大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成13年(特わ)1250号 判決 2002年12月27日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中五四五日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、平成一三年三月七日ころ、東京都荒川区東日暮里《番地省略》A野一〇一号室被告人方において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。

(証拠の標目)《省略》

なお、弁護人は、本件における尿の採取過程には違法があって本件鑑定書は違法収集証拠として証拠から排除されるべきであること、及び、本件で差し押さえられた尿は被告人の尿ではないことを理由に被告人は無罪である旨主張する。確かに、警察官等が、東京都衛生局へ通報する前の段階で被告人に覚せい剤事犯の前科歴があることを把握した上で尿の提出を求めていたことに照らすと、警察官が被告人に対して覚せい剤使用の嫌疑を抱いており、同人の尿を証拠として採取したいとの意図があったことが推察される。しかし、被告人は、①夜九時ころ、相当な高さのある民家の屋根上に上っていたため、住民から一一〇番通報されたこと、②後に、B山病院から他の病院へ転院した被告人は三月二八日まで同病院において投薬治療を受けていたことが認められるが、このような、本件採尿がなされた前後の事実に照らすと、警察官等が被告人の当時の言動に異常性を感じ取り、いわゆる精神保健福祉法等の法令に基づく通報義務を履践しなければならないものと判断してこれを実施したことが推認される。そして、当公判廷における各警察官及び医師の各証言はこれを裏付けており、十分信用できる。そうであれば、本件当時の被告人の言動には精神障害のため自傷他害のおそれをもつ異常性が認められ、警察官等は精神保健福祉法等に基づいて東京都衛生局へ通報しなければならない状況にあったことが認められる。したがって、本件において警察官等が東京都衛生局へ通報したことは適法であったと認定できる。その後、通報を受けた東京都側が警察官に対しB山病院へ被告人を連れて行くよう指示し、これに従った警察官等が深夜零時前後に被告人をB山病院へ連れて行き、これを受けて精神保健福祉法上の指定医が被告人を診察したことに照らすと、これら一連の処理に違法性は認められない。そして、診察に当たって、被診察者の尿を検査することは一般の健康診断においても行われていることであるからそのこと自体に違法性は認められず、また、本件の場合、被告人の言動に自傷他害のおそれが認められる状況下であったのだから、被告人を睡眠状態にさせて採尿することもやむを得ない処置であり、しかも、カテーテル等で採尿するという処置自体は医療上の相当な方法と認められるから、本件の指定医が被告人の尿を採取したことも適法である。そうすると、現実に、被告人が自傷他害のおそれある異常な言動をしていた本件にあっては、警察官は法令に定められた通報をせざるを得ない立場にあるのであるから、たとえ、警察官が医師の診察の過程で採尿することを知っており、その場合、その尿を覚せい剤事犯の証拠として採取したいとの意図が併存していたとしても、そのことから直ちに本件通報が違法になるものとは認められない。

そして、尿の同一性についてみるに、関係証拠から、被告人から尿をカテーテルで採取した医師は被告人の尿を赤いキャップ付きの容器に入れ、同容器に被告人の名前等を記載したことが認められ、その後同容器はB山病院内の、外部者が出入りできない場所に設定された保冷庫に保管され、三月八日、差押許可状に基づいて警察官が同容器を差し押さえた際に、同容器は赤いキャップ付きで被告人の名前が書いてあったことが優に認められるから、本件差押えを受けた尿が被告人の尿であることは明らかである。また、現実に被告人は三月七日に自宅で覚せい剤を使用したというのであるから、本件差押えにかかる尿から覚せい剤成分が検出されたという事実自体もこの認定を支えている。

以上より、本件鑑定及び鑑定結果は違法とは認められず、かつ、尿の同一性についても問題なく認められるから、判示事実は優に認定し得る。

もっとも、以上の認定は被告人の供述と反する部分がある。しかし、本件当時被告人の精神状態が上記のとおりであったと認められる以上、被告人に記憶がない部分や思い違いが存在することは当然予想されるから、被告人がことさら虚偽を述べているとは認められないので、被告人が当公判廷で本件採尿経過について縷々不満を述べていることを被告人に不利な量刑事情とはしない。

(累犯前科)

被告人は、平成九年二月二八日浦和地方裁判所で覚せい剤取締法違反罪、大麻取締法違反罪により懲役三年六月に処せられ、平成一二年一一月一五日その刑の執行を受け終わったものであって、この事実は検察事務官作成の前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示行為は覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条に該当するところ、前記の前科があるので刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中五四五日をその刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は覚せい剤の単純使用事犯である。

本件の動機は覚せい剤の薬効を味わいたいというものであり酌量の余地はなく、犯行態様も積極性が認められ、悪質というべきである。被告人に同種事犯の前科が三犯あり、いずれの前科も服役したことに照らすと、被告人の薬物事犯に関する規範意識は乏しいと言わざるを得ず、犯情も芳しくない。したがって、被告人の刑責は重い。

しかし、他方、被告人は、本件事実を認めて反省の弁を述べており、実母の期待に応えて真面目な人生を歩む旨誓っている。すなわち、被告人は、実母が身体の具合が悪いにもかかわらず、生活のためにパートで働ざるを得ず、近時、片目が見えなくなるという不幸な境遇の中でも、息子である被告人のことを心配し、同女にとってなけなしの所持金の中から二千円を工面して被告人に送付する程被告人を優しく心配してくれていることに感動・感謝し、「今度こそは絶体に立ち直って、一生懸命働き、母を助けてあげようと心に決めました。」などと反省文に書いてその決意を固めている。このように、被告人にとって有利に斟酌し得る情状も認められる。

そこで刑の量定に当たっては、これら諸事情を総合考慮して、主文のとおり判決する。

(求刑―懲役三年)

(裁判官 佐藤基)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例