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東京地方裁判所 平成13年(ワ)6153号 判決 2001年8月28日

原告

井上富久江

同訴訟代理人弁護士

小嶋干城

被告

破産者矢田産業株式会社破産管財人宮谷隆

同常置代理人弁護士

山崎良太

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告が、破産者矢田産業株式会社に対し、一二〇万円の共益費用償還請求債権、四〇〇〇万円の退職金債権及び四〇〇〇万円の死亡弔慰金債権を破産債権として有することを確定する。

第二事案の概要

1  本件は、破産者矢田産業株式会社(以下「破産会社」という)の取締役であった井上輝(以下「訴外井上」という)が死亡したことによりその権利義務を相続した原告が、破産会社の破産管財人である被告に対し、訴外井上が破産会社の従業員兼務取締役であったと主張して同社に対する退職金債権四〇〇〇万円及び死亡弔慰金債権四〇〇〇万円がいずれも存在することの確定を求めるとともに、原告自身が、訴外井上死亡後に破産会社の財産を保全するために支出したと主張する一二〇万円について共益費用償還請求債権が存在することの確定を求めた事案である。

2  争いのない事実等(なお、認定に供した証拠は認定事実末尾に摘記する)

(1)  訴外井上は、昭和五七年二月二二日から破産会社の取締役に就任し、平成四年二月二〇日から平成一一年二月二二日までは同社の代表取締役の地位にあったものであるが、平成一二年九月二六日の取締役在職中に死亡した。(書証略)

(2)  破産会社は、平成一二年一〇月三〇日に当庁に対して破産申立てをし、その結果、同月三一日に破産宣告を受け(平成一二年(フ)第九九四四号)、被告が同社の破産管財人に選任された。

原告は、平成一二年一二月一三日ころ、破産会社に対して退職金債権八〇〇〇万円及び共益費用償還請求債権一二〇万円を有するものとして、これら破産債権について債権の届出をしたが、被告は、平成一三年二月二三日に開かれた債権調査期日において、その全額について異議を述べた。(書証略)

(3)  破産会社の株主は、代表取締役である鶴田弘行が発行済株式総数九万六〇〇〇株のうちの半数である四万八〇〇〇株を保有し、その余の株式については、訴外井上が一万株を保有していたほか三三人がそれぞれ同社の株式を保有している。(証拠略)

(4)  訴外井上の相続人は、妻である原告、子である長男井上久司及び二男井上貴弘であるが、子らはいずれもその相続を放棄し、次順位の相続人である訴外井上の兄弟姉妹ら六人もすべてその相続を放棄したため、原告が唯一の相続人である。(書証略)

(5)  原告は、訴外井上死亡後、当庁に対し、破産会社が株式会社日本興業銀行との間で昭和六三年ころに締結した銀行取引契約に基づいて負担した三億八〇〇〇万円の債務について、訴外井上が破産会社の委託を受けて同銀行との間で締結した連帯保証契約に基づいて同額の事前求償権を取得したもので、原告が訴外井上の死亡によりその二分の一にあたる一億九〇〇〇万円を相続により取得したものであると主張し、これを保全するために、破産会社が日本生命保険相互会社ら三社に対して有する生命保険金支払請求権合計九〇〇〇万円を仮に差し押さえる旨の決定を求めた。これに対して裁判所は、平成一二年一〇月三〇日にその旨の仮差押決定をし(平成一二年(ヨ)第四六七六号)、同決定は、同月三一日以降に第三債務者である日本生命保険相互会社ら前記三社に送達された。

原告は、原告代理人小嶋干城(以下「原告代理人」という)に対し、同月一九日、前記債権仮差押申立事件の着手金として一二〇万円を支払った(以下「本件弁護士費用」という)。(書証略)

3  争点

(1)  訴外井上(その相続人である原告)は、破産会社に対し、同社の取締役の地位にあったことを理由に、その死亡に伴う死亡弔慰金債権を取得したか。

(2)  訴外井上は、破産会社と雇用契約を締結していたもので、その従業員としての地位を保有するものであったか。したがって、訴外井上(その相続人である原告)は、破産会社に対し、その死亡に伴って従業員としての退職金債権を取得したか。

(3)  原告が支払った本件弁護士費用は、破産会社の財産の保存に関する債権者の共同利益のために支出されたものであり、民法三〇六条一号の「共益ノ費用」と認められるか。

4  争点に関する当事者の主張の骨子

(原告の主張)

(1) 争点(1)(死亡弔慰金債権)について

ア 取締役であった者が死亡した場合の弔慰金は、それが在職中の職務執行の対価であるときは、商法二六九条にいう報酬に含まれると解されるが、取締役の職務は本来的に無償行為としてなされる性質のものではないものであるから、会社は株主総会の決議によって取締役の報酬を決定し、支給する義務があると解すべきであり、会社のこの義務は取締役が退任した場合や死亡した場合に支給される退職慰労金や死亡弔慰金(以下「死亡弔慰金等」という)についても発生すると解すべきである。

そうすると、本件においても取締役に対する死亡弔慰金等の支給が破産会社の義務であったと解すべきであるから、退任(死亡)した取締役やその遺族(相続人)は、破産会社に対して、死亡弔慰金等の支払を請求する抽象的権利を有するというべきであり、破産会社がこの抽象的権利を具体化するための義務の履行を怠ったままそれが不可能となった場合には、この抽象的権利は、義務履行が不可能であることが確定した時点で具体的権利に転化すると解すべきである。そして、本件においては破産会社に対して破産宣告がなされた時点で前記義務の履行が不可能となったものであるから、前記抽象的権利が具体的権利に転化したと解するのが条理上当然というべきである。以上のとおりであるから、訴外井上(その相続人である原告)は、破産会社に対して、取締役弔慰金債権を有するというべきである。

イ ところで、一般に、取締役が退職した場合の退職慰労金(死亡弔慰金)の算出方法としては、「退任時(死亡時)月額報酬×取締役在任年数×支給倍率」が採用されており、取締役(専務)の平均的な支給倍率は二・五倍であるところ、訴外井上の死亡時の月額報酬は約一四〇万円で、取締役在任年数は二七年五か月余であるから、この方法で算出される訴外井上に対する死亡弔慰金の額は九五九〇万円となる。したがって、訴外井上の死亡弔慰金は、少なくとも八〇〇〇万円を下回ることはないものというべきである。

(2) 争点(2)(退職金債権)について

ア ところで、訴外井上は、破産会社の経理・財務に関する事務を統括するとともに、女性事務員四、五名を指揮してその事務を処理していたものであるから、破産会社における職務中、その二分の一は従業員と同質の労務提供を行っていたとみるのが素直であり、前記の死亡弔慰金八〇〇〇万円の二分の一は従業員の退職金と同質のものと評価されるべきである。

このことは、破産会社の代表取締役である鶴田弘行が同社の株式総数九万六〇〇〇株のうちの半数である四万八〇〇〇株を保有しており、これと同人の妻である鶴田直子の保有する株式五三〇〇株を合わせると夫婦で全体の五五パーセントを超える株式を保有していたのに対して、訴外井上の保有する株式は一万株に過ぎないこと、鶴田弘行の一存でその妻直子が取締役の肩書きを与えられ、年額三七一万円の報酬を与えられていたことからも明らかなとおり、破産会社の実権のすべては鶴田弘行の手に握られていたのに対し、訴外井上の破産会社の経営に対する株主としての発言権はほぼ皆無であったこと、訴外井上が破産会社の代表取締役に就任したのは鶴田弘行が脱税による実刑判決を受けて服役したために同人の指示を受けて登記簿上、形式的にされたもので、破産会社の最高責任者は依然として鶴田弘行であったこと、源泉徴収票記載の所得の種別についても、職務の内容とは無関係に取り扱われていたもので、訴外井上に対しては「給与・賞与」ではなく、「報酬」名目で支給されていたからといって、その従業員性が否定されるものではないこと、訴外井上は、破産会社の資金繰りが悪化した平成一二年一〇月ころ、鶴田弘行から資金の提供を求められ、一〇〇〇万円を同人に対して拠出させられているものであるが、これは訴外井上が鶴田弘行の指揮・監督のもとに職務に従事せざるを得なかったからであることからも認められる。

イ 確かに、訴外井上が、破産会社の経理・財務面の業務の責任者であったことは事実であるが、これは伝票処理・記帳等の日常業務を行う女性社員四、五人を指揮・監督する実務の責任者であったというべきで、代表取締役である鶴田弘行の指示に従って、他部門からの要求に基づく資金を調達し、決済する実務の責任者ではあったが、経理・財務担当の経営者として、会社全体の運営に関与していくといった立場にはなかったもので、その実態は、鶴田弘行に仕える経理・財務部門の「番頭」ともいうべき立場であったものである。

ウ そうすると、訴外井上は破産会社に対して死亡弔慰金八〇〇〇万円の債権を有し、そのうち四〇〇〇万円は従業員退職金としての性質を有する優先債権である。

(3) 争点(3)(共益費用償還請求権)について

破産会社は、訴外井上を被保険者、破産会社を受取人として、日本生命保険相互会社など三社との間で保険金総額八〇〇〇万円弱の生命保険契約を締結していたものである。ところで、これらの保険契約は、被保険者である訴外井上が死亡した場合に、遺族に対して支払うべき死亡弔慰金の原資を確保するために締結されたものであったところ、訴外井上の死亡後に破産会社の窮状が伝わってきたことから、これらの生命保険金が破産会社に支払われて費消されてしまうことを防止するために、原告は原告代理人に依頼して、これらの生命保険金を仮に差押える旨の保全措置を講じた(当庁平成一二年(ヨ)第四六七六号)。

ところで、前記保険会社三社に対する各生命保険金の仮差押命令が出されたのは、破産会社に対して破産宣告がされた平成一二年一〇月三一日の前日であるところ、前記各生命保険金が破産管財人に支払われるまでの間、原告が申立てた仮差押えによってこれら破産会社の財産が保全されていたものであるから、原告がそのために支出した本件弁護士費用は、破産財団のための「共益ノ費用」(民法三〇六条一号)に該当し、破産手続上は優先的破産債権と認められるべきものである。

(被告の主張)

(1) 争点(1)(死亡弔慰金債権)について

ア 訴外井上には取締役としての死亡弔慰金債権は発生しない。

株式会社の取締役に対する死亡弔慰金は、退職慰労金と同様に商法二六九条にいう「報酬」に含まれ、その支給には株主総会の決議が必要である(この点に関して破産会社は、定款(書証略)第二五条において「取締役及び監査役の報酬及び慰労金は株主総会の決議をもって定める」旨の規定を置いている)。

すなわち、株式会社において、死亡(退任)取締役に対して死亡弔慰金等を支給する場合には、株主総会においてその具体的な支給額を決定するか、支給総額の上限等の具体的支給基準を明示又は黙示に示して取締役会にその支給内容を決定することを委任する旨の株主総会決議が必要である(なお、仮に、破産会社の死亡取締役につき、死亡弔慰金等の金額などの決定を取締役会に一任する旨の株主総会決議があった場合であっても、取締役会が支給決定をしなければ、死亡取締役が破産宣告後の破産管財人に死亡弔慰金等を請求することはできないと解される《東京高裁平成一二年六月二一日判決参照・金融商事判例一〇九五号三頁》)。

イ そして、本件においてはそもそも破産会社においてこの点に関する株主総会決議すら存在しないのであるから、訴外井上に関する死亡弔慰金債権は発生しない。

(2) 争点(2)(退職金債権)について

ア 訴外井上は、従業員兼務取締役ではないかったものであるから、破産会社の従業員として、その就業規則に基づく退職金請求権を有しない。

すなわち、訴外井上は、破産会社に昭和四八年に就職し、昭和五七年二月二二日からはその専務取締役を、平成四年二月二〇日から平成一一年二月二二日まではその代表取締役を務めていた。

破産会社の取締役(鶴田弘行、訴外井上及び鶴田直子を除く)に対する平成一二年の報酬等の支払金額は、最も多い後藤育雄でも約九二〇万円であるのに対して、鶴田弘行は一三五〇万円、訴外井上は一三〇〇万円と高額であり、取締役の地位を有する者の中でも佐野専吉及び佐藤寿雄の支給種別が「給与・賞与」であるのに対し、訴外井上は全額「報酬」として支給されていたものである(書証略)。

イ ところで、そもそも破産会社は、鶴田弘行及び訴外井上が中心となって設立した会社であって、鶴田弘行は設立直後の昭和四八年から破産宣告を受けるまで代表取締役(社長)の地位にあり、これに対して訴外井上も取締役(専務)としてナンバーツーの地位にあったほか、鶴田弘行が服役していた平成四年ころの約一年間は名実共に破産会社の最高責任者として業務執行にあたっていたものである。

そして、訴外井上は、鶴田弘行出所後も、破産会社の経理・財務部門の最高責任者として借入れや資金繰りに関する一切の権限を有しており、経理・財務面における業務の一切を掌握していたものである。

以上のことからも、訴外井上が従業員兼務取締役ではないことが明らかである。

ウ ところで、破産会社は、日本生命保険相互会社など三社との間で、訴外井上を被保険者・破産会社を死亡保険金受取人として生命保険契約を締結していた(以下「本件各保険契約」という)ほか、日本生命保険相互会社との間で鶴田弘行を被保険者・破産会社を死亡保険金受取人とする生命保険契約を締結していた。これは、鶴田弘行及び訴外井上が破産会社にとって不可欠の存在であったことから、万が一にも死亡した場合において取引先金融機関等に対する信用低下や会社内部の混乱によって破産会社に不測の損害を生じることのないように、破産会社が保険料を支払い、かつ保険金受取人となって契約を締結していたものである。実際に、破産会社は、経理・資金繰りを担当していた訴外井上の死亡後、取引先等において信用不安の噂が拡大し、兼松株式会社から取引先に債権譲渡通知が発送されるなどの事態を招いて、最終的には経営に行き詰まる中で破産宣告を受けるに至っている。なお、破産会社は、鶴田弘行及び訴外井上以外の取締役を被保険者とする生命保険には加入していない。

エ 以上のとおりであるから、訴外井上には従業員兼務取締役としての地位は認められないもので、同人に従業員としての死亡退職金債権が発生しているとの主張は理由がない。

(3) 争点(3)(共益費用償還請求権)について

原告が主張するとおり、原告が本件各保険契約に基づく死亡保険金請求権に対する仮差押決定を得たこと、同決定は、その発令日の翌日である平成一二年一〇月三一日以降、第三債務者である生命保険会社三社に対して送達されて、その効力が生じたことが認められる。

しかし、破産会社に対しては、平成一二年一〇月三一日に破産宣告がされ、同時に破産管財人として被告が選任されていたのであるから、その時点において破産債権者が破産手続によらずに権利行使をしたり、破産会社の財産である前記死亡保険金が費消される可能性はなかったものである(破産法一六条)。そうである以上は、原告において支出した本件弁護士費用が、民法三〇七条一項所定の「財産ノ保存」に要した費用であって、同法三〇六条一号の共益費用に該当するとの主張は失当である。

第三争点に対する判断

1  争点(1)(死亡弔慰金債権)について

商法二六九条は、取締役が受け取る「報酬」は定款でその額を定めている場合のほかは、株主総会の決議でこれを定めることが必要である旨を規定しており、それが在職中の職務執行の対価と認められる以上は取締役が死亡した場合の死亡弔慰金も同条の「報酬」に含まれるものと解される。

そうすると、破産会社と訴外井上との間で死亡弔慰金を支払う旨の合意がされていたとしても、これに関する額を定めた定款の規定又は株主総会の決議がなければ、訴外井上(その相続人である原告)には死亡弔慰金債権は発生しないことになる。

そこで、この点に関して検討するに、破産会社の定款(書証略)には、その第二五条において「取締役及び監査役の報酬及び慰労金は株主総会の決議をもって定める」旨の規定が置かれているものの、死亡弔慰金等の額を定める具体的な定めはない上、これらの額を定めた株主総会決議がされたことも認められないから、結局、原告の主張にかかる破産会社に対する死亡弔慰金請求権が生じたことを認めることはできないというべきである。そして、この点に関する原告の主張は、独自の見解に基づくものというべきであるから採用できない。

2  争点(2)(退職金債権)について

(1)  前記原告の主張によるときは、原告が訴外井上の死亡に基づく死亡弔慰金債権を有しないものである以上は、退職金請求権も認められないことになる。

また、仮に、原告が、訴外井上と破産会社との間に労働契約が締結されていたものであるとし、従業員就業規則に基づき、退職金請求権を有するものであると主張するとしても、次の理由によりこれを認めることはできない。

ア 原告は、訴外井上と破産会社との間の労働契約が何時締結されたものであるのか、本件で請求する退職金請求権は、訴外井上が受け取っていた報酬のうち、幾らの範囲でその算出の基礎となる給与額であると主張するのか、それはどのような根拠に基づくものであるのか、従業員として勤務した期間や、こうした事実を基礎に就業規則の規定を適用すれば幾らの退職金請求権が生じるのかに関する具体的な主張立証をしないところである。

イ ところで、前記アの点をおくとしても、訴外井上は、鶴田弘行と共に破産会社の設立に参画し、昭和五七年から専務取締役の肩書きで破産会社の財務・経理面の責任者として対外的に活動してきたもので、平成四年二月二〇日から平成一一年二月二二日まではその代表取締役の地位にあった事実は当事者間に争いがなく、証拠(略)によれば、破産会社の取締役に対する平成一二年分の報酬等の支払金額は、鶴田弘行が一三五〇万円、訴外井上が一三〇〇万円と高額であるのに対し、その次に支給額が高い取締役は後藤育雄の約九二〇万円に過ぎないもので、鶴田弘行及び訴外井上と後藤育雄との間には明らかな違いがあるうえ、取締役佐野専吉及び同佐藤寿雄の平成一二年分給与所得の支給種別が「給与・賞与」であるのに対し、鶴田弘行及び訴外井上のそれは「報酬」として支給されていたこと、破産会社は、日本生命保険相互会社など三社との間で、訴外井上を被保険者・破産会社を死亡保険金受取人として本件各保険契約を締結し、また、日本生命保険相互会社との間で鶴田弘行を被保険者・破産会社を死亡保険金受取人とする生命保険契約を締結していたが、鶴田弘行及び訴外井上以外の取締役を被保険者とする生命保険には加入していなかったもので、このことは鶴田弘行及び訴外井上が他の取締役とは異なって対外的に破産会社の信用を維持するうえで大切な存在であることを窺わせる事実であると認められること、原告の主張によれば、訴外井上は、破産会社に対してその事業資金として一〇〇〇万円を拠出していたというのであり、訴外井上以外の取締役や従業員がこのような多額資金の拠出を破産会社のために実行していたことを認めるに足りる証拠はないことが認められる。

(2)  こうした訴外井上の破産会社における職務や地位に関して原告は、破産会社の実態が鶴田弘行によるワンマン経営であり、同人がその決定権をすべて握っていたものであって、訴外井上は、鶴田弘行の指示に従って破産会社の経営に関与してきたに過ぎないものであるから、その使用人である旨を主張するが、(書証略)(逆井保子の陳述書)によってもこうした事実を認めることは困難で、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記認定の事実関係に照らせば、訴外井上が鶴田弘行と共同して破産会社の経営にあたってきたものであることが推認されるところである。

(3)  そうすると、結局、訴外井上が従業員としての地位を兼有し、あるいは取締役としての地位が形式的ないし名目的なものに過ぎないもので、破産会社との間の雇用契約に基づき、同社の代表取締役である鶴田弘行の指揮命令の下に労務を提供していたものであるとは認められないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

3  争点(3)(共益費用償還請求権)について

原告が原告代理人に対して本件弁護士費用を支払ったことは前記認定のとおりであるところ、前記第二の2(2)及び(5)の各認定事実によれば、本件弁護士費用は、原告自身が破産会社に対して有すると主張する金銭債権を保全するために、債権仮差押えを原告代理人に依頼した際の着手金として支払われたもので、破産会社に対しては、平成一二年一〇月三一日に破産宣告がなされ、同時に被告が破産管財人に選任されたものであること、そして原告の申請にかかる債権仮差押決定が第三債務者に送達されてその効力を生じたのは前記破産宣告日以降であることからすれば、同決定により破産会社の財産である本件各保険契約に基づく保険金支払請求権が同社の債権者との関係で保全(保存)されたものであるとの事実は認められないから、結局、この点に関する原告の主張も理由がない。

4  以上のとおりであるから、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 木納敏和)

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