東京地方裁判所 平成13年(行ウ)249号 判決 2001年12月27日
当事者の表示
別紙のとおり
主文
一 被告杉並区長が本件各事件原告らに対して平成一三年八月一五日付けでした各転入届不受理処分をいずれも取り消す。
二 被告杉並区は、本件各事件原告ら各自に対し、それぞれ三〇万円及びこれに対する平成一三年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用のうち、原告らと被告杉並区長との間に生じたものは被告杉並区長の負担とし、原告らと被告杉並区との間に生じたものはこれを三分し、その一を被告杉並区の負担とし、その余を原告らの負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、いずれも仮に執行することができる。
ただし、被告杉並区が、各原告について二〇万円の担保を供したときは、その担保を供した相手方である原告との関係において、上記仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一請求
一 第一事件
(1) 被告杉並区長が、第一事件原告に対し、平成一三年八月一五日付けでした転入届不受理処分を取り消す。
(2) 被告杉並区は、第一事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一三年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 第二事件
(1) 被告杉並区長が、第二事件原告に対し、平成一三年八月一五日付けでした転入届不受理処分を取り消す。
(2) 被告杉並区は、第二事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一三年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 第三事件
(1) 被告杉並区長が、第三事件原告に対し、平成一三年八月一五日付けでした転入届不受理処分を取り消す。
(2) 被告杉並区は、第三事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一三年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、宗教団体・アレフの信者である原告らが、被告杉並区長が行った転入届不受理処分は、住民基本台帳法に違反し、さらに、原告らの生存権や参政権などの基本的人権を侵害するものであって違憲であると主張して、被告杉並区長に対し、これらの処分の取消しを求めるとともに、被告杉並区に対し、違法な処分に対する損害賠償として、原告一人当たり一〇〇万円及びこれに対する平成一三年八月一五日(上記処分がされた日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。
一 法令の定め等
(1) 住民基本台帳法によれば、市町村(特別区を含む。以下同じ。)は、住民基本台帳を備え、その住民につき、同法七条に規定する氏名、出生の年月日、男女の別等の事項を記録するものとされ(同法五条)、市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)は、住民票を世帯ごとに編成して、住民基本台帳を作成しなければならない(同法六条一項)。
住民票の記載、消除又は記載の修正は、法令で定めるところにより、住民基本台帳法の規定による届出に基づき、又は職権で行うこととされている(同法八条)。
(2) 転入(新たに市町村の区域内に住所を定めることをいい、出生による場合を除く。以下同じ。)をした者は、転入をした日から一四日以内に、氏名、住所、転入をした年月日、従前の住所等所定の事項を市町村長に届け出なければならない(同法二二条一項)。
なお、正当な理由がなく、上記届出を行わなかった場合には、五万円以下の過料に処せられることとされている(同法五一条二項)。
二 前提となる事実(以下の事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 原告らは、いずれも、宗教団体・アレフ(改称前の名称はオウム真理教、以下「アレフ」という。)の信者である。
(2) 原告らは、それぞれ、平成一三年八月一五日、いずれも、杉並区役所において、「異動届出書」、を新住所欄に「杉並区《番地省略》」と記載するなどして、同区役所区民課窓口に、転出証明書とともに提示し、転入届を提出しようとしたが、これに対応した区民生活部区民課長及び同課職員は、上記住所地への転入届は受け付けないとの杉並区の方針に基づき、上記各転入届をいずれも受理しなかった(以下「本件不受理処分」という。)
(3) 原告らは、平成一三年八月一七日、東京都知事に対し、被告区長の上記不受理処分の取消しを求めて審査請求をしたが、これに対する裁決はされていない。
三 当事者の主張
(被告らの主張)
(1) 本件不受理処分が適法であること
ア 住民基本台帳法の解釈
個人の住民票を編成して作成される住民基本台帳は、住民の居住関係を公証するとともに、選挙人名簿の登録その他の住民に関する各種の行政事務処理の基礎とすることを目的としている。個々の行政事務の処理のために利用される事項として、選挙人名簿の登録、国民健康保険の資格、国民年金の被保険者の資格、児童手当の受給資格等が住民票に記載されるほか、学齢簿の編成、作成は住民基本台帳に記録された者を対象として行われるものであり、その他にも市区町村独自の住民に対する各種の行政サービスあるいは住民への連絡事務に利用されている。
このように、住民登録及び住民基本台帳には、単に形式的に住所の登録と公証だけにとどまらず、実質的に当該地方公共団体の住民として受け入れ、各種の行政上のサービスを受けるべき立場を付与する効果を有するものであって、当該地方公共団体において住民として受け入れられない特別の事情が存在する場合にまで、長に住民票を調整し住民基本台帳に記録しなければならない義務があるとは解しがたい。
ところで、地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担っており、その役割の中には、地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持することが含まれ、地方公共団体の長は、当該地方公共団体を代表して、その責めに任ずることになる。
ところが、後記のとおり危険性の高い団体であるアレフ及びその信者が、区域内に極めて多数転入し、アレフの拠点施設等に居住して、アレフの活動に深く関わるとの事態は、上記被告区長が負っている重大かつ基本的な責務を著しく阻害するものであり、被告杉並区において、原告らを住民として受け入れられない特別の事情があるというべきである。
しかも、住民基本台帳に関する事務は、法定受託事務ではなく、当該地方公共団体における自治事務に属する。そして、地方公共団体に関する法令の規定は、地方自治の本旨に基づいて、かつ、国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて、これを解釈し、及び運用するようにしなければならないとされており(地方自治法二条一三項)、地方公共団体の役割の遂行における自主性、自立性は、法の趣旨に反しない範囲で尊重されて、法の解釈、運用が行われるべきである。
そうすると、原告らの転入を受け入れて住民登録を行うことができない特別の事情があると被告区長が認める場合には、住民基本台帳法上は明文の規定をもって住民票の作成を行わない場合として定められていないとしても、被告区長において、これが許されると、法を解釈し、運用することは、必ずしも違法なことであるとはいえない。
イ 原告らの住民票を受理できない特別の事情
a アレフの危険性
アレフ及びその信者は、「日本シャンバラ化計画」を実現するためには政治力が不可欠であるとし、その実現が不奏効に終わると、武力による祭政一致の専制国家体制の樹立が必要であるとして、その実現のため、教団の活動の障害となる者は内外を問わず死に至らしめ、地域住民を敵視して危害を加え、無差別大量殺人行為に及ぶなど、これらの犯罪行為を組織の活動として行った。これらの行為は、多くの国民に極めて甚大な被害をもたらすと同時に、社会的な不安を極めて大きなものとした。
そして、平成一三年四月の「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」三一条の規定に基づく報告においては、アレフの現状は、その体質などについて、上記のような犯罪行為に及んだ当時のそれと大きな変化はないとされている。
b 杉並区民の恐怖、不安
アレフは、平成二年二月に行われた衆議員議員選挙において、杉並区《番地省略》に事務所を構えるなど、早くから杉並区内に進出を開始し、地下鉄サリン事件が発生した平成七年三月当時、杉並区内には、道場や「アジト」などの教団施設が複数存在するなど、都内有数の活動拠点となっており、地下鉄サリン事件では、丸の内線を利用していた杉並区民多数が被害を受けていた。そして、杉並区内の上記各教団施設は、信者らによる一連の非合法活動の拠点として使用されていたことが明らかになるとともに、杉並区内の各教団施設などに出入りしていた信者が多数検挙、逮捕されるに至った。
さらに、その後も、杉並区内において、教団施設が相次いで進出し、杉並区内においてその活動を活発化させるアレフ及びその信者に対する恐怖や不安は極めて大きなものとなり、多教の区民が、杉並区に対し、その恐怖や不安を背景としてアレフの解散や退去の措置をとるよう申し立てていた。
そして、「阿佐谷地域オウム真理教対策協議会」や「高円寺地域オウム真理教対策協議会」などを中心とした杉並区民が、教団施設の撤去及びその信者の退去を求めて、懸命な活動を続けた結果、平成一一年一一月ころ、杉並区内からアレフの施設はなくなった。
ところが、平成一二年一〇月二日、アレフ信者が、同年九月以降、原告らが転居してきた東京都杉並区《番地省略》(以下「本件住所地」という。)所在の建物を占拠し、活動を始めていることが明らかとなるなど、アレフが杉並区内でその活動を本格化させたことに、杉並区民の恐怖や不安は増大した。
そこで、杉並区オウム真理教対策協議会及び杉並区は、教団施設を含むアレフ信者らの、杉並区内からの即時退去及び杉並区への転入を断固拒否する旨の決議を行うなどの活動を展開している。
アレフが杉並区民に及ぼす強い恐怖や不安は、現実に顕著、切実なものであり、被告らは、杉並区民がそのような恐怖、不安を抱いているという事実を無視することはできない。
c 本件不受理に至る事情
被告杉並区長は、これ以上杉並区内にアレフ信者が集中し、アレフの拠点施設の構築、形成されることを到底許容できず、アレフ信者の集中等を可能なかぎり阻止するための実効的な方法の一つとして、アレフ信者である原告らの本件住所地への住民登録の拒否を決定したのであり、これは、正当な措置として社会的に是認され得るものである。
ウ 結論
以上のとおり、被告区長は、原告らの転入届を受理できない特別の事情があると認められたため、本件不受理処分を行ったものであり、本件不受理処分に違法性はないというべきである。
(2) 損害賠償請求について
ア 損害がないこと
原告が主張する損害のうち、選挙権・被選挙権が行使できないとの点については、原告が届出をしたとする日以降、選挙が行われた事実はなく、当面その予定もないのであるから、この点に関する損害はない。
原告が主張する権利侵害についても、転入届を受理することを直接の法律上の要件としているものではないから、本件措置に起因する損害は、何ら生じていない。
イ 過失がないこと
無差別大量殺人を行い、危険な団体として、国家が認定するような教団が出現し、その構成員が集団で転入するという事態は、法が明文をもって予定するものではない。内戦ともいうべき活動を行い、現在においてもその具体的な危険性が認められるアレフの信者がその活動拠点に集団転入を行ったという事案において、住民基本台帳制度による措置の是非が問題となった裁判例は見当たらない。
そして、被告らは、無差別大量殺人行為を行い、いまなおその危険性があるとされる団体の構成員であるアレフ信者が集団で居住したことにより、現実に地域住民に強い不安や混乱が生じ、その平穏な生活が脅かされている実態を見過ごすことはできないため、住民基本台帳制度の解釈により、本件不受理処分を行うことが可能であるとの見解にたって、やむなく、本件不受理処分に及んだものである。
したがって、被告区長が行った本件不受理処分には相当な根拠が認められるものと解すべきであるから、被告区長には過失が認められない。
(原告らの主張)
(1) 被告区長が行った本件不受理処分の違憲・違法性について
ア 本件不受理処分が住民基本台帳法に違反すること
住民基本台帳法によれば、住民基本台帳は、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録等の住民に関する事務の処理とともに、住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、併せて住民の利便の増進、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とするものであり(同法一条)、市区町村の長は、常に住民基本台帳を整備し住民に関する正確な記載を行い、またその記録を確保するために必要な措置を講じなければならないとされている(同法三条一項、一四条一項)。
そして、住民基本台帳による届出があったときは、当該届出の内容が事実であるかどうかを審査したうえで、住民票の記載等を行わなければならないとしている(同法施行令一一条)。
これらの規定によれば、市区町村長は、当該市区町村の区域内に居住の事実を有する者から転入の届出がされた場合には、これを受理して住民票に記載して調整し、住民基本台帳に記録すべき義務を負っていると解されるのであり、居住の実態があるにもかかわらず、これを拒否することは、住民基本台帳に要求される住民に関する記録の正確性を損なうものとして許されないことは、同法の文理、目的、趣旨から当然である。
すなわち、住民基本台帳に記録されるべきか否かは、当該住民の住所が当該市町村の区域内にあるかどうかという事実及び住民基本台帳に登録して管理すべき者かどうかのみを基準として判断されるべきものというべきである。
そして、地方自治法一〇条一項は、「住民」の意義について、「市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする」と定めており、同法一三条において、「日本国民たる普通地方公共団体の住民」が有する権利(選挙権、条例の制定改廃請求権、地方議会の解散請求権等)を明確に定め、同法一三条の二において、「市町村は、別に法律の定めるところにより、その住民につき、住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならない」と定めている。そして、同条にいう「法律の定め」は、住民基本台帳法を指す。さらに、住民基本台帳法四条は、「住民の住所に関する法令の規定は、地方自治法(昭和二二年法律第六七号)第一〇条第一項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない」と定めている。
そうすると、住民基本台帳法上における「住民」について、「市町村の区域内に住所を有する者」以外の解釈はあり得ないというべきである。
以上によれば、転入届を受けた区長が、転入届に係る住民の居住の有無をこえて、その転入届の目的、思想信条、所属団体の内容等を審査して、転入届不受理処分を行うことを認めるという解釈は、地方自治法一〇条一項の「住民」の意義に新たな要件(市区町村の長が、地域の秩序を破壊し、住民の生命や身体の安全を害する危険が高度に認められるといった特別の事情が存在しないと判断した者等の要件)を加えるものであって、許されないものであることは明白である。
したがって、日本国籍を有する者であって、当該市区町村の区域内に居住の事実があり、居住の意思も認められる者、すなわち、当該市区町村に住所を有する者は、その市区町村長に対し、転入の届出を行う法的義務を負い(住民基本台帳法二二条)、かつ、市区町村は、住民基本台帳法に基づき、その者の住民たる地位に関する正確な記録として住民基本台帳を整備する法的義務を負っているのであるから(地方自治法一三条の二)、市区町村の長には、当該市区町村に住所を有する者の転入届けを受理せず、その住民登録を拒否し得る裁量権が認められる法的根拠はないというべきである。
以上によれば、本件不受理処分は、住民基本台帳法に違反する違法な処分であることは明らかである。
イ 被告区長による不受理処分の違憲性
a 被告区長が行った本件不受理処分は、原告らの下記の憲法上の諸権利を侵害している。
① 居住移転の自由(憲法二二条)
原告らは、居住移転の自由が保障されており、これは原告らが自己が求める場所に移転し、居住しても、そのことにより何ら不利益を受けないことを保障するものである。被告区長が、原告らの住居の移転及びそれに基づく居住につき、その届出を不受理とすることは、居住移転の自由を侵害することにほかならない。
② 選挙権(憲法一五条)
住民基本台帳法一五条一項は、選挙人名簿の登録は住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行うと規定し、公職選挙法二一条一項も、選挙人名簿の登録は、住民票が作成された日から引き続き三か月以上特別区の住民基本台帳に記録されている者について行うと規定しており、選挙人名簿に登録されていない者は原則として投票することができない(同法四二条一項)から、住民登録がされない以上、選挙権の行使が不可能となる。
したがって、被告区長による本件不受理処分は、原告らの選挙権の剥奪につながるものである。
③ 生存権(憲法二五条)
国民健康保険法は、被保険者を市町村の区域内に住所を有する者であると規定し(同法五条)、住民基本台帳法二八条及び国民健康保険法九条一〇項により、住民基本台帳法に基づく届出と国民健康保険法に基づく届出を関連させている。
その結果、住民基本台帳法に基づく届出がされないと、国民健康保険法上の届出もされない結果となり、国民健康保険の被保険者資格も得られないこととなる。
このように、被告区長による本件不受理処分は、原告らが国民健康保険を利用することを不可能にするものであり、これは原告らの生存権の侵害である。
④ 思想の自由(憲法一九条)及び法の下の平等(憲法一四条)
被告区長が行った本件不受理処分は、原告らがアレフの信者であることをもって差別的取扱いを行ったものであり、思想の自由を侵害するとともに、思想を理由とする差別的取扱いとして、法の下の平等にも反する。
b 被告区長が行った本件不受理処分は、aのとおり、居住移転の自由の精神的自由の側面、国民主権の観点から重要な権利である選挙権、生存権の自由権的側面、及び精神的自由の中核たる思想の自由を侵害しているから、その憲法適合性は、厳格な審査基準により判断されるべきものである。
そして、仮に、本件で規制の必要性が認められるとしても、侵害される人権の重要性にかんがみ、その規制は必要最小限度のものでなければならない。
しかし、本件では、被告区長は、原告らに対し、転入届不受理という処分を行っているが、これによって原告らの居住自体を排除することができるものではなく、上記処分は規制の目的を達成する手段としては意味がなく、目的と手段の関連性はない。他方、被告区長による上記処分は、原告らの選挙権、生存権といった諸権利を全面的に排除する結果をもたらしている。
このような規制が必要最小限の規制であるとは到底いうことができない。
ウ アレフの危険性の不存在
被告らは、アレフの危険性を強調して、本件処分が適法であると主張するが、現在においては、アレフに危険性は存在しない。
(2) なお、原告らは、本件不受理処分の取消しを求める審査請求に対する裁決を経ていないが、本件不受理処分が選挙権、生存権等の基本的人権に対する侵害行為であるため、その取消しが一刻も早く必要であり、審査請求に対する裁決を経ずに取消訴訟を提起すべき緊急の必要があること、東京都知事は、本件類似の事件について、いずれも、三か月を経過しても裁決をしていない状況に鑑みると、審査請求に対する裁決による迅速かつ公正な救済は期待できない点において、審査請求に対する裁決を経ずに取消訴訟を提起することに正当な理由があることから、本件不受理処分の取消訴訟は、いずれも適法というべきである。
(3) 原告らの損害
前記のとおり、原告らについて住民基本台帳への記録がされないことによって、生存権や参政権などの様々な基本的人権が侵害されている。
また、印鑑登録証明書やパスポートの取得ができず、図書館等の公共施設の利用が不可能となり、身分証明書がないため各種契約に支障を来すなど、日常生活上の不便を被っている。
原告らは、上記の権利侵害に伴う損害を被っており、その精神的苦痛は甚大である。
原告らのこの精神的苦痛や不安を金銭をもって慰藉するとすれば、その額は、少なくとも各自金一〇〇万円を下らない。
上記損害は、被告区長がその職務を行うにつき、公権力の行使を誤った結果として原告らに与えた損害であるから、被告杉並区は国家賠償法一条により、これを賠償すべき義務がある。
四 争点
以上によれば、本件の争点は、以下のとおりである。
(1) 本件不受理処分の適法性(争点1)
(2) 被告杉並区は、被告区長による本件不受理処分が違法であることを原因として、原告らに対して、国家賠償法一条に基づく損害賠償義務を負っているか。(争点2)
第三当裁判所の判断
一 争点1について
(1) 住民基本台帳制度は、市町村において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、併せて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行うものとして設けられた制度であって、住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とするものである(住民基本台帳法一条)。
そして、市町村長は、常に住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるように努めなければならず(同法三条一項)、その住民につき、同法七条に規定された氏名、出生の年月日、男女の別等の事項を記録する住民票を世帯ごとに編成して、住民基本台帳を作成する義務を負っている(同法五条、六条一項)。
住民票の記載、消除又は記載の修正は、法令で定めるところにより、住民基本台帳法の規定による届出に基づき、又は職権で行うこととされている(同法八条)。
他方、出生以外の事由で新たに市町村の区域内に住所を定めて転入をした者は、転入をした日から一四日以内に、氏名、住所、転入をした年月日等を市町村長に届け出ることが義務付けられており(同法二二条一項)、正当な理由がなく、これに違反した場合には、五万円以下の過料に処せられることとされている(同法五一条二項)。
(2) また、公職選挙法によれば、選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は、投票することができないところ(同法四二条一項本文)、選挙人名簿に登録されるためには、三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されていることが必要である(同法二一条一項)。
さらに、国民健康保険の被保険者資格については、国民健康保険法五条が、市町村の区域内に住所を有する者を当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とする旨規定している。そして、国民健康保険の被保険者の属する世帯の世帯主は、その世帯に属する被保険者の資格の取得及び喪失に関する事項その他必要な事項を市町村に届けなければならないが(国民健康保険法九条一項)、住民基本台帳法二二条から二五条までの規定による届出(転入届、転居届、転出届又は世帯変更届)に、国民健康保険の被保険者であることを証する事項で住民基本台帳法施行令に定めるものを付記すれば、国民健康保険法九条一項に規定する市町村に対する届出があったものとみなされる(同法九条一〇項、住民基本台帳法二八条)。転入届については、この届出に、住民基本台帳法施行令二七条一号に規定する事項を付記すれば、国民健康保険法九条一項による市町村に対する届出をしたものとみなされる。
(3) 上記(1)、(2)に挙げた各規定から明らかなとおり、新たに市町村の区域内に住所を定めて転入をした者について、市町村長が住民票を調製し、これに記載をする行為は、あくまで住民が新たに市町村の区域内に住所を定めたという事実が存在する場合に、その居住関係の公証、選挙人名簿への登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とし、併せて住民に関する記録の適正な管理を図るという目的から行われるものであって、これらの住民票の調製等を通じて、当該人の市町村内への居住を許容する、あるいは許容しないという法的効果が生ずるものでないことは明らかである。
そうすると、住民基本台帳に記録されるべきか否かは、当該住民の住所が当該市町村の区域内にあるかどうかという事実、及び、住民基本台帳に記録して管理すべき者かどうかのみを基準として判断されるべきものと解すべきである。
そして、《証拠省略》によれば、原告らは、いずれも平成一三年四月五日から本件住所地に居住していることを認めることができるから、被告区長が行った本件不受理処分は、住民基本台帳法に反し、違法であるというべきである。
(4) 被告らは、アレフが危険性を有する団体であり、その構成員が転入することによって地域住民が恐怖、不安を感じているから、被告区長は、住民の安全と地方公共の秩序を維持するため、アレフの構成員の大量転入とアレフの拠点化を防ぐという特別の事情が認められたため、本件不受理処分を行ったのであって、違法性はないと主張する。
しかし、前記のとおり、住民基本台帳に記録されるべきか否かは、当該住民の住所が当該市町村の区域内にあるか否かという事実、及び住民基本台帳に記録して管理すべき者か否かのみを基準として判断されるべきものと解すべきであって、市町村長には、当該住民が新たに市町村の区域内に住所を定めたという事実が存在するにもかかわらず、被告らが主張するような事情を理由に、適法に行われた転入届を不受理として、住民票の調整、記載を拒否する権限が与えられていると解すべき根拠は存しないというべきである。
しかも、前記のとおり、転入届を不受理として住民票の調製を拒否することが、当該人の市町村内への居住を許容しないという法的効果を生ぜしめるものではない。
そうすると、被告が主張する、多数の地域住民が、アレフ信者の転入に対して不安や危惧を抱いているなど前記事情を理由に、本件不受理処分が適法となるということはできないから、被告らの前記主張は理由がない。
なお、住民基本台帳法三二条によれば、同法の規定により市町村長がした処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求の裁決を経た後でなければ提起することができないとされているが、原告らが審査請求した日からすでに三か月を経過しているにもかかわらず、原告らの審査請求に対する裁決はされていないこと(《証拠省略》)だけからみても、原告らが裁決を経ていないことが、本件不受理処分の取消しの訴えを適法なものとして取り扱うについて妨げとなるものではないというべきである。
二 争点2について
(1) 被告区長は、原告らが適法な転入届を提出したにもかかわらず、これを違法に不受理とする処分を行ったことについては、前記認定のとおりである。
そうすると、被告区長には、本件不受理処分を行ったことについて、その職務上負っている、常に住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるように努めるべき義務(住民基本台帳法三条一項)を尽くさなかった義務違反があったということができる。
したがって、本件消除処分には国家賠償法一条にいう違法があり、被告区長には、前記義務に違背したことにつき過失があるというべきである。
(2) この点、被告らは、被告区長が本件不受理処分が適法であると解釈したことに過失があるとは認められないと主張する。
しかし、住民基本台帳法における、住民基本台帳制度の目的、住民票の転入届に関する規定の各文言に照らせば、被告区長が前記解釈を採ったことについて相当の根拠があったということはできない。
また、被告らは、被告区長が本件不受理処分を行った際に、無差別大量殺人行為を行い、現にその行為に及ぶ危険性があると認められる団体の構成員が集団で居住する場合にまで、市町村長が当然に住民登録すべき義務があるとは解し難いとの見解が、平成一三年四月二〇日の東京高等裁判所決定(以下「東京高裁決定」という。)において是認されていたから、被告区長の解釈にも相当な根拠があったと主張する。
しかし、東京高裁決定に対してされた特別抗告審において、最高裁判所は、本件不受理処分以前の平成一三年六月一四日、東京高裁決定を破棄する旨の決定をしているから、東京高裁決定を理由に、被告区長が採った前記解釈に相当な根拠があったと認めることはできない。
そうすると、被告区長が前記のような解釈をしたことについて相当の根拠があったと認めることはできず、被告らの前記主張は採用することができない。
(3) 原告らの損害について
ア 前記のとおり、公職選挙法によれば、選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は、投票することができないところ(同法四二条一項本文)、選挙人名簿に登録されるには、その者に係る当該市町村の住民票が作成された日(他の市町村から当該市町村の区域内に住所を移した者で住民基本台帳法二二条の規定により届出をしたものについては、当該届出をした日)から引き続き三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されていることが必要である(公職選挙法二一条一項)。
しかし、本件不受理処分が行われた後、現在までは、公職選挙法に基づく選挙は実施されていないことが認められる(《証拠省略》)。
このように、原告らには、実際に公職選挙法に基づく具体的な選挙において選挙権を行使することができなかったという事情はないけれども、現在まで選挙権を行使することができない状態に置かれている。
イ 国民健康保険の被保険者資格については、国民健康保険法五条が、市町村の区域内に住所を有する者を当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とする旨規定しており、住民基本台帳に記録されている者でなければ国民健康保険の被保険者資格が認められないとはされていない。
しかし、前記一(2)記載のとおり、国民健康保険の届出と、住民基本台帳法に規定されている届出とは、法律上関係づけられている。
そして、《証拠省略》によれば、原告らは、国民健康保険の被保険者として扱われていないことが認められる。
ウ 以上のとおり、原告らについては、実際に選挙において選挙権を行使することができなかったことはなく、また、国民健康保険の被保険者として取り扱われなかったために高額の医療費の支出を余儀なくされたなどという事情を認めるに足る証拠は存在しない。
しかし、《証拠省略》によれば、原告らは、本件消除処分によって、現在に至るまで、選挙権を行使することができない状態に置かれ、国民健康保険の被保険者と扱われず、国民健康保険証の交付を受けられず、印鑑登録証明書の交付も受けられないこととなり、心理的不安や精神的苦痛を覚えたことが認められる。
このような原告らの精神的苦痛を慰藉するに相当の金員は、本件に係る諸事情を考慮すると、いずれの原告についても三〇万円が相当である。
第四結論
よって、原告らの本件各請求は、被告杉並区長に対し、本件不受理処分の取消しを求める部分、及び被告杉並区に対し、慰藉料三〇万円及びこれに対する平成一二年八月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においていずれも理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、仮執行免脱の宣言につき同条三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 馬渡香津子)
別紙 当事者目録
<住所略> 第一事件原告 丙林六江
<住所略> 第二事件原告 丁谷六郎
<住所略> 第三事件原告 戊海七江
<住所略> 全事件被告 杉並区
代表者区長 山田宏
<ほか一名>
被告ら指定代理人 河野通孝
<ほか四名>