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東京地方裁判所 平成13年(合わ)431号 判決 2002年4月17日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中一五〇日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

本件の共犯者であるB及びC子は、平成一〇年一二月下旬、他数名と共謀して東京都渋谷区内の芸能プロダクション事務所から多額の現金を窃取したことがあったが、その後、金銭に窮するようになり、平成一三年五月半ばころ、上記プロダクションの経営者を略取して監禁し、事務所の鍵を奪って、再度事務所に侵入して金を盗むことを企て、その後、D及び被告人が、Bの誘いを受けて、その実行役として加わった。

B及びC子は、上記窃盗事件の当時、上記プロダクションの事務所が窃盗事件の現場と別に東京都渋谷区渋谷《番地省略》所在のA野ビル内にあり、そちらの方が人の出入りが多い旨の情報を得ていたことから、六月下旬以降、Bの指示を受けたD及び被告人が、同ビルに出入りする者を見張るなどして調査したところ、E'ことEが同ビルに頻繁に出入りしていた上、同人が高級外国製自動車に乗っていたため、被告人らは、Eが上記プロダクションの経営者であると思い込み、略取の対象とすることにし、その機会を窺っていた。

(罪となるべき事実)

第一  被告人は、B、D及びC子と共謀の上、営利の目的で、平成一三年八月二〇日午後九時五〇分ころ、被告人及びDが、東京都渋谷区渋谷《番地省略》A野ビル一階エレベーターホールにおいて、E'ことE(当時五八歳)に対し、その背部及び腹部にスタンガンを押し当てて高圧電流を発し、その腹部を手拳で殴打したり足蹴にするなどの暴行を加えた上、同人を同ビル一階駐車場に運んで、同所でBが運転する普通乗用自動車内に押し込み、Bが同車を発進走行させて、Eを被告人らの支配下に置き、もって、Eを営利の目的で略取するとともに、上記暴行により同人に全治約六週間を要する右第七、八肋骨骨折、全身打撲、腹部及び背部熱傷の傷害を負わせた。

第二  被告人は、B、D、C子及びFと共謀の上、前記第一記載の日時ころ、前記のとおり、Eを普通乗用自動車内に押し込んだ後、東京都内、神奈川県内、静岡県内を走行中又は停車中の同車内及び静岡県賀茂郡東伊豆町片瀬《番地省略》所在の家屋内において、同人に対し、顔面にガムテープを巻き付け、両手に手錠をかけ、両足を針金等で緊縛したり、手足を手錠やビニールひもで家具に結び付けるなどした上、その動静を終始監視し、同月二五日午前〇時三〇分ころまでの間、同車内及び同家屋内から同人が脱出できないようにし、もって、同人を不法に監禁した。

第三  前記のとおりEを略取して監禁中、同人が鍵を所持しておらず、しかも、その所持品から同人が上記プロダクションの経営者でないことが判明したため、被告人は、B、D、C子及びFと共謀の上、Eの安否を憂慮する近親者の憂慮に乗じてその金員を交付させることを企て、同月二一日午後〇時三五分ころから同月二四日午前九時五七分ころまでの間、多数回にわたり、神奈川県内に停車中の普通乗用自動車内や静岡県賀茂郡東伊豆町片瀬《番地省略》所在の家屋等から、Eを介して東京都内にいたその妻G子及び長女H子に対し、電話で、「お金が必要だから、五〇〇〇万円用意してくれ。友だちに貸すから。」、「金の準備ができたか。」、「九時半までかばん置いといて。お金を、九時半までそこに置いとけっつうんだよ。フロント、B山倶楽部の。」、「早く届けてよ。」、「どうしても一億円用意してほしいんだ。」、「用意できた時点で帰すって言うから。」、「お金揃ったの。」、「できたか。それでできなかったら、もう今日は終わっちゃうよ。」などと言って金員の交付を要求し、もって、略取された者の安否を憂慮する近親者の憂慮に乗じて、その財物の交付を要求したが、同月二五日午前〇時半ころ、Eを安全な場所である静岡県志太郡岡部町大字三輪小字大滝《番地省略》先道路上で解放した。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、営利目的略取の点は刑法六〇条、二二五条に、傷害の点は同法六〇条、二〇四条に、判示第二の所為は同法六〇条、二二〇条に、判示第三の所為は同法六〇条、二二五条の二第二項にそれぞれ該当するところ、判示第一の営利目的略取と傷害は一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い営利目的略取罪の刑で処断することとし、判示第三の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、同罪については、公訴が提起される前に、略取された者を安全な場所に解放したものであるから、同法二二八条の二、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし(ただし、短期は判示第三の罪の刑のそれによる。)、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日をその刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(解放減軽の判断の補足説明)

一  弁護人は、判示第三の犯行について、被告人らが被害者を解放した行為が、刑法二二八条の二にいう略取された者を安全な場所に解放した場合に当たると主張するのに対し、検察官は、これに当たらないと主張するので、裁判所がこれに当たると認めた理由を補足して説明する。

二  関係証拠によれば、被告人らが被害者を解放した経緯及びその場所等について、以下の事実が認められる。

(1)  解放に至る経緯

① 平成一三年八月二四日午後八時半ころ、Bは、被害者に対して「東京の近くで降ろす。歩いていけるところで降ろす。」などと東京都内又はその近辺で解放することを伝えたが、被害者は一刻も早く解放してもらいたいと考え、「ここでいいです。」などと答えた。

② その後、数時間自動車で走行した後、Bは、被害者に対して「これから降ろすが、立たされたところから五分間は動くな。立った場所から坂を下りていくとタクシーが通っている道だ。」などと言い、被害者から取り上げていた財布の中身のうち、外国人登録証及び運転免許証を返す旨伝えたが、被害者はこの場から離れることが先決であると考え、受け取ることを断った。

③ 翌二五日午前〇時半ころ、被害者は、ガムテープで目隠しされた状態で自動車から降ろされ、被告人に手を引かれて数十メートル歩き、道路上に立たされた。被告人は、被害者に、そのまま五分程度待つように言って、その場を離れて被害者を解放し、自らはBらの待つ自動車へ向かった。

(2)  解放現場及びその付近の状況

① 被害者が自動車から降ろされた場所は、静岡県志太郡岡部町にある県道焼津・岡部線(高草街道)三輪橋交差点を折れ、三輪川沿いに集落の中を通る舗装道路を川の上流に向かって約七五〇メートル進行した地点であり、周辺に照明設備はない。

② 解放場所は、被害者が自動車から降ろされた場所から三輪橋交差点方向に約四〇メートル戻った地点であり、幅員三・六メートルないし四・六メートルの舗装道路上であって、周辺に照明設備はない。道路脇には三輪川が流れており、道路から川底まで約三・三二メートルの高さがあり、ガードレール等落下防止の設備はない。

③ 解放場所から三輪橋交差点に向かって一〇〇メートル余り進んだ地点から同交差点に至るまでの間は、道路両側に民家が立ち並んでおり、そのうち、解放場所から約二〇〇メートル進んだ地点以降は電柱に街灯が設置されていた。

④ 高草街道は、国道一号線と焼津市街を結ぶ県道であり、道路沿いに民家や店舗がある。

(3)  解放後、被害者が保護される経緯等

① 被害者は、日本語に堪能である上、被害当時、毎日のようにスポーツクラブに通うなどして身体を鍛えており、会社を経営し、団体役員を務めるなどの社会的経験も有する男性である。

② 被害者は、解放された後、Bらから指示されたとおり、その場で五分間以上待った上で、目隠しを外したところ、立っていた場所が坂道になっており、道の前方は曲がっており、脇に川が流れていることが分かったので、Bから言われたとおり、坂を下りる方向に道なりにしばらく歩くと明かりのついた民家が見え、そのまま集落の中の道路を歩くと、三輪橋交差点の信号機が見え、車が走行しているのも分かった。そこで、被害者は、その道路(高草街道)に出てタクシーを停車させ、所持金がなかったため、東京まで着払いで乗車させてくれるよう頼んだが、拒否され、次いで、付近の工事現場の警備員に携帯電話の借用を申し入れたものの、警備員が携帯電話を所持していなかったため、道路沿いの飲食店に入って電話を借り、自宅に電話して妻に解放されたことを伝え、ほどなく駆け付けた警察官に保護された。

三  そこで上記各事実を前提に、解放場所が安全な場所といえるかどうか検討すると、解放場所は、被害者にとって全く地理不案内の山間の道路上であり、解放の時刻には暗くて人通りのない場所であった上、道路脇には川が流れており、道路から川への落下を防止するための設備もなく、また、被告人らは、解放後、被害者の安否を見守ることなく立ち去っており、加えて、被害者は、金銭を所持せず、長時間監禁された後の疲労した状態にあり、肋骨骨折等の傷害も負っていたのであって、これらのことを考えると、解放の場所、時刻、方法は適切なものではない。しかし、解放場所は、集落内を通って県道に通じる舗装道路上であり、一〇〇メートル余りの地点からは民家が建ち並び、約二〇〇メートルの地点からは街灯も設置されている上、被告人らは、解放に当たって、被害者に対し、解放場所から坂を下りるとタクシーが通る道である旨教えていること、暗かったとはいえ、被害者は、解放された場所が坂道となっており、道の前方が曲がっていることや脇に川が流れていることは認識できていること、被害者が日ごろから身体を鍛えており、社会的経験も有する成人男性であることなどを併せ考えると、被害者は、舗装路を踏み外さないように注意しながら県道方向へ歩き、それほど長い時間をかけずに、解放された道路沿いの民家や県道沿いの店舗を訪ね、あるいは県道の通行車両に停車を求めた上で、事情を説明して助けを求め、安全に救出された蓋然性が高かったと認められ、その間、不安感や危惧感が存したことは認められるものの、検察官が主張するような、川に転落したり、見知らぬ土地を長時間にわたりさまよい続けたりする危険が、具体的かつ実質的な危険として実際に存したとは認め難い。

したがって、被告人らの解放行為は、刑法二二八条の二にいう略取された者を安全な場所に解放した場合に当たるというべきである。

(量刑の理由)

本件は、会社役員を営利目的で略取し、その際、同人に傷害を負わせ、引き続き監禁して、その間、被害者の家族に対して身の代金を要求するなどした事案であるが、以前に都内の芸能プロダクションから多額の現金を盗んだことのあるB及びC子が同プロダクションの経営者を略取して鍵を奪い、再度その事務所から現金を盗もうと考え、Bが知人の被告人らを引き込んで実行役に加えて敢行したものであって、このような犯行に至る経緯について酌量の余地は全くない。

犯行態様を見ると、被告人らは、事前に長期間にわたり被害者の行動等について調査を重ね、略取及びその後の監禁に用いるためのスタンガン、手錠等を用意した上、夜、被害者が酒を飲んで一人で帰宅してきたところを二人で襲いかかり、スタンガンで攻撃した上、腹部を殴打するなどの暴行を加えて略取し、その際、肋骨骨折等の傷害を負わせ、その後、四日間余りにわたって走行中の自動車内及び犯行のために借りた家屋内に監禁し、被害者が上記プロダクションの経営者ではないと分かった後は、被害者を通じて同人の安否を憂慮する家族らに対して一億円の身の代金を要求するなどしたのであって、周到な計画と準備の上で、大胆に敢行されたものであり、悪質である。

被害者は、突然に複数の男に襲われて暴行を受け、全治六週間を要する肋骨骨折等の傷害を負わされた上、監禁中、殺害される恐怖におびえながら、家族に身の代金を用意するよう依頼したのであって、身体的苦痛はもとよりのこと、その間の恐怖感は察するに余りあり、被害者及びその家族らの被害感情が強いのも当然である。

このような犯行にあって、被告人は、報酬目当てに安易に略取及び監禁の犯行に加わり、Dらとともに被害者の行動を調査した上、スタンガンを用いるなどして被害者を略取、監禁する実行行為を担当し、身の代金を要求することになった後も、被害者を監禁するなどして、身の代金要求の犯行に加担したのであって、本件において、重要な役割を果たしたものである。

以上からすれば、被告人の刑事責任は重い。

他方で、判示第三の罪については解放減軽が成立すること、本件の首謀者はBであって、被告人の役割は重要であったとはいえ、従属的なものにとどまること、被告人は、捜査段階から本件犯行を素直に認め、反省の態度を示していること、前科がないこと、被害者に対し被害弁償として一二〇万円を支払っていること、被告人の父親が、公判廷において、被告人の社会復帰を応援する旨述べていることなど、被告人にとって有利に斟酌すべき事情も認められる。

そこでこれらの諸事情を総合考慮し、被告人に対しては主文の刑に処するのが相当であると判断した。

(求刑 懲役四年)

(裁判長裁判官 辻川靖夫 裁判官 松井芳明 大野洋)

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