東京地方裁判所 平成13年(合わ)18号 判決 2002年3月27日
主文
被告人は無罪。
理由
第一本件公訴事実
本件公訴事実は、
「被告人は、
第一 Bと共謀の上、D子(当時二二歳)を強姦しようと企て、平成一二年二月二九日午前八時四五分ころから同日午前九時ころまでの間、東京都渋谷区円山町《番地省略》A野ビル三〇二号室E方において、同女に対し、被告人が、同女の右腕に乗り掛かりながら、ズボン及びパンティーを無理矢理引き下ろし、上記Bが、同女の左手をつかんで床に押さえつけるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧した上、順次それぞれ同女を強いて姦淫した
第二 前記B及びCと共謀の上、前記D子を強姦しようと企て、同日午前九時ころ、前記E方において、前記暴行及び姦淫行為により抗拒不能の状態にある同女に対し、被告人が、同女の左手をつかみながら、上記Cが、同女の足を開かせて陰部に陰茎を押し当てるなどし、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が鳴咽している様子を見てこれを断念したため、その目的を遂げなかった
ものである」というものである。
第二争点及び証拠関係
一 争点
公訴事実第一については、平成一二年二月二九日(以下「本件当日」という)午前八時過ぎころから九時ころまでの間、東京都渋谷区円山町《番地省略》A野ビル三〇二号室E方(以下「E方」という)において、①被告人がD子と性交したこと、②これに引き続いて、BがD子を強姦したことは、被告人とD子が一致して供述しているところであり、関係証拠上も明らかである。しかしながら、その状況について、D子は、被告人に強姦され、その際、Bに左手を押さえられるなどし、さらに、Bによる強姦の際には、被告人に左手を押さえられたなどと被告人とBに輪姦された旨を供述するのに対し、被告人は、D子との性交は合意によるものであるし、Bの強姦については何ら関与していないと供述しているものである。
公訴事実第二については、D子は、Bに強姦された後、Cから強姦されそうになり、その際、被告人に左手を押さえられていたような気もする旨を供述しているのに対し、被告人は、Cが何をしていたか記憶はないが、自らがD子の左手をつかむなどしてCに協力したことはない旨を供述している。
弁護人においても、公訴事実第一のうち、被告人とD子との性交については合意によるものであるとして、Bの強姦については、被告人がこれに加担したりBと共謀したことはないとして、また、公訴事実第二については、被告人は、Cの性的行為を認識しておらず、D子の左手をつかんだり、Cと共謀したことはないとして、公訴事実第一及び第二のいずれについても無罪である旨主張している。
本件各公訴事実についての主要な積極証拠は、結局D子の公判供述のみであり、各罪の成否はD子の公判供述の信用性の評価いかんによることになる。
二 証拠関係《省略》
第三当裁判所の判断
一 事案の概要(判断の前提となる事実)
関係証拠によれば、争点に対する判断の前提となる事実として、以下の事実が明らかに認められる。
(1) 被告人は、本件当時、東京都港区所在の株式会社「B山」(以下「B山」という)において、街頭でホステスとなる女性を探し、いわゆる風俗営業店に紹介をするスカウトマンを勤めていた。
(2) 平成一二年二月二八日(以下、年の記載を省略した月日のみの表示は、平成一二年を示す)の夜、被告人は、B山の元スカウトマンのB、C及びFと同僚スカウトマンEと共に、東京都内渋谷にある居酒屋「C川」において飲酒するなどしていたが、そのうちに女性を呼び出して同席させようという話になった。そして、Cが、かつてスカウトしようとして知り合いになったD子と連絡をとったところ、D子はCの誘いを受け入れて被告人らと会うことになった。
(3) 本件当日午前三時ころ、D子は、「C川」において、被告人、B、C、F及びEの五名(以下「被告人ら五名」という)と合流して約一時間ほど酒食を共にした。なお、D子は、C以外の四名とはこのときが初対面であった。その後、被告人ら五名とD子は、一緒に同所付近のカラオケ店に行って約二時間位飲酒歓談し、さらに、一緒にボーリングをしようという話になったが、行った先のボーリング場は営業していなかった。そこで、被告人ら五名とD子は、渋谷区内にあるE方に行くことになった。
(4) 同日午前六時ないし六時三〇分ころ、E方に到着した被告人ら五名とD子は、同居室内の六畳程度の居間において、山手線ゲーム(テーマを決めて、一人ずつテーマに関連のある言葉を言っていき、言えなかった人が罰ゲームを受ける遊び)をし、罰ゲームとして焼酎の一気飲みをするなどして二時間ほど過ごしたが、その途中でFが同居間内のベッドで眠り始めたことなどもあって、午前八時過ぎころ、残りの五人も同室で雑魚寝をすることになった。その位置関係は、部屋の中央辺りで被告人が、その右隣りにD子が、更にその右隣りにEが、被告人の左隣りにBが、D子の足下側にCが、それぞれ横になっているというものであった。なお、このとき、外は既に明るくなっていたが、同室はカーテンが閉められ、薄暗い状態になっていた。
(5) それから程なくして、被告人は、D子と性交し、同女の腹部の上に射精した。その後、Bが起き上がって同女を強姦した。
(6) 同日午前一〇時三〇分ころ、D子は、被告人、B及びCと共にE方を出て、渋谷駅まで一緒に歩き、同駅から被告人及びCと共に新宿駅まで山手線電車に乗車し、新宿駅で被告人と別れ、Cと共に両名が日頃利用していた阿佐谷駅まで一緒に行った。
(7) 四月初めころ、D子は自分が妊娠していることに気付いた。同月三日、D子は、当時の交際相手であったGから問い詰められて、妊娠の事実を打ち明けるとともに、被告人らに強姦されたという説明をした。この話を聞いたGは、同日、東京都内六本木の喫茶店「D原」に被告人を呼び出し、同所において、Gの友人三名とD子をその場に同席させた上、被告人に対して、本件当夜のD子との性交について難詰した。なお、このとき、たまたま同所を通りかかったCと知らせを聞いて駆けつけたB山の専務Hが中途から同席した。
その後、D子は、四月二二日ころまでに、本件公訴事実に係る被害届を警察に提出した。
二 D子の公判供述の要旨
被告人らとD子の性交の状況等に関するD子の供述内容の要旨は、以下のとおりである。なお、D子の公判供述中には、弁護人の反対尋問等により変遷した部分もあるが、ここでは尋問終了時に維持されていたと認められる供述内容を摘示する(以下、D子の公判供述を「D子供述」という)。
(1) ① 雑魚寝を始めて二、三分たったころ、被告人が、私に覆いかぶさるようにしながらキスしてきた。私は、嫌だったので首を横に振ったが、被告人は、無理矢理私が首を振る方に自分の顔を動かし、キスをしてきた。この時、被告人は、いつの間にか私の右側に移動しており、その体の三分の一くらいを私の右腕に乗せていた。私の右腕は真っ直ぐ伸ばしている状態であったが、その上に被告人の体が乗ったために動かすことができなくなった。私は、キスをしてくる被告人に対し、首を振りながら小声で「やめて」と言ったが、被告人は、私にキスをした上、上着やブラジャーの上から右手で私の胸を触った。私は、自由に動く左手で被告人の手首をつかみ抵抗したが、被告人の力が強くて止めることはできなかった。すると、被告人は、その右手で私の背中側にあるブラジャーのホックを外した上、その手で私の胸を直接触ったり、舌でなめるなどした。
② 続いて、被告人は、私のジーパンのチャックを下ろし、下着の上から陰部付近を触った。さらに、被告人は、下着の中にその右手を差し入れてきたため、私は、左手で被告人の手をつかみ、ジーパンの中から被告人の手を出そうとしたが、被告人の力が強くてできなかった。その後、被告人は、私の左手を被告人のズボンの上に持っていき、その陰茎付近に押し当てた。さらに、被告人は、自ら自分の着ていたズボンのチャックを下ろした上、私に陰茎を触らせた。下着の上からだけではなく、直接陰茎を触らされた。その間に、被告人は、私の右手の上に乗って横になったまま、その右手だけで私のベルトとジーパンのボタンを外した上、ジーパンのウエスト左側辺りをつかんで足下の方に引っ張り、続いて、ウエスト右側部分をつかんで同様に引っ張るということを繰り返し、ジーパンを私の膝上ぐらいまで下げた。この時、ジーパンが膝上辺りで止まったのは、私が左手でズボンの左のウエスト辺りを持って抵抗していたからだと思う。
その後、被告人が立ち上がって自分のズボンと下着を脱ぎ始めたため、私の手足は自由になり、私は、寝た状態のままジーパンをお尻の辺りまではき直した。しかし、完全にはき直す前に、下半身裸の被告人にジーパンのウエスト両側をつかまれ、下着ごとジーパンを脱がされた。この時、私の右足の上には被告人の右足が乗っており、押えつけられたような状態になっていた。
③ 被告人は、私のジーパンを脱がした後、膝立ちのような状態で私の足の間に座り、私の右足を持ち上げた上、私の右手首を左手でつかみ、自分の手に持った陰茎を私の陰部に挿入しようとした。私は、左手で被告人の手首をつかむようにして抵抗したが、逆に被告人に左手をつかまれ、私の顔の左横辺りに私の左手を押し付けられた。この時、Bが、寝返りをするように動き、その手を私の左手の上に乗せた。その直後、被告人が再び自ら陰茎を持って挿入しようとしたため、私は左手で抵抗しようとしたが、Bの手があったために左手を動かすことができず、結局、被告人の陰茎を私の陰部に挿入されてしまった。この時、私の体は動かない状態だった。それでも、当初は、顔を横に振っていたが、途中で気力がなくなってしまい、それも止めて無抵抗になった。なお、私の陰部は、被告人が陰茎を挿入するときには既に濡れていた。被告人は、挿入後五分か一〇分位その腰を振った後、私の左腰の上に射精した。私は、抵抗を止めたころから泣き始めていたが、それは被告人が射精をする前か、その最中であったと思う。なお、Bは、被告人がその陰茎を私の陰部に挿入している間、私の左手をつかんでいた。
(2) 射精をした被告人が後ろに退くと、続いて、Bが起き上がり、私に覆いかぶさってきた。Bは、既に下半身裸の状態であった。この時、私は、もう気力を失って泣いている状態だったので、Bを突き飛ばすなどの抵抗はしていない。また、被告人は、Bが陰茎を私の陰部に挿入して少ししてから、横になった状態で私の左手を押さえていた。Bは、自分の手に持った陰茎を私の陰部に挿入した上、腰を動かした。
(3) Bが私の体から離れると、今度は、Cがパンツを脱ぎ、その左手で私の右足を持ち上げた上、自分の右手に持った陰茎を私の陰部に当てた。その時間は短く、一〇秒から三〇秒くらいだと思う。結局、Cは、陰茎を私の陰部に挿入することなく私の体から離れたが、それは、私がずっと泣いていたからだと思う。この時、私の左手がどのような状態であったか覚えていないが、被告人に押さえられていたような気もする。
三 D子供述の信用性について
D子の前記公判における供述は、一見公訴事実を支えるかのようであるが、①その供述内容自体に見過ごすことのできない疑問点があり、また、②本件に至る経緯、本件後のD子の言動、被害申告に至る経緯等につき、D子供述に影響を及ぼすべき諸事情が存在する。したがって、その信用性については、慎重な吟味を要する。
(1) 被告人との性交に関するD子供述の検討(公訴事実第一関係)
被告人との性交に関するD子供述を子細に検討すると、次のとおり、その信用性に疑問を生じさせる点がある。
ア D子がジーパンを脱がされるまでの暴行等(D子供述(1)①参照)
D子供述によると、被告人は、当初、D子にキスをしようとした際にD子に覆いかぶさるような状態であったが、その後は、D子の右側で横になり、自分の体の三分の一くらいをD子の右腕に乗せていた以外に目立った有形力の行使を行っていない。この被告人の行為自体は、有形力の行使として格別強度のものとはいい難く、そうだとすると、D子は、同女自身が認めるように、その左手を自由に動かすことができたことに加え、被告人の体勢から推察して、両足を動かしたり、体を半身に起こすことも、それほど困難ではなかったことがうかがわれる。また、関係証拠上、本件当夜、被告人が、D子に対し、脅迫的な言辞を告げた形跡は一切認められない。
そうであるにもかかわらず、D子供述によれば、D子は、被告人からキスをされそうになった際に小声で「やめて」と言いながら顔を横に振ったこと、被告人から胸を触られた際に左手で被告人の右手首をつかんだこと以外にこれといった抵抗をせず、また、大声を上げて助けを求めることもなく、被告人に着衣の上等から胸をさわられ続けた上、三段ホックのブラジャーを外されて乳房をもてあそばれたというのである。このようなD子の態度は、突然、男性から肉体関係を迫られた女性が強い驚愕や恐怖を感じたのではないかと仮に推察しても、強姦の被害者の態度としては不自然なものといわざるを得ない。
もっとも、この点について、D子は、「部屋にいた他の人が起きると一緒になってやられると思い大声を出せなかった。」などと一応の理由を説明している。しかしながら、他方で、D子が、被告人ら五名と雑魚寝をすることに応じた理由として「多少の抵抗感があったがCがいるからいいかなと思った。」などと供述していることに照らすと、大声を出すなどしてCに助けを求めることも可能な状況にあったとみられ、これをしなかったことの合理的な説明はなされていないというべきである。
イ D子がジーパンを脱がされた状況等(D子供述(1)②参照)
(ア) D子供述によれば、被告人は、D子の右側で横になった状態のまま、右手でD子の左手をつかみ、自己の陰茎を同女に無理矢理触らせるなどし、その間に、右手だけでD子のベルトとジーパンのボタンを外した上、ジーパンのウエスト両側を交互につかんで膝上辺りまで下げたというのであるが、被告人が右手一本でこの供述どおりの動作をすることは不可能であり、供述内容自体不自然である。また、D子は、ジーパンが膝上辺りで止まった理由として、自分が左手でズボンの左のウエスト辺りを持って抵抗していたからだと思うなどと供述するが、これは、D子が、ジーパンを膝上辺りまで脱がされたのは左手で被告人の陰茎を触らされている時であると供述していることと明らかに矛盾している。
ここで指摘したような動作の内容・順序の矛盾については、次のような事情が認められる。すなわち、D子は、検察官の主尋問においては「被告人のものを触らされている間に、その一瞬でベルトとボタンを取られて、ズボンを脱がされた。」と供述していたにもかかわらず、弁護人の反対尋問において、右手だけでD子が当時着用していたベルトを外し、ジーパンを脱がすことは困難ではないかと追及されると、供述を変遷させた結果、上記のような矛盾が生じたのである。これらの矛盾は、単に供述者の叙述の不正確さによるものとして軽視することはできない。
(イ) D子は、被告人に両手でジーパンを下着ごと下ろされた際、右足の上に被告人の右足が乗っており、押えつけられたような状態になっていた旨供述する。
しかしながら、このような趣旨の供述は、検察官の主尋問の際には全く現われておらず、弁護人が反対尋問において、D子の抵抗が不十分であるという趣旨の質問を繰り返した後、被告人がズボン等を脱いでいた際の抵抗状況を質問した時、初めて、供述されたものである。しかも、D子は、検察官の再主尋問において、右足に被告人の右足が乗ったのはどの段階かと確認された時に「気付いたのは、もう胸を触られたとき」と答えて、更に供述を変遷させている。ちなみに、D子の捜査段階の調書には、被告人が足で被害者の足を押さえつけたという趣旨の供述は存在しない。
(ウ) なお、D子は、公判ではジーパンを下ろされる前にチャックのみを下ろされた状態で、陰部を触られた旨を供述するが、捜査段階の調書では、ジーパンを下ろされる前に陰部を触られたことは供述しておらず、この点にも変遷がみられる。
(エ) 上記のように、被害女性のジーパンを脱がす態様という強姦行為の重要な場面について、D子供述には看過し難い矛盾、変遷が生じていると評価せざるを得ない。また、このように、陰部を触られ、ジーパン、下着を脱がされる段階においても、D子が、大声を上げるなどしてCらの助けを求めなかったことは不自然というほかない。
以上によれば、果たしてD子がこの時本気で抵抗したのか否か大きな疑問が生じる。
ウ 被告人が陰茎をD子の陰部に挿入した時の状況等(D子供述(1)③参照)
(ア) D子は、被告人の陰茎を挿入された際の状況について、「被告人は、(a)私の右足を持ち上げた上、(b)私の右手首を左手でつかみ、自分の手に持った陰茎を私の陰部に挿入しようとした。私は、(c)左手で被告人の手首をつかむようにして抵抗したが、逆に被告人に左手をつかまれ、私の顔の左横辺りに私の左手を押し付けられた。この時、(d)Bが、寝返りをするように動き、その手を私の左手の上に乗せたため、抵抗することができなかった。」旨供述する(なお、Bは、自分の手をD子の手に乗せてはいないと供述しており、C及び被告人もそのような状況は見ていない旨を供述している。)。
上記供述のうち、(a)、(b)、(d)の点については以下のような問題がある。
(a)の点は、捜査段階では両手で両足を持って広げられた旨を述べており(一二・四・二三員面、一二・八・一検面)、明らかに状況が異なるもので、「右足を持ち上げられた」とする公判供述は、特異な変遷というべきである。また、(b)の点については、D子が右手も押さえられたとするなら抑圧状況として重要であるが、捜査段階では供述がなく、公判で述べるようになった経緯が不自然である。さらに、(d)については、仮にD子の供述するような状態でその左手にBの手が乗っていたとしても、D子がBの手を払いのけるなどして左手による抵抗を続けなかったことは不自然であるといわざるを得ない。この点について、D子は、「Bも起きているか起きてないか分かんないんで、もし起きちゃったらっていうのもあるじゃないですか。」などと説得力のない説明をするにとどまり、結局、いかなる理由で自分の左手を動かすことができなかったのか合理的な説明をしていない。なお、Bのこの時の挙動に関しては、D子は、捜査段階では、上半身を起こすようにして左手をつかんで押さえつけた旨の供述をしていたところ(一二・四・二三員面、一二・八・一検面)、公判では寝返りをするように乗せたとあいまいになっている。
また、D子は、(c)の点については、捜査段階から一貫して供述しているが、そもそもそれ自体は強度の有形力の行使と言い難いものである上、その他の部分についての同女の供述状況にかんがみると、これもそのまま信用することは困難というべきである。
(イ) また、D子が、被告人のみならず、Bにまで手を押さえられて、いよいよ被告人から無理矢理その陰茎を挿入されるという事態になっているというのであれば、大声を上げるなどの強い抵抗を示し、あるいは、Cらの助けを求めるというのが自然と思われるが、D子は、そのような行動に出ていないのであり、やはり不自然というほかない。
(ウ) こうした点を考慮すると、D子が、被告人から陰茎を挿入される際の状況等について述べている部分も、疑問点が多い。
エ 被告人とBの共謀状況等
被告人とD子の性交の際、被告人とBの間でD子を強姦する旨の共謀があったか否かに関しても、次のような疑問がある。
(ア) 前記のとおり、被告人から陰茎を挿入された際にBの手がD子の左手の上に乗った状況に関するD子供述には疑問点があり、そのままその信用性を肯定するわけにはいかない。
(イ) しかも、D子の検察官調書(一二・八・一検面)及び警察官調書(一二・四・二三員面)によれば、D子は、最初に被告人からキスをされた際の状況(D子供述(1)①参照)として「私は、被告人が、私の左側に寝ているBとアイコンタクトを取っていることに気付いた。」などと供述しているが、当公判廷においては、そのような供述は全くしていない。したがって、D子供述のうち、被告人とBの共謀に関する部分については、その前提に看過し難い変遷が認められる。
(ウ) また、Bが寝た振りをしながら故意に自分の手をD子の左手の上に乗せ、被告人に助力しようとしていた事実が仮にあったとしても、直接手を押さえられているD子ですら、Bがそのようなことを故意に行っているのか、あるいは、寝返りをした際に偶然そのような状態になったのか分からなかったというのであるから、被告人がBの意図、行動を察することができたかは甚だ疑問である。
(エ) その他に、この段階に至るまでの間に、被告人とBの間でD子を強姦することにつき共謀が成立したことを推認させる証拠は見当たらない。
オ 以上のとおり、D子供述には不自然、不合理な点が数多く存在し、被告人とD子の性交に関するD子供述の信用性には疑問があるといわざるを得ない。
(2) Bとの性交に関するD子供述の検討(公訴事実第一関係)
ア Bの強姦行為以前に、被告人とBの間で共謀が成立したと認めるのが困難であることは前記のとおりであるが、D子は、Bから強姦された際、被告人が手でD子の左手を押さえていた旨を供述しており(D子供述(2)参照)、この供述の信用性いかんによっては、この段階において、被告人とBの間でBがD子を強姦することについて共謀が成立したとみる余地がある。
イ そこで、D子供述中の上記部分の信用性について検討する。
事前共謀に関する積極証拠がない本件において、BがD子を強姦している際の被告人の具体的加担行為としてD子の手をつかんだか否かという点は重要であるが、この点について、D子は、捜査段階の検察官調書(一二・八・一検面)では、前記(1)のエ(イ)のようなアイコンタクトを前提にして被告人がBの挿入行為前に同女の右手をつかんで床に押さえ、しかも挿入時には同女は放心状態だったと供述していたところ、当公判廷では、被告人がBの挿入後に手をつかんだと変遷している(なお、当公判廷で事前のアイコンタクトについて供述していないのは前述したとおりである。)。上記D子供述以外に共謀関係を立証するに足りる証拠はないところ、この点は重大な変遷であり、共謀の成立自体があいまいかつ不自然な結果となる。
以上のように、BがD子と性交をしている際に被告人がD子の手をつかんだという事実については、これを認定するための唯一の証拠であるD子供述の信用性に疑いがあるといわざるを得ない。
(3) Cとの性交に関するD子供述の検討(公訴事実第二)
ア この点、D子は、当公判廷において、「Bがどいて、Cがパンツを脱ぎ、左手で私の右足を上げ、右手で自分の陰茎を持ち、陰茎を私の陰部に当てたが、一〇秒から三〇秒くらい陰茎を当てた後、入れるのは止めて私の体から離れた。」などと公訴事実に沿う供述をしているが、この間被告人に左手をつかまれたかどうかについては、検察官の再主尋問で、「この時被告人に押さえられていたような気もする。」と供述するものの、弁護人の反対尋問では、「Cが入れようとしている間、私の左手がどうなっていたかは覚えておらず、全く今思い出せない。」と供述し、その後の裁判官の質問でも、「被告人の手が離れたのは、Cが挿入する前か後かくらいだったが、どっちかというのは覚えていない。被告人が隣にいたのは覚えているが、何をしていたかは思い出せない。」などと供述している。したがって、被告人に左手をつかまれた点についてのD子の上記供述は極めてあいまいであると言わざるを得ず、同供述から被告人がD子の左手をつかんでいたと認定することはできず、また、同供述以外にこの点を認定するに足りる証拠は見当たらない。
なお、CがD子を強姦しようとしたことにつき被告人とCとの間で事前の共謀が成立したことの立証もされていない。
イ 以上によれば、Cが、Bの強姦等によりD子が抗拒不能の状態になっていることに乗じ、Bに引き続いて同女を強姦しようとしたこと、被告人が被害者の近くにいながら、何らCの行為を止めるなどの行為に出なかったことが認められたとしても、被告人とCらの間で、CがD子を強姦することについての共謀が成立したとまで推認することはできない。
ウ その他、関係証拠を精査しても、被告人とCらの間で、CがD子を強姦することについての共謀が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
(4) 本件後のD子の言動及び被害申告に至る経緯について
本件後のD子の言動やD子が捜査機関に被害を申告するまでの経緯については、次のように、D子供述の信用性を損なう事情あるいはD子が合意の上で被告人と性交をしたのではないかとの疑問を抱かせる事情の存在を指摘することができる。
ア 関係証拠によれば、本件後のD子の言動として、以下の事情が認められる。
本件当日、D子は、E方を出てから新宿駅に至るまでの間、被告人と一緒にいたが(前記一(6)参照)、渋谷駅から新宿駅に向かう途中の電車内において、被告人からその携帯電話番号が記載された名刺を受け取った(その際、D子の供述によれば、被告人は、「今日、夜、電話して」と言っている。)。そして、D子は、その日の夜に、被告人の携帯電話に電話をするという、この種の事件の被害者としては特異といえる行動をとっている。しかも、D子は、その後も、自分の方から被告人の携帯電話に対して複数回電話をしているのである。
この点、D子は、本件当日夜に電話をした理由について、「なんで、ああやっといて電話してって言うんだろうなというのもあったし」などと供述し、その後の電話については、「本件後、被告人と六本木駅の改札付近で出会った際に、毎回ではないが、被告人から『電話してね』と言われたため、取りあえず電話をしないと、と思って。」などと述べしているが、これらは事の特異性を考えると、合理的な理由とはいい難いものである。また、D子は、「(被告人に電話をした際には、)何か意に沿わないことをしたら言い触らされるんじゃないかとか、そういうことも心配したんですか。」という検察官の質問に対し、「そうですね」と答えているが、これは、誘導的な尋問に対するものであり、当時のD子の心境として直ちに信用するわけにはいかない。結局、D子が何故に本件当日夜から複数回にわたって被告人に電話をしたかは不可解といわざるを得ず、真の理由を供述していない疑いもある。
一方、Fは、当公判廷において、本件当日後、D子と相当回数駅で会った際、あるいは電話での会話において、同女から被告人のことを相談され、その相談の内容は「一日中被告人に電話をかけたが出てくれない」「今日、会って遊ぶって感じだったんだけど、電話に出てくれなかった」などというもので、こうした同女の話を聞いていて、D子は被告人のことがすごく好きだなと思ったなどと供述している。また、Eも、当公判廷において、本件当日後、電話で何度かD子と話をしたが、その際の主な話題は被告人の話であり、D子が、「ほんとにAちゃん(被告人を示す)は付き合う気があるのかな」「電話をかけても電話とらないんだけど」などと言っていた旨や、D子は被告人のことが好きだと感じた旨を供述している。なお、Cも、当公判廷において、D子から「Aちゃんと遊ぶ約束してるんだけど、なんか遊んでくれないんだけど、どう思う」と相談された旨を供述している。これらの供述は、被告人の職場の同僚であった者によるものであり、その内容をすべて信用できるとまではいえないものの、D子の供述内容と比較すれば自然な内容ということができ、一蹴するわけにはいかない(なお、D子も、本件当日後、Eに電話をしたことやCとの通話自体は認めている。)。
このような証拠関係に照らすと、D子が本件当日夜から複数回被告人に電話をしたことは、それ自体、D子が被告人に対して悪感情を抱いていたのではなく、好意を持っていたのではないかと推測させる方向に働く重要な事情と評価すべきである。のみならず、この点についてのD子の供述態度からは、真実を包み隠さず証言していないのではないかという疑念を払拭できず、それは被告人が強姦をしたというD子供述の核心部分の信用性に大きな疑問を生じさせるものといわざるを得ないのである。
イ また、前記のとおり、本件当日からD子が被害届を捜査機関に提出するまでには一か月以上が経過しているが(前記一(7)参照)、関係証拠(特に、Hの公判供述)によれば、四月三日夜の喫茶店「D原」における会話(前記一(7)参照)の状況等として、少なくとも、(a)Gらは、D子が被告人に強姦されたと主張し、被告人を厳しく追及したこと、(b)その上で、Gらは、被告人に対し、慰謝料名下に金員を請求したこと、(c)この話し合いの後、被告人、B、Cは、本件を知ったB山の社長らの指導に従ってG側に五〇万円を支払うこととし、Hがその旨をGに連絡したが、同人がこの提案を拒否したため交渉は物別れに終わったこと、(d)被告人は、同月一一日ころ久松署にB山の上司とともに相談に赴いたこと、また、その後、D子が本件に係る被害届を警察に出したことが認められる(なお、Hは、基本的にはいわゆる第三者証人と評価できる者である。)。
そして、被告人がGから上記のような追及を受けるに至った経緯について、D子は、「四月初めころには自己の妊娠に気付いたが、同月三日、Gと久しぶりに会った際に、同人から浮気を疑われてあれこれ言われているうち、妊娠の事実を打ち明けることとなり、合わせて、被告人らに強姦をされた旨の説明をしたところ、怒ったGが被告人を呼び出した。」という趣旨の供述をしているものである。
D子は、この喫茶店「D原」における話し合いの状況について、「内容的には分からないです。多分、やったかやらないかだと思うんですけど。私は、席、同じテーブルにいて、離れていろと言われたんで。」と供述するにとどまり、詳細を語っていない。また、その後の経過についても、裁判官から「被害届を警察に出すまでの間はどんなことがあったのですか。」と質問されているにもかかわらず、区役所に相談するなどした旨を答えるにとどまり、GとHの交渉については全く言及するところがなかった。しかしながら、喫茶店「D原」における会談の際、D子は、同女の供述によっても、被告人やGから離れた場所とはいえ同じテーブルに着いていたものである上、そこでの話の主題は自身が強姦されたか否かということにあったのであるから、公判廷で証言をした段階においても内容を知らないというのは、不自然というほかない。そして、この日の追及が何故に被告人のみに対して集中的になされたのかも不可解である。
結局、D子の詳細な供述が得られない以上、同女が本件に係る被害申告を本件後相当日数を経てから決意した真情等は不明というほかない。しかし、前記犯行後の経緯に鑑みると、D子が捜査官に被害申告した経緯は、単純なものではなく、あれこれ想定することも可能であり、被告人について告訴した真意には払拭できない疑問がある。
(5) 本件に至る経緯について
ア 本件当日、居酒屋「C川」でD子が被告人ら五名と合流してから、E方で雑魚寝をするまでの間における被告人とD子の状況について、F、E及びBは、当公判廷において、いずれもD子が他の者より被告人と仲良くしていた旨、特に雑魚寝直前には、被告人とFがD子の両隣から交互にD子と抱き合うなどして遊んでいた旨を供述している。もとより、Fらと被告人の関係を念頭におけば、その供述を全面的に信用するわけにはいかない。しかしながら、これらの供述が相互に符合するものであり、本件以前にD子が他の者より被告人と仲良くしていたという限度では、上記供述を無視することはできないというべきである。
イ そして、D子の供述によれば、D子は、高校卒業直後から本件発生に至るまでの間、長く水商売と呼ばれる仕事を続け、本件当時はキャバクラのホステスをしていた二二歳の女性であり、経験した仕事の中にはアダルトビデオの出演なども含まれていたこと、同女は、少女時代から本件発生までの間に相当多数の男性と性関係を持ったことが認められる。また、前記のとおり、D子が本件当日未明に被告人らと酒食を共にしているが、その際、C以外の者とは初対面であったにもかかわらず、性体験に関する会話などをし、その後、Cに誘われるままE方に赴き、初対面の男性四名を含む被告人ら五名と一緒に雑魚寝までしているのである。このような事情を総合すると、D子は、一般人から見ればかなり自由な性意識を持った女性であるといわなければならない。
一方、被告人も、B山でスカウトマンとして働いていた若者で、いわゆる水商売の女性との接触が多かったことがうかがわれる。
以上のような被告人及びD子の人物像に照らすと、本件当日朝のE方における状況(前記一(4)参照)において、被告人が、周囲の者が眠りに就いた頃合いをみて、抜け駆け的にD子に肉体関係を求めるというのは必ずしも不自然なこととはいえないし、このような求めにD子が応じ、両者合意の下、周囲をはばかりながら性交に及ぶということも、事の次第によってはないとはいえない。
ウ 以上によれば、被告人とD子の性交が合意によるものである可能性を完全には否定できない。
(6) まとめ
以上、検討したところによれば、①D子供述は、一見すると詳細かつ具体的で真実性を備えているようにみえるが、子細に検討すると、一貫性がなく不自然な変遷や内容的に不自然不合理な部分が数多く存在すること、②D子の本件前後の言動、被害申告に至る経緯をみると、D子が被告人から強姦されたとすると不可解な点が存在し、かえって合意によるものではないかとの疑問を抱かせる重要な事情が存在すること、③D子が、本件前後の経緯等について、明らかになれば被告人に有利に働く可能性のある事実を隠して供述しているのではないかという疑問があることなどの事情が認められ、被告人からの被害状況に関するD子供述の根幹部分の信用性には重大な疑義があり、その信用性を肯定することは困難である。
四 Cの検察官調書(一二・七・二一)における供述について
ところで、Cは、検察官による弁解録取手続において「私が目が覚めたときには、被告人はD子とセックスをしている最中でした。セックスが終わった後、D子が泣いていましたので、被告人が、無理矢理、D子とセックスしたことが分かりました。」などと供述している(以下「C供述」という)ので、ここでその信用性等について検討する。
確かに、本件の前後の状況に照らすと、C供述は、C自身にとって不利益な事実を自ら認める内容のものが認められる上、Cが事実に反してこのような供述した理由も、関係証拠上、認定するには至らない(この点についての、Cの弁解は直ちに信用し難い。)。しかしながら、上記C供述後の経過をみると、Cは、その後の検察官の取調べにおいて、「D子が泣いていたかは見えなかった」「被告人が強姦しているとまでは思わなかった」と供述を覆し、その後、一貫して被告人とD子の性交は強姦ではないと思った旨を供述しているのであるから、その供述には大きな変遷が認められ、当初のC供述はCにとって不利益供述であるとはいえ、C自身が罪を問われる事実を供述したものではないこと、C供述の内容は概括的で推測的なものであることなどに鑑みると、C供述をもって、それ自体、高い信用性を備えたものとまで評価することはできない。
五 被告人の供述の信用性
被告人は、本件前後の状況について、Bの性交までは詳細に供述するにもかかわらず、それに引き続くCの行為は覚えていないと突然あいまいな供述に転じていることなどを考慮すると、その供述内容には、信用し難い部分があることは否定できない。
しかしながら、被告人は、捜査・公判を通じ、D子との性交は合意に基づくものであり、BやCの強姦、同未遂に加担した事実はない旨を一貫して供述しており、その根幹部分に変遷は認められない。また、D子供述との比較でいえば、少なくとも、本件当日夜以降における被告人とD子の電話の状況については、被告人の供述する内容の方が自然といえ、他の関係者の供述とも符合している。
第四結論
公訴事実第一については、被害状況に関するD子供述の根幹部分に重大な疑義があり、その信用性を肯定できず、他方で被告人とD子の性交は合意によるものであったのではないかという疑いを払拭することはできず、少なくとも、被告人がD子の抵抗を著しく困難にする程度に至る暴行、脅迫を用いて姦淫したことを立証するに足る証拠は存在しないというべきである。また、被告人とBの間で、D子を強姦することの共謀が成立したことについても、合理的な疑いを入れないほどの立証はされていないというべきである。
公訴事実第二については、関係証拠を精査しても、被告人がD子に対し有形力を行使し、あるいは、Cと共謀したことを裏付ける証拠は見当たらない。
以上のとおりであって、本件各公訴事実については、いずれも犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(裁判長裁判官 池田耕平 裁判官 中島経太 富張邦夫)
<以下省略>