大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成13年(行ウ)231号 判決 2002年4月18日

主文

1  被告が平成11年8月27日付けでした亡Aの相続税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は、平成9年9月9日に死亡したA(以下「A」という。)に係る相続税に関し、平成11年7月9日、原告及びB(以下「B」という。)が、BがAから送金を受けた金員を相続税の課税価格に算入していたのは誤りであった旨更正の請求をしたところ、被告(注 立川税務署長)は、平成11年8月27日、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をしたため、原告がその取消しを求めるものである。

1  相続税法の定め

(1)  相続開始前3年以内に贈与があった場合の相続税額

相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前3年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては、その者については、当該贈与により取得した財産(21条の2第1項から第3項まで(中略)の規定により当該取得の日の属する年分の贈与税の課税価格計算の基礎に算入されるもの(中略)に限る。(以下略))の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなし、15条から18条までの規定を適用して算出した金額(中略)をもって、その納付すべき相続税額とする(19条)。

(2)  贈与税の課税価格

贈与により財産を取得した者がその年中における贈与による財産の取得について1条の2第2号の規定に該当する者である場合においては、その者については、その年中において贈与により取得した財産でこの法律の施行地にあるものの価額の合計額をもって、贈与税の課税価格とする(21条の2第2項)。

(3)  贈与税の納税義務

贈与により本邦にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時において本邦に住所を有しないもの(以下「制限納税義務者」という。)は贈与税を納める義務がある(1条の2第2号)。

(4)  贈与税の課税財産の範囲

1条の2第2号の規定に該当する者については、その者が贈与により取得した財産でこの法律の施行地にあるものに対し、贈与税を課する(2条の2第2項)。

(5)  財産の所在

動産の所在地は、その所在により決める(10条1項1号)。

2  前提となる事実

(1)  原告及びBは、Aの子である。Bは、昭和61年3月19日、アメリカ合衆国籍を取得し、平成3年5月1日以降は同国ジョージア州に住所を定めている(甲2、弁論の全趣旨)。

(2)  Aは、平成9年2月4日、北海道拓殖銀行国分寺支店から日本円に換算して1000万円を、同月7日、第一勧業銀行国分寺支店から1017万5275円をアメリカ合衆国のWachovia Bank Of Georgia East Marietta BranchのB名義の預金口座に外国為替により電信送金した(以下4日付けの送金を「本件送金1」、7日付けの送金を「本件送金2」、両者を併せて「本件各送金」という。)。AとBとの間において、本件各送金に係る贈与契約に関する書面は残されていない(甲3の6、8、9、10、弁論の全趣旨)。

(3)  Aは、平成9年9月9日、死亡した。同人の相続人は、原告及びBであった(以下「原告ら」という。)(弁論の全趣旨)。

(4)  原告らは、平成10年7月7日、相続税の申告書を提出した(以下「本件申告」という。)。同人らは、本件申告において、本件各送金に係る金員を被相続人からの贈与による取得であるとして、相続税法19条に基づき、相続税の課税価格に加算していた(甲2、3の4)。

(5)  原告らは、平成11年7月9日、被告に対し、本件各送金に係る金員を相続税の課税価格に加算したことは誤りであるとして、更正の請求をした。被告は、平成11年8月27日、更正をすべき理由がない旨通知する本件通知処分をした(甲2、3の1ないし10)。

(6)  原告らは、平成11年10月27日、被告に対し、異議申立てをしたが、被告は、平成12年3月2日、原告に対しては異議申立てを棄却、Bに対しては異議申立てを却下する旨の決定をした(甲2)。

(7)  原告は、平成12年3月31日、東京国税不服審判所長に対し、審査請求をした。東京国税不服審判所長は、平成13年5月29日、審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲2)。

3  争点

本件の争点は、本件各送金に係る金員が相続税の課税価格に加算されるか否かである。

4  争点に関する当事者の主張

(1)  被告の主張

本件送金2がされる以前である平成9年2月5日付けのAの変更遺言の中に、Bに対し相当額の生前贈与をした旨の記載があり、これが本件各送金を指すというべきであるから、本件各送金に係る贈与契約は、現金の贈与契約であり、変更遺言がされた平成9年2月5日以前に成立していたものであって、Aは、当該贈与契約に基づいて同人が本邦において所持していた邦貨を外貨と交換し、北海道拓殖銀行又は第一勧業銀行から外国為替による電信送金によってBに送金したものである。

相続税法10条4項は、財産の所在の判定は、贈与により取得した時の現況によるとしているが、「贈与に因り取得した時」について定める法の規定はないため、民法の贈与契約の規定により、書面によらないものであっても贈与契約成立の時と解すべきである(民法549条)。したがって、本件における贈与契約成立の時は、平成9年2月5日以前と思料され、その当時における本件各送金に係る金員の現況は、本邦に所在する現金であって、電信送金自体は贈与契約の履行行為にすぎないから、Bが贈与により取得した財産は、電信送金契約の法的性質のいかんにかかわらず、相続税法の施行地である本邦にある財産として、相続税の課税価格に加算すべきである。

(2)  原告の主張

本件各送金は、外国為替による電信送金の方法によるものであるところ、電信送金においては、送金依頼人と電信送金契約を締結した送金取組銀行(仕向銀行)は、支払銀行に対して支払指図を行うが、支払銀行は、これに応じて直ちに受取人に支払をなすものではなく、当該指図が真正であること、支払資金の決済が確実であること等を確認し、受取人に直接支払う場合又は支払銀行における受取人の預金口座に入金する場合のいずれにおいても、支払の停止などがないか、支払を請求した受取人は正当な受取人かなどを確認した後に支払に応じ又は口座への入金手続を行う。したがって、受取人が電信送金に係る金員を取得するのは、支払銀行における受取人の預金口座に入金する場合は、当該入金手続の完了時であり、そうでない場合は、受取人が支払銀行に支払を請求し、実際に支払がされたときである。

そして、電信送金は、送金された金員が受取人に支払われ、又は支払銀行の受取人名義の預金口座に入金されるまでは、送金人は仕向銀行を通じて支払銀行に対し支払を停止する旨指示できるとされていることからすると、贈与の履行が電信送金によりされた場合の履行の終了は、支払銀行から受取人に金員が支払われたとき又は支払銀行が受取人の預金口座に金員を入金したときである。

以上からすると、Bが本件各送金により取得した財産は、支払銀行に対する預金払戻請求権であり、本邦に所在する財産ではないから、相続税の課税価格に加算されるべきではない。

この点につき、被告は、Bは贈与契約成立時に本邦に所在する現金を取得した旨主張する。しかし、AとBとの間に、本件各送金とは別に贈与契約が締結されたことはなく、本件における贈与はいわゆる現実贈与であり、Aがその意思により、一方的にBに送金したものである。したがって、本件各送金が現実にされる前に本邦に所在するA所有の現金を取得した旨解する余地はない。仮に、本件各送金前にAとBとの間で贈与契約が存在したとしても、金銭の所有権は原則として占有の移転に従って移転するものであり、現実の占有を有しないBが本邦に所在する現金を取得することはできないし、Aも、北海道拓殖銀行又は第一勧業銀行に対して預金払戻請求権を有していたにすぎず、当該預金に相当する現金を所有していたわけではない。したがって、被告の主張は失当である。

第3争点に対する判断

1  前記第2・2・(1)のとおり、本件各送金がされた平成9年2月の時点において、Bは相続税法の施行地である本邦に住所を有していなかったから、BがAからの贈与によって得た財産が、取得した時点において、本邦に所在するものであった場合に限り、同人は相続税法1条の2の定める納税義務を負うにすぎない。

2  この点につき、被告は、BがAからの贈与により取得した財産は、Aが本邦で所有していた現金である旨主張する。しかるに、本件においては、受贈者であるBは本邦に居住していなかったため、Aが本邦で所有していた現金がBに直接交付されることはなく、同人に対して外国為替による海外送金がされたのであるから、AからBに対し本邦に所在する現金が贈与されたといえるのは、本件各送金以前に、AとBとの間で、本件各送金の原資に当たる邦貨に関する贈与契約が成立しており、その履行のために本件各送金手続が執られた場合に限られるというほかない(このような場合以外には、送金がされても、外国為替による海外送金の性質上、Bは仕向銀行に対する支払請求権を有するにすぎず、送金の対象となっている金員について、直接所有権を取得するものではない。)。そこで、以下、贈与契約の成立時期について検討する。

3  前記第2・2・(2)のとおり、本件各送金以前にAとBとの間の贈与契約に関する書面は残されていないから、本件各送金以前に、AとBとの間で贈与契約が成立していたとすれば、それは口頭によるものであったことになるが、被告は、AとBとの間の贈与契約は、平成9年2月5日以前に成立していたものと思料される旨主張するのみであって、それを裏付ける立証は何らできていない(なお、遺言(一部取消・変更)公正証書(乙4)中には、その作成日である平成9年2月5日以前にAがBに対し相当額の生前贈与をした旨の記載があるが、本件各送金が同証書の作成前にされていること、及び同証書がAの一方的意思によって作成されたものであることに照らすと、上記記載から贈与契約自体の存在を推認することはできない。また、本件各送金は、その金額が高額であることからして、仮にこれが親族以外の者との間でされたものならば、事前に黙示的にせよ何らかの合意があったものと推認できないでもないが、本件のように親子間における財産分けのためにされたものであり、しかも子が外国に定住して外国籍まで取得している場合には、何らの話合いもなく親が子に対して一方的に送金することも不自然とはいい難く、上記のような推認が働く余地はないし、送金が2日に分けられているものの、互いに近接していることからして、2度目の送金のみに事前の合意を推認する余地もない。)。

そうすると、前述のとおり、本件において、本件各送金に係る金員が相続税の課税価格に加算されるためには、AとBとの間で本件各送金に係る贈与契約が本件各送金以前に成立していたことが必要であり、本件各送金以前の贈与契約の成立は、相続税の課税根拠事実に当たるというべきである。したがって、この点に関する主張立証責任は被告が負担すると解すべきところ、前述のとおり、被告は自己の主張を裏付ける立証ができていないのであるから、本件各送金の手段である外国為替による電信送金の法律構成いかんにかかわらず、BがAから本件各送金により本邦に所在する財産を取得したものと認めることはできないというべきである。

4  以上によれば、BがAから贈与を受けた財産は、取得した時点において本邦に所在する財産であったとは認められず、相続税法19条により相続税の課税価格に加算されるべきものではないことになり、原告及びBがした更正の請求には理由があるというべきであるから、これを更正すべき理由がないとした本件通知処分は違法なものであって取り消されるべきである。

5  なお、以上のように解すると、本件とは異なり、日本国籍を有する者が、一時的に外国に住所を移し、その間に被相続人たり得る者から生前贈与を受けることにより、将来納付すべき相続税ばかりか当該贈与についての贈与税をも回避する行為が頻発する事態が考えられないではない。しかし、そのような事案においては、本件と異なり、住居移転及び送金の経緯などから事前の贈与契約の存在を推認し得る場合が多いと思われる上、租税特別措置法等の一部を改正する法律(平成12年法律13号)により改正された租税特別措置法69条2項において、「贈与(以下略)により、相続税法の施行地外にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時において同法の施行地に住所を有しない者のうち日本国籍を有する者(その者又は当該贈与に係る贈与者が当該贈与前5年以内において同法の施行地に住所を有したことがある場合に限る。)は、贈与税を納める義務があるものとする。」と規定され、同条3項により、相続税法21条の2第2項の読替規定が設けられたことにより、少なくとも、日本国籍を有する者については、原則として、本邦に住所を有する者と同様に、その取得した財産のすべてを贈与税及び相続税の課税対象とすることができるようになった。このことは、従前の相続税法に立法上の不備があったことを意味すると同時に、少なくとも、日本国籍を有する者については、租税回避行為を防止することができるようになったものと評価することができる。

第4結論

よって、原告の請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 廣澤諭 裁判官 日暮直子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例