東京地方裁判所 平成13年(ワ)5474号 判決 2002年3月25日
原告
甲野一郎
訴訟代理人弁護士
塚原英治
同
山口泉
同
早瀬薫
被告
株式会社日本経済新聞社
代表者代表取締役
鶴田卓彦
訴訟代理人弁護士
西修一郎
同
石橋達成
同
大下慶郎
同
納谷廣美
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告が,原告に対して平成11年3月9日になした同月10日から14日間の出勤停止処分が無効であることを確認する。
2 被告は,原告に対し,1022万5162円及びこれに対する平成13年3月30日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告に雇用されていた原告が,被告から平成11年3月9日付けでされた出勤停止の懲戒処分が違法・無効であり,これに引き続いてされた懲罰的配転命令も違法であると主張して,被告に対して,(1)同出勤停止処分の無効確認,(2)同出勤停止処分により不支給となった同年3月分の賃金15万3118円,及び同年6月28日支払分の賞与7万2044円(合計22万5162円)の支払,(3)違法な出勤停止処分及びこれに引き続く違法な配転命令を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権(慰謝料)による1000万円の支払,(4)前記(2)及び(3)の合計1022万5162円に対する訴状送達日の翌日である平成13年3月30日から商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実及び証拠によって認定した事実(認定に供した証拠は,認定事実末尾に記載する。争いのない事実であっても,便宜上証拠を記載したものもある。)
(1) 当事者
ア 原告は,平成8年4月,被告に入社して西部支社編集部(以下「支社編集部」という。)に配属され,平成8年度は福岡県警・福岡市役所等を,平成9年度は店頭公開企業・ベンチャー・食品業界等を,また,平成10年度は情報通信・製造業等をそれぞれ担当する記者として勤務したが,平成11年3月9日,後記のとおり懲戒処分を受け,同年4月12日に東京本社編集局資料部(以下「本社資料部」という。)に配転された後,同年9月29日付けで被告を依願退職した。
イ 被告は,新聞発行を業とする会社である。
(2) 被告は,原告に対し,平成11年3月9日,「原告がインターネット上の自らのホームページにおいて,取材上知り得た事実や被告の様々な方針についての批判などを掲載し,本来守るべき記者の鉄則を破ると同時に,被告の経営方針,編集方針に反するような行為をした。原告は,上司の再三の注意にも関わらずホームページへの掲載を継続した」もので,就業規則71条1号の懲戒処分事由があるとして,同月10日から14日間の出勤停止処分をした(以下「本件懲戒処分」という。)。(<証拠略>)
被告は,原告に対し,本件懲戒処分に基づき,同年3月25日に支払われた3月分の給与のうち同処分がなければ支給すべきであった15万3118円を,また,同年6月28日に支払われた上期賞与のうち同処分がなければ支給すべきであった7万2044円をそれぞれ支給しなかった。(<証拠略>)
(3) 被告は,原告に対し,平成11年4月12日付けで,本社資料部に異動することを内容とする配転を命じた(以下「本件配転命令」という。)。
(4) 原告は,被告に対し,平成11年8月31日,退職届を提出して退職の意思表示をし,同年9月29日に退社した。(<証拠略>)
(5) 被告の就業規則には次のような規定がある(以下,単に「就業規則」という。)。(<証拠略>)
「第3章 勤務
第20条 業務上の都合により転勤,職場の変更,出向,出張または駐在を命ずることがある。
従業員は,正当な理由がなければ前項の命に従わなければならない。
転勤の場合はその発令の日より7日以内に赴任のため出発しなければならない。ただし,所属長が正当の理由があると認めた場合はこの期間を延長することができる。
第5章 服務
第33条 従業員は,特に次の各号を守らなければならない。
1 会社の経営方針あるいは編集方針を害するような行為をしないこと
2 会社の機密をもらさないこと
3及び4(省略)
第35条 従業員は,会社の秩序風紀を正しくよくしていくために次の各号を守らなければならない。
1 (省略)
2 流言してはならない
3ないし6(省略)
第11章 処罰
第71条 従業員が次の各号の一に該当する行為をした場合は,審査の上その軽重に応じ,けん責,減給,出勤停止,職務転換,役付きはく奪,解雇などの処分を行う。
1 就業規則,あるいは付属規定に反し,または責任者の命に従わないとき
2ないし12(省略)
第72条 前二条の処分は,次の方法によって行う。
1及び2(省略)
3 出勤停止は,けん責の上14日以内で出勤を停止する。出勤停止期間中の賃金は支給しない。
4ないし6(省略)」
2 争点
(1) 本件懲戒処分の無効確認を求める訴えの利益があるか。
(2) 本件懲戒処分は有効か。
ア 本件懲戒処分について,懲戒処分事由が存在するか。
(ア) 原告の私生活上の行為について,就業規則上の懲戒処分事由を認めることができるか。
(イ) 原告の行為が就業規則上の懲戒処分事由に該当するか。
イ 本件懲戒処分は違法・無効か。
(3) 本件配転命令は違法か。
(4) 被告の違法行為(本件懲戒処分及び本件配転命令)により原告に生じた損害の有無及び額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(確認の利益)について
ア 原告の主張
本件懲戒処分は,原告の名誉を侵害するものであり,また,他の記者にも威嚇の効果を有するものである。原告は,平成11年8月31日,被告に対して同処分の撤回を求めたが被告はこれに応じなかった。本件紛争を解決し,法のあるべき姿を示すためには本件懲戒処分の無効を確認するのが最も有効であるから,原告にはこの点について確認の利益がある。
イ 被告の主張
原告は,本件訴訟において,過去になされた本件懲戒処分の無効確認を求めているところ,既に原告は被告を退職しているのであるから,このような無効確認の訴えは何ら原告と被告との間の紛争解決に資するものではない。
また,原告は,本件訴訟において,本件懲戒処分に基づいて不支給となった賃金等の支払請求や,不法行為に基づく損害賠償請求をも併せて行っているところ,この権利の存否を判断するについては「過去の懲戒処分の違法・無効」についての判断がその前提となるのであるから,結局,過去の法律関係である本件懲戒処分の無効確認を求める訴えの利益はないというべきである。
(2) 争点(2)ア及びイ(本件懲戒処分の有効性)について
ア 被告の主張
(ア) 本件懲戒処分の理由
原告は,インターネット上の自らのホームページにおいて(以下,単に「HP」という。),取材上知り得た事実や会社に対する批判,会社の機密などを掲載し,上司の再三の注意にもかかわらずこれらの掲載を続行したものであって,こうした行為は就業規則71条1号「就業規則,あるいは付属規定に反し,または責任者の命に従わないとき」に該当する。
従業員は,労働契約上の付随義務として,企業秩序を維持遵守すべき義務(誠実義務)を負い,使用者は広く企業秩序を維持し,もって企業の円滑な運営を図るために,その雇用する従業員の企業秩序違反行為を理由として懲戒処分を行うことができる。そして,使用者は,従業員の企業内における職務行為はもとより,職場外の職務関連行為についても,それが企業の円滑な運営に支障をきたす恐れがあるなど,企業秩序の維持に関係を有するものであれば,企業秩序の維持のためにかような行為をも規制対象とすることができるのであって,その一方で従業員は誠実義務の内容として,職場外であり職務に関係がない行為であってもそれが企業秩序を乱す恐れがあるのであれば,そうした行為をしない義務を負っているのである。
原告の活動は,なるほど個人のHPにおけるもので,企業内・職場内での活動ではない。しかし,その活動内容は,被告の新聞記者として勤めていた原告の職務に密接に関連するものであったから,被告の事業運営にも密接に関連するものとして,被告の秩序維持権(懲戒権)の範囲内に入るものである。
(イ) 本件懲戒処分事由
a 「責任者の命に従わないとき」とは,原告において,上司の再三の注意にもかかわらず,就業規則の規定に反する内容を記載した文書を自己のHP上に掲載する行為を継続した行為がこれに該当する。
b また,「就業規則,あるいは付属規定に反し」とは,原告において,次の就業規則に違反した各行為がこれに該当する。
(a) 就業規則33条1号「会社の経営方針あるいは編集方針を害する行為をしないこと」
原告は,HP上の,
<1> 「ベンチャー記者から(ママ)の現場から」と題する項目の中の「オーナー企業」(<証拠略>)という文書において,「『記事を書く上でも,オーナー社長は要注意ですよ。平気で嘘をつくんだから。』A社(店頭公開企業)のB部長が諭すように私に言う。『あのオーナーの頭の中には,掛け算と足し算はあるが,割り算と引き算はない。恐ろしく前向きな人だよ。罪の意識もないしね。』」と記載し(なお,A社,B部長は実際の文書ではいずれも実名である。),取材源の秘匿という被告の編集方針を害した。
<2> 「ベンチャー記者の現場から」と題する項目の中の「社内的立場」(<証拠略>)という文書において,「『君,とんでもないことをしてくれたね』。相当,気が動転しているようだった。とにかく一度あってくれ,というから,博多駅に行くことにした。電話の相手は,C社のD部長。私は2日前にC社がカートカンエ(ママ)場を九州に作る,という記事を書いたが,その情報提供者である。東京からの帰りがけということだが,相当,疲れ切った様子だ。聞けば,私が書いた記事が社内的に大問題となり,役員の間を引きずり回されたということだ。」と記載し(なお,C社,D部長は実際の文書ではいずれも実名である。),取材源を秘匿するという被告の編集方針を害した。
<3> 「新人記者の現場から」と題する項目の中の「捏造記事」(<証拠略>)という文書において,「新聞記事というのは,名前と職業,年齢を入れるのが基本とされる。少しでも記事の信頼度を高めるためだそうだ。(中略)窮地に立たされた私は,罪悪感を持ちながらも,仕方なく適当に名前を考えることにした。考えてみれば,名前が何であろうと,誰に迷惑がかかるわけでないのも事実だ。名前とコメントの相関関係まで考えて読む人もあるまい。まあ,それほど若いわけでもないので,哲雄とでもしておくか。」と記載し,真実を報道するという会社の編集方針を害した。
(b) 就業規則33条2号「会社の機密をもらさないこと」
<1> 原告は,HP上の「経済記者の現場から」と題する項目の中の「共同体と機能体3」(<証拠略>)という文書において,「Q・途中入社者は賃金表のなかでどう位置づけるのですか。A・現在,特別な能力をもった人を中途で採用するときは,嘱託として採用し年俸制を適用しています。現時点では,これ以外に中途採用することは考えていません。(社外秘「新人事・賃金制度」より)」,「日経は批判の的になることを恐れ,冒頭のように何でも『社外秘』にしている。例えば,社員がどの部署に何人いるかという何でもないデータも,社外の人間は知るのが難しい。咋(ママ)秋の名簿によれば,最も記者が多いのは産業部で132人,次が整理部で120人。この2つが圧倒的に多い。同期28人中,整理部には9人もいる。以下,証券部68,経済部64,流通経済部53,政治部36,商品部30,中堅・ベンチャー部27,日経ウイークリー編集部24,国際23,経済解説部19,科学技術部18,ウイークエンド経済部16,アジア部11と続く。最も打切り手当が高い(つまり給料が高い)のは経済部という。」と記載した。
<2> 原告は,「新人記者の現場から」と題する項目の中の「バラバラ殺人」(<証拠略>)という文書において,「夕刊帯では,午前十時三十五分,十一時三十分,十二時四十五分がそれぞれ一版,三版・四版の締切。記者はそれに合わせて動くことになる。」と記載した。
(c) 就業規則35条2号「会社の秩序風紀を守るため,流言してはならないこと」
<1> 原告は,HP上の「ベンチャー記者の現場から」と題する項目の中の「悪魔との契約1」(<証拠略>)という文書において,「日経が天然記念物級の古く汚れた組織で,自由闊達どころか『不自由統制』極まりない社風であることは,私が何度も指摘してきた通りだ。前科の固まりのような組織なので,私は本当に殺られかねない。(中略)私は,極めて政治的な判断で,記者としての良心を一時的に売り払い,信条を曲げ,日経という悪魔と手を結ぶことにした。笑うがいい。蔑むがいい。私はいつか,この腐った組織を徹底的に,打ちのめしてやる。潰してやる。そして,権力を握り,最終的な目的を到達してやるのだ。」と記載した。
<2> 原告は,「ベンチャー記者の現場から」と題する項目の中の「悪魔との契約4」(<証拠略>)という文書において,「私のような独創性を持った『出る杭』を隠そうとする,屍姦症的性格を帯びた邪悪な企業では,悪が増産される。」と記載した。
(ウ) 以上のとおり,原告には懲戒処分事由の存在が認められるもので,本件懲戒処分は有効である。
イ 原告の主張(被告の主張に対する反論)
本件懲戒処分は違法である。
(ア) 本件懲戒処分事由は存在しない。
a 職務命令違反について
被告は,原告の行為が「責任者の命に従わないとき」に該当するというが,これを理由に懲戒処分が許されるのは「責任者の命」が法律上有効な場合に限られる。
そして,そもそも被告は,原告がHPを利用して言論活動を行うことを無制限に規制することはできないから,上司である支社編集部の守屋林司編集部長(以下「守屋編集部長」という。)の原告に対するHPを閉鎖せよとの業務命令は憲法21条に反する不当・違法な命令である。また,原告のHPの内容は,現場の記者として全てのジャーナリズムの本質や新聞社のあり方などを問う正当な表現活動であるから,このような言論活動を被告が禁止することは許されない。
仮に,原告の表現の自由も被告との関係で一定の制約を受けるとしても,それは必要最小限度のものに限られるべきは当然であり,守屋編集部長による制限範囲を限定しない業務命令は許されない。また,責任者である同部長が,HPに関する「基準を作る」という約束を反故にしており,原告が表現の自由を侵す業務命令に従わなかったことが適正な処分理由に当たるとは解されない。
b 就業規則違反について
(a) 会社の経営方針・編集方針違反について
<1> 被告は,その経営・編集方針を明確にしておらず,文書で説明したこともない。このような明示されていない経営・編集方針を懲罰の理由とすることは許されない。
被告は,「取材源の秘匿」が被告の経営・編集方針だとし,このようなことは明示の規定や教育を待つまでもない常識であると主張するようであるが,これは国際常識ではない。取材先が権力である場合には,取材源の秘匿に関する約束がない以上は取材源を公表しても何らの問題はない。「新聞記者の良心宣言」でも原則公開であることが謳われている。そして,取材源は,「公開すると取材源に不利益が及び,将来,市民の知るべき情報提供を求められなくなる可能性がある場合」や,「取材源の秘匿を条件に取材した場合」以外は,これを明らかにすべきものであって,被告の主張は経営・編集方針を一方的に押し付けるもので不当である。
以上のとおり,被告は,このような国際常識に合致するものとは認め難い「取材源の秘匿」が被告の経営・編集方針であるとし,このことを当然に原告は認識すべきものであるとして,同人に対し本件懲戒処分を課するもので相当ではない。
また,本件において,被告が指摘している原告のHPの内容には,秘匿すべき取材源は全く存在していないのである。
<2> 被告は,原告の行為が被告の経営・編集方針に反するものであるというが,原告が個人で運営しているHPの内容にもこの方針が及ぶと考えるのは不適切である。
<3> 前記「オーナー企業」における記載は,取材先との間で取材源の秘匿に関する約束はなく,国内外のジャーナリズムの常識に従えば取材先を保護する理由はない。
<4> 前記「社内的立場」における記載は,原告が記事を書いたことにより情報提供者の社内的立場に問題が生じたとの体験を書いたものである。これは,取材先会社においても取材源が特定され,既に解決されたことを,いわば体験談として書いたものであり,取材源保護の問題は生じない。
<5> 被告は「真実を報道する」ことが経営・編集方針だというが,上司の圧力によって時には捏造に近い記事が書かれるという取材現場の実態を公開したことは,まさに真実を報道したことになる。前記「捏造記事」における記載は,全体として新聞社が掲載したいと考える情報を無理に記事の形に当て嵌めるやり方を批判したもので,その一部だけを引用して原告を批判することは不適切である。
(b) 「会社の機密を漏らさないこと」の違反について
原告がHP上に記載した被告の従業員を採用する場合の方針や,各部署ごとの人員・各版の締め切り時間などの事実は,社外秘になり得るような重要な情報ではない。夕刊の締切時間などは誰でも知っていることである(なお,新聞の締切時間は,各新聞社間でいたずらに締切りを延長しないように朝刊・夕刊の最終版について協定が結ばれている。)。
(c) 流言禁止違反について
被告の主張する記載部分は「流言」には該当しない。「流言」とは,「根拠のない風説」「根も葉もない噂」のことである。原告が,個人の表現の自由を侵しインターネット上での表現行為を全面禁止した被告の行為に対し,表現の自由を守るべき新聞社が行う行為としては最低最悪の自殺行為であって悪魔と言われても仕方がない,と述べたことは流言ではない。表現が適切であるかどうかという点はあるとしても,このようなことは問題とするに足りないことである。
(イ) 本件懲戒処分が違法・無効であることについて
a 原告がHPに記載してきたことはすべて事実であり,主張の方向性も,1997年に日本新聞労働組合連合会(新聞労連)が策定した「新聞人の良心宣言(<証拠略>)」と同様のもので,新聞労働者においては広く支持されているものである。例えば「公的機関や大資本からの利益供与や接待を受けない」,「会社に不利益なことでも,市民に知らせるべき真実は報道する」,「新聞人は閉鎖的な記者クラブの改革を進める」などである。「経営の論理」と「新聞記者の倫理や良心」は真っ向から対立することが往々にしてある。しかし,公益性の高い新聞社は,時に公益のために経営の論理にそぐわないことをも率先してしなければならない。そういった,あるべき姿を主張する現場の記者に対し,経営の論理で一方的に処分するのは新聞社としての自殺行為である。
b 原告のHPは読者が限定されており,実害のないものであった。
(a) HPは,確かに多数の人に情報を伝えうる可能性のあるメディアではあるが,実際にそれを読む者は限られている。
このことは,被告において,原告が被告入社当初からHPを利用していた事実を認識したのが,入社後1年以上も経った「週刊朝日」(1997年5月2日号)の記事によってであることや,原告が再びHPを利用し始めたことを認識したのが,再利用を始めた平成10年5月から8か月ほど経った平成11年1月6日であったことからも明らかである。
(b) 原告のHPにおける記載内容によって,実際に被告に対して実害を生じさせた事実はない。
c 聴聞手続の違法
本件懲戒処分には,被告が原告に対して十分な弁明の機会を与えていない違法がある。
原告は,平成11年2月17日に上申書(<証拠略>)と顛末書(<証拠略>)を作成しているが,これらの書面は,守屋編集部長らから「懲戒免職か依願退職だ」と脅迫された上,十分な弁明の機会を与えられないままに同部長らに言われて作成させられたもので,被告は,原告に対して十分な弁明の機会を与えないで本件懲戒処分を行っているのである。
d 被告が原告個人のHPを規制することはできない。
情報社会においては,HPの開設は重要な権利の1つであり,これを制約するには憲法上の権利を規制するに足りる合理性が必要である。特に,新聞社のように表現の自由・言論の自由を守るべき組織は,その規制に慎重となるべきである。実際に被告においては,原告がHPを開設した当時も本件懲戒処分当時もこれを規制する社内規定はなかったのである。
本件において,被告(守屋編集部長)は,原告に対して,2度にわたりHPを閉鎖するようにとの業務命令を出しているが,仮に被告においてその内容を規制できると仮定したとしても,HPの全体を閉鎖するように命ずることは過剰な規制として違法である。
e 新聞記者の自社批判の自由
原告は,憲法21条等で保障される個人的意見を公表する自由を有するものである。そして,原告が,新聞の発行を主たる業務とする被告に所属する者であることから,被告以外のあらゆるメディアにおける原告の言論・表現の自由が略奪ないし制限される根拠とすることはできない。
また,新聞記者が事実に基づいて自社の方針を批判するのは当然の権利であり,公共性の高い新聞社は,社内批判に寛容でなければならない。そもそも原告がHPで公表した内容は,必ずしも自社批判といいうるものではなく,現在のマスコミが抱えている本質的な問題点を指摘しているものに過ぎないのである。
f HP全体を見るべきである。
被告が,原告のHPにおいて問題があるとした文書は,全411文書の中でマスコミを論じた3つのカテゴリー「新人記者の現場から」,「ベンチャー記者の現場から」,「経済記者の現場から」に属する合計87文書(平成11年1月時点)の中の7文書に過ぎず,さらにこれらの文書のうちの一部の箇所にとどまるものである。
原告がHPに掲載した100本を超える文書の全体の主旨は,記者クラブの閉鎖性や新聞社の旧態依然とした体質を批判するものであり,被告が処分理由とした箇所も,その全体の文脈のなかの一部の文書の,さらに一部の構成要素として使われたものに過ぎない。そもそも,取材源を特定してニュースを流すという性格のものでは全くないのである。
(3) 争点(3)(本件配転命令の違法性)について
ア 原告の主張
原告は,被告との間で職種を記者に限定したうえで雇用契約を締結したものである。
(ア) 被告は,従業員の採用広告の記載において,「募集職種」として「1新聞記者部門(一般記者)」と明記しており,出版編集部門の出版編集者,技術部門のITエンジニアとは区別していた。実際に被告においては,新入記者が地方に配属となった場合に,3年で東京本社の記者業務に配転されることが慣行となっていたものである。
(イ) 本社資料部の主な業務内容は,読者からの応答を電話で受ける読者応答センター業務と社内報など種々の資料整理であり,記者業務とは全く異なる業務を扱う部署である。実際に,原告は,図書館に日本経済新聞があるかどうかの問い合わせを担当させられており,読者応答センター業務では,問い合わせ事項を印刷するのみのパートタイマーでもできる仕事しか与えられなかった。
(ウ) 被告の給与は,職能給・年齢給・家族手当・時間外手当から構成されているが,時間外手当については部ごとに定額制となっており,実残業時間に比例していないみなし支給とされている。従って,このような時間外手当は部ごとに所属の従業員の給与の一部として支給されていたものというべきところ,原告は,本社資料部への異動に伴ってこの時間外手当の支給額が大きく減少し,実質的には適正な手続を経ずに約40パーセントの賃金減額処分を受けたのと同じ扱いを受けた。
イ 被告の主張
被告は,原告を採用するに際して,その職種を限定した契約を締結した事実はないし,就業規則にも職種限定契約の存在を前提とした規定はない。かえって被告は,その就業規則20条において,配置転換に関する規定を置いているのであるから,当時従業員であった原告に対して人事権の一環として包括的な配転命令権を有していたものというべきである。
被告は,本件配転命令当時,本社資料部において,業務のシステム化に取組む方針であり,コンピュータに強い若い人材を必要としていた。加えて,原告の場合,取材現場での問題から本件懲戒処分を受けた経過があるため,第一線の取材現場に配置することは適切ではないとの判断があり,一方で,読者の声を直接聞く体験が原告のキャリアに必要であるとも判断された。このように,本件配転命令には,業務上の必要性・人選の合理性があったもので,不当な目的・動機に基づいてなされたものであるとか,原告に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与えるものであるといった事情は一切存在しない。
したがって,本件配転命令は適法である。
(4) 争点(4)(原告に生じた損害の有無及び額)について
(原告の主張)
ア 原告は,不当な懲戒処分を受け,さらにそれを社内で公表された。これにより原告の名誉は著しく毀損された。
イ 原告は,本社資料部への配転という「死刑宣告」を受け,退職に追い込まれた。
ウ 被告による違法な本件懲戒処分及び本件配転命令により原告が被った精神的苦痛を慰謝するために相当と認められる慰謝料の額は,1000万円を下るものではない。
第3争点に対する判断
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠によって認められる事実。なお,認定に供した証拠は,認定事実の末尾に記載する。当事者間に争いのない事実であっても,便宜上証拠を記載したものもある。)
(1)ア 原告は,被告に入社する以前である学生時代からHPを開設して,その中で書評・映画評・紀行文といった個人的な見解等を公開していた。
イ 原告は,平成8年4月に,被告に入社して支社編集部に配属されたが,その後も原告個人のHPの中で,前記書評等に加えて,記者として行動しながら感じた報道現場における疑問点や被告・マスコミ全体の問題点,これらを改革するための意見等を公開するようになった。
原告が個人のHPの中でこのような意見を公開しようと考えた理由は,先進諸国からの批判が絶えない日本の記者クラブ制度や,旧態依然とした業界慣習,違法な労働実態,権力との癒着やこれによって歪められて報じられる記事について,事実に基づく自らの考えを公表することで,こうした問題点が改革されることの一助にしたいというものであり,そのために,報道現場や新聞社が抱えるこのような問題点を外部の人に知ってもらい,情報や意見交換を図りたいとの考えに基づくものであった。
ウ 原告のHPの内容は,そのアドレスを知っている者であれば世界中のどのパーソナルコンピュータからでも見ることができ,原告は,HPのアドレスを大学時代の友人等の交友関係のある者に知らせていた。また,原告のHPアドレスは,直接に原告から教えてもらわなくとも,これを知っている者から教えてもらうことにより,あるいは検索ソフトをHP上に公開している会社の検索エンジンを利用して,「日経・記者」といったキーワードを入力することによって,誰でもが原告のHPの存在及びその内容を知ることができた。
エ 原告は,HPで公開した文書について,その記載内容の信憑性を高める必要があるといった目的から,HP上に自身の履歴書を公開し,その中で被告の記者であることを明らかにしていた。
(<証拠・人証略>)
(2) 原告は,平成9年4月ころまでに,HPにおいて,大学時代に作成していた書評等の個人的な文書のほかに,被告入社後に作成した「新人記者の現場から」と題する項目の中で「捏造記事(<証拠略>)」,「夜回り(<証拠略>)」,「しばり(<証拠略>)」,「誤報の裏で(<証拠略>)」,「バラバラ殺人(<証拠略>)」,「シラク大統領来日(<証拠略>)」といった題名の文書(以下「「新人記者の現場から」の各文書」という。)を公開した。
前記「捏造記事」には,「新聞記事というのは,名前と職業,年齢を入れるのが基本とされる。少しでも記事の信頼度を高めるためだそうだ。その主人は「名前出したら,みんなにバレバレですよ。ご勘弁を」と言うので,いやなら無理に聞き出すこともないと思い,名前は聞き出していなかった。「隠す理由なんかないだろ。名前がないと記事にならないんだよ!もう一度,聞いてこい!聞き出せないなら,他を探せ!」と怒るキャップ。それまでまっとうな世界で生きてきて,入社してまだ十日ほどしか経っていない私には,ヤクザとしか思えなかった。これが,噂に聞いていた新聞社,社会部の世界なのか,と思った。旅行者にしたら,社内の事情などでバレたらまずいこともあって当然なのだが,新聞は有無を言わせない。事情を話して,何度お願いしても,下の名前は教えてくれない。そうかといって,夕刊の締切時間はせまっており,他に適当な人物を探す時間はない。窮地に立たされた私は,罪悪感を持ちながらも,仕方なく適当に名前を考えることにした。考えてみれば名前が何であろうと,誰に迷惑がかかるわけでないのも事実だ。名前とコメントの相関関係まで考えて読む人もあるまい。まあ,それほど若いわけでもないので,哲雄とでもしておくか。キャップにその名前を告げると,「ほら,教えてくれるだろう,バカ」。」と記載した部分があった(以下「「捏造記事」記載部分」という。)。
また,前記「バラバラ殺人」には,「夕刊帯では,午前十時三十五分,十一時三十分,十二時四十五分がそれぞれ一版,三版,四版の締切。記者はそれに合わせて動くことになる。」と記載した部分があった(以下「「バラバラ殺人」記載部分」という。)。
(<証拠・人証略>)
(3) 本件懲戒処分に至る事実経過について
ア 原告のHPが発覚するまで(平成9年4月24日から同年5月上旬まで)
(ア) 原告は,平成9年4月ころ,被告の許可を受けることなく朝日新聞社の発行する雑誌「週刊朝日」の記者から取材を受け,同社は,原告に対する取材内容を踏まえて,「週刊朝日(97年5月2日号)」で「昨春,総合政策部を出て全国紙に就職した甲野一郎さん(24)は,学内ネットともリンクする自分のHPで「新人記者の現場から」を連載している。そのねらいは「記者クラブの閉鎖性や徒弟制度的な新人教育に関する実名による情報公開」だという。「会社をやめようと思ったことはあるか」「慶応SFCの退職率が高いとすれば何が原因か」を電子メールで聞くと,《やめようと思ったことはない。(上司を)やめさせてやろうと思ったことは何度もある。大企業を一年でやめたら,社会人としての適性を疑われて当然だ。最低でもあと4,5年は勤めたい》《SFCは「問題を発見して,解決する人材を育てる」という教育方針だから,積極性が求められる。これも,出る杭は打たれるという日本企業の風土になじまない。SFCの教育自体に問題はなく,むしろ「日本企業の体質が時代遅れ」というほうがより大きな問題ではないか》との答えが返ってきた。」との記事を掲載した。
(イ) 守屋編集部長は,平成9年4月24日,前記(ア)の週刊朝日の記事を読んだ部下からの連絡を受けて,原告がHPを開設している事実を知り,その後,前記(2)で認定したHPの内容を読んで,原告がHPにおいて被告の社内批判などを連載していることを知った。そこで,守屋編集部長は,同日以降,原告から数回にわたって事情を聞いたうえ,原告に対し,「新人記者の現場から」の各文書の中には,取材源の秘匿に反する部分や,取材のプロセスを公開している部分,記者の倫理や被告の編集方針に反している部分,被告の機密を漏らしている部分が掲載されていることを指摘した上,このような重大な問題を含んでいるHPは全面的に閉鎖するように命じた。その際,守屋編集部長は,原告に対し,上司や先輩記者による指導内容を許可なく一方的に公開しているのは信義にもとる行為であること,被告に対する批判については事実の誤認や認識不足があることも合わせて指摘した。
(ウ) これに対して原告は,「HPを見る人は限られており,原告の表現の自由である。被告の体質を変えるためにしていることであり,駄目なら規則を決めてくれ。ルールを決めてもらえばそれには従う。基準を作ることを条件にHPを閉鎖する。」などと述べて反論した。その上で原告は,被告がHPに関する規則を制定してくれるものと考えて,平成9年5月にHPを閉鎖した(なお,当初,原告は,HP上に「会社の命令で閉鎖中」との表示をしていたが,その後,守屋編集部長から,改めてHPに繋がらないようにするようにとの指示をされて,HPを閉鎖した経緯がある。)。
このとき,守屋編集部長は,被告の東京本社人事局に対してHPに関する基準の制定を検討するように求めることはしなかった。
(<証拠・人証略>)
イ 原告がHPを再開したことが発覚するまで(平成9年5月から平成11年2月中旬ころまで)
(ア) 被告は,平成10年3月から,支社編集部における原告の担当を,ベンチャー企業担当から製造業担当に変更した。(人証略)
(イ) 被告は,平成10年4月に,支社編集部の全編集部員に対し,被告の就業規則と日本新聞協会発行の新聞手帳(新聞倫理綱領を含む。)を配布して,その精読を指示した。(人証略)
(ウ) その後,原告は,HPを閉鎖してから1年ほどが経過しているのに,被告がHPに関する基準を制定しようとしないことや,個人のHPを閉鎖させることは人権侵害であり,議論もないままに閉鎖を命じた守屋編集部長の措置に納得がいかなくなり,同部長の命令に反することになることを認識しながら,被告の承諾を得ることなく,平成10年5月にHPを再開した。(<人証略>)
(エ) その際に原告は,前記ア(イ)のとおり,守屋編集部長から問題があると指摘されていた「新人記者の現場から」の各文書を,何らの修正を加えることなく改めてHP上に公開した。
また,その後,平成10年の年末ころまでに,「ベンチャー記者の現場から」と題する項目の中で,「オーナー企業(<証拠略>)」,「社内的立場(<証拠略>)」,「社畜直し(<証拠略>)」,「賄賂(<証拠略>)」,「執筆実践編(<証拠略>)」,「取材一般編(<証拠略>)」,「趣味直し(<証拠略>)」,「悪魔との契約1ないし4(<証拠略>)」の各文書(以下「「ベンチャー記者の現場から」の各文書」という。)を,さらに「経済記者の現場から」と題する項目の中で,「共同体と機能体3(<証拠略>)」の文書(以下「「経済記者の現場から」の文書」という。)をそれぞれ公開した。
前記「オーナー企業」には,「『記事を書く上でも,オーナー社長は要注意ですよ。平気で嘘をつくんだから。』A社(店頭公開企業)のB部長が諭すように私に言う。『あのオーナーの頭の中には,掛け算と足し算はあるが,割り算と引き算はない。恐ろしく前向きな人だよ。罪の意識もないしね。』」と記載した部分(なお,A社及びB部長は実名の記載である。以下「「オーナー企業」記載部分」という。)があった。
前記「社内的立場」には,「『君,とんでもないことをしてくれたね。』。相当,気が動転しているようだった。とにかく一度あってくれ,というから,博多駅に行くことにした。電話の相手は,C社のD部長。私は2日前にC社がカートカン工場を九州に作る,という記事を書いたが,その情報提供者である。東京からの帰りがけということだが,相当,疲れ切った様子だ。聞けば,私が書いた記事が社内的に大問題となり,彼員の間を引きずり回されたということだ。」と記載した部分(なお,C社は実名で,D部長は具体的な役職名である。以下「「社内的立場」記載部分」という。)があった。
前記「悪魔との契約1」には,「日経が天然記念物級の古く汚れた組織で,自由闊達どころか『不自由統制』極まりない社風であることは,私が何度も指摘してきた通りだ。前科の固まりのような組織なので,私は本当に殺られかねない。人事権をちらつかせて部下を脅すとは,最低の行為だと思う。もし私が,自分を受け入れる側の部長なら,大歓迎するだろう。問題の発見,活発な議論,透明性の高い組織,適度な緊張感。記者として理想的な職場だ。しかし,日経の各部署の部長たちは皆,自分に負い目ばかりであるから,恐れるのだ。自分が悪いことをしているという自覚があるから,恐れて,私のような組織に自浄作用をもたらす改革者を受け入れられないのだ。何と情けなく,何とお粗末な人達のいる組織だろう。硬直化した組織の本質を見た気がした。自分の身が少しでも危なくなると,中間管理職が守りに入る。出る杭は打たれ,いつまでたっても組織に改革はない。結局,人事権者1人の判断で部下1人の人生など,どうにでもなるのだ。私は,何としても早くこの息苦しい組織を出たい。窒息しそうだ。言論機関であるはずの新聞の記者に言論の自由がないのだから,これほど馬鹿げたことがあるだろうか。生きがいを奪われた気分だ。言論活動を平気で抹殺するような組織に記者が身を置くなど,本来,恥ずべきことだと思うし,蔑まれて当然だ。私は今,日経の名刺を差し出すたびに悪魔が薄気味悪い笑いを浮かべて炙りだされてくるようで,非常な自己嫌悪に陥っている。私は,何としても早いうちに,フリーエージェント宣言をしなければならない。そのためには,それなりの年数を経た経験の蓄積が必要だ。極めて突出した形となって目に見える実績がないならば,最低でも4,5年は社会人をしない限り,認められないのが現実だ。従って,知識を吸収し,経験を積む場として割り切ることにした。日経の記者は,社長から話を聞き,議論し,知識を拾得し,自身の考えを組み立てることができる絶好の研修場である。日経の名刺をできる限り利用し,悪用してでも,長期的な利益をモノにしてやる。私は,極めて政治的な判断で,記者としての良心を一時的に売り払い,信条を曲げ,日経という悪魔と手を結ぶことにした。笑うがいい。蔑むがいい。私はいつか,この腐った組織を徹底的に,打ちのめしてやる。潰してやる。そして,権力を握り,最終的な目的を到達してやるのだ。」と記載した部分(以下「「悪魔との契約1」記載部分」という。)があった。
前記「悪魔との契約4」には,「私のような独創性を持った『出る杭』を隠そうとする,屍姦症的性格を帯びた邪悪な企業では,悪が増産される。」と記載した部分(以下「「悪魔との契約4」記載部分」という。)があった。
前記「共同体と機能体3」には,「Q・途中入社者は賃金表のなかでどう位置づけるのですか。A・現在,特別な能力をもった人を中途で採用するときは,嘱託として採用し年俸制を適用しています。現時点では,これ以外に中途採用することは考えていません。(社外秘「新人事・賃金制度」より)」,「日経は批判の的になることを恐れ,冒頭のように何でも『社外秘』にしている。例えば,社員がどの部署に何人いるかという何でもないデータも,社外の人間は知るのが難しい。咋(ママ)秋の名簿によれば,最も記者が多いのは産業部で132人,次が整理部で120人。この2つが圧倒的に多い。同期28人中,整理部には9人もいる。以下,証券部68,経済部64,流通経済部53,政治部36,商品部30,中堅・ベンチャー部27,日経ウイークリー編集部24,国際23,経済解説部19,科学技術部18,ウイークエンド経済部16,アジア部11と続く。最も打切り手当が高い(つまり給料が高い)のは経済部という。」と記載した部分(以下「共同体と機能体3」記載部分」という。)があった。
(<証拠・人証略>)
(オ) 守屋編集部長は,平成11年1月6日,被告東京本社編集局管理部長から,原告が個人のHPで文書の掲載を再開しているとの連絡が,その文書の一部についてのファックス文書の送付とともにあった。また,同じころ,被告東京本社法務室において,同本社内のインターネットにおける検索エンジンで検索をしたところ,原告が取材上の過程や被告の批判を公開しているHPがあることを確認した。
そこで,守屋編集部長は,原告がHPで公開している文書の内容を確認したところ,平成9年5月に問題がある旨の指摘をしていた「新人記者の現場から」の各文書のほかに,その後にHPに書き込んだ「ベンチャー記者の現場から」の各文書及び「経済記者の現場から」の文書が公開されており,これらの各文書には,取材の過程を取材相手の実名やこれが特定できる表現で詳細に公表している部分があり,取材源の秘匿や社内規定に反すること,社内の編集の過程や,社内の人事データづくりの経過を公表する部分があり,就業規則に反すること,被告の名誉を毀損する過激な表現が使用されている部分があって問題があることが認められたため,このような問題点があることを原告に対して指摘した上,HPはメールとは異なり不特定多数を対象としていること,平成9年5月のHP閉鎖の経緯から取材源の秘匿が守られるべきルールであることを充分に認識していたはずであること,記者としてしてはいけないことを繰り返した行為の責任は重いこと,このような原告の行為により実害が生じれば大変な事態であって,実害が生じていないから許されるというものではないことなどを告げた上,このHPをインターネット上から撤去するように命じた。
(<証拠・人証略>)
(カ) これを受けて,原告は,平成11年1月6日以降,順次,HP上の企業名や個人名を伏せ字としたり,削除するなどの措置を講じた。
また,守屋編集部長からHPの全面閉鎖やインターネット上から撤去を指示された原告は,同月14日,「反省と釈明」と題する文書を提出し,その中で,HPは不特定多数の目に触れさせる目的で公開したものではない旨を釈明した上で「実害を起こす可能性があったことに対する責任と後悔の念は強めております。この問題に関しての深刻さを改めて認識したため,率先して解決に向けての問題提起をしていきたいと思っておりますし,解決するまでは,すべてのネット上の私のファイルを撤去する所存です。HPは百%認められないとの会社側の従来の見解は,個人的には今でも理不尽だと思っております。」と記載して,HP上のファイルを撤去することを申し出た(なお,原告は,この文書は被告から命ぜられた内容のままに書いたものであると供述する。確かに,ファイルの撤去は守屋編集部長の指示を受けたものであることが認められるが,それ以外の同文書の内容は,そのほとんどが原告の主張や弁明に終始しているものであって,被告に強制されて無理矢理に記載をさせられたものであるとは認め難い。)。
その後,原告は,同月27日,被告に対し,HPの全面閉鎖を約束する趣旨の「誓約書」と題する書面を提出した。
(<証拠・人証略>)
(キ) 支社編集部は,このような経緯を踏まえて,原告には通常の記者業務を行わせないこととしたが,さらに,同編集部内から,原告との信頼関係が失われたため,原告の記事を信用することができないとの指摘があったことから,結局,原告による独自の取材は相当ではないと判断し,原告には原則として発表原稿の処理(執筆)を中心とした職務を担当させることにした。(<証拠・人証略>)
(ク) そうしたところ,被告東京本社編集局の丹羽編集総務,同法務室の森次長及び守屋編集部長は,平成11年2月17日午後2時30分ころから,原告に対する事情聴取等を行った。
その際に,守屋編集部長らは,原告に対し,同人がHP上で公開した「新人記者の現場から」の各文書,「ベンチャー記者の現場から」の各文書及び「経済記者の現場から」の文書の記載中のどの部分が,どのような理由から問題であるのかについて具体的に説明し,「オーナー企業」記載部分や「社内的立場」記載部分については,取材源の秘匿という点で違反があり,新聞記者の原点を犯すものであること,「悪魔との契約1」記載部分については,取材先は被告の名刺を持っているから取材に応じてくれるのであって,原告がHPで公開していることは被告の信用問題になる,などと指摘した。その上で,原告に対し,今回の行為は懲戒解雇処分か依願退職が検討されるような重大な行為であり,辞職を考えてはどうかとの趣旨を伝えてこれを促し,辞職をしないというのであれば,懲戒処分を検討するための資料とするために,被告宛の「顛末書」及び懲戒処分に関する「上申書」を提出するように指示した。
これに対して原告は,HPの文書の中に,被告の経営方針に反した点があることは認めるし,相応の処分を受ける意思はあるとした上で,原告が100パーセント悪いということは有り得ないし,懲戒免職にあたるようなことをしたとは思わないとの意見を述べて,辞職をする意思のないことを明らかにした。そして,原告は,守屋編集部長らの指示に従って「顛末書」及び「上申書」を作成することにしたが,その内容について,字句が誤っていたり,あるいは反省や謝罪の姿勢が不足しているなどとして,同部長らの指示で何度も書き直しをさせられ,また,「始末書」と題して作成した文書を「上申書」と題する文書に改めさせられるなどしたこともあって,これらの文書の作成に相当の時間を要する結果となり,最終的に,「顛末書」及び「上申書」の作成を終えたときには,翌日の午前零時を大きく過ぎていた。
(<証拠・人証略>)
(ケ) 原告は,以上のような経緯で,平成11年2月末日までにHPを閉鎖する手続を採った。(<証拠略>)
ウ 本件懲戒処分及び本件配転命令まで(平成11年2月下旬から同年4月上旬まで)
(ア) 被告は,平成11年3月9日,常務会において原告の懲戒処分に関する審議を行い,その結果,原告を同月10日から14日間の出勤停止処分(本件懲戒処分)に,守屋編集部長をけん責処分にすることをそれぞれ決定し,同日,原告に対して本件懲戒処分を告知した。
(<証拠・人証略>)
(イ) 被告は,同年3月26日,常務会において,原告を本社資料部に異動すること,異動発令日は,内示から2週間以上の期間を置くという被告の人事慣行に則って,同年4月12日付けとすることを決定し,これに基づいて,支社編集部の岩丸編集部長は,原告に対し,同年3月29日,本社資料部への異動を内示した。(<証拠・人証略>)
エ 原告が被告を退職するまで(平成11年4月12日から同年8月まで)
(ア) 原告は,平成11年4月12日付けで,本社資料部に配転を命じられて(本件配転命令),異動した。これを受けて,被告は,同日,原告に対し,<1>日本新聞協会が被告発行の各新聞をマイクロフィルム化するために,月2回,日付及び紙面の印刷状態を点検した上で,被告の新聞原紙を同協会に送付すること,<2>読者からの声をまとめて紙面編集に活かすために本社資料部が月2回の割合で作成している「レファレンス」の印刷や製本作業を行うこと,<3>全国の図書館に,被告の発行している新聞全紙が置かれているか,保存されているか,あるいはその縮刷版を置いているかを電話で確認する,という業務(管理業務)を命じて行わせた。
(<証拠・人証略>)
(イ) そうしたところ,原告は,平成11年7月中旬ころから被告に出社しない状態となり,同年8月ころ,本社資料部の樋口部長に対し,「会社を辞めたい」との意思を電話で伝え,同月31日,退職届を提出した。
これを受けて被告本社総務局人事部長は,同年9月6日,原告と面会してその退職意思を確認し,原告の年次休暇の残余日数を勘案して,原告の退社日が同月29日となることを同人に伝えた。
原告は,同日をもって被告を退職した。
(<証拠・人証略>)
2 争点(1)(確認請求の利益)について
原告による本件懲戒処分の無効確認に関する請求は,過去の法律関係の確認を求めるものであって,原則的には確認の訴えの利益を欠く不適法なものであるというべきであるが,このような請求であっても,現在の権利又は法律関係を個別的に確定することが,必ずしも紛争の抜本的な解決をもたらさず,かえって,それらの権利又は法律関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが,現に存する紛争の抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には,確認の利益を認めることができるというべきである。
原告は,本件訴訟において,本件懲戒処分が無効であることを前提として,同処分により不支給となった賃金及び賞与の支払請求並びに同処分が違法であることを理由として不法行為に基づく損害賠償の請求をするものであるが,これらを含む現に存する法的紛争を抜本的に解決するためには,直接に本件懲戒処分の効力を確定することが適切かつ有効であると認められるから,本件訴訟においてはなお確認の訴えの利益を有するというべきである。
3 争点(2)ア及びイ(懲戒処分の有効性)について
(1) 被告は,原告が個人で開設したHP上に就業規則の規定に違反する内容の文書を公開したことや,HPを閉鎖するようにとの守屋編集部長による業務命令に違反した原告の行為が,就業規則の定める懲戒処分事由に該当するものであるとして,本件懲戒処分を行っているところである。そこで,原告の行為が就業規則71条1号の懲戒処分事由に該当するかについて検討する。
まず原告は,同人の私生活上の行為を理由に懲戒処分をすることは許されない旨を主張するので,この点について検討する。
被告は,企業の存立と事業の円滑な運営を維持するために,必要な諸事項を一般的に規則で定め,あるいは労働者に対して特定の行為を具体的に命じることができ,もし,実際に企業秩序遵守義務に違反する行為が行われた場合には,違反行為をした労働者に対して,その内容・態様・程度等に応じて懲戒処分を行うことができるものである。そして,このような根拠に基づいて認められる労働者に対する懲戒権の行使は,企業の秩序維持に必要な範囲で行うことができるものであるというべきであるから,企業の秩序維持とは何らの関連性を有しない労働者の個人的な行為を対象として,懲戒権を行使することは許されないものと解されるが,労働者の私生活上の行為であっても,その行為が労働者の企業における職務に密接に関連するなど,企業秩序維持の観点から許されない行為と認められる場合には,なお企業秩序遵守義務に違反する行為として懲戒処分の対象とすることができるというべきである。このことは,仮に,懲戒処分の対象となる労働者の行為が憲法上保障される場合であっても,憲法上の権利保障は労働者と企業との間の労働契約関係を直接に規律する効力を有するものとは認められないうえ,企業秩序維持の観点からこのような行為を懲戒処分の対象とすることが当然に公序良俗に反する許されないものとも解されないことから,同様に懲戒処分の対象とすることが許されるものというべきである。
そこで,以上を前提に検討するに,前記1の(1)で認定したとおり,原告は,不特定多数の者がその内容を知りうる可能性のあるHP上に,自らが被告の新聞記者であることを明らかにした上で,被告の従業員として,あるいは被告の記者として活動する中で知り得た事実や体験を題材として作成した文書を掲載していたもので,このような行為は原告の被告における職務と密接に関連するものであると認められるから,このようにして作成された原告のHP上の文書の内容や,このようなHPをインターネット上に置いた原告の行為が,企業秩序維持の観点から,就業規則に違反する懲戒処分事由に該当すると認められる場合において,被告が,原告に対して,懲戒処分を行うことは許されるというべきである。
(2) 懲戒処分事由の有無について
被告の就業規則71条1号は,従業員が,「就業規則,あるいは付属規定に反し,または責任者の命に従わないとき」を懲戒処分事由として規定している。そこで,被告が主張する原告の行為がこの懲戒処分事由に該当するか否かについて検討する。
ア 前記「就業規則に反する」行為について
(ア) 就業規則33条1号の「会社の経営方針あるいは編集方針を害する行為」に該当する事由の有無
a 前記1の(3)ア(イ),同イ(オ)(カ)及び(ク)で認定した各事実並びに証拠(証人守屋及び同佐々の各証言)によれば,被告は,被告が責任を持って発行する新聞などの各種媒体に掲載しなかった取材源を公開しないことや,このような各種媒体に虚偽の事実を掲載しないことを経営・編集方針としていること,そして,平成9年5月ころ,守屋編集部長からこのことについての指摘を受けていた原告は,このような被告の経営・編集方針を,個人のHP上に「新人記者の現場から」の各文書の公開を再開した平成10年5月ころに(ママ)までには当然に認識していたことが認められる。
b そして,原告が,平成11年1月以前からHP上に公開していた文書中,「オーナー企業」記載部分及び「社内的立場」記載部分には,取材先の実名記載や,これが特定できるような役職名の記載がなされていたことが認められるのであって,この事実からすれば,取材源を秘匿するという被告の経営・編集方針に反する行為を原告が行ったこと,従って,同人が就業規則33条1号に違反する行為を行ったことが認められる。
また,原告が,平成9年5月当時,及び平成10年5月以降にHP上に公開していた「捏造記事」の記載部分には,原告が,事実と異なる取材相手の名前を適当に考えて報告したことにより,虚偽の記事が被告の新聞に掲載された経緯が記載されており,これによれば,このような原告の行為は真実を報道するという被告の経営・編集方針に反する行為であって,さらに,こうした事実をHPで公開したことにより,被告の信用を害する結果を招いたことが認められる。そうすると,この点においても,原告には就業規則33条1号に違反する行為を行ったことが認められる。
c ところで,原告は,取材源は取材先との約束がなければ原則として公開することが許されるべきものであると主張するが,被告がこのような考え方に立っていないことは原告も充分に認識していたものである。そして,原告が,被告の記者として行った取材活動は,被告が責任を持って発行する新聞等の各種媒体に掲載する目的で行われるものであって,取材先も被告がその責任と判断で作成する新聞等の各種媒体に記事として掲載されることを前提に,被告の記者である原告の取材に応じているものというべきである。そうすると,原告の取材活動によって得られた情報についてその取材源を公表するか否かの判断は,基本的には被告がその責任において行うべきもので,原告が判断すべきものではないというべきであるから,原告がこの点について判断権を有することを前提とする前記主張は採用できない。
また,仮に,原告が主張するように,取材先との約束がない以上は取材源を秘匿する義務はないとの考え方に立ったとしても,前記のとおり,取材先は,被告の記者である原告に対し,被告の判断と責任において作成される新聞等の記事として掲載されることを承諾して取材に応じているものであって,原告がその判断と責任で作成する個人のHP上において取材内容を公にされ,あるいは取材源を明らかにされることについて承諾しているものであるとは認められないものであるから,取材先との間で取材源を秘匿することに関する約束がないからといって,被告とは関係のない原告のHP上に取材によって得られた情報をその取材先が明らかとなる方法で掲載することが取材先との関係において当然に許されるものとは認められないというべきである。
(イ) 就業規則33条2号の「会社の機密を漏らさないこと」に違反する事由の有無
a 「共同体と機能体3」記載部分によれば,原告は,そこに記載された事実について,被告が社外秘としていることを明らかにした上で,敢えてこの事実をHP上に記載して公開していることが認められる。
b 「バラバラ殺人」記載部分には,夕刊の締切時間を明らかとする記載が認められ,証人守屋の証言によれば,新聞記事の締切時間については,新聞社の体力によって締切時間が変わってくるものであり,その微妙な違いを前提に取材競争をすることがあるため,一般に公表すべきものではないとされていることが認められる。
c そうすると,原告は,前記a及びbのとおり,被告が公にしてはならないとしている機密をHP上に掲載して公開したものというべきであるから,就業規則33条2号に違反したものと認められる。
この点について原告は,前記a及びbの各事実は社外秘にするほどの重要な事実ではなく,「機密」には該当しないもので,一般にも知られているものである旨を主張する。しかし,就業規則33条2号の「機密」とは,重要な秘密に属する事実をいうと解されるが,前記a及びbの各事実については,被告が,重要な秘密に属するものと判断して「社外秘」とし,あるいは被告のような新聞業界においては,重要な秘密に属する事項として扱われる事実であると認められ,仮に,被告の従業員以外の者の中でこれらの事実を知っている者がいたとしても,このことから直ちに同号にいう「機密」性が失われるものではないというべきである。そして,前記a及びbの事実が一般に知られている事実であるとは認められない上,被告がこれらの事実を「社外秘」として扱っていることには一応の合理性が認められるのであるから,原告は,被告がこれらの事実を「社外秘」として扱っていることを認識しながら敢えてHP上で公開したものであって,これらの行為が就業規則に違反するものとして懲戒処分の対象とされることは当然のことというべきである。
(ウ) 就業規則35条2号の「会社の秩序風紀を守るため,流言してはならない」との義務に違反した行為の有無
a 「悪魔との契約1」記載部分及び「悪魔との契約4」記載部分によれば,被告の記者である原告は,不特定多数の者がその内容を知り得るHP上において,被告が「天然記念物級の古く汚れた組織」であり,「前科の固まりのような組織なので,私は本当に殺られかねない」,「この腐った組織を徹底的に打ちのめしてやる。潰してやる。そして,権力を握り,最終的な目的を到達してやるのだ。」,被告は「屍姦症的性格を帯びた邪悪な企業」であるなどと記載しているところであり,これらの記載は,その不穏当な表現から,被告の外部の者だけではなく内部の者に対しても,被告は社会的に悪とされるべき行為を繰り返し行ってきている企業であるという印象を与えるものである上,このような内容の文書が公開され続けることによって被告の秩序風紀を乱す結果を招きかねないものであると認められる。
b 原告は,前記aの記載部分は「流言」には該当しないもので,問題とするに足りない上,新聞記者が事実に基づいて自社の方針を批判するのは当然のことであって,公共性の高い新聞社はこのような社内批判に寛容であるべきであるなどと主張するが,これらの文章の表現は一読して通常の社内批判の程度を超える感情的なもので,被告に対する悪意に満ちた表現がことさらに用いられているというべきであって,建設的な社内批判とは明らかに一線を画するものというべきであるから,企業秩序維持の観点から被告による懲戒処分の対象とされてもやむを得ないものであると言わざるを得ない。
イ 就業規則71条1号所定の「責任者の命に従わない」行為の有無
(ア) 前記1の(3)ア(イ)で認定したとおり,守屋編集部長は,平成9年5月ころ,原告に対し,同人のHPを閉鎖するように命じ,同人においてこれに応じてHPを閉鎖したことが認められ,また,前記1の(3)イ(ウ)で認定したとおり,原告は,平成10年5月ころ,再びHPを再開したことが認められる。
(イ) そして,被告は,原告が上司の再三の注意にも関わらず自己のHP上において問題のある文書の掲載を続けた行為を「責任者の命に従わない」との懲戒処分事由に該当する行為であると主張する。
そこで検討するに,被告は,同社と労働契約を締結している原告に対し,同契約の範囲内で業務命令を行う権利を有するというべきであるが,前記(ア)の守屋編集部長が原告に対してHPを閉鎖するよう命じた業務命令は,HPで公開されていた同人作成の文書のうち,就業規則上問題となる記載部分を特定することなく,HP全体の閉鎖を命じたものであるから,その業務命令権の範囲を逸脱した無効なものであるというべきである。すなわち,守屋編集部長は,原告に対し,HPで公開された文書の記載中,原告と被告との間の労働契約(就業規則)上許されない記載部分を特定した上で,その部分を削除させ,もし,この部分の削除ではその目的を達し得ない場合に限ってその文書全体を削除するよう命ずることができるというべきであるが,同部長の原告に対する前記業務命令は,削除すべき部分を特定することなく,就業規則上何らの問題のない文書を含むHP全体を閉鎖するよう命じたものであって,到底許されないもので,これに従わなかった原告の行為をもって「責任者の命に従わなかった」ものであるとして懲戒処分の対象とすることは許されないのである。
(ウ) そして,結局のところ本件においては,原告が,HPで公開した文書のうち,上司(責任者)による必要かつ適法な業務命令に違反して,HP上での文書の公開を継続したとの事実を認めることはできないから,この点に関する懲戒処分事由が存在する旨の被告の主張は理由がない。
(3) 本件懲戒処分の適法性について
ア 前記(2)で認定したとおり,原告には,就業規則33条1号所定の「会社の経営方針あるいは編集方針を害する行為」,同条2号所定の「会社の機密をもらす行為」,及び同35条2号所定の「流言をする行為」をしたことが認められる。
そうすると,原告には就業規則71条1号の「就業規則に反する行為をした」という懲戒処分事由が存在することが認められる。
イ そして,就業規則71条は,従業員に同条所定の懲戒処分事由が認められる場合には,審査の上,その軽重に応じ,けん責,減給,出勤停止,職務転換,役付きはく奪及び解雇などの懲戒処分を行うことを規定しており,前記1の(1),(2),(3)ア及びイで認定した各事実,特に,原告の行った本件懲戒処分事由に該当する行為の内容,原告はこれらの行為をすることが被告の会社の経営・編集方針や就業規則に違反することを認識しながら,敢えてこうした行為を行ったものであることなど,本件懲戒処分について認められる事情を考慮すると,被告が原告に対してなした本件懲戒処分が,重きに失するなど客観的に合理的な理由を欠き,または社会通念上相当として是認できないものであるとは認められない。
ウ なお,原告は,本件懲戒処分が違法であるとして種々の主張をするところである。しかし,本件においては,証拠上,原告が行った本件懲戒処分事由に該当する行為によって被告や取材先に実害が生じていないとは断定できない上,原告は,本件懲戒処分を受けるに際して本件懲戒処分事由について十分な反論を行っていることが認められるから,その手続において反論の機会を与えられなかった違法があるとは認め難い。また,守屋編集部長が原告のHPを全面的に閉鎖するよう命じた行為が許されないものであり,本件懲戒処分の対象となったHP上の文書が原告の公開していた文書のうちのごく一部に過ぎないものであったとしても,このことから,原告に認められた前記懲戒処分事由に基づく本件懲戒処分が,客観的に合理的な理由を欠き,あるいは社会通念上相当として是認できないものであるとも認め難い。
エ 以上のとおりであるから,結局,本件懲戒処分は有効であるというべきである。
そうすると,本件懲戒処分が違法・無効であることを前提とする原告の本訴請求(本件懲戒処分の無効確認,同処分により不支給となった賃金及び賞与の支払請求,慰謝料請求)は,いずれも理由がない。
4 争点(3)(本件配転命令の違法性)について
(1) (証拠略)によれば,被告は,従業員の募集広告において,「募集職種」として「新聞記者部門」・「出版編集部門」・「技術部門」と区分して記載し,「各部門を重複受験することはできません。」との記載をしていることが認められるが,証拠(<証拠・人証略>)によれば,就業規則(給与規定を含む。)には受験した職種に応じて,職種を限定した労働契約を締結することを前提とした規定はなく,募集広告の募集職種の記載も,被告に採用された場合の職務内容の種類を明らかにする程度の趣旨でなされているもので,被告の従業員の配属については従業員本人の能力及び適性を総合的に勘案して被告の(ママ)おいて決めていることが認められる。そして,原告も,本件配転命令に対して,被告との間の労働契約が職種限定契約であることを理由に異議を述べた事実は認められず,また,その作成にかかる前記「悪魔との契約1」において「整理部に左遷され記者でなくなったら辞めることは今から決めているが,その可能性も一気に高まり,地方支局に飛ばされることも考えられる。」などと記載し(<証拠略>),被告との労働契約が記者職種に限定されたものであるとの認識を有していなかったことが認められるのであって,結局,原告と被告との間で労働契約を締結した時における契約当事者の意思,募集広告の記載の内容及びその意味,就業規則の規定の内容,その他,前記1の(3)イ(キ),ウ及びエで認定した本件配転命令に至る経緯等に関する各事実によれば,被告と原告との間の労働契約が記者としての職種に限定した労働契約であるとは認められない。
(2)ア 就業規則20条は「業務上の都合により転勤,職場の変更,出向,出張または駐在を命ずることがある。従業員は,正当な理由がなければ前項の命に従わなければならない。」と規定しており,証拠(<人証略>)によれば,被告における従業員の採用は,東京本社において一括して採用する扱いとなっており,支社編集部の部員は3年の任期を終えた段階で東京本社に異動することが慣例となっていたこと,被告の従業員の定期異動は,毎年3月1日付けと9月1日付けで行われており,被告は,原告についても,支社編集部における3年の任期が終了する平成11年3月1日付けで東京本社への異動を予定していたところ,本件懲戒処分事由の存在が明らかとなったことから,異動時期を同年4月12日付けとし,その異動部署についても,原告が本件懲戒処分を受け,その懲戒事由が記者としての業務に関して生じたものであったことから,直ちに原告を本社における取材業務に就かせることは相当ではないと考えられたこと,原告の配転先となった本社資料部では,その当時業務のシステム化が検討されており,いわゆるパソコンの知識を有する若い人材が必要と考えられ,かつ,原告には読者の意見や質問を身近に聞く経験を一定期間積ませる必要があると判断されたことから,被告は,同年3月26日の常務会の決定に基づいて,原告を本社資料部に異動させるとの配転命令を行った(本件配転命令)ことが認められる。
イ そうすると,被告の原告に対する本件配転命令は,就業規則20条及び被告の慣行に則った上,配転の必要性に基づいて行われたもので,不当な動機ないし目的に基づいてなされたなど,配転命令権の濫用ないし信義則に反する違法なものであるとは認められないというべきである(なお,原告も,本件配転命令に基づいて東京本社に異動させられたこと自体を問題とするというよりは,本社資料部に配属されたことを問題とするようであるが,前記(1)で認定したとおり,被告と原告との間の労働契約が職種限定契約であるとは認められない上,本件懲戒処分が有効であること,同処分の前提となる懲戒処分事由が記者としての取材活動に関連して行われたものであることに照らすと,この点に関する被告の措置が配転命令権の濫用にあたるなどにより違法であるとは認められないというべきである。)。
(3) 以上のとおりであるから,本件配転命令が違法であることを前提とする原告の請求(慰謝料請求)は理由がない。
5 結論
そうすると,原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 木納敏和)