東京地方裁判所 平成13年(ワ)4007号 判決 2002年1月16日
原告
新井順子
被告
新興重機株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金四〇〇八万〇八六七円及びこれに対する平成八年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自六九五二万〇四四九円及びこれに対する平成八年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故で負傷した原告が、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、被告らに対し損害賠償を請求している事案であり、争点は損害額である。
一 争いのない事実
(1) 本件事故の発生
ア 日時 平成八年八月二〇日 午後二時一五分ころ
イ 場所 岐阜県大野郡宮村七五三〇番地の四先 国道四一号線上
ウ 原告車両 原告が乗車し、成田和己が運転する大型乗用自動車(観光バス)
エ 被告車両 被告新興重機株式会社(以下「被告会社」という。)が保有し、被告尾﨑こと加野富三(以下「被告加野」という。)が運転する大型貨物自動車(飛騨一一あ五六)
オ 事故態様 被告加野は、被告車両の荷台に最大積載量を大きく越える鋼材一四本(重量合計一万七五六五kg)を積載し、同車両を運転して左方に大きく湾曲する急な下り坂を進行するに当たり、同車両を右方に傾斜させて対向車線上に進出させ、対向してきた原告車両の右側部に鋼材を衝突させた。
(2) 責任原因
ア 被告加野は、被告車両が車体の安定を失うことなく、安全に進行できるよう予め減速し、速度を調節して車体の安定を図りながら進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、予め減速することなく漫然時速約四〇kmのまま進行した過失により本件事故を発生させたものであり、民法七〇九条により、原告に対して損害賠償責任を負う。
イ 被告会社は、自己のために被告車両を運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告に対して損害賠償責任を負う。
(3) 傷害の内容及び治療経過
ア 原告は、本件事故により右上腕切断等の傷害を受け、その後右肩拘縮・周囲炎、右上肢血行障害、外傷性鬱病等に罹患した。
イ 原告は、平成八年八月二〇日から同年九月三日まで綜合病院高山赤十字病院に、同日から同年一二月二九日まで関東中央病院にそれぞれ入院し、同月三〇日から平成一二年七月三一日まで同病院に、平成一一年九月から平成一二年五月まで慶応病院にそれぞれ通院した。
ウ 原告は、右上肢を肘関節で失い、肩拘縮・周囲炎に伴う右肩関節の機能障害、外傷性抑鬱神経病等の後遺症が残り、平成一二年七月三一日に症状固定し、後遺障害別等級表四級相当と認定された。
二 争点(損害額)
(原告の主張)
<1> 付添看護費 四八九万四二四九円
求職中であった原告の長女が、入院中は医師の指示で、その後は原告の症状がひどく自宅又は通院に付き添わざるを得ず、就職することができなくなった。
三九一万五四〇〇円(平成一一年センサス大卒女子二五~二九歳)÷一二×一五月
<2> 入院雑費 一九万九五〇〇円
一五〇〇円×一三三日
<3> 医師謝礼 一〇万円
関東中央病院の鈴木医師に一〇万円の謝礼をした。
<4> 装具維持管理費 一五〇万円
原告は、義手を使用してリハビリ通院中だが、義手は体の老化や使用状況に応じて再調整又は新規購入の必要性があり、その費用は三年に一回程度が相当である。
三〇万円×五回
<5> 家電製品の購入費 三〇万円
原告は右上腕を失ったため家事ができなくなり、乾燥機付き洗濯機と食器洗い機の購入が必要であり、あわせて三〇万円が相当である。
<6> 休業損害 一三八一万四〇〇〇円
原告は、受傷後家事労働もままならず、専業主婦として少なくとも次の損害を補償すべきである。
三四五万三五〇〇円(平成一一年センサス女子平均年収)×四年
<7> 逸失利益 三〇二五万二六六〇円
原告は、本件事故当時専業主婦であったが、編み物の仕事を長くしており仕事に復帰するつもりでいた。実収入はなかったので女子平均賃金を基礎として、症状固定時の五九歳から七〇歳まで就労可能年数を一一年とする。現状の経済事情から中間利息の控除は年四%とすべきである。また、原告は、外傷性鬱病の症状がひどく、神経症状として一二級、併合三級が相当であり、家事は全くできず、編み物の編み手としても労働能力は一〇〇%喪失している。
三四五万三五〇〇円×八・七六〇(ライプニッツ係数)
<8> 慰謝料 三一〇〇万円
ア 傷害慰謝料 六〇〇万円
本件事故は、友人とのバス旅行の帰路で発生した突然の事故であり、自分の右腕が飛んでいくのが見えたという極めて悲惨な事故である。原告は、事故直後から、右肩に残った腕の痛みと共に失った右腕幻肢痛が始まり、リハビリの痛みに耐え、入院は四か月通院は四年にも及んだ。また、外傷性鬱病が発病し、原告の精神的負担は多大なものである。
イ 後遺症慰謝料 二五〇〇万円
原告は、右腕を失ったことで編み物ができなくなってしまい、趣味のゴルフもできなくなり、友人も失い、日常生活での不便も計り知れず、自殺願望から逃れることができない。
<9> 既払金(自賠責保険金) 一八八六万円
<10> 弁護士費用 六三二万〇〇四〇円
弁護士費用は請求額の一〇%が相当である。
(被告らの主張)
<1> 平成八年九月三日から平成九年一〇月一八日まで四一一日間付添いを要したとしても、四一一日のうち入院は一三二日であり、通院期間中は常時付添いを要したものとは考えられず、付添人は付添中何もできなかったとも考えられないこと、平成九年一月から平成一二年七月まで狛江市社会福祉協議会から週二回ヘルパーの派遣があり、被告らはその費用として九二万七〇〇〇円を支払ったこと、その他付添関係費として上記ヘルパー代を含め合計一三〇万七〇七九円を支払ったことなどを考慮すれば、日額五〇〇〇円が相当である。
<2> 入通院雑費として四〇万二九〇六円が既払である。
<4> 過去四回の費用を平均すると二九万一二四〇円であるから、今後五回の管理費等を中間利息を控除して積算すると、九五万八八七八円となる。
<5> 被告らは、食器洗い機の購入を認めたが、新価は九万二四〇〇円である。電気洗濯機代を認める相当性はない。
<6> 日額五五〇〇円を基礎とすべきである。仮に、原告主張の日額九四六二円を基礎とするならば、平成八年一二月二九日から平成九年一〇月一八日までは長女が付き添っており家事のほとんどを負担していたと思われること、前記<1>のとおり同年一月から平成一二年七月までヘルパーの派遣を受け、平成一〇年六、七月は私的なヘルパーを利用したこと、原告もある程度の家事は可能であったと思われることなどから、日額の六〇%を基礎とすべきである。
<7> 平成一一年センサス女子学歴計五五~五九歳、六〇~六四歳、六五歳以上の各年収の合計の三分の一である三一〇万八一〇〇円を基礎とし、七〇歳まで一一年、年五%のライプニッツ係数によるべきである。原告は、家事労働の二〇%程度は稼働可能と思われるから、喪失率は八〇%とすべきである。
<8> 外傷性の抑鬱神経症は一四級一〇号に該当するが、四級相当とする後遺障害等級に含まれるものであるから、同症状を理由に慰謝料を加算すべき相当性はない。
<9> 既払金 合計 二一七八万八九七三円
ア 治療費名目の損害内金 九万二四六七円
イ 入通院雑費名目の損害内金 四〇万二九〇六円
ウ 休業損害名目の損害内金 二四三万三六〇〇円
エ 自賠責保険金 一八八六万円
第三争点(損害額)に対する判断
一 付添看護費 二二五万九〇〇〇円
証拠(甲九、一五ないし二二、乙一の一)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故で右上肢を切断し、退院後も平成九年一〇月一八日まで付添看護を要する状態であり、長女が婚姻して渡米するまで付添看護をしたこと、被告らは、同年一月から平成一二年七月まで週二回のヘルパーの代金九二万七〇〇〇円を負担したことが認められ、近親者の付添費としては、平成八年八月二〇日から同年一二月末日までの一三四日間は一日につき六〇〇〇円、平成九年一月から同年一〇月一八日までの二九一日間は一日につき五〇〇〇円が相当である。
六〇〇〇円×一三四日=八〇万四〇〇〇円
五〇〇〇円×二九一日=一四五万五〇〇〇円
二 入院雑費 一七万一六〇〇円
入院日数一三二日につき一日当たり一三〇〇円が相当である。
三 医師謝礼 一〇万円
原告の傷害内容、治療経過等を考慮すると、上記謝礼は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
四 装具維持管理費 九五万八八七八円
証拠(乙一の一)及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成一二年八月までに四回にわたり要した装具費・義手の平均額は二九万一二四〇円であり、三年に一回の割合で五回交換を要することが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。そこで、その費用につき中間利息をライプニッツ方式により控除すると、次のとおり上記金額となる(円未満切捨て)。
二九万一二四〇円×三・二九二四
五 家電製品の購入費 二五万円
原告の後遺症の内容からすれば、家事労働に乾燥機付き洗濯機と食器洗い機は必要であるものと認められ、原告はその価額を立証しないが、上記金額を相当と認める。
六 休業損害 一二六八万一四四一円
原告(昭和一六年七月四日生。事故時五五歳)は本件事故当時、専業主婦であったこと、本件事故により右上肢を肘関節以上で失い、その後外傷性鬱病に罹患し、平成一二年七月三一日に症状固定したことは当事者間に争いがなく、被告らがヘルパーの費用を一部負担したこと(甲一、乙一の一)などを勘案すると、家事労働ができなかった割合は、平成八年八月二〇日から平成九年一〇月一八日までの四二五日間は一〇〇%、同月一九日から平成一二年七月三一日までの一〇一七日間は九〇%とみるのが相当であり、賃金センサス平成一一年女子労働者学歴計全年齢平均賃金三四五万三五〇〇円を基礎に休業損害を算定すると、次のとおり上記金額となる(円未満切捨て)。
三四五万三五〇〇円÷三六五日×(四二五日+一〇一七日×〇・九)
七 逸失利益 二二九四万八九二一円
原告は、症状固定時五九歳の主婦であり、その後遺症の内容、程度、前記家電製品の購入等を総合考慮すると、原告は、症状固定日から一一年間その家事労働能力を八〇%喪失したものと認めるのが相当である。原告が編み物の編み手として稼働する旨の主張については、これを認めるに足りる証拠がない。そこで、前記平均賃金を基礎としてライプニッツ方式によって年五%の割合で中間利息を控除すると、逸失利益の本件事故時の現価は上記金額となる(円未満切捨て)。原告は、中間利息の控除割合を年四%にすべきであると主張するが、現行法は、将来の請求権の現価評価に当たっては、法的安定及び統一的処理の見地から一律に法定利率により中間利息の控除をすることを予定しているものと考えられ、中間利息の控除も民事法定利率である年五%によることが相当であり、上記主張は採用することができない。
三四五万三五〇〇円×〇・八×八・三〇六四
八 慰謝料 一九五〇万円
(1) 傷害慰謝料 三五〇万円
原告の傷害の部位、程度、入通院期間、事故態様等に照らすと、傷害慰謝料は上記金額が相当である。
(2) 後遺症慰謝料 一六〇〇万円
原告の後遺症の部位、程度、内容、事故態様等に照らすと、後遺症慰謝料は上記金額が相当である。
九 小計 五八八六万九八四〇円
一〇 損害の填補
証拠(乙一の一・二、二)及び弁論の全趣旨によれば、既払金は二一七八万八九七三円であると認められるから、残損害額は三七〇八万〇八六七円となる。
一一 弁護士費用
本件事案の難易、審理の経緯、請求額、認容額、その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、三〇〇万円とするのが相当である。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自四〇〇八万〇八六七円及びこれに対する不法行為の日である平成八年八月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却する。
(裁判官 鈴木順子)