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東京地方裁判所 平成13年(ワ)26407号 判決 2006年12月11日

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  原告が破産者丸荘証券株式会社に対し,消費貸借契約に基づく101億1954万2522円を破産債権として有することを確定する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第1当事者の申立て

1  請求の趣旨

(1)  原告が破産者丸荘証券株式会社に対し,101億8632万5862円を破産債権として有することを確定する。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  原告の請求の原因

(1)  当事者

ア 原告は平成10年11月24日に設立された証券取引法79条の21に規定する投資者保護基金である。原告は,財団法人寄託証券補償基金(甲1,平成10年12月1日解散)の債権債務を承継した。

イ 丸荘証券株式会社は,証券業を営む株式会社であったが,平成9年12月23日に破産の申立てをし(同日丸荘証券の保全管理人としてB弁護士を選任),翌年の平成10年9月30日に破産宣告を受けた。保全管理人であったB弁護士が,そのまま破産管財人に選任された。

ウ 被告らは,丸荘証券に対する損害賠償請求権を破産債権として有する破産債権者である。被告らの有する破産債権は,丸荘証券を通じて購入したペレグリンユーロ円建債などが発行元の債務不履行により無価値になったが,丸荘証券において商品の説明が不十分であったことに起因する損害賠償請求権である。なお,被告らは,丸荘証券に資産を預けていたわけではないことから,寄託証券補償基金による補償事業の対象とはならなかったもので,被告らから寄託証券補償基金の債権債務を承継した原告に対する被告らへの補償の履行を求める訴訟も提起されたが,最高裁判所において被告らの敗訴判決が確定している(甲11,12,21)。

被告らは,丸荘証券の破産手続の債権調査期日において,破産債権者として,原告の届出債権全額に異議を述べた。

(2)  破産債権についての選択的主張-その1(消費貸借契約又は消費寄託契約)

ア 諾成的消費貸借又は消費寄託の合意

寄託証券補償基金と丸荘証券のB保全管理人は,破産の申立てがされ保全管理人が選任された平成9年12月23日,次の合意をした。

(ア) 寄託証券補償基金は,丸荘証券に対し,顧客資産の返還に必要な資金を返還時期を定めずに貸し渡し,ないし寄託する。

(イ) 顧客資産の返還とは,顧客からの預り金等の金銭債務の返還及び返還すべき顧客資産たる有価証券の調達を含む。

イ 現実の金銭の貸渡し又は寄託

寄託証券補償基金は,アの合意に基づき,B保全管理人の要請にしたがって,顧客資産の返還に必要な資金として,丸荘証券の銀行口座に以下のとおり金員を送金した。

平成9年12月25日 10億円

平成10年1月6日 7億円

1月16日 25億円

1月30日 5億円

2月4日 6億円

2月5日 17億円

2月26日 15億円

3月4日 10億円

3月10日 5億円

(破産宣告後)11月30日 1億2047万8863円

合計 101億2047万8863円

丸荘証券のB保全管理人は,前記拠出金額のうち101億1954万2522円を丸荘証券の顧客資産返還の業務に使用した。そして,顧客資産の返還に使われなかった93万6341円については,寄託証券補償基金の財団債権(旧破産法47条5号・破産宣告後に生じた不当利得返還請求権)として,平成11年10月8日破産裁判所の許可を得て,破産管財人より承継人である原告に返還され,残額は101億1954万2522円となった。

ウ 破産宣告後の送金についての破産宣告前の原因

平成10年11月30日に送金された1億2047万8863円は,破産宣告後の送金である。しかしながら,アの破産宣告前の諾成的消費貸借(寄託)契約に基づく送金であるから,その返還請求権は破産債権(破産宣告前の原因に基づく財産上の請求権・旧破産法15条)である。

エ 利息の合意

寄託証券補償基金は,丸荘証券のB保全管理人との間で,アの諾成的消費貸借(寄託)契約の際,年5%の利息を丸荘証券が負担することを黙示に合意した。

オ 結論

したがって,原告は丸荘証券に対し,破産宣告前の原因に基づき,消費貸借契約又は消費寄託契約による元本101億1954万2522円の返還請求権及びこれに対する平成10年6月1日から同年9月29日(破産宣告前日)までの利息内金6678万3340円(後記(3)ウ記載の額と同額)の支払請求権(合計101億8632万5862円)を,破産債権として有している。

(3)  破産債権についての選択的主張-その2(準委任契約に基づく求償債権)

ア 準委任契約の成立

寄託証券補償基金は,平成9年12月23日,丸荘証券から,自己破産の申立てに当たり,丸荘証券の顧客資産の返還に関して可能な補償措置を講じてもらいたい旨の申入れを受け,これを了承した。

イ 金員の拠出

寄託証券補償基金は,アの準委任契約に基づき,丸荘証券の銀行口座に前記(2)イのとおり金員を送金した。

ウ 求償債権の取得

寄託証券補償基金は丸荘証券に対して,アの準委任契約に基づく送金額101億1954万2522円及び拠出の日以後の法定利息(民法650条1項)の内金6678万3340円の償還請求権を取得した(なお,寄託証券補償基金は,前記(2)イの拠出金の一部を借入金100億円で賄ったため,破産宣告前日までの借入金利息6677万5465円の負担が発生した。また,寄託証券補償基金は,前記(2)イの拠出金の送金に関連して,送金手数料6615円及び残高証明書発行手数料1260円を負担した。以上の負担額合計が,6678万3340円である。)。

エ したがって,原告は,破産債権として,準委任契約に基づく前記求償債権元金101億1954万2522円及び民法650条1項に基づく,支出(拠出)の日以降の法定利息等の内金6678万3340円を有している。

(4)  破産債権についての選択的主張-その3(事務管理に基づく求償債権)

仮に前記(3)アの合意が準委任契約と評価できないとしても,前記(2)イの金員の拠出は義務なくして他人のためにした行為であって,民法702条の有益な費用に該当する。よって,寄託証券補償基金は丸荘証券に対して,事務管理に基づく101億1954万2522円の有益費償還請求権を取得した。

また,前記(3)ウの6678万3340円は事務管理者である寄託証券補償基金が丸荘証券のために支出した必要経費であって,民法702条1項の有益な費用として,破産債権に該当する。

(5)  後記2の(5)の被告らの主張は争う。債権届出書に記載したものと同一の社会的事実を基礎とする破産債権を債権確定訴訟において主張することは許される。消費貸借,消費寄託及び事務管理は,いずれも,丸荘証券の顧客資産の返還のための資金の拠出という債権届出書(甲6の1)に記載の事実と同一の社会的事実に基づき法的構成を変えたものにすぎないから,これらの主張をすることも許される。

(6)  よって,原告は,破産者丸荘証券に対し,消費貸借契約若しくは消費寄託契約,準委任契約又は事務管理に基づき,101億8632万5862円の破産債権を有することの確定を求める。

2  請求の原因に対する認否及び被告らの主張

(1)  (1)は認める。

(2)  (2)のうち,ア及びエは否認する。イは不知。ウ及びオは争う。寄託証券補償基金は,顧客に対する補償に充てられ,返還を受けることを予定せずに,100億円を超える金額を保全管理人に拠出したものであって,これは寄付(贈与)である。したがって,返還約束は存在しない。

ウについて,破産宣告(平成10年9月30日)後の同年11月30日に破産者丸荘証券の破産管財人に拠出された1億2047万8863円は,顧客に対する支払に充てられることはないし,また破産宣告後の原因によるものであるから,破産債権にはならない。

(3)  (3)のうち,アからウまでは不知。エは争う。

(4)  (4)は争う。

(5)  原告は,丸荘証券の破産手続における債権届出書(甲6の1)においては,債権の種類を求償債権,債権の内容及び原因を丸荘証券の顧客に対する支払(補償)に充てるため101億余円の金銭を出捐して同額の求償債権を取得したと記載していた。債権調査期日における破産管財人及び破産債権者らの異議の申出も前記債権届出書の記載が基準となっていたものである。したがって,債権確定訴訟において,破産債権の発生原因についての主張として,消費貸借,消費寄託,事務管理など,債権届出書と異なる主張をすることは許されない。

理由

第1認定事実

請求の原因(1)は当事者間に争いがない。この事実のほか証拠(甲1ないし5,6及び7の各1・2,8ないし16,21ないし26,27の1・2,29,乙5,10ないし13,21,24ないし30,32,33,証人B)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

1  平成9年当時の金融・証券危機と寄託証券補償基金

平成9年当時は,バブル経済崩壊後の著しい長期不況とこれに伴う巨額の不良債権の発生による金融機関,証券会社の資産状態の悪化がみられ,一部の銀行,証券会社の倒産も予測されるようになっていた。

銀行,証券会社の倒産時においても,一般顧客の預金や預り資産を平常時とほぼ同様に円滑に返還できるようにしたり,金融機関の決済機能を平常時と同様に機能させるようにしておかなければ,世間一般の金融機関に対する無用の不信感を醸成し,流言等により倒産の危険のない金融機関において取り付け騒ぎが発生して倒産に追い込まれ,連鎖的に別の取り付け騒ぎを誘発し,わが国の金融システムの機能不全が生じるなど,わが国の社会経済が混乱に陥ることが心配されていた。

したがって,銀行,証券会社の倒産が生じても一般顧客の預金や預り資産は滞りなく速やかに返還されるという実績を一つの例外もなく積み上げて,国民の不安を取り除いていくことが,当時のわが国の金融システムの維持のための一つの喫緊の課題であった。

平成9年11月は,三洋証券の会社更生法適用申請,北海道拓殖銀行及び山一証券の破たんが起きるなど金融機関の倒産が続いたが,様々な措置により,預金や預り資産の返還は何とか滞りなく行われ,金融システムの機能不全という状態は避けられてきた。

財団法人寄託証券補償基金は,証券会社等の「経営破たんにより金銭,有価証券等を寄託している顧客が被る損失を補償する等の業務を行い,もって投資者の保護及び証券界の信用の維持向上に資すること」を目的とし(寄付行為第2条),そのために,当該損失の全部又は一部の補償などの業務を行う(寄付行為第3条)財団法人であった(甲1,2)。

2  丸荘証券の経営破たん

平成9年半ばころから,丸荘証券も破たんの危機に陥り,大蔵省(関東財務局)もその動向を不安視していた。丸荘証券は,平成9年12月には破産申立てを行うことになった。当時,丸荘証券は,1万人を超える顧客をかかえ,膨大な額の金銭及び有価証券の寄託を顧客から受けていた。丸荘証券は,自力では顧客に対する預り金の返還や預り有価証券の返還を滞りなく行うことができない状態にあり,漫然と破産宣告を受けると,丸荘証券における取り付け騒ぎなどの混乱の発生,別の金融機関における取り付け騒ぎの誘発,ひいてはわが国の金融システムの機能不全状態の発生が予想された。

そこで,寄託証券補償基金を用いて,破産申立て後破産宣告前に,丸荘証券の顧客資産の返還を行うことが,大蔵省,証券業協会などとの間で協議された。ところで,寄託証券補償基金の補償業務の仕組みは,伝統的には,①破産宣告など破たんの事実が確定した後に,②顧客からの補償申出により,③顧客の証券会社に対する権利(預り資産返還請求権)を寄託証券補償基金が有償で買い取り,④一証券会社につき20億円を補償総額の限度とするというものであった(寄付行為34条から38条まで,甲2)。このような仕組みでは滞りなく顧客資産の返還を行うことができないため,平成9年11月の三洋証券の破たん時には寄付行為の改正(41条の2の追加,甲2)を行い,会社更生申立受理後更生手続開始決定前の段階で裁判所の監督下に行われる顧客資産の返還を寄託証券補償基金の補償の業務とみなし,一証券会社当たりの補償の総額限度も適用しないこととして,顧客からの寄託証券補償基金に対する補償申出がなくてもその拠出金により顧客に対して直接補償を行う(顧客の権利の買取という迂遠な手法を用いない。)こととして,滞りなく顧客資産の返還を実施することができた。そこで,丸荘証券の破産申立ての直前にも寄付行為の改正(41条の3の追加,甲2)を行い,丸荘証券の破産申立後破産宣告前の段階で裁判所の監督下に行われる顧客資産の返還を寄託証券補償基金の補償の業務とみなして,三洋証券の場合に準じて補償の業務を行うこととした。このような構想は,事前に東京地方裁判所の担当部にも伝えられた。

平成9年12月23日の祝日,丸荘証券は,東京地方裁判所に対して,自己破産の申立てを行った。東京地方裁判所は,破産宣告をすることを留保しつつ,破産申立後ただちに保全処分を命じる決定を出した。決定の主要な内容は,①B弁護士を保全管理人(丸荘証券の財産の管理処分権を専属して有する。)として選任する,②債務の弁済をするには裁判所の許可を要するが,例外的に顧客の預り資産の顧客への返還債務の履行等については裁判所の許可なく行うことができる,③借財をするには裁判所の許可を要するが,例外的に顧客の預り金・有価証券等の顧客資産の返還業務を行うにあたり必要となる資金の借入については裁判所の許可なく行うことができる(財産の処分にも裁判所の許可を要するが,前記借入資金の弁済に係る処分は裁判所の許可なく行うことができる。)というものであった(甲3)。

3  寄託証券補償基金と丸荘証券(保全管理人)との合意

B保全管理人は,平成9年12月23日午後に,はじめて,東京地方裁判所から,関係機関と連携して顧客資産の返還に万全を期してほしいことを告げられ,その日のうちに保全管理人としての業務を開始した。同日夜には,都内の丸荘証券本社建物において,大蔵省(関東財務局証券第1課)担当官,日本証券業協会担当者,寄託証券補償基金担当者らと協議し,寄託証券補償基金から,丸荘証券の顧客資産の返還に必要な資金は寄託証券補償基金が用意することを確認した。そこで,B保全管理人と寄託証券補償基金は,寄託証券補償基金からの拠出金を使って丸荘証券の顧客資産の返還業務を行うこと,顧客資産の返還業務に必要となる資金をB保全管理人の要請があり次第寄託証券補償基金が送金すること,拠出金の弁済期限は定めないが,破産宣告前には弁済を求めないこと,顧客資産の返還業務終了時点で精算を行って金額を確定することを合意した。同日,この合意に基づく確認書(乙5)が作成された。確認書には,次の記載がある。

1. 甲(寄託証券補償基金)は,甲の特例補償業務を行った場合には,当該補償に係る丸荘証券の顧客が丸荘証券に対して有する当該権利を譲り受けるものである。

2. 甲は,特例補償業務に伴う支払等の事務を乙(B保全管理人)に委託する。補償額の確認手続き等委託の細目については,別に定めることとする。

3. 乙は,甲の事務の委託を受けて行う丸荘証券の顧客に対する金銭,有価証券等の返還手続等を誠実に行う。

4  寄託証券補償基金から丸荘証券(保全管理人)への金員の拠出

寄託証券補償基金は,B保全管理人の要請に従って,同管理人が管理する丸荘証券の銀行口座に,以下のとおり,顧客資産の返還に要する金員を送金した(甲6の2)。

平成9年12月25日 10億円

平成10年1月6日 7億円

1月16日 25億円

1月30日 5億円

2月4日 6億円

2月5日 17億円

2月26日 15億円

3月4日 10億円

3月10日 5億円

(破産宣告後)11月30日 1億2047万8863円

合計 101億2047万8863円

5  丸荘証券(保全管理人)における顧客資産の返還業務の実施

B保全管理人は,次のようにして顧客資産の返還業務を実施した。これらの手法の選択は,B保全管理人の判断によるものであり,寄託証券補償基金の指示によるものではなかった。

預り金その他の顧客に対する金銭債務は,寄託証券補償基金からの拠出金を使って,現金を送金するなどして弁済した。

顧客に対する有価証券(保護預り有価証券や,担保差入有価証券で丸荘証券の破たんに伴う信用取引の終了等により担保目的を失ったもの)の返還債務は,当該銘柄の有価証券を丸荘証券が保有しているときは,その保有有価証券を返還した。しかしながら,丸荘証券の旧役員による預り有価証券の流用(丸荘証券自身の債務の担保としての債権者への担保差入,場合によっては担保権の実行)により,当該銘柄の有価証券を保有していないこともあった。このような場合には,①寄託証券補償基金からの拠出金を使って債権者(担保差入先の銀行等)から時価で当該銘柄の有価証券を買い戻し(乙24,25参照),又は②寄託証券補償基金からの拠出金を使って株式市場において時価で当該銘柄の有価証券を買い付けて,このようにして調達した有価証券を顧客に返還していった。

丸荘証券(保全管理人)は,平成10年9月30日の破産宣告より前に,顧客に対する顧客資産の返還を終えたが,顧客資産の返還業務に要した出捐額の精算,確定業務は,破産宣告後に持ち越しとなった。

6  拠出金の精算

平成10年9月30日に丸荘証券の破産宣告があり,保全管理人であったB弁護士は,そのまま破産管財人に選任された。B破産管財人は,寄託証券補償基金に対し,平成9年12月23日の合意に基づいて,寄託証券補償基金が拠出した資金をもって実施した顧客資産の返還の状況を報告するとともに,精算の協議を行い,その結果,拠出金が顧客資産の返還に要した資金になお1億2047万8863円不足していることが判明したため,破産宣告後の平成10年11月30日,寄託証券補償基金から,前記1億2047万8863円の送金が行われた。

原告は,平成10年12月1日に設立された会員である証券会社の経営破綻により顧客資産の返還が困難であると認められる場合において当該証券会社へ補償対象債権を有する一般顧客に対する支払その他の業務を行うこと等により投資者の保護を図り,もって証券取引に対する信頼性を維持することを目的とする証券取引法79条の21に規定する投資者保護基金である(甲5)。原告は,設立と同時に寄託証券補償基金の債権債務の全部を承継し,寄託証券補償基金は解散した。

丸荘証券破産管財人は,破産宣告後,顧客資産の返還業務に要した出捐額を精算して,その総額を101億2047万8863円と算定し,平成10年11月27日に不足額1億2047万8863円の支払を寄託証券補償基金に要請し(甲9),前記認定のとおり,同額の送金を受けた。原告の設立後,原告から顧客資産の返還業務に要した出捐額についての再点検を受け,協議の上,補償の申し出をしていない所在不明の顧客への供託金が供託不要とされたりした結果,顧客資産の返還に要した出捐額は最終精算として101億1954万2522円と確定され,寄託証券補償基金の丸荘証券に対する拠出金が93万6341円過払であることが判明した。丸荘証券破産管財人は,平成11年10月8日,破産裁判所の許可を得て,この93万6341円を財団債権(旧破産法47条5号・破産宣告後に生じた不当利得返還請求権)として,原告に返還した。この結果,最終的に寄託証券補償基金が拠出した金額の合計は101億1954万2522円となった。

7  原告の破産債権届出及び被告らの異議申立て

原告は,平成11年6月7日,東京地方裁判所に対して,破産債権101億8632万5862円(元金101億1954万2522円及び利息損害金6678万3340円)の届出をした。

債権届出書(甲6の1)の記載は,次のとおりである。

(1)  元金101億1954万2522円について

債権の種類 求償債権

債権の内容及び原因

1. 財団法人寄託証券補償基金(平成10年12月1日以降は日本投資者保護基金(原告)が業務等を承継)では,平成9年12月23日,丸荘証券の破産の申立てに伴い,同社の顧客の預り資産が返還不能となる事態を未然に防止するため,破産裁判所より選任された丸荘証券の保全管理人に,寄付行為に基づく補償業務を委託し,同保全管理人において,補償業務を行い完了した。

2. 寄託証券補償基金では,上記1の寄託証券補償基金の補償業務により,保全管理人の要請に基づき,丸荘証券の顧客に対する支払(補償)に充てるため金銭101億1954万2522円を出捐し(内訳は,下記のとおり。),丸荘証券に対して同額の求償債権を取得した。

内訳(1)預り金 6億5613万9782円

(2)募集等受入金 4799万0526円

(3)信用取引委託保証金 8億4848万4825円

(4)先物・オプション取引委託保証金 1364万2678円

(5)有価証券 85億5328万4711円

(2) 利息損害金6678万3340円について

債権の種類 遅延損害金

債権の内容及び原因

上記の丸荘証券の顧客に対する支払(補償)をした後の平成10年6月1日から破産宣告の前日(平成10年9月29日)までの年5%の割合による遅延損害金1億6773万4882円の内金(寄託証券補償基金が丸荘証券の顧客に対する補償業務を迅速かつ適確に遂行するため,金融機関からの資金の借入(100億円)を余儀なくされ,当該金融機関に負担するに至った利息その他諸経費相当額)

届出をした破産債権者である被告らは,平成11年6月16日の債権調査期日において,原告の届出債権全額について異議を述べた(甲7の1・2)。

第2破産債権の存否について

1  消費貸借契約又は消費寄託契約に基づく返還請求権について

(1)  東京地方裁判所による平成9年12月23日の保全処分を命じる決定においては顧客資産の返還業務に必要な借財及びその弁済に係る処分を丸荘証券(保全管理人)が裁判所の許可なく行うことができることが予定されていたこと,同日寄託証券補償基金と丸荘証券(保全管理人)は拠出金の弁済期限は定めないが破産宣告前には弁済を求めない旨の合意をしていること,丸荘証券が受領した拠出金の具体的な使用方法(特にその使途の大半を占める有価証券の調達の方法)は保全管理人において決定しており,あたかも寄託証券補償基金が委任者,丸荘証券が受任者となって寄付行為に定める補償の実施事務の委任がされたかの外観を呈しており,ここに丸荘証券が委任者,寄託証券補償基金が受任者となる事務の委任があるとみるには無理があること,丸荘証券の寄託証券補償基金に対する依頼事項は金銭の拠出だけであって,これは端的に金銭の貸借とみる方が自然であること,B保全管理人は裁判所に対する許可申請書(平成10年2月13日付,乙26)において「申立会社は銀行等への担保提供などにより,株券現物を保有していない株券について,(中略)寄託証券補償基金からの融資資金をもって,市場から株券を調達し,顧客に返還した」と記載し,また,当裁判所における証人尋問においても寄託証券補償基金との間には返還約束があり金銭消費貸借契約が成立していると思っている旨述べていることを総合すると,平成9年12月23日に寄託証券補償基金は丸荘証券との間で,丸荘証券の顧客資産の返還業務に必要な資金を寄託証券補償基金が丸荘証券に対して貸し付ける義務を負い,当該貸付金を丸荘証券が寄託証券補償基金に対して返還する義務を負うという諾成的消費貸借契約が締結されたと評価するのが相当である(寄託証券補償基金がB保全管理人に送金した金員は,丸荘証券の顧客資産返還業務のために使用されるものであったことからすると,その法的性質は消費寄託契約ではなく,消費貸借契約と認められる。)。

したがって,寄託証券補償基金は,丸荘証券に対し,前記諾成的消費貸借契約に基づき寄託証券補償基金が丸荘証券に貸付けの趣旨で送金した101億1954万2522円(前記第1の6の最終精算金額101億2047万8863円からすでに返還を受けた93万6341円を控除した残額)の返還請求権を有していたものと認められる。

(2)  被告らは,寄託証券補償基金の寄付行為(甲2)に定める業務には貸金は含まれておらず,業務処理要領にも貸金業務はなく,そもそも,同基金は,寄付行為において,補償の方法として,証券会社が破産宣告を受けるなどした場合に,顧客から寄託を受けている金銭,有価証券等の返還が不能となったとき(寄付行為34条)は,その返還が不能となった金銭,有価証券等にかかる顧客のその証券会社に対する返還請求権その他の権利をその顧客から譲り受けることによりこれを行うものと定められており(寄付行為36条),業務処理要領において,具体的な補償の手続が定められているとして,寄託証券補償基金が貸付を行うことは寄付行為に反するという趣旨の主張をしている。

しかし,寄託証券補償基金の寄付行為では,経営破たんに陥り,又はそのおそれのあることとなった証券会社に寄託している金銭,有価証券等が返還不能となることにより顧客が被る損失の全部又は一部の補償その他この法人の目的を達成するために必要な業務を行うことが定められている(寄付行為2条,3条)ほか,同基金の寄付行為には,丸荘証券の破産申立てが受理された場合には,同社の破産宣告を待たずに寄付行為34条に基づく補償を行うこと,破産申立て受理後に裁判所の監督下に行われる顧客資産の返還は寄託証券補償基金の行う補償業務(特例補償業務)とみなすこと(寄付行為41条の3において準用する41条の2)という特則も定められているところである。「裁判所の監督下に行われる顧客資産の返還」とは非常に幅広い概念であると理解され,前記のとおり,寄託証券補償基金が,顧客の丸荘証券に対する返還請求権その他の権利を譲り受ける代わりに,丸荘証券の顧客資産の返還のために(言い換えると,上記特例補償業務のために),丸荘証券(保全管理人)に対して資金の貸付けをすること(丸荘証券の保全管理人と消費貸借契約を締結すること)は,その実質に照らすと,いささかも上記寄付行為に反するものではないと認められる。

(3)  被告らは,平成10年11月30日の1億2047万8863円の送金は破産宣告後の送金であって,破産宣告後の原因によるものであるから破産債権には当たらないなどと主張する。

しかしながら,前記のとおり,寄託証券補償基金と丸荘証券(保全管理人)との間には,破産宣告前に諾成的消費貸借契約(破産宣告前に行う顧客資産の返還業務に必要となる資金を貸し付けるという内容のもの)が締結されている。平成10年11月30日の1億2047万8863円の送金は,かかる契約に基づき,破産宣告前に実施された顧客資産の返還業務に費やされた資金の額を点検したところ,不足があったため,当該不足額を貸し付けたものであり,破産宣告前に発生した原因に基づく送金である。そうすると,平成10年11月30日の送金に基づく貸金債権も,破産宣告前の原因に基づくものとして,旧破産法15条の「破産債権」に当たる。よって,破産債権ではないとの被告らの主張は相当でない。

(4)  被告らは,旧破産法247条により,破産債権確定訴訟において主張することのできる債権は債権表に記載された事項に限定されており,原告は「求償債権」と届け出るのみで,消費貸借契約に基づく返還請求権との届出はされていないのであるから,消費貸借契約に基づく返還請求権の主張をすることは許されないとも主張をする。

しかしながら,原告は,債権届出書の「債権の内容及び原因」欄に前記第1の7記載のとおり記載して債権届出をしている。求償債権の主張と消費貸借契約に基づく返還請求権の主張は,同一の社会経済上の事実を基礎としており,基礎となる事実に対する法的な評価を異にするにすぎず,他の破産債権者の異議権を実質的に侵害するものとも認められないから,旧破産法247条に反するものとはいえない。したがって,被告らの主張を採用することはできない。

(5)  さらに,原告が消費貸借契約に基づく返還請求権の主張をすることが,訴訟上の信義則に反すると認めるに足りる証拠もなく,民事訴訟法157条所定の「故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃方法」及び「訴訟の完結を遅延させることとなる」という要件を満たすものとも認められない。

2  利息債権について

利息債権に関し,証人Bの証言中には,丸荘証券が返還しなければならない資産返還用の資金を寄託証券補償基金が出してくれたのであり,実質的な補償業務としての側面もあるから,それに要した費用については寄託証券補償基金が丸荘証券に対して債権を有する旨の約束があったと評価することもできるとする部分がある。しかしながら,同部分は証人Bの評価を述べるにすぎないものであって,同基金との間に利息を支払うとの合意が成立したことを基礎付ける具体的な事実に関する供述ではなく,これをもって,寄託証券補償基金とB保全管理人との間に利息の支払合意が成立したものと認めることはできない。他に寄託証券補償基金とB保全管理人との間で,利息の支払を黙示に合意したと認めるに足りる証拠はない。

3  準委任契約に基づく求償債権について

準委任契約に基づく求償債権(及び650条1項の利息債権)について検討する。本件において,丸荘証券(保全管理人)による顧客資産返還業務は,寄託証券補償基金が拠出した金員をもとになされていたものの,寄託証券補償基金が直接丸荘証券の顧客らに対して丸荘証券に代わって債務を履行していたわけではなく,丸荘証券(保全管理人)が寄託証券補償基金から借り入れた金員をもって,顧客に金銭債務を履行したり,有価証券を買い入れてこれを顧客に引き渡したりすることによって,丸荘証券の業務である顧客資産の返還業務を行っていたものである。寄託証券補償基金の役割は,あくまでも,丸荘証券に必要な金員を拠出することにあり,かつそれにとどまるものとみられる。そうすると,寄託証券補償基金の金員の拠出の事実は,単なる貸付けとみるのが素直であって,これをもって寄託証券補償基金が第三者弁済など他人のための事務を行ったとみるのは不自然である。したがって,丸荘証券からの顧客資産の返還のため可能な補償措置を講じてもらいたい旨の申入れを寄託証券補償基金が了承した事実をもって,両者間に準委任契約が締結されたものと評価することはできない。他に準委任契約を締結したとの事実を認めるに足りる証拠もない。寄託証券補償基金と丸荘証券(保全管理人)との間では,前記のとおり,消費貸借契約が成立していたと評価すべきであって,準委任契約が成立がしたものとみることはできない。

また,原告の主張する民法650条1項の利息は,原告の主張する準委任契約の成立を前提とするものであるから,準委任契約の成立が認められない本件においては,利息が発生したものとも認められない。

4  事務管理に基づく求償債権について

事務管理に基づく主張についても,前記のとおり,寄託証券補償基金と丸荘証券(保全管理人)との間には消費貸借契約が成立していたのであり,また寄託証券補償基金が第三者弁済など他人の事務を処理したと評価すべき事実は認められないから,事務管理も成立せず,事務管理の成立を前提とする有益費の返還請求権も認められない。

5  地位の承継

以上のとおり,寄託証券補償基金は丸荘証券に対し,消費貸借契約に基づき,101億1954万2522円の返還請求権を有していたところ,原告は当該権利を承継したものである。

第3結論

よって,原告の請求は,原告が破産者丸荘証券株式会社に対し,消費貸借契約に基づく貸付金債権101億1954万2522円を破産債権として有することの確定を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求については理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野山宏 裁判官 村田渉 裁判官 遠山敦士)

別紙

当事者目録

「第1事件」とは平成13年(ワ)第26407号破産債権確定請求事件をいう。

「第2事件」とは平成14年(ワ)第4766号破産債権確定請求事件をいう。

東京都中央区<以下省略>

原告 日本投資者保護基金

代表者理事長 A

訴訟代理人弁護士 岡田暢雄

同 今西一男

同 山本正

同 市村隆行

以下

第1事件被告 102名

第2事件被告 7名

被告ら訴訟代理人弁護士 田中清治

同 藤村眞知子

同 青木秀樹

同 井口多喜男

同 坂勇一郎

同 桜井健夫

同 佐藤淳

同 中野和子

同 花輪弘幸

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