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東京地方裁判所 平成13年(ワ)7810号 判決 2002年3月27日

原告 X

訴訟代理人弁護士 丸山裕司

被告 東京シティ信用金庫

代表者代表理事 A

訴訟代理人弁護士 荻原富保

主文

1  被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成13年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

Ⅰ  請求 主文同旨

Ⅱ  事案の概要

本件は、原告(物上保証人兼根保証人であった者の相続人)が、債権者であった被告に対し、自己の責任は3000万円の限度に止まると主張して、既払金4000万円のうちの1000万円について不当利得返還請求権に基づき返還を求めた案件である。

1  基礎となる事実

(1)  有限会社丸新商事(本店:埼玉県草加市<省略>、代表取締役:B、支店:東京都中央区<省略>〔昭和53年2月3日設置〕、以下「丸新商事」という。)は、昭和53年5月31日、東商信用金庫との間に信用金庫取引約定を締結した。〔甲1、乙1、2〕

(2)  C(以下「C」という。)は、昭和54年5月4日、東商信用金庫に対し、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件土地」という。なお、別紙物件目録は当時の登記簿における表示であり、現在はこれが158番1ないし3の3筆に分筆されている。)に別紙根抵当権目録記載のとおりの根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定(同月8日に登記)するとともに、「この根抵当権の被担保債務について極度額(3000万円)を限度として保証人となり債務者が別に差し入れた信用金庫取引約定書の各条項を承認のうえ、債務者と連帯して債務履行の責めを負い、貴金庫の都合によって他の担保もしくは保証を変更、解除されても異議ありません。」との条項により根保証人となることを約した(以下、この根抵当権設定契約証書〔甲2〕により物上保証人兼根保証人となる旨約した契約を「本件契約」という。)。〔争いない事実、甲2、10〕

(3)ⅰ  丸新商事は、昭和57年頃に手形の不渡り事故を2度起こし、事実上倒産した。〔争いない〕

ⅱ 東商信用金庫は、平成3年4月10日、丸新不動産株式会社に対し、丸新商事の連帯保証のもと1億円を、同年6月14日、同様に丸新商事の連帯保証のもと1億5000万円の貸付をした。〔乙3、4〕

ⅲ 東商信用金庫は、平成8年8月29日、丸新不動産株式会社に対し、丸新商事の連帯保証のもと200万円の貸付をした。〔乙5〕

(4)  Cは、平成4年3月23日死亡し、原告が本件土地を相続するとともに、物上保証人兼根保証人の地位を相続した。〔争いのない事実、甲2〕

(5)ⅰ  東商信用金庫は、平成10年7月10日、原告に対し、本件根抵当権の実行の通知をした。〔争いない〕

ⅱ 上記通知を契機にして、東商信用金庫(担当者:D)と原告の代理人である長男Eとの間で交渉が持たれ、本件根抵当権の抹消条件として原告の返済額について協議がなされた。そして、その過程のなかでは、東商信用金庫の側から、3000万円を一括で支払ってくれるのであれば、本件根抵当権を抹消する旨の発言もなされた。〔争いない事実、弁論の全趣旨〕

ⅲ 原告は、平成10年12月2日、東商信用金庫に対し、1000万円を支払い、同金庫は、支払日の数日後、原告に対し、本件根抵当権を「担保として当金庫が有限会社丸新商事に融資した貸出金について、物上保証人として代位弁済し、これを受領いたしました。」との記載のある受領書を発行した。〔争いない事実、甲4〕

(6)  東商信用金庫は、平成12年3月21日、被告に合併し解散した。〔争いのない事実、甲1〕

(7)ⅰ  被告は、平成12年5月22日頃、本件根抵当権の実行を申立て(浦和地方裁判所越谷支部平成12年(ケ)第257号)、同月24日、競売開始決定がなされ、翌25日その旨の登記がなされた。〔争いのない事実、甲5、10〕

なお、この当時の被担保債権は、別紙のとおり、残元金(合計で1億9380万円)とその大半は昭和56年11月頃以降の遅延損害金であった。〔甲5〕

ⅱ 原告は、本件不動産の所有権を維持確保するために、平成12年8月23日、被告に対して3000万円を支払い、被告は、「債務者(有)丸新商事の物上保証人としての保証債務履行弁済金として」受領した旨の領収書〔甲8〕を発行するとともに、上記不動産競売の申立てを取り下げ〔甲9〕、本件根抵当権は解除を原因として抹消登記がされた〔甲10〕。

2  争点と当事者の主張

原告が被告に対して負担する責任の範囲―――根抵当権設定契約証書〔甲2〕により根抵当権設定者であるとともに、その極度額の範囲内において根保証をする旨約したC(同人を相続した原告)の責任の範囲が主要な争点である。

(1)  原告の主張

Cは、昭和54年5月4日、東商信用金庫に対し、極度額3000万円の根抵当権である本件根抵当権の設定と、この根抵当権の被担保債務について極度額(3000万円)を限度として根保証人となる旨約しているが、これは本件根抵当権の被担保債務の弁済として3000万円を支払うことにより、本件根抵当権の確定の有無にかかわらず(なお、本件根抵当権の確定時期は、昭和57年9月15日である。)、物上保証人の責任についても消滅する趣旨を含む合意である。

そして、Cを相続した原告は、その責任範囲について被告と見解が一致せず、本件土地の所有権を確保するため、やむなく本件根抵当権の被担保債務の弁済として合計4000万円を支払ったものであるところ、その責任範囲が3000万円であれば、4000万円もの支払をしてはいないのであって、被告は、この4000万円のうちの1000万円について、原告の損失のもと、法律上の原因なくして利得していることになる。

(2)  被告の主張

ⅰ 本件根抵当権の確定は、平成12年5月22日頃の本件根抵当権実行の申立てによるものである。

ⅱ 原告が1000万円を支払った平成10年12月2日当時、本件根抵当権は確定しておらず、原告の1000万円の支払は、連帯保証人の責任や、本件根抵当権の極度額を減少させることはない。根抵当権の被担保債務は、その確定まで増減を繰り返す性質を有する以上、根抵当権が確定していないのに途中で返済をした分だけ保証人の責任範囲が減少するとすると、その後に債務が増えた場合に極度額を限度とした保証の意味がなくなってしまう。

ⅲ 本件根抵当権の確定当時、極度額は3000万円のままであり、他方、被告は、丸新商事に対し、元金だけでも1億9380万円の債権を有していたのである。したがって、確定後の平成12年8月23日の3000万円の受領が不当利得になることはない。

Ⅲ  争点に対する判断

1  本件契約の趣旨について

(1)  基礎となる事実(2)のとおり、本件契約は、同一の当事者間において、同一の年月日に、同じ一通の契約書により、根抵当権の極度額と根保証人の保証限度額を一致させて、Cの物上保証人としての責任と根保証人としての責任とについて契約をしたものである。

(2)  物上保証人兼根保証人となるCからすれば、本件契約において、物上保証人の責任と根保証人としての責任に関連性がなく、それぞれ別個独立の責任であって、本件に即して言えば、経済的には合計で6000万円の負担を負うという内容の契約であるとすれば、その負担は相当なものであって、物上保証をした上でさらに根保証までしたか疑問すら残るところである。むしろ上記(1)の事情からすれば、重畳的な担保設定(経済的には3000万円の負担を負う。)の趣旨で本件契約を締結したものと推認されるのである。

(3)  また、被告としても、Cが単なる物上保証人にとどまるよりは、重畳的に根保証人を兼ねてもらったほうが、その経済状態や本件土地の価格などを勘案して、より回収が容易な方法を選択することができ、本件土地の価格が下落して極度額に足りない場合であっても人的担保と合わせて3000万円の担保が確保できることになるなどのメリットを得られるのであり、上記(1)のような形態で本件契約を締結していることからすると、被告としてもこのメリットに着目して本件契約を締結したものと推認されるところである。

(4)  以上のとおり、本件契約は、重畳的な担保設定、即ち、Cの責任は3000万円を限度とする趣旨で締結されたものと認められる。

2  根保証債務の確定について

(1)  原告が負担すべき根保証債務の被担保債務がどのようにして確定されるのかであるが、根抵当権設定契約証書〔甲2〕には「この根抵当権の被担保債務について極度額(3000万円)を限度として保証人となり債務者が別に差し入れた信用金庫取引約定書の各条項を承認のうえ、債務者と連帯して債務履行の責めを負(う)」とされているだけであり、明確にはされていない。

(2)  しかし、本件契約の趣旨が前記1のとおり、重畳的な担保設定を趣旨として締結されたものであることからすると、本件根抵当権が確定した時点の被担保債務について、3000万円を限度とする保証責任を負担する契約と解するのが相当である。

(3)ⅰ  ところで、本件根抵当権の確定の時期であるが、原告は昭和57年9月15日であると主張する。これは、本件土地の不動産競売において、本件根抵当権の被担保債権のうちで最も遅い遅延損害金の起算日〔甲5〕ではあるが、このことから直ちにこの時点で「取引ノ終了」により確定したとは認め難いところであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。なお、基礎となる事実(7)ⅰのとおり、被告は、平成12年5月22日頃に本件根抵当権の実行を申し立てており、遅くともこの時期には確かに本件根抵当権は確定したと言えるところである。

ⅱ しかし、基礎となる事実(3)ⅰ、(5)ⅰ、(7)ⅰの事実によれば、丸新商事は、2度の手形の不渡りを出して事実上倒産し、東商信用金庫に対して、元金だけでも2億円近い債務を負い、遅くとも昭和57年9月頃からはその返済をしていない状態を継続していたというのであり、他方、同金庫としても、本件根抵当権を実行することとして平成10年7月10日、原告にその旨の通知をしたというのである。さらに、基礎となる事実(5)ⅱのとおり、この通知を契機として原告と東商信用金庫との間で交渉が持たれ、原告が1000万円の支払をするなどの事態に発展したため直ちに競売の申立てに至らなかったものと推認され、原告が何らの応答もしていなければこの段階で競売の申立てがなされた可能性も相当に高いのである。

ⅲ 確かに、基礎となる事実(3)ⅱ及びⅲのとおり、東商信用金庫は、平成8年8月頃まで、丸新商事を連帯保証人とする取引を丸新不動産株式会社との間で行っているが、上記経緯からすれば丸新商事には保証人としての能力は全くなく、ただ代表取締役が同一人であったことから形式的に保証人としたに過ぎないものと推認されるのであり、上記ⅱの事情と社会通念に照らせば、前記の実行通知がなされた平成10年7月当時、既に東商信用金庫と丸新商事との取引は終了していたものと認めるのが相当である。

ⅳ したがって、本件根抵当権はこの平成10年7月10日の時点で確定していたものと認められるのである。

(4)  以上によれば、本件においては、基礎となる事実(5)ⅰのとおり、平成10年7月10日、東商信用金庫が原告に対して本件根抵当権の実行の通知をした時点において、その被担保債務につき3000万円の限度で原告に保証人としての責任が確定したものと解するのが相当である。

3(1)  原告の平成10年12月2日の支払

ⅰ 原告は、第三者として丸新商事の債務を被告に弁済することも勿論可能であるが、特別の事情のない限りは、法律上の義務を負担する根保証人(兼物上保証人)であるからこそ弁済をしたと解することが、当事者の合理的な意思に合致するところであり、平成10年12月2日の1000万円の弁済は根保証人としての弁済と解するのが相当である。

ⅱ なお、この1000万円の支払に対して被告が発行した受領書〔甲4〕には、「物上保証人として代位弁済」と記載されているが、その趣旨も不明であり、かつ、弁済後に被告において作成したものであって、上記認定を左右するに足りるものではない。

ⅲ そして、この1000万円の支払により、原告の根保証人としての責任は2000万円に減少したものと認められる。

(2)  原告の平成12年8月23日の支払

ⅰ 基礎となる事実(7)のとおり、本件土地について競売開始決定がなされた後の平成12年8月23日、原告は、被告に対し、本件不動産の所有権を維持確保するためやむなく3000万円を支払ったものである〔甲6〕。

ⅱ そして、以上のとおり、平成12年8月23日当時、原告の根保証人としての責任は2000万円となっており、また、本件根抵当権と根保証とは重畳的な担保設定の趣旨であることからすれば、原告が支払った3000万円のうち、1000万円については、原告の損失のもと、被告が法律上の原因なく利得しているものと認められるのである。

(3)  したがって、この1000万円と訴状送達日の翌日である平成13年5月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

4  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 坪井宣幸)

<以下省略>

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