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東京地方裁判所 平成13年(行ウ)124号 判決 2002年4月25日

主文

1  被告A及び同Bは、西東京市に対し、連帯して8万8080円及びうち4万4040円に対する平成11年12月28日から、うち4万4040円に対する平成12年1月22日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求

主文同旨

2  被告らの答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要

本件は、保谷市(平成13年1月21日、田無市との合併により西東京市となった。以下「市」という。)の住民である原告が、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、平成11年12月から平成12年1月にかけて、市及び市長交際費でビール券を購入し、市の関係する公的機関に対して配付したことは、違法な行為であるとして、当時の市長である被告A(以下「被告A」という。)及び当時の市企画部秘書課長である被告B(以下「被告B」という。)に対し、地方自治法242条の2第1項4号前段又は後段に基づき、ビール券代金合計8万8080円及び各支出の執行の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を合併により市を承継した西東京市に代位して求めている住民訴訟である。

1  前提となる事実(証拠番号を付したもの以外は当事者間に争いのない事実である。)

(1)  当事者

原告は、市の住民である。

被告Aは、平成11年から12年当時市長であった者である。

被告Bは、平成11年から12年当時市企画部秘書課長であった者である。

(2)  ビール券の購入

市は、平成11年12月2日、ビール券5ダース分を2万2020円で、同月3日、ビール券5ダース分を2万2020円で、平成12年1月5日、ビール券10ダース分を4万4040円で、有限会社岩崎商店との間で購入する契約を締結し、それぞれ上記各日にビール券は納入された。被告Aは、これらにつき、本来有する権限に基づき支出負担行為及び支出命令を行い、その支出命令に基づき、市は、平成11年12月27日、ビール券10ダース分について代金4万4040円を、平成12年1月21日、ビール券10ダース分について代金4万4040円をそれぞれ有限会社岩崎商店に対し支払い、支出を執行した。上記各契約の契約事務は秘書課が分掌し、被告Bが契約担当者として執行した(甲16の2ないし4、乙1ないし4)。

(3)  ビール券の配付

被告Aは、上記のような贈答用のビール券の管理処分につき、明確な訓令等の定めに基づかず、黙示的に被告Bに専決させていたところ、被告Bは、市の各部署から、別紙記載の日において、それぞれの部署が関係する官公署に対して年末年始の挨拶を行う際の贈答品としてビール券を使用したい旨の市及び市長交際費の支出願の提出を受け、各部署に対し、申出数に係る各ビール券を交付し、各部署は、別紙記載の日において、それぞれの贈答先にビール券を配付した(甲18の1ないし9、弁論の全趣旨)。

(4)  監査請求

原告は、平成12年12月13日、市監査委員に対し、ビール券は換金性があることと、贈答先が公的機関であることから、ビール券の配付は官官接待に当たり、公金の不当支出に該当するとして、被告A及び財務会計責任者に対し、市に対する8万8080円の損害賠償責任の履行を求める住民監査請求を行い、同監査委員は、同月25日、これを受理した。監査委員は、平成13年5月8日、年末年始のそれぞれに同一の相手方に対し贈答する必要性について疑問を呈するとともに、受払簿が備え付けられていないことの不適切さを指摘した上で、ビール券の配付方法には問題があり、その改善を図るべきであるが、その購入自体は不当とはいえないとして、監査請求に理由がない旨の監査結果を原告に対して通知した(甲1)。

2  争点

(1)  ビール券購入及び配付の適法性(争点1)

(2)  被告らの責任原因(争点2)

3  争点に関する当事者の主張

(1)  ビール券購入及び配付の適法性(争点1)

ア 原告の主張

本件におけるビール券の配付先は、いずれも市と職務上関係のある公的機関であるところ、ビール券のように換金性の高いギフト券の授受を行うことは、広義の官官接待に相当する。被告らは、ビール券贈答の趣旨は、必要な情報収集に対する協力や教示を受けたことに対するお礼である旨主張するが、相手方が職務上当然の行為をしたにすぎないのであればお礼をする必要はないし、市に対して特別な取扱いをしてもらったことに対するお礼と今後もなお一層の配慮を要望するとの趣旨であれば、贈答先の公的機関の中立性、公正性を歪める働きかけを行ったもので、賄賂性すら認められ得る行為である。これらの贈答行為は、長年の慣行で続けられてきたものであるが、贈答先1件当たりの金額が4040円と高額ではないとしても、長年続けば影響力は無視できない。官公署に贈答する目的でビール券を購入する行為は、官公庁間の接待及び贈答品の授受は行わない旨の国の方針(自治事務次官通知昭和54年11月26日付け)にも反し、財政の健全な運営を害するおそれがある点で地方財政法2条、地方自治法232条の3に反する。

イ 被告らの主張

普通地方公共団体が、その事務を遂行し、対外的折衝を行う過程において、社会通念上儀礼の範囲にとどまる程度の接遇等を行うことは、当該普通地方公共団体も社会的実体を有するものとして活動している以上、前記事務に随伴するものとして許容される。本件のビール券の配付は、市の各部署が密接な協力関係にあった官公署の担当部署に年末年始の挨拶をする際、必要な情報収集に対する協力や教示を受けたこと等に対し謝意を述べるために行われたものであり、その数量は、各回1ダース4040円相当にとどまる。このようなビール券の配付は、その対象、配付目的、配付したビール券の量、価値等を考慮すれば、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しているものとはいえず、違法ではない。

(2)  被告らの責任原因(争点2)

ア 原告の主張

被告Aは、市長就任以前から続いていた官公署へのビール券贈答行為の違法性を認識せず、それが有益であるとの判断に基づき、市及び市長交際費の支出に関する事案決定権者、支出負担行為権者及び支出命令権者として、官公署に贈答する目的で市及び市長交際費から違法なビール券購入の支出負担行為及び支出命令をした。さらに、被告Bが行ったビール券の配付を黙認し、長としての指揮監督責任を怠った。

被告Bは、官公署へのビール券贈答は10数年来の慣行であったため、自らの判断で本件においても贈答するものと決定し、契約担当者として違法にビール券を購入し、実際の配付先を決定し、各部署に交付した。

イ 被告らの主張

被告Aがビール券購入につき、支出負担行為及び支出命令をしたことは認めるが、前記(1)・イのとおり、ビール券購入は適法であるから、何ら責任を負わない。

被告Bは、明示的に権限を付与されていたわけではないものの、被告Aの権限を専決して市及び市長交際費で購入したビール券を配付したが、前記(1)・イのとおり、ビール券購入及び配付行為のいずれも適法であるから、何ら責任を負わない。

第3当裁判所の判断

1  ビール券購入及び配付の適法性(争点1)について

(1)  本件で問題となる市の関係公的諸機関へのビール券の配付は、ビール券購入代金を公金から支出し、それによって取得したビール券という物品の管理を行うという二つの側面を有する。そして、地方自治法242条1項にいう「違法な公金の支出」に当たるのは、法令の規定又は議会の議決に違反する場合であるところ、普通地方公共団体は、当該普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費を支弁することができるから(地方自治法232条1項)、本件におけるビール券代金の公金からの支出が適法か否かは、年末年始の挨拶回りの際に関係公的諸機関に配付するためにビール券を購入することが市の事務として適法に行い得るものか否かによる。また、購入されたビール券は物品に該当するところ(地方自治法239条1項、同法施行令170条の3、168条の7第2項)、本件におけるビール券は、いわゆる金券に当たり、関係公的諸機関へ贈答する目的で購入されたものであるから、それらの配付が地方自治法242条1項にいう「違法に財産の管理を怠る事実」に当たるか否かは、公金の支出の場合と同様に、ビール券を関係公的諸機関へ配付することが市の事務として適法に行い得るか否かによるというべきである。

(2)  ところで、普通地方公共団体も、社会的実体を有するものとして活動している以上、当該普通地方公共団体の長又はその他の執行機関が、当該普通地方公共団体の事務を遂行し、対外的折衝等を行う過程において、社会通念上儀礼の範囲にとどまる程度の接遇を行うことは許されるべきであるということができる。予算においても、地方公共団体の長又はその他特殊の機関が当該団体を代表して当該団体の利益を図るために外部との公の交際を進める上で必要とされる経費として、交際費という歳出科目が認められているのはその趣旨である(地方自治法施行規則15条)。そして、長が当該普通地方公共団体の代表者として対外的折衝を行う過程において、いかなる場合に交際費を支出するかの判断は、長の裁量によるほかないが、交際費の前示性質に照らすと、その節度と社会通念上儀礼の範囲を逸脱している場合には、かかる交際費の支出は違法な公金の支出に該当するというべきである(最高裁判所平成元年9月5日第三小法廷判決・集民157号419頁参照)。本件のようにビール券という金券を配付する行為については、金銭自体の贈与に準ずるものであるとの前提の下に、贈与行為と職務行為との関連性、贈与を必要とする事情、贈与の相手方等の要素を総合的に勘案して、かかる贈与が社会的儀礼の範囲内のものであるか否かを判断すべきである。

(3)  前記前提となる事実(3)及び乙第6号証ないし第24号証によれば、市では、市と職務上関係のある東京都又は国の機関に対する年末年始の挨拶回りの際にビール券を持参することが、10年以上続いて既に慣例化しており、本件もその一環として行われたこと、本件におけるビール券の配付先は、いずれも市と職務上関係のある東京都又は国の機関であり、原告がした監査請求における調査に先立ち、被告Bが各部署に対して行った調査に対し、ビール券配付の理由は、必要な情報収集に対する謝礼(保健福祉部)、市の派遣職員受入れに対する謝礼(保健福祉部、都市整備部、総務部)、困難な案件に関する指導、教示等を受けた謝礼又は迷惑をかけたお詫び(保健福祉部、都市整備部、総務部)、当該部署が抱えている案件に対する今後の配慮の要望(保健福祉部、都市整備部)であった旨回答したことが認められる。

そうすると、本件におけるビール券の配付は、それが慣例化した中で行われたものであって、実際にビール券を配付した市の各部署が明確な趣旨をもって行ったものとは必ずしも認め難いが、その点を措くとしても、いずれの場合も公的機関である相手方が公務上当然に行うべきことをしたにすぎない場合の謝礼の趣旨か、あるいは、ある一定の事項に関し市に対する特別な配慮を求める趣旨を表明したものにすぎないというべきである。

このように、相手方がその職務を遂行しているにすぎない場合であっても、相手方が当該普通地方公共団体に特に有益な助言、情報を提供した場合など、特別な事情が存する場合には、報償的に接遇をすることが許容されることがあり得ないわけではない。しかしながら、本件においては、贈与の相手方に対し、そのような反対給付をすべき特別な事情は認められず、相手方が市に対してした職務行為と、当該贈与との間には、前示のような抽象的な関連性が認められるにすぎず、年末年始の挨拶回りに際してビール券を贈与すべき必要性は特段認められない。その上、一般に、行政における決定が公正になされるべきであることはいうまでもなく、本件のように贈与の相手方が当該普通地方公共団体の上位機関又は国の機関である場合に、当該普通地方公共団体に対する特別の配慮を求める趣旨で金銭又はこれに準ずる物品を贈与することは、行政の公正性、中立性を害するおそれを生じさせる点において、これに伴う弊害は一層大きくなる懸念が否定できず、特段の事情がない限り、社会通念に反し、許されないと考えられるところ、本件においては、このような特段の事情も見当たらない。

なお、被告らは、贈答先1件当たりの金額がビール1ダース分4040円相当と低額であることからビール券の贈与も社会通念上儀礼の範囲にとどまる旨主張するが、前記判示に照らせば、金銭に準ずるビール券の贈与は、その額面金額の多寡を問わず、許容されないものというべきである。

したがって、ビール券の購入及び配付は、いずれも社会通念上儀礼の範囲を超えるものであって、市の事務として適法には行い得ないものであるから、本件におけるビール券購入のための交際費の支出及び購入したビール券の配付は、違法な公金の支出及び違法に財産の管理を怠る事実に該当するものというほかない。

2  被告らの責任原因(争点2)について

(1)  被告Aの責任原因について

被告Aは、市長として、ビール券購入契約の支出負担行為及び支出命令を行う権限を有しているところ、前記1のとおり、同人は、違法な支出負担行為及び支出命令を行ったことが認められる。そして、甲第10号証によれば、本件に20年以上先立つ昭和54年11月26日付け自治事務次官通知として、「官公庁間の接待及び贈答品の授受は行わないことはもとより、官公庁間の会議における会食についても必要最小限にとどめる」との国の方針が示されていたことが認められること及び甲第6号証によれば、本件におけるビール券購入及び配付のわずか10か月後である平成12年11月の市の決算特別委員会において、本件のビール券購入及び配付が問題とされたときに、被告Aは時節柄今後は認識を改めるべきである旨述べていることが認められることからすると、被告Aは、平成11年末から平成12年初めの時期にかけて、普通地方公共団体及び国の機関という公的機関の間で合理的理由のない金員に類するものの贈与を行うことが違法となることを認識すべきであったということができるから、被告Aには少なくとも過失があったと認められる。

また、被告Aは、後記(2)のとおり、補助職員である被告Bに対し、訓令等の明確な定めをしないまま、購入したビール券の配付先の決定権限を事実上付与していたものであるところ、このような場合、本来権限を有する同被告としては、指揮監督上の義務に違反したか否かを問わず、被告Bがした財務会計上の違法行為について責任を負うべきであるから、市が被ったビール券購入代金相当額の損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である。

(2)  被告Bの責任原因について

前記1・(1)のとおり、購入されたビール券は、物品に該当するため、長である市長の通知がなければ出納できないところ(地方自治法239条1項、同法施行令170条の3、168条の7第2項)、乙第24号証及び弁論の全趣旨によれば、市長である被告Aは、ビール券に関する出納の通知権限を専決する権限を被告Bに対し訓令等の明確な定めに基づかず黙示的に付与していたことが認められ、本件においても、被告Bは、同専決権限に基づいてビール券の配付先を決定し、使者である各部署を通じて配付したことが認められる。(なお、原告は、被告Bは保谷市物品管理規則10条ないし12条に基づいて事務手続をすべき地位にあったと主張するが、これらの規定は、本件ビール券の管理には適用されるものとはいえないと考えられるから、この主張は採用できない。)

したがって、被告Bは、地方自治法242条の2第1項4号前段のいわゆる当該職員には該当しないものの、同人の行為は違法な物品の管理に該当し、市は同人に対して損害賠償請求権を有しているから、被告Bは、同号後段のいわゆる怠る事実に係る相手方に該当するというべきである。

なお、被告Bは、地方自治法243条の2第1項の規定する物品を使用している職員に該当するところ、同項の規定は物品の管理等に従事する職員の責任の軽減を図った規定であるところ、同条の規定は、当該職員が地方自治法242条の2第1項4号前段の職員に該当する場合だけでなく、同号後段の相手方に該当する場合も含まれると解すべきである。そして、前記(1)のとおり、当時の風潮からしても既に官公署間でビール券を贈答することの違法性を十分認識すべきであったにもかかわらず、被告Bは、ビール券の贈答が10年来続いている慣行であることに乗じて、その適法性について十分に検討することなく、漫然と配付先を決定し、ビール券を各部署に交付したことが認められるから、違法性の認識について重過失があったものというべきである。

(3)  小括

以上によれば、被告Aは、本件ビール券の購入及び贈与について、地方自治法242条の2第1項4号前段の職員として、被告Bは、本件ビール券の贈与について同号後段の相手方として、市を承継した西東京市に対し、本件ビール券代金相当額及びその支出執行日(これにつき、原告は、平成11年12月27日及び同12年1月19日と主張するが、後者については乙第3号証の記載に照らし、明らかな誤記と認める。)から民法所定の年5分の割合による遅延損害金について連帯して支払う義務を負うというべきである。

第4結論

以上の次第であるから、原告の請求はいずれも理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 廣澤諭)

裁判官日暮直子は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 藤山雅行

別紙

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