東京地方裁判所 平成13年(ワ)6571号 判決 2002年2月15日
名古屋市瑞穂区塩入町3番1号
原告
フジ交易株式会社
代表者代表取締役
小川勝
訴訟代理人弁護士
山上和則
同
西山宏昭
補佐人弁理士
池内〓幸
神奈川県川崎市幸区下平間239番地
被告
黒田精工株式会社
代表者代表取締役
古川卓
訴訟代理人弁護士
松尾栄蔵
同
森﨑博之
同
佐藤真太郎
補佐人弁理士
稲葉良幸
同
塩谷英明
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙原告物件目録記載の切削加工用給油装置を製造、販売してはならない。
2 被告は、原告に対し、金7488万円及びこれに対する平成13年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 争いのない事実等
(1)ア 原告は、金属加工用給油機、金属工作用機器、治工具類、切削用工具、作業用工具等の製造及び販売、並びに切削油剤の販売を業とする会社である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、計測制御機器、金属加工用給油機、金属工作機械の製造及び販売を業とする会社である。
(2) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲請求項1の発明を「本件発明」、本件特許に係る明細書(甲2)を、「本件明細書」という。)を有している。
発明の名称 切削加工用給油装置及び切削加工方法
出願日 平成9年11月14日
国際公開日 平成10年6月4日
登録日 平成12年6月16日
登録番号 第3077766号
特許請求の範囲
「円筒状容器内にオイルミストを供給するミスト供給ノズルと、前記容器内にガスを供給し、かつ前記ミストを加速するとともにその搬送速度を調整するための調整バルブとを備えたガス供給通路と、前記容器内で前記ガスにより搬送速度を調整された前記ミストを前記容器外へ搬送するミスト搬送通路とを備え、
前記容器内にミスト発生用のオイル液体を貯留し、前記液体を前記容器に接続している液体ポンプに流入させ、前記液体ポンプから吐出した液体を前記ミスト供給ノズルを経て前記容器内にオイルミストとして供給し、
前記ミスト供給ノズルの先端部から前記オイルミストを前記容器の内壁側面に向かって噴出させ、前記容器内で前記オイルミストを旋回させることを特徴とする切削加工用給油装置。」
(3) 本件発明は、次のとおり分説される(弁論の全趣旨)。
A 円筒状容器内にオイルミストを供給するミスト供給ノズルと、
B 前記容器内にガスを供給し、かつ前記ミストを加速するとともにその搬送速度を調整するための調整バルブとを備えたガス供給通路と、
C 前記容器内で前記ガスにより搬送速度を調整された前記ミストを前記容器外へ搬送するミスト搬送通路とを備え、
D 前記容器内にミスト発生用のオイル液体を貯留し、前記液体を前記容器に接続している液体ポンプに流入させ、前記液体ポンプから吐出した液体を前記ミスト供給ノズルを経て前記容器内にオイルミストとして供給し、
E 前記ミスト供給ノズルの先端部から前記オイルミストを前記容器の内壁側面に向かって噴出させ、前記容器内で前記オイルミストを旋回させることを特徴とする
F 切削加工用給油装置。
(4) 被告は、切削加工用給油装置を製造、販売している。
2 本件は、本件特許権を有する原告が、被告に対し、被告の製造販売している切削加工用給油装置は、本件発明の技術的範囲に属するから、被告による切削加工用給油装置の製造販売は、本件特許権の侵害であると主張して、その差止め及びこの侵害によって原告が被った損害の賠償等を求める事案である。
第3 争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点
(1) 被告の製造販売している切削加工用給油装置の特定
(2) 被告の製造販売している切削加工用給油装置が、本件発明の構成要件Aを充足するかどうか
(3) 被告の製造販売している切削加工用給油装置が、本件発明の構成要件Bを充足するかどうか
(4) 被告の製造販売している切削加工用給油装置が、本件発明の構成要件Cを充足するかどうか
(5) 被告の製造販売している切削加工用給油装置が、本件発明の構成要件Dを充足するかどうか
(6) 被告の製造販売している切削加工用給油装置が、本件発明の構成要件Eを充足するかどうか
(7) 被告の製造販売している切削加工用給油装置が、本件発明の利用発明に当たるかどうか
(8) 被告の製造販売している切削加工用給油装置が、本件発明と均等かどうか
(9) 損害等の発生及び額
2 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
被告が従前製造販売していた切削加工用給油装置は、別紙原告物件目録記載のイ号物件のとおり特定される。
被告が現在製造販売している切削加工用給油装置は、別紙原告物件目録記載のロ号物件のとおり特定される。
(被告の主張)
被告が従前製造販売していた切削加工用給油装置は、別紙被告物件目録記載のとおり特定される。
被告現在製造販売している切削加工用給油装置は、別紙原告物件目録記載のロ号物件ではない。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
ア 被告の製造販売している切削加工用給油装置(イ号物件、ロ号物件)の外側容器1が構成要件Aの「円筒状容器」に、螺旋管3が構成要件Aの「ミスト供給ノズル」に当たる(以下、このような構成を「ケース1」という。)。
JISの「往復動内燃機関―特殊項目用語」によると、ノズルとは、燃料を気流中に噴出する口又は管とされている。螺旋管3は内側容器2よりも相対的に通過面積の狭い筒状の管であるが、このような細い管をノズルと呼ぶことは一般人でも理解できる。したがって、螺旋管3は構成要件Aの「ミスト供給ノズル」に該当する。
イ 被告の製造販売している切削加工用給油装置(イ号物件、ロ号物件)の外側容器1が構成要件Aの「円筒状容器」に、噴霧ノズル6が構成要件Aの「ミスト供給ノズル」に当たる(以下、このような構成を「ケース2」という。)
構成要件Aの「ミスト供給ノズル」は、円筒状容器内にオイルミストを発生させるノズルではなく、「円筒状容器内にオイルミストを供給するミスト供給ノズル」であるから、噴霧ノズル6で発生したオイルミストが、外側容器1に供給されれば、構成要件Aを充足する。
(被告の主張)
ア ケース1については、被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)のスパイラルチューブ3が「ミスト供給ノズル」に当たることはない。
原告主張の「螺旋管3」は、内側容器2よりも相対的に断面積が縮小した管ではあるが、長さが断面積に対して非常に長いので、圧力損失が大きく、ノズル本来の機能を発揮できないから、これを「ノズル」ということはできない。
本件明細書の「~ノズル部26bで~オイルと~エアとが混合することにより、オイルミストが形成され、~噴射される。」(13欄17~24行)との記載からすると、構成要件Aの「ミスト供給ノズル」は、単に断面積が縮小した管路というより、霧吹きの原理でオイルミストを発生させるものと解すべきであるが、原告主張の「螺旋管3」は、そのようなものではない。
なお、原告の主張するJIS「往復動内燃機関―特殊項目用語」は本件と技術分野が異なる。
また、構成要件Aの「円筒状容器」、は、上記切削加工用給油装置の内部ミスト室2がこれに当たるのであって、外部ミスト室1はこれに当たらない(この点は、以下、構成要件BないしEについて同じ。)。
イ ケース2については、被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)の噴霧ノズル6が「ミスト供給ノズル」に当たることは認めるが、その余は否認する。
(3) 争点(3)について
(原告の主張)
ア ケース1の場合、被告の製造販売している切削加工用給油装置(イ号物件、ロ号物件)において、搬送空気は、ミスト搬送用空気配管9から内側容器2及び螺旋管3を介して外側容器1内に供給されるから、ミスト搬送用空気配管9と内側容器2及び螺旋管3を併せたものが、構成要件Bの「ガス供給通路」に該当する。また、この搬送空気は、螺旋管3の出口部4から外側容器1に向かって噴出されるミストを約2.6倍に加速する。本件発明において、加速用ガスとミストの供給を別々にしなければならないなどという限定はないし、また、加速手段は、本件特許に係る図面第5図のようなものに限定されることはない。
ミスト搬送用空気配管9には、調整バルブ8が存在する。エア送出量を変化させれば、必ずミストの搬送速度もそれに比例して変化する。
したがって、上記切削加工用給油装置は構成要件Bを充足する。
イ ケース2の場合、 ミスト搬送用空気配管9から供給された搬送空気は、内側容器2及び螺旋管3を介して、ミストを加速して外側容器1内に供給され、また、ミスト搬送用空気配管9には調整バルブ8が存在するから、上記切削加工用給油装置は構成要件Bを充足する。
(被告の主張)
ア 被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)には「搬送速度を調整するための調整バルブ」が存在しない。調整バルブ8は、エア送出量調整のためのバルブであって、速度調整のためのバルブではない。
イ 本件発明が想定しているのは、本件特許に係る図面第5図のように、ミスト供給ノズルから円筒状容器内に噴出されたオイルミストを、円筒状容器内で、ミスト供給ノズルの後方に位置するエアホースから噴射されたエアによって加速させるものであるが、仮に、上記切削加工用給油装置の外部ミスト室1が本件発明の「容器」に当たるとすると、エアとミストは混合されて「容器」に供給されるから、上記切削加工用給油装置は、本件発明が想定するようなものではない。
また、上記切削加工用給油装置においては、エアとミストは「容器」に供給される前に混合されて同一速度になり、エアがミストを加速しないから、「加速する」を充足しない。
ウ したがって、上記切削加工用給油装置は構成要件Bを充足しない。
(4) 争点(4)について
(原告の主張)
被告の製造販売している切削加工用給油装置(イ号物件、ロ号物件)は、空気流量を調整する調整バルブ8がミスト搬送用空気配管9の途中に設けられているが、調整バルブ8で空気の流量を調整した効果は下流の全てに及ぶから、外側容器1内でオイルミストの搬送速度が調整されている。また、上記切削加工用給油装置は、外側容器1内で上記空気により搬送速度を調整されたオイルミスト16を切削加工部へ搬送するミスト管路11を備えている。
したがって、上記切削加工用給油装置は、構成要件Cを充足する。
(被告の主張)
被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)は、オイルミストと空気が混合されて外部ミスト室1に供給されるため、仮に、外部ミスト室1が本件発明の「容器」に当たるとしても、外部ミスト室1内で前記空気によりオイルミストの搬送速度が調整されないから、構成要件Cの「前記容器内で前記ガスにより搬送速度を調整された前記ミスト」を充足しない。
(5) 争点(5)について
(原告の主張)
本件発明にいう「容器」は、被告の製造販売している切削加工用給油装置(イ号物件、ロ号物件)の外側容器1がこれに当たるが、外側容器1内にミスト発生用のオイル液体12を貯留し、オイル液体12を外側容器1に接続している液体ポンプ13に流入させ、液体ポンプ13から吐出した液体を噴射ノズル6及び螺旋管3を経て外側容器1内にオイルミスト5として供給するから、上記切削加工用給油装置は構成要件Dを充足する。
(被告の主張)
ケース1の場合、被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)においては、スパイラルチューブ3が「ミスト供給ノズル」に当たり、かつ、「液体を前記ミスト供給ノズルを経て前記容器内にオイルミストとして供給」するのであるから、「液体」は「ミスト供給ノズル」であるスパイラルチューブ3によってオイルミストに変換されなければならないが、このようなことは起きていない。
ケース2については原告の主張を否認する。
(6) 争点(6)について
(原告の主張)
ア ケース1の場合、被告の製造販売している切削加工用給油装置のうちイ号物件は、内側容器2の外側に180度の位置で対向するように取り付けられている螺旋管3の2か所の出口部4から、大粒のものが混在したオイルミスト5を外側容器1の内壁側面に向かって、毎分150リットルもの空気と共に、初速約9.3m/秒の速度で噴出させ、外側容器1内でオイルミスト5を旋回させるから、構成要件Eを充足する。また、ロ号物件についても、螺旋管3の出口部4から、オイルミスト5を、先ず左上方斜めから隔壁19に当てた後、次に外側容器1の内壁側面に向かって噴出させ、外側容器1内でオイルミスト5を旋回させるから、構成要件Eを充足する。本件明細書には、このような玉突きの原理の応用を排斥する旨の記載はなく、排斥することを示唆する記載もない。
イ ケース2の場合、構成要件Eにおいて、単なる「ミスト供給ノズルから」ではなく、「ミスト供給ノズルの先端部から」と記載されており、「ミスト供給ノズル」と「先端部」との間に第3の部材が介在することを排除していないから、「ミスト供給ノズル」に接続された部材の先端部も、「ミスト供給ノズル」の「先端部」であることに相違ない。したがって、「ミスト供給ノズル」に内側容器2と螺旋管3を接続したものの先端部となる出口部4も、「ミスト供給ノズル」の「先端部」に当たる。その余の点は、上記アのとおりである。
ウ したがって、上記切削加工用給油装置は、構成要件Eを充足する。
(被告の主張)
ア ケース1の場合
(ア) 構成要件Eの「噴出」は構成要件Dにおける「吐出」と区別されているところ、被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)において、オイルミストは、スパイラルチューブ3の出口部から勢いよく出るものではないから、吐出はしても「噴出」はしない。また、オイルミストは、小径の出口部から、外部ミスト室1という広い空間に吐出された後は、その吐出速度及び遠心力が急激に小さくなり、旋回方向の力はほとんど作用しないから「旋回」もしない。したがって、上記切削加工用給油装置は、構成要件Eを充足しない。
(イ) 原告主張のロ号物件は、流体力学上、空気流が壁面に衝突すると、空気流は流れの方向を変え、壁面に平行に流れることになり、原告主張のような、いったん、隔壁19に当てられた後、外部ミスト室1の内壁側面に向かって噴出するということはあり得ず、また、旋回させられることもあり得ないから、構成要件Eを充足しない。
イ ケース2の場合
(ア) 構成要件Eでは、「ミスト供給ノズルの先端部」とされている以上、「先端部」が「ミスト供給ノズル」の一部でなければならないところ、被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)においては、一部ではない。また、外部ミスト室1に存在するのは、「細かいオイルミスト16」であって、「オイルミスト5」ではないから、「前記容器内で前記オイルミストを旋回させる」の要件を充足しない。
(イ) 原告主張のロ号物件については、上記ア(イ)のとおりである。
(7) 争点(7)について
(原告の主張)
ア 特許法72条によると、利用発明は被利用発明の技術的範囲に属する。一般的な利用発明も同条に基づき侵害か否か判断される。被告がその製造販売している切削加工用給油装置について特許出願をしていることからも、同条の適用が問題になる。
イ 被告の製造販売している切削加工用給油装置(イ号物件、ロ号物件)の出口部4において大粒のミストが混在しているから、内側容器2及び螺旋管3は大粒ミストの除去につき何の作用効果も有していない。そうすると、ケース1の場合、上記切削加工用給油装置は、螺旋管3の出口部4の前に、何の作用効果も有さず、本来必要のない内側容器2と螺旋管3を付加している点、及びロ号については、さらに、玉突きの原理を利用し、オイルミストを隔壁19に当てた後、外側容器1に衝突させることを付加している点を除き、本件発明の構成をそっくり含んでいるから、上記切削加工用給油装置は、本件発明を利用した利用発明である。
ウ ケース2の場合においても、被告の製造販売している切削加工用給油装置(イ号物件、ロ号物件)は、噴霧ノズル6と螺旋管3の出口部4との間に、本来必要のない内側容器2と螺旋管3を付加している点、及びロ号については、さらに、玉突きの原理を利用し、オイルミストを隔壁19に当てた後、外側容器1に衝突させることを付加している点を除き、本件発明の構成をそっくり含んでいるから、上記切削加工用給油装置は、本件発明を利用した利用発明である。
(被告の主張)
ア 特許法72条は、特許発明相互間の関係を規定するものであるから、本件とは無関係である。
イ 「内側容器2」と「螺旋管3」を付加している点を除き、本件発明の構成をそっくり含んでいるといえるためには、内部ミスト室2とスパイラルチューブ3が、噴霧ノズル6とスパイラルチューブ3の出口部との間に存在する意義が全く存せず、それが存在しない場合と同じ効果しか生じない必要があるが、被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)は、オイルミストの噴霧ノズルが設けられた内部ミスト室とスパイラルチューブを経て、外部ミスト室にオイルミストを供給する構成とすることで、高速で回転する切削加工器具に適したオイルミストの選別が可能になるという技術的意義を有する。
(8) 争点(8)について
(原告の主張)
ケース2において、被告の製造販売している切削加工用給油装置(イ号物件、ロ号物件)は、構成要件Eの「前記ミスト供給ノズルの先端部から前記オイルミストを前記容器の内壁側面に向かって噴出させ、」を「噴霧ノズル6の先端部から、オイルミストを、内側容器2及び螺旋管3を介して、出口部4から外側容器1の内側面に向かって噴出させ」に置換したもの、ロ号物件にあっては、さらに、本件発明に、「螺旋管3の出口部4からオイルミスト5を左斜め上方から右斜め下に向けて隔壁19に当てた後、次に外側容器1の内側側面に沿って旋回させる」という点を付加したものであるが、本件発明と均等である。
ア 構成要件Eの「前記ミスト供給ノズルの先端部から前記オイルミストを前記容器の内壁側面に向かって噴出させ、」及びロ号物件の上記付加部分は、いずれも本件発明の本質的な部分ではない。
イ 上記切削加工用給油装置は、オイルミストを旋回させることで、小粒のオイルミストのみを取り出すという本件発明と同一の作用効果を有する。
ウ 本件明細書に、上記各相違点を排斥する記載やそれを示唆する記載はなく、下方を向いた噴霧ノズル6から発生するオイルミストを外側容器1の内壁に沿って噴出するには、断面積の小さいホース等を利用すればよいことは容易に想到でき、また、ロ号において、オイルミストが螺旋管の出口部4から右斜め下に向けて隔壁に当てられた後、外側容器1の内壁側面に向かって噴出し、外側容器1内で旋回することは、玉突きの原理から容易に想到できる。
(被告の主張)
原告の主張は争う。被告の製造販売している切削加工用給油装置(別紙被告物件目録記載のもの)においては、旋回によるオイルミストの内側壁面への付着による選別効果は生じておらず、本件発明とは作用効果が異なる。
(9) 争点(9)について
(原告の主張)
ア 原告は、被告に対し、本件特許の出願公開後である平成11年1月29日付けで警告書を送付するとともに、本件特許の国際公報を送付した。
被告は、これらの書面の受領日である平成11年2月1日から本件特許の登録日の平成12年6月16日までの間に、別紙原告物件目録記載のイ号物件を卸価格36万円で1000台以上販売した。
したがって、原告は、被告に対し、上記販売額に実施料率10パーセントを乗じた3600万円の補償金の支払を求める。
イ(ア) 被告は、本件特許登録日の翌日である平成12年6月17日以降、別紙原告物件目録記載のイ号物件を少なくとも合計240台販売し、8640万円を売り上げ、売上高の20パーセントに相当する金1728万円の利益を得た。
(イ) 被告は、平成12年10月中旬以降、別紙原告物件目録記載のロ号物件を少なくとも合計300台販売し、1億0800万円を売り上げ、売上高の20パーセントに相当する金2160万円の利益を得た。
(ウ) したがって、原告は、これらの合計額である3888万円の損害を被った。
(被告の主張)
損害等の発生及び額については争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)について
証拠(甲3、4の1ないし5)と弁論の全趣旨によると、被告が従前製造販売していた切削加工用給油装置は、別紙物件目録記載のとおりのものと認められる(以下、この製品を「被告製品」という。)。
原告は、被告が、被告製品の螺旋管3の出口部4が、左上方斜めから隔壁19に向いている製品を製造販売していると主張するが、仮に、被告がこの製品を製造販売しているとしても、下記認定のとおり、被告製品は、出口部4の向き如何にかかわらず本件発明の技術的範囲に属しないものと認められるから、上記製品についても、本件発明の技術的範囲に属しないものと認められる。
2 争点(2)について
原告は、被告製品の螺旋管3は、内側容器2より狭い筒状の管であるから「ノズル」に当たると主張する(ケース1の主張)。
ノズルとは、一般に、「筒状で先端の細孔から流体を噴出する装置」、「管・ホースにつける先の細まった管」を意味する(広辞苑第5版2089頁)。
また、証拠(甲12)によると、JISの「往復動内燃機関―特殊項目用語」に、ノズルが、「燃料を気流中に噴出する口又は管」と定義されていることが認められるが、「噴出」とは、一般に、「ふきでること。ふきだすこと。」を意味する(広辞苑第5版2384頁)。
以上によると、「ノズル」とは、管などにつける先端が細まった管で、流体の流れを絞ることによって液体がふきでるようなものを意味すると認められる。
しかるに、証拠(甲4の1)と弁論の全趣旨によると、被告製品の螺旋管3は、内側容器2の外周面に巻き回された断面積が一様な長い管であって、その先端は細まっていないから、「ノズル」に当たるとは認められない。
以上によると、ケース1の場合、被告製品は、構成要件Aの「ノズル」を充足しない。
これに対し、証拠(甲4の2)と弁論の全趣旨によると、被告製品の噴霧ノズル6は、「ノズル」に当たると認められる。
3 争点(3)について
本件特許請求の範囲には、「円筒状容器内にオイルミストを供給するミスト供給ノズル」(構成要件A)と「前記容器内にガスを供給し、かつ前記ミストを加速するとともにその搬送速度を調整するための調整バルブとを備えたガス供給通路」(構成要件B)が分けて記載されていること、本件特許請求の範囲では、「前記容器内で前記ガスにより搬送速度を調整された前記ミスト」(構成要件C)とされているから、オイルミストがガスによって搬送速度を調整されるのは円筒状容器内であるところ、オイルミストとガスが容器に別個に供給されず、容器に入る前に混合して供給されるとすると、その段階で既に搬送速度が決まっており、容器内で搬送速度が調整されることはないこと、証拠(甲2)によると、本件明細書記載の3つの実施例のうち、第2の実施例(図面第5図)のみが本件発明の実施例であるが、この実施例では、円筒状容器内に供給されたオイルミストの速度を、円筒状容器内に別個に調整バルブを備えた通路によって供給されたガスが調整するものであること、以上の事実が認められるから、構成要件Bの「ガス供給通路」は、オイルミストの供給とは別個に、円筒状容器内にガスを供給する通路でなければならないというべきである。
しかるに、被告製品においては、ミスト搬送用空気配管9から供給された空気と、噴霧ノズル6から供給されたオイルミストは、混合されて外側容器1に供給されるから、外側容器1が「円筒状容器」に当たるとするケース1及びケース2のいずれの構成においても、構成要件Bの「ガス供給通路」を充足しない。
4 争点(6)について
原告は、ケース2において、被告製品の噴霧ノズル6が「ミスト供給ノズル」に、外側容器1が「円筒状容器」に当たると主張する。しかるところ、上記1のとおり、被告製品において、噴霧ノズル6の先端部は、内側容器2の内部に向かって下向きにオイルミストを噴出しているものであって、外側容器1の内壁側面に向かってオイルミストを噴出しているものではないから、被告製品は、構成要件Eの「前記ミスト供給ノズルの先端部から前記オイルミストを前記容器の内壁側面に向かって噴出させ」を充足しない。
原告は、被告製品の螺旋管3の出口部4が「先端部」に当たるとして、「ミスト供給ノズル」と「先端部」の間に別の部材が介在してもよいと主張するが、「ミスト供給ノズルの先端部」にいう「先端部」を「ミスト供給ノズル」以外の部材の「先端部」と解することは文言上困難であるのみならず、本件明細書(甲2)にも、原告主張のように解することを示唆する記載は何ら存在しないから、原告の上記主張はこれを採用することができない。
以上によると、ケース2の場合、被告製品は構成要件Eを充足しない。
5 争点(7)について
原告は、被告製品は、本件発明の構成をそっくり含み、これに無用なものを付加したものであるから、本件発明の技術的範囲に属すると主張する。
しかしながら、ケース1については、上記認定のとおり、構成要件A及びBを充足せず、ケース2については、上記認定のとおり、構成要件B及びEを充足しないから、いずれの場合も、本件発明の構成をそっくり含んでいるとはいえない。
したがって、原告の上記主張はこれを採用することができない。
6 争点(8)について
(1) 原告は、被告製品を、構成要件Eの「前記ミスト供給ノズルの先端部から前記オイルミストを前記容器の内壁側面に向かって噴出させ、」を「噴霧ノズル6の先端部から、オイルミストを、内側容器2及び螺旋管3を介して、出口部4から外側容器1の内側面に向かって噴出させ、」に置換したもので、本件発明と均等であると主張する。
しかしながら、上記認定のとおり、被告製品は、ケース1の場合、構成要件A及びBを、ケース2の場合構成要件Bをそれぞれ充足しないから、構成要件Eについての上記の置換が均等の要件を充足するか否かにかかわらず、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しない。
(2) 念のため、上記の均等の主張が認められるかどうかについて検討するに、次の理由により、均等の主張は認められない。
ア 前記2で述べたところに、本件特許請求の範囲の「前記ミスト供給ノズルの先端部から前記オイルミストを前記容器の内壁側面に向かって噴出させ、前記容器内で前記オイルミストを旋回させる」との記載(構成要件E)や、本件明細書における本件発明の目的に関する「ミスト発生部の構造の簡素化とガス供給通路を設けることにより、簡単な構造で細かいミストを発生でき、ミストを高速に搬送できる即応性に優れた液体塗布装置を提供することを目的とする。」という記載(5欄17ないし21行)及び作用効果に関する「前記ミスト供給ノズルからミストが前記容器の内壁側面に向かって噴出するように、前記ミスト供給ノズルの先端部の位置が配置されていることが好ましい。前記のような液体塗布装置によれば、噴出したミストは、内側側面に沿って旋回するので、大粒径のミストやミストとともに噴出した液滴には遠心力が強く加わり、内壁側面に付着し易い。このため、これら大粒径のミストや液滴のミスト搬送通路への流入を防止できる。」という記載(6欄32ないし39行)を総合すると、本件発明は、ノズル機能(先端が細まった管によって流体の流れを絞ることによって液体がふきでる機能)を有するミスト供給ノズルから容器の内側壁面に向かって噴出されたオイルミストを旋回させることによって、大粒のミストを除去して細かいミストのみを発生させるものであることが認められる。
これに対し、被告製品においては、螺旋管3の出口部4が前記2で述べたとおりノズル機能を有さないことから、本件発明とは、その作用において相違している。
イ 次に、上記のような置換が容易であるか検討するに、上記置換は、ミスト供給ノズルの先端部からオイルミストを円筒状容器の内壁側面に向かって噴出するという構成を、上記1認定のとおり、噴霧ノズル6から、オイルミストを、いったん、内側容器2に向かって下向きに噴射し、それを内側容器2から、その外周面を巻き回された螺旋管3を経て、外側容器1に供給するという構成に置換するというものであって、本件発明からは通常想定しえない別個の部材を介在させた複雑な構造となっていることからすると、上記の置換が容易であるとは認められない。
7 以上によると、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 岡口基一 裁判官 男澤聡子)
(別紙)
原告物件目録
イ号物件目録
商品名「エコセーバ」なる切削加工用給油装置。
イ号物件説明書
図1の断面構造説明図及び図2のⅠ―Ⅰ断面図で示される、下記「構成の説明」記載の切削加工用給油装置(商品名「エコセーバ」)。
図1 断面構造説明図
<省略>
(注) イ号物件の実物装置の螺旋管3は、内側容器2の外周面に二重に巻かれており、他方の螺旋管の出口部は内側容器2の裏側の真反対側の位置に存在しているが、図面の簡略化のため、他方の螺旋管は省略した。
図2 図1のⅠ―Ⅰ断面図
<省略>
構成の説明
イ号物件の構成は、次のとおりである。
a1 円筒状の外側容器1内に内側容器2と螺旋管3を設け、内側容器2内に噴霧ノズル6からオイルミストを噴射し、内側容器2内と螺旋管3を介して円筒状外側容器1内にオイルミスト5を供給する螺旋管3を備えている。
b1 内側容器2内と螺旋管3を介して外側容器1内に搬送空気を供給し、オイルミスト5を加速するとともにその搬送速度を調整するための調整バルブ8を備えたミスト搬送用空気配管9を備えている。
c1 外側容器1内で前記空気により搬送速度を調整されたオイルミスト16を切削加工部へ搬送するミスト管路11を備えている。
d1 外側容器1内にミスト発生用のオイル液体12を貯留し、オイル液体12を外側容器1に接続している液体ポンプ13に流入させ、液体ポンプ13から吐出した液体を噴射ノズル6及び螺旋管3を経て外側容器1内にオイルミスト5として供給する。
e1―1 螺旋管3の出口部4から、オイルミスト5を外側容器1の内壁側面に向かって噴出させ、
e1―2 外側容器1内で矢印15のように前記オイルミスト5を旋回させる。
f1 切削加工用給油装置。
ロ号物件目録
商品名「エコセーバ」なる切削加工用給油装置。
ロ号物件説明書
図1の断面構造説明図及び図2のⅠⅠ―ⅠⅠ断面図で示される、下記「構成の説明」記載の切削加工用給油装置(商品名「エコセーバ」)。
図1 断面構造説明図
<省略>
(注) ロ号物件の実物装置の螺旋管3は、内側容器2の外周面に二重に巻かれており、他方の螺旋管の出口部は内側容器2の裏側の真反対側の位置に存在しているが、図面の簡略化のため、他方の螺旋管は省略した。
図2 図1のⅠⅠ―ⅠⅠ断面図
<省略>
構成の説明
ロ号物件の構成は、次のとおりである。
a2 円筒状の外側容器1内に内側容器2と螺旋管3を設け、内側容器2内に噴霧ノズル6からオイルミストを噴射し、内側容器2内と螺旋管3を介して円筒状外側容器1内にオイルミスト5を供給する螺旋管3を備えている。
b2 内側容器2内と螺旋管3を介して外側容器1内に搬送空気を供給し、オイルミスト5を加速するとともにその搬送速度を調整するための調整バルブ8を備えたミスト搬送用空気配管9を備えている。
c2 外側容器1内で前記空気により搬送速度を調整されたオイルミスト16を切削加工部へ搬送するミスト管路11を備えている。
d2 外側容器1内にミスト発生用のオイル液体12を貯留し、オイル液体12を外側容器1に接続している液体ポンプ13に流入させ、液体ポンプ13から吐出した液体を噴射ノズル6及び螺旋管3を経て外側容器1内にオイルミスト5として供給する。
e2―1 螺旋管3の出口部4から、オイルミスト5を左上方斜めから隔壁19に当てた後、外側容器1の内壁側面に向かって噴出させ、
e2―2 外側容器1内で矢印15のように前記オイルミスト5を旋回させる。
f2 切削加工用給油装置。
(別紙)
被告物件目録
イ号物件説明書
イ号物件は、微少量潤滑油供給装置(商品名「エコセーバ」)に関するものであり、第1図は側方内部構造説明図であり、第2図は背面内部構造説明図である。なお、図面の簡略化のため、スパイラルチューブ3を1本しか図示していないが、実際には対称に2本設けられ、内部ミスト室2の外周面に沿って二重螺旋状に密に巻回されている。
a 円筒状の内部ミスト室2の上部には、先端部を下方に向けた噴霧ノズル6が2個設けられ、各噴霧ノズル6にはそれぞれオイル管14と第1のエアー管10とが接続されている。各噴霧ノズル6はオイル管14から供給されるオイルと、第1のエアー管10から供給されるエアーとを混合させてオイルミストを生成し、内部ミスト室2内に噴射する。
b 内部ミスト室2には、第2のエアー管9が接続されており、この第2のエアー管9からエアーが内部ミスト室2に供給される。この第2のエアー管9には、そのエアーの送出量を調節する調整バルブ8が接続されている。
c 内部ミスト室2の上部側方には、内部ミスト室2内にオイルミストとして噴射された後に浮遊するオイルミストを排出する排出口が相対向して2個設けられている。各排出口にはスパイラルチューブ3の入口部が接続されている。各スパイラルチューブ3は、その入口部から下方向に、内部ミスト室2の外周面に沿って互いに二重螺旋状に密に巻回されて設けられている。各スパイラルチューブ3の出口部4は、内部ミスト室2の長手軸方向中間位置よりやや下方位置で外部ミスト室1内に開放されている。外部ミスト室1の上部には、各スパイラルチューブ3の出口部4から吐出したオイルミストを切削具まで搬送するミスト管路11が接続されている。
d 外部ミスト室1の下部には、オイルを貯留する貯油槽が設けられている。外部ミスト室1と貯油漕とは、隔壁19により仕切られており、この隔壁19には、外部ミスト室1と貯油槽とを導通する小孔18が設けられている。貯油槽の下部には、プランジャポンプ13が設けられており、このプランジャポンプ13は、オイル管14を介して、貯油槽に貯留されたオイルを噴霧ノズル6に供給する。
e 微少量潤滑油供給装置。
イ号図面
<省略>
第1図
<省略>
第2図
(別紙)物件目録
構成の説明
a 円筒状の外側容器1内に内側容器2と螺旋管3を設け、内側容器2内に噴霧ノズル6からオイルミストを噴射し、噴射されたオイルミストは、螺旋管3を介して外側容器1内に供給される。
b 内側容器2内に搬送空気を供給する、調整バルブ8を備えたミスト搬送用空気配管9を備えている。
c オイルミストを切削加工部へ搬送するミスト管路11を備えている。
d 外側容器1下部にミスト発生用のオイル液体12を貯留し、オイル液体12を液体ポンプ13に流入させ、液体ポンプ13から吐出した液体を噴射ノズル6に供給する。
e 螺旋管3の出口部4から、オイルミストを外側容器1に供給する。
f 切削加工用給油装置。
イ号図面
<省略>
第1図
<省略>
第2図