東京地方裁判所 平成13年(行ウ)179号 判決 2001年12月27日
主文
1 被告が平成13年6月27日,原告に対してした,原告の道路交通法98条2項に基づく届出に係る不受理処分の取消しを求める請求に係る訴えを却下する。
2 原告が,被告に対して道路交通法98条2項に基づく平成13年6月20日付け届出をした者の地位にあることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告の請求
(主位的請求)
被告が,平成13年6月27日,原告に対してした,原告の道路交通法98条2項に基づく届出に係る不受理処分を取り消す。
(予備的請求)
主文第2項同旨
2 被告の答弁
(1) 本案前の答弁
原告の主位的請求を却下する。
(2) 本案の答弁
原告の請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
本件は,原告が,道路交通法(昭和35年法律第105号。以下「道交法」という。)98条2項に基づいて,自動車教習所を設置し,管理する者が行う届出をしたところ,被告がこれを不受理とする取扱いをしたため,原告が被告に対し,主位的に,上記不受理を行政処分であるとしてその取消しを求め,予備的に,原告が道交法98条2項に基づく届出をした者の地位にあることの確認を求めた事案である。
1 法令の定め
(1) 届出に関する行政手続法の定め
ア 行政手続法上の「届出」とは,行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)であって,法令により直接に当該通知が義務付けられているもの(自己の期待する一定の法律上の効果を発生させるためには当該通知をすべきこととされているものを含む。)をいうとされている。
(行政手続法2条7号)
イ 行政手続法によれば,届出が届出書の記載事項に不備がないこと,届出書に必要な書類が添付されていることその他の法令に定められた届出の形式上の要件に適合している場合は,当該届出が法令により当該届出の提出先とされている機関の事務所に到達したときに,当該届出をすべき手続上の義務が履行されたものとするとされている。
(行政手続法37条)
(2) 自動車教習所の意義
交法において「自動車教習所」とは,運転免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う施設をいうとされている(以下「自動車教習所」という場合には,この定義に沿う施設をいう。)。
(道交法98条1項)
(3) 自動車教習所を設置又は管理する者の行う届出
ア 自動車教習所を設置し,又は管理する者は,当該自動車教習所の所在地を管轄する公安委員会に,①氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その代表者の氏名,②自動車教習所の名称及び所在地,③届出者が設置者である場合にあっては,i設置者が個人である場合には,その本籍又は国籍及び生年月日,ii設置者が法人である場合には,その役員の氏名,住所,本籍又は国籍及び生年月日,iii管理者の氏名,住所,本籍又は国籍及び生年月日,④届出者が管理者である場合にあっては,i設置者が個人である場合には,その氏名,住所,本籍又は国籍及び生年月日,ii設置者が法人である場合には,その名称及び住所並びに役員の氏名,住所,本籍又は国籍及び生年月日,iii管理者の本籍又は国籍及び生年月日を届け出ることができる(以下,この届出を「自動車教習所の届出」という。)。
(道交法98条2項,同法施行規則31条の5第2項)
自動車教習所の届出は,道交法施行規則別記様式19の4の2の届書を提出して行うものとされている。
(道交法施行規則31条の5第1項)
イ 公安委員会は,自動車教習所の届出をした自動車教習所(以下「届出自動車教習所」という。)を設置し,又は管理する者(以下「届出自動車教習所設置者」という。)に対し,自動車の運転に関する教習の適正な水準を確保するため,当該自動車教習所における教習の態様に応じて,必要な指導又は助言をするものとする。
(道交法98条3項)
ウ 公安委員会は,上記の指導又は助言をした場合において,必要があると認めるときは,自動車安全運転センターに対し,当該指導又は助言に係る自動車教習所における自動車の運転に関する技能又は知識の教習を行う職員に対する研修その他当該職員の資質の向上を図るための措置について,必要な配慮を加えるよう求めることができる。
(道交法98条4項)
エ 公安委員会は,上記イの指導又は助言をするため必要な限度において,届出自動車教習所設置者に対し,当該自動車教習所において自動車の運転に関する技能又は知識の教習を行う職員に関する事項や,そのための設備に関する事項等に関し,定期的に報告書の提出を求めることができるほか,上記指導・助言をするために必要な限度において,必要な報告又は資料の提出を求めることができる。
(道交法98条5項,同法施行規則31条の6)
オ 届出自動車教習所設置者は,当該自動車教習所が廃止されたとき,又は届け出た事項に変更があったときは,速やかに,廃止又は変更の年月日,変更に係る事項及び廃止又は変更の事由を公安委員会に届け出なければならない。
(道交法施行規則31条の5第3項)
カ 仮免許を受けようとする者が,現に届出自動車教習所において自動車の運転に関する教習を受けているものである場合には,その者の住所地のほか,当該届出自動車教習所の所在地を管轄する公安委員会に,免許申請書を提出して,当該公安委員会の行う運転免許試験を受けることができる。
(道交法89条)
キ 公安委員会は,届出自動車教習所のうち,職員,設備等に関する一定基準に適合するものを,当該届出自動車教習所設置者の申請に基づき,指定自動車教習所として指定することができる。
(道交法99条1項)
2 前提となる事実(以下の事実は,いずれも当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,平成13年6月20日,警視庁運転免許本部教習所課(以下「教習所課」という。)に対し,「自動車教習所の届出書」を提出したところ(以下「本件届出」という。),これに応対した教習所課警部補aは,原告に対し,「添付書類」と題する書面を「運転免許証の写し」「住民票の写し」と付記した上で交付した。a警部補は,原告の提示した同人の住民票及び本件届出書の記載内容を確認し,原告に対し,「届出自動車教習所に対する指導要領の制定について・別冊」と題する書面を交付した。
(2) 原告は,平成13年6月22日,教習所課に対し,「賃貸証明書」と題する書面を提出した。
(3) 教習所課長警視bは,平成13年6月27日,原告に対し,電話で,原告が自動車教習所を設置し又は管理する者とは認められないので,原告の上記届出書は,道交法98条2項に基づく届出とは認められないとの連絡をした(以下「本件不受理」という。)。
3 当事者双方の主張
(被告の主張)
(1) 道交法98条2項に基づく
届出の意義
公安委員会に対し,自動車教習所の届出をした者は,下記のとおり,権利義務を制限されたり,法的に新たな義務を課されることはなく,また,自動車教習所の届出をしたからといって,道交法上,何かを行い得る権限が付与されたり,法的な義務が免除されるものでもない。
そうすると,道交法98条2項は,自動車教習所を設置又は管理する者に対し,公安委員会に対する届出義務は課しておらず,届け出たことによって,法律上の効果を生じるものでもないから,自動車教習所の届出は,行政手続法上の「届出」には該当しないというべきである。
ア 公安委員会の行う助言・指導及び報告又は資料の提出について
届出自動車教習所の設置者は,公安委員会から必要な指導または助言を受けたり(道交法98条3項),必要な報告又は資料の提出を求められることになるが(道交法98条5項),これらは,何らかの法的効果を伴うものではなく,たとえその指導や助言に従わなかったり,報告又は資料の提出に応じなかったからといって,法的になんら不利益を被ることはないから,上記助言・指導等を定めた道交法98条3項及び同条5項の規定は,自動車教習所の届出をした者の権利義務に変動を生じさせる根拠とはならない。
イ 仮免許申請書の提出地等について
住所地を管轄する公安委員会のほか,教習を受けている届出自動車教習所を管轄する公安委員会においても仮免許申請書を提出し,その運転免許試験を受けることができるという道交法89条による利益は,当該教習を受けている者の利益であって,当該届出自動車教習所設置者の利益ではないから,自動車教習所の届出をした者の権利義務に変動を生じさせる根拠とはならない。
ウ 自動車税の税率について
都道府県の税とされている自動車税の税率は,地方税法において標準税率が定められているもののほか(地方税法147条1項及び同条2項),地方税法の規定に基づき各都道府県がそれとは別に定めたものがあり(同法1条2項及び147条5項),教習用自動車については,地方税法で標準税率が定められている自動車以外の自動車として,各都道府県においてその税率を定めることができる。
東京都においては,東京都都税条例67条4項及び東京都都税条例施行規則28条の10第6号により,教習用自動車の税率を別に定めており,その税率は,自家用の乗用車の自動車税より割安となっている。
しかし,教習用自動車の税率は,各都道府県において決定するものであり,届出自動車教習所において使用される教習用自動車であれば直ちにその自動車の税率が割安になるものではない。
なお,東京都においては,「教習用自動車」の税率が適用されるためには,道交法99条1項の指定自動車が専ら自動車の運転に関する技能の教習の用に供する自動車であって,助手席において操作できる補助ブレーキを有するものであることが必要であると解している。
したがって,自動車教習所の届出の有無によって,自動車税の税率が変わるものではなく,自動車教習所の届出をした者について,自動車税の税率に関し,権利義務に変動は生じない。
エ 自動車損害賠償責任保険の保険料について
自動車損害賠償保障法の規定に基づく自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険料は,自動車の車種ごとに,同法及び損害保険料率算出団体に関する法律等の規定に基づいて定められている。そして,「教習用自動車」という車種に基づく保険料が定められている。
しかし,自賠責保険において,「教習用自動車」としての保険料が適用されるかどうかは,届出自動車教習所で使用する教習用自動車であることが要件とされているものではなく,自動車教習所の届出をした者について,上記保険料率に関し,権利義務の変動は生じない。
オ 運転免許技能試験の際のワンポイントアドバイスについて
全国的に,運転免許技能試験を行う技能試験官は,その試験終了後,受験者が届出自動車教習所で教習を受けている者であるか否かにかかわりなく,受験者全員に対して,いわゆるワンポイントアドバイスを行うこととされており,そのアドバイスを行う方法のひとつとして,届出自動車教習所の教習生が教習原簿を提示して求めた場合には,その教習原簿末尾にワンポイントアドバイスを記入することとされているのであり,それ以外の受験者に対しては,口頭で行うなどの方法によりワンポイントアドバイスを実施している。
また,ワンポイントアドバイスは,受験者のために行うものであって,自動車教習所のために行うものでもない。
したがって,上記のワンポイントアドバイスは,自動車教習所の届出とは無関係である。
(2) 本件不受理の処分性
行政事件訴訟法3条2項所定の処分の取消しの訴えの対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,行政庁の行う行為の全てを意味するものではなく,公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものというと解されている。
そうすると,自動車教習所の届出をしたからといって,前記のとおり,その権利義務の範囲に何ら変動を生じず,また,自動車教習所の届出を不受理とされたとしても同様に権利義務の範囲に変動を生じることはないから,本件不受理は,取消訴訟の対象たる処分には該当しない。
なお,道交法99条1項において,指定自動車教習所の指定制度が定められているが,指定を受けるためには,自動車教習所の届出をしたことのほかに,定められた基準に適合していることが要件とされているから,自動車教習所の届出をした段階においては,訴えの成熟性に欠けているというべきである。
したがって,本件不受理の取消しを求める主位的請求に係る訴えは,不適法であり,却下されるべきである。
(3) 本件不受理の適法性
公安委員会は,自動車教習所の届出がされた場合,当該届出を行った者が「自動車教習所を設置し,又は管理する者」に該当するか否か,当該届出に係る自動車教習所が「免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う施設」に該当するか否かについて審査しなければならないと解される。
仮に,上記のような審査を行わないで自動車教習所の届出を受理したとすれば,「免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う施設」とは到底いえないような届出自動車教習所や,自動車教習所としての実体のない届出自動車教習所の存在を許すことになり,また,当該届出に係る自動車教習所が「免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う施設」として実体を有するものであるとしても,その設置者または管理者が特定できない状況を許すことになり,公安委員会が届出自動車教習所に対して自動車運転に関する教習の適正な水準を確保するために行う必要な指導や助言等を行うことができなくなり,自動車教習所における運転者教育の充実を図るという道交法98条の趣旨を没却することになる。
したがって,被告においては,自動車教習所の届出に対し,上記のような審査義務を負っている。
ところが,本件届出には,原告が自動車教習所を設置し,又は管理する者であることを疎明する資料の提出をせず,a警部補に対し,「ペーパードライバーに運転を教えるだけだ。」「学科教習はしない。」と述べ,免許を受けようとする者に対する教習を行うのではなく,既に免許を取得した者に対して実技指導を行うのみであることを明言していた。
また,原告は,a警部補に対し,「自動車教習所の施設は一軒家だけだ。」「所内教習をするコースはない。」などと述べており,原告が届出しようとした自動車教習所が,「免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う施設」といい得るような施設を備えていないと認められる。
そうすると,原告の届出に係る自動車教習所は,教習内容からみても,施設面からみても,道交法上の自動車教習所には該当しない。
さらに,道交法98条2項に基づく届出をすることができる主体は,「自動車教習所を設置し,又は管理する者」であって,「自動車教習所を設置し,又は管理しようとする者」ではないから,将来的に道交法上の自動車教習所を設置しようとしたり,管理しようとする者は含まれない。
以上によれば,原告は,本件届出時において,「自動車教習所を設置し,又は管理する者」には該当せず,原告が行った届出は,道交法98条2項に基づく届出と解する余地はない。
したがって,本件届出は,道交法98条2項に基づく有効な届出には当たらず,被告が,本件届出を受理したとしても,原告の権利義務の範囲になんら変動は生じないというべきである。
(原告の主張)
(1) 本件不受理の違法性
原告は,前提事実記載のとおり,自動車教習所の届出として,形式的要件に適合した本件届出を行ったにもかかわらず,被告は,これを受理しないと連絡してきたものであり,被告のこのような取り扱いは,以下のとおり,違法である。
ア 自動車教習所の届出の要件
自動車教習所の届出の形式的要件は,道交法98条2項及び同法施行規則31条の5に定められた形式の書類の提出であり,原告は,本件届出において,被告に対し,これらの書類を提出している。しかも,原告は,被告の要求に応じて,原告の住民票の提示,営業所の証明としての賃貸証明書まで提出している。
被告が,本件届出の際に,原告に対して要求したその他の書類(全国自動車運転教育協会加盟を証するもの,管理者及び職員名簿,事務の分掌及び組織,事務所及び教室の設備状況を明らかにした図面,事務所及び教室の内部写真,備えつけ教習車両及び駐車場,教習用資器材の一覧表,コース使用契約書,教習計画表,教習原簿,路上教習コース図,運転免許証の写し,住民票の写し)の提出は,届出を適法に行うための要件とはされていない。
イ 原告が,「自動車教習所を設置し,又は管理する者」に該当すること原告は,平成12年12月1日ころから,屋号を「DS」とする自動車教習所を開設しており,「自動車教習所を設置し,又は管理する者」に該当する。
そもそも,自動車教習所は,電話1台と自動車1台あれば,誰でも開設可能であり,教習機材等の十分な設備があることは,自動車教習所の届出のための法律上の要件ではない。
仮に,被告が主張するように,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う施設として公安委員会が適切であると判断した施設だけが,自動車教習所の届出をできると解するとすると,水準の低い自動車教習所に届出をさせて,その所在を把握して行政指導により教習の質の向上を図ろうとした道交法98条の趣旨に反し,水準の低い自動車教習所は,未届出のまま放置される結果となり,同条の趣旨を没却させることとなる。
ウ 自動車教習所の届出が行政手続法上の「届出」に該当すること
自動車教習所の届出を行うことによって,①他府県に現住所を有する自動車教習所教習生は,届出自動車教習所所在地で,仮免許を取得することができるようになる,②道交法98条3項に基づく公安委員会の指導・助言が期待できるようになる,③届出自動車教習所路上教習用自動車証明書を取得できるようになり,教習車としての登録が可能になるとともに,自動車税,自動車責任賠償保険料が,通常の自動車より割安となる,④届出教習所の自動車教習所教習生は,技能試験受験時に合否にかかわらず,ワンポイントアドバイスがもらえる,などの法律効果が生じることから,自動車教習所の届出は,行政手続法2条7号の「届出」に該当するというべきである。
そうすると,原告は,本件届出により,形式上の要件に適合した届出書を提出先の機関事務所に対して提出していることから,行政手続法37条により,自動車教習所の届出としての手続上の義務を履行したものというべきである。
したがって,被告において,本件届出を不受理とした扱いをすることは違法である。
(2) 結論
以上のとおり,被告が行った本件不受理は違法であることから,原告は,被告に対し,主位的に,本件不受理処分の取消しを求め,また,道路交通法98条2項は,被告に自動車教習所の届出に対する審査権限を認めておらず,そもそも被告には,自動車教習所の届出を不受理とする権限がないとも考えられることから,予備的に,原告が自動車教習所の届出をした地位にあることの確認を求める。
4 争点
以上によれば,本件争点は,次のとおりである。
(1) 自動車教習所の届出が行政手続法上の「届出」に該当するか。
(争点1)
(2) 本件不受理の処分性
(争点2)
(3) 原告は,道交法98条2項に基づく有効な届出を行った者といえるか。
(争点3)
第3当裁判所の判断
1 争点1について
行政手続法によれば,行政庁に対し一定の事項を通知する行為が,行政手続法上の「届出」に該当するためには,当該届出が法律上義務づけられたものであるか,あるいは,「自己の期待する一定の法律上の効果」を発生させるために,当該届出を行うべきこととされているものでなければならない(行政手続法2条7号)。
そして,公安委員会に対し一定の事項を通知する行為である自動車教習所の届出は,自動車教習所を設置又は管理する者の義務とされているものではないから,「自己の期待する一定の法律上の効果」を発生させるために,自動車教習所の届出を行うべきこととされているかどうか,すなわち,自動車教習所の届出を行うことによって,どのような法律上の効果が発生するかを検討する。
道交法上,自動車教習所の届出の効果として,①公安委員会は,届出自動車教習所設置者に対しては,自動車の運転に関する教習の適正な水準を確保するため,当該自動車教習所における教習の態様に応じて,必要な指導又は助言をするものとされており,必要がある場合には,自動車安全運転センターに対し,この指導又は助言に係る自動車教習所における自動車の運転に関する技能又は知識の教習を行う職員に対する研修その他当該職員の資質の向上を図るための措置について,必要な配慮を求めることができるとされていること(道交法98条3項及び同条4項),②届出自動車教習所の自動車教習生は,自身の住所地のほか,届出自動車教習所の所在地において仮免許の運転免許試験を受験できるとされていること(道交法89条),③届出自動車教習所のみが,指定自動車教習所の指定の対象となること(道交法99条)が定められている。
そして,これらの効果は,いずれも,道交法上,自動車教習所の届出をすることによって直接に発生するものであるから,行政手続法2条7号にいう「自己の期待する一定の法律上の効果」に該当するというべきである。
これに対し,被告は,道交法98条3項に基づく指導・助言には何ら法的効果がないから,自動車教習所の届出は,届出をした者の権利義務に変動を生じさせるものではなく,「自己の期待する一定の法律上の効果」を発生させるものではないと主張する。
確かに,上記の指導・助言を受けた者がこれに従うか否かは,その者の意思にまかされているから,上記の指導・助言がされることによって,届出自動車教習所を設置,管理する者の権利や義務の変動を生じさせるものではないし,また,そもそも上記の指導・助言として,いつ,どのようなことを行うかは,公安委員会の裁量にゆだねられており,上記指導・助言を受ける権利が届出自動車教習所設置者に付与されるものでもない。
しかし,上記の「法律上の効果」とは,届出によって法律上発生する効果であれば足り,その効果が,届出人ら特定人の権利義務に変動を生じさせるものであることまでは要しないというべきである。
これを本件についてみると,自動車教習所の届出を行っていない自動車教習所を設置又は管理する者は,上記の指導・助言を受けることはできないのであって,上記の指導・助言を受けるためには,自動車教習所の届出をしておかなければならないという関係にあることからすれば,自動車教習所の届出の効果として,届出自動車教習所設置者は,上記指導・助言を受けることができる地位を取得することは明らかである。すなわち,上記の指導・助言を受けることが可能になること自体が,道交法上に定められた,自動車教習所の届出の効果であり,行政手続法2条7号の「自己の期待する一定の法律上の効果」に該当するというべきである。
また,被告は,届出自動車教習所の自動車教習生が,自身の住所地のほか,届出自動車教習所の所在地において仮免許の取得ができる旨の特例を定めた道交法89条は,仮免許試験を受けようとする者のための利便性を考慮した規定であり,届出自動車教習所の設置者のための規定ではないから,行政手続法上の「自己の期待する一定の法律上の効果」には該当しないと主張する。
しかし,道交法89条の規定する特例が,被告の主張するように仮免許試験を受けようとする者のための利便性を図る趣旨で規定されたものであるとしても,同条の定める規定が適用されるためには,当該教習生の所属する自動車教習所が,自動車教習所の届出を行っていることが法律上の要件とされており,自動車教習所の届出の法律上の効果として,同条の定める特例の適用がされるのであるから,同条の定める特例が適用されるという効果は,行政手続法上の「自己の期待する一定の法律上の効果」に該当するというべきである。
以上によれば,上記のような「自己の期待する一定の法律上の効果」を発生させるためには,自動車教習所の届出をすべきこととされているものであり,自動車教習所の届出は,行政手続法上の「届出」に該当すると解するのが相当である。
なお,原告は,自動車教習所の届出を行うことにより,自動車税の税率,自賠責保険の保険料率が変動すると主張するが,法令上,自動車教習所の届出の有無によって,自動車税の税率や自賠責保険の保険料率が異なることを直接に明文で定めた規定はないから,これらは,自動車教習所の届出を行うことの法律上の効果と解することはできない。また,ワンポイントアドバイスについても,法令上の根拠に基づいて行われているものではないから,自動車教習所の届出の法律上の効果ということはできない。
2 争点2について
自動車教習所の届出は,前記のとおり,行政手続法上の届出に該当するところ,行政手続法37条によれば,同法の規定する届出は,形式上の要件に適合している場合には,当該届出が提出先の機関の事務所に到達すれば,行政庁の応答の有無にかかわらず,届出をすべき手続上の義務が履行されたものとされており,道交法上,自動車教習所の届出について,行政庁である公安委員会がその内容を審査して不受理あるいは返戻できる旨の規定は存しない。
そうすると,自動車教習所の届出が形式上の要件に適合し,かつ,内容が真正であれば,自動車教習所の届出の法律効果は,行政庁である公安委員会の受理行為を経ることなく,届出自体によって直ちに発生するものであり,他方,形式上の要件に適合しない届出がされた場合や届出内容が真正でない届出がされた場合には,たとえ公安委員会がこれを不受理としなかったとしても,このような届出によって,道交法98条2項の規定に基づく届出としての法的効果が生じる余地はないというべきである。
そうであるとすれば,被告が原告に対して行った本件不受理は,被告において,原告が自動車教習所を設置し,又は管理する者に該当せず,本件届出の内容が真正ではないとの理由で,本件届出は無効であると認識している旨を事実上通知したものにすぎず,取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法3条2項)には該当しないと解すべきである。
したがって,原告の主位的請求に係る訴えは,不適法であるといわざるを得ない。
3 争点3について
(1) 原告は,「自動車教習所を設置し,又は管理する者」に該当するか。
証拠によれば,原告は,本件届出を行う前に,自己が保有する自動車1台を教習用自動車として使用できるように補助ブレーキを備える改造をしていたこと(甲17,18),自動車教習所の事務所用として,駐車場8台分を含む一軒家を確保していたこと(甲3),原告個人が,「DS」という屋号で,運転免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う意思を有していたこと(弁論の全趣旨)が認められる。
そして,前記のとおり,道交法上,自動車教習所は,免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う施設をいうとされているのみであり,特定の施設を備えていることや,免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行うのにふさわしい施設であることなどが要件とされているものではない。
そうすると,原告は,本件届出を行った時点において,「自動車教習所を設置し,又は管理する者」に該当すると認められ,また,その他の届出内容についても,真正なものであると認められる。
(2) 本件届出は,形式上の要件に適合しているか。
前提事実及び証拠(甲1)によれば,原告は,道交法98条2項,同法施行規則31条の5に定められた届出書に必要な記載事項を記入し,被告機関の事務所である教習所課にこの届出書を提出したことが認められる。
この点に関し,被告は,自動車教習所の届出を行うためには,届出をした者が「免許を受けようとする者に対し,自動車の運転に関する技能及び知識について教習を行う施設を設置又は管理する者」であることを疎明する資料を提出することが要件であると主張をしているが,法令上そのような資料の添付は要件とされておらず,そのような資料を提出しないことが,形式上の要件の不備となるものではない。
したがって,本件届出は,法令に定められた形式上の要件に適合していると認められる。
(3) 以上によれば,原告は,本件届出により,道交法98条2項に基づく届出を行ったものであり,同項に基づく届出をした者の地位にあると認めることができる。
(4) ところで,本件のように,行政手続法上の「届出」について,形式上の要件に適合したものといえるか否か,あるいは,届出の内容が真正であるか否かなどについて,届出をした者と届出を受ける行政庁との間に紛争が生じた場合,前記のとおり,行政庁が行う「不受理」は事実上の行為にすぎず,取消訴訟を提起してこれを争うことはできないにもかかわらず,行政庁が当該届出は無効であると認識しているときには,届出を行った者は,行政庁の側から有効な届出の存在によって生じるはずの諸種の法的効果を享受することができないという状態におかれることになる。
そして,自動車教習所の届出については,その法律上の効果は,前記のとおりであり,これらの効果のうち,道交法99条の指定自動車教習所の指定を受ける前提とされていることについては,指定の申請をし,その処分を待って争うことも可能であるものの,公安委員会から指導・助言を受ける地位については,指導・助言自体が行政処分ではないことから,その後の行政処分を待ってその取消訴訟の形式によって争うという方法もなく,届出自動車教習所の教習生の仮免許申請地の特例についても,届出自動車教習所設置者自身に対する処分は予定されておらず,取消訴訟の形式で争う余地はないことからすると,本件のように,自動車教習所の届出がされたにもかかわらず,当該行政庁が不受理処分ができるものとして,届出の効果を認めず,その法的効果に従った取扱いを行わない場合には,自動車教習所の届出をしたと主張する者は,当該行政庁を被告として,道交法98条2項の規定に基づく届出をした者の地位にあることの確認を求める訴えによってその解決を図るのが,直截かつ抜本的な方法であるというべきである。
したがって,原告には,被告に対して道交法98条2項に基づく届出をした者の地位にあることの確認を求める法律上の利益があるというべきであって,原告の予備的請求に係る訴えは,適法である。
第4結論
よって,原告の主位的請求に係る訴えは,不適法であるので却下し,予備的請求は,理由があると認められるので認容し,仮執行宣言については,相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 馬渡香津子)