東京地方裁判所 平成13年(特わ)4735号 判決 2003年3月24日
主文
被告人株式会社A野を罰金二億四〇〇〇万円に、被告人Aを懲役二年六月に処する。
被告人Aに対し、未決勾留日数のうち六〇日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
第一 被告人株式会社A野(平成一三年八月三一日以前は、株式会社B山。以下「被告会社」という。)は、東京都港区六本木《番地省略》に本店を置き、タレント、モデル、歌手の養成、芸能興業に関する業務等を目的とする株式会社であり、被告人A(以下「被告人」という。)は、平成一三年八月二三日まで被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していたものであるが、被告人は、税理士として被告会社の法人税確定申告に関与していたBと共謀の上、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空支払報酬、架空外注費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、
一 平成八年九月一日から平成九年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が二三億〇五四五万六六四七円であった(別紙一の修正損益計算書参照)にもかかわらず、平成九年一〇月二七日、東京都港区西麻布《番地省略》所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二〇億〇七二五万四九五一円で、これに対する法人税額が五億七〇九〇万七四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成一四年押第二七二号の一)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の同事業年度における正規の法人税額六億八二七三万三二〇〇円と上記申告税額との差額一億一一八二万五八〇〇円(別紙四のほ脱税額計算書参照)を免れ、
二 平成九年九月一日から平成一〇年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四五億五〇八八万七六五三円であった(別紙二の修正損益計算書参照)にもかかわらず、平成一〇年一一月二日、前記所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二五億七二六七万一七五九円で、これに対する法人税額が八億二五六四万八九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の二)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の同事業年度における正規の法人税額一五億六七四七万九九〇〇円と上記申告税額との差額七億四一八三万一〇〇〇円(別紙四のほ脱税額計算書参照)を免れ、
三 平成一〇年九月一日から平成一一年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が三六億一一五三万四〇七九円であった(別紙三の修正損益計算書参照)にもかかわらず、平成一一年一一月一日、前記所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三二億五四六八万九〇〇二円で、これに対する法人税額が八億七九八〇万七五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の三)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の同事業年度における正規の法人税額一〇億四七九一万九一〇〇円と上記申告税額との差額一億六八一一万一六〇〇円(別紙四のほ脱税額計算書参照)を免れ、
第二 C川株式会社は、東京都港区六本木《番地省略》に本店を置き、レコード、コンパクトディスク、音楽テープ等の企画、制作、販売、購入並びにその著作権の取得、譲渡及び管理等を目的とする株式会社であり、被告人は、同会社の実質的経営者としてその業務全般を統括していたものであるが、被告人は、同会社の代表取締役としてその各種業務に従事していたCと共謀の上、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空外注費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、
一 平成一〇年二月一日から平成一一年一月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額が一億九六〇七万二二五三円であった(別紙五の修正損益計算書参照)にもかかわらず、平成一一年三月三一日、前記所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一五三八万四九五四円で、これに対する法人税額が五〇〇万六七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の四)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の同事業年度における正規の法人税額七二七六万四七〇〇円と上記申告税額との差額六七七五万八〇〇〇円(別紙七のほ脱税額計算書参照)を免れ、
二 平成一一年二月一日から平成一二年一月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額が一億七五〇二万八二一三円であった(別紙六の修正損益計算書参照)にもかかわらず、平成一二年三月三一日、前記所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億三〇三八万三五六六円で、これに対する法人税額が四四二一万五五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の五)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の同事業年度における正規の法人税額五九六一万八一〇〇円と上記申告税額との差額一五四〇万二六〇〇円(別紙七のほ脱税額計算書参照)を免れた。
(証拠)《省略》
(弁護人の主張に対する判断)
第一被告会社のほ脱額の算定について
一 弁護人の主張の要旨
弁護人は、被告会社の平成一一年八月期のほ脱額の算定に当たり検察官が経費として認めなかった、①株式会社D原(以下「D原」という。)に対する外注費、②株式会社E田(以下「E田」という。)に対する外注費、③株式会社A田(以下「A田」という。)に対する支払報酬には、いずれも同事業年度の経費として認容されるべきものが含まれており、また、被告会社の平成一〇年八月期のほ脱額の算定に当たり検察官が経費として認めなかった、④有限会社B野(以下「B野」という。)に対する外注費、⑤有限会社C山(以下「C山」という。)に対する外注費のうち検察官が平成一一年八月期の経費としても認めなかった分は、いずれも平成一一年八月期の経費として認容されるべきである、と主張するので、以下順に検討する。
二 D原に対する外注費について
(1) 弁護人は、被告会社が平成一一年八月期に計上したD原に対する外注費三億九三七五万九六三六円について、これは、同年に開催されたダ・パンプコンサートの企画制作費であって、同事業年度末までに債務が成立している上、同コンサートは、全三八回のうち、一三回の公演が同年八月中に終了しているから、同外注費の全額、少なくともその三八分の一三に相当する一億三四七〇万七二四三円は、同事業年度の経費として認容されるべきである、と主張する。
(2) そこで検討すると、まず、関係証拠によれば、次の各事実が認められる。
ア D原は、平成九年七月に設立された芸能及びスポーツ等に関するイベント・コンサート等の企画、制作及び運営等を目的とする株式会社であり、本件当時、その発行済株式はすべて被告会社の経理総務を担当していたDが保有し、代表取締役も同人が務めていた。
もっとも、D原の資本金を実際に出資したのは被告人であり、事実上、同会社は被告人の支配下にあった。また、D原には従業員等は全く在籍しておらず、役員もD以外は名目だけの存在にすぎなかった。
イ 被告会社は、D原に対し、①平成一一年八月下旬に開催された千葉マリンスタジアムのコンサート(以下「千葉マリンスタジアムコンサート」という。)、②同年七月下旬に開催された知念里奈のコンサート(以下「知念里奈コンサート」という。)、③同年八月から同年一二月にかけて開催されたダ・パンプのツアーコンサート(以下「ダ・パンプツアーコンサート」という。なお、これらのコンサートを合わせて、「平成一一年のコンサート」という。)の企画制作を委託した。
その上で、同年八月末までに、これらの企画制作費の内金として七億円余が被告会社からD原に支払われた。
ウ D原は、ダ・パンプツアーコンサートの企画・制作をコンサート運営会社である株式会社D川(以下「D川」という。)に下請発注し、同会社の主催でダ・パンプツアーコンサートは開催されることとなった。
なお、当時のコンサートは、CD等の販売促進のために赤字覚悟で実施されることが多く、コンサート運営会社が、委託者に対して、赤字分を請求することになるのが通例であった。そこで、ダ・パンプツアーコンサートについては、D川において清算をとりまとめた上でD原に赤字分を請求することになるものと予定されていた。そして、こうした請求については、コンサートが終了した時点で行うのが業界の慣行となっていた。
エ 同年九月ないし一〇月初旬ころ、D原に対し、D川から、平成一一年のコンサートに係る諸費用の総額が七億円余である旨を記載した書面が届けられた。もっとも、この時点においては、既に終了していた千葉マリンスタジアムコンサートと知念里奈コンサートの分の費用は、ほとんど確定していたものの、継続中であったダ・パンプツアーコンサートの費用は定まっておらず、上記書面は予算書あるいは見積書の域を出ないものであった。
そのころ、Dが、被告人に対し、D原においてD川に対して支払をしても、D原に支払額の二割程度の利益が残るようにしてもらいたい旨頼んだところ、被告人もこれを了承し、平成一一年のコンサートの総企画制作費は、総額八億七四四二万一九五三円、そのうち、ダ・パンプツアーコンサート分(以下「本件企画制作費」という。)は、三億九三七五万九六三六円とすることで合意した。なお、これらの金額は、上記書面に記載された費用の額に一・二を乗じて算出された額であり、前記八億七四四二万一九五三円から既にD原に支払われた七億円余を差し引くと一億一四四二万一九五三円となる。
このような経緯で、被告会社は、平成一一年八月期の決算に当たり、平成一一年のコンサートの企画制作費の全額をD原に対する外注費として計上した。
オ ところが、D原において、平成一一年のコンサートの諸費用を精算したところ、実際に要した費用は、上記書面に記載されていた金額よりも相当に低かった。そのため、平成一一年八月期の決算時までに定めた前記企画制作費をD原が受け取ったままにすれば、同会社の利益は、平成一一年のコンサートに係る諸費用の総額の二割を大きく上回ることが判明した。そこで、被告人とDは、千葉マリンスタジアムコンサートとダ・パンプツアーコンサートにつき、D原から被告会社に出演料を支払う形式で利益調整をすることとし、その後、D原においては、被告会社に対する出演料の未払金として、平成一一年一二月二一日付で一億二六〇〇万円(千葉マリンスタジアムコンサート分)を、平成一二年二月二〇日付で五九八五万円(ダ・パンプツアーコンサート分)を各計上した。
(3) 以上の各事実によれば、本件企画制作費は、被告会社とD原の間で締結された、ダ・パンプツアーコンサートの企画制作業務を委託する契約に基づく被告会社の債務であると認められるが、平成一一年八月末時点においては、ダ・パンプツアーコンサートはなお継続中であったというのであるから、同契約所定の役務の提供は完了しておらず、同債務については、具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していなかったと認められる。確かに、ダ・パンプツアーコンサートの公演の一部は、同年八月末までに実施されたことがうかがわれるが、上記業務委託契約の内容にかんがみれば、D原はダ・パンプツアーコンサート全体の企画制作業務を一体のものとして請け負っていたと目されるのであり、Dもそのように認識していたこと、このような契約においては、諸費用の精算はコンサートツアーが終了した後に行われるのが業界の慣行となっていたことなどに照らせば、予定された公演の一部が終了したとしても、役務の提供が完了したといえないことは、明らかである。
また、本件企画制作費の支出に関連して行われた被告会社とD原の間の利益調整等にかんがみれば、平成一一年八月期決算の時点においては、ダ・パンプツアーコンサートの諸費用の額が未だ確定していなかったことは明白であり、そうすると、本件企画制作費の額を前記諸費用の二割増し程度とする旨の被告人とDの合意や上記利益調整の事実に照らせば、本件企画制作費の額も未だ確定しておらず、同事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することはできなかったものと認められる。なお、被告会社とD原の間で本件企画制作費の額を三億九三七五万九六三六円とする旨の一応の合意があったことが認められるが、既に指摘した事情に加えて、D原の実態や被告会社とDの関係を併せ考慮すれば、その金額の合意は暫定的なものに過ぎなかったということができる。
以上によれば、本件企画制作費は、平成一一年八月期の終了の日までに債務として確定していなかったとみるべきであり、同事業年度の所得の計算上、これを損金の額に算入することは認められない。
(4) なお、弁護人は、仮に途中で契約が終了した場合、D原としては開催終了分の企画制作料を請求できるのであるから、コンサートが一回終了するごとにそのコンサートに対する企画制作業務が終了したと評価できるなどと主張するが、契約が途中で終了した場合に請負人が発注者に対して何らかの給付を求めることができるということと、請負人の役務の提供の完了の有無とは全く別の問題であるから、同主張は失当である。
(5) 以上のとおりであるから、被告会社の平成一一年八月期のほ脱額を算定するに当たって、本件企画制作費を損金に算入すべきである旨の弁護人の主張は採用することができない。
三 E田に対する外注費について
(1) 弁護人は、被告会社が平成一一年八月期に計上したE田に対する外注費四億二〇〇〇万円(以下「E田外注費」という。)について、①株式会社E原(以下「E原」という。)は、E田から依頼されたプロモーションの一部を平成一一年八月中に実行しているから、E原に対する支払に充てられた三六七五万円のうち、上記プロモーションの一部に対応する部分は、既に役務の提供が完了したものとして、平成一一年八月期に計上が認められるべきである、②E田は、同年八月末までには被告会社から依頼された手配を完了し、役務を完了していたのであるから、E田外注費のうちE田の報酬に充てられた分(六八六一万七五〇〇円)は、同事業年度に帰属する費用である、と主張する。
(2) そこで検討すると、まず、関係証拠によれば、次の各事実が認められる。
ア E田は、被告会社の総務部長であるCが代表者を務める株式会社である。E田は、従前、肥料の販売等を営んでいたが、平成九年ころ、その全営業を別会社に譲渡した後はペーパーカンパニー同然の状態となった。その後、被告会社は、広告代理店との取引や不動産取引等を行うに際して、E田の法人格を利用することがあった。
イ 平成一一年五月ころ、被告会社は、E田に対し、広告代理店と折衝して四億円の予算で被告会社所属タレントのCMをテレビ等で放送することを委託した(以下「本件CM委託」という。)。
なお、広告代理店業界においては、発注者の申し出により、発注者と広告代理店の間に発注者の関連会社を介在させることが往々にしてあり、そうした取引形態を回し取引と呼び、介在する会社をハウスエージェンシーと称している。同じ取引は、発注者側が広告宣伝費の負担を抑えるために用いる取引手法である。すなわち、回し取引においては、慣習上、ハウスエージェンシーがとるマージンは広告代理店において負担し、発注者には、広告代理店と相対で取引する場合の代金を超える負担はさせないこととされているため、発注者は、当初の予算どおりの経費で関連会社に利益を得させることができるのである。
ウ E田は、前記CM等の放送の手配を、同年八月までに広告代理店に依頼したが、予定されたCM等の全部について同年八月中の放送枠を確保することができなかった。そのため、前記CM等のうち、ラジオ分の一部は同月中に放送されたが、テレビ分の全部とラジオ分の大半の放送の開始は、同年九月以降になり、テレビ分は同月中に、ラジオ分は同年一〇月中に放送が完了した。
エ E田は、前記CM等のうちテレビ分の放送については、株式会社A川(以下「A川」という。)に依頼した。A川は、通常の場合、コマーシャル放送の終了後に発注者に対して代金を請求することになっていた。しかし、A川は、E田に対しては、同社に実績がないことを理由に代金の前払を要求し、E田側もこれを了承した。その結果、E田は、同年九月二日から同月一四日にかけて、三度にわたり、合計三億一四六三万二五〇〇円を支払った。
なお、A川においては、これらの売上を同会社が担当したコマーシャルの放送が完了した同年九月に計上した。
オ E田は、前記CM等のうちラジオ分の放送については、E原に依頼した。E原は、当初、業界の慣行に従って、同会社が担当した一連のCM等の全放送が完了した後にE田から代金の請求をする意向であった。ところが、Cが、E原の担当者に対し、請求書を同年八月末付で発行してもらいたい旨の依頼をしたため、同会社は、E田に対し、八月及び九月放送分の代金については、同年九月中旬、同年八月一六日付の請求書で請求し、一〇月放送分の一五七五万円については、同年一〇月上旬、同月一日付の請求書で請求した。これを受けて、E田は、E原に対し、同年九月一四日に二一〇〇万円を、同年一〇月六日に一五七五万円を、それぞれ支払った。
カ 同年九月上旬、E田は、被告会社に対し、同年八月二〇日付の請求書で合計四億二〇〇〇万円を請求し、そのころ、被告会社から同額の支払を受けた。被告会社は、この四億二〇〇〇万円の支出を同年八月末日付でE田外注費として計上した。
(3) 以上に認定したE田外注費に係る取引の態様、業界の実情、E田の実態及び被告会社とE田の関係等に照らせば、E田が、本件CM委託により約した役務は、広告代理店を介するなどしてテレビ等で被告会社のCM等を放送させることであると認められる。このような役務の内容に加えて、①前記各広告代理店は、本件のような依頼を受けた場合、通常であれば、一連のCM等の放送が終了した段階で発注者に代金を請求することにしており、それが業界の慣行に沿う取扱いでもあったこと、②A川においては、同会社において担当したCMの放送が全て完了した時点でE田に対する売上を計上していることなどの事情に照らすと、被告会社のE田に対する債務が確定するのは、前記CM等の放送が全て完了した時点であるということができる。
以上によれば、平成一一年八月期の終了の日の時点では、E田外注費は、債務として確定していなかったと認められる。
(4) これに対し、弁護人は、E田が同年八月末までに広告代理店に対する発注を終えていることをもって、本件CM委託により約した役務を完了した旨主張する。しかしながら、本件CM委託においては、一連のCM等の放送を行うための総予算の額のみを定めて、E田の役務に対する報酬の額を別途定めていなかったことにかんがみると、弁護人が主張するように、E田の約した役務が広告代理店に対してCM等の放送を委託することに尽きるとは認め難い。したがって、弁護人の同主張を採用することはできない。
(5) 以上のとおりであるから、被告会社の平成一一年八月期の所得の計算上、E田外注費四億二〇〇〇万円を損金の額に算入することは認められず、これに反する弁護人の前記(1)の主張は採用することができない。
四 A田に対する支払報酬について
(1) 弁護人は、被告会社が平成一一年八月期に計上したA田に対する支払報酬一億五〇〇万円(以下「本件支払報酬」という。)について、これは、被告人が、A田の職務に従事していたEに対し、被告会社が行うべきITビジネスの企画立案及び被告会社の公式ホームページの立ち上げを委託し、その企画料ないし業務委託費として支出されたものであるから、同事業年度の費用として認められるべきである、と主張する。
(2) そこで検討すると、まず、関係証拠によれば、次の各事実が認められる。
ア A田は、平成一〇年四月、被告人の全額出資により、音楽のインターネット配信の販路確立等を目的とする会社として設立されたが、実働には至らないまま休眠状態になった。
イ 平成一一年秋ころ、当時、新聞社のマルチメディア開発室に勤務していたEと被告人との間で、B原株式会社(以下「B原」という。)を立ち上げるという話が具体化した。
ウ 同年一〇月ころ、独立を決意したEは、上司に対し、新聞社を退社する旨を申し出たが、社内ベンチャーを設立することも考えられるなどとして慰留され、一旦は退社を思い止まった。しかし、平成一二年一月ころになると、Eの企画した社内ベンチャーの企画が立ち消えになるなどしたことから、Eは、新聞社を退社する決意を固め、同年四月、同新聞社を退社した。
エ 同年一月、A田の商号は、B原に変更された。そのころから、B原の経営担当者の選定や事業内容の詳細の詰めといった作業がEによって進められ、同年四月からB原は実際の活動を開始した。なお、B原には、同年夏ころまで売上がなかった。
オ 被告会社においては、平成一一年九月下旬から同年一〇月下旬にかけて、二度にわたり、関与税理士らを交えて、平成一一年八月期決算の打合会を行い、同事業年度に計上すべき経費の確認等を済ませていた。ところが、被告人は、二度目の会議の後、経理担当者らに対し、A田と株式会社C田(以下「C田」という。)に対する支払報酬各一億五〇〇万円を同事業年度の経費として計上するように指示をした。このうち、C田に対する支払報酬が架空経費であることは明らかであり、被告人も争っていない。
(3) 以上に認定したとおり、平成一一年八月期当時、A田は、何ら経済活動を行っていない休眠会社であったことに加えて、被告人の本件支払報酬計上の指示は、二度の決算打合会を終えた後に、他の架空経費の計上指示と共になされたものであることを併せ考えると、本件支払報酬の計上が架空経費の計上であったこと、そして、被告人にその旨の認識があったことは、いずれも明らかというべきである。
(4) もっとも、被告人は、当公判廷において、Eには平成一一年八月期中にホームページの立ち上げ等を依頼しており、同人からとりあえず一億円準備してもらいたいと言われていたなどと、本件支払報酬の計上が架空経費の計上ではなかった旨を供述している。
しかし、Eは、検察官の取調べにおいて、本件支払報酬の計上は、実際の取引に基づかない架空のものであると断言しており、被告人が述べるような事情があったことをうかがわせる供述を一切していない。加えて、B原の立ち上げが具体的な話となったのは、平成一一年の秋ころであり、また、Eが新聞社を退社する決意をして、B原を立ち上げる準備を本格的に開始したのは、平成一二年一月ころ以降であることに照らすと、Eが、平成一一年八月期中に、被告会社から一億円もの予算を必要とする業務を請け負ったとは考え難い。
しかも、被告人は、検察官の取調べにおいては、「Eに、タレントの肖像をネットで配信するための配信経路の確立や管理をする会社を実働させる準備を進めてもらおうと考えていた。そして、当時、配信用の端末の機械が一台五〇万円くらいで、販路を確立するためには端末が二〇〇台くらいは必要だと考えていたことから、その費用として一億円は必要になるだろうと考えていた。そこで、とりあえず、消費税込みで一億五〇〇万円を前倒しで計上しておくこととし、その計上の相手方をA田にしておいた。」などと供述しており、被告人の供述には、核心部分に大きな変遷が見られる。
これらの事情を総合考慮すると、被告人の上記公判供述は、到底信用することができない。
(5) 以上によれば、本件支払報酬が架空経費であることは明らかであるから、弁護人の前記主張は採用することができない。
五 B野に対する外注費について
(1) 弁護人は、被告会社が平成一〇年八月期に計上したB野に対する外注費三〇〇〇万円(以下「B野外注費」という。)は、ドラマ主題歌を被告会社所属の歌手に歌わせるために支出された運動費であって、平成一一年八月期の費用にはなるべきものである、と主張する。
(2) そこで検討すると、まず、関係証拠によれば、次の各事実が認められる。
ア Fは、平成一〇年五月ころから、翌年の秋にゴールデンタイムで放送されるドラマにタレントを出演させたり、ドラマ主題歌等に楽曲を採用してもらったりする利権(以下「ドラマ枠」という。)を獲得するため、テレビ局のプロデューサーに顔が利く芸能プロダクション経営者に働き掛けをしていたが、同年九月ころ、同芸能プロダクション経営者から、ドラマ枠取得の内諾があった旨を示唆された。程なくして、Fは、被告人に対し、平成一一年秋のドラマ枠が取れそうなので、そのドラマのエンディングテーマ曲に楽曲を採用してもらえる利権(以下「エンディング枠」という。)を三〇〇〇万円で買って欲しいなどと申し入れたところ、被告人は、「ああ、分かった。」と答えた。
なお、エンディング枠の売買の合意は、購入者がドラマ制作者側に制作協力費の名目で金銭を支払い、ドラマ制作者側が購入者の希望する楽曲をエンディング曲に採用するという形式で履行される。
イ そのころ、被告人は、被告会社の経理を担当していたG子に指示を与えるなどして、B野外注費を、被告会社の平成一〇年八月期の経費として、未払金で計上した。
ウ 同年一二月下旬ころ、当時、資金繰りに苦しんでいたFは、被告人に対し、改めてエンディング枠を三〇〇〇万円で買って欲しい旨申し入れて、資金援助を依頼した。被告人は、この依頼を快諾し、合わせて、Fに対し、「会社から出すから契約書がいる。」と言った。そこで、Fが、契約書の名義は同人が取締役を務めるB野にしてもらいたい旨答えたところ、被告人は、これを了承した。
エ 同月二九日、被告会社は、B野に対し、三〇〇〇万円(ただし、現実に交付された金額は、源泉徴収分等を差し引いた二七〇〇万円)を支払った。
そのころ、被告人は、G子に対し、「B野に未払金の分三〇〇〇万円を支払うから、B野との契約書を作ってくれ。請求書も作らせてくれ。契約書の内容は、知念里奈のプロモートにする。」と指示した。そして、被告会社とFの間で、この被告人の指示に沿う内容の請求書と契約書が作成された。
オ その後、Fは、前記二七〇〇万円をドラマの制作協力費以外の目的で費消するなどしていたところ、被告会社側から、前記三〇〇〇万円を同年夏から制作に入るドラマの制作費として使うことを確約する旨の書面を差し入れるように求められた。そこで、Fは、平成一一年一月ないし二月ころ、同人が代表取締役を務める別会社の名義で、被告会社が要求するとおりの内容を記載した書面を差し入れた。
カ しかし、その後、前記芸能プロダクション経営者が懇意にしていたテレビ局のプロデューサーが降格になるなどしたため、Fは、前記ドラマ枠を獲得できなくなった。そして、遅くとも同年七月ころには、被告人もその旨をFから知らされた。
(3) 以上のとおり、B野外注費に係る前記三〇〇〇万円の支出については、①Fは、被告会社からの依頼を受けることなく、ドラマ枠獲得のための活動を行い、一応、その獲得に成功したと思われた段階で、被告人に、エンディング枠の買入を申し入れていること(しかも、Fの同活動は、平成一一年八月期よりも前に行われている。)、②Fは、被告会社側の要求に応じて、前記三〇〇〇万円をドラマの制作協力費に充てる旨の確認書を被告会社に差し入れていることなどが認められ、これらの事情に照らすと、前記三〇〇〇万円は、ドラマ枠やエンディング枠の獲得のための運動費ではなく、エンディング枠の購入代金、すなわち、ドラマの制作協力費に充てる趣旨で前払されたものとみることができる(これに反する被告人の公判供述は、上記事情に照らし、信用することができない。)。そうすると、平成一一年八月末の時点では、既にFのドラマ枠獲得は失敗に終わり、被告会社が当該ドラマの制作協力費を支払う必要はなくなっていたのであるから、前記三〇〇〇万円を平成一一年八月期の損金の額に算入すべき理由は何ら存しないということができる。
(4) したがって、B野外注費が平成一一年八月期の費用になる旨の弁護人の主張は、採用することができない。
六 C山に対する外注費について
(1) 弁護人は、被告会社が平成一〇年八月期に計上したC山に対する外注費一億五〇〇万円は、その全額が平成一一年二月に開催された九州・沖縄合同オーディションの企画、運営等の業務をC山に委託した委託料であるから、平成一一年八月期の費用として認容された五二五〇万円のみならず、残りの五二五〇万円も同様に認容されるべきである、と主張する。
(2) そこで検討すると、まず、関係証拠によれば、次の各事実が認められる。
ア 平成一〇年九月中旬、被告人とC山の代表者であるHは、翌年、被告会社の出資で九州・沖縄合同オーディションを開催し、その企画・運営等の実務をC山が担当する旨の合意をした。
イ 被告会社は、平成一〇年八月期において、C山に対する外注費一億五〇〇万円(以下「C山外注費」という。)を未払金として計上した。
ウ 平成一一年二月五日、被告会社は、C山に対して、一億五〇〇万円から源泉徴収分等を差し引いた九五〇〇万円を支払った。
エ Hは、上記九五〇〇万のうち五〇〇〇万円を、株式会社D野(以下「D野」という。)が運営するタレント養成スクールの開校準備資金に充てて費消した。
なお、D野は、平成一〇年一〇月に設立された会社であり、その実質的経営者は、Hであった。被告人も、当初、同会社の共同代表になっていたが、間もなく、Hの求めに応じて、同会社の取締役を辞任した。
(3) C山への前記九五〇〇万円の支払を巡る具体的状況について、Hは、検察官に対し、要旨、次のとおり供述している(以下、この供述を「H供述」という。)
ア 当初、九州・沖縄合同オーディションの総予算は一億円として話を進めていたが、平成一一年一月ころになると、同予算は、C山の利益を含めても、五〇〇〇万円程度に止まる見通しになった。そこで、私は、この機会に、D野で運営するタレント養成スクールの開校準備資金を被告人に工面してもらおうと考え、そのころ、被告人に対し、オーディションの費用は五〇〇〇万円くらいであるが、残りの五〇〇〇万円は、D野のスクールの工事費用等として支払ってもらいたい旨依頼したところ、被告人はこれを了解してくれた。
イ 九州・沖縄合同オーディションは、平成一一年三月下旬に終了したが、その諸費用等をまかなうには五〇〇〇万円では足りないことが判明した。そこで、同月末ころ、被告人に対して、その不足分を追加請求をしたところ、同年四月二〇日、被告会社からC山に対し、約一五八三万円を支払ってくれた。
ウ 同月下旬、被告会社の経理事務を扱っていたI子(現被告会社代表者)から、C山外注費について請求書を発行することを求められた。さらに、同月二七日、被告会社から、「明細は、新人開発費五〇〇〇万円、オーディション協力費五〇〇〇万円でお願いできますでしょうか。日付は平成一〇年八月三一日でお願い致します。」などと記載されたファックス文書が送信されてきた。私は、この要請にほぼ沿った内容の請求書二通を作成して(ただ、オーディション協力費分の請求書の作成日は、I子と協議した上で、同年七月三一日とした。)、被告会社に郵送した。
(4) H供述は、全体を通じて、具体的かつ詳細であり、加えて、前記(2)に認定した各事実とよく整合している上、作成日を遡及させるなどした虚偽の請求書を作成した状況に関して述べる部分については、ファックス文書等の客観的証拠やI子の供述によって裏付けられている。これらの事情に照らすと、H供述は高い信用性を備えていると認められる。
(5) これに対し、被告人は、当公判廷において、Hから前記タレント養成スクールの開校準備資金として五〇〇〇万円を出してもらいたいという話を聞いた覚えはなく、当時は、前記九五〇〇万円は、全て九州・沖縄合同オーディションの費用に充てられたと思っていた、と供述している。
しかし、被告人は、当公判廷において、前記請求書二通が作成された事情について、本件で逮補されるまで請求書が二通に分けられていることすら知らなかったなどとして、自己の関与を否定する供述をしており、この供述部分は、不自然かつ不合理であって、I子の供述とも相反している。しかも、被告人は、検察官の取調べにおいては、前記九五〇〇万円を支出した経緯につき、H供述と同旨の内容を供述していたものである。
このように、被告人の公判供述は、核心部分に不自然、不合理な内容を含むなどしている上、捜査段階の供述から大きく変遷しており、これらを併せ考えると、信用性に乏しいというべきであって、H供述の信用性に疑問を差し挟むものとはいえない。
(6) 以上の次第であるから、信用性の高いH供述等の関係証拠によれば、前記九五〇〇万円のうち五〇〇〇万円は、被告人とHの合意により、初めから、D野で運営するタレント養成スクールの開校準備資金とするために支出されたものであったと認められる。そして、前記九五〇〇万円が支出された経緯、D野の経営実態に加えて、Hが、タレント養成スクールの開校準備資金に充てた五〇〇〇万円は、いずれ被告会社に返済すべきものである旨述べていることも総合すると、C山外注費のうち五二五〇万円は、被告会社のC山に対する貸付金であると認めることができる。したがって、その五二五〇万円を平成一一年八月期の損金の額に算入すべき理由はなく、弁護人の前記(1)の主張は採用することができない。
第二被告人の認識について
一 弁護人の主張の要旨
弁護人は、被告会社のほ脱額の算定に当たり検察官が認容しなかった経費計上のうち、①平成一〇年八月期計上の賞与及び平成一一年八月期計上の有限会社E山等に対する支払報酬、②平成一一年八月期計上のD原に対する外注費(本件企画制作費)、③平成一一年八月期計上のE田に対する外注費(E田外注費)については、いずれも、その費用計上に当たり、被告人には法人税ほ脱の犯意が存しなかった、と主張するので、以下順に検討する。
二 平成一〇年八月期計上の賞与及び平成一一年八月期計上の支払報酬について
(1) まず、関係証拠によれば、次の各事実が認められる。
ア 被告会社においては、少なくとも平成一一年八月期末以前は、所属タレントに対するボーナス(被告人は、これを「歌唱手当」と称している。)の支給について客観的な基準は設定されておらず、その支給の有無、支払時期、金額等は、その都度、被告人のみの判断で決せられていた。そのような事情の下で、被告会社においては、平成九年八月期までは、所属タレントに支払うボーナスについて、実際に支払をした日の日付で賞与又は支払報酬として計上する方針をとっていた。そして、平成一〇年八月期においても、同年七月三一日及び同年八月三一日に支払が実行された有限会社アムロに対する支払報酬(実質的には、所属タレントである安室奈美恵のボーナス)は、実際に支払をした日の日付で計上していた。
イ 平成一〇年一〇月下旬ころ、被告会社では、関与税理士らを交えて、平成一〇年八月期決算の打合会を行い、同事業年度に計上すべき経費の確認を行った。その席上で、関与税理士らが、被告会社の同事業年度に納付すべき法人税額の試算結果等を報告したところ、被告人は、「こんなに税金を払えない。」などと述べるとともに、関与税理士らに対し、被告会社の所属タレントであるSPEED及びMAXの各メンバーに対する賞与合計二億六〇〇〇万円(以下「本件タレント賞与」という。)を経費として計上するよう指示した。このほかに、被告人は、同席上で、関与税理士らに対し、C山外注費一億五〇〇万円、株式会社B川に対する外注費三億一五〇〇万円、株式会社C原に対する外注費二億一〇〇〇万円、D田に対する外注費一億六五七万五〇〇〇円、有限会社E野に対する外注費三億一五〇〇万円、株式会社A原に対する外注費一億五七五〇万円、有限会社B田に対する外注費五二五〇万円及び株式会社C野に対する外注費一億五〇〇万円を未払金として計上するように指示したが、これらは、いずれも被告会社の同事業年度の所得の計算上、損金に算入することができないものであった。しかも、被告人は、これらの経費計上をするに当たり、「これで税額はいくらになる。」などと関与税理士らに尋ね、その返答を聞いた後に、新たな経費計上を指示するということを何度も繰り返していた。
ウ ところで、当時、被告会社は、関与税理士から現金勘定が異常に多い旨の指摘を受けていたが、その原因は、被告人が被告会社の預金を個人的に費消した場合に、社長貸付金等として処理するなどの適正な経理処理を行わずに、預金から払い出された現金がそのまま被告会社に残存しているかのように装う経理処理をしていたためであった。このような実体のない現金勘定を減らしたいと考えたDが、被告人に対し、前記打合会で計上が決定された本件タレント賞与は、現金勘定枠で支払ったことにする旨の提案をしたところ、被告人は、これを了承した。その結果、被告会社では、同年八月二五日付で本件タレント賞与を現金払をした旨の経理処理が行われた。
その後、被告会社は、平成一二年一二月末ころ、SPEED及びMAXの各メンバーに対し、合計二億六〇〇〇万円のボーナスを実際に支払った(なお、当時、SPEEDについては、その給与の管理等を目的とする有限会社が各メンバーごとに設立されており、同メンバーのボーナスは、この有限会社E山ほか三社に対する支払報酬として支出された。)。しかし、被告会社では、平成一〇年八月期の決算において、本件タレント賞与を支払済みのものとして計上していたことから、同年一二月のボーナスの支払については、被告人に対する貸付けとして経理処理した。
エ 平成一一年九月下旬ころ、被告会社では、関与税理士らを交えて、平成一一年八月期決算の打合会を行い、同事業年度に計上すべき経費の確認を行った。その席上で、関与税理士らが、被告会社の同事業年度に納付すべき法人税額の試算結果等を報告したところ、被告人は、「随分税金が高いな。」などと述べるとともに、安室奈美恵とSPEEDの各メンバーにボーナスを出したいなどと言って、同人らの給与等を管理する有限会社に対する支払報酬を計上するよう指示した。また、被告人は、同席上で、関与税理士らに対し、E田外注費四億二〇〇〇万円の計上も指示しているが、これが同事業年度の所得の計算上、損金に算入することができないものであることは、前記第一の三で指摘したとおりである。
その結果、被告会社では、同年八月末日付で有限会社E山ほか三社及び有限会社アムロに対する支払報酬合計四億三三三三万三三三三円(以下「本件タレント報酬」という。)を未払金で計上したが、その支払が実際に行われたのは、有限会社E山ほか三社分については平成一一年一一月、有限会社アムロ分については平成一二年四月になってからであった。
(2) 以上の各事実、特に、①被告人は、平成一〇年八月期の決算打合会において、明らかにほ脱目的と認められる経費計上の指示を行った機会に、従来は被告会社で経費計上したことのない未払の本件タレント賞与の計上を指示していること、②本件タレント賞与を計上するに当たり、被告人は、実際の支払がなかったにもかかわらず、現金で支払済みであるかのように仮装することを承諾していること、③本件タレント賞与に相当するボーナスの実際の支払が、平成一〇年一二月末まで行われなかったことなどに照らすと、被告人が、被告会社の平成一〇年八月期における法人税を免れる目的で、本件タレント賞与を同事業年度の損金の額に算入したことが強く推認される。そして、本件タレント報酬の計上の指示が、本件タレント賞与の場合とほぼ同様の態様で行われていること、その実際の支払が平成一一年一一月まで行われなかったことなどに照らすと、被告人が、被告会社の平成一一年八月期における法人税を免れる目的で、本件タレント報酬を同事業年度の損金の額に算入したことも、また強く推認されるところである。
(3) これに対し、被告人は、捜査及び公判を通じて、「タレントに関わることを脱税の手段に使ったことはない。」などと供述して、本件タレント賞与及び本件タレント報酬(以下、合わせて「本件タレント賞与等」という。)の計上を脱税の目的で行ったことを否認するとともに、当公判廷において、本件タレント賞与等の経費計上が認められると考えた根拠として、①歌唱手当の支給については、所属タレントのアルバム(CD)の売上一〇〇万枚につき税別で一億円程度を支払うことを一応の目安としており、この目安に従って本件タレント賞与等を支給することを、その計上を指示する時点では既に決めていた、②SPEEDの各メンバーに対して歌唱手当を支給する旨決めたことは、被告会社の経理担当者や各メンバーの親族に伝えており、また、MAXの各メンバーに歌唱手当を支給する旨決めたことも経理担当者には伝えていた、③有限会社アムロに対する支払報酬に関しては、平成七年ころ、安室奈美恵の母親に対し、今後五年くらいは、毎年手取りで年一億円程度ずつ報酬を支払う旨の約束をしていたもので、そのことは被告会社の経理担当者にも伝えてあった、と供述している。このうち②及び③の点については、G子も、当公判廷において、被告人の供述に沿う内容を述べているところである。
しかしながら、①の点については、被告人の公判供述等によっても、その支給の目安が絶対的なものであったとは認められず、むしろ、歌唱手当の支給に関する決定は、被告人において、様々な事情を考慮して個々具体的に判断していたことがうかがわれる。また、②及び③の点については、被告人が、検察官の取調べにおいて、タレントを脱税の手段として用いたことはない旨供述する一方で、歌唱手当の支給に関して、事前にタレント側やその他の者に話をすることは一切なかった旨述べていたことに照らすと、この点に関する被告人の公判供述及び前記G子の公判供述を信用することができない。これらの事情に加えて、既に指摘した本件タレント賞与等の計上が指示された経緯及びその態様を併せ考えると、本件タレント賞与等の計上を脱税目的で行ってはいないとする被告人供述は、信用することができない。
(4) 以上によれば、被告人が、被告会社の平成一〇年八月期ないし平成一一年八月期の法人税を免れる目的で、本件タレント賞与等の計上を指示したことが優に認められる。
三 本件企画制作費について
(1) 関係証拠によれば、本件企画制作費が計上された経緯等として、前記第一の二(2)に認定した各事実のほか、次の各事実が認められる。
ア 平成一一年九月下旬ころ、被告会社で行われた平成一一年八月期決算の打合会の状況等については、前項(1)エのとおりである。
イ 平成一一年一〇月下旬ころ、被告会社では、関与税理士らを交えて、平成一一年八月期決算についての二度目の打合会を行い、再度、同事業年度に計上すべき経費の確認を行った。その席上で、関与税理士らが、本件タレント報酬及びE田外注費を経費として計上した場合の被告会社の納税額等を報告したところ、被告人は、「税金、こんなに高くなるのか。もう少し何とかならないのか。今の計算で、税額が二二億八〇〇〇万円か。あと五億は減らそう。」などと述べた。さらに、被告人は、関与税理士らに対し、「D原への未払金があるので、それも計上しておいてくれ。」などと述べるとともに、Dに対し、事情を説明するように指示したところ、Dは、被告会社に対する未払金が一億一四四二万一九五三円あるなどと述べた。こうして、同事業年度の損金の額に、本件企画制作費を含む前記第一の二(2)エ記載の八億七四四二万一九五三円を算入することが決定された(なお、弁護人は、被告人が「あと五億は減らそう。」などと発言したことはない旨主張するが、Cの検察官に対する供述及び同供述を裏付けるCのメモに照らすと、被告人が前記のとおりの発言をしたことは優に認められる。)。
この決定を受けて、関与税理士の一人であったBは、同席上で、コンサートに関する諸費用を経費として計上する以上、その売上も計上すべきである旨の発言をしたが、被告人は、既に終了した千葉マリンスタジアムコンサートの売上は集計済みであったにもかかわらず、「経費は確定しているが、売上は確定していない。」などと言って、売上の計上に難色を示した。しかし、同席した他の関与税理士やDも、経費とともに売上も計上すべきである旨の意見を述べたため、被告人は、優先販売分を計上する旨述べて、同事業年度においては、同コンサートの総売上の一部に過ぎない優先チケット販売分のみを計上するよう指示した。
(2) 以上の各事実、特に、①被告人は、本件企画制作費の計上を指示した機会に、「税金、こんなに高くなるのか。あと五億は減らそう。」などと発言していたこと、②被告人は、本件企画制作費を含む平成一一年のコンサートに係る費用を全て同事業年度の損金の額に算入するように指示したに止まらず、これに対応する収益も計上をする必要がある旨の関与税理士らの意見に従わずに、平成一一年のコンサートの売上の一部を所得から除外したことに照らすと、被告人が、被告会社の平成一一年八月期における法人税を免れる目的で、本件企画制作費を同事業年度の損金の額に算入したことが強く推認される。
しかも、被告人は、検察官の取調べにおいては、「ダ・パンプのコンサートについての経費は、平成一二年八月期の経費として計上すべきものでした。私は、そのことが分かっていたのですが、平成一一年八月期も、かなりの売上があり、少しでも経費を多く計上したいとの考えから、本来は計上することができなかったダ・パンプのコンサートの経費についても、平成一一年八月期の経費として計上させたのです。」などと供述していたものである。
(3) 以上によれば、被告人が、被告会社の平成一一年八月期の法人税を免れる目的で、本件企画制作費の計上を指示したことが優に認められ、これに反する被告人の公判供述は信用することができない。
四 E田外注費について
(1) 関係証拠によれば、E田外注費が計上された経緯等については、前記第一の三(2)及び第二の二(1)エに認定した各事実のほか、平成一一年八月下旬、当時の被告会社本社において、Cが、被告人に対し、本件CM委託について、「ラジオ分は、E原に受けてもらえましたが、大部分は来月の放送になってしまいます。テレビの方は、代理店を選ぶのが後手後手に回ってしまい、放送は来月以降になります。A川からは、放送前に代金を前払して欲しいと言われています。とても、E田からは出せませんので、B山からE田への支払も前払でお願いできないでしょうか。」などと言ったところ、被告人は、「分かった。それでいいぞ。ただ、予定どおり今年度の経費にするからな。」などと答えたことが認められる。
以上の各事実に照らすと、被告人は、当初の予定と異なり、CM放送が平成一一年八月期末までに終了しなければ、それに関する諸費用を同事業年度の経費として計上できないことを理解しながら、E田外注費を予定どおり同事業年度の経費として計上する旨指示したことが明らかである。
(2) しかも、被告人は、検察官の取調べにおいては、「E田を通して枠取りをしてもらったCMの費用は、本来は平成一二年八月期の経費となるべきものであることを分かりながら、前倒しで平成一一年八月期の経費として計上するよう指示し、実際に計上させたのです。」と供述している。この被告人の供述は前記認定事実とよく整合し、その信用性に何ら疑問はない。
(3) 以上によれば、被告人が、被告会社の平成一一年八月期の法人税を免れる目的で、E田外注費の計上を指示したことが優に認められ、これに反する被告人の公判供述は信用することができない。
(法令の適用)
一 被告人について
(1) 罰条
第一の一の行為 刑法六〇条、平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項
第一の二、三及び第二の各行為 いずれも刑法六〇条、平成一二年法律第一四号による改正前の法人税法一五九条一項
(2) 刑種の選択 いずれも懲役刑
(3) 併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第一の二の罪の刑に加重)
(4) 未決勾留日数の算入 刑法二一条
二 被告会社について
(1) 罰条
第一の一の事実 法人税法一六四条一項、平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項、平成一三年法律第六号による改正前の法人税法一五九条二項
第一の二、三の各事実 いずれも法人税法一六四条一項、平成一二年法律第一四号による改正前の法人税法一五九条一項、平成一三年法律第六号による改正前の法人税法一五九条二項
(2) 併合罪の処理 刑法四五条前段、四八条二項
(量刑の事情)
一 本件は、大手芸能プロダクションである被告会社の代表取締役であった被告人が、(1)関与税理士と共謀の上、虚偽過少申告を行って被告会社の法人税を免れた事案(第一の各事実)及び(2)被告会社の関連会社C川株式会社(以下「C川」という。)の代表取締役と共謀の上、虚偽過少申告を行って同会社の法人税を免れた事案(第二の各事実)である。
二(1) 本件のほ脱税額は、被告会社については三事業年度合計で約一〇億二一七六万円、C川については二事業年度合計で約八三一六万円であり、その合計額は一一億円以上の巨額に上る。他方、ほ脱率は、被告会社については通算約二七パーセントと比較的低率であり、C川についても通算約六三パーセントと必ずしも高率とはいえないものの、上記ほ脱税額の規模の大きさに照らすと、本件の結果は重大であるといわなければならない。
(2) 本件の犯行態様は、決算に先立ち、架空外注費等を計上するとともに、これに対応する金額の資金を不正加担先に移し、後にその大部分を被告人の下に還流させるという手法や、架空役員報酬を計上するなどの方法によって、法人所得の圧縮を図ったほか、決算後に納税額等を試算する段階においても、架空経費の計上や翌期に計上すべき経費の繰上げ計上等を次々と行って、納税すべき法人税額を減少させ、さらに、これらの脱税行為を隠蔽するために日付を遡らせた証憑類を作成するなどしたというもので、計画的にして大胆かつ巧妙である。そして、被告人は、被告会社の代表者及びC川の実質的経営者という立場にあり、共犯者らに指示を与えるなどして、所得秘匿工作の発案及び実施、簿外資金の処分等を主体的に行ったのであるから、正に本件の主犯である。
なお、弁護人は、被告会社において、平成一〇年八月期の所得に関し行った利益圧縮について、所轄税務署と折衝するなどして自発的に受けた更正や特別利益の計上により納税を済ませた上、平成一二年八月期には、期ずれ(翌期以降に計上すべき経費を繰上げ計上していること)を解消して過大な申告と納税を行うことで実質的に修正申告と同様の納税を済ませており、しかも、この期ずれの解消は本件の強制捜査が始まる以前に行ったのであるから、本件犯行による租税債権侵害の程度は、悪質なものではなく、また、被告人の納税姿勢も、希薄とはいえず、むしろ真摯ということもできる旨主張する。確かに、弁護人が指摘する事情によって、本件犯行による租税債権の侵害につき相当程度の回復が図られたことは否定できない。しかしながら、被告人は、翌期に計上すべき経費の繰上げ計上を行った時点においては、当座の納税額を減少させることにのみ腐心し、これによって免れた税をいつ、どのようにして国庫に納めるかについて何ら考慮を払っていなかったものと認められ、その態度は、単なる納税の先送りといったものではなく、正に脱税行為そのものというべきであるから、当然厳しい非難を免れない。
(3) 被告人は、脱税に及んだ動機について、芸能業界では浮き沈みが激しいことから、今後に備えて資金を留保しておきたいと思った旨や、急激な被告会社の業績向上に連れて、高額の納税に苦慮するようになった旨を供述するとともに、不正加担先からの資金還流を行った動機として、芸能業界での対面を保つべく同業者らからの融資依頼に応じるための原資や、被告会社の業務を円滑に行うのに必要な裏社会対策に充てるための裏金を作りたかった旨を供述している。しかしながら、将来の経営危機に対する備えや納税資金の手当てなどは、健全な経営努力により解決を図るべき課題であって、これを脱税によって解決しようとすることは自己中心的かつ身勝手な態度といわざるを得ず、また、資金還流を行った動機として述べるところも、非難の対象にこそなれ、同情すべきものとはいえないから、総じて本件の動機に酌量の余地はない。
(4) 加えて、被告人が、本件の全容発覚により重い刑事責任を問われることを恐れて、不正加担先に口裏合わせをするよう求めるなどしたことは、これを否定する被告人の公判供述を参酌しても、証拠上明らかであるから、事後の情状は芳しくない。
(5) 以上によれば、本件の犯情は悪質であり、被告人及び被告会社の刑事責任は相当に重い。
三 他方、次のような被告人及び被告会社のために酌むべき事情も存する。すなわち、前述のとおり、本件摘発前に被告会社関係の租税債権侵害について既に相当程度の回復が図られたほか、被告会社及びC川において、修正申告を済ませ、本件に関わる本税及び付帯税等を完納している。被告人は、本件犯行につき反省の弁を述べるとともに、贖罪の意を表す趣旨で、自身又は被告会社の名義で合計一億円を慈善団体等に寄付している。被告会社において、経理体制を刷新し、再犯防止に努めている。被告人の前科は、古い罰金一犯のみである。被告人が服役すれば、被告会社の営業は深刻な打撃を被り、従業員や関係者に多大の影響が及ぶことが予想されるところ、知人らが情状証人として出廷して、被告人に対する寛大な処分を求めている。
しかしながら、これらの事情を十分斟酌しても、上記の被告人の刑事責任の重さにかんがみると、被告人に対して刑の執行を猶予するのが相当であるとはいえない。
四 そこで、以上の諸事情を総合考慮し、被告会社及び被告人を主文の各刑に処することとした。
(求刑―被告会社につき罰金三億円、被告人につき懲役四年)
(裁判長裁判官 飯田喜信 裁判官 中島経太 富張邦夫)
<以下省略>