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東京地方裁判所 平成13年(刑わ)3683号 判決 2002年2月08日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

押収してある警察手帳様のもの四冊(平成一四年押第一三六号の一ないし四)の各偽造部分を没収する。

理由

【犯罪事実】

被告人は、Bと共謀の上、警察手帳に酷似した手帳表紙を作成してこれを販売しようと企て、

第一  平成一三年一月中旬ころから同月下旬ころにかけての間に、神奈川県相模原市橋本《番地省略》A野一〇一号室当時の前記B方において、行使の目的で、ほしいままに、家庭用印刷機、金色インクを用いて、無地手帳表紙に、日章の記号及び「千葉県警察」の文字を金色で表示するなどして、真正の警察手帳に酷似した手帳表紙一冊(平成一四年押第一三六号の一)を作成し、もって、公務所である千葉県警察の記号を偽造した。

第二  前記第一記載の日時ころ、同記載の場所において、行使の目的で、ほしいままに、家庭用印刷機、金色インクを用いて、無地手帳表紙に、日章の記号及び「警察庁」の文字を金色で表示するなどして、真正の警察手帳に酷似した手帳表紙二冊(同号の二、三)を作成し、もって、それぞれ公務所である警察庁の記号を偽造した。

第三  前記第一記載の日時ころ、同記載の場所において、行使の目的で、ほしいままに、家庭用印刷機、金色インクを用いて、無地手帳表紙に、日章の記号及び「兵庫県警察」の文字を金色で表示するなどして、真正の警察手帳に酷似した手帳表紙一冊(同号の四)を作成し、もって、公務所である兵庫県警察の記号を偽造した。

【証拠・括弧内の符号は検察官請求証拠番号を示す。】《省略》

【争点に対する判断】

一  弁護人は、被告人には本件公記号の偽造の際に行使の目的がなかったから被告人は無罪であると主張するので、この点について判断する。

二  関係各証拠によれば、被告人は、判示のとおり、真正な警察手帳と色や大きさ、形状等がほぼ同一の、表紙が無地の手帳四冊にそれぞれ金色のインクを用いて真正な警察手帳に表示されているものと色や大きさ、形状、位置等が類似する日章の記号及び千葉県警察等の文字を表示し、一般人から見て真正なものと誤信するような外観の手帳四冊を作成したものであり、被告人がBと共謀の上、公記号を偽造したと認められる。

三  また、関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

(1)  被告人は、自宅のパソコンを操作していたところ、平成一二年一〇月ころ、インターネットのオークションに警察装備品が出品されていることを知り、以前から警察官に強いあこがれを持っていたことから、オークションを通じて手錠や警棒などを購入するようになった。

被告人にとって警察手帳は、それを持っているだけで本物の警察官になったような気分に浸ることができる特別な存在であったことから是非とも本物の警察手帳にそっくりな手帳を手に入れたいと考えていたものの、オークションでは二〇万円ほどで取引きされており、手が出なかったことから、同年一一月七日、逆に警察手帳を求むという申出を掲示したところ、同日、Bから警察手帳を譲るとの電子メール(以下、単に「メール」という。)を受け取った。そのメールには、「手帳自体を悪用しなければ御譲りします」、「万が一これを用いて検挙、逮捕されても当方では一切責任はとれません」などと記載されていた。

その後、被告人は、他の者から真正な警察手帳と酷似する手帳を購入し、その一冊をオークションに出品したところ一〇件ほどの問い合わせがあり、自分と同じような警察装備品に興味がある人、いわゆるマニアがたくさんいると感じ、また、Bとの交渉を通じて同人が作成する手帳は真正な警察手帳とそっくりで印刷部分がはげ落ちないし、値段が比較的安かったことなどから、そのような手帳を欲しがっている人に安く譲ることができるし、たくさん手帳が売れれば自分も一儲けすることができると考え、平成一三年一月四日、同人に対し、メールで、自分が買主を探すのでBが手帳を作り、一緒に販売しようと持ちかけた。被告人はその後も同様の話を持ちかける内容のメールをBに送ったが、同月八日付けのメールには、「やばい人にわ 手を出しませんから ご安心下さい」との記載があり、翌九日付けのメールにも、その旨の内容が記載されていた。

Bは、被告人の上記意図を知った上で、その後も被告人とメールや電話で手帳作成の交渉を行ったものであり、また、被告人がどのような相手に手帳を売るのかは知らないし、相手方に注文を付けたり、手帳の使い方を指示したことはなく、それが悪用されるかもしれないことを認識していたが、自分の手を離れた以上関係ないと思っていた。

(2)  そこで、被告人は、既に自分が持っていた真正な警察手帳に酷似した手帳や、Bから作成してもらう手帳をインターネットオークションを通じて販売することとし、平成一三年一月上旬ころから、商品名として「警○庁」などと記載し、既に被告人が持っていた真正な警察手帳とそっくりな手帳の文字の一部を塗りつぶした画像を添付するなどして、それらの手帳をオークションに出品した。

そして、同年二月九日にオークションに手帳を出品した際、被告人は、警察手帳をどのようなつもりで購入するのか得体の知れないような人たちに販売することはできないし、万が一にも警察手帳を悪用するような人に売ってはまずいなどと考え、添付した手帳の画像の末尾に、「新規 マイナスの方 ご遠慮下さい新規マイナスの方絶対にお断りいたします」との説明を記載した。

(3)  本件起訴に係る手帳四冊(以下「本件手帳」という。)は、被告人がオークションに出品した手帳を落札した者や被告人が記載したメールアドレスを見て問い合わせをしてきた者と被告人がメールや電話で交渉を行って、それぞれ被告人が相手方に販売することとしたものであり、被告人は、そのような交渉経過に基づいて、Bに手帳の作成が可能か、あるいは、いつ頃までに作成できるのか確認するなどし、Bは、被告人が第三者に手帳を販売する意図であることを知りながら、真正な警察手帳と酷似する本件手帳四冊を被告人宛てに送付し、被告人は、これらを販売の相手方に送付した。

なお、被告人は、本件手帳の販売相手との交渉の際、いずれに対しても、その職業や生活状況、手帳の使用目的等を尋ねたりはしていないし、手帳を悪用することがないよう注意したことはなく、主に販売しようとする手帳の出来映えを売り込み、また、手帳の送付時期や販売代金等について相手方とやりとりをしていた。

四  以上によれば、被告人は、買主によって悪用される場合がありうることを認識した上でこれをインターネットオークションに出品したものであり、また、実際にも買主が本件手帳を悪用することはないとの合理的かつ確実な根拠をもって販売することを決定したということはできず、その後、被告人が本件手帳の作成をBに依頼し、これをBが作成することによって同人と共謀して本件公記号を偽造した際、被告人に行使の目的が存在したと認めることができる。

五  これに対して弁護人は、本件における「行使の目的」とは、本件手帳を他人に提示して自らが警察官であるように振る舞うことであるが、被告人にそのような意図はなかったし、被告人はいわゆる警察マニアであって、趣味の範囲で本件手帳のような手帳をコレクションして自宅等で手に取り、警察官を気取っていたものであり、本件手帳の売却先も被告人同様のマニアと認識していたのだから、被告人に行使の目的はなかったと主張し、被告人も当公判廷において、これに沿う供述をする。

しかしながら、公記号偽造罪における行使の目的は、公記号に対する公衆の信用を保護法益とするものであるから、偽造者が自ら当該公記号を真正なものとして使用する意図を有する場合のみならず、第三者をして同様に使用させる意図を有する場合、さらには、第三者が同様の意図を有することを認識している場合においても、同罪における行使の目的を有すると解すべきであるし、また、同罪が公共危険犯であることからすれば、当該公記号を真正なものとして使用することが確定的である場合に限らず、そのような蓋然性を認識している場合にも公共の危険が害されうるのであって、行使の目的を有するというべきである。したがって、公記号偽造罪の行使の目的を、自ら真正な公記号として使用する場合に限定する弁護人の主張は採用できない。

また、被告人は、当公判廷において、本件手帳の買主が悪用するかもしれないと考えたことはなかったなどと供述するが、その一方で被告人は、問い合わせをしてきた相手の印象でこの人は本当のマニアではないと思った人には断っていたし、使い道がはっきりしない人には断っていたなどとも供述しており、このように被告人がマニアか否かを判断して本件手帳を販売するか否かを決めていたこと自体、被告人において本件手帳が悪用されるかもしれないと認識していたことを示すものということができる。そして、被告人は、捜査段階において、手帳を売った相手の人はコレクションとして買ってくれるのであり、手帳を悪用するような人はいないと信じて偽造手帳を販売したが、「偽造警察手帳を売った相手の人とはメールや電話でやりとりしていただけで、どのような人かよく分からないまま、その相手に対して本物そっくりの偽造警察手帳を販売してしまったので、売った相手の人が必ずしもコレクションとして大切に手帳を保管してくれるとは限らないこと、手帳を手に入れた人が、手帳を悪用して何らかの犯罪を引き起こす可能性がないとはいいきれないことと思っていました」(乙二)、「このようなことを繰り返していけば、全く見ず知らずの人にこの偽造手帳が渡り、これを手に入れた人が警察官のふりをしてこの偽造手帳を他人に見せ、悪いことをするということも十分にわかっていたことでした」(乙一〇)と供述し、その供述状況には真摯さが窺われ、内容も自然なものと認められるところ、被告人は、当公判廷において、そのようなことを「考えたことはありませんでした」と供述し、この点につき、弁護人は、捜査段階において取調官による誘導や理詰めの取調べがなされたと指摘するが、被告人は、当公判廷において、どのような誘導や理詰めの取調べがなされたのか説明することなく、よく覚えていないと供述するに止まるし、かえって、前記認定のように、Bからのメールには悪用される場合がある旨記載されており、同人へのメールに自らも「やばい人にわ 手を出しませんから」など記載したほか、本件手帳を作成した後ではあるものの、オークションに出品する際に「新規マイナスの方 ご遠慮下さい新規 マイナスの方絶対にお断りいたします」と記載していたことからすれば、被告人は、本件公記号の偽造当時、買主が本件手帳を悪用することがあり得ることを認識していたものということができ、これらに反する被告人の公判廷供述は信用できず、この点に関する弁護人の主張は採用できない。

そして、前記認定の事実によれば、被告人が本件手帳の買主が具体的に本件手帳を悪用するとの確定的認識を有していたということはできないものの、被告人は、当公判廷において、本件手帳の買主が手帳を悪用するか否かを、電話で話をしたときの心証や、手帳に対しての詳しい知識があるかということから判断したと供述する一方で、手帳に詳しい人がそれを悪用しない人だという理由については、特にこうだという理由はないとも供述しており、被告人が供述するマニアであれば本件手帳を悪用することはないというのは合理的かつ確実な根拠に基づくとは到底言い難く、また、悪用されることがないように十分な手だてを講じたということもできないから、被告人は、本件手帳の買主が本件手帳を悪用する蓋然性を認識していたと認められるのであって、弁護人の主張はこの点においても採用し得ない。

【適用法令】

罰条 各手帳ごとに、刑法六〇条、一六六条一項

併合罪の処理 同法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重)

刑の執行猶予 同法二五条一項

没収 同法一九条一項一号、二項本文

【量刑事情】

本件は、判示のとおり、被告人が共犯者と共謀し、販売するために日章及び千葉県警察等の公記号を表示してこれを偽造し、真正な警察手帳と酷似する手帳四冊を作成したという事案である。

真正な警察手帳と酷似した手帳が不特定多数の者の手に渡った場合、これが悪用されるかもしれないことは容易に判断しうることであり、しかもその証明力は極めて強力であって、重大な犯罪に発展しかねないこともまた明らかであり、被告人が警察装備品マニアであったとはいえ、インターネットのオークションを通じて全く面識もない者を相手として本件手帳を広く販売した被告人の本件犯行は、およそ趣味の域を超えた危険性の高い悪質な犯行といわざるを得ない。また、被告人は、金儲けを目的の一つとして本件犯行を思いつき、共犯者に犯行を執拗に持ちかけており、その安易な動機に酌量の余地はないし、犯情も悪質である。

そうすると、本件における被告人の刑事責任は重いというべきであるが、一方、被告人は、本件犯行の危険性を十分に認識するに至って反省するとともに、今後は二度と同様の行為を行わないと述べていること、本件によって長年勤務した公務員の職を懲戒免職され、それなりの制裁を受けていること、これまで前科はないこと、その他被告人の健康状態など斟酌すべき諸事情も認められる。

そこで、以上を総合考慮し、被告人に対しては主文の刑に処した上、今回に限ってその刑の執行を猶予することとした。

【求刑・懲役一年六月及び押収してある警察手帳様のものの各偽造部分の没収】

(裁判官 福士利博)

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