東京地方裁判所 平成13年(ワ)5503号 判決 2002年11月26日
原告
木村亜紗子
同訴訟代理人弁護士
萱野一樹
被告
株式会社全日本スパー本部
同代表者代表取締役
神林章夫
同訴訟代理人弁護士
今井健夫
同
矢嶋髙慶
同
蓑毛良和
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 原告が被告に対し、総務・管理グループマネジャーの地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、八二万一一三七円及びこれに対する平成一三年三月二六日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、平成一三年三月以降、毎月二五日限り、三万五〇〇〇円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の従業員である原告が被告からマネジャー職を解く旨の降職措置を受け、これに伴い役職手当が支給されなくなったので、その効力を争い、マネジャーの地位にあることの確認、降職措置後の役職手当の支払を求めるとともに、降職措置に伴い賞与が減額されたとして、減額分の賞与の支払を請求した事案である。
1 前提事実(証拠を掲げないものは、争いがない)
(1) 当事者
ア 原告は、平成四年七月一三日、被告に就職し、現在まで被告に勤務している。原告は、平成六年四月、総務・管理グループのマネジャーとなった。
イ 被告は、オランダのアムステルダムに国際本部を置く、欧州を中心に三二か国が加盟している食品小売業の国際チェーン組織「スパー(SPAR)」の日本本部である。平成一二年六月末当時、日本国内には、スーパーマーケット及びコンビニエンスストアという形で、合計一七八三のスパー加盟店があった。全国にこれらの店舗を統括する一二の地区本部があり、その各々が独立した法人となっている。被告は、この地区本部一二社を取りまとある会社であり、地区本部一二社が被告の全株式を持ち合っている。
被告の業務は、「スパー(SPAR)」商標の管理、国際スパー本部との連絡・情報交換、地区本部との連絡・情報交換、スパーグループ全体のデータ管理、人材開発、広報活動、販促活動、プライベートブランド商品の企画・開発、商品の共同購入等である。
決算期は、毎年六月末である。
(2) 降職措置
被告は、平成一二年八月一日、原告に対し、同月六日限りで総務・管理グループマネジャーの職を解き、受発注を担当するいわゆる平の従業員に降職する旨の意思表示(以下「本件降職措置」という)をした。
(3) 原告の給与
ア 原告の給与は、毎月二〇日締め、当月二五日支払である。
イ 本件降職措置前の原告の給与は、次のとおりであった。
基本給(本給) 二四万五八〇〇円
年齢給 九万九〇〇〇円
勤続給 二〇〇〇円
家族手当 四〇〇〇円
住宅手当 二万円
役職手当 三万五〇〇〇円
(合計) 四〇万五八〇〇円
ウ 被告は、本件降職措置に伴い、原告に対し、平成一二年八月分以降の役職手当(三万五〇〇〇円)を支払わなかった(ただし、同年八月分については日割計算で二万三八六三円を支払った)。
(4) 賞与
被告の給与規定には、賞与は被告の営業成績に応じ、従業員の勤務成績を考慮して支給するとの定めがある。被告は、平成一二年一二月、原告に対し、同年の冬期賞与として六二万一〇四〇円を支給した(書証略)。
2 争点
(1) 本件降職措置の効力
(被告の主張)
原告は、マネジャーとしての適格性を欠いていたので、被告は、人事権に基づき、原告のマネジャー職を解いた。
ア ずさんな買掛金管理
(ア) 被告の玉盛専務取締役は、被告の帳簿上の買掛金残高が仕入先からの請求書や残高証明書の金額と異なるケースが極めて多いことを発見した。
そこで、玉盛専務は、遅くとも平成一一年初め、原告に対し、被告の買掛金残高と仕入先の請求残高の間の不一致をなくすよう命じた。具体的には、<1>被告の買掛金残高と仕入先の主張する金額とが一致しない部分を洗い出すこと、<2>一致しない部分については仕入先との間で不一致の理由を確認すること、<3>一年以上前の残高にさかのぼっても不一致の理由が判明できない場合は、その旨を添えて経理処理のりん議を上げることなどを指示した。そして、玉盛専務は、原告に対し、平成一一年六月の決算時までに買掛金の処理を適切に行うよう指示した。
(イ) ところが、原告の買掛金照合・訂正の作業は進まず、平成一一年六月の決算時においても、被告の買掛金残高と仕入先の請求残高の不一致は解消しなかった。
(ウ) 玉盛専務は、その後、機会があるたび、原告に買掛金残高を仕入先の金額と整合させるよう指示したが、原告は、「今は忙しくて手が足りない。そのうちに行います」などと言うだけであった。玉盛専務は、人手が足りないなら派遣社員でも何でも入れると言ったが、原告は「自分でできますから」などと答えた。
(エ) 結局、玉盛専務が指示を出してから一年以上が経過しても、原告は命じられた買掛金照合・訂正の作業を完了しなかった。玉盛専務は、このまま原告に任せていては平成一二年六月末の決算時にも買掛金の適切な処理ができなくなると判断し、同年五月、原告の反対を押し切ってアシスタントとなる派遣社員を下につけるよう原告に命じ、速やかに買掛金照合・訂正の業務を完遂するよう原告に促した。しかし、原告の勤務怠慢は続き、残高不一致が解消しないまま平成一二年六月末の決算期を迎えた。
(オ) 原告は、平成一二年七月一九日、玉盛専務に買掛金一覧表を提出した。玉盛専務が買掛金一覧表の金額と仕入先の金額が合っているかどうかを尋ねたところ、原告は、金額は合っていないが、決算の都合上七月一九日までに提出するよう命じられたから提出したなどと答えた。玉盛専務は、原告に対し、同年七月二七日までにできる限り買掛金残高と仕入先請求残高の不一致をなくして再提出するよう命じた。
(カ) 原告は、平成一二年七月二七日、玉盛専務に買掛金一覧表を提出するとともに、休暇を取りたいと告げた。しかし、買掛金一覧表は、仕入先の金額との整合が全くできていないものであった。被告は、同月三一日に監査役に書類を提出するために、同月二九日までに社内での決算の作業を終わらせる必要があったので、玉盛専務は、原告に対し、同月二九日までは、経理担当者にきちんと協力し、それまでできる限り仕入先との金額の不一致をなくすよう命じた。
しかし、原告は、同月二七日の夜、経理担当者である浜田や稲葉公認会計士が各種書類を作成している途中に帰宅した。原告が提出した買掛金一覧表は、仕入先の金額との整合ができていなかったので、平成一二年六月末の決算期においても、不一致が解消しなかった。
しかも、原告の提出した買掛金一覧表は、消費税の計算等に明らかな誤りがあった。浜田は、同月二七日の夜、買掛金一覧表にミスがあることを発見したが、既に原告は帰宅していたので、訂正が不可能であった。
(キ) 原告は、同月二八日、会社を休んだため、浜田は原告の自宅に電話をしたが、連絡はつかなかった。原告は、同月二九日、会社に顔を出したが、休暇中であることを理由に決算作業に協力しなかった。
原告は、同月三一日、被告に無断で休暇を取った。
(ク) このように、原告は、被告から適切に買掛金管理をするよう命じられ、作業をするための十分な期間を与えられたが、怠惰な態度で作業を全く進めず、さらに、決算期の忙しい時期に無断で休暇を取って経理担当者に多大な迷惑を掛けた。原告は、責任感の欠如、怠惰な勤務態度から、マネジャー職の適格性を欠いていた。
(ケ) 平成一二年八月以降、新しい買掛金担当者がついてから一年間で、買掛金残高と仕入先請求額の不一致は激減した。
イ 他の従業員に対する不適切な対応
原告は、経理・会計事務を担当していた有能な従業員である片口から退職について相談を受けたところ、「いろいろな経験をすることは良いことだ。年齢的な問題もあるので、今の若いうちでないと経験できない」と助言した。その後、片口は、被告を退職した。
原告は、マネジャー職の地位にあった以上、会社に必要な人材が欠けることにより業務に支障を生ずるような事態を避けるよう最大限の配慮・努力をすべき立場にあった。ところが、原告は、専ら自分自身が経理・会計事務を担当したいという個人的希望を実現するために、片口に退職を勧める趣旨の助言をした。
ウ ルーズな有給休暇の取得手続
(ア) 被告の就業規則には、「年次有給休暇は事前に従業員が請求した時に与えることを原則とするが、業務の都合によりやむを得ない場合は、他の時期に変更することがある」(二二条四項)との規定があり、社内のルールでは、病気等の緊急やむを得ない場合を除き、休暇取得の前日までに書面(有給休暇届書)を提出して承認を受けることとされていた。
(イ) ところが、原告は、次のとおり、有給休暇の取得がルーズであった。このようなことでは、真に業務上やむを得ない場合であっても休暇時期の変更を求めることが不可能となり、業務に支障を生ずるおそれが大きかった。
a 平成一一年八月九日から同月一一日まで有給休暇を取った後、同月一二日に届出書を提出した(休暇の理由は私用)。
b 平成一一年一一月二四日に有給休暇を取る当日に届出書を提出した(休暇の理由は私用)。
c 平成一二年一月二四日から同月二五日まで有給休暇を取った後、同月二六日に届出書を提出した(休暇の理由は私用)。
(ウ) マネジャー職にあった原告は、率先して社内のルールを遵守して他の従業員の模範になるべき立場にあったが、このようにルールを守らずに有給休暇を取得していた。
エ 本件降職措置の効力
原告は、マネジャーとしての適格性を欠いていたので、被告は、人事権に基づき、原告のマネジャー職を解いた。本件降職措置により原告の収入は減少したが、それは月額三万五〇〇〇円の役職手当の減少にすぎず、原告の給与計算の基礎になる等級・号数の引下げはなく、本件降職措置は、原告の経済的な基盤に重大な影響を及ぼすものではない。本件降職措置は、適切な人事上の措置であり、裁量の逸脱・濫用はない。
(原告の主張)
原告にマネジャーとしての適格を欠くところはないから、本件降職措置は、人事上の裁量権の濫用に当たり無効である。
ア 買掛金管理について
原告は、玉盛専務から買掛金残高についての仕入れ先との差異・矛盾を一掃するよう指示を受けたことはなく、買掛金処理の担当者や責任者になったこともなかった。
原告の本来の権限と業務は、売上げに関するデータ処理(売掛金の処理と店舗月報のデータ処理)であった。原告は、売掛金管理の責任は負っていたが、買掛金管理については、責任者でも担当者でもなかった。買掛金処理の直接の担当者は、仕入担当の皆吉とその後任者の岩屋であり、責任者は玉盛専務であった。
原告には、買掛金・仕入担当者が月次買掛金一覧表を作成するのを指導する中において、計上漏れ・支払等処理間違い・入力ミスのチェックをしていたが、それ以上の管理責任はなかった。
原告は、売掛金管理の業務をする中で、仕入・売上計上の漏れ・ずれが仕入額・支払額と仕入先請求残高との差異の原因となっていることもあることがわかってきた。原告は、玉盛専務に対し、売掛金管理と同様に買掛金についても問題をなくしたいと提案し、仕入・買掛金の残高が不適正なものがあるが、社内的なミスが原因のものもあるので、まず仕入先との差異・矛盾を洗い出し、社内精算したうえで、仕入先に残高の不一致についての処理折衝をしたいと申し出たが、玉盛専務は、「ああやってください」と答えるのみであり、具体的な質問をしなかった。
皆吉は、玉盛専務の直接の指示のもと、買掛金処理の業務を行っていたが、買掛金処理が混乱した状態が続いた。原告は、買掛金処理の直接の担当者でも責任者でもなかったが、マネジャーとして、買掛金処理の状態に不安を感じ、その改善のための助言、助力をした。買掛金は、多数の仕入先との間で金額が一致しない状況が続いたので、原告は、見るに見かねて残高差異をなくすための処理プログラムの開発を提案し、数理技研に依頼した。また、原告は、玉盛専務に対し、再三にわたり、買掛金処理の権限と責任を与えてもらうよう提案したが、認められなかった。
原告が数理技研に依頼していた処理プログラムが完成したこと、玉盛専務がそれまでの残高差異を不明金として処理したこと(もっとも、残高差異の原因を解明して是正することなく、不明金として処理することが妥当かどうかは疑問である)から、買掛金処理の混乱が一定程度改善した。
イ 他の従業員への対応について
原告が不適切を助言をした事実はない。原告は、玉盛専務から指示を受け、片口を慰留したが、玉盛専務と性格的にあわないことが退職の理由であると言われたので、返す言葉はなく、片口の「今勉強しているPCグラフィック関係の仕事がしたい」との希望に対し、「頑張ってください」としか言えなかった。
ウ 有給休暇の取得手続について
原告は、入社前の面接で、当時の高橋専務に、喘息の持病がある息子がいるので長期の休みは取らないが、突発で休むことが多々あると思うが業務に支障のないようにすると伝え、了解を得ており、玉盛専務も承知していた。突発の休暇は、息子の喘息発作によるものであり、有給休暇届を提出するのは後日付になり、休暇の理由は「私用」としていたが、当日の朝に電話で連絡して理由を述べ了解を得ていた。また、原告は、突発で休んだ場合、土日出勤するなどマネジャーとしての業務への支障がないようにしていた。
エ 本件降職措置の効力
以上のとおり、原告にマネジャーとしての適格を欠くところはないから、本件降職措置は、人事上の裁量権の濫用に当たり無効である。
平成一二年八月分から平成一三年二月分までの役職手当の残金は、二二万一一三七円である。
(計算式)三五、〇〇〇×七-二三、八六三=二二一、一三七
よって、原告は、被告に対し、<1>総務・管理グループマネジャーの地位にあることの確認、<2>平成一二年八月分から平成一三年二月分までの役職手当の残金二二万一一三七円及びこれに対する同月分の給与の支払日の後である同年三月二六日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払、<3>平成一三年三月以降、毎月二五日限り、役職手当三万五〇〇〇円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
(2) 賞与請求権の有無
(原告の主張)
原告は、本件降職措置に伴い、平成一二年一二月の賞与を約二分の一減額された、その額は六〇万円を下らない。
よって、原告は、被告に対し、平成一二年一二月分の賞与の残金六〇万円及びこれに対する支払日の後である平成一三年三月二六日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
被告は、従業員に対し、原則として、基本給に役職手当を加えた金額の二・八か月分を冬期賞与として支給していた。ただし、従業員の勤務成績と出勤状況を考慮して、上記金額に一定の加減をしていた。原告の場合、基本給、年齢給、勤続給の合計額は三四万六八〇〇円であったので、これに二・八を乗じると、九七万一〇四〇円となる。そして、被告は、原告の勤務成績と出勤状況を考慮して、三五万円を減額するのが相当と判断し、原告に対し、平成一二年冬期賞与として六二万一〇四〇円を支給した。
第三争点に対する判断
1 事実関係
証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人の供述は採用することができない。
(1) 被告の組織
被告には、一四名の取締役がいたが、うち一二名は非常勤であり、日常業務に従事する取締役は、社長及び玉盛専務(平成九年九月就任)の二名であった。被告の従業員数は約一〇名前後であった。被告には、部・課・係という階層的な管理組織はなく、玉盛専務が各従業員を直接指揮監督して業務を遂行していた。
被告は、マネジャー職を、高度な専門知識と技能を有し、自己の職務を理解し、一定の包括的指示があった場合には独自の判断で必要な業務を遂行することができる能力を有する者に与える役職・地位と位置付けていた。平成一二年七月当時、従業員九名のうち原告を含む四名がマネジャー職にあった。なお、マネジャー職は、部下をかかえて指揮監督するというものではなかった。
(2) 買掛金処理の概要
ア 買掛金管理業務の内容
被告における買掛金管理は、おおむね<1>毎月の仕入代金を確定すること、<2>毎月の支払金額を確定すること、<3>買掛金残高が不正確な場合に訂正することから成り立っており、これらがすべて正確に行われないと、正確に買掛金を管理することができない。
イ 毎月の仕入代金の確定
まず、被告が取引先との間で商品の受発注を決めると、受発注担当者は、専用の経理ソフト「販売管理」に受発注の内容を入力する。被告は、得意先から商品の注文を受けた時点で仕入先に商品の注文を発するので、商品の受注と発注は基本的に同時に行われる。この時点では、「販売管理」のデータ上、売掛金と買掛金はまだ計上されない。
その後、被告の仕入先は、直接被告の得意先に商品を納品したうえで、被告に「納品書」または「仕入伝票」を送付する。被告の受発注担当者は、この伝票に基づき、商品が納入された旨のデータを「販売管理」に入力する。このデータ入力により、新たに売掛金と買掛金が計上される。
被告は、毎月末日付けで、売掛金と買掛金の両方を締め切る。ただし、厳密には、当月末日付までの納品書を翌月三、四日ころまで受け付けて入力している。これに遅れて送付された納品書は、翌月の仕入れとして計上される。
被告は、このようにして、「販売管理」に計上された金額を当月の仕入代金として確定させていた。
(3) 買掛金の管理状況
ア 玉盛専務は、平成九年九月、被告の専務取締役に就任した。原告は、当時、マネジャーとして、計数管理(主に債権債務の管理)を担当しており、この中には売掛金管理及び買掛金管理が含まれていた。
原告は、平成一〇年二月二八日付けで、被告に自己申告書を提出し、担当職務のうち「買掛金支払/残高チェック・管理」は無事遂行しており問題ないと報告した。自己申告書は、マネジャー職の従業員に対し毎年一回提出することが義務付けられており、現在の担当職務の内容及びその達成度、担当職務に関する今後の目標や課題などを記載することとされていた。
玉盛専務は、その後、被告の帳簿上の買掛金残高が仕入先の請求書や残高証明書の金額と異なっていることを知った。そのため、玉盛専務は、平成一一年初めころ、原告に対し、被告の帳簿上の買掛金残高と仕入先の請求書上の残高の不一致を解消するよう指示した。具体的には、被告の買掛金残高と仕入先の請求書残高の金額が一致しない部分を洗い出すこと、不一致の原因を解明すること、一年以上前の残高に遡っても不一致の原因が判明しない場合は、その旨を添えて経理処理のりん議書を提出することを包括的に指示したが、具体的な業務遂行方法は原告に任せた。そして、玉盛専務は、平成一一年六月三〇日の決算時に買掛金の処理が適切に行われる必要があるので、これに間に合うように作業をするよう指示した。
(証拠略)
イ ところが、買掛金残高の照合、訂正の作業は、玉盛専務が指定した期限までに完成することが困難な見通しとなった。原告は、平成一一年五月七日付けで自己申告書を提出し、今後の目標として、被告の帳簿上の買掛金残高と仕入先の請求書の残高の差異・矛盾の一掃を挙げた。
平成一一年六月三〇日の決算期における買掛金残高と仕入先の請求書・残高照会等との差異は、次のとおりであることが後日判明した。すなわち、全仕入先八七社のうち、被告の帳簿上の金額と仕入先の請求書の金額が一致する、または差額が一〇〇円以下であるものは一三社であった。残り七四社のうち一四社は仕入先の金額よりも被告の金額が多く、その合計金額は六七万一三八五円であり、三九社は仕入先の金額よりも被告の金額が少なく、その合計金額は四六五万一八六六円であり、二一社は仕入先からの回答がないため不一致の有無が判明しなかった。
結局、被告は、帳簿上の買掛金残高と仕入先の請求書残高の不一致の解明及びその解消が不十分な状態で平成一一年六月三〇日の決算処理をせざるを得なくなった。
(証拠略)
ウ 玉盛専務は、その後、随時原告に対し、買掛金残高の不一致を解消するよう指示したが、原告の作業は順調に進まなかった。原告は、平成一二年六月一日付けで自己申告書を提出し、今期(二四期)の作業として、仕入先残高との差異・矛盾を一掃する前に内部計上処理の不整合・差異をさかのぼって解明している、来期(二五期)として、二四期末時点での買掛金残高の仕入先との残高差異解消を目指すと報告した。結局、被告は、買掛金残高の不一致が解消する見通しがたたないまま平成一二年六月三〇日の決算を迎えた。玉盛専務は、原告に対し、同年六月時点の残高が判明する同年七月一九日に買掛金一覧表を提出するよう指示した(証拠略)。
エ 原告は、平成一二年七月一九日、玉盛専務に買掛金一覧表を提出したが、依然として被告の帳簿上の買掛金残高と仕入先の請求残高の不一致の解明は十分にできていなかった。被告は、同月三一日に監査役に計算書類を提出するために、同月二九日までに社内の決算作業を終える必要があったので、玉盛専務は、原告に対し、同月二七日までに買掛金一覧表を再提出するよう指示した。
原告は、同月二七日、経理部門に買掛金一覧表を提出したが、これも、仕入先の請求金額との不一致が十分に解明できていないうえ、消費税の計算について明らかな誤りがあった。
結局、被告は、同年六月三〇日の決算期においても、買掛金残高の不一致の解消を断念せざるを得なくなった。同年六月三〇日の決算期における買掛金残高と仕入先の請求書・残高照会等との差異は、次のとおりであることが後日判明した。すなわち、全仕入先八六社のうち、被告の帳簿上の金額と仕入先の請求書の金額とが一致する、または差額が一〇〇円以下であるものは二四社であった。残り六二社のうち一四社は仕入先の金額よりも被告の金額が多く、その合計金額は六五万四四八〇円であり、三一社は仕入先の金額よりも被告の金額が少なく、その合計金額は三九二万二二五二円であり、一七社は仕入先からの回答がないため不一致の有無が判明しなかった。
(証拠略)
オ 被告は、平成一二年八月一日、原告に対し、本件降職措置をするとともに買掛金管理の担当から外し、岩屋に対し、原告の後任者として買掛金残高の照合、訂正の作業を命じた。その結果、平成一三年六月三〇日の決算期においては、買掛金残高の不一致の状況は大幅に改善した。すなわち、全仕入先八四社のうち五〇社については被告の帳簿上の金額と仕入先の金額が一致し、七社については差額が一〇〇円以下となり、一八社については不一致の原因が判明した。残る九社は差異の原因が判明せず、このうち三社は仕入先の金額よりも被告の金額が多く、その合計金額は二一万二一五〇円であり、六社は仕入先の金額よりも被告の金額が小さく、その合計金額は三三万二一二九円であった。被告は、不一致の原因が判明しないものについては、不明金として処理した(証拠略)。
2 原告の供述等
原告本人は、買掛金管理の業務を担当していた皆吉が退職した平成一二年三月から後任の岩屋がこの業務を引き継いだ同年八月一日までの期間は、暫定的に買掛金処理を担当したが、その他の期間は買掛金処理を担当したことはなく、また、すべての期間を通じて買掛金管理の責任者になったことはなかった、買掛金処理の業務が混乱している状態を見るに見かねてその改善のために助言や助力をしていたにすぎないと供述する。
しかし、被告においては、マネジャー職にあるすべての従業員は当期の職務の達成度及び来期の目標や課題を記載した自己申告書を提出していたところ、原告が提出した自己申告書には、一見して買掛金管理が原告の担当職務であると解される記載がある(証拠略)。そして、平成一〇年二月二八日付け自己申告書には、担当職務のうち「買掛金支払/残高チェック・管理」は無事遂行したと記載されているのに対し、平成一一年五月七日付け自己申告書には、「今後目指すもの」として、買掛金支払・残高管理については全く問題のない売掛金回収・残高管理と同様に被告の残高と仕入先の残高との差異・矛盾を一掃することと記載されており(書証略)、これらの記載を対照すると、原告が平成一〇年度の自己申告書を提出してから平成一一年度の自己申告書を提出するまでの間に被告から買掛金管理について業務指示を受けたことが推認できる。さらに、平成一二年六月一日付け自己申告書には、「来期[二五期で目指すもの]」として、買掛金管理については、「二五期に入ってからの処理になる。二四期末での買掛金の仕入先との残高差異を清算する」と具体的に記載されており(書証略)、平成一一年以降、買掛金残高の不一致の解消が原告の担当職務に関する重要な課題の一つとして位置付けられていた。これに対し、原告本人は、従前から再三にわたり玉盛専務に買掛金処理の権限と責任を与えるよう提案していたが、認められなかったので、自分に権限と責任を与えてくれれば混乱を一掃するという決意を込めて自己申告書を作成したと供述し、被告の元従業員である田辺の陳述書(書証略)には、一年に一度提出する自己申告書は、自分の直接の業務だけでなく、今後担当したい業務についての希望や抱負も併せて書くことがあるとの記載がある。しかし、仮に自己申告書に将来の希望業務や抱負を記載することが許容されていたとしても、原告が提出した前記の自己申告書のいずれにも、買掛金管理が単なる将来の抱負や希望にすぎないことをうかがわせる記載はない。
被告の振替伝票には、「係印」の欄に「皆吉」の押印があるが、原告の押印はなく(書証略)、被告が平成一〇年七月に取引先に対し買掛金の残高を確認するために送付した「残高確認依頼書」及び「残高確認書」の往復はがきには皆吉が問い合わせ先として、売掛金の残高を確認するために送付した「残高確認依頼書」及び「残高確認書」の往復はがきには原告が問い合わせ先としてそれぞれ記載されている(書証略)。原告は、このように書面上買掛金と売掛金の担当者が区別されていたから原告は買掛金管理の責任者ではなかったと主張する。しかし、買掛金管理の中には、伝票の作成、データの入力、各種書類の整理など様々な業務があるから(人証略)、いわゆる平社員である皆吉がそのうち伝票の作成や残高の照会といった事務処理を分担していたからといって、原告に買掛金管理の権限と責任がなかったことの根拠になるとはいえない。
原告本人は、皆吉が退職した平成一二年三月から岩屋が引き継いだ同年八月までの期間のみは、買掛金管理は暫定的に自分の担当業務であったと供述するが、被告は同年三月の時点で原告に対し買掛金管理を担当するよう明確な業務指示をしたことはなく(人証略)、買掛金管理に関する原告の具体的な作業内容は、皆吉の退職の前後を通じて特に変化はなかった。
以上によれば、原告に買掛金管理についての権限と責任がなかったという原告本人の供述は採用することができない。
また、原告本人は、平成一二年六月までに仕入先との残高差異の明細をほぼ解明することができた、残高差異を解明した一覧表を作成したとも供述するが、客観的裏付けがないうえ、前記1で認定した買掛金一覧表の作成、提出経緯に照らして不自然であるから採用することができない。
3 本件降職措置の効力(争点(1))について
(1) 使用者が従業員をどのような役職につけるか、その役職を解くかは、雇用契約、就業規則などに特段の制限のない限り、雇用契約の性質上、使用者が組織の必要性、本人の能力、適性などを考慮して決定する権限を有しており、このような人事権の行使は使用者の裁量の範囲に属するが、これが社会通念上著しく相当性を欠き、権利の濫用に当たる場合には違法になると解される。裁量権を逸脱しているか否かは、業務上の必要性とこれによってもたらされる従業員の生活上の不利益を比較衡量して判断するのが相当である。
(2) 前記1の認定事実によれば、被告におけるマネジャー職は、自己の職務を理解し、上司から一定の包括的な指示があった場合には自らの判断で必要な業務を遂行することができる能力を有するものに与えられる役職・職位として位置付けられていた。平成一一年当時、被告の帳簿上の買掛金残高と取引先の請求書残高が一致していないことが判明したので、被告は、決算処理を適切に行うため、売掛金管理と買掛金管理の担当者である原告に対し、直近の決算処理に間に合うように買掛金残高の不一致の洗い出し及び原因の解明などの作業をするよう措示した。しかし、原告は、当初指定された期限までに作業を完成しなかっただけでなく、その翌年である平成一二年の決算期になっても作業を完成することができず、依然として多くの仕入先との間で残高の不一致が解消しなかった。そのため、被告は、原告をマネジャー職としての適性を欠くと判断し、本件降職措置を行うとともに、原告を買掛金管理の担当から外し、後任者にこれを引き継がせた。その結果、約一年間で買掛金残高の不一致は大幅に減少した。原告は、被告に入社した当時、売掛金の残高の不一致があったので入社後約二年間の間に、残高の不一致の洗い出し、原因の解明、修正をするなどして不一致を解消した実績があったと述べており(証拠略)、被告から指示された業務は、原告の知識、能力、経験に照らして困難なものではなかった。
原告は、本件降職措置により役職手当三万五〇〇〇円が支払われなくなり、給与総額が月額四〇万五八〇〇円から三七万〇八〇〇円へと減少したが、給与の算定基礎となる等級・号数は引き下げられていない(書証略)。本件降職措置に伴う給与の減額(役職手当の不支給)は、原告の経済的基盤に重大な不利益を与えるものとはいえない。
以上によれば、本件降職措置は、被告の主張するその他の事由について判断するまでもなく、使用者に認められた裁量を逸脱したものとはいえず、人事権を濫用したものとは認められない。したがって、原告の被告に対するマネジャーの地位にあることの確認及び本件降職措置後の役職手当の支払請求は、いずれも理由がない。
4 賞与請求権の有無(争点(2))について
(1) 証拠(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
被告の給与規定は、賞与は被告の営業成績に応じ、従業員の勤務成績を考慮して支給すると定めている。
被告は、従来から、各従業員に対し、原則として基本給(本給、定率加給、定額加給)の二・八か月分を基本額とし、これに勤務成績を考慮して増減した金額を冬期賞与として支給していた。
原告の基本給(本給、年齢給、勤続給の合計額)は三四万六八〇〇円であったので、これに二・八を乗じると、九七万一〇四〇円となる。被告は、原告の勤務成績と出勤状況を考慮して三五万円を減額するのが相当と判断し、原告の平成一二年冬期賞与を六二万一〇四〇円と査定し、支給した。
(2) この認定事実によれば、被告において賞与は支給対象期間中の営業成績や従業員の勤務成績を考慮して査定することとされているところ、被告が既に支給した六二万一〇四〇円を上回る金額を原告の平成一二年冬期賞与として査定したことの主張立証はないから、同額を超える金額の具体的賞与請求権の発生は認められない。したがって、原告の賞与請求は理由がない。
5 結論
以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 龍見昇)