東京地方裁判所 平成13年(ワ)9848号 判決 2001年12月26日
原告
齋藤大治
ほか一名
被告
宇根正巳
主文
一 被告は、原告齋藤大治に対し金三八七五万九八六八円、同齋藤利恵子に対し金三八七五万九八六八円及びこれらの各金員に対する平成一〇年一〇月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを八分し、その七を被告の、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告齋藤大治に対し金四四三五万三三九八円、同齋藤利恵子に対し金四四三五万三三九九円及びこれらの各金員に対する平成一〇年一〇月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び容易に認定し得る事実
(一) 事故の発生
ア 日時 平成一〇年一〇月二二日午後一〇時二五分ころ
イ 場所 東京都中野区鷺宮五丁目二番地先道路(通称新青梅街道、以下「本件道路」という。)上
ウ 被告車 被告の運転し、保有する普通乗用自動車
エ 齋藤車 齋藤総一(昭和五五年三月一九日生。当時一八歳。以下「総一」という。)の運転する普通自動二輪車
オ 事故態様 本件道路を環七通り方面から環八通り方面に向かって走行する被告車が左方に進路変更した際、被告車の左側面後部が、左後方から走行してきた齋藤車の右側面に衝突し(以下「本件事故」という。)、路上に転倒した総一が死亡した。
(二) 被告の責任
被告には、左方に進路変更するに当たって、後方車に対して進路変更の合図をせず、かつ、左後方の車両の有無及び安全を確認しなかった過失がある。
(三) 原告らの相続
総一は、原告齋藤大治及び同齋藤利恵子の子である。
(四) 総一の損害額及び被告の既払金
総一には、治療関係費三五二万六七九〇円、文書費二〇〇〇円、逸失利益五一七五万一七二五円、物損二六万八四六〇円の損害が生じている。
被告からの既払金は三五二万六七九〇円である。
二 争点
(一) 過失相殺の肯否とその割合
ア 被告の主張
本件道路は、本件事故現場に設置されたゼブラゾーンによって走行車線の道路幅員が狭くなる構造であり、それを熟知する総一としては、前方を注視して、先行車両である被告車との車間距離、制限速度を遵守し、かつ、上記の道路状況を考えて運転していれば、本件事故は回避できたはずであり、本件事故の発生について、総一にも相当程度の過失がある。
イ 原告らの主張
齋藤車は被告車の後方ではなく左後方を走行していたのであるから、二車両間の車間距離を論ずるのは失当であるし、齋藤車の速度は時速四〇キロの速度制限を若干上回る程度にすぎない。
本件事故は、被告車の突然の車線変更及び急激な減速によって生じたものであるから、総一の損害について過失相殺すべきではない。
(二) 損害額の算定
ア 原告らの主張
(ア) 葬儀関連費用(請求額 三六八万四六一二円)
葬儀費用二五六万三九八七円、仏壇購入費五九万〇六二五円、建墓費五三万円の合計額である。
(イ) 慰謝料(請求額 二五〇〇万円)
(ウ) 弁護士費用(請求額 各四〇〇万円)
イ 被告の主張
いずれも否認する。
自賠責保険金の請求手続をとれば三〇〇〇万円を早期に取得することができ、その弁護士報酬額は二パーセントの六〇万円が標準となる。したがって、弁護士費用を算定する上で、その点を考慮すべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点一(過失相殺の肯否とその割合)
(一) 本件事故の態様について
甲一、二の一、三から一六、甲二四、二五、乙一、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故現場付近の状況
本件道路とその周辺の道路状況、形状等は別紙図面のとおりである(なお、本件道路上には、長さ四・九メートルのタイヤ痕と、それを挟んで五・四メートルと一一・六メートルの二条の擦過痕が印象されている。)。
本件事故現場は、本件道路の環七通り方面から環八通り方面に向かう車線上であり、本件道路から鷺宮駅方面に分岐する道路と千川通り方面に分岐する道路とが交差する通称武蔵丘高校入口交差点(以下「本件交差点」という。)の停止線手前約一九・二メートル、歩道縁石から一・一メートルの地点に位置する。
本件道路の環八通り方面の車線は一車線であるが、その幅員は、本件交差点手前では約五・二メートルであるのに対し、本件交差点の向こう側は約三・八メートルに狭まっている。そのため、本件道路を環八通り方面に直進しようとする車両にとっては、本件交差点を直進して通過すると急激に道路幅員が狭まり、対向車線にはみ出す危険が生ずることから、本件交差点手前にはゼブラゾーンが設置されており、本件交差点を直進しようとする車両を誘導するとともに、右折しようとする車両が待機する空間を作り出す構造となっている(甲二の四の写真四、五)。
イ 被告車の進行状況と被告の運転行動
(ア) 被告車が本件事故に遭遇するまでの経過
被告は、本件事故前にもしばしば本件道路を走行した経験を有しており、本件交差点の手前及び向こう側における本件道路の形状やゼブラゾーンの道路標示等を熟知していた。
被告は、本件事故当時、本件道路の中央線寄りを環七通り方面から環八通り方面に向かって時速約五〇キロで進行していたが、本件交差点手前のゼブラゾーンを通過しないで本件交差点を直進しようと考え、別紙図面<1>地点付近で、前示速度を維持したまま、左後方の安全確認を行わず、かつ、左折指示灯を点灯させずに左に寄るための左ハンドル操作を行った。そして、進路変更を行っている最中、すなわち左斜めに進行している状況にあった<2>地点付近で、後方から接近してくる、齋藤車とは別の自動二輪車(以下「訴外バイク」という。)の前照灯が左ドアミラーを通じて目に入ったのでアクセルから右足を離し、<3>地点付近に至ったとき、訴外バイクが被告車の左側方を通過していったため、驚いた被告は、とっさに右ハンドルを切って直進体勢に戻すとともに、ブレーキ操作を講じて減速した。その直後、後方からブレーキ音が聞こえ、<4>地点付近に至った、時速約二〇キロの速度となったときに齋藤車と衝突するに至った。
(イ) 被告車の進行状況を前示のとおり認定する理由
被告車の進行状況については、捜査官が被告に対する事情聴取を繰り返し試みており、<1>地点付近から<2>、<3>、<4>地点付近まで移動した軌跡自体は整合している。
しかし、本件事故態様を認定する上で極めて重要な、どの地点でどのような減速のための運転操作をしたのか、その理由は何か、という点、すなわち、当初の走行速度である時速約五〇キロから衝突時の時速約二〇キロ(原告の当初の認識は時速約三〇キロ)に減速するに至る運転操作に関する具体的経過については、被告の供述は一貫しておらず、当初の捜査段階では、<2>地点付近まではブレーキ操作をせずにアクセルから足を離したのみであり、<3>地点付近で更に減速した旨供述しながら(甲二の一〇、一二)、最終的には、<1>地点付近で時速三〇キロに減速し、更に<2>地点付近でブレーキを踏んだかもしれないと供述するに至り(甲二の一五)、減速操作の契機となった交通状況を含め、その供述の変遷を納得させるに足りる合理的事情がうかがえず、被告車の走行態様が甚だ不明確となっている。
そもそも、本件道路上のゼブラゾーンの誘導標示の存在を知っており、かつ、後方車に対する安全確認をしようともしていなかった被告が、本件交差点手前で進路変更するために、あらかじめ、わざわざ自車の速度を減速する(甲二の一五)ことは、特段の事情がうかがえない本件では考えにくく、被告が減速措置(アクセルから右足を離すこと、更にはブレーキ操作を行うこと)を講じたとすれば、被告にとって、それを強く動機付ける交通状況の予想外の変化が生じたためであると理解するのが自然である。そして、本件では、それは、訴外バイクが被告車の後方から急接近し、かつ、至近距離で被告車を左側方を通過していったことであると解することができる。
したがって、被告が<1>地点付近で減速したとの供述部分は採用できず、被告は訴外バイクの接近を知った<2>の地点付近でまずアクセルから右足を離して加速を停止してエンジンブレーキを効かせ、さらに、訴外バイクが間近に通過して衝突の危険を具体的に感じた<3>地点付近で、被告は、危険状態から脱するためのとっさの運転行動として右ハンドル操作と制動措置を同時に講じたと考えるのが合理的であると考えられる。
(ウ) まとめ
被告は、本件交差点を直進通過するために本件道路の中央線寄りから左寄りに進路変更するに当たって、左後方の安全確認を全くしなかった上に、後方車に対する警鐘となる進路変更の合図である左折指示灯を点灯させず、かつ、進路変更完了直後に、後方車との車間距離を短時間で狭める結果をもたらす急激な制動措置を講じた。
ウ 齋藤車の進行状況
総一は、アルバイト等の行き来に齋藤車を運転して日常的な交通経路として本件道路を利用しており、本件事故当時は帰宅途中であったと考えられる。
総一は、本件事故直前、本件道路を環八通り方面に向かう車線のやや歩道寄りを時速四〇キロの速度規制を上回る時速約五〇キロで走行していた。
齋藤車は、走行車線の中央線寄りを時速約五〇キロの速度で走行する被告車の左後方を追走する状況であったが、本件事故現場手前で、被告車が、齋藤車の直進進行しようとする前方(走行車線の歩道寄り)に進路変更してきた上、突然、急制動措置を講じたため、総一は、齋藤車と被告車との間隔が急激に縮まり衝突の危険を感じた。
しかし、前示速度で走行していた総一は安全に衝突回避措置を講ずる間もなく、齋藤車は左側に横転して滑走し、被告車と衝突するに至った。
(二) 過失相殺の肯否と過失相殺率
ア 以上のとおり、被告は、自車の時速五〇キロの走行状態を維持したまま本件交差点を直進進行するために左側に進路変更しようと考えたが、左後方に対する安全確認を全く行わず、かつ、左後方から走行してくる車両に対する警鐘措置である左折指示灯を点灯させることもないまま左側への進路変更を敢行し、しかも、進路変更を実行した直後に、後方から走行してくる車両との間隔を急激に狭める結果をもたらす不用意な急制動措置を講じたものであって、本件事故は、被告の度重なる不注意な運転操作に起因したものといわざるを得ず、被告には、本件事故発生に対する重大かつ深刻な過失責任があるといわなければならない。
イ 一般に、右前方を走行する車両が、左折指示灯を点灯せずに突然左側への進路変更を敢行し、かつ、その直後に急制動措置を講じた場合、その車両に衝突(多くの場合、その態様は追突となる。)することは避けられず、特段の事情のない限り、その追突車両の運転者に対して、衝突事故の発生に対する過失責任を問うことは相当ではない。
しかし、本件では、総一は、一般の運転者とは異なり、本件道路の環八通り方面の車線が本件交差点の手前と向こう側で幅員が異なるため、本件交差点を直進しようとする車両は、ゼブラゾーンの誘導標示に沿って歩道寄りを走行しなければならないことを知っていたと考えられる。
そのような総一が、右前方を自車と同程度の速度で走行する被告車が本件交差点に接近しつつあるのに右折指示灯を点灯させず、かつ、制動措置も講じていないこと(ブレーキランプが点灯していないこと)を視認すれば、総一は、被告車が本件交差点を直進しようとしていること、又は、その可能性が十分あることを想起し、本件道路の中央寄りをそのまま直進して本件交差点を通過できない以上、本件交差点手前のいずれかの段階で左側に進路変更する可能性があることを容易に予測することができたはずである。総一は、右前方を走行する被告車が、本件交差点をどのように通過するのか、すなわち、直進(左側に進路変更することになる。)、左折(左側に進路変更した上左折のために減速することになる。)又は右折(多くの場合、そのまま直進して減速し、交差点手前で停止又は徐行することになる。)のいずれを選択するのか、を注視し、どのような状況にも対応可能な安全な速度と車両間隔を保持して走行すべきであったということができる。
ウ 前示のとおり、総一がそのような運転行動をとったとは認め難い本件では、総一にも安全運転義務を尽くさなかった過失があったといわなければならないが、被告の過失責任の重大性を考慮すると、その程度はわずかであり、過失相殺率は五パーセントにとどめるのが相当であると判断する。
二 争点二(損害額の算定)
(一) 葬儀関連費用 一五〇万円
人は遅かれ早かれ死は免れず、それゆえ葬儀関連費用の支出も避けられないのであるから、本件事故によって死亡した総一のために支出した葬儀関連費用全額をもって損害と認定することはできず、一五〇万円をもって相当な損害と認める。
(二) 慰謝料 二三〇〇万円
総一は死亡時一八歳の大学一年生であり、若き命と将来への夢を突如絶たれた精神的苦痛(総一に先立たれた両親の精神的苦痛も本人のそれとして評価する。)は察するに余り、前示金額を慰謝料とするのが相当である。
(三) 小計(前示争いのない損害額も含む) 八〇〇四万八九七五円
(四) 過失相殺(五パーセント控除)後の金額 七六〇四万六五二六円
(五) 既払金(三五二万六七九〇円)控除後の金額 七二五一万九七三六円
(六) 原告ら相続後の金額 各三六二五万九八六八円
(七) 弁護士費用 各二五〇万円
本件事案の難易度、原告ら代理人の訴訟活動の内容等を総合的に考慮した。
(八) 合計 各三八七五万九八六八円
三 結論
よって、原告らの請求は、被告に対し、それぞれ金三八七五万九八六八円及びこれらの各金員に対する平成一〇年一〇月二三日(本件事故日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 渡邉和義)
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