて工事現場に赴くことが全くなかったとは断定し難い。

しかしながら、Bは、本件事故の日に、たまたま目的の工事現場が同じであったために、Aが被告から加害車を使用することの許可を得ていると思って同乗するに至ったものであり、Aは単独で工事現場に行くことが多く、あまり一緒に仕事をすることはなかった旨述べている(乙一二)。また、Aが加害車を購入したのは、Aが被告に入社する前の平成八年であり、入社以前は、Aは一人で仕事をしていたのであるというのであるから、その時に加害車を仕事に使用していたとも考えられ、走行距離のみをもって直ちに加害車が工事現場への往復に頻繁に使用されていたとまでいうことはできない。さらに、証拠(甲四八、乙一三ないし一六、証人D、被告代表者本人)によれば、被告事務所兼被告代表者自宅付近において、早朝、従業員が集合し、ワゴン車に乗り込んでいたことも認められるが、当時は、被告もワゴン車を所有していたものであり、電車を利用できない工事現場については、被告代表者ないし同人の父親が運転して被告代表者の居宅付近で待ち合わせた従業員を乗車させて現場に赴いていたことが認められることからすれば、Dの目撃した車両は、被告の前記ワゴン車である可能性が高いというべきである。Dの証言によれば、同人はワゴン車の色を覚えておらず、写真を見ても加害車と被告所有ワゴン車との区別がつかない上、被告代表者は知っているが、Aのことは知らないというのであるから、Dが、Aが加害車に従業員を同乗させていた状況を目撃していたものとはいい難く、同人の供述をもって直ちに、平素、従業員が待ち合わせて加害車に乗車していたものと認めることはできない。他に、加害車が従業員を運搬するために利用されていたと認めるに足りる証拠はなく、まして、被告が、Aに指示をして、加害車を積極的に従業員の運搬のために使用していたことを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、Aが工事現場に赴くのに加害車を使用した、すなわち通勤に自家用車である加害車を使用したのであるとしても、被告がこれを容認していたのであるから、運行供用者責任があると主張する。

前記のとおり、被告において、例外的に会社の所有車を使用する場合を除き、従業員が自宅から直接工事現場に赴いて作業を行うことになっていたことからすれば、工事現場への往復は通勤に準じて考えられるところ、一般に、会社が従業員が自家用車で通勤することを禁止していた場合、通勤中の交通事故については、会社が同車の運行供用者であるということはできない。しかし、会社においてこのような取決めがなされていても、現実には厳格に守られない状態になっており、ときには従業員が自家用車を使用して通勤することがあり、会社もこれを容認しているといえるような場合には、会社も運行供用者として責任を負うというべきである。

前記認定のとおり、被告においては、従業員が自分の自動車で工事現場に行き来することは原則として禁止されており、自家用車を使用する場合には、被告代表者の許可を必要とする旨定められていた。そして、被告代表者は、その本人尋問において、Aが自分の自動車で工事現場へ通勤していたとしてもそれは知らなかった旨供述し、もしそれを知っていれば、注意をしたはずであるし、注意しても聞き入れなければ会社を辞めてもらうこともあった旨陳述する(乙一〇)。前記のとおり、本件事故時と同様、Aが工事現場への往復に加害車を使用することがこれまで全くなかったとは考え難く、被告代表者とAとの関係からすれば、同代表者が、そのことを知らないということに疑問がないわけではない。しかし、前記認定のとおり、加害車は、被告事務所兼被告代表者自宅からは離れたAの自宅近くに保管されていて、日頃被告代表者がその運行状況を把握できたとは認めがたく、普段は、Aも従業員らもそれぞれ自宅から直接各工事現場へ赴いていていたことからすれば、被告代表者が、Aが加害車で工事現場へ通勤したことを知らないとしてもそれが殊更不自然というわけではない。被告の求人広告(甲五三)に「車通可」の記載があるが、同広告は二〇〇四年(平成一六年)一月一四日号に掲載されたもので、被告事務所所在地も本件事故当時とは異なっており、従業員の勤務形態等現在の被告の状況が本件事故当時と同様であるかどうかは明らかではない。

被告においては、本件事故当時、Aも他の従業員同様、原則電車を利用するよう取り決められ、自家用車を使用する場合に許可を得る方法も定められていたのであり、Aが加害車を利用して工事現場に赴くことがあったとしても、被告において、自家用車使用を禁止しながら、他方でこれを容認していたといえるような事情があるとまでは認められない。

以上によれば、本件は、被告の業務の執行中の事故であるということはできないから、被告に使用者責任があるとはいえず、また、加害車についての運行供用者責任も認められない。

第四結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙取真理子)

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