大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成13年(行ウ)172号 判決 2002年8月29日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは、訴外東京都に対し、連帯して金4万6800円及びこれに対する平成12年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、東京都の住民である原告らが、東京都知事である被告D(以下「被告D」という。)及び平成12年5月当時の東京都外務長である被告E(以下「被告E」という。)が、他の職員2名とともに、同年5月20日に行われた中華民国総統就任式(以下「本件就任式」という。)に出席するために、同年5月19日から同年5月22日まで台湾に出張したこと(以下「本件出張」という。)は、我が国の外交方針に反し、また、東京都組織規程に違反する違法な行為であるから、同出張に際し被告D、被告E及び職員2名に対し日当計4万6800円を支出したこと(以下「本件支出」という。)も違法であるとして、被告D及び被告Eに対して、連帯して本件支出相当額の損害賠償及び平成12年5月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を東京都に代位して求める事案である。

2  前提事実(認定根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

原告らは、いずれも東京都の住民であり、被告Dは、本件支出当時、東京都知事の地位にあった者であり、被告Eは、東京都外務長の地位にあった者である。

本件支出当時の東京都組織規程によれば、外務長は、東京都の生活文化局に置かれ(9条2項)、国際交流に関する事務につき知事を補佐するものとされている(14条の2第3項)(裁判所に顕著な事実)。

(2)  本件支出に至る経緯

ア 被告Dは、平成12年4月、中華民国政権交代委員会就任式顧問Fから同月15日付けで作成された本件就任式への招聘状を受領した(甲19、丙2)。また、被告E及び政務担当特別秘書2名は、平成12年5月、中華民国政権交代委員会代表Fから同月2日付けで作成された本件就任式への招聘状を受領した(甲19、丙3)。

イ 同年5月17日、東京都生活文化局長は、被告ら及び政務担当特別秘書2名の計4名(以下あわせて「被告ら外2名」という。)につき、「平成12年5月19日(金)から同年5月22日(月)まで」の期間において、「都市間交流を幅広く展開するため」との出張目的で台湾に出張する旨の旅行命令を発した(甲2)。同命令には別紙1として、職員の出張日程と題する書面が添付されており、そこには、5月20日、21日の両日について、「台湾総統就任式及び関連行事出席(予定)」と記載されている。また、同年5月19日には、東京都出納長室出納課長が同出張に係る旅費計4万6800円の支出命令を行い、同日、生活文化局国際部給与取扱者に対し、資金前渡の方法により支出を行った(本件支出、甲3)。

ウ 被告ら外2名は、同年5月19日から22日まで、台湾に出張し(本件出張)、同月20日、被告Dは東京都知事、被告Eは東京都外務長の各資格で本件就任式に出席した。同出張に当たり、被告Dは1万6200円、被告E及び政策担当特別秘書2名は、それぞれ1万0200円の日当を受領した。

(3)  監査請求

原告らは、本件訴訟に先立ち、平成13年5月16日に、東京都監査委員に対し本件支出に係る住民監査請求を行ったところ、東京都監査委員は、同月30日、原告らの主張が「都市間交流をはじめとする国際交流の実施に関する都の行政施策上の判断に関し、請求人の主観的見解をいうものにすぎず、財務会計上の行為の違法性・不当性を具体的かつ客観的に示したものとは認められない。」ことを理由として、原告らの同住民監査請求が「地方自治法に定める住民監査請求としての要件を欠いている」ものと認め、同監査請求に基づく監査を実施しないこととした(甲1、16)。

3  争点

本件の争点は、本件出張が違法なものであるか否かである。

4  争点に関する当事者の主張

ア  原告ら

(ア) 日本国憲法は、73条において、特に外交関係の事務及び条約の締結を内閣の職務として定めている。また、憲法第8章の「地方自治」の通説的解釈によれば、地方公共団体の権能は、国家の統治権より伝来し、国の政策的自制に基づく承認ないし国の委任に根拠を有すると理解されている。とすると、地方公共団体の長であり、かつ、地域住民の代表である東京都知事は、内閣で決定された国の外交方針を遵守し、地方自治の本旨に基づいて、国の行政権の範囲内で地方の行政を遂行すべきである。

我が国は、1972年のいわゆる日中共同声明(日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明)で、中華人民共和国政府が唯一の合法政府である旨合意しており、そのことは、1978年にいわゆる日中平和友好条約(日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約)により条約の形となっているところである。これらは法規範性を有するものであるから、これに違反することは憲法98条2項に定める条約及び国際法規遵守義務に反するものである。そして、本件就任式の招聘状が国家機構である中華民国政権交代委員会からのものであること、往復の交通費・宿泊費等を台湾政府が負担していること、被告Dが本件就任式の翌日にG新総統を訪ねて会談を行っていることからすれば、今回の本件就任式への出席及び台湾訪問は、単なる儀礼的行為にとどまるものでなく、一地方公共団体にすぎない東京都の長が、国の外交政策を無視して勝手に外交関係を持ったことを意味し、地方公共団体の基本的役割である住民の福祉の増進とは無関係な行為であって、地方自治の本旨にもとり、地方自治法1条の2、2条11項及び13項に違反する行為である。

また、地方公共団体である東京都が国際活動や国際交流を行うことができるとしても、我が国の地方公共団体が外国の政府そのものと交流をすることは考えられず、その交流は地方公共団体同士のものを念頭においているはずであり、被告らは、地域・都市と国家とをすり替え、本件出張を正当化しようとしている。

(イ) 東京都組織規程14条の2(当時)によれば、外務長は、国際交流に関する事務につき、知事を補佐すると定めており、同規程22条によれば、生活文化局国際部の分掌事務は、国際化施策、国際交流事業、国際的儀礼、姉妹友好都市その他諸外国諸都市との交流・協力等とされているものの、中華民国との国交に関しては、前記日中共同声明で外交関係が消滅しているのであるから、被告Eとしては、被告Dに対してこの点を指摘し、公人としてではなく、私人として出席するように建言すべき職責を有していたというべきであり、それを怠り本件出張に同行したことは、同被告の属する生活文化局国際部の分掌事務には該当しないことは明らかである。

(ウ) 本件出張に伴い起案された出張命令書には、「都市間交流を幅広く展開するため」と記載されているが、本件出張の目的は、本件就任式出席であり、これが東京都組織規程に示されていない職務外の行為であるため、実際のものと異なる出張目的を記載したものであるといえ、本件支出は、実際の出張目的と異なる旅行命令書の記載に基づいてされた違法なものである。

(エ) 台湾のように国交のない国又は地域への渡航には公用旅券が発行されないのであり、そのような国又は地域への出張は公務出張とは認められず、旅費、日当等を公費から支出することは違法である(被告Dは、出張後、都議会に対する出張報告もしていない。)。

イ  被告ら及び参加人

(ア) 憲法72条、73条2号は、内閣の行う事務として外交関係の処理を規定し、「外交」を内閣の権限事項としている。しかし、それは、非政府団体、地方公共団体、民間人等の国際活動・国際交流を否定する趣旨ではなく、むしろ、平成11年に閣議決定を経て公表された「政府開発援助に関する中期政策」においては、地方公共団体や非政府団体との連携強化が政策として打ち出されており、地方公共団体や非政府団体の国際活動・国際交流には、国家と異なる視点に立つ活動・交流が求められているものといえる。そして、地方公共団体の国際活動・国際交流においては、地方公共団体はあくまでも国家と次元を異にする「地域」として活動・交流を行うものであるから、地方公共団体の国際活動・国際交流は、その対象となる当該地域を含む当該国家と我が国が国交を有するか否かによって、一義的にその可否が決せられるものではなく、国交がないことのみによって、当該国又は当該国の地域・民間団体等との間の国際活動・国際交流が直ちに違法となるわけではない。

また、我が国と正式に国交のない外国に対する外交方針は、その内容が多様であり、必ずしも一義的に明確であるとはいえず、その方針に違反するか否かは、そもそも司法判断になじまないものといわざるを得ない。仮に、その点についての司法判断が可能であるとしても、違法であるとの判断を行うのは、国家の外交方針が規範的にみて一義的に明らかであり、かつ、地方公共団体の国際活動・国際交流が当該外交方針を正面から否定するような行為に至るなど、一見して明白に当該国家の外交方針に反する場合に限られるべきである。

そして、国際活動・国際交流の相手方は、地域や民間団体に限定されるものではなく、それが国家であったとしても、そのことが直ちに当該活動・交流を違法ならしめるものとはいえない。

これを、本件についてみるに、1972年9月29日に中華人民共和国政府と日本国政府との間で締結された日中共同声明においては、中華人民共和国を中国唯一の合法政府であることを承認し、台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとする中華人民共和国の立場を十分理解し尊重するとしているが、その後の政府の対応や日中平和友好条約の内容に照らすと、原告らが主張する日中共同声明や日中平和友好条約についての裁判規範性は、極めて希薄であるといわざるを得ず、「十分理解し尊重する」との文言からも裁判規範性は認め難い。

また、我が国政府の外交方針は、台湾とのあらゆる活動・交流を否定するというものではなく、日中国交正常化以降も、民間レベルはもちろん、地方公共団体あるいは国会議員等国の公人レベルでも台湾における活動・交流が活発に行われており、その後の国際化の進展や台湾の占める地位の変化に照らすと、本件就任式に出席することにより交流を行うことは、日中共同声明の趣旨に反するものとはいえないし、我が国の国益や国民全体の利益を害することが客観的に明白とはいえないから、違法とはいえない。

(イ) また、前記のとおり、東京都と台湾との信頼関係・外交関係に基づいて招聘状を受け取り、これに応えて本件就任式に出席した行為は、儀礼的行為というべきであり、狭義の外交的要素は認められないというべきである。被告Dが地方公共団体の長として、被告Eが東京都の外務長として出席している以上、そもそも我が国を代表して外交上の権能を行使したわけでなく、かつ、我が国を代表して外交関係を処理するよう誤認されるような態様でされたわけではないから、被告Dが都知事として他の3名とともに本件就任式に出席したことによって、法的に国家の外交上の専権が害されたとまではいえないし、我が国政府が、現実的に何らかの対応を迫られたり、対中国との関係で外交方針の変更を迫られた事実もなく、事実上も国の外交権限が侵害されたとはいえない。

(ウ) 以上によれば、被告らの本件就任式への出席は、国家の外交権限を侵害するものとはいえないし、また、地方自治の本旨に基礎を有するものといえるから、政治的な評価はともかくとして、違法なものといえないことは明らかであり、本件出張に何らの違法性はない。

第3争点に対する判断

1  監査請求の適法性

本件においては、前記のとおり、訴え提起に先立ってされた住民監査請求について、東京都監査委員が不適法なものとして監査を実施しないとの措置を採っているところ、被告ら及び参加人は、この点について積極的に問題としていないが、この措置が正しいとすると、本件訴え自体が不適法なものとなるので、念のためこの措置の適否について判断する。

住民監査請求においては、請求者が、その対象とする行為等を他の事項から区別して特定・認識できるように個別的、具体的に摘示することを要すると解すべきであるが、当該行為の違法性又は不当性に関する主張は、監査請求全体の趣旨からみて、当該財務会計行為等が、具体的理由によって、法令に違反し、又は行政上不適当である旨を指摘すれば足り、特定の法令を挙げてこれに違反することまでを摘示する必要はないし、また、その違法性に関する主張が独自の見解に基づくものである場合など、違法性の確からしさが低かったとしても、それは、当該監査請求理由の有無にかかわる問題であって、そのことが当該監査請求の適否に影響するものではない。

これを本件についてみるに、第2の2(3)記載の判断がされ、原告らの住民監査請求に対する監査は実施しないこととされているが、本件住民監査請求にかかる職員措置請求書(甲16)によれば、原告らが住民監査請求の対象とし、違法であると主張する公金の支出は十分に特定がされているといえ、また、その違法であると主張する理由も、「日本政府代表が参列しないのに都知事が参列する」ことや「このたびの台湾出張の目的は本件就任式への参列であるにも拘わらず、出張命令書には目的と異なる『都市間交流を幅広く展開するため』と記載している」こと等、具体的理由によって法令に違反する旨の指摘は十分にされ、同請求書全体の趣旨にかんがみれば、原告らの主張しようとする違法事由の主張の程度に関し、欠けるところはないと認められる。それにもかかわらず、東京都監査委員が、同請求書における主張が「請求人の主観的見解をいうもの」であり(この点が、住民監査請求の適否の問題ではなく、理由の有無の問題であることは前記のとおりである。)、「財務会計上の行為の違法性・不当性を具体的かつ客観的に示したものとは認められない」として、本件住民監査請求を不適法と扱ったのは誤りといわざるを得ない。そして、本件住民監査請求につき、監査請求期間等、他に手続上不適法な点は認められないから、監査委員としては、監査を実施し、少なくとも本件において被告ら及び参加人が主張している事実関係の有無について調査をして結論を出すべきであったと考えられるのであり、これを行わず、本件住民監査請求を不適法なものとしたことは、その職責に反するものであって、遺憾といわざるを得ない。

以上のように、本件住民監査請求は、客観的には適法なものであったのに、監査委員が誤ってこれを不適法なものとしたにすぎないから、本件住民監査請求に引き続いて提起された本件住民訴訟は、監査請求の前置の要件を充たしているものとして扱うべきである。

2  争点について

(1)  今日のように国際化した社会の下では、地方公共団体も、外国の地域等と様々な面で交流を持っているのが実情であり、それが当該地域社会の社会、文化、経済的発展等に資する面が存することは否定し難いところである。そうすると、地方公共団体は、我が国の一地域を代表するにすぎないのであるから、我が国と外国との間の外交関係の樹立や破棄といった国家の基本方針にかかわる事柄に関与することができないのはいうまでもないとしても、当該地域社会の発展を図るなどの観点から、外国の地域等と交流を持つことは、地方公共団体の固有事務(自治事務)に含まれるものと解される。地方自治法1条の2第2項が、「国においては国際社会における国家としての存立に係わる事務、・・・(中略)・・・その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い(以下略)」と規定し、国際交流の中でも、「国家としての存立にかかわる事務」のみを国の専権事項として規定しているにとどまるのも、地方公共団体が、上記のような観点からの国際交流を持つことは否定していないからであると解される。

もっとも、地方自治法1条の2第2項が国の事務として留保した内容からすると、外国の地方公共団体や民間団体との間で国際交流を行うことはともかく、外国の政府との間で国際交流を行うことは、その相手方が外国政府である以上、交流の内容が、国際社会における国家としての存立にかかわる可能性も少なくないところから、慎重さを要するものというべきであるが、地方公共団体が、外国の地方公共団体や民間団体との交流を円滑に進めるためには、それらが属する国の政府との間で良好な関係を保つ必要があり(例えば、外国企業を誘致するに当たって、当該政府の支援や協力を要請するなど。)、そのために、外国政府との間で儀礼的な交流を行う必要がある場合もあり得ることを考慮すると、地方公共団体の交流の相手方が外国政府であるという一事をもって、それを違法と断ずることはできないのであり、その交流の内容等に照らし、それが地方公共団体の事務の範囲を逸脱したものであるかどうかという観点から判断されるべきものである。

原告らも、このような地方公共団体による国際交流それ自体を違法と主張しているものではなく、「被告Dにおいて、我が国の政府が正式な国家として認知していない中華民国を、その外交方針に違反して、正式な国家として認知したかのような行動をしたことが違法である。」と主張するものと解されるので、以下、この主張の当否について検討する。

(2)  まず、前記第2の2の前提事実及び各項掲記の証拠によれば、以下の事実が認められる。

ア 被告ら外2名は、平成12年5月19日から22日まで、台湾に出張し(本件出張)、同月20日、本件就任式に出席した(前提事実)。

イ 本件就任式は、台湾総統府において、同月20日の午前9時から行われ、G新総統をはじめとする閣僚らの宣誓や、同総統の具体的政治方針を示す就任演説等があり、午前11時55分に終了した(丙4)。

ウ 本件就任式には、我が国からは、被告ら外2名以外に、村上正邦自民党参議院議員会長、足立良平民主党参議院議員副会長をはじめとする国会議員16人(ただし、これらの議員につき公用旅券が発給された形跡がないことからすると、いずれも私人としての資格で出席したものと認められる。)が、また、民間団体からも笹森清連合事務局長をはじめとする10団体約100人が出席したが、これらの者が本件就任式において何らかの発言をした形跡はない(甲23の11)。

エ 被告Dは、翌々日である同月22日午前には、総統府を訪ね、会談を行った。被告Dは、H前総統の訪日実現への努力を求める旨のコメントをしたものの、概ね儀礼的な範囲の会談内容であった(甲18、23の16、26の6)。

オ 本件出張に先立つ平成12年5月17日、外務省のアジア局長は、在京中国大使館から「地方自治体であっても、首都の知事は政府を代表すると受け取られる。十分に注意して欲しい。」旨の抗議を受けた。これにつき、I外務大臣(当時)は、本件就任式への出席につき、「民間の立場、地域の方々が訪問されることに特別のコメントはない。」とし、本件訪問が政府とは無関係である旨を述べた(甲24の1)。

カ 中華人民共和国政府のJ首相は、平成12年5月29日、本件就任式について「政府代表の派遣は当然のことながらなかったし、(中略)より適切な処理の仕方をした。」と日本政府の対応を評価した(甲23の17)。

(3)  以上の事実を踏まえて検討すると、被告Dによる本件出張が、違法であるとはいえないものというべきである。その理由は、次のとおりである。

まず、被告Dは、あくまでも東京都という一地方の首長にすぎず、我が国を代表したり、その外交方針を決定する権限を有するものではないことは明らかなのであるから、同人が、我が国の外交方針として、中華民国を正式な国家として認知するなどということはあり得ない事柄であるし、被告Dの台湾訪問や、その際の言動等は、概ね儀礼的なものにとどまり、我が国の外交方針に容喙したり、これを左右しようとする趣旨までも含むものであったと認めるに足りる証拠はない。他方、我が国の政府においても、被告Dの台湾訪問は、あくまでも、台湾との間の民間交流、地域交流の一部にすぎないものであって、我が国の外交方針には一切かかわりのない事柄であるという姿勢を一貫して堅持していたことからすれば、被告Dの台湾訪問によって、我が国の外交方針が左右されたり、影響を与えられた事実も認めることはできない。以上のことからすれば、被告Dの言動をもって、国家の専権事項である外交交渉や外交方針の決定を自ら行おうとしたり、これに介入しようとしたということは困難である。

また、東京都と台湾の諸地域との間には、かねてから経済、文化等の面において相互交流があり、台湾との間で民間交流、地域交流を図ることそれ自体は、我が国政府においても容認している事柄であったことからすれば、東京都が台湾の諸地域との間で、地域としての交流を図ることはその固有事務に含まれるものといえる。その中には、少なくとも、台湾の要人との間で儀礼的な交際をすることも含まれ得るものであり、このような儀礼的な交際の可否や、交際の範囲等に関する判断については、首長である被告Dの裁量に委ねられるべきところが少なくないものと解される。そして、今回の被告Dによる台湾訪問は、台湾大地震の被災地を見舞ったことへの謝礼や、東京都と台湾との友好関係を深めるため、被告Dを招聘したいとの台湾側の招きに応えたものであって、その間、本件就任式に出席したり、G総統と会談するなどの行動に及んでいることは前示のとおりであるものの、これらの被告Dの行動が、中華民国が正式な国家であることを前提とした行動であるとしか理解できないものであるとまでいうことはできないし、被告Dがそのことを前提として行動に及んだとまで認めるに足りる証拠もない(なお、甲第11、第12号証、第23号証の13ないし15によれば、被告Dは、本件就任式後、記者団に対し、「中華人民共和国が武力を行使して台湾を統一しようとするならば、K主席はヒトラーと変わらない。」という趣旨の発言をし、この発言につき、I外務大臣(当時)が不快感を示したことが認められるものの、この発言は、被告Dの個人的な感想を述べたのにとどまるものとも理解することが可能なのであるから、上記認定を左右するに足りるものではない。)。

したがって、被告Dの行動をもって、我が国の外交方針から明らかに逸脱して独自の行動に及んだものであって、地方公共団体である東京都固有の事務としての外国の地域等との交流の範囲を逸脱し、都知事の裁量権を逸脱、濫用したものであるとまで断定することは困難であり、被告らほか2名の本件出張やそのためにされた本件支出が違法であると断定することはできないものというべきである。

なお、被告Dの台湾訪問、特に、本件就任式への出席等の行為にまで及んだことについては、我が国の首都の首長が、中華民国を正式な国家として認知したとの誤解を招き、我が国の外交にも悪影響を与えかねないとの見方もあり得るところであろうが、この点は、あくまでも行為の妥当性をめぐる評価にとどまり、被告Dの政治責任の有無という観点から検討されるべき問題であって、裁判所が、法的な観点から、これを違法と断ずべき性質のものではないというべきである。

(4)  その余の原告らの主張(第2、4ア(イ)ないし(エ))について

ア 原告らは、被告Eが本件出張に同行するに当たりその職責を怠った旨主張するが、上記のとおり、本件出張が違法なものでない以上、同主張は前提を欠き失当である。

イ 原告らは、本件出張に際して発せられた旅行命令の目的の記載が、実際の目的と異なるものである旨主張する。前記のとおり、目的欄には「都市間交流を幅広く展開するため」との記載がされており、原告らが記載すべきであると主張する「台湾総統就任式出席のため」といった趣旨の記載に比べて抽象的な記載であることは、否定できない。しかし、本件出張が、現に記載された目的に付随するものであることは前記認定のとおりであり、これと異なる目的のためのものであるとはいえないし、同旅行命令書に別紙1として添付されている「職員の出張日程について」には台湾総統就任式及び関連行事出席と記載されており、本件出張において被告らが本件就任式に出席する予定であることは旅行命令の記載上も明らかである。したがって、原告らの主張は採用し得ない。

ウ 原告らは、本件出張には公用旅券が発行されていないことを指摘するが、地方公務員については、公務による外国出張にも公用旅券は発行されないのであるから、原告らの指摘する点は本件出張の違法性に影響するものではない。また、原告らは被告Dが都議会への出張報告をしていないことを指摘するが、そのような出張後の事情も本件出張の違法性の有無に影響を及ぼすものではない。

第4結論

以上によれば、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文、66条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 廣澤諭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例