大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成13年(ワ)8453号 判決 2001年12月05日

主文

1  被告三井住友海上火災保険株式会社は,原告らそれぞれに対し,金966万円及びこれに対する平成11年8月28日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  原告Aのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を被告三井住友海上火災保険株式会社の負担とし,その余を原告Aの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告ジー・イー・エジソン生命保険株式会社(以下「被告エジソン生命」という。)は,原告Aに対し,金875万円及びこれに対する平成11年6月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  主文第1項と同旨

第2事案の概要

本件は,原告らの子である訴外亡甲を被保険者とする保険契約に基づき,原告Aが被告エジソン生命に対して災害保険金の請求を,原告らが被告三井住友海上火災保険株式会社(以下「被告三井住友海上」という。)に対して交通事故傷害保険金の請求をした事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告らの子である甲は,平成11年5月5日,訴外乙の運転する普通乗用自動車のトランクに乗車中交通事故に遭い,頸髄損傷等の重傷を負い,同月16日,上記傷害により死亡した(12日間入院)。

(2)ア  甲は,被告エジソン生命を保険者,C庁共済組合を保険契約者とする下記団体定期保険契約に加入し,被保険者となっていた。

保険者   被告エジソン生命

保険の種類 C庁職員団体生命保険

被保険者  甲

受取人   原告A

保険の区分 基本型

加入口数  35口(新規加入分10口及び追加加入分25口)

責任開始日 新規加入分平成11年3月18日

追加加入分同年4月18日

災害特約  付加

保険金額  1口当たり死亡保険金54万円

災害保険金25万円

イ  上記団体定期保険普通約款には,次の災害特約条項がある。

「第5条 当会社は,被保険者が,この特約の保険期間中,次の各号のいずれかに該当した場合に,その被保険者について定められた額の災害保険金を主契約の死亡保険受取人に支払います。

(1) その被保険者についてこの特約の責任開始期以後に発生した別表1に定める不慮の事故による傷害を直接の原因として,その事故の日から起算して180日以内に死亡したとき」

「第12条 当会社は,被保険者が次の各号によって第5条…の規定に該当した場合には,災害保険金…を支払いません。

(1) 保険契約者または被保険者の故意または重大な過失によるとき」

ウ  被告エジソン生命は,上記団体定期保険契約に基づき,原告Aに対し,上記死亡保険金1890万円(54万円×35口)を支払った。

エ  上記団体定期保険契約によれば,災害保険金は875万円(25万円×35口)となる。)

(3)ア  甲は,訴外住友海上火災保険株式会社(以下「住友海上」という。)を保険者,C庁共済組合を保険契約者とする下記団体傷害保険契約(普通傷害保険契約及び交通事故傷害保険契約)に加入し,被保険者となっていた。

保険者   住友海上

保険の種類 C庁職員家族団体傷害保険

被保険者  甲

受取人   法定相続人

加入口数  7口

保険金額  普通傷害保険契約につき

1口当たり死亡保険金274万円

入院保険金2500円

交通事故傷害保険契約につき

1口当たり死亡保険金273万6000円

入院保険金2000円

イ  上記交通事故傷害保険普通約款には,保険事故に関し,次のように定められている。

「第1条(当会社の支払責任)

① 当会社は,…被保険者…がその身体に被った次の各号に掲げる傷害のいずれかに対して,この約款に従い保険金(死亡保険金…,入院保険金…)を支払います。

(1)  運行中の交通乗用具に搭乗していない被保険者が,運行中の交通乗用具…との衝突・接触等の交通事故または運行中の交通乗用具の衝突・接触…等の交通事故によって被った傷害

(2)  運行中の交通乗用具に搭乗している被保険者…が,急激かつ偶然な外来の事故によって被った傷害」

ウ 住友海上は,上記普通傷害保険契約に基づき,原告らに対し,死亡保険金1918万円(274万円×7口),入院保険金21万円(2500円×7口×12日)を支払った。(実際には,上記合計額1939万円から未収保険料3万2340円が控除され,1935万7660円が支払われた。)

エ 上記交通事故傷害保険契約によれば,死亡保険金は1915万2000円,入院保険金は16万8000円で,その合計額は1932万円となる。

オ 住友海上は,平成13年10月1日,被告三井住友海上に吸収合併された。

2  争点

(1)  被告エジソン生命に対する災害保険金請求:災害保険特約条項第12条1項「被保険者の重大な過失によるとき」に該当するか。

(被告エジソン生命の主張)

甲は,乙が甲と同級生で未だ運転歴が浅いにもかかわらず,本件事故直前まで行動を共にし,同人が相当量の飲酒をしていた事実を認識しつつ,同人の深夜の飲酒運転を容認したこと,事故当時降雨のため路面が濡れて車輪が滑りやすい状態であったにもかかわらず,同車には法定の乗車定員5名を超える7名もの人間が乗車することを認識していたこと,しかも右の状況で運転中の自動車のトランク内という本来人が乗車することが予定されず,身体の安全が十分確保されていない危険な場所に自ら進んで入っていること等の事実を総合すれば,僅かな注意義務を尽くせば本件事故を予見し,結果を回避することができたといわざるを得ず,甲には本件事故招致につき重大な過失があった評価されるべきである。

(原告Aの主張)

甲の負傷と死亡は,自動車を運転していた乙が,当時降雨で路面が濡れていて車輪が滑りやすい状態になっていた上,乗車定員を超える7名もの者が乗っていたのであるから,車輪を滑走させたりしないよう十分注意して自動車を走行させなければならない運転者としての注意義務があったにもかかわらず,その注意義務を怠って,後部座席にいた者からの「振れよ。」という言葉に呼応して,トランク内の甲らを脅かそうと考えて,時速約40キロメートルで進行しながら大きく右に急ハンドルを切ったため,自動車を右斜め前方に滑走させ,ガードパイプの支柱に衝突させるという事故を発生させた結果,発生したものであって,乙の過失によって発生したものであり,甲には何の過失もなく,ましてや重大な過失と評価されるほどの注意義務違反はない。

(2)  被告三井住友海上に対する交通事故傷害保険金請求:交通事故傷害保険普通約款第1条1項2号「交通乗用具に搭乗している」に該当するか。

(原告らの主張)

本件事故は,自動車の運行中に発生した自動車とガードパイプ支柱との衝突事故の際,その衝撃によって,当該自動車のトランク内に搭乗していた甲が負傷し,死亡したものであって,「交通乗用具に搭乗」中の事故であることは明らかである。被告Aの主張するような限定した解釈をするのは正当でない。

(被告三井住友海上の主張)

「交通乗用具に搭乗している」とは,自動車の場合,その運転席,助手席その他の車室内の座席,バスの立席,二輪自動車の後部座席で握り手及び足掛けを有するものなど,要するに「乗車のために設備された場所」(道路交通法55条1項)に乗車している状態をいい,本件のように後部トランク内に身を置いている場合は含まれない。このことは,文理解釈上も,社会通念上も明らかであるし,危険の程度が全く異なることからも,当然このように解されるべきである。

第3争点に対する判断

1  被告エジソン生命に対する災害保険金請求:災害保険特約条項第12条1項「被保険者の重大な過失によるとき」に該当するか。

(1)  証拠(甲1ないし3,9,10の1ないし50)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故が発生した経緯に関し,次の事実が認められる。

甲(当時19歳)は,平成11年5月4日午後11時半ころ,JR検見川駅近くで中学時代の友人6名と会い,稲毛海岸駅近くのカラオケ店に行くこととなった。7名は,乙(当時20歳)が普通乗用自動車(5人乗り)で来ていたことから,甲が同自動車を運転し,助手席に1人,後部座席に4人,トランクに1人が乗り込んで,カラオケ店へと向かった。7名は,カラオケ店で歌を歌ったり酒を飲んだりして2時間程度過ごした後,上記自動車に乗ってラーメン屋に行こうということになった。乙は,上記カラオケ店で焼酎のソーダ割りを飲んでいたが,上記自動車を運転した。また,カラオケ店に向かう際にトランクに乗っていた丙は,「トランクの中が気持ちいい。」などと言って,再度トランクに乗り込み,甲も,「俺が乗る。」と言って,自らトランクに乗り込んだ。

乙は,ラーメン屋に向かってしばらく走行した同月5日午前1時45分ころ,同乗者の一人から「振れよ。」などと言われたことから,車体を左右に揺らしてスリルを味わおう,トランク内の2人を脅かそうと,時速約40キロメートルで進行しつつ右に急ハンドルを切った。すると車は,右斜め前方に滑走し,車の前部が道路中央部に設置されていた車止めポールに衝突し,さらに回転して,左側面が道路中央部に設置されていたガードパイプの支柱に衝突した。トランク内にいた甲は,上記衝突により頸髄損傷等の傷害を負い,同月16日午前10時50分ころ,同傷害により死亡した。また,上記衝突により,後部座席にいた者が加療約1か月を要する右鎖骨骨折等の傷害を負った。

事故当日午前2時半ころになされた飲酒検知結果によれば,乙の呼気中のアルコール濃度は,呼気1リットルにつき0.2ミリグラム以上であった。

(2)  上記認定事実に基づいて考えると,甲は,乙が20歳で運転も未熟な上に本件事故直前に相当量の飲酒をしていたこと,しかも法定の乗車定員5名を超える7名が乗車することを認識しつつ,自ら進んでそのトランクに乗り込んでいることが認められ,トランクは,本来人が乗車することが予定されず,身体の安全が十分確保されていない場所であることも併せ考えれば,甲は,僅かな注意義務を尽くせば本件不慮の事故を予見し,かつ結果を回避することができたにもかかわらず,これを怠ったというべきであり,重大な過失があったと認めるのが相当である。

(3)  したがって,災害保険特約条項第12条1項に定められた免責条項「被保険者の重大な過失によるとき」に該当するので,原告Aの被告エジソン生命に対する災害保険金請求は理由がないというべきである。

2  被告三井住友海上に対する交通事故傷害保険金請求:交通事故傷害保険普通約款第1条1項2号「交通乗用具に搭乗している」に該当するか。

(1)  交通事故傷害保険普通約款第1条1項2号にいう運行中の交通乗用具に「搭乗している」とは,一般的に,運行中の交通乗用具に乗り込んでいる状態をいい,ドア,ステップ等に乗車の場合は手又は足をかけたときから,下車の場合は手又は足を離した時までをいうと解されているところ,被告三井住友海上は,運行中の交通乗用具(本件の場合,自動車)に「搭乗している」とは,「乗車のために設備された場所」(道路交通法55条1項)に乗車している状態をいうと主張する。

しかしながら,道路交通法55条1項は,乗車の方法について運転者の負うべき義務を定めたもので,必ずしも同条項に違反する乗車方法が上記「搭乗」の概念から除かれるということにはならない。この点,自動車保険の搭乗者傷害保険における保険事故が,「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中」の事故と定められていることと比較しても,「搭乗」の概念自体に乗車場所についての上記のような限定があるとは考え難いといえる。

交通事故傷害保険は,交通事故全般を担保するためのものであり,その保険事故は,普通保険約款に定められているとおり,運行中の交通乗用具に「搭乗」していない被保険者の運行中の交通乗用具との衝突・接触等の交通事故による傷害(同条項1号)も,また運行中の交通乗用具に「搭乗」している被保険者の急激かつ偶然な外来の事故による傷害(同条項2号)も,幅広くこれを保険事故と定めたもので,同保険約款には,搭乗者傷害保険におけるそれのように,「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中」との規定は存在しない。そして,免責条項として,被保険者の故意による事故招致や,被保険者が法令に定められた運転資格を持たないで,又は酒によって自動車を運転している間に生じた事故等を掲げていることからすれば,法令違反行為のうち特にこれらを保険金が支払われる場合から除いているものと解すべきであり,乗車の方法についての違反がある場合にこれを「搭乗」にあたらないものと解するのは相当でないというべきである。なお,本件において,上記免責条項に該当する事実を認めるに足りる証拠もない。

(2)  そうすると,甲は,交通乗用具に搭乗中に急激かつ偶然な外来の事故によって傷害を被り,死亡したものであって,交通傷害保険契約に基づき,その死亡保険金及び入院保険金が支払われるべきである。

第4結論

以上によれば,原告らの被告三井住友海上に対する請求は理由があるのでこれを認容し,原告Aの被告エジソン生命に対する請求は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 中村さとみ)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例