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東京地方裁判所 平成13年(ワ)4887号 判決 2001年5月31日

原告 崔泰源

参加人(乙事件) 李栄彦

他1名

上記三名訴訟代理人弁護士 和久田修

同 國廣正

同 寒竹里江

同 五味祐子

参加人(丙事件) 東京商銀信用組合

代表者金融整理管財人 伊澤辰雄

同 小松勉

訴訟代理人弁護士 塚田裕二

同 三輪拓也

同 小山達也

同 鈴木周

同 竹田吉孝

被告 金聖中

訴訟代理人弁護士 河鰭誠貴

同 三村祐一

同 水野理夫

被告(甲・乙事件選定当事者) 阿施光浩

訴訟代理人弁護士 武藤春光

同 新明一郎

被告選定者(甲・乙事件) 兪順伊

他4名

主文

被告金聖中及び被告阿施光浩は、参加人東京商銀信用組合に対し、連帯して五億円及びこれに対する被告金聖中については平成七年五月二六日から、被告阿施光浩については平成七年五月二四日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告崔泰源の訴え並びに参加人李栄彦及び参加人高山光雄の参加の申出をいずれも却下する。

訴訟費用は被告金聖中及び被告阿施光浩の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(原告崔泰源、参加人李栄彦及び参加人高山光雄の請求の趣旨)

一  被告金聖中は、東京商銀信用組合に対して、六九億九四七一万三〇〇〇円及びこれに対する平成七年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  東京商銀信用組合に対して、被告選定者兪順尹は一六億一四一六万四五三八円及びこれに対する平成七年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員、被告選定当事者阿施光浩、被告選定者許寧太、被告選定者許行子、被告選定者許二行、被告選定者許正見は、各自一〇億七六一〇万九六九二円及びこれに対する平成七年五月二四日(ただし被告選定者許正見については平成七年六月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(参加人東京商銀信用組合の請求の趣旨)

主文第一項と同じ。

第二事案の概要

本件は、中小企業等協同組合法に基づき設立された信用協同組合である参加人東京商銀信用組合が松本祐商事株式会社及びそのグループ会社(シティリース株式会社、株式会社フェニックス、日本ゴルフ信販株式会社)に対してした融資によって東京商銀が損害を被り、それが東京商銀の当時の理事で融資を担当した本店長であった被告金聖中及び当時の代表理事であった許弼file_7.jpgの忠実義務違反によるものであるとして、中小企業等協同組合法四二条によって準用される商法二六七条に基づく組合員の代表訴訟により、原告崔泰源が被告金聖中と許弼file_8.jpgの相続人であるそのほかの被告に対し、東京商銀の損害額六九億九四七一万三〇〇〇円(相続人についてはそれぞれの相続分相当額)とこれに対する訴状送達の翌日からの民法所定年五分の割合による遅延損害金について東京商銀に対する損害賠償を請求し(甲事件)、その訴訟に対し、中小企業等協同組合法四二条によって準用される商法二六八条二項に基づき、参加人李栄彦及び参加人高山光雄が同じ請求をするために組合員として参加し(乙事件)、さらに東京商銀が被告金聖中及び許弼file_9.jpgの相続人の一人である被告阿施光浩に対し、損害のうち五億円とこれに対する訴状送達の翌日から民法所定年五分の割合による遅延損害金について損害賠償を求める限度で参加(丙事件)した事件である。なお、東京商銀に対しては、平成一二年一二月一六日、金融再生委員会が、金融機能の再生のための緊急措置に関する法律八条一項に基づき金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分をし、伊澤辰雄及び小松勉が金融整理管財人に選任されている。

第三当事者の主張

一  原告及び参加人らの主張

東京商銀信用組合は、昭和六三年から平成五年にかけて、東京商銀の理事である李承魯が代表取締役となっている松本祐商事株式会社とそのグループ会社(シティリース株式会社、株式会社フェニックス、日本ゴルフ信販株式会社)に対して行って回収不能となった融資額相当の六九億九四七一万三〇〇〇円の損害を被り、この融資の直接の責任者は、当時の本店の店長であり、かつ、理事であった被告金聖中であり、これを積極的に承認したのが、当時の代表理事であった許弼file_10.jpgであった。

被告金聖中は、昭和六三年一月七日に東京商銀の本店長に就任しているが、被告金聖中が本店長に就任するまでは、東京商銀の松本祐商事グループに対する融資は、その合計額において若干の法定限度額超過が認められたものの、それらは全て定期預金ないし差し入れられていた有価証券によって担保されていた。ところが、被告金聖中が本店長に就任して以来、その融資額は急激に膨張し、それとともに無担保部分もまた急激に増加していった。被告金聖中が本店長に就任した後に東京商銀が松本祐商事グループに対して行った融資(以下「本件各融資」という。)は、松本祐商事関連グループ総与信取引推移表(別紙一)のとおりである。被告金聖中と許弼file_11.jpgが行った東京商銀からの松本祐商事グループに対する融資の実態は、それまで有価証券や不動産を担保として保全されていた債権を一時的に返済させることによって、これらの担保を解除した後すぐに返済額と同額かこれを上回る無担保融資をなし、さらなる融資を起こす場合には、有価証券を担保に差し入れさせ、これを再び返済させた上、無担保融資を行う、というものであった。被告金聖中と許弼file_12.jpgは、これらを繰り返した結果、東京商銀の松本祐商事グループに対する総与信額(手形割引、手形貸付、証書貸付を合計した債権額)、純債額(総与信から担保預金を差し引いた債権額)、保全不足額(純債額から総担保額を差し引いた債権額)のいずれをも増大させ、平成七年四月一三日時点において約七〇億円という莫大な損害を東京商銀に与えたものである。被告金聖中が本店長に就任した昭和六三年一月時点においては、東京商銀の松本祐商事グループに対する保全不足額(担保は時価による。)は存在しなかったものが、わずか二年後の平成元年末の時点では、保全不足額が一〇四億八七〇〇万円、総与信額一五七億円(元成元年度の法定融資限度額一三億五二〇〇万円)という膨大な額に上った。なお、総与信額は、当時の東京商銀本店の総融資額の約三分の一に上っていた。その後、被告金聖中と許弼file_13.jpgは、松本祐商事グループの中でも、とりわけ松本祐商事株式会社にその融資が集中したため、返済、担保預金との相殺等により債権の減縮を行うとともに、グループ会社に分散融資し、一見、法定融資限度額の超過が認められないような形式を作出したが、平成四年四月に松本祐商事グループの経営破綻が表面化した結果、平成七年四月一三日時点においても、総与信額七七億一八七一万三〇〇〇円(松本祐商事株式会社四七億六八七一万三〇〇〇円、シティリース株式会社一九億五〇〇〇万円、株式会社フェニックス一〇億円、平成七年度法定融資限度額二六億八五〇〇万円)の債権が残存し、不動産担保(評価額七億二四〇〇万円)を控除しても保全不足額六九億九四七一万三〇〇〇円が生じた。松本祐商事グループの中核たる松本祐商事株式会社自体、大幅な赤字会社であり、平成五年度には約七七億円という欠損を出している。したがって、松本祐商事グループに対する融資残額中、六九億九四七一万三〇〇〇円については、到底回収不可能であり、東京商銀に同額の損害が生じている。

被告金聖中と許弼file_14.jpgの本件各融資に関するこれらの行為は、組合員の利益の均てん化を図るという信用組合の根本原理に反した大口集中融資を無担保で行ったものであり、さらに、これらの融資は、被告金聖中が東京商銀本店長に就任して以来、それまで担保株券等で保全されていた松本祐商事グループに対する債権をいったん返済させた上、担保株券を解除返却し、同日ないしはごく近い期日に返済額と同額かそれ以上の手形割引や無担保の手形貸付等を行って、松本祐商事グループに対する債権を無担保化していき、その大部分について回収を不能ならしめたものであって、しかも、これらの融資は、法定融資限度額を無視し、さらには中小企業等協同組合法三八条によって理事と組合との契約について必要とされる理事会の承認や東京商銀の通常の審査手続すら経ない被告金聖中と許弼file_15.jpgの独断によるいわゆる「トップ貸し」であって、中小企業等協同組合法四二条によって理事について準用される商法二五四条ノ三の定める忠実義務に違反する。よって、被告金聖中及び許弼file_16.jpgは、東京商銀に対し、六九億九七四一万三〇〇〇円の損害賠償債務を負う。

原告は、中小企業等協同組合法四二条によって準用される商法二六七条一項の規定に基づき、平成六年一〇月七日付け内容証明郵便をもって、東京商銀に対し、被告金聖中及び許弼file_17.jpgの東京商銀に対する損害賠償責任を追及する訴えの提起を請求し、この書面は同月一一日東京商銀に到達したが、東京商銀は、商法二六七条二項所定の期間を経過するもその訴えを提起しなかった。

東京商銀の前代表理事許弼file_18.jpgは、平成六年一一月九日死亡した。被告選定者兪順尹は許弼file_19.jpgの妻であり、被告選定者許寧太は許弼file_20.jpgの長男、被告選定者許行子は長女、被告選定者許二行は二女、被告選定者許正見は三女、被告(選定当事者)阿施光浩は二男であり、これらの被告が許弼file_21.jpgの前記損害賠償債務を相続した。被相続人許弼file_22.jpgの本国法である韓国民法によれば、相続人らの法定相続分は、兪順尹が一三分の三、許寧太、許行子、許二行、許正見、阿施光浩がそれぞれ一三分の二である。

被告らは、相続を放棄したと主張するが、東京家庭裁判所に対して相続放棄の申述をしてこれが受理されていても、被相続人許弼file_23.jpgは韓国に二万坪以上の不動産を所有していたのであるから、許弼file_24.jpgの相続に関して東京家庭裁判所は相続放棄申述受理の国際的裁判管轄権を有しない。したがって、東京家庭裁判所に対する相続放棄の申述は効力を有しない。また、許行子、許二行、許正見の相続放棄の申述は相続開始日から三か月以上経過した後になされたものであり、かつ、韓国の家庭法院による延長手続がとられていないので、相続放棄の効力を有しない(韓国民法一〇一九条、一〇四一条)。したがって、許行子、許二行、許正見については、相続開始日から三か月の経過により法定単純承認の効果が発生している(韓国民法一〇二六条二号)。また、被告阿施光浩は、被相続人許弼file_25.jpgが韓国内に所有していた不動産について相続を原因とする所有権移転登記を受け、また、許弼file_26.jpgが死亡するわずか一〇日前である平成六年一〇月二七日、許弼file_27.jpgが所有する新宿区歌舞伎町及び杉並区高円寺所在の不動産につき、譲渡担保を原因として、許寧太が代表取締役、許寧太の長男と阿施光浩が取締役である中央商事株式会社に対して所有権移転登記を行っており、兪順尹及び許寧太は、相続開始後も継続して杉並区高円寺の不動産に居住を続け、許寧太及び阿施光浩は、相続開始後も自ら又は中央商事株式会社を通じて歌舞伎町の不動産の使用収益を継続している。これらは、韓国民法一〇二六条一号、三号の単純承認事由に該当する。そして、これらの行為は、被相続人許弼file_28.jpgの相続人全員の意思連絡の下に行われたものであるから、法定単純承認の効果は、兪順尹、許寧太及び阿施光浩のみならず被告ら全員につき生じるものである。また、平成七年二月時点においては相続財産中に少なくとも五億三〇〇〇万円の現金ないし預貯金があったことは確かであるが、これが行方不明になっており、この事実は被告ら全員による相続財産の隠匿、不正消費を示すものである。これにより、被告ら全員につき韓国民法一〇二六条三号の法定単純承認の効果が生じている。

なお、被告(選定当事者)阿施光浩は、平成九年七月三一日、本件第一三回口頭弁論において、「従前の相続放棄の申述の主張を撤回」している。このように一旦主張の撤回がなされた後の、しかも本件口頭弁論終結間近の時期になって撤回した主張を再度主張することは、著しく時機に遅れた攻撃・防御方法の提出であるとともに(民事訴訟法一五七条)、訴訟上の信義に悖る行為である。

二  被告らの主張

原告崔泰源及び参加人高山光雄は、東京商銀の組合員としての資格を失い、組合から脱退したので、代表訴訟の当事者適格又は参加適格を有しない。また、本件代表訴訟は、原告適格を有しない原告により本件代表訴訟提起前の訴訟提起請求がなされたものであり、たとえ参加人らの共同訴訟参加が認められるとしても、訴訟提起請求及び本件代表訴訟が不適法との瑕疵は治癒されない。よって、本件代表訴訟及び参加は却下されるべきである。

本件各融資は東京商銀のその当時の経営判断として適切であったものであり、少なくとも当時の経済情勢の下における経営判断として十分に考え得る選択肢の一つであって、経営判断として著しく不合理であったと非難される理由はない。したがって、これによって、仮に何らかの損害が生じているとしても、被告らが損害賠償義務を負うものではない。本件各融資は、当時の東京商銀を取り巻く対外的な経済情勢並びに東京商銀内部の事情(預金量、預金金利の負担、融資先開拓の必要性等)からみて、東京商銀は資金の効果的な運用を図るため優良な融資先を開拓して利益をあげていかなければならない状況にあったのであり、一方、松本祐商事は、在日韓国人社会のみならず広く日本の経済社会においても未上場企業のトップグループに位置していた会社であり、その主たる取引金融機関は日本の都市銀行であった。このような当時の東京商銀の状況と松本祐商事等の信用度、業績等を考えれば、東京商銀が松本祐商事等との間で融資取引を開始、継続、拡大することは経営戦略として十分に考え得る選択肢の一つであって、少なくとも本件各融資は経営判断として著しく不合理であったと非難される理由はない。

融資に際しての担保には、原告の主張する物的担保のほか、人的担保、業容担保等のいくつかの種類がある。いかなる担保をとるかは、融資を受ける者の属する業界、企業規模、業績及び将来性等が判断の対象となり、審査部の審査を経て、最終的に執行部の判断により決定される。原告は、東京商銀のなした松本祐商事グループに対する本件各融資において、これらの事情を精査せず一括し、被告金聖中と許弼file_29.jpgの行った忠実義務違反行為に当たる無担保融資であると結論するものである。

ちなみに、昭和六〇年代当初の松本祐商事に対する信用力は絶大であった。当時、松本祐商事については、日本経済新聞及び日経ビジネスに記事が掲載され、全国の非上場会社の株価評価においてトップクラスにランクされる会社であった。当時の東京商銀は、松本祐商事から協力預金を得るばかりであり、融資元は、都市銀行及び韓一銀行等のいわゆる一流銀行との取引が主であり、東京商銀に対する融資依頼は限られていた。このようなときに、松本祐商事から融資依頼があれば、東京商銀の経営戦略上これを断ることにより取引機会を逸することは、とりえない選択肢であった。現実にも、東京商銀は、第三六期(平成元年四月一日から平成二年三月三一日)から第四一期(平成六年四月一日から平成七年三月三一日)までの間、一一億〇四一二万五一二三円の利息金等を松本祐商事株式会社から受領しており、この間の東京商銀の収益及び経営の安定に与えた貢献度は、大きいものがある。しかも、一九八〇年代後半は、金融自由化による預金獲得競争の激しくなることに加え、大手銀行の中小企業向け貸出の増大により、信用組合を含む中小企業金融機関の領域に大手銀行が進出することになり、貸出競争までが激化していた。その意味で、当時の東京商銀を含む中小企業向け金融機関は、どの機関も生き残りをかけた預金獲得競争と融資先獲得競争に必死になっていたのである。

当然、東京商銀の執行部の構成員においても金融機関にとっての厳しい時代の到来との認識があったものである。このようなときに、当時全国でも株価評価においてトップクラスにランクされる企業である松本祐商事が東京商銀に融資を申し入れれば、これに対応し、融資を拡大することは、当時の経営戦略としては、ごく自然な成りゆきだったものである。

また、原告は「無担保融資」と主張するが、東京商銀が融資をする際に最も重視するところは当該融資先の事業利益による返済の見込みすなわち取引先の信用・業績そのものである。また、信用組合は都市銀行とは違うのであって、取引先との関係においても一方的に優位に立つものではない。とりわけ超低金利政策及びマネーサプライの続伸という状況の下、金融自由化の渦中で金融機関競争は激化を極め、大手の都市銀行でさえ、従前は見向きもしなかったパチンコ店舗等(東京商銀の顧客層)への融資をするようになり、激しい顧客獲得合戦を展開していた。当時、都市銀行による融資の肩代わり(東高商銀の融資先に対し都市銀行が東京商銀への返済資金を融資すること。いわば都市銀行による顧客の奪取)が行われるなどして、東京商銀の本店及び全店の融資残高、預金残高が落ち込むという状況も現出した。もともと信用組合と都市銀行では融資の原資となる資金調達金利にも差があり(信用組合の方が高率で、コストが高い。)、従って、信用組合は貸出金利も高く設定せざるをえないことから、東京商銀の顧客層の中にも、純粋な損得計算からは信用組合よりも都市銀行との取引を望む傾向が根強い。そこへ、都市銀行が東京商銀の顧客層にまで手を広げて融資を拡大していったことにより、東京商銀の経営は極めて不利な状況に追い込まれ、苦戦を強いられていたのである。従前は都市銀行の顧客層と信用組合の顧客層との間にはそれなりの一線が画され、一定の棲み分けができていたのであるが、金融自由化の波の中で、そのような垣根は取り払われ、都市銀行が、信用組合の顧客層を、いわば食い荒らすという状況が現出した。

このような厳しい状況の下で、東京商銀は最大限の経営努力をしてきたが、本件各融資もその一環としてなされたものである。本件各融資については、後になって過去を振り返り、ああすべきであったのではないか、こうすべきだったのではないか、という問題として論じられるべきではない。このような当時の状況に身を置いた場合に、東京商銀の経営を巨大な都市銀行等から防衛し、業績を上げ、組合員大衆に対し預金利息及び配当という形で利益を還元するためにはどうすべきだったか、果たして東京商銀のなした本件各融資はこのような状況の下でそれほど不合理であったといえるのか、という問題として論じられるべきものである。東京商銀が業績を上げ、組合員大衆に対して預金利息及び配当という形で利益を還元するためには、当然のことながら、優良と考えられる資金需要者に組合の資金を融資し、組合の資金を使ってもらうことによって組合としての収益を上げなければならないのである。そうしなければ、ますます顧客を銀行に取られてしまうのである。このような意味において、松本祐商事、シティリースなどは、東京商銀の資金運用先として極めて価値のある取引先だったのであり、それらの会社に融資をしたことは何ら不合理な経営判断ではない。

原告が主張する担保株券の解除は、特定の被担保債権の弁済に伴う担保の解除にすぎない。また、手形割引は、割引に際して提出された手形自体が担保的価値を有するものであり、無担保融資ではない。融資先との取引が進展するに従って、融資先との信頼関係が増大し、その結果、融資先の信用力が増大し、手形割引等の取引に応じることは、他の銀行取引、および東京商銀の他の顧客との取引においても一般的に行われていることである。また、担保力があるかどうかは、融資先の総合的信用力によって決定されるものであり、原告の主張する「融資を無担保化していき、回収を不能ならしめた」という行為がなされた事実はない。

法定融資限度額を超過しているか否かは、各法人ごとに考えるべきものであり、株式会社フェニックス等に対する融資を松本祐商事に対する融資五八億円にまとめて一本化するまでは、法定融資限度額を超過していない。法定融資限度額は、協同組合による金融事業に関する法律六条が準用する銀行法一三条にその法律的根拠を置くものであるが、同条一項には「同一人に対する信用の供与(当該同一人と政令で定める特殊な関係のある者に対する信用の供与を含む。)」と規定されてはいるが、このような特殊関係者の範囲を定める政令は現在まで制定されていない。これは、現在までのところ、規制を行う緊急さし迫った必要性がないからであり、現状では、各名義の信用供与先ごとに規制されている。松本祐商事株式会社、シティリース株式会社、株式会社フェニックスはそれぞれ別個の法人であり、各法人ごとに法定融資限度額が判断されるべきことは当然である。さらに「信用組合基本通達」別紙二「資金運用指導要領」、2「同一人に対する貸出金の限度」(1)dにおいて、「なお、貸出金の名義が異なっていても、故意に名義を分割する等資金使途等からみて実質的に同一人に対する貸出金と認められるものについては、これを合算して取り扱うものとする。」とされているが、これら各法人に対する融資は、「故意に名義を分割する等資金使途等からみて実質的に同一人に対する貸出金」に当たるものではない。

中小企業等協同組合法三八条は、「自己又ハ第三者ノ為ニ会社ト取引ヲ為スニハ取締役会ノ承認ヲ受クルコトヲ要ス」としている商法二六五条一項と違い、「理事は、理事会の承認を受けた場合に限り、組合を契約することができる」としか規定しておらず、理事個人と組合間の取引のみに適用されるべきであって、理事が代表者である会社と組合との取引には適用されず、本件各融資には理事会の承認は不要であった。また、東京商銀においては、理事関連融資の場合について、理事会の関与が全くなかったものではなく、中小企業等協同組合法三八条の趣旨とする理事の権限濫用を防ぐ観点から、許弼file_30.jpg理事長の時代に、執行部に対し、その審査及び融資の最終的可否の決定を委ねるとの一任慣行が成立していたものである。この点については、昭和六一年頃開催された理事会において、許弼file_31.jpg理事長が「非常勤理事が関係する法人に対する融資は、他の融資の場合と同様、執行部が慎重に審議の上、対処するので、どうか同融資について一任してほしい。」旨の発言をし、いわゆる理事関連融資について他の融資と同様の禀議手続のもとに審査し、実行をしたい旨提案し、その了承を求めたところ、承認された。したがって、理事関連融資については、理事会の個別の承認決議を経ることなく、通常の禀議・決裁手続により判断・処理すべきことを事前に包括的に承認する旨を決議しているので、本件各融資にも理事会の包括的承認があった。

また、本件各融資は所定の禀議手続を経て実行されたものであって、原告が言うようないわゆる「トップ貸し」ではない。

本件では、損害賠償請求の請求原因事実である損害も発生していない。融資においては、一時的な履行遅滞は避け難いものであり、それのみで損害が発生したということはできない。また、単に保全不足額があるということが直ちに損害の発生につながる訳でもない。貸金の場合は、それが確定的に回収不能になって初めて損害の発生ということができる。そして、回収不能は債務者が企業の場合は倒産によって生じるのである。しかるに、本件各融資先が倒産に至った事実はない。本件各融資先が倒産していない以上、損害は未だ発生していないというべきである。また、東京商銀は、松本祐商事に対して有していた貸付金債権四二億五〇〇〇万円全額及びシティリースに対して有していた貸付金債権のうち五億五四二四万〇七五三円を債権額と同額で債権譲渡することによって回収している。

さらに、本件では、違法行為と損害の因果関係も特定されているとはいえない。

本件提訴は、原告らの訴権の濫用であり、この点からも棄却されるべきである。原告は、昭和六三年五月一七日、東京商銀の理事に就任し、平成四年二月三日より平成五年七月三一日まで東京商銀の本部業務部長の職に、平成五年八月三日より平成六年八月二五日まで理事長室室長の職にあった者である。原告は、本件各融資当時、常勤理事の職に就いており、在職時は本件融資につき何ら融資に異議を述べなかったにもかかわらず、原告が、平成六年八月二五日、東京商銀を解雇されるや、突然本件各融資を「違法融資」と非難し始めたこと、本件訴訟提起の際、被告金聖中に理事長退任を要求し、被告金聖中が理事長が退任すれば代表訴訟を提起しない旨理事会のメンバーに伝えていたこと、本件代表訴訟を提起する直前、原告は東京商銀に対し、東京商銀に会長を置くことと原告の身分保障が実現するのであれば代表訴訟を提起しない旨の提案をしていたこと等を考えれば、原告の目的は、組合の利益回復という代表訴訟本来の目的にあるのではなく、専ら被告金聖中を退陣せしめることと原告自身の復職にあると考えられるのである。また、参加人らの共同訴訟参加も、権利の濫用である。参加人らは、原告が当事者適格を有しないことが明らかになった段階で、原告の当事者適格不存在を補う目的をもって、敢えて共同訴訟参加の申立てをしたものである。このような共同訴訟参加は、到底真摯な訴訟行為とはいえず、権利の濫用とされるべきである。

被告選定者兪順尹、被告選定者許寧太及び被告阿施光浩の三名は、平成六年一一月九日の被相続人許弼file_32.jpgの逝去に伴い、平成七年三月六日東京家庭裁判所に相続放棄の申述をした。被告選定者許行子、被告選定者許二行及び被告選定者許正見の三名は、申述期間伸長の許可を受けて平成七年八月一五日相続放棄の申述をし、これらの相続放棄の申述は、東京家庭裁判所により受理され、相続放棄として有効なものである。従って、前理事長許弼file_33.jpgの相続人で損害賠償責任を相続したということを理由とする本件代表訴訟(甲・乙事件)の被告である兪順尹、許寧太、許行子、許二行、許正見及び阿施光浩に対する損害賠償請求は棄却されるべきである。なお、被告らが口頭弁論において相続放棄の申述の主張を撤回したことはない。

第四原告の訴え並びに参加人の参加の申出の適法性に関する判断

東京商銀信用組合は、平成一二年一二月一六日、金融再生委員会によって、金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(以下「金融再生法」という。)八条一項に基づいて金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分がされ、伊澤辰雄及び小松勉が金融整理管財人に選任された。そして、金融再生法一一条一項前段は、「第八条第一項の規定による管理を命ずる処分があったときは、被管理金融機関を代表し、業務の執行並びに財産の管理及び処分を行う権利は、金融整理管財人に専属する」と規定し、金融再生法一八条一項、一一条一項後段が「金融整理管財人は、被管理金融機関の理事」「又はこれらの者であった者の職務上の義務違反に基づく民事上の責任を履行させるため、訴えの提起その他の必要な措置をとらなければならない」と規定している。このことからすれば、金融機関が金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受けた後は、取締役、理事等の経営者の責任を追及する権限は金融整理管財人に専属し、中小企業等協同組合である東京商銀について言えば、組合員は、中小企業等協同組合法四二条によって準用される商法二六七条に基づいて代表訴訟を提起し、又は同じく準用される商法二六八条二項に基づいてその代表訴訟に参加する資格を失い、このことは、金融整理管財人がその専権を行使すべき必要性からみて、金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分の時期が、組合員代表訴訟の提起又は参加の申出の後にされた場合においても同じであると解するのが相当である。したがって、原告崔泰源の本件訴え並びに参加人李栄彦及び参加人高山光雄の参加の申出は、いずれも東京商銀の組合員であることを理由とするものであるから、事後的に金融整理管財人が選任されたことにより不適法なものとなったというべきであり、そのほかの点について判断するまでもなく却下すべきものである。

なお、被告らは、原告崔泰源が東京商銀信用組合の組合員としての資格を失って組合から脱退した者であり、原告が行った訴訟提起請求は組合員でない者がした不適法な請求であり、従って、原告の訴えも不適法となり、このような不適法な訴えに対する参加人の参加も不適法であると主張する。しかし、組合員の資格を失う根拠として被告らが主張する事実は、要するに原告崔泰源が東京商銀の従業員としての地位を失ったということにすぎない。そして、特定の事業者の従業員としての地位を失ったとしても、他の事業者の下で勤労に従事する意志を継続して有している限り、その者は、東京商銀信用組合の定款(《証拠省略》)六条一項三号が「組合員たる資格」として規定する「この組合の地区内において勤労に従事する者」に引き続き該当すると解すべきであるから、原告崔泰源は、東京商銀の組合員としての資格を失わず、したがって、中小企業等協同組合法一九条一項一号により脱退することにもならないと解するのが相当である。ほかにも、原告崔泰源が東京商銀の組合員としての地位を失ったことを裏付ける事実は認められない。そうである以上、原告が行った訴訟提起請求及びこれに引き続く本件訴訟の提起が不適法であったということにはならない。なお、訴訟提起後に金融整理管財人が選任されたことにより不適法な訴えになったとしても、その訴えが却下されるまでの間に東京商銀信用組合が参加している以上、東京商銀信用組合が行った参加の申出は適法であると解するのが相当である。

第五被告金聖中及び許弼file_34.jpgの責任に関する判断

一  裁判所の認定した事実

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。ただし、当事者間に争いのない事実を含む。

東京商銀信用組合は、①組合員に対する資金の貸付け、②組合員のためにする手形の割引、③組合員の預金又は定期積金の受入れ等の事業を行なうことを目的として中小企業等協同組合法に基づいて昭和二九年二月二四日に設立された信用協同組合である。東京商銀は、平成一二年一二月一六日、金融再生委員会によって、金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(以下「金融再生法」という。)八条一項に基づいて金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分がされ、伊澤辰雄及び小松勉が金融整理管財人に選任された。

被告金聖中は、昭和四七年四月一日に東京商銀に入組し、昭和六一年五月二〇日に東京商銀の理事に就任し、平成三年六月一二日から常務理事、平成六年六月八日から金融整理管財人が選任された平成一二年一二月一六日まで東京商銀の代表理事理事長の地位にあったものである。なお、昭和六三年一月七日から平成五年五月二四日までは本店長を兼務していた。

許弼file_35.jpgは、昭和四二年六月二一日に東京商銀の理事(代表理事理事長)に就任し、平成六年六月八日に代表理事会長に就任して、平成六年一一月九日に死亡するまで東京商銀の代表理事であった者である。被告選定者兪順尹は許弼file_36.jpgの妻であり、被告選定者許寧太は許弼file_37.jpgの長男、被告選定者許行子は長女、被告選定者許二行は二女、被告選定者許正見は三女、被告(選定当事者)阿施光浩は二男である。被相続人許弼file_38.jpgの本国法である韓国民法一〇〇〇条一項、一〇〇三条一項及び一〇〇九条によれば、これらの相続人の法定相続分は、兪順尹が一三分の三、許寧太、許行子、許二行、許正見、阿施光浩がそれぞれ一三分の二である。

松本祐商事株式会社は、手形貸付等の貸金業等を営む株式会社であり、東京商銀とは、その本店と昭和五三年以来、手形貸付、手形割引等の取引があった。松本祐商事の代表取締役は、李承魯(通称名松本祐正)であり、昭和四四年五月一七日から平成一二年六月二九日まで、東京商銀の理事であった。

東京商銀と松本祐商事の取引は、被告金聖中が本店長に就任した直後の昭和六三年一月一二日時点において、手形貸付一九億九九〇〇万円、定期預金一〇億円、純債九億九九〇〇万円に対し、野村証券四一万二〇〇〇株(時価一二億一九五二万円)、タクマ一七万八〇〇〇株(時価二億〇四七〇万円)の有価証券担保を有していた。

東京商銀の当時の業務及び財務の内容は、第三四期事業報告書(昭和六二年四月一日~昭和六三年三月三一日)(別紙二)のとおりであり、松本祐商事の当時の業務及び財務の内容は、第二九期決算報告書(昭和六二年一〇月一日~昭和六三年九月三〇日)(別紙三)のとおりである。

昭和六三年九月二一日、松本祐商事から東京商銀に対し、手形貸付のうち九億九九〇〇万円が返済される一方、東京商銀は翌九月二二日に松本祐商事に対し一〇億円の手形一通を割り引く方法で昭和六三年一一月三〇日を貸出期限とする一〇億円の手形割引を行なった。この時点では、証書貸付が一〇億円となり、担保となる定期預金は二〇億円となっていた。昭和六三年九月二四日、東京商銀は、手形貸付の残高が手形割引の残高に移行したものの松本祐商事に対する与信額には変わりがなかったのに、手形貸付九億九九〇〇万円を九月二一日に返済したことを理由として、担保に差し入れられていた株券(東京製綱五万株、新井組九万株、コニカ三九万株、京都銀行二〇万株、横河電機三万二〇〇〇株、時価合計約一四億円相当)を全て担保から解除したが、その際、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_39.jpgは、この手形割引の与信申請書及び担保解除の申請書を決裁した。なお、松本祐商事が東京商銀に差し入れている信用組合取引約定書の第四条によれば、東京商銀に現在差し入れている担保及び将来差し入れる担保は、すべて、その担保する債務のほか、現在及び将来負担するいっさいの債務を共通に担保するものとします、と約束されている。

平成元年二月二三日、東京商銀は、松本祐商事に対して手形貸付により三〇億円貸し付けた。松本祐商事は、担保として千葉県市原市所在の八房カントリー倶楽部の土地建物に極度額三〇億円の転根抵当権を設定した。その際、この担保は、累積五〇億円の先順位抵当権が設定されており担保価値はなかったにもかかわらず、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_40.jpgは、この手形貸付の与信申請書を決裁した。

平成元年八月七日、東京商銀は、前記のとおりの与信によるこの時点での手形貸付四〇億円、証書貸付一〇億円の与信残高のほかに、松本祐商事に対し、割引限度一五億円の手形割引枠を担保を徴求しないで設定し、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_41.jpgは、この手形割引枠設定の与信申請書を決裁した。割引枠の設定により、枠内での割引の決裁権限が本支店長に委譲され、被告金聖中は、本店長として手形割引を行なった結果、平成四年四月二一日時点の手形割引残高は、合計一〇億円となった。

平成三年八月二八日、東京商銀は、松本祐商事に対して、割引枠とは別に一〇億円の手形割引を行い、その際、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_42.jpgは、この手形割引の与信申請書を決裁した。この割り引かれた手形のうち二億円は決済されたが、平成四年四月二一日時点の残高は八億円となった。

東京商銀は、有限会社フェニックス(平成三年五月二七日に株式会社に組織変更)に対し、昭和六三年二月一八日、五億円の手形割引枠を無担保で設定した。フェニックスとの取引は、本店との新規取引であり、実質債務者は松本祐商事であったが、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_43.jpgは、その事情を知りながら、この手形割引枠の設定の与信申請書を決裁した。フェニックスの当時の業務及び財務の内容は、第一二期決算報告書(昭和六三年四月一日~平成元年三月三一日)(別紙四)のとおりである。

東京商銀は、フェニックスに対する手形割引枠を昭和六三年六月二三日に一〇億円に拡大し、本店長の被告金聖中は、その与信申請書を決裁した(理事長の許弼file_44.jpgは出張中)。平成二年一月一九日、東京商銀は、その時点で前記手形割引枠内での手形割引一〇億円の実行により既存の手形貸付債権一〇億円が回収されることを理由として、実際の貸金残高の総額には全く変動がなく、手形割引残高一〇億円、証書貸付一億円、定期預金一億円で純債一〇億円があったにもかかわらず、担保としていた株券(若築建設四〇万株、太平工業一五万株、東京急行電鉄五万株、時価合計一二億九九〇〇万円相当)の有価証券担保を解除し、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_45.jpgは、この担保解除を決裁した。その後、本店長の金聖中は、与信枠の範囲内で手形割引を行い、その残高は平成四年四月二一日時点で合計九億八八二五万七五三九円となった。

東京商銀は、フェニックスに対し、平成二年二月二七日、一〇億円を手形貸付で貸し付け、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_46.jpgは、この貸付の与信申請書を決裁したが、この手形貸付は、期限が延長され、平成四年四月二一日時点でも一〇億円の残高であった。

平成二年九月二一日、東京商銀は日本ゴルフ信販株式会社に対して手形貸付により一〇億円を貸し付けた。この手形貸付は、その後期限が延長され、平成四年四月二一日時点でも一〇億円の残高であった。東京商銀に対する日本ゴルフ信販に対する貸付も、実質債務者は松本祐商事であったが、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_47.jpgは、その事情を知りながら、この手形貸付の与信申請書を決裁した。日本ゴルフ信販のその当時の業務及び財務の内容は、第一二期決算報告書(平成三年一月一日~平成三年一二月三一日)(別紙五)のとおりである。

東京商銀は、日本ゴルフ信販に対し、平成三年五月一四日、一〇億円の手形割引枠を設定し、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_48.jpgは、この手形割引枠の設定を決裁し、本店長の被告金聖中は、その割引枠の範囲内で手形割引を行い、平成四年四月二一日時点での手形割引残高は、九億九八〇七万〇七八四円となった。

平成四年四月一四日、松本祐商事及びシティリースは、バブル経済の崩壊によって多額の負債を抱えて経営に行き詰まり、「再建計画へのご協力のお願い」と題する書面を東京商銀に送付し、金利減免を申し出た。これを受けて、東京商銀は、平成四年四月二一日、松本祐商事に証書貸付により五八億円を貸し付け、松本祐商事の平成元年八月七日の手形割引枠による手形割引残高一〇億円及び平成三年八月二八日の手形割引残高八億円の合計一八億円の債務のほか、フェニックスの前記債務残高合計一九億八八二五万七五三九円、日本ゴルフ信販の前記債務残高合計一九億九八〇七万〇七八四円を一旦返済させて、松本祐商事の東京商銀に対する五八億円の債務に一本化した。この五八億円の貸付は、四二億五〇〇〇万円と一五億五〇〇〇万円の証書貸付の形でなされ、前者に千葉県富津市所在の富津カントリークラブのゴルフ場予定地の土地八二筆に設定された抵当権に転抵当権を設定したが、転抵当の設定された抵当権に優先する所有権移転登記仮登記が存在し、担保価値はなく、この時点での東京商銀の松本祐商事に対する総与信額九三億六〇〇〇万円に対して、担保となるべきものは定期預金三五億六〇〇〇万円のみであり、この時点で、東京商銀の松本祐商事に対する新規融資五八億円の債権について担保となるべきものはなかった。本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_49.jpgは、これらの事情を知りながら、この証書貸付の与信申請書を決裁した。

信用協同組合である東京商銀について適用される協同組合による金融事業に関する法律六条によって準用される銀行法一三条一項は、「銀行の同一人(当該同一人と政令で定める特殊の関係にある者を含む。)に対する信用の供与等(信用の供与又は出資として政令に定めるものをいう。)の額は、政令で定める区分ごとに、当該銀行の自己資本の額に政令で定める率を乗じて得た額(「信用供与等限度額」という。)を超えてはならない。」と定め、平成五年改正前の協同組合による金融事業に関する法律施行令三条一項は、前記政令で定める区分とは「貸出金(貸出金として大蔵大臣が定めるものをいう。)とその他の信用の供与の区分とする。」と定め、同条二項は、前記政令で定める率とは「前項に規定する貸出金の区分に属する信用の供与について一〇〇分の二〇とする。」と定めていた。これを受けて、信用組合基本通達第八、1、(3)「大口貸出」(同通達別紙2資金運用指導要領2「同一人に対する貸出金の限度」を含む。)の規制が定められていた。この大口貸出の法規制により自己資本の額の二〇%に規制されている法定貸出限度額は、東京商銀の場合、平成元年度一三億五二五三万八〇〇〇円、平成二年度二〇億九九七四万四〇〇〇円、平成三年度二一億四四八五万七〇〇〇円、平成四年度二三億〇四七一万八〇〇〇円であった。前記の東京商銀の松本祐商事に対する信用の供与(実質債務者が松本祐商事であるフェニックス及び日本ゴルフ信販を含む。)は、法定貸出限度額を大幅に超過するものであり、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_50.jpgは、違法であることを十分に認識しつつ貸出名義を分散させていたものである。

その後、平成四年一二月二五日、東京商銀がフェニックスに対して証書貸付により一〇億円貸し付け、フェニックスが、松本祐商事の前記五八億円の債務の連帯保証人として一〇億円を返済したが、これは、フェニックスを連帯保証人から外すための方策にすぎず、結局東京商銀の松本祐商事に対する四七億六八七一万三七五八円の残債権とフェニックスに対する一〇億円の債権の合計五七億六八七一万三七五八円の債権は、松本祐商事の経営破綻により回収不能となり、東京商銀に五七億六八七一万三七五八円の損害が発生した。

東京商銀は、昭和六三年一月一二日時点で、松本祐商事の関連会社である松本ビルディング株式会社(後にシティリース株式会社に商号変更)に対し、手形貸付一〇億円に対し、雅叙園観光六八万株(時価一三億二六〇〇万円)、タクマ九万株(時価一億〇三五〇万円)の有価証券担保を有していた。シティリースの当時の業務及び財務の内容は、第二期決算報告書(昭和六三年一〇月一日~平成元年九月三〇日)(別紙六)のとおりであり、六二一億円の借入金のうち二〇九億円が松本祐商事からの借入金となっている。

平成二年二月一四日までのシティリースの東京商銀に対する純債務は一二億八〇〇〇万円(手形貸付六億円、証書貸付七億八〇〇〇万円、担保預金一億円)で、担保として株式(東京製綱八万株、東京電力四万五〇〇〇株、豊田自動織機製作所五万株、コニカ八万株、日清製油一〇万株、京成電鉄四万五〇〇〇株、時価合計九億二〇二五万円相当)が差し入れられていたが、有価証券担保借入分五億円が完済されたため、平成二年二月一六日、東京商銀は有価証券担保から解除し、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_51.jpgは、この担保解除を決裁した。

平成二年二月二七日、東京商銀は、シティリースに対して九億六六七〇万円相当の有価証券を担保として手形貸付によって一〇億円を貸し付け、本店長の被告金聖中と理事長の許弼file_52.jpgは、この手形貸付の与信申請書を決裁した。この一〇億円から証書貸付債務のうち一〇〇〇万円が返済されている。

しかし、平成四年二月二四日、東京商銀が、シティリースに対して五億円の手形割引を行った際には、この五億円から証書貸付二億四〇〇〇万円が返済されて、有価証券は担保から解除され、評価額九億六六〇〇万円の不動産(松本祐正の自宅)に担保が設定されたため、この時点で、純債二〇億三〇〇〇万円(手形貸付一一億円、証書貸付五億三〇〇〇万円、手形割引五億円、担保預金一億円)であるにもかかわらず、担保不足額は一〇億六四〇〇万円となった。本店長の被告金聖中は、この与信申請書を決裁した。なお、理事長の許弼file_53.jpgは出張中であったが、前後の決裁状況から承認していたと認められる。

シティリースは、平成六年六月三〇日、東京手形交換所で不渡処分を受け、シティリースの債務残高二〇億二〇〇〇万円のうち、担保不動産評価額(その後の競売により東京商銀が実際に回収した額はこれを下回る。)及び担保預金による保全不足額は一〇億五四〇〇万円が回収不能となり、東京商銀は少なくとも一〇億五四〇〇万円の損害を被った。なお、東京商銀においては松本祐商事とシティリースに対する債権は一括して管理されていることからすれば、シティリースへの融資の拡大、有価証券担保の解除は、松本祐商事の資金調達に充てられたものと推認される。

二  被告金聖中及び許弼file_54.jpgの忠実義務違反の責任

以上の認定事実によれば、東京商銀の本店長理事であった被告金聖中と理事長代表理事であった許弼file_55.jpgは、松本祐商事の資金調達のために、フェニックス、日本ゴルフ信販、シティリースなどの関連会社の名義をも利用して法律による大口融資規制を回避しつつ多額の融資を行い、他方で、短期間に与信が大幅に拡大しているにもかかわらず、むしろその間に有価証券担保などの担保を解除するなどして担保を圧縮し、これによっても松本祐商事の資金調達の便宜を図っていたものと認められるのであって、その結果、東京商銀に対し、松本祐商事名義の四七億六八七一万三七五八円、フェニックス名義の一〇億円及びシティリース名義の一〇億五四〇〇万円の合計六八億二二七一万三七五八円の回収不能の債権を少なくとも生じさせたものであり、信用協同組合の理事として組合のため忠実に職務を遂行すべき義務に違反し、違法に取引先の利益を図ったものと評価するのが相当である。したがって、被告金聖中と許弼file_56.jpgは、中小企業等協同組合法四二条によって準用される商法二五四条ノ三の規定する忠実義務に違反し、組合に対する任務を怠ったものであるから、中小企業等協同組合法三八条の二第一項に基づき、東京商銀に対し連帯して損害賠償の責めに任ずべきものである。なお、本件では、融資全体にあらわれた諸事情から判断して、継続的融資を全体として評価した結果、これを忠実義務に違反する行為であると認められるのであり、このような場合、個々の融資についての違法性を検討する必要性はない。

被告らは、松本祐商事の絶大な信用力を信頼して融資したなどと主張して責任を否定する。たしかに、松本祐商事が日経ビジネスの未上場会社ランキングで上位にランクされたことなどから、バブル経済の下で大きな信用力があったであろうことは一応認められ、他方で、当時の経済情勢・金融行政などの動向から、融資先の開拓等の資金運用が困難を極めていたであろうことも一応推測できるけれども、そうであるからといって、前記認定事実及び前掲各証拠によれば、松本祐商事に対する東京商銀の融資は、東京商銀の資金量や自己資本比率等からみても大規模な信用供与であり、その内容は信用協同組合の経営の基礎を揺るがしかねない極めて杜撰かつ危険なものであったと評価されるものであり、利息収入等の利益を考慮したとしても、組合のためとして正当化することができる範囲を明白に逸脱しているものと言わざるを得ない。ほかに被告金聖中及び許弼file_57.jpgの行為を東京商銀のためとして正当化するに足りる事実を認めるべき証拠はない。

三  損害と因果関係

前記認定の事実関係、とりわけ、被告金聖中が東京商銀の本店長に就任した昭和六三年一月以降の融資の急激な拡大・担保解除等により松本祐商事に対して与えられた資金調達の便宜・利益の供与の程度とこれによって最終的に回収不能となった債権額等を総合考慮すれば、回収不能となった前記債権額六八億二二七一万三七五八円は、被告金聖中及び許弼file_58.jpgが理事としての任務を怠った行為と因果関係のある東京商銀の損害であると認めることができる。そして、前記認定の事実関係においては、遅くとも本件訴訟の提起時である平成七年五月一〇日までには、回収可能性がない債権として六八億二二七一万三七五八円の損害が発生していたと認められる。

被告らは、松本祐商事等に対する債権を譲渡したことにより東京商銀の債権が回収されたと主張するが、この債権譲渡は、債権譲渡先に対して東京商銀が融資して東京商銀の帳簿から見せかけの上で不良債権を移したにすぎないいわゆる「不良債権とばし」であることは、証拠上明らかであるから、損害の認定を左右するものではない。ほかにも、損害と因果関係に関する前記認定を左右する証拠はない。

第六被告阿施光浩の許弼file_59.jpgの東京商銀に対する損害賠償債務の相続に関する判断

前記認定のとおり、許弼file_60.jpgは平成六年一一月九日に死亡し、被相続人許弼file_61.jpgの本国法である韓国民法一〇〇〇条一項、一〇〇三条一項及び一〇〇九条によれば、相続人の相続分は、兪順尹が一三分の三、許寧太、許行子、許二行、許正見、阿施光浩がそれぞれ一三分の二となる。そして、《証拠省略》によれば、兪順尹、許寧太及び阿施光浩は、平成七年三月六日、東京家庭裁判所に対し相続放棄の申述をし、許行子、許二行及び許正見は、平成七年八月一五日、東京家庭裁判所に対し相続放棄の申述をしたこと、兪順尹、許寧太、許行子、許二行、許正見及び阿施光浩は、ソウル家庭法院に対し相続放棄の申述をしたが、平成七年九月一日、ソウル家庭法院は申述期間の徒過を理由に申立てを却下した事実が認められる。韓国民法一〇一九条一項は、相続放棄の申述期間を相続開始のあったことを知った日から三か月以内とする。

しかし、相続は、被相続人の本国法によるから(法例二六条)、被相続人が韓国に二万坪以上の不動産を所有し、その不動産について被告阿施光浩が平成七年一一月二一日に相続を原因とする所有権移転登記手続をしていることが証拠上明らかな本件においては、被相続人許弼file_62.jpgや相続人の被告阿施光浩が特別永住者としてわが国に永年居住していることを考慮したとしても、被告阿施光浩が東京家庭裁判所に対してした相続放棄の申述によって有効に相続放棄の効力が生ずるとは認められない。

したがって、被告阿施光浩は、他の相続人の相続放棄の申述の効力にかかわらず、東京商銀の前記損害額六八億二二七一万三七五八円のうち少なくとも一三分の二の相続分に相当する一〇億四九六四万八二四二円の損害について、被告金聖中と連帯して東京商銀に対し賠償すべき義務を負う。

第七結論

以上のとおり、被告金聖中は東京商銀に対し六八億二二七一万三七五八円の損害を賠償すべき義務があり、被告阿施光浩は、被告金聖中と連帯して東京商銀に対し、一〇億四九六四万八二四二円の損害を賠償すべき義務がある。したがって、被告金聖中及び被告阿施光浩に対し、前記損害額の一部請求として、連帯して五億円及びこれに対する訴状送達の翌日から民法所定年五分の割合による遅延損害金について損害賠償を求める参加人東京商銀信用組合の請求はすべて理由がある。

よって、原告崔泰源の訴え並びに参加人李栄彦及び参加人高山光雄の参加の申出は不適法であるから却下し、参加人東京商銀信用組合の請求は理由があるから認容し、仮執行宣言について民事訴訟法二五九条一項を、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六二条、六四条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林久起 裁判官 河本晶子 裁判官松山昇平は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 小林久起)

<以下省略>

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