大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成13年(刑わ)2917号 判決 2002年5月08日

本籍 東京都北区ab丁目c番

住居 東京都d市ef-g

無職(元国家公務員)

昭和20年2月20日生

本籍 東京都中野区hi丁目j番

住居 東京都k市lm丁目n番o号

無職

昭和24年11月4日生

主文

被告人両名をそれぞれ懲役2年に処する。

被告人Bに対し,この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは,平成7年7月に外務省アジア太平洋経済協力大阪会議開催準備事務局次長に就任し,この会議に使用される会議場の選定等の後方支援業務及び予算執行上の事務等,同事務局の業務全般を総括し決定する実質的権限を有していたもの,被告人Bは,株式会社ホテルD(平成12年の商号変更後は株式会社D。以下「D」という。)営業部国際営業課係長として,同社が経営するホテルD東京の外務省に対する営業を担当していたものであるが,

第1被告人両名は,共謀の上,平成7年10月に上記会議の一環としてホテルD東京で開催されたアジア太平洋経済協力東京高級実務者会合等に要した室料等を水増し請求して外務省から金員を詐取しようと企て,平成8年2月下旬ころ,被告人Bが,東京都千代田区所在の当時の外務省において,同省大臣官房会計課調達室等の職員を介して,同省における予算支出負担行為及び支出の実質的最終決裁権者である同室長の代理決裁権限を有する同課課長補佐兼調達班長Eに対し,真実は被告人Aから指示された割合に基づいて,実際に要した室料等に水増しした額を上乗せした金額であるのに,これを秘し,あたかも上記会合等に関して実際に要した室料等であるかのように装って1億0964万0546円の支払いを請求し,Eをしてこの請求金額が上記会合等に要した実際の室料等であると誤信させて決裁させ,よって,同年3月7日,同区所在の株式会社F銀行本店に開設されたDの普通預金口座に1億0964万0546円を振込入金させ,

第2被告人Aは,Dが経営するホテルD大阪のAPEC接遇準備事務局担当支配人として外務省に対する営業を担当していたCと共謀の上,平成7年11月にホテルD大阪で開催されたアジア太平洋経済協力第7回閣僚会議等に要した室料等を水増し請求して外務省から金員を詐取しようと企て,平成8年3月中旬ころ,Cが,上記外務省において,同省大臣官房会計課調達室等の職員を介して上記Eに対し,真実は被告人Aから指示された割合に基づいて,実際に要した室料等に水増しした額を上乗せした金額であるのに,これを秘し,あたかも上記会議等に関して実際に要した室料等であるかのように装って3億1251万8215円の支払いを請求し,Eをして,この請求金額が上記会議等に要した実際の室料等であると誤信させて決裁させ,よって,同月26日,大阪市中央区所在の株式会社G銀行本店営業部に開設されたDの普通預金口座に3億1251万8215円を振込入金させ,

もって,人を欺いて財物を交付させた。

(量刑の理由)

本件は,外務省幹部職員であった被告人Aが,判示第1の事実については同省担当のホテル従業員であった被告人Bと,判示第2の事実については同じくホテル従業員であった共犯者Cと,それぞれ共謀の上,国際会議に要した費用を水増し請求することによって,2回にわたり,外務省から合計4億2215万円余を詐取し,他方,被告人Bにおいては,判示第1の事実に関し,被告人Aと共謀の上で1億0964万円余を詐取したという事案である。

まず,被告人両名が本件各犯行に至った経緯をみると,外務省の多くの部署では,当該部署に対する営業を担当するDの社員に,国際会議等の経費を水増しして請求させ,実費との差額をその部署ごとにプールし「預り金」と称してDに管理させ,正規の予算からは支出できない経費の支払いに充てたり,同省職員の歓送迎会等の費用に充てたりする取扱いが恒常的になされていた。そして,被告人Aは,昭和53年に同省経済局総務参事官室庶務主任に異動した際,前任者からこの「預り金」の引継ぎを受け,さらに,その翌年ころには「預り金」を個人的にも使わせて欲しい旨Dの当時の担当者に要望し,それ以来ホテルDでの宿泊代などをこの「預り金」で処理させるようになった。他方,被告人Bは,昭和62年ころ,前任者から,被告人Aが個人的に流用している点も含め上記「預り金」について引継ぎを受けたが,その際,同被告人が同省内において国際会議の会議場選定等に大きな影響力を持っていることを知っていたことから,同被告人に便宜を図ってもらうためにはそのような「預り金」の取扱いもやむを得ないものと考え,同被告人の個人的な流用分も含め必要な都度「預り金」による支払いを続けてきた。

このような経緯の中で,被告人Aは,平成7年10月と11月に東京及び大阪で開催されたアジア太平洋経済協力(以下「APEC」という。)関連の会議における後方支援業務等の実質的責任者になったことから,規模の大きな国際会議であればより多額の水増し請求が可能であり,また,個人的に流用していた分が既に相当の額になっていたこともあって,この機会に「預り金」を増やしておこうと考えて本件各犯行に及び,他方,被告人Bは,APEC関連の会議開催場所等にホテルDが選定されればその宣伝効果には多大なものがあるとの考えなどから,被告人Aに積極的に協力して判示第1の犯行に及んだものであって,いずれの被告人に関しても,その経緯及び動機に酌むべき事情はない。のみならず,被告人Aにおいては,本来高い倫理性や廉潔性が要求される公務員として,また,上記APEC関連の会議における後方支援業務等の実質的責任者として,重大な職責を担うと共に,国民から負託された予算の厳格な執行を委ねられた責任ある立場にありながら,その地位や権限を悪用し多額の国費を詐取したものであって,同被告人の行為は強い非難に値する。

その上,本件各犯行の態様を見ると,被告人Aが,被告人BやCに対し,水増し請求をする項目やその割合等を指示し,これに基づいて被告人Bらは,ホテルD等の担当者らをして,経費算定の基礎となる資料を作り直させ,この水増しされた内容の資料に基づいて計算した見積書や請求書等を作成した上で,外務省に対し,外見上も経費の水増しが行われていることが全く分からないような書類を提出していたものであって,その態様は極めて計画的で,かつ巧妙である。その結果,本件における詐取金額が上記のとおり多額に及んでいることは言うに及ばず,被告人Aが個人的に流用することをも意図した水増し額も合計で約4000万円近くに上っている。しかし,本件においては,このように財産的被害が多額に及んでいるというだけでなく,外務省という中央官庁の幹部職員が国際会議等の経費を水増し請求し個人的にも流用していたということで,社会に大きな衝撃を与え,外務省職員だけでなく公務員全体に対する国民の信頼を著しく失墜させたばかりか,国家機関が遂行している公務に対する容易に回復し難い不信感を招来させたものであって,本件の結果は極めて重大である。

このように,被告人Aは,本件各犯行を積極的に主導し,多額の金員を詐取するなど重大な結果を惹起しただけでなく,本件各犯行以降「預り金」の中から1700万円余りを,交際相手や友人らと一緒にD系列のホテルやゴルフ場等を利用した際の支払いに費消していたものであって,その責任は極めて重い。また,被告人Bにおいても,判示第1の犯行において不可欠な役割を果たしていただけでなく,犯行後数か月経過してからとはいえ,「預り金」の一部を現金化し交際相手に渡すなど個人的にも多額の金員を流用していたものであって,同被告人の責任も重いと言うべきである。

他方,被告人両名は,いずれも捜査段階から一貫して事実を認め,公判廷においても本件を犯したことに対する反省と後悔の気持ちを披瀝するとともに,国民をはじめ多くの人達に多大な迷惑をかけたことを謝罪する旨述べている。また,本件の被害金額は合計で4億2000万円余りとなっているが,その大部分は正規の費用の支払いに充てられていた上,被告人Aにおいては,外務省の内部調査等により,同被告人が平成7年度から平成13年度までの間に「預り金」の中から個人的に費消したと認定された2550万円余とこれに対する延滞金について納入告知を受け,既に2600万円を超える額を同省に返納し,残金についても判決宣告後に保釈金の返還を受けて完納する旨当公判廷において誓約している。また,被告人Bについては,Dと外務省との間で「預り金」の清算,返還に関する折衝が続けられており,いずれ話し合いがつけば被告人Bの個人費消分も含めてDから同省に返還される予定になっているところ,被告人BとDとの間においては同被告人の個人費消分とされた金額の債務を承認し,これを分割して弁済する旨の契約が締結され,既にその一部の支払が行われている。

そのほか,被告人Aについては,38年余りの長きにわたって外務省に勤務すると共に,国際会議や首脳会談等における後方支援業務等に関する力量を高く評価され,これまで多大の貢献をしてきたと窺われること,また,本件により既に懲戒免職処分を受けるなど一定の社会的制裁を受けていること,さらに,外務省職員有志や叔母から同被告人の減刑を嘆願する書面が当裁判所宛てに提出されていることなど,同被告人のために酌むべき事情も認められる。他方,被告人Bについても,これまで真面目に仕事に励んできており,本件もその業務の一環として関わったものであって,当初から「預り金」を私的に流用する意思はなかったこと,また,本件により既に懲戒解雇されるなど一定の社会的制裁を受けていること,さらに,同被告人の妻が,これからは家族共々同被告人を支え,その更生に協力していくことを誓っていることなど同被告人のために酌むべき事情も認められる。

そこで,これらの事情を総合考慮するに,被告人Aについては,同被告人のために酌むべき上記情状を考慮に入れても,本件における水増し請求額が多額であったことや,本件が公務員に対する国民の信頼を裏切り,公務に対する信用を著しく失墜させたことの責任の重さに鑑みると,なお実刑を免れないが,被告人Bについては,今回に限りその懲役刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

(求刑 被告人Aにつき懲役4年,被告人Bにつき懲役2年6月)

(裁判長裁判官 川口宰護 裁判官 福士利博 裁判官 黒澤幸恵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例