東京地方裁判所 平成13年(行ウ)303号 判決 2002年5月21日
主文
1 被告が原告に対し、平成13年10月23日付けでした、原告提出に係る請願書の不受理処分(13台総総発第246号)を取り消す。
2 原告の中間確認の訴えを却下する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 本訴請求
(1) 主位的請求
主文1項同旨
(2) 予備的請求
被告(注 台東区長)には、原告から送付された請願書の取扱いについて、不作為の違法があることを確認する。
2 中間確認の訴え
原告名の「大統領」が、Aの通称であることを確認する。
第2事案の概要
原告は、被告に対し、平成13年7月11日付けで、請願書と題する書面(以下「本件請願書」という。)を送付したところ、本件請願書の右上部分には「〒a-b東京都西多摩郡c町大字de番地f」「大統領」との記載がされていた。被告は、上記記載の住所地に「大統領」という氏名で住民登録がないことを確認した上で、請願法(以下「法」という。)2条に規定する「氏名」とは戸籍上の氏名をいうとの見解の下に、平成13年10月23日付けで本件請願書を原告に返送して不受理とする旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件は、原告が、本件処分は違法であるとして、主位的にその取消しを、予備的に請願書を受理しないことにつき不作為の違法確認を求める(以下「本件訴え」という。)とともに、「大統領」が原告の通称であることの確認を求める中間確認の訴え(以下「本件中間確認の訴え」という。)を提起している事案である。
1 関係法令の定め
請願権は、憲法上の権利として保障されており(憲法16条)、これを受けて一般の官公署に対する請願の方式・手続等について、法が規定している(法1条)。
法2条は、請願は、請願者の氏名(法人の場合はその名称)及び住所(住所のない場合は居所)を記載し、文書でこれをしなければならないとして、請願の様式について規定している。
法3条1項は、請願書は、請願の事項を所管する官公署にこれを提出しなければならないとして、請願書の提出先を規定している。
そして、法5条は、法に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならないと規定している。
2 前提となる事実(括弧内に認定根拠を掲げた事実のほかは当事者間に争いのない事実である。)
(1) 原告は、平成13年7月11日付けで、被告に対し、その右上部分に「〒a-b東京都西多摩郡c町大字de番地f」「大統領」と記載した本件請願書を封書で送付した(甲1、本件請願書は、別紙のとおりである。)。
(2) 被告は、本件請願書の上記「大統領」との記載が、法2条にいう「氏名」の記載に該当しないと考え、本件請願書の受理を留保していたところ、原告は、被告に対し、同年8月22日付けで、本件請願書が受理されていないことを不服として、「大統領」名で異議申立書(甲2、以下「本件異議申立書」という。)を送付した。
(3) その後、原告は、被告に対し、同年10月3日付けで、「大統領」名で審査請求書(甲3、以下「本件審査請求書」という。)を送付した。
(4) 被告は、同年10月11日付けで、本件請願書に記載された住所地に、「大統領」という氏名での住民登録は存在しないことを確認した上、同月23日付けで、原告に対し、本件請願書、本件異議申立書、本件審査請求書を返送するとともに、本件請願書に戸籍上の氏名を記載して再提出するよう求める旨の文書を送付して、確定的かつ最終的な判断として、本件請願書を不受理とする旨の本件処分をした。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 争点
本件の争点は、以下のとおりである。
ア 訴状記載事項の具備について(争点1)
イ 訴えの利益の有無について(争点2、主位的請求について)
ウ 本件処分の適法性について(争点3、主位的請求について)
(2) 争点に関する当事者の主張
ア 争点1(訴状記載事項の具備)について
(ア) 被告の主張
訴状には、当事者の表示をすることが要件とされているが(民事訴訟法133条2項1号)、当事者の表示は、訴訟の主体を明らかにするものであるから、その記載においては、誰が原告で誰が被告であるかを特定できるよう記載される必要がある。本件では、当事者の表示として「大統領」と記載されているが、「大統領」は、自然人の氏名としては通例のものと著しく異なること、仮にこれを通称と善解しても、本件では、「大統領」との表示から特定の自然人が推測できるほど周知されているものではないこと、自然人か団体あるいは法人の商号か識別できないことから、訴状の当事者の表示としては不適法である。
したがって、本件訴えは、原告名の記載に不備があり不適法な訴えであるから、却下されるべきである。
(イ) 原告の主張
原告は、これまで「大統領」を原告本人を示す名称として用いており、「大統領」名で複数回にわたり雑誌に掲載されているのみならず、「大統領」名で、他の自治体に対する請願書を受理され、また、「大統領」名での異議申立てについて、「大統領」を名宛人とする決定の送達を受けている。このような事実に照らせば、「大統領」は、原告の通称であることが明らかであるから、訴状の当事者の表示としても「大統領」との記載で足りる。
したがって、本件では、訴状の当事者名の記載要件は満たしているというべきである。
イ 争点2(訴えの利益の有無)について
(ア) 被告の主張
平成13年11月15日、被告は、原告に対し、「請願書について(お知らせ)」と題する書面(乙1)を送付し、この書面で、本件請願書で要請された事項に対する回答をしたから、これにより原告は、実質上請願の目的を達成したということができる。
したがって、原告は、本件訴えの利益を有しない。
(イ) 原告の主張
原告は、法5条によれば、本件請願書を受理され、請願として誠実に処理されるべき法的地位に立つ。にもかかわらず、被告は、本件請願書を不受理とする処分をしたのであるから、被告は、依然として原告の請願権を侵害しているものというべきである。
ウ 争点3(本件処分の適法性)について
(ア) 被告の主張
a 請願権者の範囲については、憲法16条に「何人も」と規定されていることから、日本人たると外国人たるとを問わず、また、自然人たると法人たるとを問わないが、いずれの場合にも、権利主体として実在する人でなければならないと解されている。法が、請願者の氏名(法人の場合はその名称)及び住所(住所のない場合は居所)の記載を必要最小限の要件としている(法2条)のも、この趣旨にほかならない。
そして、あらゆる行政事務の処理に当たって、当事者が自然人であるときの氏名については、原則として戸籍上の氏名によることが慣例とされていることから、請願の記載事項とされている「氏名」についても、戸籍上の氏名を指すと解すべきである。
本件において、原告が、被告に送付した本件請願書には、請願者が「大統領」と記載されていたが、これが自然人の戸籍上の氏名であるとは考えられない。また、「大統領」は、一般人の常識的判断からしても、「首相」、「大臣」、「大使」等と同様に単なる肩書きにすぎないと解されるのが通常であり、戸籍事務や住民基本台帳を管轄する区市町村の職員にとって、これらは単なる肩書き、商号、団体名などの呼称と理解するのが通常であるから、これらの名称が自然人の氏名であるとは想像され得ないものである。
b 法が、氏名の記載を要件としているのは、権利の保護、救済を求める者を特定するとともに、実務上も請願の処理の結果を通知するためにも請願者の氏名が必要となるからである。
本件で、被告は、原告の住所地において、「大統領」名で住民票に記載されている者は存在しないことを確認するのみならず、仮に原告が「大統領」名を通称として用いているにしても、台東区においてその通称が特定自然人であることを容易に識別できるほど認められているならば格別、本件ではそのような事実がなく、また、商号として使用する場合もあると考えられることからすれば、権利能力者としての実在にも疑念があることから、「大統領」との記載では、請願権者としての特定に欠け、法の求める氏名の記載要件を具備しないものと判断したものである。
被告は、以上のような点から、本件請願書を受理し、誠実に処理したとしても、その法的効果が誰に帰属するのか不確定であり、そのような処理が正しい処理といえるか疑問があると考えて、本件請願書を受理せず留保し、その後、原告に対し、複数回にわたり、口頭で補正を促したものの、原告に補正の意思が皆無であったために不受理処分をしたものである。以上によれば、本件請願書を不受理とした被告の処分に違法性は認められない。
c また、原告は、他の自治体に対し、大統領名で請願書を提出し、又は情報公開等の申請をした際、補正を求められることなく受理されたことを主張し、その旨を立証すべく書証を提出しているが、これらの書証によれば、他の自治体に対する43件の請願のうち、請願書に対する回答形式を採って回答がされたものは27件にすぎず、その余は請願処理権者ではない者によって回答され、又は行政の広報の形式で回答されている。このように本来の請願書に対する回答形式を採ることなく回答がされているのは、上記のような被告の見解と同様の趣旨に立ったものと解されるから、「大統領」名がすべての法律関係で通用しているとの原告の主張は理由がない。さらに、原告は、情報公開の申請に対し、「大統領」の表示を用いて決定がされていることを指摘するが、情報公開の請求権者については、各自治体がそれぞれに条例で規定するものであることからすれば、情報公開の申請の際に要求される請求権者の表示と、請願の際要求される請願権者の表示が一致しないことは、むしろ当然であり、本件処分の適法性に影響するものではない。
(イ) 原告の主張
a 被告は、法2条の「請願者の氏名」とは、戸籍上の氏名をいうものと解しているが、同法が、請願者の氏名について、戸籍上の氏名であることの証明を要求しているとは解されない。そして、上記ア(イ)のとおり、「大統領」は原告の通称であると認められるから、通称名での請願がされたものとして、被告は請願書を受理すべきであった。それにもかかわらず、被告は、請願書に記載された氏名が、戸籍上の氏名でないことを理由に、本件請願書を不受理としたものであるから、本件処分は違法である。
b 原告は、前記ア(イ)のとおり、情報公開条例に基づいて、「大統領」名で情報公開の申請をしたところ、「大統領」が処分対象者とした決定がされており、また、行政機関の保有する情報公開に関する法律に基づき、行政文書開示の請求をした際にも、大統領を名宛人とする通知書の送付を受けている。また、被告が組織団体の一員である特別区人事及び厚生事務組合並びに特別区競馬組合も、「大統領」名で提出した請願書を受理し、「大統領」宛てに回答している。
以上によれば、請願及び情報公開の請求に際して、「大統領」名での受理・回答がされている場合が多くあるのであり、このことは、請願に際しても、通称での申請が認められることを意味するものである。
第3争点に対する判断
1 争点1(訴状記載事項の具備)について
(1) 民事訴訟法133条2項1号は、訴状には「当事者」名を記載しなければならないと規定し、民事訴訟規則2条1項1号は、訴状等当事者が裁判所に初めて提出すべき書類には原告の氏名・住所を記載しなければならないと規定しているところ、これらの規定の趣旨は、訴えの提起によって開始される訴訟手続が、誰と誰との間の権利主張の当否を審理するものであるかを明確にすることにあると解される。したがって、これらの規定は、当事者の記載について、原告と被告が誰であるかが、他人と識別可能な程度に記載されることを要求するのにとどまり、戸籍上の氏名を記載しなければならないことまでをも要求するものではないと解するのが相当である。そうすると、単なる仮称を用いることは、上記趣旨に照らし認められないが、通称を用いた表示をすることは許容されていると解すべきである。もっとも、当事者の記載として通称が用いられる場合には、上記趣旨に照らし、訴状に記載された通称に付記して戸籍上の氏名を記載することが望ましいことは当然であるが、訴状には通称のみの記載がされている場合であっても、それ自体で、あるいはその余の訴状の記載事項と相まって、原告が誰であるかが他人と識別可能な程度に特定されているといえる場合には、訴状の記載が不備であるとして訴えを却下すべきではない。
(2) 本件において、原告は、「大統領」との記載をもって当事者(原告)の表示としているところ、証拠(甲5ないし8、10ないし37、39ないし70、74ないし81、84、86ないし103、114)によれば、原告が自宅の表札に本名と並べて「大統領」との表示をしていることをはじめ、これを原告個人を示す名称として頻繁かつ多方面に用いており、その結果、かなり多くの者が「大統領」が原告を示すことを認識していることが認められ、その上、訴状には原告の住所地も記載されており、「大統領」との記名でした送達に支障がなかったことが記録上明らかであるから、これらの訴状の記載により、原告が誰であるかが、他人と識別可能な程度に明らかになっているものと認められる。また、原告は、本件第1回口頭弁論に先立って、平成13年11月28日に当裁判所の聴取に応じ、自己の本名が「A」であることを黙示的に認めた上、平成14年2月12日、本件第1回口頭弁論期日において、戸籍上の氏名が「A」であることを認めていることが記録上明らかであるから、遅くともこの時点までには、Aが「大統領」との通称を用いて訴えを提起していることが明らかになったものと認められる。
以上によれば、本件訴えの当事者を特定することが可能であり、本件訴えは、その点において不適法なものではないというべきである。
2 争点2(訴えの利益の有無)について
(1) 本件請願書は、その記載の事項について、被告に文書による回答を求めるものである。法1条にいう「請願」とは、国又は地方公共団体の機関に対し、その職務に関する事項について、希望・苦情・要請を申し出ることをいい、その対象となる事項は一切の国務又は公務に関する事項に及ぶと解されているところ、本件請願も、被告が権限を有する地縁による団体の認可(地方自治法260条の2)に関する情報の開示を請求するものであるから、地方公共団体の機関に対し、その職務に関する事項について、要請を申し出る行為として、同条の「請願」に該当するものと認められる(この点については、当事者間にも争いがない。)。
(2) 被告は、本件請願書を「請願」としては受理しなかったものの、本件請願の実質上の目的は、被告に対し、事実についての問い合わせを行うことにあるとした上で、これを区民からの問い合わせとして取り扱い、原告の問い合わせ事項について、「請願書について(お知らせ)」と題する書面で回答を行っている(乙1)から、本件請願の目的はこれにより達成されたと解するべきであるとして、本件不受理処分を取り消しても、原告に回復される法的利益はないと主張するもののようである。
確かに、本件請願書(甲1)の記載によれば、本件請願は、第一次的には、本件請願書記載の問い合わせ項目につき、被告に対し、回答を求めることを内容とするものと解されるが、被告は原告からの質問のすべてに回答しているものではなく、原告が公共的団体の認定をした具体的日付の回答を求めているのに対して、概括的な期間を示して回答としているにすぎないことからすると(乙1)、この回答によって原告が既に本件請願の目的を達したと認めることはできない。
その上、原告の請願の目的が直接的には被告の有する情報の獲得にあるとしても、本件請願が「請願」として受理されること自体に参政権的な意義があると思われるのであって、被告が、本件請願書に対し、「請願」として誠実な処理を義務付けられること自体により、被告の回答を求められた当該公務の運用及び区民等への情報提供事務等に将来的に何らかの波及的効果を及ぼす可能性があることも否定できないところである。そして、法が、憲法の規定を受けて、請願の受理及び誠実な処理を義務付けている趣旨は、まさにこのような点にあると解されるから、本件請願書も「請願」として受理されること自体に積極的な意義があるものと解するのが相当である。
以上によれば、本件では訴えの利益が依然として存在していると認められる。
3 争点3(本件処分の適法性)について
(1) 本件では、証拠(甲1ないし4、乙2、6)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告が、被告に対し、平成13年7月11日付けで送付した本件請願書は、表題が「請願書」とされた文書であり、表題の下に、郵便番号、住所、「大統領」との記載があり、その横に「大統領」の押印がされていた。被告の担当補助職員である総務部法務担当課長は、同文書が、被告に対する問い合わせを内容とするものであったため、「請願」として提出する趣旨であるのか、差出人にその真意を確認する必要があると考えたものの、同文書に電話番号の記載がなく、速やかに連絡を取ることができなかったこと、「大統領」との記載が、人の氏名か、肩書きか、団体名か判断ができなかったことから、「請願」として受理せず、留保扱いとした。
イ 原告は、同年8月22日ころ、台東区に対し電話をかけ、請願書の回答がないことにつき質問をしたところ、前記法務担当課長は、原告に対し、「請願」については、住所、氏名が記載要件とされていること、「大統領」という名称は、氏名なのか、肩書きなのか、商号なのか不明であること、大統領との名称が氏名に該当するか確認できないため、戸籍上の氏名(被告は、「正しい氏名」との言葉を用いているが、その意味するところは、戸籍上の氏名であると解される。甲4)に補正する必要がある旨を伝えた。
ウ 原告は、被告に対し、上記イのとおり補正を促され、補正しなければ本件請願書を不受理とする旨の連絡を受けたとして、同年8月22日付けで、本件異議申立書を送付し、不服を申し立てた。
原告は、被告から、本件異議申立書に係る異議申立てに対しては決定がされないとの連絡を受けたとして、被告に対し、同年10月3日付けで本件審査請求書を送付し、不服を申し立てた。
エ イの後、原告は、台東区に対し、3回ほど電話をしたところ、前記イの法務担当課長から重ねて本件請願書の氏名を戸籍上の氏名に補正するよう促されたが、原告は、「大統領」名での受理を請求し、補正には応じない旨を明らかにした。
オ 同法務担当課長は、念のため、本件請願書に住所として記載されている東京都西多摩郡c町大字de番地gに「大統領」という氏名の者が居住しているかを確認したところ、c町から同月11日付けで、「大統領」という氏名で住民登録されている者はいないとの回答を得た。
カ オに基づき、被告は、原告に対し、同月23日付けで、本件請願書に戸籍上の氏名を記載して再提出するよう求める旨の、「氏名不詳『大統領』殿」と記載した書面とともに、本件請願書、本件異議申立書、本件審査請求書を返送し、これをもって、確定的かつ最終的な判断として本件請願書を不受理とする旨の本件処分をした。
キ 被告は、同年11月15日、本件請願書を区民からの一般的な問い合わせと同様に処理することとし、その記載に係る事項について回答を記載した「請願書について(お知らせ)」と題する書面を、原告に送付した。
(2) 以上によれば、被告は、法2条にいう「氏名」は、戸籍上の氏名に限るとの理解の下に、原告に対し、合計4度にわたり本件請願書の請願者の記載を戸籍上の氏名に補正するよう促したこと、原告がこれに応じなかったために、本件請願書を「請願」として受理することはできないと判断して、不受理処分をしたことが認められる。
ところで、請願権(憲法16条)は、基本的人権の一つとして最大限の尊重を要するものであるから、これを受けて規定された法2条は、請願権の実質的保障の見地から、請願を広く認めるとともに、請願として受理されるために必要な最低限の方式を明らかにする趣旨であると解するのが相当である。そうすると、法2条は、請願の方式として「請願者の氏名(法人の場合はその名称)を記載し(中略)なければならない。」と規定するものの、これは、請願者が誰であるかを明らかにすることにより、請願に対する誠実な処理を可能にすることにあると解されるから、他人と識別可能な程度の名称が付されている限り、通称であっても「氏名」として認められるというべきであり、これを戸籍上の氏名でなければならないと解するのは相当でない。
そうである以上、請願書の提出を受けた官公署は、記載された請願者の名称が戸籍上の氏名ではないと疑われる場合においては、当該名称が、通称として記載されている可能性を考慮し、その可能性があると認められる場合には、請願者に対し、記載された通称が請願者を他人と識別し得る程度の通称であることを証する書面の提出を求める等、当該通称名の記載が「氏名」の記載として有効となるよう補正を促す義務があると解すべきである。この場合において、請願書の提出を受けた官公署は、記載された請願者の名称を、戸籍上の氏名に補正するよう促すことも許されると解されるが、請願者において、通称での請願の受理を希望する場合においては、当該通称の記載によって請願者を特定し得るか否かを審査し、その結果に応じた補正を促す義務を負うものであり、そのような審査をしないまま戸籍上の氏名への補正を促すのみでは、上記義務を尽くしたということはできないから、請願者が、戸籍上の氏名への補正に応じないことをもって、請願を不受理とすることも違法であると解さざるを得ない。もっとも、当該名称が、社会通念に照らし、自然人の通称であることがおよそ考えにくいと判断される場合には、当該名称が通称である可能性を考慮し得なかったものであるから、当該官公署は、戸籍上の氏名への補正を促せば足り、当該名称が通称として記載されている可能性のあることを前提とした上記義務を負うものではないと解するのが相当である。
(3) そこで、本件請願書の「大統領」との記載が、自然人の通称であると解する余地のある名称に該当し、これにより被告に上記補正を促す義務が生ずるかが問題となるところ、「大統領」との名称は、元々は自然人の就く職務上の地位を表す名称であり、少なくとも自然人を示すのに用いられる呼称であること、我が国においては古来職務上の地位を表す名称が通称や氏名に転化することも珍しくないこと、前記認定のとおり、法務担当課長は、4度にわたり原告と電話で連絡を取っており、この際に、原告が「大統領」を通称として記載する趣旨であるかを確認することは十分可能であったこと、及び、被告も、前記のとおり、仮に通称であったとしても、特定自然人を指すことが容易に識別できるほどの通称ではないと判断したと主張しており、本件処分時において、「大統領」が、通称として記載されている可能性を認識していたことを自認していることからすると、被告は、「大統領」との名称が、通称として記載されている可能性を考慮し、当該通称が、「氏名」の記載として有効となるよう補正を促す義務を負っていたものというべきである。
もっとも、本件では、前記認定のとおり、被告は、原告に対し、4度にわたり「大統領」の記載では不十分であることを告知し、正しい氏名に補正するよう求めていることが認められるところ、この点をもって、被告が上記義務を尽くしたものという余地があるかが問題となるが、被告は、法2条の「氏名」は、戸籍上の氏名のみをいい、通称はいかなる場合においても、同条の「氏名」には該当しないとの誤った認識の下に、原告に対し、戸籍上の氏名でなくては請願書は受理できない旨を告知し、あくまでも「大統領」名での受理を求めた原告に対し、戸籍上の氏名に補正するよう促しているにすぎず、原告に対し、「大統領」が通称であることの証明を促すような措置は一切採られていなかったものと認められるから、被告が、上記補正を促す義務を尽くしたと評価することは相当でない。
また、本件では、前記のとおり、原告は「大統領」との名称を原告個人を示す名称として頻繁かつ多方面に用いており、その結果、かなり多くの者が「大統領」が原告を示すことを認識していたことが認められるから、被告は、通称であることを証する書面等の提出を求めて補正を促せば、原告からその旨の証明を得ることができ、本件請願書を「請願」として受理すべきであったと解される可能性が高く、この点に照らしても、被告が上記義務を怠り本件処分を行ったことの瑕疵は大きいというべきである。
以上によれば、本件処分は、違法であると認められるから、取消しを免れない。
4 なお、原告は、「大統領」が原告の通称であることの確認を求める旨の中間確認の訴えを提起しているが、中間確認の訴えは、訴訟の進行中に争いとなっている法律関係の確認を求める訴えであるところ(民事訴訟法145条1項)、通称であることの確認を求める訴えは、事実の確認を目的とするものであるから、本件中間確認の訴えは、法の許容しない事項の確認を求めるものであって不適法であり却下されるべきである。
第4結論
以上の次第であるから、本訴請求のうち、主位的請求は理由があるから認容することとし(予備的請求については判断の必要がない。)、中間確認の訴えは不適法であるから訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条ただし書きを適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 加藤晴子)
別紙<省略>