東京地方裁判所 平成13年(ワ)3561号 判決 2002年7月29日
原告
株式会社X
右代表者代表取締役
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
濱邦久
同
松下照雄
同
田中宏
同
田代則春
被告
株式会社Y
右代表者代表取締役
乙川一郎
右訴訟代理人弁護士
倉田卓次
同
久保貢
同
山下丈
同
山下幸夫
主文
1 被告は、原告に対し、金一二九四万九二〇〇円及びこれに対する平成一二年五月一日から支払済みまで年六%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
被告は、原告に対し、金二億三六九六万七五二五円及びこれに対する平成一二年四月一日から支払済みまで年六%の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
被告は、原告に対し、金一億七八二〇万円及びこれに対する平成一二年四月一日から支払済みまで年六%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件事案の概要は次のとおりである。
原告は、平成二年八月一日、被告との間で、原告が開発、製造した判例、通達、判例批評・評釈や関係論文などをCD―ROMに収録したデータベース(商品名A、以下「A」という)に関する基本取引契約を締結した。原告と被告との間では、その後、平成三年八月から同一一年七月一五日までに、数回にわたって、前記基本取引契約の内容が変更された。
本件は、原告が、被告に対し、前記基本取引契約及びその後変更された平成八年の覚書、同一一年の定価改定の合意に基づき、Aの賃料ないし賃料相当損害金の支払を求めた事案である。また、原告は、被告が、前記基本取引契約解除後も、AのCD―ROMの一部を返還していないことを理由に、賃料ないし賃料相当損害金の支払を求めている。さらに、原告は、被告がZ(判例、解説、論文、図表約二四万件のデータをDVDに収録した判例データベース)を製造し、それまでAを使用していた顧客に対し、AからZに乗り換えさせたのは、原告が被告に対して有する賃料債権の積極的侵害に当たるなどと主張して損害賠償請求している。(主位的請求)
さらに、原告は、仮に、前記各主張が認められないとしても、原告と被告との間には、契約を解除するに当たって被告が原告に対し補償金を支払う旨の合意が成立していると主張し、補償金の支払を求めている。(予備的請求)
1 争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は、末尾に当該証拠等を掲記する)
(1) 当事者
ア 原告は、電子ファイリングシステム、コンピューターシステムを使用して内外の法律情報を販売する業務等を目的とする株式会社である。
イ 被告は、コンピューターソフトウェア製品の開発、製造、販売等を目的とする株式会社である。
(2) Aについて
AはA全判例必要全文CD―ROM(以下「必要全文ROM」という)、A全判例要旨CD―ROM(以下「要旨ROM」という)、A全判例必要全文CD―ROM(民・商事編、以下「民商ROM」という)などの種類に分かれている(乙8)。
(3) 事実経過の概要
ア 平成二年八月一日付基本取引契約(以下「本件契約」といい、本件契約内容が記載されている文書【甲1】を、以下「本件契約書」という)締結までの事実経過の概要
(ア) 原告は、平成元年四月までに、A第一版を開発、製造し、同月一日、株式会社C(以下「C」という)との間で、Aの総販売権に関する基本取引契約を締結し、Aの提供を開始した(乙29【一頁】、同42、弁論の全趣旨)。
(イ) 被告は、株式会社Dを通じて、Aの販売に携わっていたが、平成二年八月一日、原告との間で、Aの販売に関し、基本取引契約(以下「平成二年契約」という)を締結した。平成二年契約締結の際に用いられた基本取引契約書(甲34、以下「平成二年契約書」という)には、「原告は、被告に対し、Aの販売を委託し、被告はこれを受託する」との記載がある。(甲34、乙6、56【一頁】、被告代表者)
(ウ) 平成二年契約書では原告の経理処理上の不整合が生じたため、原告は、平成三年八月ころ、被告との間で、本件契約を締結し、本件契約書の作成日を平成二年八月一日とし、その効力を同日に遡らせることに合意した。本件契約書には、概要、次のような記載がある(甲1、乙35【三頁】、被告代表者【三九頁】、弁論の全趣旨)
a 原告は、被告に対し、Aの五年間の使用権を賃貸し、被告は賃借する(第一条)。
b 被告は、第三者であるユーザー(以下「顧客」という)に対し、Aの五年間の使用権について、レンタル、リース及び売買等を行う(第二条(1))。
c 被告の原告に対する代金の支払方法については、原則として、顧客毎に、その契約期間の賦払いとするが、状況に応じて双方協議のうえ適宜取り決める(第三条)。
d 被告は、毎月、原告に対し、売上報告書(支払一覧)を提出する(第四条(1))。
e 原告が被告に請求すべき月額賃貸料は、前記dの売上報告書(支払一覧)に基づく月額合計金額とする(第五条)。
f 原告は、被告の取得顧客に対して、顧客の契約期間中に限り、改訂版毎にAを無償交換提供する(第八条(1))。
g 本件契約の有効期間は五年間とする(第九条(1))
h 原告、被告のいずれか、もしくは双方が本件契約の解除を求めない限り、一年毎に自動更新をする(第九条(2))。
i 本件契約の解除後も、被告と顧客との最終契約日より五年間は、本件契約書記載の第二条を除く各条項は有効とする(第九条(3))。
(エ) 本件契約は、本件契約書九条(2)の規定に基づき、一年ごとに更新された(弁論の全趣旨)。
イ 原告によるA第一八版提供までの事実経過の概要
(ア) 原告は、平成四年四月一日、被告との間で、原告が被告に対し継続してAを販売すること、被告が原告に対し支払うAの代金は、被告の販売個数に関係なく一定の年間定額制とすること等を内容とする基本契約(以下「平成四年契約」という)を締結した(乙6、56【一頁】、被告代表者【二頁】)。
(イ) 原告は、平成八年九月三〇日、被告との間で、被告の原告に対するAの使用権の賃料(以下「本件賃料」という)について、平成四年契約によって定められた年間定額制から被告の契約件数に応じた月額従量制にすること、本件賃料については、原告、被告及びCとの間で別途取り交わす同日付覚書(以下「本件覚書」という)によること等の合意をした(以下「平成八年合意」といい、本件合意の際に用いられた文書を以下、「本件合意書」という、甲2、62、63、乙7、28【四頁】、被告代表者【四頁】)。
(ウ) 本件覚書には、①本件賃料は、平成八年一〇月より顧客に対する基準月額(定価)の六〇%とすること、②被告は、平成八年一一月末日(平成八年一〇月契約分)より、前記①の比率で作成した売上報告書を原告に提出し、その金額を毎月月末に支払うものとすること、③被告は、全国の法律事務所及び弁護士に対し、A及びその関連商品を独占的に販売すること(以下「本件独占販売契約」という)などが記載されていた(甲63)。
(エ) 被告のAに関する取引は、そのほとんどが、被告、顧客、株式会社E(以下「E」という)の三者間契約とされていた。すなわち、①被告は、Eとの間で、Aに関する使用権設定契約を締結し、これに基づき、被告は、Eから使用権設定代金を顧客との契約締結時に一括して受領し、②Eは、顧客との間で、Aの再使用権設定契約を締結し、顧客は、Eに対し、リース料金を月額で支払い、③被告は、顧客との間で、顧客がAを使用することについての使用許諾契約(以下「被告と顧客との間の契約」という)を締結するという形の三者間契約であった。なお、被告と顧客との間の契約期間は、そのほとんどが五年間とされていた。(甲22ないし24、乙45【四頁】、被告代表者)
(オ) 被告が獲得したAの新規契約者数は、平成元年及び同二年は各四五件、同三年は五四件、同四年は五六件、同五年は八二件、同六年は二〇五件、同七年は四五二件と増加していったが、同八年には三五一件、同九年は二六八年、同一〇年は二三四件と減少した(乙56)。
(カ) 原告は、平成一一年三月三一日、Cとの間で、Aの総販売権に関する基本取引契約を解約した(甲65ないし68、乙45【八頁】、被告代表者)。
(キ) 原告は、平成一一年七月一五日、被告との間で、必要全文ROM、要旨ROM、民商ROMの各基準月額(定価)について、平成一一年八月三一日入金分から一〇%減額するとの合意(以下「平成一一年合意」といい、本件契約、平成八年合意、本件覚書に基づく合意と併せて以下、「本件契約等」という)をした(甲4、32【二頁】、同72)。
(ク) 平成一一年合意により、被告が原告に対し支払うべき賃料額は、一件につき、必要全文ROMが一万六二〇〇円、要旨ROMが五四〇〇円、民商ROMが八一〇〇円となった(甲4、72、73【二頁】)。
(ケ) 被告は、株式会社Fと業務提携し、平成一一年一〇月一日、B(以下「B」という)の提供を開始した。これに対し、原告は、被告に対し、Bは、Aの競合商品に当たるとして、その販売に異議を述べた。(乙16、17、乙28【九頁】、被告代表者【六頁】、弁論の全趣旨)
(コ) 原告は、平成一一年一二月一日、被告に対し、顧客提供分として、必要全文ROM(第一八版)三六〇セット(セットとはCD―ROM二枚組のことをいう、以下同じ)、要旨ROM(第一八版)九五〇セット、民商ROM(第五版)五三〇枚の合計三一五〇枚を納品した(甲59、乙18、35【七頁】、被告代表者)。
ウ 本件契約の解除(以下「本件解除」という)までの事実経過の概要
(ア) 原告は、A**(公共的個人価格)版(以下「**版」という)を開発、製造し、平成一二年一月ころ、被告の顧客を含めた弁護士に対し、原告が**版を提供する旨の宣伝を開始した(乙19の1及び2、同21)。
(イ) 被告は、平成一二年一月一九日、原告に対し、原告が**版の販売を目的とした営業活動を行うことは、被告の有するAの独占販売権の侵害であり、**版の価格は、被告が扱うAと比べて安価であるから被告に対する営業妨害に当たるとして、原告による**版の販売行為及び営業活動の中止を求めた。しかし、原告は、平成一二年二月四日、週刊法律新聞に**版の広告を掲載するなどの営業活動を継続した。そのため、被告は、平成一二年三月二七日、原告に対し、本件独占販売契約を同月三一日付で合意解約するとの申し入れをし、本件独占販売契約は同日付で合意解約された。(甲32【三頁】、同36、38、乙20の1及び2、同21、32の1及び2)
(ウ) 原告は、平成一二年四月三日、Aの販売会社(以下「販社」という)に対し、「A更新版(第一九版)のお知らせ及びA必要枚数通知のお願い」と題する文書を送付した。前記文書には、被告が取り扱っていた二枚版のAの検索ソフトはバージョンアップの対象外であり、審級関係追跡機能、キーワード転記機能、詳細画面での文字列検索機能、付箋機能といった新機能を利用できないと記載されていた。(乙33)
(エ) 被告は、平成一二年四月、被告の関連会社である株式会社G(以下「G」という)が開発した「Z」(判例、解説、論文、図表約二四万件のデータをDVDに収録した判例データベース、以下「Z」という)の販売を決定し、同月二一日、被告を通じてAを使用していたすべての顧客に対し、Zを宅配便で送付した(乙28、51、被告代表者)。
(オ) 被告は、顧客にZを送付する際、「ごあいさつ」と題する文書及び受領書を添付した。「ごあいさつ」と題する文書には、①被告が、「Z・B」を完成させたこと、②これまでAを利用している顧客は、希望により追加料金の負担なくZに乗り換えることができること、③引き続きAの利用を希望する者は、被告宛FAX(<番号略>)で連絡されたいなどと記載がされていた。また、受領書には、①Y判例検索システムの提供データが、新・法律情報システム「Z」に変更したことを承諾し、本日確かに受領したこと、②お手数ですが、同封の返信用封筒にて旧CD―ROM(Aを指す)と一緒に返送されたいとの記載がされていた。
顧客から、被告に対し、受領書とAとが断続的に返送されてきたが、平成一二年四月末日を経過しても、Aの継続利用を希望する連絡は一つとしてなかった。(甲26、28、乙57、被告代表者【一五頁】、弁論の全趣旨)
(カ) そのため、被告は、平成一二年四月末日をもって、被告と顧客との間の契約がすべて解約されたと判断し、同年五月一五日、原告に対し、同年四月二〇日付売上報告書(以下「本件売上報告書」という)を送付し、必要全文ROM二一三件、要旨ROM七八二件、民商ROM二八七件の合計一二八二件の解約処理を求めたところ、原告は、被告と顧客との間の契約すべての解約の申出と理解した(甲20、32【三頁】、同37、乙59【一頁】、被告代表者、弁論の全趣旨)。
(キ) また、被告は、原告に対し、平成一二年五月八日付の「A必要枚数通知書」と題する文書で、被告が必要とするA第一九版(以下「第一九版ROM」という)の枚数は、必要全文ROM一〇〇枚、要旨ROM一〇〇枚、民商ROM一〇〇枚の合計三〇〇枚(以下「第一九版ROM三〇〇枚」という)であると連絡した(乙24、28【一七頁】、同35【七頁】、被告代表者)。
(ク) 原告は、平成一二年六月二二日、被告に対し、本件売上報告書の解約処理の連絡は、その件数が一時かつ多量であり、従前添付されていた内訳書も添付されていなかったため、原告としては、前記(カ)の解約処理には応じられないとして、平成一二年三月分までの賃料と同様の方式により算出した同年四月分、五月分の賃料の支払を求めた(甲37)。
(ケ) これに対し、被告は、平成一二年七月四日、原告に対し、①本件独占販売契約解約後、Zを並行して販売することにしたこと、②その結果、顧客のほとんどがAからZへ変更を希望したこと、③第一九版ROM三〇〇枚の使用料については、原告が被告に対し請求書を提出すればいつでも支払う用意があること、④七日以内に、第一九版ROM三〇〇枚の納品又は誠意ある回答がない場合には、第一九版ROM三〇〇枚についても解除することを通知した。ところが、原告は、被告に対し、第一九版ROMを納品しなかった。(甲38、乙35【一二頁】、同58、被告代表者、弁論の全趣旨)
(コ) 被告は、平成一二年七月七日、原告に対し、必要全文ROM(第一八版)二一三セット、要旨ROM(第一八版)七八二セット、民商ROM(第五版)二八七枚の合計二二七七枚を返却したが、現在まで、必要全文ROM(第一八版)一四七セット、要旨ROM(第一八版)一六八セット、民商ROM(第五版)二四三枚を返却していない(以下「本件未返還ROM」という、甲59、乙25の1及び2、同35【一六頁】、被告代表者)。
(サ) 原告は、平成一二年九月一日、被告に対し、A及びその関連商品に関する一切の契約関係を解除するとの意思表示をし、本件契約は解除された。なお、被告は、原告に対し、平成一二年四月以降の賃料等を一切支払っていない。(甲39、弁論の全趣旨)
2 主要な争点
(1) 本件契約等に基づく請求の当否
原告は、被告に対し、Aの賃料ないし賃料相当損害金(以下「賃料等」という)を請求することができるか。また、原告は、被告に対し、債務不履行に基づき損害賠償請求をすることができるか。
ア 契約責任その1―本件契約書第九条(3)に基づく請求―
【原告の主張】
本件契約書第九条(3)は、本件契約解除後、被告と顧客との最終契約日より五年間は、被告の顧客に対する新規販売に関する規定(本件契約書第二条)を除き、本件契約は有効に存続すると規定している。
原告は、平成一二年九月一日、被告との間で、本件契約を解除しているが、被告の原告に対する賃料等の支払義務は、本件契約書第九条(3)、同第三条ないし五条に基づき、被告と顧客との最終契約日より五年間は有効に存続している。
よって、被告は、顧客毎に五年間分の賃料相当額を算定し、原告に対し、同額の賃料等の支払義務を負っている。
【被告の主張】
被告の原告に対する賃料支払義務は、被告と顧客との間の契約が成立してはじめて発生し、被告と顧客との間で、同契約が解約されることにより当然に消滅する。そして、本件においては、被告と顧客との間の契約は、平成一二年四月末日までにすべて解約されている。
原告が本訴請求の根拠とする本件契約書第九条(3)は、被告と顧客との間の契約が存続していることを前提に、被告と顧客との最終契約日より五年間は、継続的供給契約における基本契約である本件契約の効力が存続することを規定しているにすぎない。
よって、被告は、原告に対し、本件契約書第九条(3)に基づき、賃料等の支払義務を負わない。
イ 契約責任その2―本件契約等に基づく請求―
【原告の主張】
(ア) 被告は、本件解除までは、顧客に対し、Aを提供し、顧客はAを使用していた。よって、被告は、原告に対し、本件契約等に基づき、平成一二年四月一日から同年八月三一日までの間のAの賃料の支払義務を負っている。
(イ) また、仮に、被告が主張するように、被告と顧客との契約が解除されていたとしても、被告は、顧客からAを回収したのであるから、被告がAを使用収益していたことは明らかである。以上によれば、被告は、原告に対し、本件契約等に基づき、Aの賃料等の支払義務を負っている。
(ウ) 平成一二年五月一五日にされた被告による本件売上報告書に基づく解約は、権利の濫用であり、信義誠実の原則に反する。また、本件契約等は継続的供給契約に当たるから、被告の主張の解約が認められるためには、取引関係を継続し難い不信行為の存在等やむを得ない事由が必要であるところ、そのような事由は一切存在しなかった。よって、被告の前記解約は無効であり、原告と被告との間には、本件解除がされた平成一二年九月一日まで本件契約は存続していたのであるから、被告は、原告に対し、Aの賃料等の支払義務を負っている。
【被告の主張】
(ア) 被告は平成一二年四月分以降の賃料支払義務を負わない。
被告の原告に対する賃料支払義務は、被告と顧客との間の契約が成立してはじめて発生し、被告と顧客との間で、同契約が解約されることにより当然に消滅する。そして、被告と顧客との間の契約は、前記アの【被告の主張】で述べたとおり、平成一二年四月末日までに、すでに解約されている。また、原告と被告との間では、長年の取引慣行として、被告の支払う賃料は、月単位で精算が行われており、被告と顧客との間の契約が月の途中で終了した場合には、被告が原告に対し支払う当該顧客分の賃料は終了した月の前月末日までとするとの取扱がされている。したがって、被告は、原告に対し、平成一二年四月分の賃料を支払う必要がない。
(イ) 予備的主張その1―平成一二年七月一一日以降の賃料等支払義務の不存在―
被告は、平成一二年七月三日付の内容証明郵便(同年七月四日到達)で、原告に対し、①顧客がZへの変更を希望し、Aの提供先がほとんどなくなったこと、②原告の経営危機への配慮から、必要全文ROM、要旨ROM、民商ROM各一〇〇件の合計三〇〇件を被告が利用料として受け入れることを決定したが、当該受入分については、提供先が決まっておらず、内訳書を添付できないこと、③七日以内に、最新版の納品ないし誠意ある回答がない場合には、前記②の三〇〇件分の受入れについても解除するとの通知をした。
ところが、原告は、前記文書到達後七日を経過しても、Aの最新版である第一九版三〇〇件分を納品せず、誠意ある回答もしなかった。よって、原告と被告との間のAに関する本件契約等は、平成一二年七月一一日をもって解除された。
よって、被告は、原告に対し、平成一二年七月一一日以降の賃料等の支払義務を負わない。
(ウ) 予備的主張その2―平成一二年八月一日以降の賃料等支払義務の不存在―
仮に、前記(イ)の解除の主張が認められないとしても、被告は、平成一二年七月三日付の内容証明郵便において、原告に対し、本件契約書第九条(2)に基づき、契約の解除を求めたものというべきである。
よって、本件契約等は、平成一二年七月三一日をもって、解除されており、被告は、原告に対し、同年八月一日以降の賃料等の支払義務を負っていない。
ウ 契約責任その3―未返還ROMがあることを理由とする賃料等請求―
【原告の主張】
被告は、原告に対し、必要全文ROM一四七セット、要旨ROM一六八セット、民商ROM二四三枚を返還していない。よって、被告は、本件未返還ROMについて、依然として、顧客に使用させる等して、被告が使用収益しているというべきである。以上によれば、被告は、原告に対し、平成一二年四月から同一三年一〇月までの本件未返還ROMの賃料等の支払義務を負っている。
【被告の主張】
(ア) 被告が原告に対し賃料支払義務を負うのは、Aの使用権につき、被告と顧客との間の契約が存続し、実際に顧客がAを使用している場合に限られている。したがって、被告が、本件未返還ROMを保管していることから、直ちに、原告に対する賃料等の支払義務は発生しない。
(イ) 原告と被告との間では、取引慣行として、旧版のAのCD―ROMは、被告が原告に代わって保管することとされていた。よって、本件未返還ROMに関し、被告は原告に対し賃料等の支払義務を負わない。
(ウ) また、原告が被告に対し交付した製品納付書によれば、A第一八版のCD―ROMの使用期間は次回更新時までと明記されている。よって、本件で問題とされている第一八版ROMは、遅くとも、第一九版ROMが他の販社に送付された平成一二年六月中旬ころまでには無価値になったというべきである。よって、少なくとも、被告は、平成一二年六月中旬以降、本件未返還ROMの賃料等の支払義務を負わない。
エ 契約責任その4―債務不履行に基づく損害賠償請求―
【原告の主張】
仮に、前記アの【原告の主張】の請求が認められないとしても、被告は、本件解除後、債務の本旨に従った履行をしていないから、民法四一五条の債務不履行に基づき、損害賠償義務を負う。
【被告の主張】
被告と顧客との間の契約は、平成一二年四月末日までにすべて解約されており、それに伴い、原告と被告との間の個別の賃貸借契約も当然に解約されている。よって、被告は、原告に対し、平成一二年四月一日以降の賃料支払義務を負わないから、被告は、原告に対し、債務不履行に基づく損害賠償義務を負わない。
(2) 原告は、被告に対し、賃料債権侵害を理由とする不法行為に基づき損害賠償請求することができるか。
【原告の主張】
被告は、顧客に対し、Zを宅配便で送付し、殊更にAの性能を低く記載した比較表を掲載したパンフレットをZと同封するなど、Zへの乗り換えを積極的に勧誘し、その結果、顧客との間でZに関する契約を締結した。このような被告の行為は、原告が被告に対して有する賃料債権の積極的侵害に当たる。よって、被告は、原告に対し、不法行為に基づき損害賠償義務を負う。
【被告の主張】
ア 原告の被告に対する賃料債権は、被告と顧客との間の契約に基づき、顧客がAを使用収益している場合にはじめて発生する。よって、本件では、被告と顧客との間の契約が有効に解約されているから、平成一二年四月分以降の被告の原告に対する賃料債権は発生していない。したがって、賃料債権が発生していない以上賃料債権の侵害はあり得ず、原告の主張は理由がない。
イ また、被告は、顧客に対し、Zの内容を説明した上で、Aと比較させ、ZとAのいずれを使用するかについて選択を求めた。結果として、すべての顧客が、Zを選択しているが、それは、Zの製品価値が顧客のニーズに合致していたからにほかならない。よって、被告によるZの勧誘行為が、原告の賃料債権を侵害したとはいえず、被告に不法行為責任はない。
(3) 被告は、原告との間の委託販売契約に基づき、原告に対して負う義務に違反したか。また、被告は、原告の代理商として原告に対して負う義務に違反したか。
【原告の主張】
本件契約の性質はAの委託販売である。そうだとすると、被告は、委託販売契約の本旨に従い、原告に対し、Aの拡販に努め、少なくとも一度成立した顧客との契約についてはこれを継続させ、管理する義務を負っていた。
また、被告は、原告の代理商に当たるというべきであるから、原告に対し、Aと競合する商品を製造、販売しないという競業避止義務を負っていた。
それにもかかわらず、被告は、前記各義務に違反し、原告に無断でAと競合するZを製造、販売している。よって、被告は、原告に対し、前記各義務違反に基づき、損害賠償義務を負う。
【被告の主張】
Aの販売形態や販売価格等は、本件契約書の条項等に基づき、被告が、すべて自己の裁量の下に決定している。また、被告と顧客とはAについて、使用許諾契約を締結していたのであるから、原告と被告との間の契約は委託販売契約ではなく、また、被告が原告の代理商ではないことは明白である。よって、原告の主張は、その主張の前提を欠き、理由がない。
(4) 原告は、被告に対し、補償金支払の合意に基づき、補償金請求できるか(予備的請求)。
【原告の主張】
被告は、原告に対し、継続的供給契約である本件契約を終了させるに当たり、補償金として、A三〇〇本分五年間の利用料を負担するとの申入れをした。よって、被告は、原告に対し、前記申入れに基づき、補償金一億七八二〇万円を支払う義務がある。
【被告の主張】
争う。
被告が原告に対し補償金の申入れをし、本件契約等の解除を求めた事実はない。
(5) 原告が被った損害額は幾らか(主位的請求関係)
【原告の主張】
原告が本件契約等に基づき被告に対し請求することができる平成一二年四月分から同年一二月分までの賃料等の額は一億一〇三八万六八〇〇円である。また、同様に、平成一三年一月から同一四年五月三〇日(口頭弁論終結日)までの間の賃料等は一億六八七七万四三〇〇円であるところ、その四分の一が解約されたとしても、一億二六五八万〇七二五円ということになる。そこで、原告が、被告に対し、請求することができるのは合計二億三六九六万七五二五円(一億一〇三八万六八〇〇円+一億二六五八万〇七二五円=二億三六九六万七五二五円)である。
【被告の主張】
争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件契約等に基づく請求の当否)について
(1) 契約責任その1―本件契約書第九条(3)に基づく請求について―
ア 前記争いのない事実等(3)ウ(サ)によれば、原告と被告との間で、平成一二年九月一日、本件契約が解除されたことが認められる。
原告は、本件契約書第九条(3)に基づき、被告は顧客との最終契約日より五年間、原告に対し、Aの賃料等の支払義務を負うと主張する。これに対し、被告は、本件契約書第九条(3)の規定は、被告と顧客との間の契約が存続していることを前提に、被告と顧客との間の契約が存続している限りにおいて、原告と被告との間の契約関係も存続することを定めているにすぎないとし、本件では、被告と顧客との間の契約が平成一二年四月末日までにすべて解約されているから、被告は、原告に対し、賃料等の支払義務を負わないと主張する。そこで、以下、原告と被告の主張のいずれが相当かについて検討することにする。
イ 前記争いのない事実等(3)ア(ウ)ⅰによれば、本件契約書第九条(3)には、「本件契約の解除後も、被告と顧客との最終契約日より五年間は、本件契約書記載の第二条を除く各条項は有効とする」との記載があることが認められ、一見すると、原告は、被告に対し、同条項に基づき、被告と顧客との最終契約日より五年間、Aの賃料を請求することができるようにもみえる。
しかし、前記争いのない事実等(3)ア(ウ)によれば、本件契約書には、本件契約書第九条(3)の他に、次のような記載があることが認められる。
(ア) 原告は、被告に対し、Aの五年間の使用権を賃貸し、被告は賃借する(第一条)。
(イ) 被告は、顧客に対し、Aの五年間の使用権について、レンタル、リース及び売買等を行う(第二条(1))。
(ウ) 被告は、毎月、原告に対し、売上報告書(支払一覧)を提出する(第四条(1))。
(エ) 原告が被告に請求すべき月額賃貸料は、前記(ウ)の売上報告書(支払一覧)に基づく月額合計金額とする(第五条)。
(オ) 原告は、被告の取得顧客に対して、顧客の契約期間中に限り、改訂版毎にAを無償交換提供する(第八条(1))。
ウ 以上の本件契約書の各条項と本件契約書第九条(3)を併せ検討すると、本件契約書第九条(3)の規定は、原告又は被告により本件契約が解除されたとしても、被告と顧客との間の契約は、本件契約書第二条(1)に基づき、被告と顧客との最終契約日より最大限五年間存続するから、原告は、その間、被告に対し、Aの改訂版を提供する義務を負い、他方、原告が、被告に対し、前記提供義務を履行した場合には、被告は、原告に対し、原告が提供した分のAの賃料支払義務を負うことを明らかにしたものと認めるのが相当である。したがって、被告と顧客との間の契約が解除され、原告が被告に対しAの改訂版の提供義務を果たしていない場合にまで、被告が、本件契約書第九条(3)に基づき、原告に対し、Aの賃料等を支払わなければならないという義務までは負っていないと解するのが相当である。
エ そして、本件では、後記(2)エで認定するとおり、被告と顧客との間の契約は、平成一二年四月末日をもって、すべて解約されており、しかも、前記争いのない事実等(3)ウ(ケ)によれば、原告は、被告に対し、第一九版ROMを提供していない。他方、前記争いのない事実等(3)ウ(ケ)によれば、被告は、原告に対し、第一九版ROMの納品を求めていることが認められるから、被告が第一九版ROMの受領を拒絶していたとは言い難く、本件全証拠を検討するも、被告が顧客等を通じて第一九版ROMを使用収益していたと認めるに足りる証拠は存在しない。そうだとすると、原告は、被告に対し、本件契約書第九条(3)に基づき、賃料等を請求することはできないものと認めるのが相当であり、この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
オ 小括
以上によれば、本件契約書第九条(3)に基づく原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
(2) 契約責任その2―本件契約等に基づく請求について―
ア 前記争いのない事実等(3)ウ(サ)によれば、被告は、原告に対し、平成一二年四月分以降の賃料を支払っていないことが認められる。
原告は、被告は本件契約が解除された平成一二年九月一日までは、A第一八版ROMを顧客に提供するなどして使用収益していたのであるから、本件契約等に基づき、原告に対し、平成一二年四月分から同年八月分までの賃料等の支払義務を負っていると主張する。そこで、以下、原告の主張の当否について検討する。
イ 前記争いのない事実等及び証拠(甲2、62、63、乙7)並びに弁論の全趣旨によれば、①原告と被告との間の本件契約は、Aの使用権の賃貸借であり、被告は、原告から賃貸を受けたAについて、顧客との間で、使用許諾契約を締結していたこと(争いのない事実等(3)ア(ウ)、同(3)イ(イ)、(エ)、②本件契約書第五条には、原告が被告に対し請求することのできる月額賃貸料は、被告が原告に対し提出する売上報告書に基づく月額合計金額とするとの記載があること(争いのない事実等(3)ア(ウ))、③本件合意書第六条には、原告は、Aの改訂版発行毎に、被告に対し、予め必要枚数を預託し、被告は売上報告書により、Aの使用状況を逐次原告に報告すると記載されていること(甲62、乙7)、④本件覚書第二条には、被告は、売上報告書を原告に提出し、その金額を毎月月末に原告に支払うと記載されていること(甲2、63)がそれぞれ認められる。
ウ 以上によれば、被告の原告に対する賃料支払債務は、被告が顧客に対し、Aを使用収益させるとの契約を締結することにより発生し、他方、被告と顧客との間の契約が解約や期間満了などの原因などにより終了することにより消滅すると解するのが相当であり、この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
エ そこで、以下、被告と顧客との間の契約が終了したのか、終了したとすればその時期はいつかということについて検討することにする。
前記争いのない事実等及び証拠(甲17ないし21、乙55、59、証人丙山、被告代表者)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告は、平成一一年一二月一日、被告によるAの必要枚数の通知に応じて、被告に対し、顧客用として、必要全文ROM(第一八版)三六〇セット、要旨ROM(第一八版)九五〇セット、民商ROM(第五版)五三〇枚の合計三一五〇枚を納品した(争いのない事実等(3)イ(コ))。
(イ) 被告は、本件使用許諾契約に基づき、顧客に対し、原告から受領した前記(ア)の必要全文ROM(第一八版)、要旨ROM(第一八版)、民商ROM(第五版)を交付した(弁論の全趣旨)。
(ウ) ところで、原告と被告との間では、被告の支払う賃料は、月単位で精算が行われており、被告と顧客との間の契約が月の途中で終了した場合には、被告が原告に対し支払う当該顧客分の賃料は終了した月の前月末日までとするとの取扱がされてきた。このような取扱に基づき、被告は、原告に対し、平成一二年一月分の原告に対する賃料支払分として一三六八万一七一〇円(必要全文ROM三一三件、要旨ROM九〇六件、民商ROM三八一件、累積合計一六〇〇件)、同年二月分のそれとして一三七四万九七五〇円(必要全文ROM三一一件、要旨ROM九〇六件、民商ROM三九三件、累積合計一六一〇件)、同年三月分のそれとして一三七九万七九四五円(必要全文ROM三一二件、要旨ROM九〇八件、民商ROM三九三件、累積合計一六一三件)であると報告し、これらの金額を支払い、このことについて、原告と被告との間には何らの紛争もなかった。(甲17ないし21、証人丙山、弁論の全趣旨)
(エ) 被告は、平成一二年四月、Zの販売を決定し、同月二一日、被告を通じてAを使用していたすべての顧客に対し、Zを宅配便で送付した。被告は、顧客にZを送付する際、「ごあいさつ」と題する文書及び受領書を添付した。「ごあいさつ」と題する文書には、①被告が「Z・B」を完成させたこと、②これまでAを利用している顧客は、希望により追加料金の負担なくZに乗り換えることができること、③引き続きAの利用を希望する者は、被告宛FAX(<番号略>)で連絡されたいなどと記載がされていた。また、受領書には、①Y判例検索システムの提供データが、新・法律情報システム「Z」に変更したことを承諾し、本日確かに受領したこと、②お手数ですが、同封の返信用封筒にて旧CD―ROM(Aを指す)と一緒に返送されたいとの記載がされていた。(争いのない事実等(3)ウ(エ)、(オ))
(オ) 顧客から、被告に対し、受領書とAとが断続的に返送されてきたが、平成一二年四月末日を経過しても、Aの継続利用を希望する連絡は一つとしてなかった。そのため、被告は、平成一二年四月末日をもって、被告と顧客との間の契約がすべて解約されたと判断し、同年五月一五日、原告に対し、本件売上報告書を送付し、同年四月末日で、必要全文ROM二一三件、要旨ROM七八二件、民商ROM二八七件の合計一二八二件の解約処理を求めたところ、原告は、一時かつ大量の解約処理の申出に、当該申出を被告と顧客との間の契約すべての解約の申出と理解した。(争いのない事実等(3)ウ(オ)、(カ)、弁論の全趣旨)
以上(ア)ないし(オ)の認定事実、就中、平成一二年四月末日を経過しても、Aの継続利用を希望する連絡は一つとしてなかったことなどに照らすと、被告と顧客との間の契約は、平成一二年四月末日にすべて解約されたと解するのが相当であり、この判断を覆すに足りる証拠はない。そうだとすると、原告の請求のうち、平成一二年五月分以降の賃料の支払を求める部分はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
オ 以上によれば、特段の事情がない限り、原告は、被告に対し、平成一二年四月分の賃料を請求できるところ、この点について、被告は、原告と被告との間では、被告の支払う賃料は、月単位で精算が行われており、被告と顧客との間の契約が月の途中で終了した場合には、被告が原告に対し支払う当該顧客分の賃料は終了した月の前月末日までとするとの取扱がされており、被告は平成一二年四月分の賃料を支払う必要がないと主張するので、この点について判断する。
確かに、前記エ(ウ)によれば、被告主張のような取扱がされていたことが認められる。しかし、弁論の全趣旨によれば、前記のような取扱は、原告と被告との間の取引が円満に行われており、しかも、中途解約契約件数が少ない場合だから認められてきた取扱であることが認められる。本件全証拠を検討するも、かかる取扱を決めた合意の見当たらない本件にあっては、被告と顧客との間の契約を全て解消する場面にまで前記取扱を当てはめることは困難であり、このような場合には、原則どおり、解約の効果は将来に向けて発生し、被告と顧客との間の契約が解約されていない以上、被告は原告に対し、本件契約等に基づき、賃料を支払う義務があるというべきである。
カ そこで、以下、被告が原告に対し支払わなければならない平成一二年四月分の賃料について判断することにする。
前記争いのない事実等(3)イ(ク)、前記エ(ウ)の事実及び証拠(甲19、20)によれば、次の事実が認められる。
(ア) 被告と顧客との間のAの契約件数は、平成一二年三月末日段階で、必要全文ROM三一二件、要旨ROM九〇八件、民商ROM三九三件、累積合計一六一三件であった。平成一二年四月末日段階では、必要全文ROMについては新規件数が一件、満期終了件数が一件であったために差引三一二件、要旨ROMについては新規件数が五件、満期終了件数が三〇件であったために差引八八三件、民商ROMについては新規件数が一件、満期終了件数が八件であったために、差引三八六件、累積合計一五八一件となった(前記エ(ウ)、甲19、20)。
(イ) 被告が、平成一二年四月末日段階で、原告に対し、支払うべき賃料額は、一件につき、必要全文ROMが一万六二〇〇円、要旨ROMが五四〇〇円、民商ROMが八一〇〇円であった(争いのない事実等(3)イ(ク))。
(ウ) 以上によれば、被告が、原告に対し、支払うべき平成一二年四月分の賃料は、一二九四万九二〇〇円(一万六二〇〇円×三一二+五四〇〇円×八八三+八一〇〇円×三八六=一二九四万九二〇〇円)となる。したがって、被告は、原告に対し、一二九四万九二〇〇円及びこれに対する賃料債務発生日の翌日である平成一二年五月一日から支払済みまで商事法定利率年六%の割合による遅延損害金の支払義務があるということになる。
キ 小括
以上によれば、原告の本件契約等に基づく請求は、被告に対し、一二九四万九二〇〇円及びこれに対する平成一二年五月一日から支払済みまで年六%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求部分は理由がないということになる。
(3) 契約責任その3―未返還ROMがあることを理由とする請求について―
ア 次に、原告は、被告が、必要全文ROM(第一八版)一四七セット、要旨ROM(第一八版)一六八セット、民商ROM(第五版)二四三枚を返還しておらず、これらの未返還ROMについて、依然として、被告の顧客に使用させる等して、被告が使用収益しているから、被告は、原告に対し、平成一二年四月から同一三年一〇月までのAの賃料ないし賃料相当損害金の支払義務を負うと主張する。そこで、以下、原告の主張の当否について検討する。
イ 前記争いのない事実等(3)ウ(コ)によれば、被告は、平成一二年七月七日、原告に対し、必要全文ROM(第一八版)二一三セット、要旨ROM(第一八版)七八二セット、民商ROM(第五版)二八七枚の合計二二七七枚を返却したものの、現在まで、必要全文ROM(第一八版)一四七セット、要旨ROM(第一八版)一六八セット、民商ROM(第五版)二四三枚を返却していないことが認められる。
しかし、前記(2)で判断したとおり、被告の原告に対する賃料支払債務は、被告が顧客に対し、Aを使用収益させるとの契約を締結することにより発生し、他方、被告と顧客との間の契約が解約や期間満了などの原因などにより終了することにより消滅するところ、被告と顧客との間の契約は平成一二年四月末日に全て解約されている。そうだとすると、被告において、平成一二年七月七日以降も、未返還のROM(第一八版等)を保管していることから、直ちに賃料支払義務が発生するということは困難である。また、原告は、被告が本件未返還ROMを顧客に使用させる等して使用収益していると主張するが、前記(2)エ(オ)認定のとおり、平成一二年四月末日を経過しても、顧客からAの継続利用を希望する連絡は一つとしてなかったこと等に照らすと、前記原告の主張を証するに足りる証拠は存在しないというべきである。
ウ のみならず、証拠(乙18、28、35、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、①原告から被告に対する製品納付書には、Aの使用期間は次回更新時までと明記されていること、②Aの第一九版は、平成一二年六月中旬頃までには、被告以外の販社には送付されていること、③Aの更新版が出た場合、旧版をわざわざ返還することは事務手続を煩雑にし、費用を嵩ませることから、これまでは使用済みのAは返還を要せず、被告において保管し、保管料を負担してきたこと、④原告は被告に対し本件未返還ROMの返還を求めた形跡が窺えないことが認められる。
以上によれば、本件未返還ROMは第一九版の更新版が出されたことにより平成一二年六月中旬以降は価値を失ったこと、Aの更新版(第一九版)が出た場合には旧版(第一八版)は被告において保管する取扱慣行であったこと等が認められ、これらの事実に照らすと、本件未返還ROMの存在を根拠に、賃料等を請求することは困難というべきである。
エ 小括
以上から明らかなとおり、本件未返還ROMを理由とする原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
(4) 契約責任その4―債務不履行に基づく損害賠償請求について―
ア さらに、原告は、被告が債務の本旨に従った履行をしていないことを理由に、被告には、原告に対する債務不履行があり、被告は、原告に対し平成一二年九月一日以降の原告の得べかりし利益に対する損害賠償責任を負うと主張するので、この点について判断する。
イ 原告は、「被告が債務の本旨に従った履行をしない」と抽象的に主張するだけであり、具体的に何が債務の本旨に従った履行をしていないのかという点について、主張が不明確(原告の平成一三年一一月一三日付準備書面三頁二行目、同一四年五月三〇日付準備書面八頁)であり、主張自体失当といえなくもない。
ウ 本件契約から考えられる被告の債務としては、一応、賃料支払義務、解除後のAの返還義務、Aと競合する商品を取り扱わない義務、顧客との契約を継続させ管理する義務などが考えられるが、これらの当否については、賃料支払義務については前記(1)、(2)で、解除後のAの返還義務については前記(3)で、競合商品を取り扱わない義務については、後記2、3(2)で、顧客との契約を継続させ管理する義務については後記3(1)でそれぞれ検討しているところであり、本項で判断することは重複判断であり、意味がない。そして、前記掲記の義務以外に、「被告の債務の本旨に従った不履行」内容を観念することができない本件にあっては、原告の本件債務不履行の主張は、理由がないというほかない。
エ 小括
以上によれば、被告に債務不履行があることを理由とする原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
2 争点(2)(不法行為に基づく請求の当否)について
(1) 原告は、被告が顧客に対し、Aの競合商品に当たるZを勧誘、販売したこと(以下「本件勧誘行為」という)は、原告が被告に対して有する賃料債権の積極的侵害に当たり、被告は、原告に対し、不法行為に基づき損害賠償責任を負うと主張するので、この点について判断することにする。
(2) 本件勧誘行為が原告に対する不法行為に当たるというためには、被告の本件勧誘行為が取引における公正かつ自由な競争として許される範囲を著しく逸脱していること、すなわち、違法性を具備していることが必要であると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、確かに、証拠(甲26ないし29、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、①被告は、顧客に対し、Zを実際に送付し、Aとの選択を求めていること、②被告がZに添付したパンフレットには、Aを従来品とし、Zを新製品とした比較表(以下「本件比較表」という)が掲載されていること、③被告は、顧客に対し、被告が提供するデータをZに変更することに関する承諾書をZと同封していることが認められ、以上のような被告の勧誘方法は、およそ一か月前まで、原告との間でAの独占販売契約を締結し、Aの普及に努めていた者の行為としては若干行き過ぎの印象を免れない面があることが認められる。
しかし、証拠(甲26、乙57)及び弁論の全趣旨によれば、①本件比較表の内容に虚偽の記載はないこと、②被告が顧客に送付した文書(甲26、乙57)には、Zについて「独自新開発」等の記載があり、被告が、殊更、ZをAの改訂版だとして乗り換えを勧めたとまではいえないこと、③被告は、顧客に対し、引き続きAを利用することも可能であることを明示していることが認められる。また、証拠(乙28【二、七頁】、同29【三頁】、同35【七頁】、同44の1ないし8、同56、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、CD―ROMによって提供される判例データベースとしては、Aのほかに、「判例体系CD―ROM」(第一法規出版株式会社)、「判例マスター」(新日本法規出版株式会社)などがあるところ、Aの競争力は、これら競合商品の出現により低下しており、顧客からの中途解約も少なからず発生していたから、被告には、A以外のデータベースを販売する必要があったことが認められる。さらに、証拠(甲27、43、乙28【一二頁】、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、①Zの収録データ件数は、約二四万件であるのに対し、Aは約一四万件にすぎないこと、②Zは全文フルテキスト検索が可能であり、情報追跡機能も付いていたことなどが認められ、かかる事実に照らすと、顧客は、AとZを比較した上、自已の意思でZを選択したものと推認することが可能である。
以上の認定によれば、被告が顧客に対しZを勧誘、販売したことをもって、取引における公正かつ自由な競争として許される範囲を著しく逸脱したとまではいうことは困難である。
(3) 小括
以上の検討結果から明らかなとおり、被告によるZの販売行為が原告が被告に対して有する賃料債権の積極的侵害に当たると認めるのは困難であり、他にこの判断を左右するに足りる証拠は存在しない。よって、原告の不法行為に基づく請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
3 争点(4)(委託販売契約・代理商に基づく請求の当否)について
(1) 委託販売契約に基づく損害賠償請求について
ア 原告は、被告には、原告との間で締結した委託販売契約の本旨に従い、Aの拡販に努め、また、少なくとも一度成立した顧客との契約については、これを継続させ管理する義務を負っていたと主張し、原告と被告との間に委託販売契約が成立していたことを証する証拠として平成二年契約書(甲34)を挙げる。そこで以下、原告の主張の当否について検討する。
イ 前記争いのない事実等及び証拠(甲2、62、63、乙7、35、被告代表者)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 被告は、平成二年八月一日、原告との間で、Aの販売に関し、平成二年契約を締結した。平成二年契約書には、「原告は、被告に対し、Aの販売を委託し、被告はこれを受託する」との記載がある(争いのない事実等(3)ア(イ))。
(イ) 平成二年契約には、原告の経理処理上の不整合があったため、原告は、平成三年八月ころ、被告との間で、本件契約を締結し、本件契約書の作成日を平成二年八月一日とし、その効力を同日に遡らせることに合意した。本件契約書には、「原告は、被告に対し、Aの五年間の使用権を賃貸し、被告は賃借する」、「被告は、顧客に対し、Aの五年間の使用権について、レンタル、リース及び売買等を行う」などの記載がある。(争いのない事実等(3)ア(ウ)、乙35【三頁】、被告代表者【三九、四〇頁】)
(ウ) 原告は、平成四年四月一日、被告との間で、被告の原告に対するAの代金支払方法について、従前の従量制から年間定額制に変更すること等を内容とする平成四年契約を締結した(争いのない事実等(3)イ(ア))。
(エ) 原告は、平成八年九月三〇日、被告、Cとの間で、本件賃料について、年間定額制を廃止して契約件数に応じた従量制に変更すること等を内容とする合意をした。その際、本件合意書及び本件覚書には、概要、次のような記載がある。(争いのない事実等(3)イ(イ)、(ウ)、同2、62、63、乙7)
a 被告の原告に対するAの使用権の賃料は、これまでの年間定額制を廃止し、被告の契約件数に応じた従量制とする(本件合意書第一条)。
b 被告は、原告に対し、毎月二〇日までに前月分の売上報告書を提出し、その金額を当月末日に支払う(本件合意書第二条)。
c 原告は、Aの改訂版を年二回の割合で発行し、発行毎に予め、被告の必要枚数を預託し、被告は売上報告書をもって、その使用状況を逐次原告に報告する(本件合意書第六条)。
d 原告の被告に対するAの使用権の賃料は、平成八年一〇月一日より、顧客に対する基準月額の六〇%とする(本件覚書第一条)。
e 被告は、平成八年一一月末日(平成八年一〇月契約分)より、前記dの比率で作成した売上報告書を原告に提出し、その金額を毎月月末に原告に支払うものとする(本件覚書第二条)。
ウ 以上の認定事実に照らすと、原告と被告との間では、Aに関する取引について、Aの使用権の賃貸借との意思の合致があり、平成二年契約は、本件契約締結により変更されたものと認めるのが相当であり、他に、本件全証拠を検討するも、本件契約成立以降、原告と被告との間のAに関する契約が委託販売契約に変更されたと認めるに足りる証拠は存在しない。
エ 小括
以上によれば、原告と被告との間に委託販売契約が締結されていることを理由とする原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
(2) 代理商に基づく請求について
ア さらに、原告は、被告は原告の代理商として、Aと競合する商品を製造、販売しないという競業避止義務を負っていたところ、被告は、原告に無断でAと競合するZを製造販売しているから、被告は、原告に対し、損害賠償義務を負うと主張する。そこで、以下、原告の主張の当否について検討する。
イ 代理商とは、一定の商人と代理商契約を締結し、継続してその商人のために営業の部類に属する取引の代理又は媒介をなす者をいう(商法四六条)。
これを本件についてみるに、前記(1)で認定したとおり、本件契約の性質が委託販売であると認めるに足りる証拠はない。のみならず、前記争いのない事実等及び証拠(甲1、乙35、被告代表者)並びに弁論の全趣旨によれば、①本件契約書第二条には、Aの使用権の販売方法及び代金回収の方法に関しては、すべて被告の責任において行い、原告は販売に関する責任を負わず、Aの使用権の販売に必要な経費はすべて被告の負担とするとの規定があること(甲1)、②原告は、被告に対し、報酬や販売手数料を支払ったことはないこと(乙35【六頁】、被告代表者)が認められる。そうだとすると、被告は、顧客との間で、自己のために取引していたものと認めるのが相当であり、他に、原告が被告との間で、代理商契約を締結したと認めるに足りる証拠は存在しない。
ウ 小括
以上によれば、被告が原告の代理商であることを前提とする原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
4 争点(5)(補償金支払の合意に基づく請求の当否)について
(1) 原告は、原告と被告との間には、本件契約を終了することに関し、被告が原告に対しA三〇〇本分につき五年分の利用料を負担する内容の合意が成立していると主張する。そこで以下、原告の主張の当否について検討する。
(2) 証拠(甲20、38、乙35【一二頁】、同58、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告は、平成一二年五月一五日、原告に対し、本件売上報告書を送付し、要旨ROM七八二件、必要全文ROM二一三件、民商ROM二八七件の解約処理を求めた。本件売上報告書には、累積件数として、要旨ROM一〇〇件、必要全文ROM一〇〇件、民商ROM一〇〇件との記載がある(争いのない事実等(3)ウ(カ)、甲20)。
イ 被告は、原告に対し、平成一二年五月八日付の「A必要枚数通知書」と題する文書で、Aの更新版の必要枚数について必要全文ROM一〇〇枚、要旨ROM一〇〇枚、民商ROM一〇〇枚の合計三〇〇枚であると連絡した(争いのない事実等(3)ウ(キ))。
ウ 被告は、平成一二年七月三日付の内容証明郵便(七月四日到達)で、原告に対し、①本件独占販売契約解約後、Zを並行して販売することにしたところ、顧客のうち、Aを引き続き使用したいと申し出た者は一人もいなかったこと、②被告としては、Aの経営危機に繋がらないよう考慮したいとの思いから、要旨ROM一〇〇枚、必要全文ROM一〇〇枚、民商ROM一〇〇枚の合計三〇〇枚の受入れを決定したこと、③被告は、原告から前記②の三〇〇枚に相当する使用料に関する請求書を受領すれば、いつでも支払う予定であるが、現在まで原告から請求書の交付を受けていないこと、④七日以内にA第一九版の納品又は誠意ある回答がない場合には、前記三〇〇枚分についても解除することを通知した(争いのない事実等(3)ウ(ケ))。
エ 被告は、平成一二年七月七日、原告に対し、必要全文ROM二一三セット、要旨ROM七八二セット、民商ROM二八七枚の合計二二七七枚のCD―ROMを返却した(争いのない事実等(3)ウ(コ))。
オ 原告は、被告に対し、現在に至るまで、A第一九版を納品していない(争いのない事実等(3)ウ(ケ)、弁論の全趣旨)。
(3) 以上によれば、確かに、被告は、原告に対し、必要全文ROM一〇〇枚、要旨ROM一〇〇枚、民商ROM一〇〇枚の受入れを申し入れたことが認められるが、原告は、被告の前記申入れに応じて第一九版ROM三〇〇枚を納品しておらず、そうだとすると、原告と被告との間で補償金支払の合意が成立したと認めるのは困難である。よって、この点に関する原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
5 結論
以上検討したとおり、原告の本訴請求は、主位的請求のうち一二九四万九二〇〇円及びこれに対する平成一二年五月一日から支払済みまで年六%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することにする。
(裁判長裁判官・難波孝一、裁判官・三浦隆志 裁判官・富澤賢一郎は海外留学のため署名押印することができない。裁判長裁判官・難波孝一)