東京地方裁判所 平成13年(ワ)7746号 判決 2003年6月26日
原告
A野太郎
他1名
同両名訴訟代理人弁護士
佐藤むつみ
同
田門浩
被告
B山松夫
同訴訟代理人弁護士
古田兼裕
同
宮本岳
同
新田明哲
同訴訟復代理人弁護士
中井英登
主文
一 被告は、原告A野太郎に対し、二九一万六六九六円及びこれに対する平成一一年七月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告A野花子に対し、二九一万六六九六円及びこれに対する平成一一年七月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを一四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
五 この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告A野太郎に対し、四〇六六万〇一〇七円及びこれに対する平成一一年七月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告A野花子に対し、四〇六六万〇一〇七円及びこれに対する平成一一年七月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、マンション出入口に設けられたスロープで、スケートボードに乗って遊んでいたA野春子(以下「亡春子」という。)が、折から前面道路(以下「本件道路」という。)を走行してきた被告運転の普通乗用自動車(以下「加害車両」という。)に衝突されて死亡した交通事故に関し、亡春子の両親である原告らが、被告に対し、自賠法三条に基づき、損害賠償の請求をした事案である。
一 争いのない事実及び証拠上明らかな事実
(一) 本件事故の発生
(1) 日時 平成一〇年六月二七日午後三時二八分ころ
(2) 場所 埼玉県草加市《番地省略》先路上
(3) 加害車両 被告が運転し所有する普通乗用自動車
(4) 被害者 亡春子(昭和六一年八月三一日生、当時一一歳)
(5) 態様 亡春子が、本件事故現場にあるマンション(以下「本件マンション」という。)の出入口に設けられたスロープで、スケートボードに乗って遊んでいたところ、折から本件道路を走行してきた加害車両が、スロープを滑り降りた亡春子に衝突した。
(6) 結果 亡春子は、本件事故により、脳挫傷、急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折の傷害を負い、平成一〇年六月二七日から同年七月二日まで川口市立医療センターに入院して治療を受けたが、同日午前一時に死亡した。
(二) 被告の責任原因
被告は、自己のために加害車両を運行の用に供する者であり、自賠法三条に基づき、亡春子及び原告らに発生した損害を賠償する責任がある。
(三) 相続
原告らは、亡春子の両親であり、亡春子の死亡により、被告に対する損害賠償請求権を法定相続分に従い二分の一ずつ相続した。
(四) 損害のてん補
原告らは、平成一一年七月二一日、自賠責保険金三〇〇〇万円の支払を受けた。
二 争点
(一) 過失相殺
(1) 被告の主張
ア 本件事故は、被告が加害車両を運転し、前方を注視しつつ、本件道路を時速三〇km以下の低速度で、かつ、道路端から通常の間隔を空けて走行していたところ、亡春子が、突然、被告が認識していなかったスケートボードに乗って高速で本件マンションのスロープを滑り降りてきたために、発生した事故である。
イ 被告は、本件事故前に、本件マンションの階段・スロープの上に亡春子及びC川夏子(以下「C川」という。)を発見したが、その際、両人がスケートボードで遊んでいる様子は見ておらず、そもそもスケートボード自体を認識していない。被告の方向からスケートボードを視認し得ないことは、本件マンションのスロープ西側に壁があったことから明らかである。被告としては、何ら危険を感じる状況ではなかった。
また、当時、C川の述べるような道路反対側に路上駐車をしている車両は一台もなく、加害車両が道路左端に寄せて走行する理由はなかった。実際に、亡春子が加害車両に衝突した位置は、道路端から約一・一m離れており、原告らの主張するように、加害車両と道路端との間隔が四〇cm程度しかなかったという事実はない。
本件事故時の加害車両の速度は、せいぜい時速三〇kmであり、加害車両が減速していないわけではない。被告の当時の自宅は、本件事故現場から七七m程度の所にあり、自宅に帰ろうとしていた被告が高速度で走行する必要性は全くない。なお、原告らは、被告には徐行義務(道路交通法四二条)が課せられていたと主張するが、本件事故現場は交差点ではなく、交差点における徐行義務を規定した同条が被告に適用されるはずもない。
亡春子の衝突状況、転倒状況は不明であるが、加害車両がスロープの前を通過している時に、突然、亡春子がスケートボードで滑り降りてきたものである。被告は、異常な音を聞いて不審に思い、左のドアミラーを見たところ女の子が倒れていたので、衝突したのが人であることに初めて気付き、慌てて加害車両を停止させたものである。したがって、被告が衝突後に急ブレーキを掛けなかったことをもって、前方不注視の根拠とすることはできない。これは、スケートボードに乗ってスロープを滑り降りて道路に出るという行為が、客観的に見て、いかに予想し得ない状況であったのかを物語るものである。
ウ 本件事故はスケートボードが関係しており、典型的な事例ではないが、過失割合を判断するためにあえて参考にすべき事例は、路外進入自転車と四輪車との衝突であろう。この場合、基本過失割合は、路外進入自転車50:四輪車50とされる。そして、本件では亡春子がスロープから突然飛び出してきたものであるから、亡春子の過失割合を一〇%加重し、他方、亡春子は「児童」に当たるのでその過失割合を一〇%減軽する。そして、何よりも、自転車とスケートボードとの違いを考慮しなければならない。スケートボードは、道路交通法上の車両には該当しないが、同法七六条四項三号は、「交通のひんぱんな道路において、球戯をし、ローラー・スケートをし、又はこれらに類する行為をすること」を禁止している。同条項にローラー・スケートが挙げられている以上、それと類似するスケートボードに乗って滑ることが同条項の「これらに類する行為」であることは明らかである。本件事故現場が「交通のひんぱんな道路」かどうかはさておくとしても、加害車両がスロープ前を通過しようとしている時にスケートボードでスロープを滑り降りるのは、危険極まりない行為であり、同条項の趣旨からすれば、当然禁止される。このように、自転車による路外からの進入とスケートボードによる路外からの進入とでは、その行為の危険性において根本的な相違があり、しかも、本件の場合、前記のように道路交通法の趣旨に反する行為とも評価し得る。これらの点にかんがみると、「著しい過失あり」として、亡春子の過失割合を二〇%加重すべきである。
エ 以上の本件の事故態様、特に被告がスケートボードを認識することができなかったことや、スロープ前を走行していたところ突然スケートボードが滑り降りてきたこと等からすれば、本件事故は、被告にとってほとんど避けようのないものであった。一方、危ないのでスケートボードでスロープを滑る遊びを止めるように何度も注意されていたにもかかわらず、全く注意を聞くことなく危険な遊びを繰り返していた亡春子の過失割合は、相当大きいといわざるを得ない。したがって、本件においては、少なくとも八〇%の過失相殺がされるべきである。
(2) 原告らの主張
ア 被告の過失相殺の主張は、争う。
イ 被告は、加害車両の速度はせいぜい時速三〇kmであったと主張するが、衝突後、二〇m以上先に加害車両を停止させており、加害車両がかなりの高速度で走行していたことは明らかである。
また、本件事故現場にはC川もいて、亡春子はC川と交互にスロープを滑り降りて遊んでいたのであり、被告が亡春子のスケートボード遊びに気付かなかったはずはなく、仮に気付かなかったとしたら、これは被告の著しい不注意というほかはない。
さらに、道路の擦過痕はスロープと道路の側端との境目から一・一mの箇所にあったが、この擦過痕の位置は加害車両の車底部のオイルパン付近の位置に相当し、加害車両は、本件道路の側端ぎりぎりの地点まで寄って走行していたものと見るべきである。衝突時には、スケートボードと亡春子とは別の場所にあったものであり、亡春子の衝突位置は、道路側端に近接した位置にあったことは明らかである。さらに、本件道路は、実況見分調書によれば、「交通量は、住宅街の裏通りであるため閑散としていた」のであり、「交通のひんぱんな道路」についての規制を持ち出す被告の主張は全く当を得ない。
ウ 本件事故については、次のとおり、被告の側に多くの注意義務違反が存在し、重大な過失が認められる。したがって、被告において過失相殺を主張する前提を欠く。
まず、本件道路は住宅地に存在する道路であり、交差点角に建物等があるために左右の見通しのきかない交差点が連続して存在している。このように交差点が連続しているのであるから、被告としては、本件事故現場に差し掛かる時点では、徐行を続けるべき義務を負う。それにもかかわらず、被告は本件道路を徐行せず、かなりの高速度で走行していたものであり、その運転は道路交通法四二条一号及び同法七〇条に違反するものであって、その過失は極めて重大である。
また、実況見分調書によると、被告は、進路左前方一六・五m先にある本件マンションのスロープの上の平らな場所に、亡春子を認めたとされている。そして、本件道路は、平坦、直線で、視界を妨げるような障害物はなかったから、被告は、亡春子らがスケートボードで遊んでいたことを認識し得たはずである。また、被告は、本件事故現場のすぐ近くに住居を構えており、本件道路の状況、取り分け、本件マンションの出入口が本件道路に面していて、そこにスロープがあることを熟知していたはずである。
また、本件道路は幅員五・四mの単路という狭い生活道路であり、交通量は住宅街の裏通りであって閑散としていたことから、子供がマンションの出入口から本件道路へ飛び出してくるような事態もあり得ることを認識していたはずである。本件のように、幅員の狭い道路を進行中、児童が道路付近で遊んでいた場合には、自動車運転者としては、その児童の動静に周到な注意を払うべき義務がある。この義務は、自動車運転者としては最も基本的な義務であり、各種裁判例は、進路付近に児童がいるような場合には、自動車運転者にはその動静に周到な注意を払うべき義務があることを認めている。
しかるに、被告は、警音器を鳴らさなかったし、減速・徐行もせず、道路の左端から離れて道路中央部までよけて走行することもしなかった。しかも、加害車両は、亡春子との衝突により左前部のウインカーレンズが破損しており、被告は、大きな衝撃を感じたにもかかわらず、急制動の措置を採ることなく、衝突地点からかなり離れた地点で加害車両を停止させている。被告が急制動の措置を採らない合理的な理由はなく、真実は、被告が、著しく注意散漫な状態で加害車両を走行させたために、スケートボードで滑り降りてくる亡春子に気付かなかったからにほかならない。このように、被告は、「最も基本的な義務」すら怠ったのであり、その責任は極めて重大である。
エ ちなみに、原告らに支払われた自賠責保険金は、前記のとおり、全く減額されていない。
(二) 亡春子及び原告らの損害額
(1) 原告らの主張
(亡春子の損害)
ア 逸失利益 五七一一万二九六六円
亡春子は、死亡当時一一歳であり、本件事故に遭わなければ、一八歳から六七歳まで四九年間就労し、その間、平成九年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計による全労働者の全年齢平均年収五〇三万〇九〇〇円を得ることができたから、生活費控除率を三〇%とし、ライプニッツ方式により年四%の割合で中間利息を控除すると、亡春子の逸失利益は、次のとおり、五七一一万二九六六円となる。
五〇三万〇九〇〇円×(一-〇・三)×(二二・二一九八一九〔年四%の割合で中間利息を控除する場合の五六年間のライプニッツ係数〕-六・〇〇二〇五五〔同七年間のライプニッツ係数〕)=五七一一万二九六六円
付言するに、従前は年五%の割合で中間利息を控除する扱いが一般的であったが、現在の状況にかんがみると、この取扱いは不当といわざるを得ない。すなわち、昨今においても、なお公定歩合及び定期預金等の金利が極めて低利率であり、被害者側が定期預金で資金運用をしても年五%の割合による運用利益を上げることは到底できないことにかんがみれば、将来の逸失利益の算定に当たって、中間利息の控除割合を年五%とする従前の取扱いは、被害者側にとって著しく不利であり、被害者の救済、ひいては、損失の公平な分担を窮極の目的とする損害賠償制度の理念に反する。本件事故当時の公定歩合が年〇・五〇%であったことからすれば、控え目な算定方法を採って中間利息の控除割合を高めに設定したとしても、これを年四%とするのが相当である。
また、現在の裁判実務においては、逸失利益の算定に当たり、男女別の平均賃金を基準とし、女児については、賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃金を基準として収入額を算定するという方法が多く採用されている。しかし、このような裁判実務における逸失利益算定方法は、逸失利益に多大な男女間格差が生じてしまうから不当であり、全労働者の平均賃金を逸失利益算定の基礎とすべきである。
イ 入院・死亡慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円
亡春子の将来に対する夢、希望が、本件事故のために一瞬にして失われたこと、亡春子が父母の深い愛情の中で育つ機会を失ってしまったこと、亡春子が受けた恐怖、苦痛が極めて大きいこと、前記のとおり、被告の過失が極めて重大であること、そして、責任回避的な弁明を繰り返すのみで、被害者をいたわる気持ちが見られないという、本件事故後の被告の姿勢等を考慮すると、亡春子の入院・死亡による慰謝料は三〇〇〇万円を下らないというべきである。
(原告らの損害)
ウ 原告らの慰謝料 各五〇〇万〇〇〇〇円
原告らは、かけがえのない娘を一瞬にして失ったこと、亡春子の死は、原告らにとって全く予期できない突然の出来事であったこと、前記のとおり、被告の過失は極めて重大であること、本件事故後の被告の姿勢が原告らの悲しみを一層大きくしていること等を考慮すると、原告らの慰謝料は各五〇〇万円を下らないというべきである。
エ 葬儀関係費用 各七五万〇〇〇〇円
オ 治療費 (填補済み)
カ 付添看護費 各一万八〇〇〇円
一日六〇〇〇円×六日(平成一〇年六月二七日~同年七月二日)=三万六〇〇〇円
三万六〇〇〇円÷二=一万八〇〇〇円
キ 入院雑費 各三九〇〇円
一日一三〇〇円×六日=七八〇〇円
七八〇〇円÷二=三九〇〇円
ク 小計 各四九三二万八三八三円
原告らは、ア、イの亡春子の損害八七一一万二九六六円を法定相続分に従い二分の一ずつ相続した(各四三五五万六四八三円)。これにウ、エ、カ、キの原告ら固有の損害を加えると、その損害額は各四九三二万八三八三円となる。
ケ 損害の填補
前記のとおり、原告らは、平成一一年七月二一日、自賠責保険金三〇〇〇万円の支払を受けた。そこで、これをまず保険金支払日までに発生した遅延損害金五二七万〇七〇二円(各二六三万五三五一円)に充当すると、元本に充当されるのは、二四七二万九二九八円(各一二三六万四六四九円)となる。したがって、損害填補後の残元本は、各三六九六万三七三四円となる。
コ 弁護士費用 各三六九万六三七三円
サ 損害額合計 各四〇六六万〇一〇七円
(2) 被告の認否及び反論
ア 逸失利益について
中間利息の控除は、年四%ではなく、年五%で計算すべきである。基礎収入は、全労働者平均賃金ではなく、女子平均賃金を使用すべきである。また、仮に、全労働者平均賃金を使用するのであれば、生活費控除率を、男子と同様、五〇%として計算すべきである。
イ 入院・死亡慰謝料について
金額の相当性を争う。被告の運転状況は慰謝料増額事由に該当するものではなく、他の事情も慰謝料増額事由に該当するものではない。
ウ 原告らの慰謝料について
本件事故後、原告太郎が被告を故意に殴り付けたこと、さらに、関係のないD原竹夫まで殴り付けたことは、明白である。ところが、原告太郎は、いまだその事実を否定し続けている。以上のような事情は、本件の慰謝料を算定する事情として斟酌されるべきである。子供を失った親の精神的苦痛は察して余りあるものがあるが、そうであるからといって、加害者ばかりでなく無関係の第三者に対して暴行を振るい、しかも、その事実を隠すことは許されない。
エ 葬儀関係費用について
金額の相当性を争う。合計一二〇万円が相当である。
オ 治療費について
後記のとおり、二八六万七四五〇円を支払済みである。
カ 付添看護費について
入院期間は認めるが、日額を争う。
キ 入院雑費について
入院期間は認めるが、日額を争う。
ク 小計について
争う。
ケ 損害の填補及び弁済の充当について
原告らは、自賠責保険金三〇〇〇万円につき、法定充当によることを主張するが、そもそも自賠責保険金の支払は、加害者(債務者)から被害者(債権者)に対する「弁済」ではなく、民法四九一条は適用されない。受領済みの自賠責保険金は、あくまで損益相殺の対象とすることが認められているにすぎない(最高裁昭和三九年五月一二日判決等)。このように自賠責保険金による填補が民法四九一条の適用されない損益相殺である以上、事故に起因して得られた利益の趣旨に従って充当されるべきところ、自賠責保険金の被害者請求においては遅延損害金は考慮されていない。本件でも、損害額積算明細書の内訳にあるとおり、自賠責保険金に遅延損害金は含まれていない。したがって、自賠責保険金三〇〇〇万円は損害金元本に充当されるべきである。
仮に、民法四九一条が適用されるとしても、上記の被害者請求の損害の内訳からすれば、元本に充当するとの合意の下に支払われたものと認めるべきである。
そのほか、被告から原告らに対し、その付保する任意保険会社を通じて、治療費二八六万七四五〇円を支払済みである。
コ 弁護士費用について
金額の相当性を争う。
第三当裁判所の判断
一 過失相殺(争点(一))について
(一) 《証拠省略》によれば、本件事故に至る経緯等として、次の事実を認めることができる。
① 本件道路は、東方の三郷市方面から西方の川口市方面に通じる車道幅員五・四m(有蓋側溝部分を含む。)の単路である。車道の南には、幅員二・一mの歩道が設けられており、車道の北側の一部は、幅員約〇・六mの有蓋側溝となっている。車道は、アスファルト舗装で、平坦、直線であって、視界を妨げるような障害物はなく、また、本件事故当時、路面は乾燥していた。
② 本件事故現場付近は住宅街であり、本件道路の両側には人家が並んでいる。本件道路は、住宅街の裏通りであるため、交通量は閑散としていた。
③ 本件事故現場の北側には、本件道路に隣接して「A田」という名称の三階建てのマンション(本件マンション)が建てられており、同マンションの出入口は、本件道路に面している。本件マンションの出入口の幅は四mであり、幅二・四七mの階段部分と幅一・五三mの身体障害者用のスロープ部分とに分かれている。
④ 本件マンションの出入口から本件道路の北端(有蓋側溝)までの距離は四・四mであり。スロープ部分の内訳は、上部の平坦部が一・九m、スロープが一・八m(スロープの表面長は一・九m)、スロープ終了部分から有蓋側溝までの平坦部が〇・七mである。スロープの傾斜角度は、正確な値は不明であるが、約一四~一五度である(スロープ東側の階段の段差が合計三五・五cmであることからすると、もう少し傾斜が浅いようにも見受けられる。)。スロープ西側には、高さ約五〇cmの壁が設けられている。この壁は、本件事故後に一部(スロープ終了部分から有蓋側溝までの部分)が取り除かれたが、本件事故当時は、有蓋側溝の端まで延びていた。
⑤ 亡春子は、本件事故当日の午後三時過ぎころ、本件マンションのスロープで、C川と共に、スケートボードで遊んでいた。スケートボードは、長さが六四cm、幅が一八cmで、下部に四つの車輪が付いていた。遊び方は、自動車が来ないかどうかを確認してから、スケートボードに座り、上からスロープを滑り降り、有蓋側溝の手前で足を地面に付けてスケートボードを止めるというものであった。亡春子とC川は、三〇~四〇分くらいの間、繰り返しスケートボードで遊んでいた。
⑥ 一方、被告は、本件事故当時は、本件事故現場のすぐ近くに居住しており(被告の当時の住所は、埼玉県草加市《番地省略》B野アパート×××号であり、本件事故現場から同住居までの距離は、約七七mである。)、被告は、自動車で外出するときは本件道路を通行していた。
⑦ 本件事故当時、被告は、加害車両を運転し、川口市方面から三郷市方面に向けて、本件道路を走行していた。実況見分における指示説明によれば、被告は、甲一〇(乙二の一)の実況見分調書添付の交通事故現場見取図(以下「現場見取図」という。)①地点で、進路左前方約一六・五m先の本件マンションの出入口(スロープの上の平坦部付近)に、女の子が二人いるのを認めた。本件事故当時、スロープの西側には有蓋側溝まで壁が設けられていたこともあって、被告は、亡春子らがスケートボードで遊んでいることには気付かなかった。もっとも、本件事故現場から川口市方面に向かって一〇〇mほど進行した地点では、本件道路がカーブ状になっており、前方を注視していれば、この地点から本件マンションの出入口部分が視界に入った。
⑧ 被告は、時速三〇kmくらいの速度で加害車両を進行させたところ、本件マンション前付近で何かが車に衝突する音がしたが、人が衝突したとは思わなかったため、ブレーキを掛けることなく、そのまま進行した。被告は、少し進行した所でドアミラーを見て、女の子が倒れているのを発見し、加害車両がその子に衝突したことに気付いた。被告は、ブレーキを掛けたが、気が動転していて運転操作を誤ったこともあって、本件事故現場から二〇m以上走行した所でやっと加害車両を停止させた。
⑨ 亡春子の頭部は加害車両の左前部に衝突し、加害車両の左前部のウインカーレンズが割れて破損した。
⑩ 本件道路上には、亡春子が乗っていたスケートボードと路面とが擦れたことによってできたと認められる、長さ約〇・二mの擦過痕があった(その位置は、現場見取図上、必ずしも判然としないが、車道側端から一・一m離れたfile_4.jpg地点辺りに東西方向に印象されていることが窺われる。)。
⑪ さらに、加害車両の車底部のオイルパン付近の汚れが払拭されており、同所付近にスケートボードの塗色である黄色の塗料が付着していた。
(二) ところで、本件においては、加害車両が走行した場所について、当事者間に争いがあるので、以下、証拠関係を検討する。
(1) 加害車両が走行した場所については、原告らが、加害車両は本件道路の左端ぎりぎりの地点まで寄って走行していたと主張するのに対し、被告は、実況見分における被告の指示説明に基づき、亡春子が加害車両に衝突した場所は、道路側端から一・一m離れており、加害車両が道路左端に寄って走行した事実はないと主張する。
(2) この点について、原告らは、前記⑨ないし⑪の事実から、前記⑩の擦過痕はスケートボードが加害車両の車底部のオイルパン付近に接触した際にできたものであり、そうすると、加害車両のウインカーレンズと亡春子の頭部との衝突地点はもっとスロープ寄りの位置であることになり、加害車両は道路左端に寄って走行したものであると主張している(原告ら第一準備書面・第1、2(2)ウ参照)。しかし、亡春子が加害車両に衝突した際におけるスケートボードの動きは、証拠上明らかにし難く、したがって、原告らの推論は一つの可能性を示すものではあるが、スケートボードと路面とが擦れたことによってできたと考えられる前記⑩の擦過痕が、前記⑪のオイルパン付近の汚れの払拭と関係があるとまでは確定し得ない(この点については、亡春子の頭部が加害車両の左前部に衝突した際、乗っていたスケートボードの一部が加害車両の左前輪に接触して前記⑩の擦過痕ができ、さらに、スケートボードの一部が加害車両の車体の下に入って前記⑪のとおりオイルパン付近に接触した可能性も、十分に考えられる。)。
(3) また、原告らは、加害車両が道路左端に寄って走行した根拠の一つとして、本件事故から二年余り後に作成された平成一二年八月七日付けのC川の回答及び証人C川の供述を挙げる。
しかし、証人C川の供述には曖昧な部分が少なくなく、本件事故当時のC川の年齢、亡春子が車に撥ねられるという衝撃的な出来事に直面して動揺したであろうこと等をも併せ考えると、C川が、前記回答ないし供述の当時、本件事故当時の状況について明確な記憶を有していたのかどうか、疑問がある。したがって、前記C川の回答等を根拠に、加害車両が道路左端からわずか〇・四mくらい離れた場所を走行したと認定することは、困難といわなければならない。
(4) また、C川は、本件事故当時、本件事故現場の反対側の本件道路上に黒っぽい車が止まっていたと回答ないし供述しており、原告らは、加害車両が道路左端に寄って走行したことの根拠の一つとして、この駐車車両の存在により車両が通行し得る道路幅が狭くなっていたことを挙げる。そして、《証拠省略》によれば、本件事故から三年以上が経過した平成一三年八月時点のことではあるが、本件道路に多くの車両が駐車している事実を認めることができ、亡春子らがスケートボード遊びをしていた間、いずれかの時点でC川の述べるような駐車車両が存在した事実は、否定し得ない。
しかし、本件事故発生当時にこのような駐車車両があった事実は、本件事故発生後間もなく本件事故現場に駆け付けたと見られる証人E田が、駐車車両の存在を否定していることに照らして認定し難い。原告らは、証人E田は、殊更、被告に有利な供述をしようとしているもので信用性に乏しいと主張するけれども、同証人の供述態度及び供述内容からして、同証人があえて虚偽の供述をしたり、事実を曲げて被告に有利な供述をしようとしているとは考えられない(例えば、原告らが甲二五で供述内容が事実に反すると指摘したのに対し提出された乙九ないし一二を参照)。また、原告らは、証人E田が本件事故現場に来たのは、本件事故が発生してからかなり時間が経ってのことであり、この間、駐車車両は別の場所に移動したものであると主張する。なるほど、原告らの主張するような可能性も否定し得ないけれども、証人E田の証言によれば、同証人が本件事故現場に来たのは、まだほとんど人が集まっていない時であったことが認められ、本件事故発生からさほど間がない時点であったと推察される。したがって、本件事故が発生してから証人E田が駆け付けるまでの間に、駐車車両が別の場所に移動したとは考えにくい。
(5) 以上のとおり、原告ら主張のように、加害車両が本件道路の左端ぎりぎりの地点まで寄って走行していた事実、あるいは、道路左端から数十cmの場所を走行していた事実を認めるに足りる的確な証拠はない。もとより、実況見分における指示説明は、被告による一方的なものであり、本件道路上に擦過痕ができた経過が必ずしも明らかでないこともあって、加害車両が果して被告の指示説明するとおり道路左端から約一・一mの位置を走行していたのかも、また確定することはできないが、少なくとも、加害車両が道路左端に近接して走行した事実は認め難いというべきである。
(三) 次に、加害車両の速度についても当事者間に争いがあるところ、前記⑧のとおり、当裁判所は、加害車両は、本件事故当時、時速三〇kmくらいの速度で走行していたと認定する。その理由は、次のとおりである。
原告は、加害車両が本件事故現場から二〇m以上先の地点に停止していることをもって、加害車両がかなりの高速度で走行していたことの根拠として主張する。確かに、現場見取図によれば、加害車両が停止した地点は③地点であり、本件衝突地点であるfile_5.jpg地点から③地点までは二〇・一mあることが認められる。しかし、本件事故現場に急ブレーキに伴う制動痕が残されていたことを認めるべき証拠はなく、また、《証拠省略》によれば、当時の被告の自宅は、本件事故現場から五六m直進した先を右折した場所にあることが認められるから、被告が本件事故現場付近を時速四〇~五〇kmもの高速で走行していたとは考えにくい。また、前記①のとおり、本件道路の車道の幅員が五・四mであること及び弁論の全趣旨によれば、本件道路を通行する車両は、一般に時速三〇~四〇km程度の速度で走行していることが認められる。
これらの点を総合すると、前記⑧のとおり、被告は、時速三〇kmくらいの速度で加害車両を進行させたところ、本件マンション前付近で何かが車に衝突する音がしたが、人が衝突したとは思わなかったため、急制動の措置を採らず、少し進行した所でドアミラーを見て、女の子が倒れているのを発見し、やっと本件事故現場から二〇m以上走行した所で加害車両を停止させたものと認められる。なお、後記のとおり、このことは、一面、本件マンション前付近を進行する際に被告の注意力が散漫になっていたことを示すものといえ、過失割合を考慮するに当たって斟酌すべきである。
(四) そこで、双方の過失割合について検討する。
(1) 本件は、被告が加害車両を運転して本件道路を走行し、本件マンションの前に差し掛かった時、ちょうど、スケートボード遊びをしていた亡春子がスロープを滑り降りてきて、しかも、運悪く身体が車道に飛び出してしまい、その頭部が加害車両の左前部に衝突したという不幸な事故である。当裁判所は、以下のとおり、危険なスケートボード遊びをし、しかも、左右から車両の来ないことを確認することなくスロープを滑り降りた亡春子の側の落ち度も大きいが、子供の飛び出しをも予想して十分な安全確認をすることを怠った被告の側の落ち度も軽視することができず、被害者保護及び危険責任の観点を考慮し、原告側に生じた損害の衡平な分担という見地から考えるならば、損害の減額割合、すなわち、亡春子の過失割合としては、四〇%をもって相当と判断する。
(2) 前記④のとおり、スロープの傾斜は余り急ではないから、亡春子がそれほど高速でスロープを滑り降りたとは考えられず(もっとも、ある程度スピードが出るからこそ、子供たちにとって面白い遊びであることは確かである。)、また、スロープの下には、有蓋側溝の端までに〇・七mの平坦な部分があったから、証人C川の述べるように、きちんと足で踏みとどまれば、この平坦な部分か、せいぜい有蓋側溝に少しはみ出る程度で、スケートボードを止めることができたと推察される。しかし、勢い余って有蓋側溝を越えてしまうこともあるであろうし、交通閑散とはいえ、本件道路を時折車両が通行するのであるから、左右から車両が来ないことを確認してからでないと、本件のような事故に至るおそれがある。証人E田の証言によれば、近所の住民たちも同様の認識を有しており、平素、スロープでスケートボード遊びなどをしていた子供たちは大人から注意を受けていたことが認められる。このように、亡春子らが行っていたスケートボード遊びは、大変危険な遊びであるというべきである。
しかも、証人C川は、車が来ないことを確認してからスロープを滑り降りていたと述べるが、本件事故の際には、加害車両がすぐ近くまで迫っていて、まさに本件マンション前を通過しようとしていたのに、亡春子は、これに気付かず、スケートボードでスロープを滑り降りたものであって、本件事故は、亡春子やC川が、遊びに夢中になって、道路の安全確認を疎かにしたことが一因で発生したことも否定し得ない。
したがって、本件事故の発生についての亡春子の側の落ち度は大きい。
(3) しかし、他方、前記①、②のとおり、本件道路は、住宅街の中を通る道路であり、車道の幅員も五・四mにすぎないから、車両の運転者としては、前方・左右を注視し、歩行者や自転車の存在に十分に注意をして走行する必要がある。そして、子供が本件道路付近にいるのを見掛けたときは、子供の急な飛び出しも予想されるから、減速する等の措置を講じるとともに、子供の動静に周到な注意を払って進行する必要がある。
被告は、前記⑦のとおり、現場見取図①地点において、進路左前方約一六・五m先の本件マンションの出入口に、女の子が二人いるのを認めている。この点につき、原告らが指摘するように、被告がより慎重に前方を注視していれば、本件事故現場から一〇〇mほど手前のカーブ状の地点で、亡春子らの存在に気付いたと思われるが、この地点から本件事故現場まではやや距離があり、この地点で亡春子らを認めていないことをもって被告を非難することはできない。
そして、前記⑦のとおり、被告は、現場見取図①地点では、亡春子らがスケートボードで遊んでいることには気付いていない。時速約三〇km(秒速約八・三m)で走行していた被告が、前記のカーブ状の地点から現場見取図①地点に至る一〇秒余りの間に、亡春子らがスロープを滑り降りる様子を認識し得たかどうかについては、当時スロープ西側には有蓋側溝の端まで壁が設けられ視界が妨げられていたこと、また、亡春子らがどの程度の時間的間隔を置いてスケートボード遊びをしていたのかが明らかでないこと(ちなみに、証人C川は、三〇~四〇分の間に一人五~六回滑り降りたと述べている。)からして、原告らの主張するように、被告が亡春子らのスケートボード遊びに気付かなかったことをもって、直ちに被告の不注意ということはできない。
しかし、被告が本件マンション前に至るまでに亡春子らがスケートボード遊びをしていることに気付かなかったとしても、車両の運転者としては、一般的に子供の道路への飛び出しに注意を払う必要があることは前記のとおりであり、特に、被告の場合には、前記⑥のとおり、本件事故現場のすぐ近くに居住し、本件道路をよく通行していて、本件マンションの出入口付近が子供たちの遊び場になっていたことを承知していたものと考えられる。したがって、被告としては、本件マンションの出入口付近に二人の女の子の存在を認めた以上、同人らが道路に飛び出してくる可能性をも想定して、時速三〇kmより更に減速し、なるべく道路左端から離れて走行し、あるいは、クラクションを鳴らすなどの措置を採るとともに、子供たちの動静に細心の注意を払って進行すべきであった。しかるに、被告は、その指示説明によれば、道路左端から一・一m程度の間隔を空けただけで本件マンション前を進行し(この場合には、被告の主張するように道路右側に駐車車両がなく、かつ、対向車がないのであれば、道路右側に二・六mくらいの余裕があることになる。)、しかも、前記⑧のとおり、本件マンション前付近で何かが車に衝突する音を聞いても人身事故が発生したとは全く考えなかったくらいであるから、本件マンションの出入口付近にいた亡春子らに対して十分な注意を払っていなかったものといわざるを得ない。
以上のとおり、被告が、本件道路付近に子供たちがいるのを発見した場合に運転者に期待される注意義務を尽くしていたならば、本件事故を回避することも決して不可能ではなかったと考えられる。
(4) ところで、(2)で述べたような、本件マンションのスロープで危険なスケートボード遊びをし、しかも、間近に迫っている加害車両に気付くことなくスロープを滑り降りた亡春子の側の落ち度と、(3)で述べた被告の落ち度とを単純に比較するならば、被告の主張するように、亡春子の側の落ち度の方がより大きいといえるであろう。
しかし、交通事故における過失割合は、双方の落ち度(帰責性)の程度を比較考量するだけでなく、被害者保護及び危険責任の観点を考慮し、被害者側に生じた損害の衡平な分担を図るという見地から、決定すべきものである。歩行者(人)と車両との衝突事故の場合には、被害者保護及び危険責任の観点を考慮すべき要請がより強く働くものであり、その保有する危険性から、車両の側にその落ち度に比して大きな責任が課されることになるのはやむを得ない。特に、被害者が思慮分別の十分でない子供の場合には、車両の運転者としては、飛び出し事故のような場合にも、相当程度の責任は免れないものというべきである。
以上のような見地に立ち、かつ、前記のとおり、被告にとって本件事故を回避するすべがなかったわけではないことを考慮するならば、本件においては亡春子の過失割合を四〇%にとどめるのが相当である。
二 亡春子及び原告らの損害額(争点(二))について
本件は過失相殺をすべき事案であるから、既払金も含めて損害の総額を算出し、過失相殺をした後に、既払金を差し引く。なお、個々の損害費目については、合計額を示すこととする。
(一) 逸失利益 三五七二万七九九二円
亡春子は、本件事故当時一一歳であり、本件事故に遭わなければ一八歳から六七歳まで四九年間就労し、その間、事故前年の平成九年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計による全労働者の全年齢平均年収五〇三万〇九〇〇円を得ることができたと認めるのが相当である(年少女子について全労働者の平均賃金を基礎収入とすべきことにつき、東京地裁平成一三年三月八日判決・判例時報一七三九号二一頁、東京高裁平成一三年八月二〇日判決・判例時報一七五七号三八頁など参照)。
そして、逸失利益を算定するに当たっての中間利息の控除割合は、年五%とするのが相当であるから(東京地裁平成一二年四月二〇日判決・判例時報一七〇八号五六頁、東京高裁平成一二年九月一三日判決・金融・商事判例一一〇一号五四頁など参照)、諸般の事情を考慮し生活費控除率を四五%として亡春子の逸失利益を算定すると、次のとおり、三五七二万七九九二円となる(円未満切捨て。以下同じ)。
五〇三万〇九〇〇円×(一-〇・四五)×(一八・六九八五―五・七八六三)=三五七二万七九九二円
(二) 慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円
本件事故の態様、亡春子の年齢、生活状況、その他本件記録に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故による入院・死亡慰謝料は、亡春子につき一六〇〇万円、原告らにつき各二〇〇万円の合計二〇〇〇万円と認めるのが相当である。
(三) 葬儀関係費用 一五〇万〇〇〇〇円
弁論の全趣旨によれば、原告らは亡春子の葬儀関係費用として一五〇万円を超える支出をしたと認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用としては、一五〇万円と認めるのが相当である。
(四) 治療費 二八六万七四五〇円
《証拠省略》によれば、平成一〇年六月二七日から同年七月二日までの六日間の川口市立医療センターにおける亡春子の治療費として、二八六万七四五〇円を要したことが認められる。
(五) 付添看護費 三万六〇〇〇円
亡春子が川口市立医療センターに入院中における近親者付添費としては、一日当たり六〇〇〇円、合計三万六〇〇〇円と認めるのが相当である。
(六) 入院雑費 七八〇〇円
亡春子が川口市立医療センターに入院中における入院雑費としては、一日当たり一三〇〇円、合計七八〇〇円と認めるのが相当である。
(七) 小計 各三〇〇六万九六二一円
亡春子の逸失利益三五七二万七九九二円及び慰謝料一六〇〇万円についての原告らの法定相続分による相続額は、それぞれ二五八六万三九九六円となる。また、原告らは、それぞれ固有の慰謝料二〇〇万円((二))のほか、(三)ないし(六)の損害を各二分の一の割合で被ったものであるから、その損害額の合計は、各三〇〇六万九六二一円となる。
(八) 過失相殺後の残額 各一八〇四万一七七二円
前記の過失割合に従い、過失相殺として(七)の金額から四〇%を控除すると、残額は、次のとおり、各一八〇四万一七七二円となる。
三〇〇六万九六二一円×(一-〇・四)=一八〇四万一七七二円
(九) 弁護士費用 各四〇万〇〇〇〇円
本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、後記の損害填補後の残額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、各四〇万円をもって相当と認める。
(一〇) (八)、(九)の合計 各一八四四万一七七二円
(一一) 損害の填補後の残額 各二九一万六六九六円
(1) 原告らが平成一一年七月二一日に自賠責保険金三〇〇〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、被告から原告らに対し、その付保する任意保険会社を通じて、(四)の治療費二八六万七四五〇円を支払済みであることが認められる。これらは、その二分の一ずつが各原告の損害の填補に充てられたものと認めるのが相当である。
(2) そして、治療費相当額二八六万七四五〇円(各一四三万三七二五円)については、これが川口市立医療センターに直接支払われていること等からして、当事者間に、これを(四)の治療費についての損害賠償債務の元本二八六万七四五〇円に充当するとの黙示の合意があったと認めるのが相当である。そして、本件においては、過失相殺をした結果、治療費としては過払いであったことになるが、任意保険による給付は、交通事故から生じた損害全体を対象として填補が行われる性質のものであるから、治療費として過払いとなった分は、他の費目の損害賠償債務の元本に充当されるものと解される。
したがって、前記二八六万七四五〇円(各一四三万三七二五円)を(一〇)の損害賠償債務の元本に充当すると、その残額は、各一七〇〇万八〇四七円となる。
(3) 次に、自賠責保険金三〇〇〇万円(各一五〇〇万円)の充当関係について検討するに、原告らは、自賠法一六条一項による被害者請求に基づき受領した自賠責保険金につき、民法四九一条の法定充当により、まずこれを遅延損害金に充当すべきであると主張し、被告は、これを損害賠償債務の元本に充当すべきであると主張する。
ところで、自賠責保険契約は、自賠法三条の規定による保有者の第三者に対する損害賠償責任が発生した場合に、保有者等(被保険者)が第三者に対して損害賠償責任を負担することによって被る損害を保険会社(保険者)が填補する責任保険契約である(自賠法一一条一項)。この場合、保険会社は、被保険者に対し、政令で定める保険金額の限度において、被保険者の負担する損害賠償額につき保険金支払義務を負うところ、この被保険者の負担する損害賠償責任の内容は、被保険者と第三者との間の実体的な法律関係によって定まるものであって、この損害賠償責任に遅延損害金債務が含まれるのであれば、自賠責保険金は遅延損害金債務の支払にも充てられることになると解される。このことは、自賠法一五条による加害者請求の場合だけでなく、被害者救済の観点から被害者に自賠責保険金の直接請求を認めた同法一六条一項による被害者請求の場合にも異なるところはないものというべきであり、被害者請求に基づき支払われた自賠責保険金は、これを損害賠償債務の元本に充当する旨の明示又は黙示の合意がない限り、民法四九一条に従い、まず既発生の遅延損害金に充当され、その残額が元本に充当されるものと解するのが相当である(前掲東京地裁平成一二年四月二〇日判決参照。なお、法定充当類似の方法によったものとして、東京高裁平成一二年一一月八日判決・判例時報一七五八号三一頁参照)。
そこで、以上の見地に立って、本件における自賠責保険金の充当関係を検討するに、被告の主張する損害額積算明細書の記載は、保険会社が支払額を算出するために示した便宜上の計算根拠にすぎないから、これをもって元本充当の合意があったとすることはできない。したがって、本件の自賠責保険金三〇〇〇万円(各一五〇〇万円)については、民法四九一条の法定充当によるべきところ、本件事故発生日である平成一〇年六月二七日から自賠責保険金が支払われた平成一一年七月二一日までの三九〇日間における、前記(2)の残元本各一七〇〇万八〇四七円に対する遅延損害金は、次のとおり、各九〇万八六四九円となる。
一七〇〇万八〇四七円×〇・〇五÷三六五日×三九〇日=九〇万八六四九円
自賠責保険金各一五〇〇万円をまずこの遅延損害金に充当すると、自賠責保険金の残額は各一四〇九万一三五一円となる。そして、これを前記残元本各一七〇〇万八〇四七円に充当すると、元本の残額は、各二九一万六六九六円となる。
第四結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、それぞれ二九一万六六九六円及びこれに対する自賠責保険金支払の日の翌日である平成一一年七月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 森剛 石田憲一)