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東京地方裁判所 平成13年(行ウ)201号 判決 2005年10月27日

東京都板橋区a b-c

原告

同訴訟代理人弁護士

池原毅和

東京都千代田区霞が関一丁目2番2号

被告

社会保険庁長官 村瀬清司

被告

同代表者法務大臣

南野知惠子

被告ら指定代理人

東亜由美

春名郁子

鈴木慎吾

小林良和

被告国指定代理人

土崎武志

主文

1  東京都知事が,原告に対して平成10年12月3日付けでした障害基礎年金を支給しない旨の処分を取り消す。

2  原告の被告国に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を被告社会保険庁長官の負担とし,その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主文第1項と同旨

2  被告国は,原告に対し,2000万円を支払え。

第2事案の概要

本件は,平成元年法律第86号による改正(平成3年4月1日施行)前の国民年金法により学生の国民年金への加入が任意とされていた当時,大学在学中に統合失調症(当時の呼称は「精神分裂病」)の診断を受けた原告が,障害基礎年金につき裁定の請求をしたが,初診日において20歳以上の学生であって,国民年金につき任意加入していなかったことから,不支給の処分を受けたため,①学生について,国民年金の強制適用の対象から除外し,国民年金に任意加入する場合に保険料免除の制度を設けていない上記国民年金法の規定は,憲法14条,25条に違反し,広報等による周知をしなかった点は,31条に違反すること,②原告は,20歳前に統合失調症を発病し,医師の診療を受けるべき状態にあったから,このような原告に対しては,疾病の特質等にかんがみ,国民年金法30条の4所定の障害基礎年金(初診日が20歳未満の時点の傷病により障害を負った者を対象とする無拠出の年金)を支給すべきであるのに,不支給の処分を行ったのは違法であることなどを理由に,被告社会保険庁長官(いわゆる地方分権一括法により,処分をした行政庁である東京都知事から処分権限を承継)に対し,上記障害基礎年金の不支給処分の取消しを求めると共に,被告国に対し,昭和34年以降,学生の身分を有する者に対する不合理な差別を容認するなど,憲法に違反する内容の立法を行ったこと,又はこのような不合理な差別等による不利益を救済する措置を講じなかったことが違憲,違法であると主張して,国家賠償法1条1項に基づき慰謝料2000万円の支払を請求している事案である。

1  関係法令の定め等

(略称について)

以下,国民年金法(昭和34年法律第141号)につき,次の各改正が問題となる場合に,昭和60年法律第34号による改正前の国民年金法を「昭和60年改正前国民年金法」,同改正以後の国民年金法を「昭和60年法」,平成元年法律第86号による改正前の国民年金法を「平成元年改正前国民年金法」,同改正以後の国民年金法を「平成元年法」と,それぞれ略称し,また,国民年金法(昭和34年法律第141号)附則を単に「国民年金法附則」と略称する。

(1) 国民年金法の目的等

国民年金法は,日本国憲法25条2項に定める理念に基づき,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とし(1条),同法に基づく給付として,老齢基礎年金,障害基礎年金,遺族基礎年金,付加年金,寡婦年金及び死亡一時金を定めている(15条1号ないし4号)。

(2) 障害基礎年金の種類と支給要件等

障害基礎年金には,国民年金法30条に基づくものと,同法30条の4に基づくものがあり,それぞれの支給要件等は,次のとおりである。

ア 国民年金法30条に基づく障害基礎年金(以下「拠出制障害基礎年金」という。)

(ア) 支給要件

a 被保険者の資格に関する要件

国民年金法30条1項本文は,障害基礎年金の受給資格について,「疾病にかかり,又は負傷し,かつ,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)」において「被保険者であること。」(1号)又は「被保険者であった者であって,日本国内に住所を有し,かつ,60歳以上65歳未満であること。」(2号)のいずれかに該当した者と規定している。

b 被保険者の資格と学生の扱いについて

(a) 学生の適用除外

上記aの「被保険者」の資格について,国民年金法7条1項は,「次の各号のいずれかに該当する者は,国民年金の被保険者とする。」とし,強制的に被保険者とされる者として,「日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者であって次号及び第3号のいずれにも該当しないもの(次のいずれかに該当する者を除く。以下「第1号被保険者」という。)」と規定しているところ(同項1号),平成元年改正前国民年金法7条1項1号イは,このような被保険者から除かれる者として,「学校教育法(昭和22年法律第26号)第41条に規定する高等学校の生徒,同法第52条に規定する大学の学生その他の生徒又は学生であって政令で定めるもの」を挙げていた。

(b) 任意加入の制度

このように,平成元年改正前国民年金法の下において,学生は,強制的に被保険者とされる者から除外されていた一方で,国民年金に任意加入することができるものとされていた(国民年金法附則5条1項1号(ただし,平成元年法律第86号による改正前のもの),2項)。この任意加入制度により,平成元年改正前国民年金法7条1項1号によって被保険者とされなかった学生は,都道府県知事に申し出て,その承認を得て被保険者となることができたが,強制加入の場合と異なり,保険料免除,前納及び追納の制度は適用されなかった(同法89条,90条,93条,94条,国民年金法附則5条10項)。

(c) 昭和60年法附則4条の定め

昭和60年法附則4条は,国民年金制度における学生の取扱いについて,「学生の保険料負担能力等を考慮して,今後検討が加えられ,必要な措置が講ぜられるものとする。」と規定していた。

(d) 平成元年法による学生の強制加入

なお,平成元年法により,20歳以上の学生も,新たに国民年金の強制適用の対象(第1号被保険者)とされ,原則として60歳に達するまで保険料を負担することとされたが,これは,学生の態様の変化に伴い,学生の年金保障の充実を図ったもので,具体的には,学生期間中に障害事故が発生した場合の障害基礎年金を保障すると共に,老後においても満額の老齢基礎年金を受けることを可能にしたものであった。

c 保険料納付に関する要件

(a) 国民年金法30条1項ただし書は,「当該傷病に係る初診日の前日において,当該初診日の属する月の前々月までに被保険者期間があり,かつ,当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2に満たないときは,」障害基礎年金の支給要件を満たさない旨規定している。

(b) ただし,昭和60年法附則20条は,保険料納付要件に関し,初診日が昭和71年4月1日前にある傷病による障害について昭和60年法30条1項ただし書(同法30条の2第2項及び第30条の3第2項において準用する場合を含む。)の規定を適用する場合においては,「同法第30条第1項ただし書中「3分の2に満たないとき」とあるのは,「3分の2に満たないとき(当該初診日の前日において当該初診日の属する月の前々月までの1年間(当該初診日において被保険者でなかった者については,当該初診日の属する月の前々月以前における直近の被保険者期間に係る月までの1年間)のうちに保険料納付済期間及び保険料免除期間以外の被保険者期間がないときを除く。)」とする。」旨規定し,また,昭和60年法附則21条は,前条及び昭和60年法30条1項ただし書(同法30条の2第2項及び30条の3第2項において準用する場合を含む。)の規定の適用については,当分の間,これらの規定中「月の前々月」とあるのは,「月前における直近の基準月」(1月,4月,7月及び10月をいう。)の前月とする。」と規定して,保険料納付要件を緩和している。

(c) なお,平成12年法律第18号による改正後の国民年金法90条の2及び3は,国民年金の第1号被保険者である学生であって,本人の所得が一定の所得以下のものについて,申請に基づき,本人の所得を基準に,保険料の納付を猶予するものとしている(学生納付特例制度)。

d 障害の認定に関する要件

(a) 国民年金法30条1項本文は,障害基礎年金の支給要件をなす障害の認定に関する要件につき,前記aの要件に該当する者が,「当該初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合においては,その治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。)とし,以下「障害認定日」という。)において,その傷病により次項に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にあるとき」と規定し,同条2項は,障害等級は,障害の程度に応じて重度のものから1級及び2級とし,各級の障害は,政令(同法施行令4条の6)で定めると規定している。

(b) 事後重症制度

障害の認定に関し,国民年金法30条の2は,「疾病にかかり,又は負傷し,かつ当該傷病に係る初診日において前条第1項各号のいずれかに該当した者であって,障害認定日において同条第2項に規定する障害等級(以下単に「障害等級」という。)に該当する程度の障害の状態になかったものが,同日後65歳に達する日の前日までの間において,その傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったときは,その者は,その期間内に同条第1項の障害基礎年金の支給を請求することができる。」(1項),「前条第1項ただし書の規定は,前項の場合に準用する。」(2項),「第1項の請求があったときは,前条第1項の規定にかかわらず,その請求をした者に同項の障害基礎年金を支給する。」(3項)と規定し,障害認定日に所定の障害等級の要件を満たさなくても,障害認定日後65歳に達する日の前日までの間において,当該傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったときは障害基礎年金を受給できるものとしている。

イ 国民年金法30条の4(以下「20歳前障害規定」という。)に基づく障害基礎年金(以下「20歳前障害基礎年金」という。)

(ア) 支給対象者の資格に関する要件

国民年金法30条の4は,「疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者」を同規定に基づく障害基礎年金の対象と規定している。

20歳前障害基礎年金については,保険料の納付は不要とされている反面,障害者本人の所得額による支給停止(昭和60年法36条の3)や,労働者災害補償保険法に基づく年金の給付が受けられる場合の支給停止(同法36条の2)の定めがある。

(イ) 障害の認定に関する要件

a 国民年金法30条の4第1項は,障害基礎年金の支給要件をなす障害の認定に関する要件につき,上記(ア)の要件に該当する者が,「障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日において,障害等級に該当する程度の障害の状態にあるとき」と規定している。

b 事後重症制度

国民年金法30条の4は,「疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者(同日において被保険者でなかった者に限る。)が,「障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日後において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日後において,その傷病により,65歳に達する日の前日までの間に,障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったときは,その者は,その期間内に前項の障害基礎年金の支給を請求することができる。」旨規定すると共に(同条2項),拠出制障害基礎年金の事後重症制度に関する同法30条の2第3項の規定を,同法30条の4第2項の場合に準用する旨規定している(同条3項)。

2  前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  原告は,昭和43年2月○○日出生し,昭和61年3月にm大学附属n高校卒業後,同年4月にm大学農学部に入学した。

(2)  原告は,昭和63年2月○○日に20歳に到達した後の同年11月14日,母親に連れられて,都立豊島病院を受診し,「精神分裂病」(現在名「統合失調症」)と診断された(甲54)。

(3)  原告は,1年留年の後,平成3年3月上記大学を卒業し,食品会社に就職したが,採用後の研修(宿泊)中,夜眠れず,同僚に対し首を絞めてくれと言うなどし,約1か月で退職した(甲1)。

(4)  原告は,転院を重ねたが,病状は好転せず,原告が上記(2)の受診日から1年6月を経過した平成2年6月15日の時点において都立豊島病院の医師により診断された症状は,次のとおりであった。すなわち,状態像としては,抑うつ状態(思考・運動制止,刺激性,興奮及び憂うつ気分),幻覚妄想状態(幻覚,妄想)及び分裂病等残遺状態(意欲の減退)が認められ,その具体的な症状,程度は,家に引きこもって昼夜逆転の生活を送り,自らを廃人と言い,こうなったのは遺伝的素因によるもので,父母に責任がある,金属バットで父を殺すなどと言い出すような状態であり,日常生活の状況としては,両親に当たり散らすことがあり,友人との交際がうまくいかないなど対人関係を中心に問題があり,日常生活能力の程度は,精神症状が認められ,家庭内での単純な日常生活はできるが,時に応じて援助や保護が必要な状態にあって,安定した就労は不能であった(甲53,70)。

(5)  原告が平成10年9月24日時点において東京武蔵野病院の医師により診断された症状は,次のとおりであった。すなわち,状態像としては,幻覚妄想状態(幻覚,妄想),精神運動興奮及び昏迷の状態(興奮)並びに分裂病等残遺状態(感情鈍麻,意欲の減退)が認められ,その具体的な症状,程度は,時々幻聴,被害関係妄想が悪化し,大声をあげ,精神運動興奮状態を呈する一方,情意鈍麻がみられ,無為に傾きがちであるが,デイ・ケア・センター,作業所の活動には参加しているという状態であり,日常生活の状況としては,病的体験が増悪しないときは,家族とも,それ以外の者ともある程度の交流を持つことができるが,日常生活能力判定の指標となる各種行為等のすべてについて十分な能力がなく,日常生活能力の程度は,精神症状が認められ,家庭内での単純な日常生活はできるが,時に応じて援助や保護が必要な状態にあって,労働の能力はなかった(甲1,54)。

(6)  原告は,20歳となった際(昭和63年2月○○日)に大学在学中で,当時施行されていた平成元年改正前国民年金法7条1項1号イの規定により国民年金の被保険者に当たらず,国民年金につき任意加入の申出もしていなかったが,平成10年10月8日,東京都知事に対し,障害基礎年金の裁定の請求をしたところ,平成10年12月3日付けで,同知事から,障害基礎年金を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けた。

その後,原告は,平成11年2月4日,審査請求をして,平成12年1月31日付けで棄却裁決を受け,同年2月29日,再審査請求をしたが,平成13年4月27日付けで棄却裁決を受けた。

(7)  地方分権の推進を図るための関係法令の整備等に関する法律(地方分権一括法。平成11年法律第87号。平成12年4月1日施行)により,機関委任事務が廃止され,本件処分につき処分権限を有する者は,東京都知事から被告社会保険庁長官に変更された。

3  争点(争点に関する当事者の主張は,必要な限度で後記「争点に対する判断」において摘示するが,その詳細については,別紙記載のとおりである。)

(1)  本件処分の取消請求関係

ア 拠出制障害基礎年金を支給すべきことを理由とする取消しの可否(本件処分の根拠法令又は本件処分自体が,憲法14条,25条又は31条に違反し,それが取消事由となるか否か。)

イ 20歳前障害基礎年金を支給すべきことを理由とする取消しの可否(国民年金法30条の4に規定する「初診日」の要件の解釈及び類推適用等)

(2)  国家賠償請求関係

ア 立法行為(昭和34年制定の国民年金法又は昭和60年法について)又は立法不作為(昭和60年法の制定以降,救済措置を講じなかった点の不作為)の違法性の有無(本件処分の根拠法令が憲法14条,25条等に違反するか否か,国会議員の立法義務違反又は内閣の法案提出義務違反の有無)

イ 国会議員又は法案を提出した内閣の故意,過失の有無

ウ 上記立法行為又は立法不作為による原告の精神的損害の有無

第3争点に対する判断

1  争点(1)ア(拠出制障害基礎年金を支給すべきことを理由とする取消しの可否)について

原告は,本件処分の根拠法令とされた国民年金法は,20歳以上の学生について,拠出制障害基礎年金の強制適用の対象から除外する(平成元年改正前国民年金法7条1項1号イ)一方,保険料免除制度等のない任意加入の制度しか利用できないものとしていた点(国民年金法附則5条1項1号及び10項(ただし,いずれも平成元年法律第86号による改正前のもの),2項)において,20歳以上の学生を,その身分により不合理に差別するものとして憲法14条に反するから,本件処分は,根拠法令又は本件処分自体の憲法14条違反を理由に取り消されるべきである旨主張する(なお,この点に関し,被告らが,任意加入制度の存在を理由に本件処分の適法性を主張することは,信義則に反する旨主張する。)。また,本件処分の根拠法令又は本件処分は,憲法25条に反すると共に,前提となる任意加入制度の告知・広報等が不十分であった点で,憲法31条等に基づく周知義務にも反する処分として,取り消されるべきである旨主張する。

そこで,検討するに,原告は,処分要件の判断の一部にでも憲法違反が存する以上,本件処分は取り消されるべきであるとするが,そのような取消しがされただけでは障害基礎年金の請求が具体的に可能となるわけではなく,結局,障害基礎年金の裁定は,裁定の請求者にとって,社会保障的見地から行われる受益的な行政処分であることから,裁定の請求に対して不支給処分がされた場合には,これを争う原告の側で,裁定の積極的要件を主張,立証することを要することにならざるを得ない。そして,国民年金法30条1項は,初診日に当該裁定の請求者が国民年金の被保険者であることと共に,所定の保険料を納付していることを要件として規定しているところ,原告においては,本件処分の根拠法令が違憲であると述べるにとどまり,原告が,本件処分時において,拠出制障害基礎年金の支給要件である保険料納付要件を満たしていたとの主張・立証は全くなく,むしろ,弁論の全趣旨によれば,同要件を満たしていなかったことが認められる。

したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告に対して拠出制障害基礎年金を支給すべきことを理由に本件処分を取り消すことはできないというべきである。

2  争点(1)イ(20歳前障害基礎年金を支給すべきことを理由とする取消しの可否)について

(1)  原告の病状の経緯

前記前提事実並びに証拠(甲53,54,56ないし60,62,63,66,証人A母)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告(昭和43年2月○○日生)は,幼少のころから,脱いだ衣服をきちんと畳み,親の実家に帰省した折も他人のパジャマを着るのを嫌がるなど,几帳面な性格であり,昭和61年3月にm大学附属n高校卒業後,同年4月にm大学農学部に入学し,大学1年生の当時は,授業にも出席し,終了時には履修単位をすべて取得し,大学2年生に進級した。

イ しかし,大学2年生に進級する前後の昭和62年春ころから,部屋を乱雑に散らかして構わないようになり,夜間工事の警備等のアルバイトから帰宅した際,母親に対して死を意味するような不気味なことを言ったりした。同年4月から5月にかけて,不眠でイライラし,一晩中枕をもって部屋を行き来するような状態が何日か続いた。また,自動車を購入する目的でアルバイトに精を出していたが,その収入を関心があったはずの自動車の購入以外の用途に費消してしまい,資金の使途について原告の記憶がないという不可解なこともあった。

さらに,同年6月ころ,原告は,家族と夕食中,「正面を向かって食べると殺すぞ。」と言われたような幻聴があったことから,1人だけ食器を持って後ろを向いて食べ出したことがあった。同年9月の夏季休暇明けからは,大学に出かける支度をした後に,自宅の畳に寝転び,ニヤニヤ笑い,母親にせかされてしぶしぶ出掛けるが,また戻ってきて寝転がってしまうような状態の日が何日か見られるようになった。

ウ そして,昭和62年11月ころまでに,母親に対し,対人関係が難しい,「自分の家が貧乏だから皆についていけない」,「大学をやめようかと思っている」,「友人関係がおかしくて身体がこわばってしまう」などと話し,イライラして部屋に閉じこもりがちとなり,「死にたい」と言い,自宅近くの環状7号線近くのビルに行って飛び降りようとしたことを話したり,「死の淵を見た」などと話すこともあった。

エ 原告の母親は,このような原告の状態を見て,自動車が欲しくて欲求不満になっているのかなどと考えたものの,精神病であるとは思い至らず,それでも,原告の言動を心配して,昭和62年11月ころ,m大学の学生相談室へ相談に行き,対人関係が難しい,死にたいなどとか言って困るなどと話したが,応対した大学教授(ただし,医学,心理学の専攻ではない。)から,もう少し学校や友達に慣れればいいんじゃないか程度の助言を受けたにとどまり,医学的な診断を受けた方が良いなどとの助言は受けることはなかった。

オ そこで,母親は,原告の祖母が入会していた宗教団体「C」に原告を連れて行き,その結果,ひとまず事態を切り抜けたと受け止めた。

カ 母親は,このような経過の一方で,原告が高校時代通っていた塾の教師にも相談し,同人は,昭和62年11月ころ,塾の卒業生でもある,原告の大学の友人2名から,「原告が,自分の周りの学生は家に自動車を持っているのに自分の家にはない。俺はみじめだ。だから大学を辞める」などと話していると聞き,原告宅を訪れて原告の了承を得た上,翌日,上記友人も同席の場で,原告と会ったが,その席上,原告は,「家が貧しくて皆とつきあえない。」「車がないのは家が貧乏だから。」「俺は着ているものは毎日同じもの。他の人は毎日変えている。」「俺はみじめだ。」などと話し,急に笑い出したかと思ったら,遠くを見ながら話したりするなど奇異な言動が見られた。上記塾の教師は,知人から聞いた精神分裂病の症状から,原告も精神分裂病ではないかという疑念を抱いたが,同年11月半ばころ,母親と話をした際にそのことは言えず,励ましておいたと話したにとどまった。その後,上記教師が翌年初めに原告に会った際には,原告は,「俺は死にたい」,「地獄を見た」,「もう終わりだ」などということを独り言のようにぼそぼそと話すだけで,上記塾の教師の話を少しも聞こうとしなかった(甲58)。

キ 大学1,2年時同クラスの友人も,原告について,大学1年のころは,他の学生の多くに比べ,授業によく出席していた印象を有していたが,大学2年時の夏季休暇後の秋ころから原告の言動に変化が見え始め,表情が暗く,会話をしていても,原告からは,まともな答えが返って来ず,「死にたい」「俺はもうだめだ」というような言葉が連発されるようになり,「何かあったのか」と聞いても,返答がなく,こうした状態がしばらく続いた後の同年冬ころには,「この前ビルの屋上に行き,飛び降りようと思ったが,できなかった。」などと話すのを聞いている(甲59)。

ク 昭和63年1月に入り,姉婿にその郷里の岩手県にスキーに連れて行ってもらった帰途,上野駅で少年野球の子供達がバットを持っていたところに出会い,帰宅後,母親に対し,鬼が原告に向かって金棒を振るっているように見え,やり返さないとやられると思ったなどと話したりした。もっとも,同月ころ,春ころに車を買ってやると約束してからは,母親からみて,晴れ晴れしていたように見え,昭和63年2月○○日に20歳になった後の同年3月に自動車を購入した後は,特に異常なく過ごしたものの,大学は休みがちであったため,同月に大学2年次の単位について履修を終えることができたのは,38単位中12単位にとどまった。

ケ それでも,原告は,昭和63年4月,大学3年の時に友人らが結成した大学公認の軟式野球サークルに誘われてその一員となったが,前記言動に変化の兆しはなく,サークルの集まりや飲み会の席上でも,浮いてしまい,1人で壁に向かって黙って座っていたり,そうかと思うと酒をがぶ飲みし,1人でヘラヘラ笑っていたり,「みんなごめんねー」などと大声で怒鳴ったりするなど,奇異な言動が見られた。なお,原告は,上記野球サークルの結成,加入を,友人が自分のためを思ってしてくれたことと受け止めていた。

コ 昭和63年中に「頭の蓋がとれたような感じがする」などと発言することがあり,同年夏季休暇中,全裸で畳上に転がり,「助けてくれ」と叫ぶなどし,母親に殴り掛かり,母親との間で殴り合いになった。母親も,このころ,医学辞典を調べるなどし,原告を病院(精神科)に連れて行くことを考えるようになったが,それまでは,我が子を精神病と思いたくないという思いも手伝って,原告の症状について,ノイローゼ程度であると考え,病院を受診させようと考えるに至らなかった。

サ 原告は,昭和63年11月,駅のホームで,自分が他人を見る目が,にらんだようになって,そのために親しい友人の態度が変わったと感じ,帰宅後,母親に対し,取り返しのつかないことをしたなどと悩みを話した。

シ(ア) さらに,昭和63年11月14日早朝,原告は,アルバイト先から帰宅した際,髪の毛が逆立つように感じて,他のアルバイトの店員に対し,内臓をはき出すにおいをさせてしまったなどと話した。

原告の両親は,上記経過に加え,このような言動を耳にするに及んで,原告に精神科を受診させざるを得ないと考え,原告を説得したところ,本人も強くは拒否しなかったことから,原告の母親が原告を連れて都立豊島病院を受診し,「精神分裂病」との診断を受けたが,その病名は,上記診察の時点では,母親に対して告げられなかった。

(イ) 原告の母親は,上記受診時に,「去年の秋ころにも同じような症状があった。去年はひきこもってしまったが,」などと話したが,「車をほしがり,欲求不満でイライラして,昭和63年1月ころ,春ころに車を買ってやると約束してから晴れ晴れしていたようにみていた。3月に自動車購入。1学期は元気に過ごした。」「私からみると,ささいなことに思うが」などと話している。

(ウ) 原告は,上記の受診時に,「友人が,軟式野球クラブのために,合宿やグランド確保に一緒に行き,駅のベンチに疲れて座っていた時,顔を上げた瞬間に向かいのホーム上のプラットホームに立っている人と視線が合って,その人をにらんでしまった。そのことが僕のことを考えてくれていた友人の気持ちを裏切ってしまった感じになり,数日前その友人と食事をしたら,友人の目付きも態度も変わった。両親の愛情もここにきて失ってしまったという感じ。」「友人の態度が気になり,食欲も不振で,死にたいと思ってしまう。」「今,平等というのが分かったが,肉眼で見ると,世の中,金持ちと貧乏人がいるとか,クラスの中では一番下というか,そういう感じがあった。」などと話している。

ス(ア) 原告は,平成元年3月,サークルの友人と泊まりがけで2回スキーに行き,同年2月ころには,自分でも少しは病気かと思い,早く元気になりたい,前よりは楽になったなどと話すようになり,学年末試験を受けたが,卒業に必要な単位を取得できず,同年4月には不眠となり,死にたいと言って高島平に行ったりしたが,学校にも一応行くうち,少し落ち着いたものの,同年6月から7月にかけて,頭の蓋がとれてしまった感じがする,ガランとして,何をどうしてよいか分からない,などと母親や担当医師に話していた。

(イ) 原告は,その後,平成3年春,1年留年して大学を卒業し,食品会社に就職したが,就職後の研修(宿泊)中に,同僚に対し首を絞めてくれと言い,夜も眠れなかったことなどから,退職するに至った。

(ウ) 原告は,平成3年5月まで豊島病院に通院し,月2回程度受診し,薬物療法等を受けるが,好転せず,同月には,時々,前世,来世など色々な考えが浮かんでくる,前世でとんでもないことをしたと思うなどと話し,空笑いをしたり,時々大統領になるんだと言ったりした。

(エ) 原告は,平成3年6月4日から平成5年4月ころまで東京医科歯科大学病院に通院したが,夜も寝ず,家族に対し,意味不明の言動をしては暴力を重ね,一時やや安定し,アルバイトをしたものの,次第に悪化し,同月Gクリニックに転院後,症状が悪化し,暴力行為がみられるようになり,同年5月27日から平成6年5月31日まで都立松沢病院で受診したが,幻聴が一段とひどくなり,母親に刃物を向けたことなどから,家族から110番通報がされて閉鎖病棟に入院し,同年9月ころ症状が安定して退院したものの,自宅ではほぼ1日中寝ていて,幻聴に苦しみ,食欲も不振で,「頭が爆発した」と言ったりしていた。

(オ) 原告は,平成6年6月中ころから平成8年9月末日まで成増厚生病院に通院し,薬物療法を受けたが,幻聴がひどくなり,大声でわめき,隣家に意味不明のことを言って押し掛けるなどして,110番通報され,警察官が来宅することがあり,同年9月29日から東京武蔵野病院に通院し,薬物療法と服薬は続けたが,時々調子を崩しては,近隣に迷惑をかける言動をし,110番通報されるなど,症状は改善せず,就労は事実上不可能な状態であった。

セ 現在の生活の状況

現在,原告は,作業所の収入が月額1000円から2000円程度あるだけで,特に就労しておらず,原告の父親(72歳)と母親(70歳)は,乾物屋を営んでいるが,乾物屋の収入20万円と年金収入合計月30万円程度で暮らしているところ,原告が精神科に入院した場合には月額13万円程度の出費を要することとなる。原告の両親としては,現在,原告に1人暮らしをして欲しいとも思っているがそのことを原告に話すと原告の症状が悪化し,幻聴がひどくなり,大声で叫ぶなどして近所に迷惑をかけることとなる一方,同居を続ける限り生活保護は受給できないという悩みを抱えている。

(2)  医学的見地からみた統合失調症

証拠(甲67,68,乙37)によれば,統合失調症に関して,医学的見地から次の事実が認められる。

ア 統合失調症(精神分裂病)は,素質や遺伝等による内因性の精神病で,主として青年期に発病し,しばしば進行性に経過し,末期には特有の残遺状態を残す可能性をもつ疾患であり,精神病のうちで発生頻度の高い疾患の一つとされ,大部分は15歳から35歳までに発病し,最も多いのは17,18歳から26,27歳までの約10年間であるとされ,その病因については,遺伝子,胎生期,発育期の遺伝子変異,感染,外傷,中毒等さまざまな原因で脳に軽度の機能的あるいは形態的な障害をもち,社会心理学的要因や身体的要因が関与して,主に思春期以降に発病するとされている。

イ 統合失調症の症状としては,妄想,幻覚(幻聴等)と病識の欠如に特色がある。統合失調症の経過は,通常,前駆症状として,抑うつ気分,思考力低下,頭重,倦怠感,易疲労感,不眠などを訴え,口数が減少し,行動が不活発になり,登校や通勤が不規則となったり,家に閉じこもりがちになるなどして,神経衰弱様状態を呈し,強迫症状,抑うつ状態を示すこともあるが,統合失調症に特徴的な症状は出現せず,この時期に診断を受けた場合には,不登校,神経症性障害,うつ病などと診断されやすい。このような状態を数日ないし数年間経過するうち,統合失調症に特徴的な症状が現れる。急性期の症状としては,不安緊張状態や,表情が硬く,冷たくなり,話し掛けに応対しなくなるなどの症状,妄想,思考の障害,幻覚(幻聴や幻視,幻臭等),自我意識の障害,感情の障害(無関心となり,服装等が乱れる等),意欲や行動の障害(引きこもり等)等が発現するとされており,前駆症状を経ずに急性期の症状が発現する場合,いつとはなしに急性期の症状が徐々に増強する場合もある。初期症状の段階では,思春期,青年期の悩みと病的な症状との区別が困難で,発病の診断は,種々の症状を基に,事後的,総合的判断によって行われるのが通常であり,現在使用されている診断基準としては,国際疾病分類(ICD-10)の診断基準等がある。

(3)  支給要件の充足性と問題の所在

ア 東京武蔵野病院で原告を担当してきた精神科医であるHの意見書(甲61,64,71)は,都立豊島病院の診療録,診療状況等証明書,東京武蔵野病院の診療録等やK及びSの各陳述書並びに証人A母の証言及び陳述書をもとに,医学的見地からみて,原告は,20歳となった昭和63年2月○○日よりも前の時点で,遅くとも昭和62年11月ころまでには,抑うつ,神経衰弱状態,被害的幻聴,意欲低下,希死念慮,貧困妄想等の統合失調症の発病を示す症状が発現し,医師の治療を要する状態にあったとしているところ,上記(1)及び(2)に照らしても,この判断が十分合理的であるということができ,その旨認定することができる。

イ そして,前記前提事実(4)及び(5)並びに前記(1)の事実によれば,原告は,統合失調症について初めて医師の診療を受けた日(昭和63年11月14日)から1年6月を経過した日において,障害等級に当たる障害を負っていたかは必ずしも定かでないが,少なくとも65歳に達する前に,障害等級に当たる障害を負うに至っており,その障害は,上記統合失調症に起因するものと認められ,20歳前障害基礎年金の支給要件とされる所得制限の要件についても,これを満たしていると認めることができる。

ウ もっとも,前記(1)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,20歳到達後の昭和63年11月に都立豊島病院の医師の診断を受けるまで,統合失調症に由来する症状により医師の診療を受けていないことが認められる。

そのため,被告らは,原告が国民年金法30条の4に規定する「初診日」の要件を満たさないと主張するのに対し,原告は,遅くとも19歳8か月の時点(昭和62年11月ころ)には医師の診療を受けるべき状態にあったから,上記支給要件を満たす旨主張している。

エ そこで,問題は,上記事実関係の下で,原告が,本件処分当時,20歳前障害基礎年金の支給要件のうち,「初診日」の要件を満たしていたと解し得るか否かである(なお,本件処分の根拠となる法令について,原告,被告らいずれの主張を前提としても,平成元年改正前国民年金法の解釈が問題となる。

(4)  国民年金法30条の4の「初診日」要件の解釈

ア 規定の文言との関係

(ア) 国民年金法30条の4は,20歳前障害基礎年金の対象を,「疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者」と規定し,「初診日」の定義については,同法30条1項が,拠出制障害基礎年金の支給要件について定める中で,「疾病にかかり,又は負傷し,かつ,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日」と規定している。

(イ) そうすると,上記規定上の文言から形式的にみれば,原告は,国民年金法30条の4に規定する「初診日」の要件を満たすものではないといわざるを得ない。

しかしながら,昭和34年に国民年金法が制定された当時,そもそも,「精神障害」は「障害年金」の対象とされておらず,これを障害年金の対象とした昭和39年法律第87号による国民年金法の改正時に,精神障害における特性との関係について厳密に検討した形跡はない。したがって,上記規定の文言について例外的な拡張解釈の余地を全く許さない趣旨かどうかは,立法の経過に照らしても明白とはいえない。また,一般的に言って,当該例外を認める必要性が高く,当該規定の趣旨自体に当該例外を許す根拠を見いだすことができ,かつ,例外的な解釈を行うことにより,関係規定等に照らして,許容し難い弊害や問題が認められない特段の事情がある場合には,目的論的解釈の一環として,当該規定の適用範囲を拡張して解することも許されるというべきである。そこで,本件においても,このような見地から,更に検討を尽くすことが必要と考えられる。

イ 拠出制障害基礎年金と20歳前障害基礎年金の支給要件と「初診日」要件の趣旨

(ア) 国民年金法30条に基づく拠出制障害基礎年金は,傷病に起因する障害により稼得能力の全部又は一部を失った者に対し,保険の原理に依拠して,その稼得能力の喪失に対する補償をすることを目的とする制度である。これに対し,同法30条の4に基づく20歳前障害基礎年金は,被保険者資格を取得することができない20歳未満の時期の傷病に起因する障害によって稼得能力を喪失した者について,福祉的見地から,その稼得能力の喪失に対する補償をすることを目的とする制度である。これに対し,拠出制障害基礎年金の制度を補完するものと位置付けられ,憲法25条を具体化した国民年金法1条の目的にそうものといえる。

(イ) 拠出制障害基礎年金と20歳前障害基礎年金の両制度は,いずれも,その支給要件を「初診日」との関係によって判定することとし,当該傷病に係る初診日が20歳以上の時点であるか否かによって,いずれの制度が適用されるかを区分している。これは,国民年金の保険者が,傷病の発生時期を認識する資料を有しないことにかんがみ,医学的見地から,認定の客観性,公平性を期すと共に,裁定の請求段階での無用の争いを回避し,迅速な認定を可能にするため,初診日をもって傷病の発生日ととらえる趣旨と解される。

この点に関しては,立法担当者の国民年金法30条に関する解説書にも,国民年金に関しては,(昭和60年改正前の)厚生年金保険における「被用者のごとく一定の職場において健康管理が行われ,また,医療保険による保障が行われている場合と異なり,本法(国民年金法)の適用者については,傷病がいつ発生したかを把握することは技術的に困難であるからである。」と記載されていること(乙6)ことからも裏付けられるところである。

(ウ) さらに,拠出制障害基礎年金の支給要件については,初診日に国民年金に加入していることが要求されており,これは,障害の原因となる傷病が発生してから保険に加入した者に保険給付を行っては,拠出制の年金保険制度自体が存立し得ないためと解される。すなわち,障害基礎年金は,障害という保険事故に対する保障を目的とするものであることからすると,障害の発生時に被保険者であることを要件とすることも考えられるが,拠出制障害基礎年金制度は基本的に保険の原理に依拠したものであり,保険事故発生の可能性が高くなってから保険に加入すること(いわゆる逆選択)を認めることは,制度上認め難いことによるものと解される。

(エ) 以上によれば,国民年金法30条1項及び同法30条の4が,拠出制障害基礎年金及び20歳前障害基礎年金の支給要件の判定日を,障害を負った日又は傷病の発生日ではなく「初診日」と規定しているのは,障害基礎年金の支給の可否を判断する行政庁において,医学的見地から,当該障害の原因となる傷病の発生を判断するに足りる客観的資料を入手する必要があるというだけでなく,傷病を負った場合には本人において自ら又は周囲の者の協力を得て,速やかに医師の診療を受けるのが通常であり,傷病に起因する症状の発現から受診に至る過程に恣意や偶然性による長短が生ずる可能性が少なく,発病の日と初診日がおおむね接着していて,いわゆる逆選択が認められる余地が類型的に乏しいことを基礎とするものとみることができる。

(オ) したがって,「初診日」を障害基礎年金の受給資格判定の基準日とすることは,このような医学的基礎を有する点においては,一般的には合理性があるということができるが,反面,傷病の特質等に照らして,このような医学的基礎を有するとは認められない場合には,国民年金法30条1項及び30条の4の規定の趣旨自体からみて,「初診日」を形式的に解釈することについて合理性を欠くこととなり,例外的に拡張解釈を許容する余地があるということができる。

(カ) もっとも,前記(ア)によれば,20歳前障害基礎年金は,拠出制障害基礎年金の支給が受けられる可能性が否定される場合にこれを補完する関係にある。このような制度の構造に照らすと,上記のような拡張解釈が認められるかどうかを判断するに当たっては,当該傷病の特質に加え,20歳前に当該傷病を負った学生について,国民年金に任意加入することによって拠出制障害基礎年金の支給要件を満たすことを期待することができたかどうかを更に検討することが必要であり,また,国民年金法上「初診日」を基本的要件とする他の規定が存在することから,これらの規定の解釈との関係でも問題がないかを検討することが必要である。そこで,以下,このような見地から更に検討を進める。

ウ 統合失調症の特質

(ア) 前記(2)並びに証拠(甲51,69)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。すなわち,統合失調症は,これを発病した本人においてその症状自体を認識していても,自らが病気であるとの認識(病識)を有しないのが通常であるため,発病後速やかに自発的に医師を受診することを期待できず,しかも,発症時期が青年期と重なることが多く,そのような時期に発病した場合には,本人と同居し,近隣に居住する家族が存在する場合でも,発病後早期の段階で,青年期特有の症状(病気の範疇に入れられない程度のもの)と区別することが困難であり,仮に家族が本人の症状を認識した場合でも,精神分裂病であることを受け入れることが心情的に容易でない。そして,昨今精神障害者のノーマライゼーションが唱えられているとはいえ,少なくとも平成元年法施行前の状況下においては,なお精神分裂病に対する偏見が根強く存在したとみられ,家族も当該疾病に罹患していることを否定したい心情に駆られがち(しかも本人は病識に乏しい。)で,医師においても,このような状況を背景に,本人や家族に対する病名告知もはばかる傾向があり,病識のない本人を精神科や精神病院に連れて行くことにも通常の疾病とは異なる困難を伴う結果,医療的措置を受けることなく,家族において患者を抱え込み,相当程度症状が進行した段階で医師の診療を受ける例もあるなど,発病から初診まで数年単位で長期化する例も少なくない。

こうした統合失調症の特質は,病因や症状等の個人差にかかわらず,相当程度類型的なものということができ,本件原告の病状の経緯(前記(1))にも,このような特質が現れているといえる。

(イ) このように,統合失調症については,発病から医師の診療を受けるまでの期間が,患者本人や家族の偶然的な判断,行動に左右され,長期化する傾向もあることから,初診日をもって画一的に発病の日とみることは,医学的見地からみて一般的に合理性があるとはいい難く,初診日の要件の本来の趣旨に合致しないというべきである。むしろ,20歳前障害基礎年金の支給要件に関しては,医師の診断等により,医学的にみて,医師の診療を必要とする状態に至った時点と解することが,医学的見地からのみならず,一般社会通念からもより合理性,客観性があり,公平といえる。

(ウ) 知的障害及び先天性の身体障害の取扱いとの対比

知的障害及び先天性の身体障害については,初診日のいかんにかかわらず(初診日が20歳以後であっても),一律に,疾病等にかかりその初診日において20歳未満であった者として,昭和60年改正前国民年金法57条に基づく障害福祉年金を支給するという取扱いが,昭和40年法律第93号による改正以後の国民年金法により精神薄弱(現在の呼称は知的障害)が障害年金の対象となる傷病とされた後の行政実務の運用とされており,昭和60年法の下では,上記障害福祉年金が同法30条の4に基づく20歳前障害基礎年金とされて,同様の運用がされている。これは,知的障害等については,20歳前に発症したことが医学的に明白であり,医師等による診療という客観的事実を基準とせずとも,国民年金法30条1項の趣旨に反しないことから,障害年金の支給対象とされているものであると説明されている(甲72,73,弁論の全趣旨)。

また,昭和40年法律第93号による改正前の国民年金法は,精神薄弱(知的障害)を,「障害年金」の対象となる傷病から除外しており,その立法理由については,先天的又は乳幼児の後天的な原因により精神の発達が遅れたものであって,被保険者となった後の障害について保険することを建前とする拠出制年金制度になじまないからであると説明されていた(乙10の1)。

このような行政実務の運用等も,「初診日」の文理が,規定の趣旨に照らした例外的な解釈の余地を絶対的に排除するものではないことを示すものといえる。

エ 国民年金に任意加入することの期待可能性

(ア) 20歳前障害基礎年金については,拠出制障害基礎年金に任意加入することができない場合の補完的な性質を有するものであるところ,20歳以上の学生については,任意加入の申出をすることにより,申出をした日に被保険者資格を取得することができるとされていたこと(国民年金法附則5条1項1号及び10項(ただし,平成元年法律第86号による改正前のもの),2項)から,原告のように,20歳前に統合失調症を発症した場合でも,20歳到達以後に国民年金に任意加入することによって拠出制障害基礎年金を受給できたとすると,福祉的,補完的見地からする救済の必要があるとはいえないのではないかが問題となる。

(イ) しかし,原告のように,20歳前に統合失調症を発病した者が,20歳到達以後に国民年金に任意加入し,医師の診療を受けた場合について考えてみると,このような場合に拠出制障害基礎年金の対象とすることは,保険の原理を基礎とする年金制度において,保険事故発生の可能性が高まってから保険に加入すること(いわゆる逆選択)を広く認めることにつながり,本来拠出制障害基礎年金の制度にはなじまないといえる。

上記のような場合にも拠出制障害基礎年金の支給を認めようとするならば,結局,統合失調症の疾病としての特質を理由とすることが必要となるものであり,そのような理由によって保険の原理からは本来許容し難い例外を認めるのであれば,むしろ,社会保険制度では保障から漏れる部分を補完して,制度の対象と解することの方が,社会保険の社会保障としての制度趣旨に即した解釈ということでは一貫し,より合理的というべきである。

(ウ) 原告が国民年金に任意加入していなかった背景にも,上記のような制度上の問題が存在し,仮に任意加入が抽象的に可能であったとしても,具体的な加入可能性については不分明で,公報等による周知や各種解説又は個別の教示によって,原告のような場合に,国民年金に任意加入することにより,障害基礎年金を受給し得ることが明確にされていたと認めるに足りる証拠はない(かえって,東京都や原告の居住する特別区や社会保険協会の発行に係る広報誌中には,単に「20歳前の病気やケガで障害になった人でも,20歳になると障害基礎年金が受けられます。」と記載された部分があり(乙19の3及び4),この部分は,20歳前に医師の診療を受けなくても障害基礎年金の支給を受けられるかのようにも読める。)。このような状況の下で,20歳前に既に統合失調症を発病している原告のような者に対し,その本人の認識能力の点をおいたとしても,国民年金に任意加入することを当然に期待できたということはできない。

(エ) なお,昭和60年法及び同法附則は,学生を保険料の拠出能力が類型的に認められないという理由により強制加入から排除し,任意加入の余地を認めるにとどめており,任意加入の場合に保険料の免除又は猶予(追納)の制度がなく,保険料を継続して支払うことが義務付けられていた点で,学生にとって,もともと選択肢がかなり制約されたものであったといえる。このような学生の取扱いの趣旨は,学生が一般に保険料の拠出能力を有さないことを根拠に,強制加入が保険料(なお,国民年金が基本的には老齢年金を中心とした制度として保険料が設定されている。)の強制徴収を意味することから,学費を負担する親の負担増の問題を軽視できず,学生の老後のために親が保険料を当然に拠出することも問題視されたことや,学生の多数が,大学卒業後会社に就職して被用者保険に加入することが多く,自らの保障を厚くしたいと考える場合に加入を認めれば足りると考えられたことによるものとみられる(乙8,9の1,10の1)。

そして,昭和60年法附則4条は,国民年金制度における学生の取扱いについて,「学生の保険料負担能力等を考慮して,今後検討が加えられ,必要な措置が講ぜられるものとする」と規定していた上,平成元年法により学生が強制加入の対象とされたことからすると,原告のように,20歳前に統合失調症を発病している者については,将来就労して被用者保険に加入する可能性も低いといわざるを得ない点で,学生を国民の強制加入の対象から排除していた平成元年改正前とは前提を異にする面があり,親の負担も,本人の学生時代の障害という不測の保険事故に備えるものである点で,老後に備えるための老齢(基礎)年金を念頭に置いた議論がそのまま妥当するものではない。

オ 国民年金法上「初診日」を要件とする他の規定の解釈

(ア) 障害等級該当性の認定の基準日(障害認定日)(事後重症制度を含む。)

障害等級該当性の認定の基準日について,国民年金法30条1項は,「当該初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合においては,その治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。)とし,以下「障害認定日」という。)において,その傷病により」障害等級1級又は2級「に該当する程度の障害の状態にあるとき」と規定し,国民年金法30条の4は,「障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日」,「障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日」と規定し,それぞれの場合について事後重症制度が設けられており(同法30条の2,30条の4第2項,第3項),「初診日」の要件は,障害等級の認定の基準日(障害認定日)を特定する機能を有している。その趣旨は,疾病の治癒又は症状の固定前であっても,合理的期間内に,当該傷病と障害との間に因果関係が認められる限り,障害基礎年金の支給を認めるところにあると解することができる。そして,事後重症制度が設けられていることも併せ考慮すると,当該傷病が統合失調症である場合に,これと障害との間の因果関係の有無を判断するために,当該統合失調症に起因する症状について現実に医師の診療を受けた「初診日」を基準とすることには合理性が認められる。この判断の基準日を「医師の診療を必要とする状態に至った日」にさかのぼらせなければ,社会保険としての拠出制障害基礎年金制度と整合した障害基礎年金の支給ができないわけではなく,この関係において,国民年金法の趣旨に照らして「初診日」の文理を拡張して解釈する必要性があるということはできない。

(イ) 被保険者期間及び保険料納付要件

国民年金法30条1項は,拠出制障害年金の支給要件につき,「当該初診日の属する月の前々月までに被保険者期間があり,かつ,当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2に満たないとき」と定め,初診日前に,一定の期間被保険者であること及び保険料を納付していることを要件としている。これは,いわゆる逆選択の防止の見地から,初診日前に被保険者であることを要求すると共に,政策的に,障害補償年金給付の要件として一定の保険料納付の実績を要求する趣旨によるものと解される。

裁定の請求者が20歳となった後に発生した傷病を理由に拠出制障害基礎年金を請求する場合には,その者が20歳前障害規定の適用を受ける余地はない。また,通常,保険料納付に関する要件を判断する基準日が後であるほど,その要件を満たす可能性が大きくなることから,当該傷病が統合失調症の場合であっても,初診日を保険料納付に関する要件とすることに合理性があるということができ,同法30条の4の要件該当性の判断の基準の場合と異なり,社会福祉的見地から解釈を補完する必要性があるとはいい難い。

もっとも,請求者にとって,保険料納付に関する基準日を,初診日より前の発病日にさかのぼらせることが利益となる場合もあり得ないではないが(被保険者(加入)の要件の期間を短くすることにより保険料納付要件を満たすことになる場合等),その程度の利益によって,文理を拡張して解釈する必要性があるとはいえない。

(ウ) 併合障害の認定(国民年金法30条の3第1項,第2項)

国民年金法は,「基準傷病以外の傷病により障害の状態にあるものが,基準傷病に係る障害認定日以後65歳に達する日の前日までの間において,初めて,基準傷病による障害(以下この条において「基準障害」という。)と他の障害とを併合して障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったとき(基準傷病の初診日が,基準傷病以外の傷病(基準傷病以外の傷病が2以上ある場合は,基準傷病以外のすべての傷病)の初診日以降であるときに限る。)は,その者に基準障害と他の障害とを併合した障害の程度による障害基礎年金を支給する。」と規定する(同法30条の3第1項)と共に,「第30条第1項ただし書の規定は,前項の場合に準用する。」と規定している(同法30条の3第2項)。これは,先行する基準障害と,国民年金の被保険者となった後に生じた障害を併合した結果,その障害が障害等級に該当する場合にも,障害基礎年金を支給しようとするものである。この制度について,初診日の要件を拡張して解さなければならない必要性があるとはいえない。

カ まとめ

(ア) 以上の検討によれば,学生であって,20歳となってから,国民年金に任意加入することのないまま,医師による統合失調症の診療を受け,拠出制障害基礎年金の支給を受けられない者が,医師の事後的診断等により,統合失調症の症状が発現して医師の診療を受けることを必要とする状態となった時点が20歳前であると認められる場合には,国民年金法30条の4に規定する「初診日」の要件を例外的に拡張解釈することを認める必要性が高く,統合失調症の特質及び国民年金に任意加入することの期待可能性に照らせば,当該規定の趣旨自体に当該例外を許す根拠を見いだすことができ,かつ,「初診日」を要件とする他の関係規定の解釈等に照らしても,許容し難い弊害や問題が認められない特段の事情が存在すると認められるから,当該「初診日」の要件を満たすと解するのが相当である。そして,前記(3)アのとおり,原告は,医師の診断により,20歳(昭和63年2月○○日)となる前に統合失調症の症状が発現し,医師の診療を受けることが必要となったことを医学的に証明しているから,本件処分時において,20歳前障害基礎年金の支給要件を満たしていたと認められる。

したがって,本件処分は取り消されるべきである。

(イ) なお,上記(ア)の判断に関連する被告らの主張について,以下検討を加えておく。

a 被告らは,国民年金法上,「初診日」において医師ないし歯科医師による診療行為を要するとされる理由は,支給要件について客観的な基準を設けることにより,受給者間の公平を図り,画一的かつ迅速な支給の決定を可能ならしめることにあるとし,国民年金制度は,生活保護など他の所得保障制度とは異なり,資産の有無や他の親族による扶養の可否などの個別事情を考慮することなく,あらかじめ画一的要件(拠出期間や年齢)を定め,これを満たす場合に,一律に定型的給付を行う制度であり,大量,迅速かつ画一的な処理を要請される制度であるから,その制度趣旨に照らせば,「初診日」のように,国民年金法上,明文でその定義が明確にされているものについて,文言を離れたあいまいな解釈をすることは法の趣旨を没却し,許されない旨主張する。

しかしながら,先にみたとおり,初診日要件について,明確性が要求されるのは,障害等級の程度や国民年金法30条1項に規定する被保険者要件や保険料納付要件の該当性の有無の判定の局面であって,これらの関係では,「初診日」につき例外を認めるものではない。また,「初診日」の要件の趣旨は,①障害の原因となる傷病が医学的に認定できること,②当該傷病の発生後,これに由来する症状から,自己又はこれと同視し得る親族等の意思に基づき医師を受診することが可能で,当該傷病の発生からこれに起因する症状について初めて医師の診療を受けるまでの期間が接着しているのが通常であることを前提とするものということができる。ところが,統合失調症の場合,その初診日は,上記①の要素を満たすものの,既に検討したとおり,上記②の要素を常に形式的に適用することには,上記趣旨に照らして問題があることを否定できず,行政の運用上も,知的障害や先天性障害の場合には文言を離れた解釈を認めており,文理が絶対的なものとはいえないこと,老齢年金等と異なり,障害という保険事故の発生率は,その性質上,限られていること,画一的処理は,裁定の請求を受けた行政庁側の対応としては,ある程度画一的な基準により判断することがやむを得ないとしても,係争事案における司法の手続の中で,処分要件の認定を行う場面では,行政上の要請を踏まえつつも,更に制度本来の趣旨に照らして個別的救済の必要性を検討することが必要であって,その際,画一性が,疾病の特質及び制度の構造や規定の趣旨を考慮した個別の判断を常に許さないほど,絶対視されなければならない要請とみることはできないことなどにかんがみると,国民年金法は,同法30条の4の適用要件との関係で,「初診日」の要件につき,保険の原理等,国民年金制度全体の構造と調和する拡張解釈を行うことを禁止する趣旨とは解されず,文理を形式的に貫いてこのような解釈の余地を否定することは,かえって同法の趣旨に反し,不合理というべきである。

なお,発病時期を一時点に特定できないことにおいて明確さを欠く点も問題となるが,統合失調症が,もともと発病の日を一時点に特定するのが医学的にも困難な疾病である上,国民年金法30条の4との関係では,医師の診断等により,医学的に,20歳前に発病し,医師の診療を必要とする状態に至ったと認められるかどうかを審査すれば足ることから,必ずしも,発病の日を一時点に特定できないことは,前記(ア)の判断の妨げとなるものではない。

b 被告らは,昭和60年法律第34号による改正前の厚生年金保険法47条1項は,被保険者資格の判定の基準となるべき日について,「被保険者であった間に疾病にかかり,又は負傷した者」と定め,発症日における被保険者資格を要するとしていたのを,上記昭和60年法改正に当たり,国民年金法30条1項と同じく「初診日」を要件とすることに統一しており(乙19),このことからも,被告らは,立法者が,国民年金法においても,発症日と初診日とは明らかに異なるものと位置付けていたから,発症日を初診日と解することはできない旨主張する。

しかし,昭和60年法は,基礎年金制度の導入に当たって,社会保険制度としての被保険者要件の判断時期を一般的に統一したもので,その際,特に精神障害の疾病としての特質を考慮して立法をしたことを認めるに足りる証拠はないから,上記厚生年金保険法の改正の事実によって,統合失調症の特質を踏まえた前記(ア)の判断が左右されるものではない。

c 被告らは,発症当時,自覚症状がなく,症状がある程度進行するまで医師の診療を受けることがないといった類型の疾病は,心疾患や腎疾患など,他にも多々あり,統合失調症に限ったことではない旨主張する。

しかしながら,前記(4)ウ(ア)のとおり,統合失調症は,本人が症状を認識しても,病気との認識を持たず,なお診療を受けない可能性が類型的に高いこと,平成元年法施行前当時,精神分裂病に対する偏見等が根強く,本人の家族も,発病を心情的に否定しようとする傾向が見受けられ,このような発症後速やかに本人又はその家族に対し,医師の診療を受けるよう求めることを期待することは困難であったと考えられることなどの事情が存在する。したがって,他の疾病について例外的解釈を認めるかどうかについては,なお検討を要するとしても,そのことによって,統合失調症の上記特質に基づく前記(ア)の判断が左右されることにはならない。

d さらに,被告らは,発症時期に相当なばらつきがあり,20歳前に発症するとは限らない統合失調症を,知的障害等の先天性の傷病と同様に取り扱うことはできない旨主張する。

しかし,被告らの主張によっても,知的障害について,文理から形式的にみれば例外を認めることに変わりはない上,統合失調症という傷病名から一般に例外を認めるのではなく,その発症が20歳前であることを医学的に証明できることを要件とするならば,先天性の知的障害の場合と全く同一に扱うものではなく,疾病の特質と国民年金法全体の趣旨,目的に即した解釈として許容されるというべきである。

3  争点(2)(国家賠償請求の可否)について

原告は,本件処分の根拠法令である国民年金法30条が学生を拠出制障害基礎年金の被保険者から除外する一方,保険料免除制度のない任意加入制度の利用しか認めず,国民年金法30条の4の規定に基づく20歳前障害基礎年金の受給権が20歳以上の学生に認められていないことなどから,これらの法令は憲法14条,25条に違反しており,上記法令の違憲が存在しなければ得られたであろう障害基礎年金の支給を受けられなかったとして,国の立法行為又は立法不作為の違法を理由に,国家賠償法1条に基づき慰謝料の支払を請求している。

しかしながら,前記2において判断したとおり,原告は,20歳前障害基礎年金の支給要件を満たし,国民年金法30条の4の規定を前提として,同法所定の手続により障害基礎年金を受給し得る地位を有するものと認められ,原告の主張に係る上記立法行為又は立法不作為の違法によって,原告の上記法律上の地位が侵害されたということができないから,本件処分の根拠規定の違憲を理由とする原告の主張は,その前提を欠き,採用できない。

したがって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の国家賠償請求は理由がない。

第4結論

よって,原告の請求は,被告社会保険庁長官に対して本件処分の取消しを求める部分は理由があり,被告国に対して損害賠償を求める部分は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大門匡 裁判官 関口剛弘 裁判官 菊池章)

別紙争点に関する当事者の主張

1 争点(1)ア(拠出制障害基礎年金を支給すべきことを理由とする取消しの可否)について

(原告の主張)

(1) 憲法14条違反

ア 本件処分の根拠法令とされた平成元年改正前国民年金法は,20歳以上の学生について,拠出制障害基礎年金の強制適用の対象から除外する(平成元年改正前国民年金法7条1項1号イ)一方,保険料免除制度(平成元年法律第34号による改正前の国民年金法89条ただし書,90条ただし書)のない任意加入の制度しか利用できないものとしていた点(国民年金法附則5条10項)。以下,平成元年改正前国民年金法7条1項1号イと併せて「学生適用除外規定」という。)で,以下のとおり,20歳以上の学生を,その身分により不合理に差別するものとして憲法14条に反し,処分の根拠に違憲,違法な点があるから,取り消されるべきである。

なお,被告らは,原告が保険料納付の要件を満たさない旨主張するが,処分要件の判断に一部にでも憲法違反が存する以上,本件処分は取り消されるべきである。

イ(ア) 20歳以上の者のうち,学生と学生でない者との間の不合理な差別

平成元年改正前国民年金法下では,20歳以上の者のうち,学生,サラリーマンの妻などを除くすべての者は,無職者も含め,当然に国民年金の被保険者とされ,当該者は,国民年金法89条及び90条に規定する要件に基づき,保険料の免除を受けることができた。これに対し,20歳以上の学生は,国民年金の強制加入の対象から除外された上,国民年金に任意加入することが認められても,いかなる場合も保険料の免除を受けることができないという不平等が生じており,このような不平等は,不合理な差別として,憲法14条に違反するといわざるを得ない。

(イ) 平成元年法施行(平成3年4月1日)前に20歳に達した学生と,それ以降に20歳に達した学生との不合理な差別平成元年改正法の施行により,同法施行日(平成3年4月1日)以降20歳に達した学生については,20歳に達すると同時に被保険者となり,それ以降,学生である間に障害を負ったとしても,保険料の滞納者を除いて,障害基礎年金が支給されることとなった。しかし,平成元年法の施行日前に20歳に達した学生について,具体的な救済規定を置かなかったため,同じ学生の身分を有し,20歳後に障害を負ったという点で基礎を同じくする者であっても,20歳となるのが平成3年4月1日の前か以後であるかによって,障害基礎年金を生涯にわたり受給できるか否かという大きな格差(差別)を生じさせることになったものであり,このような不平等は不合理な差別として,憲法14条に違反するといわざるを得ない。

(ウ) 立法目的と手段との合理的関連性の不存在

国民年金法のような社会福祉目的による法令の合憲性判断に当たっては,立法目的と手段との間に合理的関連性が認められることが必要である。しかし,平成元年改正前国民年金法は,定型的に所得の乏しい学生に保険料納付負担を課さないという立法目的を実現するために,学生を一律に強制加入の適用除外とするという手段をとってしまった。その立法目的は,学生に定型的に所得がなく,保険料を負担する能力がないことに照らして正当なものといえるが,学生を一律に適用除外とするという手段は,所得の乏しい学生にとっては,任意加入の途があったとしても,任意加入して保険料を納付することができず,年金受給資格を確保できないという結果を生じ得るような手段であるから,立法目的達成手段として著しく不合理である。

学生を国民年金の強制加入の対象から除外した理由として被告らが主張する「保険料の掛け捨て」問題については,昭和36年に制定された通算年金通則法(昭和36年11月1日公布施行。ただし,昭和36年4月1日に遡及して適用。)により解決が図られている。それゆえ,仮に被告らが主張するように「保険料の掛け捨て」問題が学生適用除外規定の立法目的の1つであったとしても,既に昭和36年の時点においては,この立法目的は消滅したのであるから,それ以降については,学生を強制加入対象から除外したことの違憲性はより明白といわなければならない。

平成元年法は,20歳以上の学生について,国民年金の第1号被保険者として強制加入の対象とした上で,一般とは異なる学生用の保険料免除基準(世帯単位)を設けることによって,保険料負担能力のない学生が保険料の免除を受ける途を残したが,これも,上記立法目的達成手段の不合理を是正するものということができる。そして,上記目的達成手段としての不合理性は,平成12年法律第18号による改正後の国民年金法が,学生納付特例制度を設け,学生本人の所得を基準として,届出により保険料の納付を要しないとしたことからも,一層明らかということができる。

平成元年改正前の国民年金法は,その立法当時,上記改正法が設けた手段を選択することができたのに,これによらず,学生を一律に強制加入の適用対象から除外すると共に,保険料の免除制度のない任意加入しか認めなかったもので,立法目的達成手段として著しく不合理であり,保険料負担能力のない学生について障害基礎年金を受給する途を閉ざす結果となる点で,全国民にあまねく年金による所得保障を行おうとする国民皆年金の理念に著しく反することからも,違憲というべきである。

(2) 憲法25条違反

憲法25条は,「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定め,憲法13条は,「すべて国民は,個人として尊重される。」と定めている。憲法13条,憲法25条にいうところの「すべて国民」とは,高齢者も障害者も,そして,お金のある人もない人も,すべて含むことは明らかである。20歳以上の学生で,国民年金に任意加入できなかった学生に対して,任意加入制度があることを理由にして,障害基礎年金を支給しないのは,資力のない者の生存権を保障した憲法25条の趣旨に反するものである。

障害者が生活していくための所得保障制度としては,現在,生活保護と年金(障害基礎年金)があるが,生活保護は,申請,受給のあらゆる段階で,利用者の資産調査等があり,障害者差別が根強い社会環境の下では,生活保護は,それを受給する障害者に屈辱を与え,一層の差別感を抱かせるものであることから,障害者が自立して生きていこうとするならば,国からの干渉のない年金で生活したい,と考えるのは自然なことである。ところが,原告は,精神の障害により,全く就労することができないか,極めて低額の収入しか得ていないのが現状であり,障害基礎年金(毎月6万7017円)が支給されることにより,初めて最低生活をわずかに上回る自立的生活をすることが可能になるのである。

したがって,このような原告に対し,障害基礎年金の支給を否定することは,原告のような障害者の自立的生存を否定し,憲法25条に違反するというべきである。

(3) 憲法31条違反

平成元年法施行前,社会保険庁や東京都知事は,学生が国民年金の被保険者強制加入の対象者から除外されてはなく,任意加入しなければ,20歳を過ぎて事故に遭ったとき,生涯にわたって障害基礎年金が支給されないことについて,全くといってよいほど,自治体,大学等を通じて個々の学生に対して周知を尽くしておらず,それがため,昭和34年の国民年金法制定以来,平成3年に強制加入を認める内容の平成元年改正法が施行になるまで,原告を含む学生の98パーセント以上が,国民年金に加入していなかったものである。

しかし,社会保障の給付は,極めて複雑であって,社会人になっていない学生には,直ちに理解することが困難な状況にあったから,国及び機関委任事務の担い手の地方公共団体は,大学の入学時,成人の時等を通じて,一般的に国民年金の適用除外と任意加入の関係や任意加入と不利益の関係等について,周知する義務を負うと共に,憲法31条の趣旨から,個別,具体的に学生に対して,告知,聴聞の機会を与えるべき義務を負っていたというべきである。

したがって,本件処分の根拠法令又は本件処分は,前提となる任意加入制度や任意加入しない場合の不利益について広報等による周知及び当該学生に対する個別具体的な告知がされていない点で,周知義務又は憲法31条に反するから,本件処分は取り消されるべきであり,被告らが,上記のとおり周知等を怠っておきながら,任意加入制度の存在を理由に本件処分の適法性を主張し,原告に障害基礎年金不支給による不利益を課すことは,信義則に反し,許されない。

(被告らの主張)

(1) 処分要件の不充足

国民年金法30条及び昭和60年改正法附則20条,21条によれば,支給要件は,①当該傷病の初診日において被保険者であること,②障害認定日(初診日から起算して1年6月を経過した日又は症状固定日のいずれか早い日)において,その傷病により,同条2項(同法施行令別表)に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にあること,③初診日の前日において,当該初診日の属する月前における直近の基準月(1月,4月,7月及び10月をいう。)の前月までに被保険者期間があること,④上記③の被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が,当該被保険者期間の3分の2以上であること又は上記③の被保険者期間に係る直近の1年間のうち,保険料納付済期間及び保険料免除期間以外の被保険者期間がないことであるところ,原告は,その統合失調症の初診日である昭和63年11月14日において,平成元年改正前国民年金法7条1項1号イに該当し,かつ,任意加入の手続をとっていなかったのであるから,同原告は,国民年金の被保険者ではなく,上記①及び③の要件に該当せず,保険料を納付していないのであるから,上記④の要件にも該当しないから,原告は,拠出制障害基礎年金の支給要件を満たさない。

(2) 憲法14条違反の主張について

ア 憲法14条1項の適合性の判断基準

(ア) 憲法14条1項は,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理的な根拠に基づくものである限り,何ら同規定に違反するものではない(最高裁昭和39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁,最高裁昭和39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁等参照)。立法府に広範な裁量が許されている事項について,不均等な法的取扱いがあり,平等原則違反が争われた場合には,その立法理由に合理的な根拠があり,かつ,その区別が立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り,合理的理由のない差別とはいえず,これを憲法14条1項に反するものということはできないというべきである(最高裁平成7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1789頁)。

(イ) また,社会保障法制は,憲法25条の要請にこたえて制定されるものであるところ,同条1項は,国が個々の国民に対して具体的・現実的にこのような義務を有することを規定したものではなく,同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきであり,同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たっては,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況,国の財政事情等を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な,しかも,高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから,どのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄である(最高裁判所昭和57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。

イ 立法府の裁量逸脱の有無について

このように,憲法14条1項は,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであるところ,憲法25条の規定の要請にこたえて制定される社会保障法制については,上記のとおり立法府の裁量には広範なものがあり,その立法に係る法令が憲法14条違反の問題を生じ得る場合は極めて限定され,合理的理由を全く欠いた差別的取扱いをし,明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ないような場合に限られるものというべきところ,以下のとおり,平成元年改正前の国民年金法が,学生らを国民年金の強制適用の対象としないことを定めたことには合理性があり,その立法が,立法府の裁量を逸脱したものでないことは明らかである。

(ア) 学生と学生でない者との区別には合理性があること

a 平成元年改正前国民年金法が,学生らを国民年金の強制適用の対象としないことを定めていたのは,学生は,稼得活動に従事することなく学業を行うものであり,その時点における所得保障の必要性を考えにくい上,その多くは,卒業後,国民年金ではなく被用者年金に加入すると考えられ,このように稼得活動に従事していない者に保険料納付義務を課す(しかも多くの場合被用者年金制度による保障を受けることになり事実上「掛け捨て」になることが予想される)ことも相当でないと考えられたことによるものである。

b 昭和60年法の立法過程において,国民年金の被保険者でないため,障害年金を受けることのできない,いわゆる無年金障害者の存在が指摘され,20歳以上の学生についても,保険料を低額にして強制適用の対象とすべきではないかとの意見も出されていたが,学生は定型的にみて稼得活動に従事しておらず,学生自身には保険料負担能力が乏しいものの,保険料の免除基準は本人及び世帯主の所得を基準としていたため,学生が親と同居する場合には保険料免除の対象とならず,結局は,学生の親が保険料を負担する結果となり,学費の負担が家計を大きく圧迫している親世代に,更なる保険料の負担をかけることになることなどが問題であり,この問題の解決と切り離して,適用対象とすること自体が喫緊の課題とされていたわけではない。むしろ,学生を強制適用の対象とすることは,保険料納付義務を課し,これを履行しないときには,国税滞納処分の例により,その財産を換価処分してでも回収されることを強いることに外ならないことを意味する(国民年金法96条,97条1項)。

c このような負担の問題の解決として保険料の免除等の措置を講じる方法も考えられるところであるが,定型的に学業に従事し,稼得活動に従事しない学生について,保険料納付義務を課した上,更に保険料免除をするということは,それ自体で合理的な制度であるとはいえず,むしろ,このような集団については,原則としては強制適用の対象外としつつ,本人が自ら保障を厚くすることを希望するのであれば,任意に加入することができると取り扱う方がより合理的である。また,大学等に進学した者の保険料を免除してこれを優遇することは,高校卒業後,就労していた者との関係において不公平感が生まれるであろうことはたやすく想像できるところであり,昭和60年改正当時においても,大学等に進学した者の保険料を免除ないし低額とするなどの立法政策を採用することも困難であると判断されたことは明らかであって,このことは,平成元年改正当時の国会での審議の中においてすら,学生を強制適用の対象とした上保険料を免除した場合,学生と同世代で稼得活動に従事し保険料を負担している者との公平を欠くことなどの問題点を指摘する意見が存在したことからもうかがわれるところである。

d 平成元年法が従前の国民年金法7条の文言から,学生を強制適用の対象外とする部分を削除したのは,昭和60年の国民年金法の改正が,被用者年金と国民年金とを再編成し,基礎年金制度を導入したことに伴い,雇用関係に変動があっても20歳から60歳まで全期間を通して加入する基礎年金制度を確立する一方,満額の老齢基礎年金を受給するために必要な被保険者期間を40年間とし,満額受給のために20歳から60歳になるまで加入することを要するものとしたことを踏まえたものであり,平成元年法以降の制度とそれ以前の制度とでは,制度の成り立ちそのものが異なるのであるから,法改正に伴い保険料免除が認められたことは,それ以前の制度に欠陥ないし不合理な点があったことを意味するものではない。

e そもそも,国民年金法は,その立法の経緯からしても老齢年金(老齢基礎年金)を中心とした制度設計がされているところ,学生の場合は多くの者が卒業後に被用者保険等の被保険者となることが可能であるため,学生の期間中に保険料を納付しないことによって生ずる不利益はほとんど生じないか,生じたとしてもそれほど大きいものではなく,いまだ自らの収入のない状況下で保険料を負担してまで老後に備える必要があるともいえず,制度の中心としての老齢年金(老齢基礎年金)に着目して学生に被保険者資格を認めなかったことには十分な合理性があるというべきである。確かに,障害年金(障害基礎年金)について被保険者となる必要性は,学生以外の者と変わりがないことから,あえてその必要性のみに着目して被保険者資格を付与するとの選択肢も考えられないわけでもないが,国民年金法における保険料の額も適切な額の老齢年金(老齢基礎年金)を支給できるように設定されているのであって,保険料の大部分は老齢年金(老齢基礎年金)のためのものであり,障害年金(障害基礎年金)のためにのみ必要な保険料はそのうちのごく一部にすぎず,しかも,学生のうちに障害を受ける者の割合も相当低いことからすると,このような選択をすることは,必要性に見合う限度をはるかに超える負担を強いる結果を招く点において不適切であるともいえる。

f これらのことから,昭和60年法の立法当時においては,主たる制度である老齢基礎年金に着目して学生には被保険者資格を付与しない方が,障害基礎年金のみに着目して被保険者資格を与えるよりも,むしろ適切な選択であるとして,結局,学生については,従来どおり,強制適用の対象とせず,任意加入の対象とするにとどめ(同法附則5条1項1号),同改正附則4条において,国民年金制度における学生の取扱いについては,学生の保険料負担能力等を考慮して,今後検討が加えられ,必要な措置が講ぜられるものとすると定められたのである。このような判断に何ら不合理な点はなく,社会保障法制に関する立法府の広範な裁量の範囲内にあることは明らかである。

g 平成元年改正前国民年金法が,学生については,保険料免除制度のない任意加入しか認めていないことについてみても,保険料免除制度は,本来,強制適用の対象者の範囲について資力要件を定めないこととする代わりに,強制適用の対象者のうち拠出能力のない者に対して保険料を免除する制度であり,任意加入をする者に対して保険料を免除するのは制度として矛盾するものであるといえる。また,大学等に進学した者の保険料を免除することについては,学生と同世代で,稼得活動に従事し保険料を負担している者との公平を欠き,これらの者の保険料拠出意欲を害し,国民年金制度に対する信頼を揺るがす結果にもなりかねないことから,任意加入者に保険料免除を認めないことは何ら不合理な差別ではない。

(イ) 平成元年法施行前に20歳に達した学生と施行後に20歳に達した学生との区別について

障害基礎年金の受給権は強制適用の対象(被保険者)となっただけで当然に発生するわけではなく,被保険者期間が存在し,保険料納付要件を満たしていることが必要であるから,原告の主張は前提を欠き,失当である上,この点をおくとしても,上記平成元年改正前後における20歳以上の学生の取扱いの相違は,前記平成元年改正法による大幅な改変に伴う相違であって,このような格差(区別)には合理性があるというべきである。

(ウ) 20歳未満の障害者との均衡について

20歳前障害規定は,社会福祉の見地から,いまだ加入年齢に達せず,国民年金の被保険者とはなり得ない者で障害を受けた者を対象に年金を受給させようとするものであり,社会保険制度の枠内で国民年金に任意加入できる20歳以上の学生と,その枠外にあって社会福祉による保障を必要とする20歳未満の者とを単純に同視して比較し,不合理な差別があるということ自体およそ失当である。

(3) 憲法25条違反の主張について

既に述べたとおり,憲法25条の規定に基づく立法措置は,立法府の広い裁量にゆだねられているのであり,著しく合理性を欠き明らかな裁量の逸脱・濫用がある場合に限って,裁判所の審査判断の対象となるものと解される(前掲最高裁昭和57年7月7日大法廷判決)とされている。そして,平成元年改正前の国民年金法が,学生等を国民年金の強制適用の対象としなかったのは,年金制度が,労働(稼得)能力減損に対する所得保障をその本質とし,被保険者は,これに備えるため保険料の拠出義務を負うところ,類型的に労働(稼得)活動に従事していない学生については,学生である時点においてはその減損に対する所得保障の必要が低く,また,多くは卒業後被用者年金に加入することから,このような者を短期間の在学中のみ国民年金の強制適用者として保険料納付義務を負わせることは不相当であるという合理的な理由に基づくものであるから,同法の規定に,著しく合理性を欠く明らかな裁量の逸脱・濫用がないことは明らかである。

(4) 憲法31条違反の主張について

国の法令は,公布によって国民に周知されたものとして,国民の権利義務を創設あるいは規制する効力を発するものであり,社会保険庁又は東京都知事に法的な周知義務はない。また,国民年金制度は社会保険であって,年金支給手続は,加入した者に対して一定の要件の下に年金受給権を付与する受益処分を行うものであるから,同手続に憲法31条を適用又は準用する余地もない。したがって,原告の周知義務や憲法31条の違反及びこれを前提とする信義則違反の主張は,失当である。

2 争点(1)イ(20歳前障害基礎年金を支給すべきことを理由とする取消しの可否)について

(原告の主張)

(1) 初診日要件の解釈

国民年金法30条の4に規定する「初診日」の要件については,原告のような統合失調症の場合には,以下に詳論するとおり,疾病の特質等から,当該疾病が発病し,医師の診療を受けるべき状態に置かれた日に20歳未満であれば,これを充足すると解すべきである。

ア 精神障害の特性

身体的疾病や負傷による障害の場合,障害基礎年金の支給対象となるような障害を残す疾病や負傷であれば,発病又は負傷と同時又は日時をおくことなく,自ら医師等の診療を受けることが通常想定できるので,その日を初診日として障害基礎年金の支給要件を定めることは必ずしも不合理とはいえない。しかし,統合失調症のような精神的な疾患においては,発病から診療の開始までの期間が大きく隔たっており,病識(自らが疾病に罹患していることの認識)も成立しにくく,自発的な診療が成り立ちにくい特性を持っているため,他の身体障害などと同様に,初診日の要件を形式的に適用し,たまたま受診した時期の違いによって,無拠出制の年金を受けられるかどうか,大差の結果を生じさせることは,不合理というべきである。

統合失調症(精神分裂病)の発病から治療開始までの期間の研究は国際的に行われており,1986年から1995年までにアメリカ,イギリス,カナダ,オーストラリアにおいて初発患者に対する治療の早期導入に関する疫学的研究として行われた研究により,統合失調症の発病から治療開始までの期間は最小で約7か月,最大で約1年5か月であったと報告され,また,統合失調症の前駆症状と診断された例につき,統合失調症に移行した群の平均期間は6.3年であるとの調査結果も報告されていることからしても,統合失調症が,極めて長期にわたって疾病が遷延し,診療に至るという特色を有することが理解される。さらに,統合失調症の発病機序について,脳画像研究が急激に進み,脳病理の存在が疑い得ないものとなってきている。

加えて,統合失調症に罹患した患者について,医療機関が早期に介入して患者を診療に結びつける精神保健制度の状況をみても,精神保健福祉法は,精神障害者が自発的に診療を受けにくい疾病の状態にあることを前提に,措置入院などの強制入院の方法を設けているものの,早期受診のために十分機能しているとはいい難く,平成11年の同法改正によって病識の乏しい患者について医療機関への強制的な移送の制度を定めたが,それ以前には自主的に受診しようとしない患者について診療を受けさせる手段は法律上定められていなかった。

このように,統合失調症の発病は,医師の診療を受けた日よりもかなり以前から認められ,いわゆる精神疾患自体の未治療期間が青年期(思春期)から成人初期まで長期にわたって存在するという特色を有することから,「初診日」の要件について,医学的観点から分析し,当該精神疾患の発病が認められ,医師の診療を受けるべき状態が20歳前に出現していれば,それをもって20歳前に初診日があったのと同様に取り扱うのが相当というべきである。

イ 知的障害についての行政実務の運用

行政実務の運用上,知的障害について,医師の診療が20歳前になくても,先天的障害であることを理由に,昭和60年改正前国民年金法57条に基づく障害福祉年金及び国民年金法30条の4に基づく20歳前障害基礎年金が支給されてきたことも,上記解釈を前提としなければ説明が困難である。

なお,統合失調症の場合,発症時期にばらつきが認められ,必ずしも20歳未満に発症するわけではないが,知的障害も,先天性に限るものではなく,統合失調症も,20歳後に発症する者もあるが,15歳ころから20歳ころの発症例が多く,両者の事情は全く異なるというよりは,20歳前に発症する可能性が高い傷病である点でむしろ類似している。そして,統合失調症の前駆期から発症に至る過程は様々な医学的研究が明らかにしてきているところであり,障害基礎年金の裁定の請求を受けようとする者が,専門医の医学的知見に基づき,20歳前に発症し専門医の診療を受けるべき状態にあったことが認められる場合には,20歳前に発症し医師の診療を要する状態にあったことは明確になっているのであるから,知的障害等に対する解釈運用と区別する理由はないといわなければならない。

被告らは,知的障害が20歳前に発症したものであることが医学的に明白であることを重視するようであるが,その医学的明白性は必ずしも自明なものではない。すなわち,知的障害は一般に「発達の過程に起こった何らかの脳障害,染色体異常,代謝異常,先天性ないし後天性脳障害」などを原因とするもの(リハビリテーション医学事典)であり,中枢神経系への感染,中毒,外傷なども原因となり得るから,その感染,中毒,外傷を受けた時期とそれに基づく障害の発生の時期は多様であって,例えば現に20歳を過ぎた者が知能検査等で知的障害を有すると判断されても,その者が20歳前に中枢神経系に感染,外傷などを受け,障害を負った者であるか否かは必ずしも明白ではない。染色体に起因するダウン症のような知的障害以外については,20歳前の発症の事実が明白とはいっても,程度問題であり,他の障害に比べて,20歳前に発症していることが相対的に多いというにすぎず,したがって,被告らの知的障害等に対する上記解釈運用を,知的障害のみに限定する理由はない。

ウ 20歳時点での任意加入及び納付の困難性

また,精神障害が20歳直前に発症している場合,本人自身が論理的,合理的に自己の状況を理解判断して任意加入の要否を決し,納付を行うことは極めて困難であり,将来を考えて国民年金に任意加入して国民年金を納付することを期待することはできない。

エ 平成8年度の「障害年金認定審査医員事務打合会議」の報告

平成8年度の「障害年金認定審査医員事務打合会議」において,平成7年度の同会議において要望,質疑のあった事項について回答がなされ,その中で当時の社会保険庁専門官は,「3.精神障害者の20歳前障害の取り扱いについて」,「精神障害者については,20歳前に発病が認められる場合において,20歳前に医療機関を受診することが困難であり,やむを得ない事情があった場合については,20歳になっても国民年金の資格取得届はできず,まして国民年金保険料納付も不可能であり,納付期間がないからといって障害基礎年金を支給しないということは,法の趣旨に反するので,その不合理を解消するため,20歳前に初診があったもの(発病日を初診日とみなす)として20歳前障害を認める事とされたい」と回答しており,上記内容は,愛媛県福祉部国民年金課に周知し事務取扱に遺漏のないようにするため,「障害給付関係質疑要望事項」としてまとめられ,報告されており,この事実も,20歳前障害規定の初診日の要件については,例外的解釈,運用が認められることを裏付けるものといえる。

オ 行政解釈(再審査請求に対する裁決)の例

ちなみに,精神障害者の障害基礎年金支給に関する再審査請求事例においても,精神疾患について20歳未満の時に医師等の診療を受けた事実が認定できなくとも,20歳前において「医師の診療を受けるべき状態にあった」ことが認定できれば,その「期間内に当該疾病の初診日があるものとして取り扱うのが相当である」との判断がされた例がある(平成9年国第21号。ただし,20歳前に臨床心理士が受診を勧めた事例)。

カ 被告らの指摘に対する反論

(ア) 判断の画一性,迅速性について

a 被告らは,「初診日」の要件につき形式的な解釈を支持すべき理由として,支給要件について客観的な基準を設けることにより,受給者間の公平を図り,画一的かつ迅速な支給の決定を可能ならしめることを挙げる。

b しかし,原告主張のように,「初診日」を「その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病について専門医の診療を受けるべき状態にあった日」と解したとしても,当該傷病の発症又は専門医の診療を受けるべき状態にあったか否かは,事後的に専門医による医学的鑑定によって客観的に明らかにすることが可能である。特に,発症時期をピンポイントで特定することは困難であるとしても,発症後,専門医の診療を受けるべき状態であれば,客観的に認定し得る様々な症状が現れ,それらの症状が診療を要する程度に重度であることになるので,医学的にも明確な判定が可能である。したがって,専門医の診療を受けるべき状態にあった日が20歳前に出現していた事実が医学的に明白である場合にまで,当該傷病について医師等の診療行為が実際にはなかったことをもって,障害基礎年金の受給資格を否定するのは,客観的な基準により受給の公平を図るという法の趣旨からしても,過大な要求をするものといえる。

そもそも障害基礎年金は,障害を持つことによって類型的に所得の減少や支出の増加を招きやすく,貧困化の要因となり得るので主として防貧策として所得保障をしようとするものであるから,制度の本質的な要件は一定程度以上の障害を有することであり,「初診日」の要件は,障害の状態という実体を認識するための手段的な性質の要件であり,これを画一的に適用して所得保障の実質を失わせることは,本末転倒な法解釈といわなければならない。

c また,障害基礎年金の支給のためには,国民年金法施行令別表で定める各級の障害の状態にあるとの認定のために各人の障害の状況を認定する必要があり,その認定は個別の障害の状態を判定するものであるから,障害基礎年金支給の要件が画一的にのみ決定されなければならないとする理由はない。障害基礎年金においては,本人の障害の状態が制度的な必須要件であり,その状態は言うまでもなく個別に判断せざるをえない。精神障害について,その障害の病跡に基づいて発病日を医学的に認定することは可能であり,客観性は,医学的,科学的判断によって確保できるものである。もともと,障害の状態の判定自体がそうした医学的判断を前提とするものであるから,客観性を守るために初診日の意義のみ形式的・画一的に解さなければならない理由はない。年金受給申請用の診断書も,このような前提の下に,「⑦発病から現在までの病歴及び治療の経過,内容,就学・就労状況等,期間,その他参考となる事項,⑧障害と関連があると考えられる発育・養育歴等,⑩障害の状態ア,現在の状態像,イ,左記の状態についてその程度・症状を具体的に記載してください。ウ,日常生活状況」等の記載欄を設け,「発病」を含む病歴をはじめ,申請者の個別・具体的な状況を記載すべきものとしているものといえる。

d 初診日の要件について形式的に判定することが,年金支給認定事務の簡易性あるいは便宜性という行政利益に奉仕するとしても,そのことから,年金を受ける利益を犠牲にすることはできない。

(イ) 精神障害の特性について

a 被告らは,発症当時自覚症状がなく,症状がある程度進行するまで医師の診療を受けることがないといった類型の疾病は,他にも多々あるのであって,精神障害に限ったことではないとして,心疾患,腎疾患の例を挙げる。

b しかし,精神障害における際立った特性は,客観的には診療を受ける必要性があっても,患者自身がその精神の障害のために診療の必要性を理解できず,周囲からの診療を受けることの説得さえも拒絶する場合があり,そのため,法自体が強制的な医療を行い得る場合を定めている点であり(精神保健福祉法29条,33条,34条等参照),これは自覚症状の存否とは異なる問題といえる。身体疾患等で自覚症状がないという場合は,肉体的な苦痛や生活上の支障,障害などが発生していないために,自覚症状がないというのが通常であるのに対し,精神障害では,精神の機能に明らかな異常(希死念慮や抑うつ,貧困,被害妄想あるいは認知機能の障害など)があり,それについては専門医の診療が必要かつ有効であるのに,患者本人は自己の置かれた客観的状況を認識して適切かつ必要な受診行動を自発的にとろうとはしない事態を生じるのであり,その疾病の状況は明らかに異なっている。

精神障害においては,このように,①患者本人の認知能力,判断能力の低下及び疾病そのものの影響から病識が損なわれ,客観的な精神機能の障害にもかかわらず,自発的な受診が成立しにくいばかりか,かえって,患者本人は精神科の受診に対して拒否的である場合があること,②家族自身も身体疾患に比べて精神疾患の症状の理解が乏しく,遷延的に進行する精神機能の異常に気づくのが遅れるのが通常であり,その結果,受診への働き掛けが遅れる上,本人の受診拒否の抵抗に合うこともあり,さらに,③社会的偏見をおそれて可能な限り精神科への受診を回避したいと考える場合が多いことなどから,受診時期が大幅に遅れることになるのであり,これらの特性からみて,その他の疾病と同視することはできない。

(ウ) 厚生年金保険法の改正について

a 被告らは,昭和60年の年金制度改正の際に,それまでの厚生年金保険法47条1項の「被保険者であった間に疾病にかかり,又は負傷した者」との定めを国民年金法30条1項の「初診日」要件と統一したことから,立法者は「発症日」と「初診日」を明らかに異なるものと位置づけていると主張する。

b しかし,旧厚生年金保険法の文言は「発症日」を特定することさえも求めておらず,被保険者である間に疾病・負傷を負ったことをもって足りるとしていたので,単に被保険者であった間に発症等をすれば足りるとしていた要件を改正したにとどまるものであり,初診日を,すべての障害に対して例外なく画一的な基準として適用することまで検討して上記規定を定めたのではないから,「初診日」の要件の解釈として,医師の診療を受けるべき状態にあると認められる場合を積極的に否定することを意図したものとはいえない(前記エの平成8年度の「障害年金認定審査医員事務打合会議」の報告も,上記厚生年金保険法の改正後のものである。)。

(2) 原告へのあてはめ

ア 原告については,19歳1ないし2月となる昭和62年春ころ(m大学入学前後)には,統合失調症の前駆症状である,易疲労感,不眠,不活発となり,家に閉じこもり,不登校や通学が不規則になるなどの症状が出現し,同年6月には統合失調症で最も多いとされる幻聴が起こり,同年秋には注察妄想の一種と思われる,睨みについての被害的関係妄想も出現している。また,同年9月ころ以降,意欲障害,独語,空笑などの行動上の障害も発現し,同年11月に,原告の母親がm大学の相談室に相談に行ったころには,希死念慮,自殺企図なども見られるようになっていたものである。

イ 昭和63年に入り,原告は,体感異常も口にするようになり,大学2年次の履修単位は,38単位中12単位しか履修できず,明らかな意欲の減退,易疲労感などが見られ,空笑や独語等もしばしば出現し,原告の母は,時には原告の態度を叱責し,原告と殴り合いになったり,殴られるのを避けて家の中を逃げて回るようなことを繰り返した。このような状況が続いた結果,原告の母において,深夜,原告を連れて千葉県の海で入水自殺しようとしたが,果たせなかったことまであった。

ウ こうした経緯を経て,昭和63年11月14日,原告が髪の毛が逆立つように感じて,内臓を吐き出す臭いをさせてしまったなどと述べたことから,原告の母としても,精神科を受診させざるを得ないものと覚悟を決め,本人を説得したところ,本人も精神科を受診することを強くは拒否しなかったので,ようやく精神科を受診するに至ったものである。

エ 原告は,以上の事実を基にした医師の診断により,遅くとも昭和62年11月ころ,19歳8か月時点で統合失調症を発病し,医師の診療を受けるべき状態にあったもことが,医学的に証明されているから,20歳前障害基礎年金の支給要件を満たすというべきである。

(3) 国民年金法30条の4の類推適用

仮に,「初診日」につき,前記(1)及び(2)のとおり認められないとしても,国民年金法30条の4は,被保険者でない20歳前の学生の障害について障害基礎年金を支給しているところ,稼得能力がないこと,重度の障害を負っている点では,20歳以上の学生と20歳前の学生とで異なるところはないから,同条にいう「初診日において20歳未満であった者」の規定は,「初診日において学生であった者」と類推解釈することが可能というべきである。

昭和60年改正前国民年金法57条1項は,20歳未満の学生が事故に遭って,重度の障害者になったときは,20歳から障害年金よりは多少金額の低い障害福祉年金を支給する旨を定め,国民年金法30条の4は,これを引き継いだものであるところ,これらの規定が20歳前の学生に障害福祉年金を支給することにした趣旨は,障害によって稼得能力が低下し,収入が減少するため,これを少しでも補完して,国民皆年金の趣旨を徹底しようということにあり,その趣旨は,本件原告のように,20歳前に障害の原因となる統合失調症に罹患していた学生についても妥当する。

平成元年改正前国民年金法の下で,20歳を過ぎた学生の間に,交通事故やクラブ活動において事故に遭い,重度の障害を負ったり,精神病をはじめ疾病を発病して,重度障害を受けながら,国民年金に任意加入をしていなかったため,障害基礎年金を受けることのできない者が続出した。そこで,平成元年法は,学生等を国民年金の被保険者として強制加入させ,併せて保険料について,学生に特別の免除制度を創設して,世帯の収入が低い場合に,保険料を免除することにより,稼得能力のない学生が,国民年金保険料を拠出しなくても,障害基礎年金の支給を受けることができるように制度を改善し,さらに,平成12年法律第18号による改正は,保険料の免除の基準について,従前世帯の収入を基準にしていたのを,学生本人の収入を基準にして,本人の収入が一定額以下の場合に申請をして,免除を受けさえしておけば,保険料の拠出をしなくても障害基礎年金の支給を受けることができるようにしたものであり(同法90条の3),このような改正経過に照らしても,国民年金法の任意の加入制度が大きな欠陥をもっていたことは明らかであり,20歳を過ぎて事故に遭い,障害を負った学生に対して,国民皆年金の趣旨を実現するために,20歳前障害規定を類推適用して,障害基礎年金の支給を認めることが必要かつ可能というべきである。

(4) 国民年金法30条の4の違憲性

20歳以上の学生は,国民年金の強制加入の対象から排除され,国民年金に任意加入することも困難であったから,20歳前障害規定の適用を受ける学生と同じく扱うべきであり,20歳以上の学生について,年齢を理由に20歳前障害規定の適用又は類推適用が認められないとするならば,同規定及びその解釈に基づく本件処分は,学生と20歳未満の学生以外の者とを不合理に差別するもので,原告のように20歳以上の学生の生存に必要な給付を否定することになることから,憲法14条,25条に違反し,取り消されるべきである。

(被告らの主張)

国民年金法に規定する「初診日」とは,以下の理由により,請求人が当該傷病を負傷又は発症した後に,当該傷病に対する診療行為と評価できる行為が,医師又は歯科医師によって行われた日をいうものと解すべきところ,原告については,20歳前に当該傷病に対する医師等による診療行為と評価できる行為が存しない以上,「初診日において20歳未満であった者」(国民年金法30条の4)との要件を満たすものとは認められず,類推適用も認められないし,違憲ということもできない。

(1) 国民年金法の文理

「初診日」の定義規定である国民年金法30条1項は,「障害基礎年金は,疾病にかかり,又は負傷し,かつ,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)において次の各号のいずれかに該当した者が,当該初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治つた場合においては,その治つた日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至つた日を含む。)とし,以下「障害認定日」という。)において,その傷病により次項に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にあるときは,その者に支給する。」と規定しており,上記文言によれば,国民年金法上,ある日時が「初診日」であると認められるためには,少なくとも,①当該傷病の負傷又は発病後に,②当該傷病に対する診療行為と評価できる行為が③医師又は歯科医師によって行われることを要すると解される。

(2) 客観的,画一的基準の必要性

国民年金法30条1項が,初診日について医師ないし歯科医師による診療行為を要するとした理由は,支給要件について客観的な基準を設けることにより,受給者間の公平を図り,画一的かつ迅速な支給の決定を可能ならしめることにある。

国民年金制度は,生活保護など他の所得保障制度とは異なり,資産の有無や他の親族による扶養の可否などの個別事情を考慮することなく,あらかじめ画一的要件(拠出期間や年齢)を定め,これを満たす場合に,一律に定型的給付(年金給付)を行う制度であり,大量,迅速かつ画一的な処理が要請される制度であり,その制度趣旨に照らせば,「初診日」のように,国民年金法上,明文でその定義が明確にされているものについて,原告主張のように文言を離れたあいまいな解釈をすることは法の趣旨を没却するもので,到底許されないというべきである。

(3) 知的障害及び先天性の身体障害等の取扱いとの関係

知的障害及び先天性の身体障害等について,実際に20歳前に医師の診療を受けていなくても,疾病等にかかりその初診日において20歳未満であった者として,法30条の4に基づき無拠出制の障害基礎年金が支給されているのは,知的障害等については,20歳前に発症したことが医学的に明白であり,医師等による診療という客観的事実を基準とせずとも,統一的かつ迅速な支給決定を可能にするため支給要件を客観的基準によらしめようという法30条1項の趣旨に反しないためである。これに対し,統合失調症等の精神疾患の場合,発症日の特定が困難であることも少なくなく,「発症日」や「医師の診療を受けるべき状態にあったこと」を障害認定日の起算点や保険料納付要件の判断基準時とすることは,その判断が不安定となり,不合理なものとなることも考えられることなどからすると,精神疾患について,発症日等をもって「初診日」とみなすことは,解釈論として到底採用することができない。

すなわち,知的障害(精神遅滞)とは,「先天性,周産性,あるいは生後早期の発達の途中において,種々の原因により脳機能の発達が障害され,その結果,知能の発達が持続的に遅滞し,社会生活への適応が困難なものをいう」とされており,20歳未満に発症することが医学的に明らかである。これに対し,統合失調症(精神分裂病)は,「精神病のうちで発生頻度の高い疾患の一つである」とされ,「本病の大部分は15歳から35歳までに発病し,40歳以上の初発はきわめてまれである。〔中略〕児童期にも,これまたきわめてまれに精神分裂病がある〔中略〕。もっとも多いのは17歳,18歳から26,27歳の10年間である」とされており(笠原嘉ほか編著「必修精神医学」改訂第2版・南江堂),知的障害(精神遅滞)とは異なり,発症時期に相当なばらつきが認められ,必ずしも20歳未満に発症するわけではない。

このように,知的障害等の先天性の傷病については,統合失調症とは事情が全く異なるのであって,精神疾患を知的障害等の先天性の傷病と同様に取り扱うことはできないのである。

(4) 原告のいう疾病の特性は精神障害に限らないこと

発症当時,自覚症状がなく,症状がある程度進行するまで医師の診療を受けることがないといった類型の疾病は他にも多々あるのであって,精神障害に限ったことではない。例えば,心疾患による障害を生じた場合や,腎疾患による障害を生じた場合などでは,自覚症状がないため,発症の認識が困難であり,発症後直ちに受診することが期待できない場合もあると考えられるが,そのために,「初診日」を「医師の診療を受けるべき状態にあったこと」と置き換えるといった解釈はとられていない。

したがって,自発的な診療が成立しにくい特性を有することは,何ら「初診日」の解釈を違える理由とはならないというべきである。

(5) 厚生年金保険法47条1項の改正と立法者意思

昭和60年法律第34号による改正前の厚生年金保険法47条1項は,基準となるべき日について,「被保険者であった間に疾病にかかり,又は負傷した者」と定め,発症日(原告のいう「専門医の診療を受けるべき状態にあったこと」もこれに含まれると解される。)における被保険者資格を要するとしていたが,昭和60年の年金制度抜本的改正の際に,国民年金法30条1項と要件が統一され,初診日における被保険者資格を要するとした。その結果,現行厚生年金保険法47条1項は,国民年金法30条1項と同じく,「障害厚生年金は,疾病にかかり,又は負傷し,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病につき初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日」を「初診日」とすることとなった。

このように,障害厚生年金の基準となる日を,法律改正の手続により,「発症日」から,国民年金法と同じ「初診日」に変更し,国民年金と厚生年金等を統合した法改正の経緯を踏まえれば,立法者が,国民年金法においても,発症日と初診日とは明らかに異なるものと位置づけていることは明らかである。

(6) 平成8年12月の「障害年金認定審査医員事務打合せ会議」について

原告は,平成8年度の「障害年金認定審査医員事務打合せ会議」において,当時の社会保険庁の職員である専門官が,「精神障害者については,20歳前に発病が認められる場合において,20歳前に医療機関を受診することが困難であり,やむを得ない事情があった場合については,・・・20歳前に初診があったもの(発症日を初診日とみなす)として20歳前障害を認めることとされたい」と回答していたことを自己の主張の根拠として主張する。

しかしながら,上記のような内容は,国民年金法の解釈としては成り立たないものであり,また,障害年金認定審査事務の取扱いの変更は,社会保険庁から都道府県知事あての通知がなければ行われないところ,そのような通知もなく,社会保険庁専門官が障害年金認定審査医員事務打合せ会議において配布した文書が行政実務になることもあり得ないから,原告の上記主張は失当である。上記要望事項を記載した小冊子は,平成8年度の事務打合せ会議の内容を紹介する参考資料として,愛媛県が独自に作成し担当者に配布したものにすぎないのであって,何ら障害年金認定審査事務の取扱いの変更を示すものではない。

(7) 原告が援用する裁決(平成9年(国)第21号)について

原告が自己の主張の根拠として援用する裁決(平成9年(国)第21号)は,個別事案における一裁決例にすぎず,その初診日の解釈は,被告社会保険庁長官が採るところではない。この点をおくとしても,上記裁決の事案においては,大学の保健管理センターに所属する臨床心理士が,統合失調症の発症を疑った上で専門医の受診を勧めていること,当該請求人は親元を離れてアパート生活を送っており,自発的な受診が困難であったことなどが認定されているのであって,本件のように,受診前には何ら専門家による意見が明らかにされておらず,親と同居しており,原告自ら自発的に精神科を受診したという本件とは,前提となる事実を異にし,必ずしもそのまま適用されるものではないというべきであるから,この点に関する原告の主張は失当である。

(8) 以上のとおりであるから,国民年金法30条1項の「初診日」とは,「請求人が当該傷病を負傷又は発病した後に,当該傷病に対する診療行為と評価できる行為が,医師又は歯科医師によって行われた日」をいい,「専門医の診療を受けるべき状態にあったこと」はこれに当たらないというべきである。

また,20歳前の者は,稼得活動に従事せず所得を得ることが考えられない者であるため,およそ公的年金による所得保障の対象外であり,このような者が,20歳前に障害を負った場合には,その障害による20歳以降の時点における所得の減損については,公的年金による補填を受けることができないため,20歳前障害規定は,このような者に対して,「稼得能力を生涯にわたって奪われている」者として,20歳に到達した日以降,障害基礎年金を支給することとしたのである。一方,20歳以上60歳未満の者は,稼得活動に従事し所得を得ることができる者であることから,国民年金法は,これらの者のうち,他の公的年金による保障を受ける者については,国民年金法の強制適用をしないこととし,なお遺族年金の受給権者,被用者の配偶者や学生など,一定の者について,任意に国民年金に加入することを認めることによって,より保障を厚くすることができるとしたものである。

このように,20歳前の者は,国民年金を含め,そもそも公的年金に加入することができず,保険事故に備えることができないという点で,国民年金への任意加入が可能であった20歳以上の学生とは利益状況を異にするから,20歳以上の学生については,およそ20歳前障害規定の類推の基礎を欠くというべきである。

さらに,上記のとおり,20歳前の者は,国民年金を含め,そもそも公的年金に加入することができず,保険事故に備えることができないという点で,国民年金への任意加入が可能であった20歳以上の学生とは利益状況を異にするから,20歳前障害規定が20歳以上の学生を適用の対象としていないことは,何ら違憲ではなく,この点に関する原告の主張は失当である。

3 争点(2)(国家賠償請求の可否)について

(原告の主張)

(1) 立法行為又は立法不作為の違憲性の判断基準

最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決(民集39巻7号1512頁。以下「最高裁昭和60年判決」という。)は,立法行為又は立法不作為と国家賠償との関係について,「憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというがごとき容易に想定し難いような例外的場合でない限り,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けない」と判示している。上記例外的に「立法内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行う場合」に立法行為又は立法不作為の違法性が認められるのは,議会制民主主義の適正かつ効果的な機能が果たされていない異常事態であり,憲法解釈の多様性を考慮する必要がないことによるものと解される。そうであるとすれば,「立法内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行う場合」とは,議会制民主主義の適正かつ効果的な機能が果たされておらず,かつ,憲法解釈の多様性を考慮する必要性がないという極めて特殊で例外的な場合の例示にすぎず,したがって,立法の内容が文字どおり「憲法上の文言に一義的に違反している場合」に限られず,「憲法解釈上明らかに違反している場合」も,同様に上記極めて特殊で例外的な場合に該当すると解して差し支えないというべきである。また,議会制民主主義の適正かつ効果的な機能が果たされていない場合とは,換言すれば,違憲の立法行為又は立法不作為によって国民に重大な人権侵害などの著しい不利益が生じているにもかかわらず,その状態が多数者の意思を反映する国会の立法行為によって改善されることなく事態が固定し,年月が経過している場合など,司法による救済を必要とする場合であるといえる。

このような見地から,①立法内容の違憲性が明白であるにもかかわらず当該立法をなし,あるいは,その立法後に違憲性が明白となってから相当期間を経過しても必要な立法措置がされず,②重大な人権被害など国民が著しい不利益を受けており,③司法的救済の必要性が認められる,という要件を満たすような極めて特殊で例外的な場合には,国会議員及びその総体としての国会において個別の国民の権利に対応した関係で法的義務及びその違反を認めることができるというべきである。

(2) 本件における立法行為及び立法不作為の違憲性

学生適用除外規定が,学生を国民年金の強制適用の対象から除外すると共に,保険料免除の余地を認めていないことが,憲法14条,25条等に違反し,立法目的達成の手段として著しく不合理であったことは,前記1(2)ウの原告の主張のとおりであり,学生適用除外規定の違憲性は明白といえる。

ア 立法行為の違憲,違法性

国は,昭和34年国民年金法制定当時,20歳以上の学生について,国民年金の強制適用の対象とせず,任意加入制度について保険料免除の余地を認めなければ,定型的に拠出能力の乏しい学生が不慮の事故などにより障害を負った場合,無年金障害者となることを十分に認識していた。にもかかわらず,国会が国民年金法を制定するに当たって,あえて20歳以上の学生を強制適用の対象から除外し,附則において任意加入の方途のみを認めたことにより,学生無年金障害者を生じさせるような立法を行ったこと自体,憲法14条,25条及びこれを受けた国民皆年金という国民年金法の立法目的に違反し,国家賠償法上違法の評価を免れないというべきである。

昭和34年の国民年金法の制定時に,法案の国会への提出に先立つ,社会保障制度審議会の答申や国民年金委員中間発表(「国民年金制度構想上の問題点」),大蔵省意見(「国民年金制度に関する社会保障制度審議会の答申について」),自由民主党政務調査会国民年金実施対策特別委員会「試算資料」,厚生省第1次案(昭和33年9月24日発表)等の一連の過程において,学生を適用除外とする案は皆無であったことに照らしても,昭和34年制定時に国民年金法が学生を適用除外としたことは極めて唐突であり,慎重な熟慮に基づくものではないことが強く疑われる。

なお,被告らは,学生適用除外規定は学生に対して任意加入の途を開いていたから,立法内容に合理性がある旨主張するが,昭和34年の国民年金法制定当時の立法過程で作成された資料によれば,学生を適用除外とすることにより,定型的に稼得能力がなく保険料を負担することのできない学生の中に,毎年数百人にのぼる多数の無年金障害者が発生することが予定されており,国はその事実を認識しながら学生適用除外規定を制定したものであって,被告らの主張は,この点を正当化できるものではない。

イ 立法不作為の違憲,違法性

仮に,何らかの理由によって昭和34年の国民年金法制定当時において,学生を強制適用の対象から除外し,免除制度を伴わない任意加入の方途しか認めない法制が違憲であるとの判断を免れるとしても,以下の事実関係にかんがみれば,国において,遅くとも昭和60年法の立法時点あるいはその後の国民年金法の改正時に,20歳以上の学生については強制適用の除外を改正して免除制度を定めるなどして,学生無年金障害者の発生ないし拡大防止のための是正措置を講じるべきであったといえる。

(ア) 昭和34年の国民年金法制定時から昭和60年法の立法時まで

a 昭和34年の国民年金法制定の立法過程で,国は,制度発足時における20歳以上の学生数を53万人と見積もる一方,このうち任意加入する学生はその3分の1と見込んでいたが,現実に任意加入した学生の数は予想をはるかに下回り,わずか1パーセントあまりにすぎなかった。にもかかわらず,国は,任意加入の利用を促進する広報等の周知措置を講じることがなかったのみならず,実際の現場の窓口においては,むしろ「学生は入らなくてもいい」といった誤った教示が平然と横行していた。

b また,昭和30年代後半以降,急速なモータリゼーションの進行に伴い交通事故により障害を負う者も急増したほか,人口と大学進学率の増加により,昭和34年当時57万人と見込まれていた学生数が昭和60年には184万人に急増したことから,学生無年金障害者の発生数も,年々増加の一途をたどっていったことが容易に推認できる。

c このような状況の下で,昭和40年代半ばから各種障害者団体が障害者の所得保障を求める運動を強化し,昭和50年代に入っては脊損の会などが重度障害者で無年金状態にある者に対する年金給付等の救済措置を求めて政府(厚生省)や国会議員等に陳情を繰り返すようになり,昭和53年ころからは,学生無年金障害者に対する障害年金の支給を求める陳述・請願が,衆参両院議長や厚生大臣あてに行われ,あるいは国会議員の政府に対する質問趣意書の提出という形で,政府や国会に対して再三の要請が行われるようになった。

これら障害者団体からの陳情等を踏まえて,国会及び政府としては,年金制度の谷間を埋めるべく,将来に向かっては新たな学生無年金障害者を発生させないために学生適用除外規定の改定等の立法措置を行うと共に,既に障害を負って無年金状態を強いられてきた学生無年金障害者に対しては,少なくとも将来に向かって障害年金の支給が受けられるように是正(救済)立法を行うべきであったところ,政府,厚生省は,前提となる実態調査を行うこともなく,これを怠り続けてきたものである。

d 特に,昭和50年の国連障害者の権利宣言を踏まえ,同年以降,国内的にも国際的にも,障害者に対する人権保障がクローズアップされてきており,厚生省も,昭和58年8月に,「障害者生活保障問題専門家会議」の報告書をまとめ,現行の障害者に対する所得保障において保障の手が及び得ないものがみられるので,すべての成人障害者が自立生活を営める基盤を形成する観点から所得保障全般にわたる見直しを行うべきであるとしていたのである。そして,国民年金法については,昭和60年法により,公的年金制度の一元化に向けて大改正が行われたが,その改革に向けた検討は,既に昭和50年ころから始まっており,その過程で,昭和58年ころから昭和59年初旬にかけて,改正法の要綱案について厚生省の諮問を受けた国民年金審議会は,その答申中において,「なお,さらに検討すべき課題」として,「学生の適用のあり方については,引き続き検討すべきである」ことを挙げ,同様に諮問を受けた社会保障制度審議会も,「なお留意されるべき問題点」の中で「20歳未満で障害の状態になったときには障害基礎年金が受給できるのに対し,任意加入しなかった学生がその期間中に障害の状態になったときには障害基礎年金が受給できない」ことを厳しく指摘していた。

e そこで,全国脊髄損傷者連合会も,このような大改正の機会を逃しては,ほとんど是正の機会がなくなるものと考え,昭和58年12月に厚生大臣宛に陳情書を提出したり,昭和59年3月ころに厚生省の年金法改正案に対する意見書をまとめ,その中で「20歳以上の重度障害者については,無年金者として依然として救済されていないし,無年金障害者を出さないという歯止めもない」という主旨の見解を厚生省に表明した。また,同年11月には,衆参両院の社会労働委員会の委員達に対して,国会に上程された国民年金法改正案には,障害(学生)無年金者の救済策が含まれていないことを指摘して抗議する一方,衆参両院議長宛てに無年金者救済を求める請願を,同年中及び昭和60年4月に重ねて行った。

f なお,昭和60年法の立法過程において,保険料を納付することができない者にも年金を支給して無年金者をなくす見地から,税方式を採用することが強く主張された際,政府委員は,保険料納付者と未納付者との間の公平や増税に国民の合意が得られにくいなどの理由のほか,低所得者に対する免除制度の存在を強調し,制度的に無年金者が出ないよう最大限配慮している旨答弁している(昭和60年3月26日参議院社会労働委員会政府委員吉原健二答弁)。また,女性独自の年金受給権の確立との関係で,政府は,社会保険に任意加入という,入っても入らなくてもよいという制度を設けること自体に当初から議論があったことや不安定な要素が非常に大きいことなどを指摘する説明をしている(上記答弁)。

g ところが,国は,昭和60年法による改正時に,学生無年金障害者の発生を防止する措置も,既に生じた学生無年金障害者を救済する措置も全く講じなかったものである。

(イ) 昭和60年法による改正後の不作為

その後,平成元年法により学生適用除外規定が撤廃され,平成3年4月1日の国民年金法施行後,学生も国民年金の強制加入の対象とされ,学生の保険料納付義務の免除に関しても,親の所得を考慮して,申請により免除を行う制度が導入されることとなった(平成元年法90条1項5号)が,既に生じていた学生無年金障害者に対しては何らの救済措置のないままに放置された。

また,平成元年12月14日の参議院社会労働委員会において,「学生時の障害無年金の対策等障害者の所得保障の充実について,障害者の『完全参加と平等』を促進する見地から,今後総合的に検討すること」とする附帯決議が可決され,平成6年には,衆参両院の厚生委員会において,「無年金である障害者の所得保障については,福祉的措置による対応を含めて検討する」旨の附帯決議が採択されたが,これらの附帯決議にもかかわらず,学生障害無年金の問題は放置されたままであった。

なお,平成元年改正法の施行以前に既に発生していた多数の学生無年金障害者に対する救済については,平成16年12月の臨時国会において,特定障害者に対する特別給付金の支給に関する法律(平成16年法律166号)が可決され,平成17年4月1日から施行されるまで放置され,同法の内容も,請求手続を行った時点から将来に向かってのみ,障害基礎年金の6割にとどまる金額を特別の福祉的手当として支給するという不十分なものにとどまっている。

(ウ) 被害の重大性

学生が国民年金の強制適用から除外された結果,原告には,保険料免除制度の欠如及び国民年金未加入による不利益情報の不告知によって,国民年金に加入できず,その結果として,障害等級1級の場合月額8万2760円,2級の場合月額6万6208円の障害基礎年金が受給できず,その結果,障害基礎年金受給者に認められる,老齢基礎年金の保険料の法定免除が認められず,原則として保険料を負担し続けなければならず,著しい不利益を生じており,このような状態は,原告らの社会保障を平等に受ける権利を侵害していることはもとより,まさに生命維持に直結する生存権を侵害するものである。

(エ) 司法的救済の必要性

国民年金制度は国民の社会保障の問題であり,その制度設計に当たっては,政府ないし国会の裁量が大きく認められる分野であるから,本来は議会という政治的過程を通してその不合理性が是正されるべき問題であることは原告も承知しているところであるが,学生無年金障害者は,国民全体の中では極めて少数者であり,それゆえ,自らの人権侵害状態を多数決原理に基づく議会制民主主義による政治過程の中で解決していくことがほとんど期待できないことは,実態として明らかであり,学生無年金障害者に対する司法的救済の必要性は極めて高いといえる。

(3) 国会(議員)及び内閣の故意,過失

上記のとおり,昭和34年の国民年金法の制定当時あるいは遅くとも昭和60年法の立法時までに,国会(議員)は,学生無年金障害者が毎年相当数発生することを十分に予測し又は予測することができたのであり,学生適用除外規定が憲法14条や憲法25条に違反することを知り又は知ることができたものといえる。それにもかかわらず,昭和34年に,このような憲法違反の学生適用除外規定を制定した国会(議員)の立法行為は,国家賠償法上違法というべきであり,また,国会(議員)において,学生無年金障害者の救済の必要性を認識しながら,その後の国民年金法改正の過程で,これを放置した不作為も,是正のための相当期間と考えられる約5年が経過した時点以降,国家賠償法上違法というべきである。

(4) 内閣の制度存置,法案不提出の違法性

内閣は,昭和34年の国民年金法の制定当初から,同法30条や30条の4について,都道府県知事が,これを形式的,機械的に解釈適用することによって,本来障害基礎年金が支給されるべき障害者に対し,障害基礎年金が支給されない危険性が高いことを認識しており,本来そのようなことがないよう政令を制定するなどして,憲法に適合した国民年金制度を確立する義務(憲法65条,73条1号,4号,6号)あるいは違憲な解釈,適用がされることのない改正法案を国会に提出すべき法律上の義務(内閣法5条)を負っていたというべきであるから,その義務を怠り,漫然と違憲な法令及びその運用を放置してきた点は違法との評価を免れない。

(5) 原告の損害

原告が障害を負った当時,国が学生適用除外規定を改正し,あるいは,学生無年金障害者を救済する法改正を行っておれば,原告は障害認定日から遠くない時期に裁定の請求を行っていたであろうし,原告は,そのころから障害基礎年金の支給を受けていたはずである。

しかし,原告は国による前述の度重なる違憲違法な立法行為ないし立法不作為により,本来受けられるべき障害基礎年金を受けられず,日常生活において多大の精神的苦痛を被っている。さらに,原告は障害基礎年金の支給を受けられないために,所得がない状態の中にあっても,自らの老後のために老齢年金の掛け金を支払い続けざるを得なかった。

国会(議員)及び内閣の違憲,違法な立法行為又は立法不作為によって,原告が長年にわたって強いられてきた極めて厳しい生活実態及び著しい精神的苦痛などにかんがみると,原告に支払われるべき慰謝料は,2000万円を下ることはない。

(被告国の主張)

(1) 立法行為又は立法不作為の違法について

最高裁昭和60年判決は,「国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであつて,国会議員の立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けないものといわなければならない。」と判示しており,同判決によれば,国会議員の立法行為が国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるのは,その立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているものであること,及びそれにもかかわらず国会があえて当該立法を行ったものであること,というような,容易に想定し難い例外的な場合であることが必要である。しかし,本件においては,原告が問題とする①「20歳以上の学生を国民年金法の強制適用者としなかったこと」及び②「平成元年の法改正以後,既に学生無年金障害者となった者に対する救済措置を定めなかったこと」については,いずれも,憲法上,このような内容を明示した規定は存在せず,前記争点(1)ア及びイに関する原告の各主張に対する被告らの主張のとおり,学生適用除外規定が憲法14条1項及び25条に違反するものでないことは明らかであり,昭和34年の国民年金法制定時から平成元年法による改正に至るまで,その内容が憲法に違反するなどという議論すら見当たらなかったのであって,本件が「憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合」に当たらないことも当然であるから,国家賠償法1条1項の規定の適用上,学生適用除外規定の立法行為が違法であるとの評価を受ける余地は全くない。

また,平成元年法は,20歳以上の学生を強制適用の対象としただけであって,保険料を納付していない者に年金を支給することを定めたわけではなく,同改正前においても,任意に国民年金に加入し保険料を納付した学生には障害基礎年金が支給されるのである(原告はこれを納付していない)から,原告の主張は前提を欠き,失当である。

そして,憲法25条の規定に基づく立法措置は,立法府の広い裁量にゆだねられているのであり,著しく合理性を欠き明らかな裁量の逸脱・濫用がある場合に限って,裁判所による審査の対象となるのであるところ,障害者に対しては,国民年金法による所得保障以外に,更生援護のための各種福祉サービスの提供や,国民の最低限度の生活保障である生活保護制度の適用も行われているところであって,これら現に行われている社会保障政策を前提とすると,国民年金に加入しなかった者に対して,同法における給付を行わないことが,立法の裁量の逸脱ないし濫用であるとは到底いえないから,原告の主張に理由がないことは明らかである。

(2) 内閣の違法行為の有無について

原告は,詰まるところ,20歳前障害基礎年金の規定が違憲であり,かつ,内閣はこれを認識していたのであるから,①政令を制定するなどして,上記適用外規定が適用されないようにすべき義務,②法改正案を国会に提出する義務を負っていたにもかかわらず,いずれもこれを怠ったために,原告に対し,精神的苦痛を与えた旨主張するが,①については,政令の制定により法律の適用を除外すべきというものであるから,憲法に定める法律誠実執行義務(憲法73条1号)に違反することを内閣に求めるもので,法による行政の原理に反するものであり,②についてみても,立法について固有の権限を有する国会ないし国会議員の立法不作為につき,国家賠償法1条1項の適用上違法性を肯定することができない以上,国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣の前記法律案不提出について,同条項の適用上違法性を観念する余地はないというべきである(最高裁判所昭和62年6月26日第二小法廷判決・判例時報1262号100頁参照)から,原告の主張には理由がない。

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