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東京地方裁判所 平成13年(特わ)5505号 判決 2002年6月24日

主文

被告人A労働組合を罰金5500万円に,被告人Bを懲役1年6月に,被告人Cを懲役1年に処する。

この裁判が確定した日から,被告人Bに対し4年間,被告人Cに対し3年間,それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人A労働組合(以下「被告団体」という)は,東京都千代田区a町b番地に主たる事務所を置き,組合員及びその家族の福利厚生事業を実施することなどを目的とする人格のない社団であり,被告人Bは,平成4年1月から平成9年8月まで被告団体中央執行委員長兼事業本部長として被告団体の業務全般を統括するとともに,被告団体内にあって組合員を対象とする団体生命共済事業等を行っていた同事業本部の業務を管理していたもの,被告人Cは,平成9年9月から平成11年8月まで同事業本部事務局長として同事業本部の業務を統括していたものであるが,

第1被告人Bは,被告団体の業務に関し,収益事業にかかる法人税を免れようと企て,被告団体事業本部事務局長として同事業本部の業務を統括していたDと共謀の上,手数料収入を除外するなどの方法により所得を秘匿した上,平成8年4月1日から平成9年3月31日までの事業年度における被告団体の実際所得金額が3億3553万1円(別紙1の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず,これに対する法人税の納付期限である同年6月2日までに,同区ce丁目f番g号所轄E税務署長に対し,法人税確定申告書を提出しないでその法定納期限を徒過させ,もって,不正の行為により被告団体の同事業年度における法人税1億2506万3700円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れ

第2被告人Cは,被告団体の業務に関し,収益事業にかかる法人税を免れようと企て,手数料収入を除外するなどの方法により所得を秘匿した上,平成9年4月1日から平成10年3月31日までの事業年度における被告団体の実際所得金額が2億6742万8322円(別紙1の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず,これに対する法人税の納付期限である同年6月1日までに,前記E税務署長に対し,法人税確定申告書を提出しないでその法定納期限を徒過させ,もって,不正の行為により被告団体の同事業年度における法人税9952万5500円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(量刑の理由)

本件は,被告団体(以下「A労働組合」ともいう)の中央執行委員長兼事業本部長であった被告人Bが,当時の事業本部事務局長と共謀の上,事業本部の実施する共済事業で得た手数料収入の一部を除外するなどの方法により,被告団体の所得を秘匿して行った法人税無申告ほ脱(判示第1の事実),及び,後任の事業本部事務局長となった被告人Cが,同様の方法により,被告団体の所得を秘匿して行った法人税無申告ほ脱(判示第2の事実)の事案である。

本件各犯行によるほ脱額は,事業年度2期分で合計2億2458万円余りと非常に高額であり,ほ脱率も,いずれも無申告のため100パーセントに及び,犯行の結果は重大である。犯行の態様は,収益事業としての共済事業に関し,保険会社等複数の関係団体から得た事務委託手数料の一部を,簿外口座や代理店名目のいわゆるダミー会社の口座に受け入れるなどして公表帳簿に計上せず,これを収入から除外した上,事業収入全体について全く確定申告をしないというもので,大胆かつ巧妙で悪質というべきである。このような収入除外は,本件の十数年前から行われていたもので,元々は脱税を意図して始められたのでなく,手数料の一部をいわゆる裏金として蓄積し,これを,A労働組合中央の幹部役員らにおいて,組合の大会に報告しない秘密の組織対策費や選挙運動資金,飲食・ゴルフ代等の接待交際費に充てようと企図し,実際にもそのような運用が続けられてきたのであるが,本件当時,被告人Bら及び被告人Cは,収益事業による所得を申告し納税すべきことを十分承知しながらも,もし裏金の存在を明らかにして全収入につき真実の申告をするならば,税務当局に従前の不納税について追及されるばかりでなく,A労働組合の組合員から裏金の存在やその使途等について批判が噴出し,自分らを含む幹部役員の責任問題になることが必至であると恐れ,さらには,自由に宰領できる裏金を失いたくないとの気持ちも重なって,それぞれ各事業年度の法人税の確定申告をしないことを決めたのであり,犯行の動機においても,斟酌すべき余地はない。また,本件が我が国最大規模の労働組合による多額の脱税事犯であることから,一般納税者に不公平感や申告納税制度への不信感を抱かせるなど,社会的な悪影響を及ぼしたことも看過できない。以上によれば,本件の犯情は甚だ芳しくない。

被告人Bは,以前から労働組合も収益事業について正しく納税すべきである旨の持論を有していたのであり,平成4年1月にA労働組合の業務全般を統括する中央執行委員長に就いた後は,その収益事業について持論を実践し得る地位に立ったにもかかわらず,上記の裏金にまつわる動機から,当時の事業本部事務局長に指示して,判示第1の無申告ほ脱の犯行に及んだものである。その動機に自己保身目的が含まれていたことは否定し難く,ほ脱額が約1億2500万円とかなり高額であることも併せると,被告人Bの刑責は重いといわなければならない。

次に,被告人Cは,長らく事業本部事務局次長を勤め,A労働組合の裏金作りについて熟知していたところ,平成9年9月に事業本部事務局長に昇格し事業本部の業務を統括する地位に就いたが,それまでに他の労働組合関係者から警告を受けるなどして,A労働組合の収益事業につき納税すべきである旨を明確に認識していたにもかかわらず,被告人Bと同様の自己保身目的を含む動機から,同被告人の後任の中央執行委員長に何ら報告,相談することもなく,自己の采配で無申告ほ脱を決め,判示第2の犯行に及んだものである。被告団体の「代表者」ではなく「従業者」として違反行為をしたと認められるが,その地位の重要性のほか,ほ脱額が約9900万円と多額であることなどを併せると,被告人Cの刑責も軽視し得ないというべきである。

他方,本件については,次のような斟酌すべき事情が認められる。まず,被告団体において,本件に関する本税及び延滞税等を完納したほか,裏金作りの慣行を廃して適切な納税を行うための組織替えを行い,さらに,新代表者が,公判廷で本件各事実を認めて反省の意を示し,同種事犯を繰り返さない旨誓約している。次に,被告人Bは,本件犯行を認めて反省しており,本件後社会的地位のある役職を全て退き,謹慎の態度を示している。同被告人には,古い交通関係の罰金前科しかなく,また,現在病身の妻と二人暮らしである。最後に,被告人Cも,本件犯行を認めて反省しており,社会的地位のある役職を辞めて謹慎の態度を示している。同被告人には,前科がない。

以上の諸事情を総合考慮し,被告団体及び被告人両名をそれぞれ主文の罰金刑,懲役刑に処した上,被告人両名についてはいずれもその懲役刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

(求刑ー被告団体・罰金8000万円,被告人B・懲役1年6月,被告人C・懲役1年)

(裁判長裁判官 飯田喜信 裁判官 佐藤基 裁判官 富張邦夫)

(別紙は省略)

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