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東京地方裁判所 平成13年(刑わ)840号 判決 2002年3月29日

主文

被告人を懲役7年6月に処する。

未決勾留日数中200日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,外務省大臣官房総務課要人外国訪問支援室長として,内閣総理大臣の外国出張に関する宿舎関係事務等に従事していたものであるが,同出張に際しては内閣総理大臣及びその随員に関する実際のホテル利用料金が国家公務員等の旅費に関する法律の規定に基づき算定,支給される宿泊料を上回ることが常態であったため,その差額(以下「宿泊費差額」ともいう。)を内閣官房が支給する取扱いとなっていたところ,被告人において,内閣官房における宿泊費差額支出の実質的な最終決裁権者である首席内閣参事官に対する宿泊費差額支払の請求,内閣官房から宿泊費差額として交付される現金の受領,事後の精算事務を自ら掌握していたことから,宿泊費差額を水増し請求するなどして,内閣官房から金員を詐取しようと企て

第1平成8年12月下旬ころ,東京都千代田区ab丁目c番d号所在の総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額2780万7419円が,平成9年1月7日から同月15日までの日程で実施予定のA内閣総理大臣(当時。なお,以下においても,官職名はいずれも当該事実当時のものである。)のブルネイ・ダルサラーム国,マレイシア,インドネシア共和国,ヴィエトナム社会主義共和国及びシンガポール共和国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,内閣事務官兼総理府事務官Bを介して首席内閣参事官Cに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月6日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Bを介し前記Cから,宿泊費差額として現金2800万円を交付させ(平成13年6月28日付け追起訴状記載の事実)

第2平成9年10月下旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実はサウディ・アラビア王国政府が無償で提供する宿舎に宿泊することなどから宿泊費差額が生じないにもかかわらず,これが生じるかのように装って請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額702万331円が,同年11月8日から同月10日までの日程で実施予定のA内閣総理大臣の同国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,内閣事務官兼総理府事務官Dを介して前記Cに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月6日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Cから,宿泊費差額として現金710万円を交付させ(平成13年3月30日付け起訴状第1記載の事実)

第3平成10年3月中旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額2258万8728円が,同月14日から同月15日までの日程で実施予定のA内閣総理大臣のインドネシア共和国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して首席内閣参事官Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月13日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金2259万円を交付させ(平成13年4月25日付け起訴状第1記載の事実)

第4平成10年3月下旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額4479万4635円が,同年4月2日から同月5日までの日程で実施予定のA内閣総理大臣のグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月1日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金4480万円を交付させ(平成13年5月29日付け起訴状第1記載の事実)

第5平成10年5月中旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額4946万5442円が,同月14日から同月18日までの日程で実施予定のA内閣総理大臣のグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月13日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金4947万円を交付させ(平成13年5月29日付け起訴状第2記載の事実)

第6平成10年9月中旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額6381万1800円が,同月20日から同月23日までの日程で実施予定のF内閣総理大臣のアメリカ合衆国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月16日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金6382万円を交付させ(平成13年6月22日付け起訴状第1記載の事実)

第7平成10年10月下旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額2623万5580円が,同年11月11日から同月14日までの日程で実施予定のF内閣総理大臣のロシア連邦への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月9日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金2624万円を交付させ(平成13年4月25日付け起訴状第2記載の事実)

第8平成10年11月上旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額3912万2644円が,同月16日から同月19日までの日程で実施予定のF内閣総理大臣のマレイシアヘの出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月9日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金3913万円を交付させ(平成13年6月22日付け起訴状第2記載の事実)

第9平成10年12月上旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額2622万9780円が,同月15日から同月18日までの日程で実施予定のF内閣総理大臣のヴィエトナム社会主義共和国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月11日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金2623万円を交付させ(平成13年3月30日付け起訴状第2記載の事実)

第10平成10年12月中旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額6612万2400円が,平成11年1月6日から同月13日までの日程で実施予定のF内閣総理大臣のフランス共和国,イタリア共和国,ドイツ連邦共和国等への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,平成10年12月25日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金6613万円を交付させ(平成13年4月25日付け起訴状第3記載の事実)

第11平成10年12月下旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額409万円が,前記第10のF内閣総理大臣の出張に関して追加された随員の宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,平成11年1月5日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金409万円を交付させ(平成13年4月25日付け起訴状第4記載の事実)

第12平成11年2月中旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額911万7520円が,同月8日から同月9日の日程で実施されたF内閣総理大臣のジョルダン・ハシェミット王国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月中旬ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金911万7520円を交付させ(平成13年3月30日付け起訴状第3記載の事実)

第13平成11年3月中旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額1167万9920円が,同月19日から同月21日までの日程で実施予定のF内閣総理大臣の大韓民国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月17日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金1168万円を交付させ(平成13年5月29日付け起訴状第3記載の事実)

第14平成11年4月下旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額3550万8710円が,同月29日から同年5月5日までの日程で実施予定のF内閣総理大臣のアメリカ合衆国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同年4月27日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金3551万円を交付させ(平成13年6月22日付け起訴状第3記載の事実)

第15平成11年6月上旬ころ,前記総理大臣官邸において,真実は宿泊費差額を水増し請求して自己が領得する意図であるのにこれを秘し,あたかも請求額7274万4228円が,同月17日から同月24日までの日程で実施予定のF内閣総理大臣のドイツ連邦共和国,グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアイスランド共和国への出張に関する宿泊費差額の正当な金額であるかのように装って,前記Dを介して前記Eに対し,前記金額の支払いを請求し,同人らをして前記請求金額が正当な宿泊費差額であるものと誤信させて欺き,よって,同月15日ころ,前記総理大臣官邸において,前記Dを介し前記Eから,宿泊費差額として現金7275万円を交付させ(平成13年6月22日付け起訴状第4記載の事実)たものである。

なお,判示第2の事実について,関係証拠によれば,被告人は,当初宿泊費差額として742万6993円を請求したものの,内閣事務官兼総理府事務官Dに随行予定のない2名分の宿泊費差額が含まれていることを指摘されて,請求額を判示のとおりとすることを了解した経緯が認められるところ,訴因の範囲内で判示のとおり認定した。

また,判示第1ないし第10,第13ないし第15の各事実について,判示のとおり被告人の請求額を超える金額が交付されているところ,関係証拠によれば,内閣官房は,宿泊費差額については最終的な精算が前提とされていることなどから,被告人からの請求額をある程度切り上げた金額を支給する取扱いをしていたこと,被告人もその事情を各請求時において十分認識していた上,現に支給される額を異議なく受領していたことなどの事実が認められるから,いずれについても,判示金額を詐取したものと認めることができる。

(量刑理由)

1  本件は,外務省大臣官房総務課要人外国訪問支援室長であった被告人が,内閣総理大臣の外国出張に関する宿舎関係事務等の職務を遂行するに当たり,実際のホテル利用料金と法律に基づく宿泊料との差額が内閣官房から支給される取扱いとなっており,自らその請求,受領,精算手続を一手に行っていたことを奇貨として,水増し等の方法により恣意的に増額した額を正規の差額であるかの如く装い,前後15回にわたって内閣官房から合計5億600万円余りを詐取した詐欺の事案である。

2  本件各犯行は,外務省の要職にあり,国家公務員として高度の倫理性及び廉潔性を求められる立場にあった被告人が,内閣官房報償費からの宿泊費差額支給の慣行に乗じて自らの欲望を満足すべく,その権限や職務上得た知識,経験を悪用し,2年半余の間に15回にもわたり反復継続して内閣官房から国民の税金を原資とする5億円を超える現金を詐取し続けたものである。巨額に及ぶ公金を詐取した一連の犯行は,それ自体として公務員に対する国民の信頼を大きく裏切るものである上,かかる犯行が,被告人において前記宿舎関係事務等を司る要人外国訪問支援室長という立場にあったからこそ可能となったもので,かつ,内閣総理大臣の外国出張という重要な外交案件の機会にその職務を利用して敢行されたものであることにも照らすと,厳しい非難を免れない。

各犯行の態様をみても,被告人は,外国出張後の精算手続において,包括的な領収証のみの提出で足り,内閣官房の審査が厳密に行なわれていなかった状況から,予め精算手続に必要な宿泊先ホテルの支配人名義の領収証用に,在外公館員をして当該ホテルのレターヘッド付き用紙等を入手させることなどを予定した上で,自己の部下職員に対して,宿泊費差額を算出した見積書(以下「宿泊費差額表」という。)の作成を命じ,当該職員が,その時点で公電等により収集可能な情報に基づき作成した宿泊費差額表を被告人の決裁に上げるや,何らの合理的根拠もなしにその宿泊料単価,宿泊日数あるいは随行員数を大幅に水増しするなどして増額修正し,さらにはその時々において増額理由となりうべき情報を書き込むなどして完成させた宿泊費差額表を,自ら総理大臣官邸に持参し,内閣官房の係官に事情説明するなどして本件各犯行に及び,犯行後には,自己の犯行が露見することを防ぐべく,無関係な在外公館職員や部下職員等に内容虚偽の領収証を作成させ,精算に際しても内閣官房側に疑念を持たれないよう適宜額を調整するなどしていたものであり,そこには極めて高い計画性が認められ,その犯行手口はまことに大胆かつ巧妙で,甚だ悪質というほかない。

被告人は,競走馬の馬主となること等に対する自己の欲望が高まるや,それまでの経験から熟知していた宿泊費差額水増し請求の方法により多額の金員を手にしようとして,短絡的に本件各犯行を決意し,内閣総理大臣の外国出張を機に敢行してきたものであって,その自己中心的な動機に酌量の余地は全くない。そして,被告人は,このようにして詐取した金員の大部分を被告人及び交際相手等との遊興費や競走馬,マンションの購入等に浪費し,豪奢な生活を送っていたものである。なお,弁護人は,本件の背景に,予算費目の硬直性や外国出張時に一部関係者が被告人に予算費目上は認められない出費を負担させていた事情があるなどと主張するところ,被告人が水増し請求するに至った経緯の中には,出張先現地での外国人協力者や職員に対する配慮や出張時の不測の事態に備えた面などがあったことも窺われるが,それ故に宿泊費差額名目の詐欺という違法な行為が是認されうるものでないことはいうまでもないところである上,本件はおよそそのような範囲にとどまるものではなく,被告人の私利私欲を図るために敢行されたものであることは明らかである。

さらに,本件各犯行による被害結果をみるに,財産的損害の合計が5億600万円余りという莫大な額に及ぶのみならず,現職の外務省幹部職員であった被告人によって,その地位を悪用して敢行された本件は,国民に多大な失望や不信感をもたらし,公務員なかんずく外務省及びその職員に対する信頼を失墜させ,さらには,出張先の外国における関係者らにさえ我が国の公務員の職務遂行に関して疑念を抱かせるなどしており,その影響は重大かつ深刻である。本件の被欺罔者たる内閣官房関係者のみならず,本件の影響で国民の非難の対象となった外務省職員らにおいても,被告人に対する厳しい処罰感情を示しているのは当然のことである。

以上によれば,被告人の刑事責任はまことに重い。

3  他方,本件各犯行については,判示のとおり,水増し後の宿泊費差額全体について詐欺罪が成立するものであるが, 詐取した金員中には,実際に生じ,かつ,正規に認められる範囲内の宿泊費差額に充当された部分があり,さらに一部は精算金として内閣官房に返納されている。

そして,被告人は,捜査段階当初から本件各犯行を全て認め,自らの行為につき詳細に供述して被告人なりに本件の解明に協力した上,各犯行を深く反省し,公判廷においても悔悟の念及び国民や外務省,総理大臣官邸関係者等に対する謝罪の意を繰り返し表明している。

なお,弁護人は,内閣官房及び外務省の管理監督体制に不十分な点が存在し,これが本件を助長させ継続させてきた背景にあるから,被害者側の落ち度として情状上斟酌すべきである旨主張するが,被告人は,本件各犯行当時,それまでの経験により,宿泊費差額請求について外務省内における上司の決裁がなく,かつ,同省に対する信頼から内閣官房側が宿泊費差額支出の決定をするにあたって実質的に宿泊費差額表のみで審査し,その算定の基礎となった現実の宿泊料等に関する資料の調査を行わず,精算に際しても前示のような実情であることなどを熟知しており,むしろ,そのような状況を積極的に利用する形で本件各犯行に及んだのであるから,この点をもって,特に被告人に有利に斟酌すべき事情とみることは相当ではない。しかし,本件各犯行に至るまでの経緯をみるに,確かに,弁護人主張のとおり,被告人に対する信頼も手伝って,外務省自体及び内閣官房において十分な決裁や審査が行なわれておらず,宿泊費差額の取扱いやその運用に必ずしも適正とはいい難いところがあったことなどの事情が窺われ,それが被告人の犯行を助長した側面があることは否定できない。

また,判示第3ないし第7,第10,第11及び第13の8件の犯行について,国との間で,合計約2億2045万円の損害賠償金とこれに対する遅延損害金を支払う旨の和解を成立させるなど,被告人において,その保有する資産のほとんどすべてを充てて被害弁償に努め,現に総計3億円弱が国に支払われ,あるいは支払われる見込みとなっている。

加えて,被告人は,本件各犯行及びそれに先立つ同種の違法行為の点を除けば,これまで36年余の長きにわたって,外務省職員として公務に携わり国民のために貢献し,後進の指導,育成等に実績をあげてきたところ,自ら犯した行為の結果として当然のこととはいえ,本件により外務省から懲戒免職処分を受けるとともに,本件がマスコミによって大きく報道され,社会的にも厳しく指弾されるなど相応の社会的制裁を受けていること,前科前歴がないこと,元外務省職員である知人が被告人のために出廷したこと,その他弁護人主張にかかる被告人に有利に斟酌することができる諸事情も認められる。

4  そこで,以上のような諸般の事情を総合考慮の上,主文のとおり判決することとした。

(裁判長裁判官 井上弘通 裁判官 野口佳子 裁判官 森喜史)

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