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東京地方裁判所 平成13年(ワ)8845号 判決 2001年7月12日

原告 A野太郎

被告 東京弁護士会

代表者会長 山内賢史

訴訟代理人弁護士 田口明

同 石黒清子

同 水庫正裕

同 飯塚知行

同 兼川真紀

同 濱口善紀

同 三澤英嗣

同 林原菜穂子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一事案の概要

原告は、請求の趣旨及び原因として、別紙訴状及び準備書面(1)、(2)のとおり主張した。原告の主張は、要するに「弁護士会である被告が、被告の所属の弁護士である原告について弁護士法二七条違反(非弁護士との提携の禁止)の非行事実が疑われるとして、弁護士法五八条二項に基づく調査を被告の綱紀委員会に対して命じた別紙調査命令書のとおりの調査命令(平成一三年東綱第四九号)について、本件調査命令は、原告が受任した全事件の解任、辞任を意図する懲戒権を濫用する取引妨害行為として私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)八条及び一九条に違反するので、独占禁止法二四条に基づきその差止めを求める。」というものである。

被告の主張は、「本件調査命令は被告が内部機関である綱紀委員会に対して発したものであり、既にその効力は発生している以上差止めの余地はないから、本件請求は訴えの利益がない不適法な訴えである。仮に、本件請求の趣旨が、本件調査命令に基づいて実施される綱紀委員会の調査を差し止める趣旨としても、独占禁止法二四条が定める差止請求の対象は、「不公正な取引方法」(同法一九条)及び「事業者団体による事業者への不公正な取引方法の誘引行為」(同法八条一項五号)であるが、綱紀委員会の調査は、不公正な取引方法として類型化される行為に該当しないばかりか、同行為とは全く関係のない手続であって、綱紀委員会の調査は、いかなる意味においても不公正な取引方法等の行為類型に該当せず、したがって、本件請求は、差止請求の対象適格を欠く不適法な訴えとして却下され、又は理由がないとして棄却されるべきである。」というものである。

第二裁判所の判断

弁護士会である被告が所属の弁護士である原告について弁護士法二七条違反(非弁護士との提携の禁止)の非行事実が疑われるとして、別紙の調査命令書により弁護士法五八条二項に基づく調査(本件調査命令)を被告の綱紀委員会に対して命じたことは当事者間に争いがない。被告は、本件請求が既にされた本件調査命令の差止めを求めるものであって訴えの利益がないと主張する。しかし、原告の請求の趣旨は「本件調査命令を差し止める。」というものではあるが、原告の主張を総合的に考察すれば、その請求の趣旨は、本件調査命令に基づく調査を差し止めることを請求するもの、すなわち独占禁止法二四条にいう「侵害の停止又は予防を請求する」ものと理解することができる。したがって、本件調査命令が既に発せられていることのみを理由として本件請求に訴えの利益がないということはできない。

次に、被告は、弁護士会の綱紀委員会の調査は、独占禁止法二四条による差止めの対象となる不公正な取引方法等の行為類型に該当しない、と主張するので、以下においては、まず、独占禁止法二四条による差止めの対象となる不公正な取引方法等の行為類型とは何か、次に、弁護士法の綱紀委員会の調査はいかなる性質の行為か、について順次検討する。

独占禁止法二四条は「第八条第一項第五号又は第一九条の規定に違反する行為によってその利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるときは、その利益を侵害する事業者若しくは事業者団体又は侵害するおそれがある事業者若しくは事業者団体に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と規定し、同法八条一項本文及び五号は「事業者団体は、事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにすることをしてはならない。」と規定し、同法一九条は「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」と規定する。

独占禁止法八条一項五号及び一九条にいう「不公正な取引方法」とは、「独占禁止法二条九項各号に規定する行為のいずれかに該当する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの」(独占禁止法二条九項)であって、同項各号に規定する行為とは、①不当に他の事業者を差別的に取り扱うこと(一号)、②不当な対価をもって取引すること(二号)③不当に競争者の顧客を自己と取引するように誘引し、又は強制すること(三号)、④相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引すること(四号)、⑤自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること(五号)、⑥自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引を不当に妨害し、又は当該事業者が会社である場合において、その会社の株主若しくは役員をその会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、若しくは強制すること(六号)、以上の六類型とされ、これに基づき公正取引委員会が指定した不公正な取引方法には、すべての業種に適用されるものと特定の業種のみに適用されるものとがあるが、被告である弁護士会に関するものとしては、「不公正な取引方法」(昭和五七年公正取引委員会告示第一五号。一般指定)による指定がある。一般指定により指定されている行為は、①正当な事由がないのに、自己と競争関係にある他の事業者(以下「競争者」という。)と共同して、ア、ある事業者に対し取引を拒絶し又は取引に係る商品若しくは役務の数量若しくは内容を制限すること、イ、他の事業者に前号に該当する行為をさせること、のいずれかに該当する行為をすること(共同の取引拒絶)、②不当に、ある事業者に対し取引を拒絶し若しくは取引に係る商品若しくは役務の数量若しくは内容を制限し、又は他の事業者にこれらに該当する行為をさせること(その他の取引拒絶)、③不当に、地域又は相手方により差別的な対価をもって、商品若しくは役務を供給し、又はこれらの供給を受けること(差別対価)、④不当に、ある事業者に対し取引の条件又は実施について有利な又は不利な取扱いをすること(取引条件等の差別取扱い)、⑤事業者団体若しくは共同行為からある事業者を不当に排斥し、又は事業者団体の内部若しくは共同行為においてある事業者を不当に差別的に取り扱い、その事業者の事業活動を困難にさせること(事業者団体における差別取扱い等)、⑥正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること(不当廉売)、⑦不当に商品又は役務を高い対価で購入し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること(不当高価購入)、⑧自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること(ぎまん的顧客誘引)、⑨正常な商慣習に照らして不当な利益をもって、競争者の顧客を自己と取引するように誘引すること(不当な利益による顧客誘引)、⑩相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制すること(抱き合わせ販売等)、⑪不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあること(排他条件付取引)、⑫自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、ア、相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること、イ、相手方の販売する当該商品を購入する事業者の当該商品の販売価格を定めて相手方をして当該事業者にこれを維持させることその他相手方をして当該事業者の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束させること、のいずれかに該当する拘束の条件をつけて、当該商品を供給すること(再販売価格の拘束)、⑬前二項(⑪、⑫)に該当する行為のほか、相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること(拘束条件付取引)、⑭自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、ア、継続して取引する相手方に対し、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること、イ、継続して取引する相手方に対し、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること、ウ、相手方に不利益となるように取引条件を設定し、又は変更すること、エ、前三号(ア~ウ)に該当する行為のほか、取引の条件又は実施について相手方に不利益を与えること、オ、取引の相手方である会社に対し、当該会社の役員の選任についてあらかじめ自己の指示に従わせ、又は自己の承認を受けさせること、のいずれかに該当する行為をすること(優越的地位の濫用)、⑮自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもってするかを問わず、その取引を不当に妨害すること(競争者に対する取引妨害)、⑯自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある会社の株主又は役員に対し、株主権の行使、株式の譲渡、秘密の漏えいその他いかなる方法をもってするかを問わず、その会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、又は強制すること(競争会社に対する内部干渉)、以上の一六項目の事項が指定されている。

次に、原告が差止めを求める弁護士法五八条二項による綱紀委員会の調査の意義について検討する。

弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし(弁護士法一条)、訴訟事件その他一般の法律事務を行うことを職務とし(弁護士法三条)、他方で、弁護士でない者は法律事務を取り扱うことを業とすることが禁止されている(弁護士法七二条)。弁護士がこのように重要な使命と職責を有することから、弁護士法は、弁護士の資格を定めるとともに(弁護士法四条以下)、弁護士となるには、日本弁護士連合会に備えた弁護士名簿に登録し(弁護士法八条)、弁護士会の会員とならなければならないこととする一方で(弁護士法九条、一〇条、三六条)、弁護士法又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったときは、所属弁護士会又は日本弁護士連合会による懲戒を受けることとされている(弁護士法五六条、六〇条)。

このうち所属弁護士会による懲戒についてみると、弁護士会は、弁護士の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする法人であり(弁護士法三一条)、弁護士は、弁護士法又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったときは、懲戒を受け(弁護士法五六条一項)、懲戒は、①戒告、②二年以内の業務の停止、③退会命令、④除名の四種類とされ、その弁護士の所属弁護士会が、懲戒委員会の議決に基づいて行うが(弁護士法五六条二項、五七条)、懲戒の手続として、弁護士会は、所属の弁護士について、懲戒の事由があると思料するとき又は懲戒の請求があったときは、綱紀委員会にその調査をさせなければならず(弁護士法五八条二項)、弁護士会は、綱紀委員会がこの調査により弁護士を懲戒することを相当と認めたときは、懲戒委員会にその審査を求めなければならないものとされている(弁護士法五八条三項)。綱紀委員会は各弁護士会に置かれ、委員はその弁護士会の会員の互選により(弁護士法七〇条一項、三項)、懲戒委員会は各弁護士会及び日本弁護士連合会に置かれ、委員長及び委員若干人をもって組織する(弁護士法六五条、六六条)。所属弁護士会から懲戒処分を受けた弁護士は、行政不服審査法八条により日本弁護士連合会に審査請求をすることができ、日本弁護士連合会は、この審査請求に対して裁決をする場合には、懲戒委員会の議決に基づかなければならない(弁護士法五九条)。懲戒についての審査請求を却下され若しくは棄却された者は、東京高等裁判所にその取消しの訴えを提起することができる(弁護士法六二条一項)。所属弁護士会の懲戒の処分に関しては、これについての日本弁護士連合会の裁決に対してのみ、取消しの訴えを提起することができる(弁護士法六二条二項)。

以上のとおりの弁護士法が定める弁護士の使命と職責の重要性並びにこれを担う弁護士の品位を保持するために弁護士会による懲戒制度が果たすべき機能を前提として、弁護士会の綱紀委員会の調査について検討すると、弁護士会の綱紀委員会が行う懲戒に関する調査は弁護士会の内部の行為にとどまり調査の対象となった弁護士に直接の法律上の不利益をもたらすものではなく(弁護士法六三条参照)、他方で、弁護士法は、所属の弁護士について懲戒の事由があると思料するとき又は懲戒の請求があったときは綱紀委員会に調査をさせることを弁護士会に義務づけ、綱紀委員会に対しては、懲戒を相当と認めたときは懲戒委員会の審査を求めることを義務づけていることからみて、弁護士会の綱紀委員会による調査は、弁護士が法律により与えられた重要な使命・職責を果たすためにはその規律と品位を保持することが必要であることから、そのための制度的な担保としての弁護士会による所属弁護士に対する懲戒制度を適正に運営するために、懲戒委員会の審査の前提となる懲戒事由の存否及び懲戒の相当性について調査することを目的とするものであると認められる。

このような弁護士の職責や懲戒制度の重要性とその中での綱紀委員会の調査の性質ないし効力を踏まえて検討すると、弁護士会の綱紀委員会による調査により、その調査の対象となった弁護士に対して何らかの事実上の不利益がもたらされるとしても、そのような不利益は、弁護士がその重要な職責を果たしていくために負担すべき責任の一端にすぎないのであって、また、仮に綱紀委員会が懲戒を相当として懲戒委員会の審査がされて懲戒処分がされたとしても、懲戒処分に対して審査請求をし、取消しの訴えを提起して争うことは法律専門家である弁護士にとっては容易なことであると判断すべきであるから、特段の事情がない限り、調査の対象とされることによって弁護士が受ける不利益を独占禁止法二四条にいう「著しい損害」であると評価することはできないし、また、その程度の不利益を与えるにすぎない行為を独占禁止法二条九項が不公正な取引方法の要件として規定する「公正な競争を阻害するおそれがある行為」に当たると評価することもできないと解すべきである。そして、調査による不利益を弁護士がその職責上負担すべき責任の範囲を超えて独占禁止法二四条の「著しい損害」に当たるとし、また、そのような不利益を与える行為を「公正な競争を阻害するおそれがある行為」に当たるとすることができる特段の事情がある場合とは、弁護士会の懲戒処分が弁護士の品位を保持する上で果たすべき重要な機能を考慮すると、調査対象の非行事実が懲戒事由に当たらないことが明らかであるとか、調査対象の非行事実を根拠づける証拠が全くないなど、所属の弁護士に懲戒の事由があると思料すべき事由が存在しないにもかかわらず、弁護士会がその弁護士の事業活動を妨害することを目的としてあえて調査を行っていることが明白であるような極めて例外的な場合に限られるというべきである。

本件においては、別紙調査命令書のとおり、疑われる非行事実は、①事件周旋を業とする疑いのある者との継続的な関係に基づいて事件の周旋を受け、弁護士としての品位を失うべき非行を行った、②原告の弁済案が調査命令書添付の「クレジット・サラ金処理の東京三弁護士会統一基準」を遵守することなく、業者の帳簿上の残債務をそのまま認め、場合によっては若干の将来利息相当額を上乗せしている行為は重大な職務懈怠である、というものであり、その事実自体は懲戒事由に明らかに当たらないものとはいえない。そして、《証拠省略》によれば調査対象の非行事実を疑うに足りる相当な事由があると認められる。

そうであるとすると、本件において、被告東京弁護士会が所属弁護士である原告に対して本件調査命令に基づく調査を行うことによって原告が何らかの不利益を受けるとしても、これを独占禁止法二四条にいう「著しい損害」に当たるということはできないし、その調査をもって「公正な競争を阻害するおそれがある行為」に当たるということもできない。また、本件調査をもって、被告東京弁護士会が、事業者団体として事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにし(独占禁止法八条一項五号)、又は事業者として不公正な取引方法を用いるために(独占禁止法一九条)、その目的の一環として行なっている、原告が受任した全事件の解任、辞任を意図する懲戒権を濫用する取引妨害行為である、とする原告の主張に関していえば、本件調査命令の対象となった非行事実に関して懲戒の事由があると思料すべき事情が一応認められる前記の事実関係からみて、前記一般指定に定める不公正な取引方法の事業者団体における差別的取扱い等(第五項)、あるいは競争者に対する取引妨害(第一五項)、あるいはそのほかのいずれの類型の不公正な取引方法についてみても、本件調査命令について、これを不公正な取引方法に該当する行為であると認めることはできないというべきである。

以上のとおりであるから、本件調査命令について独占禁止法二四条に基づいて差止めを求める原告の請求は、そのほかの点について判断するまでもなく理由がない。なお、被告は、本件調査命令はいかなる意味においても不公正な取引方法等の行為類型に該当せず、したがって、本件請求は、差止請求の対象適格を欠く不適法な訴えとして却下されるべきであると主張するが、弁護士会の綱紀委員会が行う調査について、それがおよそ独占禁止法二四条による差止請求の対象とならないと解すべき根拠はないから、原告の請求を不適法とすべき理由はない。

よって、原告の請求は理由がないので棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林久起 裁判官 河本晶子 新田和憲)

<以下省略>

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