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東京地方裁判所 平成13年(刑わ)2362号 判決 2002年1月25日

主文

被告人を懲役3年に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,借用名下に金員を騙し取ろうとの意図の下,平成11年7月23日ころ,東京都文京区ab丁目c番d号所在のeビル前から同都練馬区fg丁目h番i号所在のjビルまでの間を走行中の普通乗用自動車内において,A(当時61歳)に対し,真実は,当時自らが理事を務めていた財団法人B留学生協力会(以下「財団」という。)に外務省等から拠出金等が支給される見込みはないのに,これがあるかのように装い,「現在国会の予算審議が遅れている関係から,毎年確実に外務省から下りてくる約2億円の拠出金が財団に下りてくるのも遅れています。外務省からは間違いなく後2箇月くらいで拠出金が出るのですが,その間のつなぎとしての財団の運営資金が不足しています。」などと嘘を言っていたところ,同月24日ころ,上記虚偽の告知によりその旨誤信している上記Aからその所有の金地金を騙し取ろうと企て,返還する意思も能力もないのに,これがあるかのように装い,同都港区kl目m番n号op号室所在の財団事務所から同都新宿区qr丁目s番t20号所在の上記A方に電話をかけ,上記Aに対し,「外務省の拠出金が出るまでの2箇月くらいですので,金地金を貸してもらえないでしょうか。お礼として,手数料を60万円お支払いします。」などと嘘を言い,確実に金地金の返還が受けられるものと上記Aを誤信させ,よって,同月24日,上記A方において,借用名下に上記Aを欺いてその所有の金地金13キログラム(時価合計約1385万8000円相当)を交付させた。

(量刑の理由)

本件は,財団の理事であった被告人が,その放漫な財団運営から資金難に陥り,金策に奔走していたところ,知人から紹介を受けた被害者から,金地金を詐取した事案である。

財団は,アジア諸国の元日本留学生を日本に招聘したり,その子女等の日本留学につき援助することにより,相互理解を促進し,友好を深めることなどをその活動目的として,外務省や当時の文部省から昭和56年に設立許可を受けた財団法人であり,毎年,C交流基金から助成金を受けるとともに,別団体を経由して外務省から拠出金を受けていた。財団の専務理事を名乗り,その運営資金の管理を一手に掌握していた被告人は,それらを適切に運用するべき責務を負っていたにもかかわらず,ずさんな計画により不相当に高額の支出をしたり,財団の財産を私物化するなどの放漫経営をしたことにより,財団を巨額の債務超過に追い込んだ。さらに,被告人は,上記の資金難やそれに至った経緯について監督官庁に正しい報告もせず,なおも助成金交付の手続を進めるなどするとともに,資金不足を補うためと称して,フィリピンでの金塊探しで一攫千金を目論むという常軌を逸した夢想に耽り,結局これに注ぎ込んだ多額の資金をそのまま失ったり,多数の者から高利で多額の金員を借り入れたりしていた。そして,財団においては,外務省の立入検査を受けた平成11年3月以降は,上記拠出金も受けられなくなり,本件直前の同年7月19日には,C交流基金からも助成金の返納を要求されるに至っていた。近年の厳しい経済情勢により財団の寄付金収入が減少したという事情を考慮に入れたとしても,上記のような本件背景事情について,被告人には酌むべき余地がほとんどなく,その経営感覚及び金銭感覚が欠落していたとしか言いようがない。

被告人は,自らの債権者への金利の支払,上記の金塊探しへの資金に充てるために,第三者に借り入れさせた融資金を騙し取ることを企て,知人から紹介された被害者を標的とすることにした。しかし,結局融資は受けなかったところ,融資を受けられなかったのは自分のせいであると思った被害者から,その所有する金地金を担保に金融機関から借り入れすることを提案されたため,被告人は,これに乗じて,金地金を処分して金員を手に入れようと考え,本件犯行に及んだ。上記経緯からすると,本件は,金地金の詐取については被害者の提案を契機としている面が否定できないから,巧妙に計画された犯行とまではいい難い。しかし,上記提案も被告人の虚偽の言動に欺罔された結果なされたものであったことを考えると,決して偶発的な犯行とはいえない。交付を受けた金地金は,時価合計1300万円を上回る高価なものであり,その損害は大きい。しかも,被告人の欺罔行為は,外務省から約2箇月後に約2億円の拠出金が確実に支払われる旨告げて,返還の確実性を強調するとともに,謝礼又は手数料として60万円もの高額の金員を支払う旨持ち掛けるという,巧妙かつ狡猾なものである。加えて,被告人は,金地金の交付を受けるや否や,躊躇なくこれを直ちに換金処分しており,その代金約1300万円のうち実際に財団の資金繰りに当てられたのはごく一部にすぎず,その大部分は,債権者への金利の支払,長男の車の修理代,金塊探しの資金等に充てられているのであって,悪質である。

被害者は,上記のような多額の損害を被ったのみならず,経営する会社も資金不足からその経営がひっ迫しているというのである。また,被告人に善意を踏みにじられた悔しさも訴えている。しかるに,被告人は,被害者に対し,いまだ何らの慰謝の措置もとっておらず,近い将来において被害弁償がなされる見込みがあるとも認め難い。

以上からすれば,被告人の刑事責任は相当に重い。

そうすると,被告人が本件について素直に事実を認めて,反省していること,被害弁償をしたいという意思は有していること,これまで前科前歴がないこと,新聞社等で責任ある地位を歴任し,一定の社会的貢献をしてきたもので,今後も社会に貢献する仕事をすることで更生したいと述べていること,高齢で糖尿病等を患っていることなど,被告人に有利な事情を最大限斟酌しても,主文の実刑に処するのはやむを得ないものと認めた。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑懲役4年)

(裁判官 横山泰造)

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