東京地方裁判所 平成13年(特わ)3734号 判決 2001年11月09日
主文
被告人を懲役1年6月に処する。
この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人は,法定の除外事由がないのに,平成13年8月10日ころ,千葉市花見川区内の当時の被告人方において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を飲用し,もって,覚せい剤を使用した。
(量刑事情)
本件は,現職警察官である被告人が覚せい剤を使用したという事案であり,被告人は,平成5年ころ,街で外国人から声を掛けられ,酒に酔っていたことから興味本位で覚せい剤を購入して自宅でこれを使用し,その際,強い快感を得られたことから,平成7年ころにもその快感を得ようと数回にわたって再び覚せい剤を購入して使用していた。そして,被告人は,その後しばらくしてから仕事上のストレスを募らせるようになり,脱力感も感じたことから医師の診察を受けたところ,心因性反応との診断を受け,その後は仕事を休んで静養したり,負担の少ない職務に担当を変えてもらったりという配慮を受けながら何とか仕事をこなしていた。しかし,被告人は,本件前には新たな職務に不安を覚えたり,職場の人間関係がうまくいかず,あれこれと思い悩み,再びストレスを募らせて精神状態も不安定となり,また,仕事も休みがちとなったことなどから家庭内もうまくいかないようになった。そうしたところ,テレビで覚せい剤を扱った番組を見た被告人は,以前の覚せい剤使用の快感を思い出すとともに,覚せい剤を使用すれば様々な悩みを忘れることができると考え,平成13年7月下旬ころから5回にわたって覚せい剤を購入し,またもや覚せい剤を使用するようになって,本件に至ったものである。
覚せい剤の害悪や反社会性に照らして覚せい剤の使用はそれ自体悪質な犯行であるが,犯罪を取り締まるべき立場にある被告人が自ら覚せい剤を使用するという本件犯行は,警察組織の威信を揺るがすばかりでなく,国民の期待をも裏切るものであり,また,関係機関に与えた影響も軽視し得ないのであって,厳しい非難に値するといわなければならない。
また,被告人の心因性反応との診断の原因は定かではないが,上記のとおり,被告人は,職場において様々な配慮を受けるなど自己の状況を改善する十分な環境が整っていたにもかかわらず,自ら努力することを放棄し,快楽を得ようとしていたずらに覚せい剤を使用したとの一面は否定できず,本件動機に酌量の余地は認め難いし,被告人の覚せい剤使用歴や本件当時の使用状況などからすれば,被告人と覚せい剤との結び付きは看過し得ない状況に至っている。
以上によれば,本件における被告人の刑事責任は相当重いというべきである。
一方,被告人は,遅まきながらも罪の重さや事態の重大性を認識するに至り,自ら以前の上司に本件犯行を申告し,捜査,公判の段階を通じて事実を隠すことなく認めるとともに十分な反省の態度を示しており,2度と覚せい剤と関わらないと誓っていること,また,被告人のこれまでの仕事ぶりは真面目であったとの評価を受けており,そのような被告人であればこそ,被告人なりの職務に対する重圧を感じ,精神状態の不安定さを招いたことが,本件の一因となったとの面も否定できないこと,本件によって懲戒解雇処分を受けたほか,家族も様々な辛い思いを感じながら生活しなければならなくなったという事情や,今後は被告人の更生に向けて妻の監督,助力も期待でき,これらは被告人にとって酌むべき事情である。
そこで,以上を総合考慮し,被告人に対しては主文の刑に処した上,今回に限ってその刑の執行を猶予することとした。
(求刑・懲役1年6月)
(裁判官 福士利博)