東京地方裁判所 平成13年(刑わ)3412号 判決 2002年7月22日
主文
被告人を懲役2年に処する。
この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
理由
【認定事実】
第1被告人らの地位,関係等
被告人は,平成6年11月からコンピューター及び関連周辺機器の販売並びに輸出入等を目的とする株式会社a1の代表取締役であり,後記のbとはかねてからの知り合いであったもの,bは,a2労働組合を実質的な経営母体とし,a2の共済事業の電子計算機による事務処理の受託等を業とする株式会社a3の代表取締役専務に平成2年10月に就任して同社の業務全般を統括していたものであり,cは,株式会社a3に昭和62年1月に入社し,平成3年10月からは同社総務部総務課長として,平成6年4月からは同社総務部副部長として,平成10年6月からは同社総務部長として,平成11年4月からは同社アウトソーシング部長として,いずれの時期も同社の金銭出納及び経理処理等を統括していたものであり,b及びcはいずれも株式会社a3の現金及び金融機関に開設した同社の預金口座の預金を業務上預かり保管していたもの,dは,金融業等を営む株式会社a4を実質的に経営するとともに,医療機器・機械工具等の輸出入及び販売等を目的とする株式会社a5の代表取締役であったものである。
第2起訴状記載の公訴事実第1の事実
1 犯行に至る経緯
b,cらは,同人らの個人的な用途の支払いに充てる目的で,株式会社a3の資金から裏金を作ることとし,dらの協力を得て,平成5年3月から平成8年8月にかけ,前後12回にわたり,架空の仕入費用を支払ったこととして,合計1億1049万円をdの経営する株式会社a4や株式会社a5等に送金し,dらの報酬等を差し引いた残りを自分たちに返還させ,これをいわゆるB勘定として管理して裏金をねん出した。
その後,dは,株式会社a4の経営が悪化したため,cらに上記の裏金作りを公表する旨申し向けるなどして金員を要求するようになり,裏金作りが露見するのを恐れたcらは,平成9年7月から10月にかけて,合計4363万6000円をdに支払った。
更に,同年12月ころ,dがbやcに株式会社a4を買い取るよう要求したことから,bは,暴力団員等と付き合いのあった被告人に対し,株式会社a3の経理に穴が空き,dというB勘屋を使ったところ,dに脅されて金員を支払っているなどと説明して,dの要求を止めさせるよう依頼した。被告人は,かねてからの知り合いであった暴力団員であるeにこれを依頼するとともに,bらは自己保身のためにこの問題を内密に処理しようとしており,この問題解決のためにbらが会社資金でeへ報酬等を支払うことはbらの個人的用途の支払いになるものと認識しながら,bに対し,eの報酬等として1000万円の支払いを求めた。bはこれを了承し,cに1000万円を用意するよう指示し,cが株式会社a3名義の銀行預金口座から1000万円を用意した。
2 罪となるべき事実
被告人は,b及びcと共謀の上,eの上記報酬等に充てるため,平成9年12月18日ころ,東京都新宿区f町g丁目h番i号jマンションf町A棟1階所在の喫茶店「k」で,bにおいて,b,cらが株式会社a3のため業務上預かり保管中の現金1000万円を被告人に交付して横領した。
第3起訴状記載の公訴事実第2の事実
1 犯行に至る経緯
eは,上記第2の依頼を受けたことによりbと面識を持ったことを奇貨として,bに融資を迫り,bは,eに融資してもそれは名目にすぎず,実際には返還されないことになると思ったが,eに上記第2の依頼を確実に実行してもらうために,また,eの要求を拒否して自分たちの裏金作りを暴露されたりすることを懸念してこれに応じることとし,被告人を経由してeに融資名目で金員を支払うこととして,被告人にその旨依頼した。被告人は,bは上記の懸念等からeに支払いをするのであり,これがbらの個人的用途の支払いとなると認識したが,bの依頼を了承した。そして,bは,cに事情を説明して1000万円を用意するように指示し,cが株式会社a3名義の銀行預金口座から1000万円を用意した。
2 罪となるべき事実
被告人は,b及びcと共謀の上,eへの上記融資名目での支払金に充てるため,平成10年2月19日ころ,東京都新宿区f町l丁目m番n号o会館1階所在の喫茶店「p」で,cにおいて,b,cらが株式会社a3のため業務上預かり保管中の現金1000万円を被告人に交付して横領した。
第4起訴状記載の公訴事実第3別表番号1ないし4の事実
1 犯行に至る経緯
その後,被告人が知り合いの弁護士をbらに紹介し,その弁護士を通じて,dに対し,恐喝の事実で告訴をする準備をしている旨伝えるなどした結果,dのbらに対する上記第2の要求が止んだことから,被告人は,bらが会社資金から報酬を支払うことは上記第2と同様bらの個人的用途の支払いとなると認識しながら,bらに成功報酬を要求することとし,bにその旨伝え,bはこれを了承してcにその出金を指示した。
2 罪となるべき事実
被告人は,b及びcと共謀の上,被告人への報酬に充てるため,別表記載のとおり,平成10年11月30日ころから平成11年2月26日ころまでの間,前後4回にわたり,東京都新宿区qr丁目s番t号所在の株式会社u銀行q支店において,b,cらが業務上預かり保管中の同支店に開設された株式会社a3名義の普通預金口座の預金から,東京都港区vw丁目x番y号所在の株式会社z銀行v支店に開設された被告人管理に係る株式会社a1名義の普通預金口座に合計419万7060円を振込送金して横領した。
第5起訴状記載の公訴事実第3別表番号5の事実
1 犯行に至る経緯
cは,平成12年4月か5月ころの会社役員の人事異動の際,これまでの裏金作りが新役員らに露見するのを恐れ,未処理の仮払金を清算するとともに,bらの個人的資金を調達しようと考え,上記第2の1と同様の方法で裏金を作ってB勘定とすることとした。その際,cは,被告人に協力してもらうこととして,bにその旨を提案して了承を得た上,被告人にはeへの上記第3の支払金を清算する必要があると説明して,架空の請負報酬の送金先となることを依頼した。被告人は,eへの上記支払金の清算がbらの個人的用途の支払いとなることを理解しながら,cの上記依頼を承諾した。
2 罪となるべき事実
被告人は,b及びcと共謀の上,bらの個人的用途の支払いに充てるため,平成12年5月31日ころ,前記u銀行q支店において,b,cらが業務上預かり保管中の同支店に開設された株式会社a3名義の普通預金口座の預金から,前記z銀行v支店に開設された被告人管理に係る株式会社a1名義の普通預金口座に1364万9160円を振込送金して横領した。
【証拠の標目】
(省略)
【法令の適用】
(省略)
【量刑の理由】
1 本件は,被告人が,a2を実質的な経営母体としてa2の共済事業の電子計算機による事務処理等の受託を業とする株式会社a3の代表取締役専務b及び同社総務部副部長等を務めていたcと共謀の上,平成9年12月から平成12年5月までの間に,同社の会社資金から合計約3784万円を業務上横領したという事案である。
2① bやcらは,同人らの個人的な株取引資金やbらの海外旅行費等個人的用途に充てることを目的として,dらの協力を得て,いわゆるB勘定による裏金作りを行っていたが,dがbらの裏金作りを公表する旨申し向けるなどしてbらに金員を要求するなどの行動に出ると,専ら自己保身のために,被告人が暴力団等に働きかけることを期待して被告人にdの要求を止めさせることを依頼した。被告人は,この依頼を承諾してbらに協力することとし,その報酬等として会社資金から合計約2419万円余が被告人に交付又は送金されて判示第2ないし第4の犯行が敢行された。更に,B勘定による裏金作りのために,今度は被告人が協力者となり,約1364万円余が被告人が代表取締役をしている会社の口座に送金されて判示第5の犯行が敢行されたものである。本件は,会社の役員及び社員の自己保身や利欲目的のために敢行された身勝手な犯行であり,横領額は約3784万円と極めて多額に上り,株式会社a3に多大な損害を与えたもので,その結果も重大である。
② 被告人は,bらからdの要求を止めることを依頼されるや,自らの報酬欲しさも手伝って,これを請け負い,すぐに知り合いの暴力団員にこれを依頼し,bに報酬等を請求して判示第2の犯行に及び,dの要求が止むと,更にbに成功報酬を請求して判示第4の犯行に及んだもので,これらの各犯行は,被告人からbらに報酬等の支払いを請求した結果遂行されたものであるほか,判示第5の犯行についても,eへの判示第3の支払金の清算のためとして裏金作りへの協力を依頼されると,謝礼を得られるということもあって,これに協力して約1364万円余の送金を受けたものである。自己の私利私欲から安易に上記各犯行を遂行した動機・経緯に酌量の余地はない。また,判示第3の犯行についても,bらが暴力団員へ会社資金から金員を支払う際にその協力方を安易に請け負ったもので,その動機に格別酌むべき事情は認められない。
③ 被告人は,判示第2の犯行によって調達した現金の中から450万円を,判示第4の送金については全額の約419万円余を,判示第5の送金からは約364万円余をそれぞれ取得したほか,判示第3の現金についても暴力団員から150万円を受領したのであり,本件各犯行に係る金員の中から相当の利益を得ているのである。
④ また,本件は,a2を実質的に経営母体とする会社で起きた同社役員,社員らを中心とする多額の業務上横領事件であり,一般に報道されて社会の耳目を集めたものである。被告人らの犯行は,株式会社a3のみならずa2本部や同組合員らに衝撃を与えており,その社会的影響も大きい。
⑤ 以上の事情に照らせば,被告人の刑事責任は重いというべきである。
3 しかしながら,他方,被告人は,捜査・公判を通じ本件各犯行を素直に認めて反省の態度を示していること,被害弁償の一部として1500万円を支払うことなどを約して被害会社との間で裁判上の和解を成立させ,その一部をすでに支払い,今後の支払いのために新たな仕事に励んでいること,被告人の妻が被告人を監督する旨,高校時代の教諭らが被告人の更生に協力する旨それぞれ公判廷において述べていること,被告人には昭和40年に傷害の罰金前科があるほかは前科がないことなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで,以上の事情その他諸般の事情を総合考慮し,被告人に対しては,主文の刑を科するが,その刑の執行を猶予することとした。
よって,主文のとおり判決する。
【求刑 懲役2年】
(裁判長裁判官 小川正持 裁判官 浅香竜太 裁判官 渡邉史朗)
別表
犯行年月日(ころ)
横領金額
1
平成10年11月30日
167万9265円
2
平成10年12月29日
83万9265円
3
平成11年 1月29日
83万9265円
4
平成11年 2月26日
83万9265円
(合計 419万7060円)