東京地方裁判所 平成13年(刑わ)1860号 判決 2001年12月25日
主文
被告人を懲役二年に処する。
この裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、Bらと共謀の上、国際運転免許証の作成権限がないのに、「国際旅行連盟」(インターナショナル・ツーリング・アライアンス。以下同じ)作成名義の国際運転免許証様の物を偽造しようと企て、平成一二年一一月一七日ころから翌一八日ころまでの間に、東京都台東区東上野《番地省略》所在のA野ビル六階にあるインターナショナル・ツーリング・アライアンス東京事務所において、行使の目的をもって、ほしいままに、被告人において、Bから入手した「国際旅行連盟」と英語で刻された印章様のものが印字された国際運転免許証様の白色冊子の裏表紙に「No1001215748」などとゴム印を使って冒書し、運転可能な車両に関する頁の牽引車が表示されたE欄に「I.T.A」と刻した印鑑を冒捺し、運転者に関する頁の姓欄に「C」、名欄に「D」、出生地欄に「TURKEY」、生年月日欄に「14 JAN 1971」などとゴム印を使って冒書した上、同頁にCの顔写真一枚を貼付して「I.T.A」と刻した印鑑及び「国際旅行連盟」と英語で刻すなどした圧着印を同写真との割り印として冒捺するなどし、もって、Cが牽引車両の運転資格を得たことを証明する内容の「国際旅行連盟」作成名義にかかる国際運転免許証様の物一通(平成一三年押第一六一二号の二)を偽造したものである。
(証拠の標目)《省略》
(弁護人の主張に対する判断)
第一 弁護人は、被告人は「国際旅行連盟」から同連盟発行の白色冊子に必要事項を記入する等の権限を付与されていたから、被告人の行為は文書偽造に当たらず、被告人は無罪であると主張するので、以下被告人に有印私文書偽造罪の成立を認めた理由について補足して説明する。
第二 関係各証拠によれば、以下の各事実が認められる。
一 被告人は、平成一〇年末ころ、アメリカ合衆国ロサンゼルスに居住している実弟・Bから電話で「国際運転免許証を売る仕事をしないか」と誘われ、その後平成一一年二月知人とアメリカに行った時にBから被告人名義のATA(アメリカン・トラフィック・アソシエーション)発行の国際運転免許証様の物を二五〇ドルで入手して使用した。被告人は、その経験からBの勧めに応じ、同年夏ころから判示A野ビル六階の事務所(以下「東京事務所」という)において、ATAのほか、AAI(アメリカン・オートモービル・インターナショナル)やITAが発行する国際運転免許証様の物を販売するようになり、その後平成一二年一月下旬ころからは、ITAが発行する国際運転免許証様の物のみを販売するようになった。
二 ところで、ITA発行の国際運転免許証様の物を販売する方法は、当初は、被告人又は東京事務所の従業員が、同事務所において、依頼者のパスポートや自動車運転免許証の各コピー、写真等の必要書類と代金を受領して注文を受け付けた後、それらの書類をロサンゼルスに居住するB宛てに国際郵便で送付し、その後同人から五年間の有効期間が記入された青色冊子型とカード型の各国際運転免許証様の物の送付を受けて依頼者に交付するというものであった。ところが、その後平成一二年の春ころ、Bから、「日本用として、有効期限を一年間とする白色冊子の国際運転免許証の台紙を送るから東京事務所で必要事項を記入し、依頼者に交付してくれ」と言われ、そのころ東京事務所にITA(インターナショナル・ツーリング・アライアンス)名義の「認定証明書」(平成一三年押第一六一二号の四)が届けられた。そこで、被告人は、それ以後は、従来どおりBから送付されてくる青色冊子型とカード型の各国際運転免許証様の物のほかに、東京事務所において、Bからまとめて送付されてきた国際運転免許証様の白色冊子型の台紙に、被告人又は上記従業員が、青色冊子型の国際運転免許証様の物を参考にしながら、アラビア数字やアルファベットのゴム印等を使用して有効期間や運転者に関する事項等を記入するなどして白色冊子型の国際運転免許証様の物を作成し、併せて依頼者に交付するようになった。
三 東京事務所の従業員・Eは、平成一三年一〇月一八日CからITAの国際運転免許証様の物の注文を受けた後、同年一一月一日必要書類をB宛てに送付した。そして、同月一七日Bから青色冊子型の国際運転免許証様の物(前同押号の一)とカード型の国際運転免許証様の物(前同押号の三)が送付されてきたので、被告人は、判示のとおり、同日ころから翌一八日ころまでの間に、東京事務所において、青色冊子型の国際運転免許証様の物を参考にしながら、国際運転免許証様の白色冊子型の台紙の裏表紙等にアラビア数字やアルファベットのゴム印等を使用して有効期間や運転者に関する事項等を記入するなどして国際運転免許証様の物一通(前同押号の二、以下「本件国際運転免許証様の物」という)を作成した。その後同月二〇日同事務所の従業員・FがCに本件国際運転免許証様の物を交付した。
四 なお、被告人が作成した本件国際運転免許証様の物は、大きさが縦約一五三ミリメートル、横約一〇六ミリメートルの白色冊子型のもので、その表紙には英語と仏語で「国際自動車交通」、「国際運転免許」、「一九四九年九月一九日の国際道路交通に関する条約」(国際連合)との記載とITA(インタナショナル・ツーリング・アライアンス)との文字が記載されたスタンプが印字されている。また、その裏表紙には有効期間等が、二頁目以降には英語、日本語、フランス語等による免許の種別や内容、また、英語による加盟国の一覧表等がそれぞれ記載され、さらに、最終頁にはCの姓名等の記載があり、同人の写真が貼付されている。
五 他方、「一九四九年九月一九日の国際道路交通に関する条約」は通常「ジュネーブ条約」と呼ばれており、同条約の附属書一〇によれば、同条約に基づく国際運転免許証の様式は、縦一四八ミリメートル、横一〇五ミリメートルの大きさで、表紙が灰色、各頁が白色と定められており、表紙には発給国の一又は二以上の国語で「国際自動車交通」、「国際運転免許証」の文字のほか、「国際道路交通に関する条約の締結年月日」、「発給国名」、「発給地名」、「発給年月日」を記載し、さらに当局又は権限を与えられた団体の署名又はシールを押捺し、追補の頁には発給国の法令で定める言語や国際連合の公用語等の言語による免許の種別や内容等を記載し、免許保有者の写真を貼付するものとされている。そして、これと本件国際運転免許証様の物を比較すると、本件国際運転免許証様の物の表紙には「発給国名」、「発給地名」、「発給年月日」の記載がないものの、その形状やその他の記載内容等はジュネーブ条約に基づく正規の国際運転免許証の様式に極めて酷似している。
第三 ところで、弁護人の上記主張は、本件国際運転免許証様の物の作成名義人が「国際旅行連盟」であることを当然の前提としているので、まず、この点について検討する。私文書偽造罪の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることによって、文書に対し社会一般が抱く公共の信用を害することにあると解される(最高裁判所平成五年一〇月五日第一小法廷決定・刑集四七巻八号七頁参照)から、問題となる文書の作成名義人を決定するに当たっては、文書に記載されている団体名や個人名等のほか、文書の形状や記載内容、更には文書から窺われる使用目的なども考慮した上で、その文書から認識される人格主体は誰かを判断するのが相当である。これを本件国際運転免許証様の物についてみると、上述したように、その表紙には、ITAとの文字が記載されたスタンプが印字されているとはいえ、英語と仏語による「国際自動車交通」、「国際運転免許」、「一九四九年九月一九日の国際道路交通に関する条約」(国際連合)との記載等があるだけでなく、その裏表紙には一年間の有効期間等が、二頁目以降には英語等による免許の種別や内容、また、英語による加盟国の一覧表がそれぞれ記載され、さらに最終頁にはCの姓名等が記載されて同人の写真が貼付されているのであって、その記載内容等はジュネーブ条約に基づく国際運転免許証に極めて酷似しているのみならず、その大きさや色もほぼ同様であって、本件国際運転免許証様の物が、ジュネーブ条約に基づき正規に発給された国際運転免許証として使用される意図の下に作成されていることは明らかである。したがって、このような本件国際運転免許証様の物の形状や記載内容等に照らすと、その作成名義人は、「ジュネーブ条約に基づき国際運転免許証を発給する権限を有する団体としてのITA」と解するのが相当である。
第四 そして、ジュネーブ条約二四条三項によれば、同条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有するのは、同条約の「締約国若しくはその下部機構の権限ある当局又はその当局が正当に権限を与えた団体」とされているところ、被告人がITAから送られたという上記認定証明書中にはITAがアメリカ合衆国国務省から国際運転免許証の発給権限を与えられたかのような記載があるので、この点についてみると、Gの検察官調書(甲三〇)、資料の翻訳結果報告書(甲三)等の関係各証拠によれば、アメリカ合衆国がジュネーブ条約に基づく国際運転免許証の発給権限を与えているのはAAA(アメリカン・オートモービル・アソシエーション)とAATA(アメリカン・オートモービル・ツーリング・アライアンス)の二団体だけであって、ITAなる団体に対してそのような権限を与えていないことが認められる。また、弁護人が提出したITAの定款(弁二)には、同社はメキシコ合衆国で設立され、その営業目的は国際運転免許の発行の手続を行うことにあると記載されているので、この点についてみると、証人Hの公判廷供述、有印私文書偽造被疑事件捜査報告書(甲三五)等の関係各証拠によれば、メキシコ合衆国は、ジュネーブ条約には加盟していないこと、また、同国は、アメリカ合衆国とカナダとの二国間の覚書に基づく州連邦運転免許証の発行権限をメキシコ自動車協会に与えているものの、ITAなる団体にそのような権限を与えていないことが認められる。そうすると、弁護人が主張するにようにITAなる団体が仮に実在するとしても、被告人がジュネーブ条約に基づく国際運転免許証を作成する権限を有していなかったことは明らかである。
第五 さらに、本件国際運転免許証様の物の作成名義人は、上述したように、「ジュネーブ条約に基づき国際運転免許証を発給する権限を有する団体としてのITA」と解されるところ、そのような団体が実在しない以上、それは弁護人が主張するITAなる団体とは別の人格主体と言うべきであるから、被告人が上記白色冊子型の台紙にゴム印等を使用して判示行為に及び本件国際運転免許証様の物を作成した行為は、架空団体名義による文書を偽造した行為に当たると解することができる。(なお、弁護人は、被告人がITAなる団体から上記白色冊子型の台紙に必要事項を記入する権限を与えられていたと主張し、被告人も、上記認定証明書が被告人の権限を証明するものであると供述する。しかし、同証明書の記載は、一九六九年一一月に締結されたウィーン条約(実際の締結は一九六八年である)に基づく国際運転免許証を発行する手続に関し被告人に必要な権限を付与するという内容であるのに対し、本件国際運転免許証様の物は、同条約とは異なるジュネーブ条約に基づいて発行される体裁となっていることからすると、同証明書が、被告人に上記白色冊子型の台紙に必要事項を記入する等の権限を付与したことを証明するものであるとは言えず、他に、ITAが被告人にそのような権限を付与したことを客観的に証明する契約書等の書類も全く存在しないこと、その上、被告人の供述によっても、被告人は、これまでITAの関係者と直接接触したことは一切なく、国際免許証様の物の販売等に関しては全てBから話があったに過ぎないことからすれば、被告人が、弁護人の主張するITAなる団体から真実上記白色冊子型の台紙に必要事項を記入する権限を付与されていたのかさえも疑わしいと言わざるを得ない。)
第六 ところで、被告人は、公判廷において、被告人が販売していた国際運転免許証様の物については、Bから法的問題はないと言われ、同人が実兄を騙すはずはないと信用していたし、アメリカ合衆国でATA発行の国際運転免許証様の物を警察官に提示した時も咎められなかったことから、正規のものだと思っていたと述べて、偽造の故意を争う供述をしている。しかし、被告人の供述によっても、被告人は、Bから国際運転免許証様の物を販売する仕事を誘われた際、それは「国際運転免許証を裏で取得できるシステム」だと聞いていたこと、その際、Bからは、一セット当たり三五〇米ドルから四〇〇米ドルが欲しいと言われただけで、その販売代金についての指示はなく、被告人が適当に数万円から二〇数万円までの値段を付けながら販売する中で最終的には七万円に落ち着いたこと、一方、被告人は、平成八年ころに江東試験場において自らの自動車運転免許に基づいて国際運転免許証を取得した経験があり、その時の発給者は国家公安委員会であり、その手数料も数千円程度に過ぎなかったこと、さらに、被告人名義のATA発行の国際運転免許証様の物は、被告人自身アメリカ合衆国で自動車運転免許を取得したことがないのに二五〇米ドルを払っただけで入手できたことが認められるのであって、これらの事実に照らすと、被告人が、Bから送られてくるATAやAAI、ITA発行の国際運転免許証様の物を正規のものと思っていたとは到底信じ難い。のみならず、被告人は、その後Bの指示を受けて、ITA発行の白色冊子型の国際運転免許証を東京事務所で作成するようになったものの、BはITAの役員や関係者ではない上、被告人がITA関係者と直接接触したこともなかったこと、しかも、被告人がITA発行の国際運転免許証様の物を販売したり、上記白色冊子型の台紙に必要事項を記入したりすることに関し、ITAとの間で交わした契約書等の書類はもとより、その作成要領さえ存在しないこと、実際、被告人らが上記白色冊子型の台紙に必要事項を記入するに当たっては、市販されていたアルファベットや数字のゴム印、あるいは三文判の「I.T.A」と刻した印鑑等を使用していただけでなく、写真に代えてカラーコピーを代用したこともあったこと、さらに、青色冊子型及びカード型の国際運転免許証様の物の表紙に印字されている団体名のITAは「インターナショナル・トランスポート・アソシエイション」であって、白色冊子型の表紙に印字されている団体名の「インターナショナル・ツーリング・アライアンス」とも異なっていることが認められる。そして、これらの諸事情に照らすと、被告人も、「ジュネーブ条約に基づき国際運転免許証を発給する権限を有する団体としてのITA」は実在せず、被告人が作成している本件国際運転免許証様の物が正規のものでないことは十分に認識していたと推認できるから、被告人の認識において偽造の故意に欠けるところはないと言える。
第七 以上のとおり、被告人が本件国際運転免許証様の物を作成した判示行為は有印私文書偽造罪に当たると解されるのであって、弁護人の主張は理由がない。
(法令の適用)
罰条 刑法六〇条、一五九条一項
刑執行猶予 同法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、被告人が実弟らと共謀の上で本件国際運転免許証様の物を偽造したという事案であるが、被告人の判示偽造行為によって作成された本件国際運転免許証様の物の形状や記載内容等は、ジュネーブ条約に基づいて発給される正規の国際運転免許証に極めて酷似した精巧なもので、国際運転免許証に対する社会一般の公共の信用を害すること甚だしく、悪質な犯行であると言わざるを得ない。しかも、被告人は、利益を得るために以前から白色冊子型の国際運転免許証様の物の偽造を続けてきていたもので、本件は常習的かつ計画的な犯行であり、被告人の規範意識の鈍磨も明らかであって、その刑事責任は重いと言わざるを得ない。
他方、被告人には、少年時代の非行歴や多数の交通違反歴があるものの、これまで前科はないこと、現在世話をしなければならない実母と同居していることなど、被告人のために酌むべき事情も認められる。そこで、被告人に対しては、今回に限り懲役刑の執行を猶予し、社会内において更生する機会を与えることにした。
(検察官 倉又彰出席)
(求刑 懲役二年)
(裁判官 川口宰護)