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東京地方裁判所 平成13年(ワ)6821号 判決 2002年3月14日

主文

1  被告は、原告に対し、金6715万1727円及び内金5686万0765円に対する平成13年6月30日から支払済みまで年14パーセントの割合(年365日の日割計算)による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文第1項同旨

第2事案の概要

本件は、訴外株式会社Aに2件の貸付けにより合計1億2500万円を貸し渡した原告が、Aの原告に対する一切の債務につき包括保証したという被告に対し、保証債務の履行として貸金の残元金計5686万0765円(後記の本件第1次貸付けにつき1926万円、本件第2次貸付けにつき3760万0765円)、確定遅延損害金計1029万0962円(後記の本件第1次貸付けにつき293万7348円、本件第2次貸付けにつき735万3614円)、上記残元金に対する弁済期を経過した後である平成13年6月30日から支払済みまで約定の年14パーセントの割合(年365日の日割計算)による遅延損害金の各支払を求める事案である。

1  判断の前提となる事実

(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告は、銀行法所定の銀行業を営む株式会社である。

イ Aは、建材、金物、日用雑貨の販売等を目的とする株式会社であり、被告は、本件当時、その代表取締役であった。

(2)  原告とAの取引経緯

ア Aは、平成6年以降、原告から限度額1億円、期間1年の当座貸越契約に基づき融資を受け、借入れと返済を繰り返してきた(以下「短期借入れ」という。)。

イ Aは、主要取引金融機関であった訴外株式会社日本長期信用銀行の破綻等により新たな運転資金の調達先が必要となり、平成11年3月1日、原告から中堅企業特別保証制度(資本金と従業員数が一定規模の企業が破綻した金融機関を利用していたために金融取引に支障が生じた場合、融資総額の8割を限度として信用保証協会の保証を受けた上で金融機関から運転資金及び設備資金を借り入れることができる制度)を利用した融資により次の2口の融資(融資<1>は原告の固有貸付け、融資<2>は東京信用保証協会の保証付き)を受けた。(中堅企業特別保証制度の内容につき甲第16号証、第27号証、弁論の全趣旨)

(ア) 融資<1>(以下「本件第1次貸付け」という。)

(金額)  2500万円

(弁済)  平成11年3月から平成16年1月まで毎月末日限り金41万円ずつ、同年2月29日限り金81万円をそれぞれ分割弁済する。

(利率)  年3.875パーセント(年365日の日割計算)

(遅延損害金)年14パーセント(年365日の日割計算)

(特約)  Aについて、支払の停止又は破産、和議開始、会社更生手続開始、会社整理開始若しくは特別清算開始の申立てがあったときは、原告から通知催告等がなくても原告に対する一切の債務について当然に期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する。

(イ) 融資<2>(以下「保証付貸付け」という。)

(金額)  1億円

(弁済)  平成11年3月から平成16年1月まで毎月末日限り金116万円ずつ、同年2月29日限り金206万円をそれぞれ分割弁済する。

(利率)  年3.5パーセント(年365日の日割計算)

(遅延損害金)年14パーセント(年365日の日割計算)

(特約)  期限の利益喪失の約定につき融資<1>と同じ

ウ 原告は、平成11年3月18日、Aから前記アの短期借入れにつき弁済を受けた上で、同月19日、同社に対し、次のとおり融資(以下「本件第2次貸付け」といい、本件第1次貸付けと併せて表示するときは「本件各貸付け」という。)を行った。

(金額)  1億円

(弁済)  平成11年3月から平成16年1月まで毎月末日限り金166万円ずつ、同年2月21日限り金206万円をそれぞれ分割弁済する。

(利率)  年3.875パーセント(年365日の日割計算。ただし、平成12年3月30日の利率等に関する変更契約により年4.375パーセントとされた。)

(遅延損害金)年14パーセント(年365日の日割計算)

(特約)  期限の利益喪失の約定につき融資<1>と同じ

(3)  包括保証契約の締結

被告は、平成11年3月1日、原告に対し、Aが原告に負担する一切の債務について、同社と連帯して保証する旨約した(以下「本件包括保証契約」という。)。(甲第2、第3号証、第11号証、第32号証、乙第4号証、証人B、証人C)

(4)  Aの民事再生手続開始の申立て

Aは、平成12年5月26日、東京地方裁判所に対し、民事再生手続開始の申立てをした。

(5)  相殺及び弁済

ア 原告は、Aに対し、平成12年5月31日付けの「相殺通知書」と題する書面により、同社の原告に対する2500万0430円の定期預金債権と本件第1次貸付けに基づく貸金債権残元本金1926万円、及び本件第2次貸付けに基づく貸金債権残元本の内金574万0430円とを相殺する旨の意思表示をし、同年6月1日、これが同社に到達した。(相殺の意思表示の到達につき甲第18号証)

イ その後、原告は、A及び民事再生手続における監督委員に対し、平成12年6月13日付けの「訂正通知書」と題する書面により、前記相殺の意思表示における自働債権の表示は誤りで、本件第2次貸付けに基づく貸金債権残元本の内金2500万0430円が正しい旨通知し、同月14日、これがA及び監督委員に到達した。

ウ なお、原告は、同月13日、Aに対する預金債務金74万1057円と本件第2次貸付けに基づく貸金債権の残元本とを対当額で相殺する旨の意思表示をし、そのころ、これが同社に到達した。(甲第11号証、弁論の全趣旨)

エ Aは、再生計画に基づいて原告に対し、本件第2次貸付けに基づく債務につき、平成13年2月22日に金947万1352円、平成13年6月29日に金394万6396円をそれぞれ弁済した。

2  争点

(1)  本件包括保証契約は心裡留保又は通謀虚偽表示の類推により一部無効であるか。

(2)  民事再生手続開始の申立てが期限の利益喪失事由に当たるか。

(3)  相殺の撤回の意思表示の存否及びその可否並びに主債務者がこの撤回について承諾したか。

3  当事者の主張

(1)  争点1について

ア 被告

被告は、中堅企業特別保証制度を利用した本件第1次貸付け及び保証付貸付けについては個人保証する意思を有していたが、自己がAの代表取締役となる以前からの短期借入れを実質的に借り替えるための本件第2次貸付けについては、原告の要求を拒絶しており、個人保証をする意思はなく、このことは原告においても熟知していた。したがって、本件包括保証契約は、本件第1次貸付け及び保証付貸付けを保証する限度でのみ被告の内心的効果意思と合致しており、これを超える部分については、心裡留保又は通謀虚偽表示の類推の法理により、その意思表示は無効というべきである。

イ 原告

被告は、Aが中堅企業特別保証制度を利用した融資を受けるためのみならず、従前からの短期借入れをいったん返済した上で、期間5年の長期分割弁済を伴う本件第2次貸付けを受けるために、同社の代表取締役として個人保証をすることを求められ、これを了解して本件包括保証契約を締結したのであり、本件第2次貸付けにつき保証する意思を有しなかったということはない。原告としては、前記の制度融資を実行した後になって被告が本件第2次貸付けにつき個人保証をしないと言い出されては困るので、制度融資の実行日である平成11年3月1日に本件第1次貸付け及び保証付貸付けについての個別の保証とは別に包括保証約定書を差し入れることを求め、被告はこれに応じたのである。

(2)  争点2について

ア 原告

本件各貸付けに係る契約においては、期限の利益を当然に喪失する事由としていわゆる倒産5法が網羅的に記されているが、これは法的倒産手続の申立てをすべて含む趣旨であるから、民事再生手続の開始を申し立てた場合もこれに該当するというべきである。

また、債務者が自ら民事再生手続開始の申立てをした場合は、弁済期に債務の大部分を支払うことができないことを対外的に表明することにほかならないから、同契約において当然の期限の利益喪失事由とされている支払停止にも該当する。

よって、Aは、自ら民事再生手続開始の申立てをした平成12年5月26日をもって、本件各貸付けに基づく債務について期限の利益を喪失した。

イ 被告

本件各貸付けに係る契約においては、当然の期限の利益喪失事由として民事再生手続開始申立ての文言は記載されていないところ、従前の和議手続と民事再生手続とは開始原因が異なっており両者を同視できないこと、民事再生手続は、債権者による申立ても可能であり、債権者からの一方的な申立てによって当然に期限の利益を喪失させることには問題があること、期限の利益喪失事由は限定列挙と解すべきであること等の理由により、民事再生手続開始の申立てはこれに当たらないと解すべきである。

そして、民事再生法が成立した平成11年12月22日より後であって同法施行の日の直前である平成12年3月30日に原告とAが締結した利率等に関する変更契約においても、民事再生手続開始の申立てを期限の利益喪失事由とする旨の約定はされていないのであるから、本件各貸付けの契約当事者間においては、民事再生手続開始の申立てを追加する意思がなかったとみるべきである。

また、これが支払停止に当たるか否かについては、実際に停止していないのに該当すると解することはできないというべきである。

(3)  争点3について

ア 原告

原告は、当初の相殺の意思表示を撤回し、後に訂正した自働債権により相殺する旨の意思表示をし、Aは、これを黙示的に承諾したものであるところ、単独行為である相殺についても、相手方の同意があれば意思表示の撤回が認められるから、訂正後の自働債権について相殺の効果が生じたと解すべきである。

なお、原告は、A及び民事再生手続における監督委員に対して平成12年6月13日付けの訂正通知書により、Aの2500万0430円の定期預金債権全額について本件第2次貸付けと対当額で相殺する旨の意思表示をし、同年6月14日にこれがA及び監督委員に到達した後、Aの民事再生手続において、前記訂正後の相殺処理を経た債権額に基づき東京地方裁判所に債権届をし、同社においてその全額を異議なく認めたことから、権利関係が確定し、これを前提とした再生計画に基づきAから平成13年2月22日及び同年6月29日に返済を受けているのであって、同社は、原告からの相殺の意思表示の撤回を黙示的に承諾したものとみることができる。

また、被告もAの代表取締役として上記訂正通知書を受け取りながら、これに異議を述べることなく民事再生手続を主導してきたのであるから、保証人の立場としても、相殺の意思表示の撤回について黙示の承諾をしたということができるので、本件訴訟になってから、このような態度を翻すのは、信義に反するものというべきである。

したがって、本件第1次貸付けに基づく債権についての相殺の効果は覆滅したものである。

イ 被告

原告は、当初の相殺の意思表示によって本件第1次貸付けにつき残元金1926万円とAの預金債権とを対当額において相殺したので、同貸付けに基づく債権は存在しない。

なお、相殺の意思表示の撤回は認められないばかりでなく、原告による訂正通知は、自働債権の表示を訂正したのみであって、法律行為の中核をなす意思表示の撤回として不十分である。

また、被告は、民事再生手続とAの事業維持・継続のため忙殺される毎日で、平成12年5月31日付け相殺通知が来たことは了知していたが、その後の訂正通知書については、その内容を検討する余裕もなく、認識もしていなかったから、相殺の意思表示の撤回について黙示の承諾をすることはあり得ない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(本件包括保証契約の有効性)について

本件包括保証契約が締結された経緯は前判示第2の1のとおりであるところ、証拠(甲第32号証、乙第4号証、証人B、証人C)及び弁論の全趣旨によると、原告は、Aに対し、従前からの1億円を限度とする当座貸越契約による短期借入れに加え、さらに中堅企業特別保証制度を利用した本件第1次貸付け及び保証付貸付けを行い、かつ、短期借入れについて弁済期を5年とする本件第2次貸付けに切り替えるに際し、信用が必ずしも十分でない主債務者Aの代表取締役であった被告の個人保証が必要であるとの判断からこれらの新規融資に伴う債務についての連帯保証を求めることとし、甲第2号証の包括保証約定書の用紙を同社の借入手続を担当していた経理部長の証人Cを介して被告に交付し、その署名・押印を得た上で前記各貸付けを実行したことが認められる。

この点に関し、被告は、当座貸越契約に基づく期間1年の無担保無保証による短期借入れについて、長期借入れへの転用に当たって被告がわざわざ個人保証を付加するという不利益を承諾するはずがない旨主張し、被告本人の供述(乙第3号証、被告本人尋問の結果)中にもこれに副う部分があるけれども、当時主要取引金融機関の破綻から信用不安の状態にあったAが置かれた状況からすれば、前判示の短期借入れからの長期転用による本件第2次貸付けをするに先立ち、代表取締役の経営責任を明確にするという意味でその個人保証を求めるというのは金融機関である原告にとって当然の処置と考えられるし、この間の事情については、借入手続を担当していた証人Cの証言中にも、前判示の制度融資以外の債務にも保証が及ぶものであることを認識していながら融資を受けるためにやむなく包括保証約定書を原告に提出した旨述べている点に表れているところである。そして、このような経緯は、Aの代表取締役として同社の借入れにつき最終的な決裁をしていた被告にも十分分かっていたはずであり、被告がこの点の認識を欠いていたことを認めるに足りる証拠は存しない。

また、被告は、前掲甲第2号証(包括保証約定書)の本文を全く読まずに署名・押印したものであり、その効力が本件第2次貸付けには及ばないと理解していた旨証言するけれども、企業の経営者が法人のみならず個人についてまで責任の及ぶ契約書に署名・押印して印鑑登録証明書(甲第3号証)を添えて金融機関に提出するに際して、その内容を全く読まないとは通常考え難い上、前掲包括保証約定書には、大文字で「包括保証約定書」と表題が記載され、わずか3条項の中に明確にAの原告に対する一切の債務について連帯保証する旨が記されており、その趣旨は署名押印のために一見しただけでも容易に把握することができるものと考えられるから、被告の供述を信用することはできない。

その他、被告が本件第2次貸付けについて保証が及ばないと認識していたことや原告担当者がこのような被告の認識を知っていたことを認めるに足りる証拠は存しない。

したがって、原被告間でなされた本件包括保証契約は有効であって、本件第2次貸付けにも及ぶことは明らかであり、この点に関する被告の主張は採用できない。

2  争点2(民事再生手続開始の申立てと期限の利益喪失)について

民事再生法は、いわゆるバブル経済の破綻に対処するための倒産法制の見直しの中で従前の和議法に代わるものとして成立したものであり、主として中小企業の再建型倒産処理手続のための制度として位置付けられるところ、両法には共通点も多く、債務者が業務の遂行並びに財産の管理及び処分を維持しつつ、再建のための計画を立て、これについて債権者の多数の同意による可決を得た上で、これに基づく債務の弁済等を行いながら債務者の再建を図る制度として、基本的には同種の手続であるということができる。もっとも両制度は、手続開始の原因や申立人の範囲が異なっているので、これを全く同一のものとして取り扱うことは困難であるから、本件包括保証契約における期限の利益喪失条項中の和議手続開始の申立てをそのまま民事再生手続開始の申立てと読み替えることまで許容されるわけではない。

しかしながら、もともとこの条項の趣旨は、債務者について法的整理手続開始の申立てがあったときは、支払期限が到来していないため未だ履行遅滞に陥っていない債務についても、早晩履行遅滞に陥ることが確実で、かつ、期限の到来した債務の全額につき弁済されることが通常期待し得ず、債務者に対して期限の利益を与えておく理由が失われたことから、債権者が即時に債権の全額について期限が到来したものとして対処し得ることを認めたものと解される。そうすると、この条項が契約書を取り交わした時点における法的倒産手続(いわゆる倒産5法)をすべて挙げている以上、契約当事者の意識としては、そこに列挙された手続のみならず、これと基本的には同種の法的倒産手続の開始の申立てがあれば期限の利益が失われると理解していたとみるのが相当である。そして、債務者について法的倒産手続の開始申立てにより債務の全額について弁済の見込みがなくなった以上、期限の利益を喪失させても格別に不利益が生じるわけではない。そこで、倒産法制の改変により、契約条項中には明記されていない新たな倒産手続が創設された場合についても、列挙されたものと基本的には同種とみられる手続開始の申立てがあれば、同条項による期限の利益の喪失という事態が生じると解するのが、当事者の合理的意思に合致するとみられる。

そうすると、本件包括保証契約に列挙された法的倒産手続のうち再建型手続と基本的に同種の民事再生手続の開始申立てもまた期限の利益喪失事由に含まれると解される。

そして、証拠(甲第7号証)によると、民事再生法施行後の利率等に関する変更契約において新たに民事再生手続開始の申立てを期限の利益喪失事由に追加していないことは被告の主張するとおりであるが、従前の約定によっても同申立てが前記喪失事由に該当すると解釈し得るのであるから、むしろ契約当事者としてはこれを追加しなくとも対処し得ると考えていたと推認することも可能であり、このことによって結論が左右されるものではない。

以上に検討したところによると、本件においては、主債務者であるAについて原告に対する各債務の期限の利益が失われたというべきである。

3  争点3(相殺の意思表示の撤回等)について

本件においてAに対する各債権について原告が執ってきた相殺処理の経緯は前判示第2の1(5) のとおりであるところ、甲第19号証の「訂正通知書」には「平成12年5月31日付相殺通知書における当行債権の表示を本日後記の通り訂正致しますので、ご通知申し上げます。」との記載があり、これによれば、相殺の自働債権について従前表示したものを誤っているとした上で訂正した後の債権を明確に表示しているのであるから、従前の「相殺通知書」における相殺の意思表示を撤回し、さらに訂正後の自働債権をもって相殺する旨の意思を表示したものと理解するのが自然であり、この点について主債務者であるAが理解していなかったとは考え難いところである。

ところで、相殺は、その自働債権を有する者によってなされる単独行為であり、その意思表示が相手方に到達すれば即時に一定の範囲で債務が消滅するという法律効果を生じるものであるから、軽々にその撤回を認めることは、法律関係を不安定にし、相手方に不測の損害を蒙らせることにもなりかねないから、これを当然に有効とすることはできない。しかし、他方で、相殺の撤回について相手が承諾し、後の意思表示による法律効果を容認する場合においてはこれを認めても何ら弊害がないばかりか、むしろ当事者の意思によりその処分し得る財産上の法律関係を決するという私的自治の原則にも副うので、相殺の意思表示の撤回を認めて差し支えないというべきである。

したがって、相殺の意思表示の撤回が許されるか否かは、相手方がこれを承諾したか否かによって決せられることになる。

これを本件についてみるに、前判示第2の1(5) の各事実に証拠(甲第23ないし第25号証)及び弁論の全趣旨によると、原告の平成12年7月24日付「再生債権届出書」の債権明細目録には、前記訂正後の相殺処理に基づいて算定された各債権が記載されており、これを受けたAの同年8月21日付「債権認否表(訂正版)」は、原告の届出債権を全額認め、これに対して、何ら異議を留めていないこと、さらに、同社は、その後の再生計画に基づき、訂正後の相殺処理に従った債権を前提として原告に一部弁済していることが認められる。

以上によれば、Aにおいては、原告の相殺の意思表示の撤回及び新たな意思表示による相殺を黙示的に承諾したと認めることができる。

なお、この点に関し、被告は、当時、民事再生手続への対処とAの事業維持・継続のため忙殺される毎日で、平成12年5月31日付け相殺通知が来たことは了知していたが、その後の訂正通知書については、多数の書類の1つであり職員がファイルにつづり込むのが精一杯で、内容の検討もする余裕はなく、認識していなかったと主張し、本人尋問においてもこれに副う供述をするけれども、被告はAの代表取締役として前記訂正通知書を受領し、この通知書による相殺処理を前提とした手続を執っていたのであるから、黙示的に承諾したとみて何ら差し支えなく、これによると、原告の被告に対する本件第1次及び第2次貸付けに基づく残債権額は原告の主張するとおりとなる。

4  結論

以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 小川直人 裁判官 溝口理佳)

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