東京地方裁判所 平成13年(ワ)7724号 判決 2003年3月28日
A事件原告,B事件被告
X
訴訟代理人弁護士
上西浩一
同
日高章
A事件被告,B事件原告
有限会社Y企画
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
冨永長建
主文
1 A事件原告,B事件被告Xは,A事件被告,B事件原告有限会社Y企画に対し,132万7840円及び29万9000円に対する平成13年5月14日から,102万8840円に対する同年6月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 A事件原告,B事件被告Xの請求及びA事件被告,B事件原告有限会社Y企画のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,A事件及びB事件ともに,これを10分し,その3をA事件被告,B事件原告有限会社Y企画の,その余をA事件原告,B事件被告Xの各負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 A事件
A事件被告有限会社Y企画(以下「被告」という。)は,同事件原告X(以下「原告」という。)に対し,825万2000円及び700万円に対する平成13年2月1日から,125万2000円に対する平成13年2月24日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 B事件
原告は,被告に対し,328万4770円及び171万3000円に対する平成13年5月14日から,157万1770円に対する平成13年6月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
A事件は,懲戒解雇された従業員が,使用者に対し,<1>就業報酬契約に基づく報酬(200万円),<2><1>の契約に基づく違約金(500万円),<3>解雇予告手当(50万円),<4>付加金(50万円),<5>旅行積立金として被告に委託した委託金(25万2000円)又は<5>旅行積立金として控除された未払の賃金(<5>と同額)並びに<1><2>に対する<1>の約定支払日の翌日から,<3>ないし<5>に対する解雇の日の翌日から商事法定利率による遅延損害金の支払を求めた事案である。
B事件は,使用者が,従業員に対し,<6>当該従業員の出来高給の計算の基礎となる事実について虚偽の報告をし,または,第三者がした虚偽の報告を放置し,虚偽報告に基づく出来高給相当額の損害を使用者に与えたことによる不法行為に基づく損害賠償(171万3000円),<7>住所を偽って通勤手当を詐取したことによる不法行為に基づく損害賠償(157万1770円)及び<6><7>に対する不法行為後(<6>について訴状,<7>につき訴えの変更の申立書の各送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を請求した事案である。
1 前提事実(証拠等によって認定した事実は括弧内に証拠番号を示した。参照の便宜のため証拠番号を引用した場合もある。)
(1) 当事者及び雇用契約等
被告は,美容室の経営等を業とする有限会社であり,原告は美容師である。
原告と被告とは,昭和62年10月5日,労働契約を締結し(以下「本件契約」という。),原告は,被告が経営する美容室であるa武蔵小山店(東京都品川区武蔵小山<以下省略>所在。以下「武蔵小山店」という。)に勤務し,平成7年10月1日,武蔵小山店の副店長に昇任し,後記(4)の懲戒解雇までその地位にあった。(争いがない事実)
(2) 就業報酬契約(本件特約)等
ア 原告と被告とは,平成9年11月11日,次の内容の契約(以下「本件特約」という。)を締結した。(<証拠省略>。争いがない。)
第1条 原告は,被告の美容室店舗に平成12年12月31日以降まで継続して就業するものとする。この場合被告は,原告に対し,就業報酬として200万円を平成13年1月31日支給する。但し,技術売上げが月平均110万円を下回る年があった場合は,その1年につき50万円を就業報酬より減額する。
・・・
第4条 原告は被告の就業規則を遵守し勤務する。
第5条 被告と原告は本件特約の守秘義務を負う。
第6条 上記条項の契約を違約した者は,相手方へ違約金として500万円を支払うこと
・・・
イ 原告は,平成9年11月11日から平成12年12月31日まで美容師として被告の店舗で勤務した。(弁論の全趣旨)
ウ 平成13年1月31日は経過した。(顕著な事実)
エ 原告は,被告に対し,「本件特約に基づいて200万円を請求する。」旨の書面を内容証明郵便で出し,同書面は平成13年3月16日被告に到達した。(<証拠省略>)
(3) 就業規則の定め
被告の就業規則には,「社員は次の各号の事項をしてはならない。・・・4.会社および他の社員の財産を窃取もしくは故意に損う行為・・・8.故意または重大な過失により,虚偽,不正確な事項を歪曲,流布,陳述すること・・・10.業務上の指示命令を正当な理由なく拒む行為・・・」(33条),「会社は職場規律の維持確立のために社員が不正,不誠意,不法の言動をなしたか,またはなそうとしたとき,もしくは故意又は重大な過失により会社に損害をかけ,またかけようとしたときは,これを懲戒処分とする。」(47条),「懲戒の種類は各号の通りとする。・・・6.懲戒解雇 予告期間なしに即時解雇する・・・」(48条)との定めがある。(<証拠省略>)
(4) 懲戒解雇
被告は,原告に対し,平成13年2月23日,「貴殿を懲戒解雇する。貴殿は当社において当社就業規則を蹂躙し背任横領を行った。よって,上記の通り申し渡します。」との通知書を交付し,もって,原告を懲戒解雇とする旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。(争いがない事実)
(5) 出来高給である加給手当の計算方法等
ア 本件契約の賃金は毎月25日締め末日払とされていた(<証拠省略>。以下,前月26日から当月25日までの就労に対する賃金で当月末日支給の賃金を「(当)月分」という。)。
イ 被告では,美容術全般を顧客に施術できる技術をもった美容師をスタイリストと呼び,この技術に至らないで補助作業を行う美容師をヘルプと呼んでいた。スタイリストは,ヘルプに対し,顧客に行う施術のうち一定の補助作業を指示して行わせることができ,ヘルプが行う補助作業には,作業の種類ごとに点数(以下「ヘルプポイント」という。)があらかじめ定められていた。顧客1人の1回の来店ごとに1枚作成される売上伝票には,その顧客を担当したスタイリスト,施術の内容,売上額等の外,どのヘルプが補助作業を行ったかが記号で,何点の補助作業を行ったかがヘルプポイント数で,それぞれ記録されていた。(<証拠省略>)
ウ 平成11年6月分から平成13年1月分までの,本件契約における役職手当,加給手当,賞与についての合意内容は次のとおりであった(<証拠省略>。この内容によることは当事者間に争いがない。)。なお,最終的には,個々の施術に要した材料費を基本給や加給手当の合計額から差し引いた金額が賃金となる(争いがない)。
(ア) 役職手当は店長3万円,副店長2万円を支給する。
(イ) 加給手当は,技術売上(スタイリストが当該給与対象期間中に顧客に行った施術の総売上額からヘルプ売上を控除した残額をいう。ヘルプ売上とは,前記施術を行う際にヘルプが行った補助作業のヘルプポイントの総合計に500円を乗じた金額である。)の40パーセントから定額である基本給を差し引いた金額とする。
(ウ) 技術売上の40パーセントが個別に定められた基本給を越えない場合は基本給を保障する。
(エ) 賞与は技術売上の5パーセントを支給する。ただし,技術売上の40パーセントが基本給を越えない場合には支給しない。
エ 平成11年6月分から平成13年1月分までの給与対象期間,原告はスタイリストで,B及びCは武蔵小山店に勤務するヘルプであった。(争いがない事実)
オ C及びBの平成11年6月分から平成13年1月分までの売上伝票に記録されたヘルプポイントの当月分ごとの集計は別紙1「ヘルプポイント表」のとおりであり,被告は,この数値に基づいて,原告に対し加給手当を支払った。
前記期間中,原告が行う施術の補助作業は,専らBが担当していた。(争いがない事実)
(6) 通勤手当の支払
被告は,原告に対し,原告が神奈川県平塚市所在の実家に居住しているとしたことから,平成元年2月分から平成7年3月分までの通勤手当として,東急目蒲線武蔵小山駅からJR平塚駅までの定期代を別紙2の<1>ないし<7>のとおり199万5890円支払った。(争いがない事実)
(7) 旅行積立金控除
被告は,原告に対する平成10年2月分から平成13年1月分までの賃金から旅行積立金として月額7000円ずつ控除しており(以下「本件控除」という。),本件控除の合計額は25万2000円である。(争いがない事実)
なお,原告は,被告に対し,前記(2)エの内容証明郵便で,本件控除にかかる旅行積立金の請求を行った。
2 争点
(1) <1>本件特約に基づく報酬請求及び<2>違約金請求
ア 本件特約に基づく請求についての訴えの可否
イ 本件特約の有効性
ウ 労働者の就業規則違反が本件特約に基づく報酬請求権に与える影響
エ 原告に就業規則違反の行為があるか
(ア) 原告にヘルプポイント報告に関する義務違反等があるか
(イ) 原告に顧客に対する傷害事故を報告しなかった義務違反があるか。
(2) <3>解雇予告手当請求及び<4>附加金請求
ア 本件解雇は「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」か。
イ 解雇予告手当の額
(3) <5>旅行積立金相当額の預託金請求
本件控除にかかる金員は,原告から被告に対し預託されたものか。
(4) <5>旅行積立金相当額の賃金請求
ア 原告は本件控除にかかる賃金債権を放棄したか。その有効性
イ 本件控除にかかる賃金の時効
ウ 本件控除にかかる賃金請求は権利の濫用か。
(5) <6>ヘルプポイントに関する報告義務違反の不法行為に基づく損害賠償請求
争点(1)エ(ア)と同じ。
(6) <7>通勤手当詐取の不法行為に基づく損害賠償請求
原告は,被告に対し,住所を偽り通勤手当を詐取したか。
3 争点に関する当事者の主張
(1) <1>本件特約に基づく報酬請求及び<2>違約金請求
ア 本件特約に基づく請求についての訴えの可否
(被告)
本件特約は,当事者にその内容について守秘義務を負う旨約束させるものであるから,裁判上訴求しない旨の暗黙の前提があり,本件特約に基づく報酬及び違約金は自然債務である。また,本件特約は,他の従業員には与えない特別の高額の報酬を原告に秘密に約束するものであり,本件特約についての守秘義務は,訴えを提起して本件特約に基づく請求をしないこと,不起訴の合意が含まれている。
(原告)
否認する。
イ 本件特約の有効性
(被告)
本件特約は,労働者に対し3年間使用者との間で労働契約を継続する義務,就業規則遵守義務,本件特約についての守秘義務を負わせ,これに違反したときは,違約金の支払を約束させる内容のものであるから,労働基準法16条に違反し,全体として無効である。
本件特約は,他の従業員や出資者に配分されるべき被告の営業利益を,ただ継続して勤務したというだけで原告が独り占めし,所得税,住民税を免れさせるものであり,従業員の平等原則に違反し,公序良俗に違反し,労働基準法3条,民法90条に違反する無効な契約である。
(原告)
争う。
ウ 労働者の就業規則違反が本件特約に基づく報酬請求権に与える影響
(被告)
本件特約には就業規則遵守義務が明定されており,これに違反した者には報酬請求権はない。
(原告)
本件特約の内容は認める。
エ 原告に就業規則違反の行為があるか
(ア) 原告にヘルプポイント報告に関する義務違反等があるか
(被告)
a 原告の詐取ないし義務違反の内容
平成11年6月分から平成13年1月分まで,原告は,自分がスタイリストとして施術をした顧客の売上伝票に,Bの行った補助作業のヘルプポイントを記載せず,被告から当該ヘルプポイント数の売上分の金員を詐取した。
仮に,売上伝票の虚偽記入をBが行っていたものであるとしても,これは原告の教唆ないし指示に基づくものである。
仮に,原告の教唆ないし指示に基づくものでないとしても,原告は,Bが売上伝票に虚偽の記入をしていることを知りつつ放置し,不作為によって加給手当を詐取したものである。
また,原告は,武蔵小山店の副店長であり,管理職として,他の職員に対し,加給手当,賞与に影響する売上伝票のヘルプポイントが正しく記入されているか監督し是正する義務があるのに,これを怠って被告に損害を与えた義務違反がある。
b 売上伝票のBのヘルプポイントが虚偽であること
Bは技術や意欲においてCに劣ることはなかったにもかかわらず,BのヘルプポイントはCと比較して極端に少なく,出勤してもゼロの日すらある。これは,Bのヘルプポイントが実態を反映していないことを示している。武蔵小山店の店長であったDは,原告より施術する顧客が多く,多くの補助作業を必要とすることは確かであるが,原告より作業が遅いということはなかったから,BのヘルプポイントがCより少ないことの説明にはならない。
平成12年9月末ころ,Dは,売上伝票が正しく記入されていないことに気づき,Bに注意したところ,Bは,「原告に恩があるからヘルプポイントをつけていなかった。」旨認めた。
平成13年1月,Dから報告を受けたAは,原告に対し,同年2月ころ,Bのヘルプポイントが低い理由の説明を求めたところ,「Bが勝手にやったことである。」,「Dもごまかしている。」と居直っていた。
c 原告の詐取ないし義務違反の根拠
売上伝票は,ヘルプポイントの欄も含めて施術をしたスタイリストが記入することになっており,施術をしたスタイリストが,その日のうちに売上伝票の内容をコンピューターへ入力し,終業時にもコンピューターで確認する。スタイリストがヘルプにヘルプポイントの売上伝票への記入を任せることはないし,仮に任せたとしてもコンピューターへの入力や終業時の確認をするのであるから虚偽記入に気づかないということはない。
Bにヘルプポイントをつけない場合,Bにはヘルプポイントに50円を乗じた加給手当が支給されないが,原告にはその500円を乗じた金員の40パーセントに当たる加給手当が支給され,原告とBとの加給手当の合計額としては,Bにヘルプポイントをつけた場合より多くなる。原告は,Bより13歳年長で副店長の地位にあるスタイリストで,Bと同棲していた。このような不正を考え,主導,実行できるのは,原告以外にあり得ない。
売上伝票のヘルプポイントは,スタイリスト及びヘルプの加給手当の算定根拠となるのであるから,正しく記入されていなければならない。スタイリストとヘルプの利害はヘルプポイントについて対立関係にあるから,スタイリストが,ヘルプに対し,ヘルプポイントの記入を任せることは通常あり得ない。「ヘルプポイントの記入はヘルプであるB任せにしていた。」旨の原告の主張は,ヘルプポイントの虚偽報告をBと結託して行っていたことを自白しているに等しい。
(原告)
原告が売上伝票に虚偽の記入をしたり,Bに虚偽記入の指示をしたり,Bの虚偽記入を知っていたことは,いずれも否認する。売上伝票中の施術と売上金額の欄の記入はスタイリストがするが,ヘルプポイントの欄の記入はヘルプが手が空いたときに適宜行い,スタイリストが修正したり,チェックすることはなかった。多忙なスタイリストである原告が,ヘルプポイントの記入に介入している暇はなかった。
平成12年9月ころ,原告は,被告代表者から,Bにヘルプポイントを正しくつけるよう指導するように言われたので,Bに指導をした。その直前にDがBにその旨指導し,Bが涙を流して抗議しているのを目撃したことがある。その後は,原告はAからもDからも何も注意を受けていない。
BとCとのヘルプポイントの差は,BよりCの方が1年先輩で能力が上であることや,Cが補助作業を行ったDが,原告より顧客が多いが作業が遅く,多くの補助作業を必要としたことによって生じたものである。
(イ) 原告に顧客に対する傷害事故を報告しなかった義務違反があるか。
(被告)
原告は,平成10年8月17日,武蔵小山店において,顧客のEにカラーリングの施術を行った際,カラーリング薬液の皮膚貼付試験(パッチテスト)を行うべきであったにもかかわらず,これをせずにカラーリングの施術をしたため,Eに対し,頭部がただれ,頭髪が抜け落ちて回復しないという傷害を与えた。
Eは,原告に被害を告げ,平成12年2月28日,原告は,Eに対し,前記傷害の責任を認める旨の念書を交付した。
原告は,この事故を被告代表者に報告していなかったため,被告代表者は,平成12年2月28日,Eから念書を示されて初めてこのことを知った。Aが,原告に確認したところ,原告は自分の施術により事故が発生したことを認めた。
被告は,経営する美容院で起きる事故に備えて保険会社(b海上火災保険株式会社)と保険契約を締結していたが,原告の事故の報告が遅れたために,平成12年4月ころ,保険金給付が受けられない旨保険会社から回答を得た。原告は,保険金請求が容易ではないと知るや「他の者がヘアカラーを施術した。」旨主張して自らの責任を否定し,事故報告書の作成を拒むようになった。本件解雇の後である平成13年7月ころにも作成を求めたが拒否された。Eは,現在,被告に対し,損害賠償として300万円を請求している。
原告は,顧客に対する傷害事故について,速やかに報告する義務があったのに,報告せず,発覚するや他人に責任転嫁したもので,職場規律を乱し,顧客に対する信頼を著しく損ねた。
なお,Eは,「F(平成11年末ころまで武蔵小山店の責任者であった者。)作成の示談書は,FとEとの間の示談であり,原告には無関係である。」旨主張している。
(原告)
原告はEに傷害を与えたことはない。Eは,Fに対し,「他の美容師がFの指示で塗ったヘアカラーにより生じた。」と主張していた。念書は,Eから「被告代表者と話がついており,保険金請求に必要なので書類を作成してほしい。」旨いわれて作成したものである。原告も被告が保険に加入していることは知っていたが,事故の報告は店長が行うのであり,原告にはその義務はない。狭い店内で顧客から苦情があれば店長は容易に知り得たからである。
被告は,「被告代表者は,平成12年2月に初めてEの件を知った。」と主張するが,被告代表者は,本件解雇までの約1年間,原告に事故発生の経緯や事後処理について事情を確認したことも,報告書の作成を求めたこともない。事故報告書の作成を求められたのは,本件解雇の後の平成13年7月ころである。被告代表者は,本件解雇の前は,傷害事故はEの言いがかりであるとして,「保険金なんて出る訳がない。原告はEの詐欺の片棒を担ぐつもりか。」等と念書の作成を叱責していた。
平成13年4月19日,原告,F,E,Eの知人のGとで話しあい,E及びGが今後Fや原告に近づかないことを条件に,FがEに対し,解決金10万円を支払うこととなり,示談書を作成した。原告は,この示談により,Eとの件は一切解決したと理解していた。
(2) <3>解雇予告手当請求及び<4>附加金請求
ア 本件解雇は「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」か。
(被告)
(ア) 「労働者の責に帰すべき事由」があること
前記(1)エ(ア)(イ)の被告の主張のとおり,原告は,ヘルプポイントの報告に関する詐取ないし義務違反,及び,Eに対する傷害事故の報告義務違反をしたほか,後記(イ)のとおり,住所を偽り被告から通勤手当を詐取していた。
これらの各行為は,就業規則47条「社員が不正,不誠意,不法の言動をなし・・・,もしくは故意又は重大な過失により会社に損害をかけ」たときに当たるから,被告は,懲戒として本件解雇を行ったものであり,「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」である。
(イ) 通勤手当の詐取
原告は,被告に対し,住所を神奈川県平塚市所在の原告の実家と偽り,平成2年3月分から平成7年3月分までの通勤手当合計169万2810円を詐取した。
原告は,平成2年3月ころ,終業後,武蔵小山店に残って美容術の研究をするなど平塚市の実家に帰っている様子がなかった。原告は,平成3年5月ころから,看護婦をしていたHと都内で同居し,平成4年12月に結婚し,子供が生まれたが,平塚市の実家に妻子を置いたままIとIの実家のある目黒区内で同棲を始め,Hと別れた。
このような事実を下に,原告は平塚市までの通勤手当を詐取していたた(ママ)ものと判断して本件解雇を行い,さらに調査したところ,原告は,平成4年6月1日から平成10年5月31日までは目黒区目黒本町<以下省略>所在の賃貸居室(以下「目黒本町のアパート」という。)に居住していたことが判明し,前記判断が裏付けられた。
本件訴訟における原告の住所についての原告の認否主張は,露見するまでは虚偽の主張をするという態度であり,その態度,人柄は誠実とはいえず,信用できない。
(ウ) 通勤手当詐取は,本件解雇の際にも原告に告げられていること
本件解雇の前に被告代表者は,原告と何度も会って,通勤手当に関し事実の確認をし,反省を促した。原告は,現実に生活している住所にかかわらず,住民登録をしていれば平塚市からの通勤手当を受給しても不正はないと考えていた様子で,被告代表者から住所を聞かれても,住民登録は平塚市にしていることを繰り返すのみであった。
被告代表者は,他の従業員から原告が終業後に平塚市方向の駅に向かう様子がないこと等を聞いたことや,原告と親密であったIが武蔵小山店の顧客として住所を目黒本町と届けていたことを知っていたので,これらの事実を挙げて原告を問い質していた。
(原告)
(ア) 「労働者の責めに帰すべき事由」はないこと
前記(1)エ(ア)(イ)の原告の主張のとおり,原告には詐取や義務違反はないし,通勤手当も後記(イ)のとおり詐取したものではない。
(イ) 通勤手当の詐取について
原告は,平成元年1月から平成7年3月まで平塚市の原告の実家に居住し,平成7年4月から平成10年5月までは,目黒本町のアパートを併用して通勤していた。
(ウ) 解雇の際,解雇の理由として告げられていないこと
被告主張の解雇の理由のうち,Eの傷害事故,通勤手当の詐取は,本件解雇の当時,何ら原告に告げられておらず,後から考えられたものである。A事件の第3回口頭弁論期日において,被告代表者は,本件解雇の理由として,ヘルプポイントの件,Eの傷害事故の件は挙げたが,通勤手当の件は挙げなかった。
原告は,被告代表者に対し,平成13年3月25日に被告を退職する旨申し出て了承を得ていた。本件解雇は,本件特約の報酬の支払を惜しみ,かつ,原告のライバル店への就職を妨害するため,行われたものである。
イ 解雇予告手当の額
(原告)
原告の本件解雇前の1月あたりの賃金手取額の平均は50万円を下回らないから,30日分の平均賃金である解雇予告手当は50万円を下回らない。
(被告)
平均手取額は認める。
(3) <5>旅行積立金相当額の預託金請求
本件控除にかかる金員は,原告から被告に対し預託されたものか。
(原告)
本件控除にかかる金員は,原告から被告に対し,旅行積立金として預託されたものである。
原告が,平成13年2月23日,Jに対し,旅行積立金のことを尋ねたところ,Jは,「被告代表者が管理しているから自分は知らない。」旨答えていた。したがって,X企画旅行会が管理している旨の被告の主張は虚偽である。
(被告)
否認する。旅行積立金は,被告の従業員で構成されるX企画旅行会が管理しており,被告はその徴収を行っているにすぎない。旅行積立金は,社員全員が参加する旅行のための積立であり,被告の3つの店舗が交代で運営管理している。旅行積立金の金額は,役職者は高く,非役職者は低い。旅費が不足したときは被告が負担し,旅費が余ったとき,旅行に不参加のとき,退職時にも返還はしない約束であった。このことは,採用時に,原告に対して説明している。
(4) <5>旅行積立金相当額の賃金請求
ア 原告は本件控除にかかる賃金債権を放棄したか。その有効性
(被告)
被告は,採用時に,原告に対し,前記(3)の被告の主張のとおりの旅行積立金の目的,金額,使途,管理方法を説明し,原告の同意を得た上で,本件控除を行った。したがって,原告は,自由な意思に基づいて本件控除にかかる賃金債権を放棄したものであり,労働基準法24条1項には反しない。
(原告)
原告は,退職時に返還される旅行積立金として控除されることには同意していたが,本件控除は,労働基準法24条1項の賃金全額払の原則に反する。
イ 本件控除にかかる賃金の時効
(被告)
平成10年2月分から平成11年2月分までの9万1000円について,支払日から2年が経過した(原告が被告に請求をしたのはその後である。)。被告は,労働基準法115条の消滅時効を援用する。
ウ 本件控除にかかる賃金請求は権利の濫用か
(被告)
原告は,本件控除以前の旅行積立金によって,自分で支出した金員より費用のかかる社員旅行に6回参加し,原告が社員旅行によって恩恵を受けた金員の額は合計43万2000円にもなる。この恩恵分は他の従業員の旅行積立金と被告からの援助によるものである。原告は,本件解雇まで本件控除に異議を唱えたりしたことは一切ない。
かかる事実関係の下では,原告の本件控除にかかる賃金請求は,信義則に違反し,権利の濫用であって許されない。
(原告)
法的主張は争う。
(5) <6>ヘルプポイントに関する報告義務違反の不法行為に基づく損害賠償請求
前記(1)エ(ア)と同じ
(6) <7>通勤手当詐取の不法行為に基づく損害賠償請求
原告は,被告に対し,住所を偽り通勤手当を詐取したか。
(被告)
原告は,被告から,前記(2)ア被告の主張のとおり,通勤手当として合計169万2810円を詐取した。被告は,詐取された金員のうち157万1770円を請求する。
(原告)
前記(2)ア原告の主張と同じ。
第3当裁判所の判断
1 <1>本件特約に基づく報酬請求及び<2>違約金請求
(1) 争点(1)ア(本件特約に基づく請求についての訴えの可否)について
証拠(<証拠省略>,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,本件特約は,平成7年,被告の主力美容師であったFが被告から独立して店舗を開業し,Fの後に武蔵小山店の店長となったDも平成12年ころ独立する見通しであったため,Dに次ぐ有力美容師であった原告を平成12年末まで引き続き被告に就労させることを目的として,平成12年末まで原告が被告に勤務し,一定の売上げを上げることを条件として,原告に対し,本件契約による賃金とは別に特別な報酬を約束したものであることが認められる。
このような本件特約の目的に照らせば,本件特約に定められた守秘義務は,当事者間の雇用関係継続を前提として,当事者双方が被告の他の従業員と良好な関係を保つために合意されたものであると認めるのが相当である。したがって,守秘義務の定めが存在するからといって,本件特約に基づく請求権について裁判上訴求しない旨の暗黙の前提があるとも,不起訴の合意が含まれているとも,認めることはできないというべきである。
(2) 争点(1)イ(本件特約の有効性)について
ア 前記(1)のとおり,本件特約の目的は,原告を被告に平成12年末まで就労させることであるから,本件特約に基づく義務に違反した場合に当事者が相手方に支払うとされた金員(本件特約の第6条)は,この目的を確実に達成するため約束されたとするのが当事者間の合理的な意思と考えられるから,違約金と解するのが相当である。
そうすると,本件特約の第6条のうち,原告が被告に対し負担する違約金を定めた部分は,労働契約に付随して合意された本件特約の債務不履行について違約金を定めたものであるから,使用者が労働契約の不履行について違約金を定めることを禁止する労働基準法16条に反し,無効となるというべきである。他方,本件特約の第6条のうち,被告が原告に対し負担する違約金(本件訴訟の訴訟物である<2>の請求権)を定めた部分は,使用者が負担する違約金を定めたもので,不当な人身拘束や過大な負担から労働者を保護する同条の趣旨には何ら抵触しないから,同条には違反しない。
イ 本件特約のうち,原告が被告に継続して勤務することを条件に報酬(本件訴訟の訴訟物である<1>の請求権)を与えることを定めた部分は,他の従業員に与えない特別な報酬を一部の労働者に約束するものであるが,特別な報酬を先払いし報酬の前借りをさせて継続勤務を要求するものではないし,国籍,信条または社会的身分による差別的取扱いをするものではないから,このような契約を締結することも私的自治の範囲内であって,労働基準法3条,16条,民法90条に違反するとはいえないというべきである。また,本件特約の守秘義務は,前記のとおり,当事者が他の従業員と良好な関係を保つためであって,原告の所得税,住民税の負担を免れさせることが当事者間の合意の内容となっていたとはいえないから,この点において公序良俗に反するともいえない。
ウ したがって,本件特約のうち,原告が,被告に継続して勤務することを条件に報酬を定めた部分,及び,被告がこの報酬を支払わなかった場合の違約金を定めた部分は有効である。
(3) なお,前記(2)アのとおり,本件特約に基づく義務に違反した場合に当事者が相手方に支払うとされた金員(本件特約の第6条)は,違約金であって,損害賠償額の予定ではないと解するのが相当である。したがって,本件特約に基づく報酬請求権(本件特約の第1条,本件訴訟の訴訟物である<1>の請求権)について民法420条1項の適用はなく,この債務について遅滞が生じたときは,支払日の翌日である平成13年2月1日から支払済みまで,法定利率による遅延損害金の請求ができる。他方,違約金は,期限の定めがない債務であって,民法412条3項により請求の日から遅滞に陥るから,原告の本件特約に基づく違約金に対する平成13年2月1日から同年3月16日までの遅延損害金の請求は主張自体失当である。
(4) 争点(1)ウ(労働者の就業規則違反が本件特約に基づく報酬請求権に与える影響)について
前記(1)のとおり,本件特約に基づく報酬は,被告の有力美容師であった原告を一定期間引き続き被告に勤務させるため,一定期間勤務することとその間一定の売上げを上げることを条件に特別の報酬を定めたものである。そうすると,原告が被告に一定期間勤務し,一定の売上げを挙(ママ)げた場合には,被告にとって本件特約の経済的目的は達成されたといえるから,原則として,原告は,被告に対し,本件特約に基づく報酬請求権を有するものと解すべきである。他方,本件特約には就業規則遵守義務が定められており,勤務期間中原告が被告に誠実に労務提供を行うことが前提となっていることからすれば,前記本件特約の目的趣旨に照らしても,被告が,原告に,前記一定期間中の勤続の功績を失わせる程度の背信的行為があったことを主張立証したときは,被告は原告に対し報酬支払義務を負担しないと解すべきである。
そこで,以下,被告が主張する原告の就業規則違反の行為があるか,これが前記一定期間の勤続の功績を失わせる程度の背信的行為といえるか検討する。
(5) 争点(1)エ(ア)(原告に就業規則違反の行為があるか―ヘルプポイント報告に関する義務違反)について
ア 前記第2の1の事実,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 平成7年5月ころから,被告において,スタイリストの加給手当は,技術売上の40パーセントから定額の基本給を差し引いた金額とし,賞与は,技術売上の5パーセントを支給することとされていた。ただし,技術売上の40パーセントが基本給を越えない者には賞与は支給しないこととされていた。
技術売上とは,スタイリストが当該給与対象期間中に顧客に行った施術の総売上額からヘルプ売上を控除した残額をいう。ヘルプ売上とは,前記施術を行う際にヘルプが行った補助作業のヘルプポイントの総合計に500円を乗じた金額である。
他方,ヘルプには,一定の基本給の外,ヘルプポイントに50円を乗じた金額が加給手当として支給されていた。
(イ) 被告においては,顧客の1回の来店ごとに売上伝票が作成され,売上伝票には,顧客の氏名,担当したスタイリスト,施術の内容と代金額,購入した商品と代金額,補助作業を行った者の記号,補助作業のヘルプポイントが記入されることとなっている。売上伝票は,顧客が代金を支払う際にスタイリストが記入するが,ヘルプポイントなどの補助作業に関する記載は,補助作業を行ったヘルプ自身が記入することが多かった。
スタイリストは,その日のうちに,売上伝票に基づいて,店頭にあるコンピューターに,施術の代金額,顧客に購入させた商品の代金額,補助作業のヘルプポイント等を入力していた。そして,その日の終業時に,担当したスタイリストごとに,顧客数,施術の代金額,顧客に購入させた商品の代金額がプラスの数値で,ヘルプポイント数がマイナス数値でコンピューターで表示され,売上日報として本部に報告されていた。
(ウ) 原告は,平成11年6月分から平成13年1月分まで,加給手当を受けるに十分な技術売上があり,別紙1「ヘルプポイント表」の金額欄の40パーセントを超える加給手当の支払を受けていた。
上記期間中,原告が行う施術の補助作業は,Bが行うことが多く,Bは原告以外のスタイリストの補助作業を行うことはなかった。
BとCの上記期間中のヘルプポイントは,別紙1「ヘルプポイント表」のとおりである。被告は,この数値に基づいて,原告の加給手当の支払をした。
(エ) Bは平成11月(ママ)7月に,Cは,平成12年1月にそれぞれ美容師国家試験の合格通知を受け,それぞれ武蔵小山店でヘルプとして補助作業を行っていた。Cは,被告に入社したのはBより早かったが,被告がヘルプに対し行っていたシャンプー,ワインディング,ブロー,カットの試験では,カットの試験でBに追いつかれて同時に受験し,その試験ではBが先に合格した。なお,Cは,被告代表者の娘である。
武蔵小山店の店長であったDは,原告より施術する顧客が多かった。
Bは,平成12年9月まで,原告の施術の補助作業を行った場合でも,売上伝票にまったくヘルプポイントつけないなど,ヘルプポイントを正しくつけていなかった。
平成12年9月末ころ,Dは,売上伝票が正しく記入されていないことに気づき,Bに注意したところ,Bはヘルプポイントをつけていなかったことを認めた。また,原告は,同月ころ,Bにヘルプポイントを正しくつけさせるよう指導した。その後,平成13年1月ころまで,被告代表者やDから,Bや原告に対し,Bのヘルプポイントの売上伝票等への報告に関し,指導がされたことはなかった。
(オ) 原告は,Bと平成11年10月ころから同居し,現在まで親密な関係であった。原告は,昭和62年に被告に入社し,平成7年に武蔵小山店の副店長となって「チーフ」と呼ばれ,平成12年初めころからは,Dに次ぐ武蔵小山店の責任者であった。
原告は,本件解雇後に,Fの経営していた美容室「a下丸子店」(以下「下丸子店」という。)に勤務を始めた。Fは,被告設立当時から,被告代表者と緊密な協力関係にあり,平成7年にFが下丸子店を経営し始めてからも,これを援助する一方,平成11年末ころまで武蔵小山店の経営をFに任せるなどしていたが,同時期ころから,仲違いし本件解雇当時は反目しあう関係であった。
Bは,原告より13歳年少で,被告に就職するまで美容師として勤務したことはなかった。Bは,本件解雇後である平成13年3月10日に被告を退職し,下丸子店で勤務を始めた。
イ 以上の各事実からは,Bは,平成11年6月分から平成12年9月分までの間,原告の施術の補助作業を行った場合に,ヘルプポイントを売上伝票に正しくつけていなかったことが認められる。
被告は,平成12年10月分から平成13年1月分までのBとCのヘルプポイントに差があること,両者が同等の技術意欲をもっていたことを根拠として,Bはこの間も原告の補助作業のヘルプポイントを不正報告していた旨主張するが,前記ア(エ)のとおり,平成12年9月にBにD及び原告が注意してから,平成13年1月まで,D及び被告代表者がBにこの件を注意したことがないこと,BにCに劣らない技術意欲があったことは肯定できるとしても(ア(エ)),補助をするスタイリストの顧客数に差があったこと(Dより原告は顧客が少なかったことが<証拠省略>によって認められる。)や,ヘルプには補助作業以外にも仕事があった(<証拠省略>によって認める。)ことから,これらの差が直ちに,Bが不正報告をしていたことを示しているとは限らず,採用できない。被告代表者は,平成13年1月になって初めてDからBの不正の報告を受けたので,Bにその間注意できなかったとするが,仮に,平成12年9月にDが注意をした後にもBの不正報告が繰り返されたのであれば,現場の第一責任者であるDとしては,直ちに被告代表者にこれを報告するのが自然であり,これをことさら放置する理由はない。Dが平成13年1月まで被告代表者に報告しなかったとすれば,その間のBの不正報告を把握できなかったからであり,いったんBの不正報告に気付いたDがその後把握できなかったことからすれば,Bにその間不正報告があったとは,認めるに足りないというべきである。
ウ そして,前記ア(イ)(オ)のとおり,原告は,当時,Dに次ぐ現場の責任者で,スタイリストとして売上伝票を記入し,その内容をコンピューターに入力する立場にあったことが認められるところ,この原告の地位に照らせば,原告は,Bがヘルプポイントを売上伝票に正しくつけていない場合には,これを指導し,是正した上で,自ら正しく被告に報告する義務があったというべきである。
原告は,「ヘルプポイントの記入はヘルプが手が空いたときに適宜行い,スタイリストが修正したり,チェックすることはなかった。多忙なスタイリストである原告がチェックしている暇はなかった。」旨主張するが,ヘルプポイントは,スタイリストの加給手当の計算で控除されるべき数値であり,かつ,ヘルプの加給手当の根拠となる数値であるから,管理職であり,加給手当の支給を受けるスタイリストとして,自分の施術の補助作業を行ったヘルプがヘルプポイントを正しくつけているか否か無関心であってはならないものである。しかも,原告は,前記第2の1(1)のとおり,加給手当の計算方法が決まった平成7年ころ(ア(ア))から,被告の管理職でスタイリストであったのであるから,ヘルプポイントが加給手当の基礎となる重要な情報であることを十分に認識すべきであり,無関心であったとすれば,そのこと自体過失があるというべきである。
したがって,原告には,Bの不正報告に気付いて指導,是正すべきであったのに,これをせず,被告に損害を与えたという雇用契約上の義務違反があったというべきである。
エ なお,被告は,「原告は,自ら不正報告をした。又は,Bに不正報告を指示,教唆した。又は,Bの不正報告を知りつつ放置した。」旨主張する。しかし,原告が自ら不正報告したり,Bに不正報告を教唆したり,Bの不正報告を認識していたことを裏付けるに足りる的確な証拠はない。原告は,「Bがヘルプポイントをつけていないそぶりがあったので,きちんとつけるよう言っていた。DからBが注意されていたころ,自分もBに注意した。加給手当からヘルプポイントが控除されるとしても,さほど変わるものではないと考え,無関心であった。」旨供述し(<証拠省略>,原告本人),証人Bは,「自分は,シャンプー以外の補助作業は技術的に未熟で,原告がやり直しすることがあったし,ヘルプポイントが自分の加給手当の基礎となることしか知らず,スタイリストの技術売上から控除されることまでは本件訴訟になるまで知らなかった。自分の加給手当の金額もわずかであるし,つけなくてもかまわないものと考えていた。平成12年9月にDから注意されてからは全部つけ始めた。原告と同居した後も,原告が被告からいくら賃金をもらっていたか,教えてもらっていない。原告からは,ヘルプポイントき(ママ)ちんとつけるよう言われたことはあるが,不正報告を指示されたりしたことはない。」旨,原告の供述に沿った弁解をしている。そして,証人Bの弁解は,前記ア(ア)(オ)で認定したBの経歴やヘルプに支給する加給手当の計算方法に照らし,一概に否定できないものである。さらに,被告においては,ヘルプポイントの記入をめぐってスタイリストとヘルプの利害が相反するところから,自ずと正確性が保たれるとの信頼があり,ヘルプポイントの記入について管理職やスタイリストに特別な指導がされていた形跡はないこと(<証拠省略>,弁論の全趣旨によって認める。)とも併せ考えると,原告の供述を否定するだけの的確な証拠はないというほかはない。
したがって,被告の主張は採用できない。
オ(ア) 次にウで認定した原告の義務違反と因果関係のある被告の損害について検討する。
(イ) BとCとの技術意欲が同等であったとしても,両名のヘルプポイントの差が直ちにBの不正報告による差であるとは認めがたいことは,前記イのとおりである。他方,証人Bは不正報告を認めているので,被告にこれにより一定の損害が生じたことは,明らかである。そこで,民事訴訟法248条やその趣旨に鑑み,以下のとおり,被告の損害額を認定することとする。すなわち,別紙1「ヘルプポイント表」によれば,BがDらから注意を受けた後の平成12年10月分から平成13年1月分までの両名のヘルプポイントの比率が1対2を下回ることが概ねないといえること,前記イのような両名のヘルプポイントに差をもたらす事情があったとしても,両名の技術,意欲に照らし,BがCの半分以下のヘルプポイントしか補助作業を行わなかった月があるとは考えにくいことから,平成11年6月分から平成12年9月分までの間で,BのヘルプポイントがCのそれの半分以下である月は,CのヘルプポイントからBのそれの2倍を控除した差が不正報告にかかるヘルプポイント数であると認めるのが相当である。
そうすると,少なくとも,以下の合計である1495点が不正報告にかかるヘルプポイント数であると認められる。
平成11年8月分 16点
同年9月分 78点
同年10月分 40点
同年11月分 202点
平成12年1月分 49点
同年2月分 64点
同年3月分 231点
同年4月分 166点
同年5月分 13点
同年6月分 218点
同年7月分 218点
同年8月分 167点
同年9月分 33点
(ウ) 原告が,被告に対し,与えた損害は,下記の計算式により,29万9000円であると認める。なお,被告の主張どおり不正報告にかかるヘルプポイントが3426点あるとしても,これに500円を乗じて,さらに40パーセントを乗じた68万5200円が加給手当として原告に不正に支払われたことになるから,被告のこの点に関する請求(171万3000円)のうち,68万5200円を越える部分については,主張自体失当である。
記
1495点×500円×40%=29万9000円
カ 以上から,原告には,Bがヘルプポイントを売上伝票に正しくつけていない場合には,これを指導し,是正し,正しく被告に報告する義務があったのに,漫然Bが記入した売上伝票のとおり報告した過失により,被告に対し少なくとも29万9000円の損害を与えたことが認められる。
(6) 争点(1)エ(イ)(原告に就業規則違反の行為があるか一顧客に対する傷害事故の報告義務違反)について
ア 証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められ,<証拠省略>の記載中,この認定に反する部分は採用できない。)
(ア) Eは,平成10年8月17日,武蔵小山店においてカラーリングの施術を受けた。この施術を担当したのは原告であった。Eは,当時,武蔵小山店の常連で週2,3回来店していたが,ブローやカットが主で,武蔵小山店でカラーリングの施術を受けたのは平成10年ころではこの1回のみであった。原告は,Eにカラーリングを行うに際し,カラーリング液によるアレルギー反応(かぶれ等)が生じないか確認するパッチテストを行わなかった。
(イ) Eは,平成10年8月の数か月後,武蔵小山店で原告やFら武蔵小山店の従業員に対し,「武蔵小山店のカラーリングによって頭皮に異常が生じた。ひりひりしたのを放っておいたら,今後は髪が抜け始めた。」旨苦情を言い始めた。Eの頭髪は,そのころから薄くなり,現在でもまったく抜け落ちた状態が広い範囲である。Eは,「頭髪が抜け落ちたのは,カラーリングのせいである。」として,原告に再三苦情を告げたが,原告は責任を認めなかった。
当時,武蔵小山店の責任者はFで,店長はD,副店長は原告であった。
(ウ) Eは,平成12年2月7日,武蔵小山店のパーマ液,カラーリング液,シャンプー液,リンス液を借りて,c皮膚科医院を受診し,これらによる皮膚貼付によるアレルギーテストを受けた。同医院の医師は,「シャンプー剤,リンス剤,パーマ液,カラーリング剤の皮膚貼布試験を店頭使用原物にて実施したところ,カラーリング剤に陽性反応(浮腫性紅斑)を示したことを証明します。被髪頭部の影響は上記の可能性を示していると考えます。」旨の診断をし,その旨の診断書をEに交付した。
(エ) 原告は,平成12年2月28日,Eに依頼され,平成10年8月の武蔵小山店の来店受付表等の記録でカラーリングの日付と原告が担当者であったことを確認し,「私は,平成10年8月17日にE様にカラーリングをしたあとに,頭皮が荒れたため,かなり頭皮が敏感であり,今の状態がカラーリングの影響の可能性があることを示していると思います。X」旨自筆で記載し,押印をした文書(以下「念書」という。)を作成した。原告が念書を作成したとき,Eの相談にのっていたGも同席していた。この際,原告は,Eが相談していた弁護士とも電話で会話し,弁護士からも念書作成の依頼を受け,これに応じたものであった。
原告は,念書を作成していいか否かについて,被告代表者を含め,被告の上司の誰とも相談していなかった。
(オ) 被告代表者は,同日ころ,Eから,診断書や念書を示されて,損害賠償請求を受けた。被告代表者が,Eの苦情について知ったのは,Eから言われたのが最初であった。
(カ) 被告は,美容室での事故に備えてb海上火災保険株式会社との間で保険契約を締結していた。
被告代表者は,Eの事故に関し,同社との間で保険の適用があるか協議したところ,事故から日数が経過しているため,交渉は難航した。平成13年7月ころ,被告代表者は,保険会社から原告がより直接的に責任を認める文書を作成すれば保険の適用の可能性があると言われ,原告にその文書の作成を求めたが,原告はこれを拒否した。本件訴訟中,被告は,前記保険会社から保険の適用について否定的な回答を得ている。
(キ) 平成13年4月19日,FとEは,「頭皮のかぶれは武蔵小山店での施術が原因と考えられる。この件に関しては,EとFの間で話し合い解決しました。この件に関しては,今後一切当事者との利害関係はないものとする。解決内容平成13年4月20日にEの口座に10万円を振込んだ時点で和解が成立したとする。」旨の文書(以下「示談文書」という。)を作成し,FはEに10万円を振込み送金した。
Eは,「示談文書はFとEとの間の和解であり,原告や被告は無関係である。」として,武蔵小山店のカラーリングについて,被告に対し,損害賠償として300万円を請求している。
Fは,平成11年末ころまで,下丸子店の経営の傍ら武蔵小山店の責任者であったが,平成12年の初めころから,被告代表者と仲違いし,平成13年9月に亡くなった。
イ 前記ア(ア)(ウ)の事実からは,武蔵小山店で施術されたカラーリングによりEの頭皮が腫れたこと,カラーリングで頭皮が腫れたことによりEの頭髪が抜けた可能性があることが認められる。
そして,前記ア(イ)(エ)のとおり,Eは,平成10年8月のカラーリングの数か月後に武蔵小山店のFや原告に対し,カラーリングにより頭髪が抜けた旨苦情を述べたこと,Eがそのころ武蔵小山店でカラーリングの施術を受けたのはその1回であること,原告は,平成12年2月28日,自分が平成10年8月17日にEにカラーリングの施術をしたことを武蔵小山店の記録で確認した上,「同日のカラーリング施術で頭皮が荒れたこと,及び,Eの頭髪の抜け落ちがその影響である可能性があること」を認める文書を作成したことが認められる。このことからすれば,原告は,念書を作成するかなり以前から,平成10年8月に自らが施術したカラーリングによりEの頭皮が荒れる傷害が生じたこと,及び,Eの頭髪の抜け落ちはそのカラーリングによる可能性があることを認識していたことが認められるところ,前記(イ)(オ)のとおり,原告は,このような認識がありながら,平成12年2月ころまで,被告代表者やFら上司に対し,何ら前記各事実を告げていなかったことが認められる。
美容室においては顧客の評判が営業のため重要であるから,顧客から苦情があった場合には,その真偽にかかわらず慎重,真摯に対応する必要があること,特に施術の際損害を受けた旨の顧客の苦情については,このような事故に関し保険の適用が可能であり速やかにその可能性を検討する必要があることからすれば,美容師としては,顧客から,自ら行った施術により頭皮の荒れなどの傷害を生じた場合や,さらに施術に起因して頭髪の抜け落ち等の重篤な症状が生じた可能性がある場合には,速やかにその旨上司に報告すべき義務があるというべきである。
そして,原告には,平成12年2月以前から,平成10年8月17日に自らが行ったカラーリングによりEの頭皮が荒れたこと,及び,Eの頭髪の抜け落ちがカラーリングによる可能性があることを認識していたにもかかわらず,このことを平成12年2月ころまで被告代表者にもFにも報告していなかった報告義務違反があるというべきである。
ウ 原告本人は,「Eの苦情は,誰がいつ施術したかも曖昧で事実に反すると考えていたが,平成12年2月28日,自分が念書を書けば保険金が支払われるので書いてほしい旨EやGや弁護士から頼まれ,自分がEにカラーリングした日を武蔵小山店にあった記録から探し出して日付を特定し,念書を作成した。」旨供述する。しかし,保険の適用があるかを被告代表者に直接確認もせずに念書を作成するのは不自然であるし,事実に反する文書の作成を弁護士らから依頼されたというのも不自然である。また,前記ア(ウ)によれば武蔵小山店のカラーリング液によりEの頭皮には浮腫が生じるところ,このような症状がありながら何回も武蔵小山店でEがカラーリングを行うことは考えにくいから,平成10年ころでは,Eが武蔵小山店でカラーリングをしたのは原告の施術による同年8月17日のみであったものと認められる。そうすると,Eから「カラーリングでかぶれた。頭髪が抜けた。」と苦情があれば,原告としては,自分が行った平成10年8月17日の施術についての苦情であることは十分認識できたはずであり,「Eの苦情は誰がいつ施術したかも分からないものだったのを,保険金の請求のため,自分がEにカラーリングした日をことさら探し出した。」旨の前記原告の供述は採用できない。
エ 原告は,「Eの苦情については,武蔵小山店のFやDら原告の上司も知っていたから,原告には被告代表者に報告する義務はない。」旨主張する。確かに,EがFら武蔵小山店の従業員に対し,苦情を告げていたことは前記ア(イ)で認定したとおりである。しかし,原告が念書作成の前には傷害を否定していたこと(ア(イ))に照らせば,FやDは,Eの苦情については知っていたが,原告が行ったカラーリングの後にEに頭皮の荒れが生じていたことは知らなかったものと認めるのが相当である。Eが苦情を言い始めたのが施術から数か月を経過していることに照らし,その苦情どおり傷害が生じていた場合と,苦情のみ伝えられていた場合とでは,被告のとるべき対応が大きく異なることからすれば,Fら武蔵小山店の他の責任者がEの苦情について知っていたとしても,そのことをもって,原告が,自分の施術により現実にEに傷害が生じていたことを被告代表者に報告しなくていいということにはならない。
オ 原告は,示談書によってEの件は一切解決した旨主張するが,仮に,原告本人の供述どおり,原告との関係でEの件が一切解決したものとしても,示談の当事者に被告が含まれていない以上,一切解決したこととはならないというべきであるから,採用できない。
カ 仮に,原告の供述どおり,事実に反する念書を作成したとしても,原告は,被告代表者に何ら了解をとることなく,自分の施術により傷害が生じたことを認める旨の文書を作成し顧客に交付したのであるから,これが原告の武蔵小山店における施術につき使用者責任(民法715条1項)を負担する被告に対し著しい誠実義務違反の行為となることは争えないところというべきである。
(7) 本件特約に基づく報酬請求権について
前記(5)カのとおり,原告には,Bのヘルプポイント報告に関する義務違反がある。しかし,原告のこの義務違反は,故意による任務違背ではないこと,与えた損害は前記(5)カの範囲に留まることから,本件特約の期間中の勤続の功績を失わせる程度の背信的行為であるとまではいえないというべきである。
他方,前記(6)イのとおり,原告には,平成12年2月以前から,自分が行ったカラーリングによりEの頭皮の荒れという傷害が生じたこと,及び,Eの頭髪の抜け落ちがカラーリングによる可能性があることを知りつつ,このことを被告代表者ら上司に報告しなかった報告義務違反がある。原告のこの義務違反によって,被告は,Eから損害賠償を要求された際,保険の適用が困難となったばかりか,Eから対応が不誠実である旨責められ信用を失墜していることが認められる(証人E,被告代表者)。したがって,原告の前記報告義務違反の背信性は重大であって,本件特約の期間中の勤続の功績を失わせる程度の背信的行為であるというべきである。また,仮に,原告の供述どおり,Eらに依頼されて事実に反する念書を作成したとしても,原告は,原告の施術に関し原告とともに責任を負担する被告の代表者に了解をとらずに,自分の施術でEに傷害が生じたことを認める内容の文書を作成した誠実義務違反があり,その背信性は著しいというべきであって,前記結論は左右されない。
したがって,原告の被告に対する本件特約に基づく報酬請求権はないというべきである。
(8) この項のまとめ
以上から,原告の被告に対する,<1>本件特約に基づく報酬請求及び<2>違約金請求は,いずれも理由がない。
2 <3>解雇予告手当請求及び<4>附加金請求
(1) 争点(2)ア(本件解雇は「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」か)について
ア 労働基準法20条1項本文が,使用者に対し,即日解雇する労働者にその平均賃金の30日分を解雇予告手当として支払うことを義務づけたのは,労働者の生活保護のためであるから,その例外である「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」(同法20条1項但し書)とは,予告期間を置かずに即時に解雇されてもやむを得ないと認められるほどに重大な服務規律違反,悪質な背信行為が労働者にある場合をいうと解すべきである。
イ 前記1(7)のとおり,原告のヘルプポイントに関する報告義務違反の背信性は,悪質であるとまでは評価できないから,これに当たらない。
また,顧客の傷害事故についての報告義務違反は,背信性は強いが,この件が発覚した後,保険の適用の可能性があり,被告代表者は原告に継続して勤務することを希望していたことから(<証拠省略>),この義務違反をもって,即時解雇されてもやむを得ないと認められるほど重大,悪質な背信行為であるとはいえない。
ウ そこで,被告主張の通勤手当詐取の事実があるか,以下検討する。
(ア) 前記第2の1及び証拠(<証拠省略>)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
a 原告は,平成2年から本件解雇まで,給与所得者の扶養控除等(異動)申告書等の被告に提出する書類において,住所を原告の実家がある神奈川県平塚市<以下省略>と届け出ていた。
b 被告は,原告に対し,別紙2のとおり,平成2年3月分から平成7年3月分まで通勤のための定期代として合計169万2810円を支払った(うち,平成4年6月分から平成7年3月分までの定期代は合計102万8840円である。)。
c 原告は,平成4年6月1日から平成10年5月31日までは目黒本町のアパートを賃借り居住していた。
d 原告は,本件訴訟において,当初,「平成元年1月から平成14年1月10日現在まで平塚市の実家に居住していた。」旨主張していたが,被告が,「原告は平成10年6月以降肩書住所地に居住している。」旨主張すると,これを認め,「平成7年4月から平成10年5月までは平塚市と目黒区内のアパートを併用していた。」旨主張を変更した。さらに,被告が,「原告は平成4年6月1日から10年5月31日までは目黒本町のアパートに居住していた。」と主張しその証拠(<証拠省略>)を提出するや,原告は,(証拠省略)の陳述書においてこれを認めるに至った。
(イ) 以上の各事実から,原告は,被告に対し,住所を平塚市と偽り,平成4年6月分から平成7年3月分までの定期代として,合計102万8840円を受け取り,もって同額の金員を詐取したことが認められる。
なお,原告は,「目黒本町のアパートを借りたことはFに知らせていたところ,Fから実家に帰るよう勧められ,定期代を受け取ることについて承認を得ていた。」旨供述する(<証拠省略>,原告本人)。しかし,何らこれを裏付けるに足りる的確な証拠はないこと,原告の主張及び供述の変遷状況((ア)d)に照らし,採用することはできない。
エ 原告は,被告に対し,住所を遠方の平塚市と偽って,被告から定期代として合計102万8840円を詐取したところ,このような行為は,刑法に該当する犯罪行為であって,即時解雇されてもやむを得ないと認められるほど重大,悪質な背信行為であるといえるから,本件解雇は,「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」に該当する。
なお,原告は,通勤手当詐取の件は,被告代表者から本件解雇を通告された際,何ら告げられなかったから,本件解雇の理由とはなっておらず,通勤手当詐取があったとしても「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」とはいえない旨主張する。
原告が提出した解雇通告の日の録音テープ(<証拠省略>)には,本件解雇の理由としてヘルプポイントの件が告げられているが,このテープが解雇通告の際の会話を終始録音したものとは認められないし,通勤手当詐取といった著しい背信行為があれば,被告代表者としては,当然これをも本件解雇の理由としていたとするのが合理的であるから,解雇通告の際に告げなかったことをもって,解雇の理由ではないということはできない。また,被告代表者は,A事件の第3回口頭弁論期日において,本件解雇の理由を口頭で陳述した際,通勤手当詐取の件を挙げなかったことはこれを認めることができる(顕著な事実)。しかし,当時,A事件については訴訟代理人が選任されていないいわゆる本人訴訟であったこと,被告は,A事件を当裁判所が受理した平成13年4月16日の11日後である同月27日にB事件を提訴し,続いて,B事件の第1回口頭弁論期日の直後である同年6月15日に通勤手当詐取について請求を追加する準備書面を当裁判所に提出していることから,A事件の第3回口頭弁論期日において解雇理由として陳述されなかったからといって,本件解雇の後に発覚した事実であるとはいえないというべきである。原告は,「被告は,原告に対する本件特約の報酬の支払を惜しんだために本件解雇をした。」旨主張するが,証拠(<証拠省略>)によれば,被告代表者は,平成13年始めころ,被告を退職したい旨告げる原告に対し,本件特約に基づく報酬の支払を前提として慰留していることが認められるから,原告の主張は採用できない。
(2) したがって,その余の点について検討するまでもなく,<3>原告の解雇予告手当及び<4>付加金の請求は理由がない。
3 <5>旅行積立金相当額の預託金請求
(1) 証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
ア 被告においては,本件契約当時から,旅行積立金として,社員全員が参加する旅行のための積立金を毎月の賃金から控除することとなっていた。昭和62年当時は,店長・副店長は3500円,スタイリスト3500円,ヘルプは2500円であった。その後,何回か金額が改訂され,平成4年5月にはそれぞれ,7000円,5000円,3500円となった。
イ 旅行は,被告従業員が企画し,積立金の合計が旅費に満たない場合は,被告が補助することとなっていた。これまでほとんどの旅行において,被告が補助を行っている。平成10年5月,不況のため旅行を取りやめた際,平成8年6月分から平成10年5月分までの旅行積立金を原告を含む全従業員に返却した。平成10年6月分以降の旅行積立金は,平成13年5月の旅行で全額費消されている。
昭和62年10月以降,退職者が20数名に及んだが,そのうち旅費を返還したことは結婚退職者に対する祝金の1例を除いてなかった。旅行に不参加であった場合に返還した例もなかった。
ウ 旅費は平成12年5月8日からは「X企画旅行会 A」名義の預金口座に預金されることもあった。
エ 原告が,平成13年2月23日,Jに対し,旅行積立金が返還されるか尋ねたところ,Jは,「分からない。去年一度返金したときを除いて,辞めた人に返金したことはない。」旨答えた。
(2) 以上の各事実,とくに,被告従業員が旅行を企画していたこと,これまでの退職者に返還された例がないことを総合すると,従業員らで構成するX企画旅行会が管理している旨の被告の主張は一概に排斥できず,本件控除にかかる金員の管理を原告が被告に委託していたとは認めるに足りないというべきである。
4 <5>旅行積立金相当額の賃金請求
(1) 争点(4)ウ(権利の濫用)について
前記3(1)アないしエの各事実のうち,被告従業員が旅行を企画していたこと,これまでの被告の退職者に返還された例がないことを総合すると,旅行積立金は,被告の従業員らに総有として帰属し,被告の従業員らは,被告にこの支払を委託していたものと認められる。
そして,原告が旅行積立金の控除について同意し,A事件を提起するまで10数年間異議を述べたことがないこと(争いがない事実),前記10数年の間,被告において退職者や旅行に不参加であった者に,旅行積立金を返却したことは1例を除いてなかったこと(3(1)イ),原告は,被告に入社してしばらくは,自分で支出した旅行積立金より費用のかかる海外旅行等に数回参加し,原告が社員旅行の参加によって恩恵を受けた金員の額は40万円を超えると考えられること(弁論の全趣旨)を総合すると,原告の本件控除にかかる賃金請求は,信義則に違反し,権利の濫用(民法1条2項)となるというべきである。
(2) 争点(2)イ(消滅時効)について
また,平成10年2月分から平成11年2月分までの9万1000円について平成13年3月16日(請求の日)時点で支払日から2年を経過していること,被告が,消滅時効を援用したことは,当裁判所に顕著な事実であるから,平成10年2月分から平成11年2月分までの本件控除にかかる賃金は,労働基準法115条の消滅時効により消滅しており,この部分の請求は,この点からも理由がない。
5 <6>ヘルプポイントに関する報告義務違反の不法行為に基づく損害賠償請求
前記1(5)カのとおり,原告は,Bがヘルプポイントを売上伝票に正しくつけていない場合に,これを指導,是正し,正しく被告に報告する義務に違反し,漫然Bが記入した売上伝票のとおり報告した過失により,被告に対し,少なくとも29万9000円の損害を与えたことが認められる。
したがって,被告の原告に対するヘルプポイントに関する報告義務違反の不法行為に基づく損害賠償請求とその付帯請求については,29万9000円及びこれに対する不法行為後である平成13年5月14日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
6 <7>通勤手当詐取の不法行為に基づく損害賠償請求
前記2(1)ウ(イ)のとおり,原告が,被告に対し,住所を平塚市であると偽り,平成4年6月分から平成7年3月分の定期代として,合計102万8840円を受け取り,もって同額の金員を詐取したことが認められる。
したがって,被告の原告に対する通勤手当詐取の不法行為に基づく損害賠償請求とその付帯請求については,102万8840円及びこれに対する不法行為後である平成13年6月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
7 まとめ
以上から,被告の請求は132万7840円及び29万9000円に対する平成13年5月14日から,102万8840円に対する同年6月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,これを認容することとし,原告の請求及び被告のその余の請求については理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条を適用し,原告及び被告の訴訟費用の負担の裁判に対する仮執行宣言についてはその必要がないものと認めてこれを却下し,その余の被告勝訴部分について同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤由紀子)
別紙1 ヘルプポイント表
<省略>
別紙2
<1> 平成元年 合計25万6240円
2月,3月は各月額2万2730円(小計4万5460円)
4月から12月までの9か月間は各月額2万3420円
(小計21万0780円)
<2> 平成2年 合計28万1040円
1月から12月まで各月額2万3420円
<3> 平成3年 合計27万8470円
1月,2月は各月額2万3420円(小計4万6840円)
3月から7月までは各月額2万8170円(小計14万0850円)
8月,9月は病欠で支給なし
10月から12月までは各月額3万0260円(小計9万0780円)
<4> 平成4年 合計36万3120円
1月から12月まで各月額3万0260円
<5> 平成5年 合計36万3120円
1月から12月まで各月額3万0260円
<6> 平成6年 合計36万3120円
1月から12月まで各月額3万0260円
<7> 平成7年 合計9万0780円
1月から3月まで各月額3万0260円