東京地方裁判所 平成13年(行ウ)382号 判決 2003年3月25日
原告
甲
訴訟代理人弁護士
市川和明
被告
小石川税務署長
指定代理人
中園浩一郎
同
畑山茂樹
同
上村剛
同
後藤勇
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
原告の平成10年分所得税についての更正の請求に対し、被告が平成12年5月8日付けで原告に対してした、更正をすべき理由がない旨の処分(ただし、平成12年9月20日付けでされた異議決定により一部が取り消された後のもの。)を取り消す。
第2事案の概要
本件は、原告の平成10年分所得税についての更正の請求に対し、被告が平成12年5月8日付けで原告に対してした、更正をすべき理由がない旨の処分(ただし、平成12年9月20日付けでされた異議決定により一部が取り消された後のもの。以下「本件処分」という。)は、事実に基づかない違法なものであるとして、その取消しを求めた事案である。
1 前提となる事実(弁論の全趣旨及び証拠により容易に認められる事実はその旨記載した。それ以外の事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 原告は、昭和42年1月31日、乙(以下「乙」という。)と婚姻した。
(2) 昭和49年6月5日、別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、乙が共有持分を取得した旨の別紙登記目録1記載の所有権一部移転登記がなされた。
(3) 昭和53年9月4日、本件土地につき、乙が共有物分割により単独所有となった旨の別紙登記目録2記載の丙持分全部移転登記がなされた。
(4) 平成3年10月24日、本件土地につき、乙が原告に対し贈与した旨の別紙登記目録3記載の所有権移転登記(以下「本件登記3」という。)がなされた。
(5) 原告と被告との間で交わされた平成10年10月20日付け「離婚に伴う協議書」(乙3の2。以下「本件離婚協議書」という。)の要旨は、以下のとおりである。(乙3の2、弁論の全趣旨)
ア 原告は、乙に対し、本件土地を代金1800万円で売り渡し、乙はこれを買い受ける。
イ 乙は、原告に対し、慰謝料の一部700万円とともに、計2500万円を原告の口座へ振り込む。
ウ 乙は、原告に対し、慰謝料の残額3000万円を、平成10年11月以降200回に分割の上、毎月末日までに15万円を原告の口座に送金して支払う。
(6) 原告は、平成10年11月4日、乙から2500万円を受領した。
(7) 平成10年11月12日、本件土地につき、原告が乙に対し売却した旨の別紙登記目録4記載の所有権移転登記(以下「本件登記4」という。)がなされた。
(8) 平成11年12月8日、本件土地につき、本件登記4の原因を贈与と更正する旨の別紙登記目録5記載の更正登記(以下「本件登記5」という。)がなされた。
(9) 原告と乙は、平成10年11月24日、協議離婚した。
(10) 原告は、平成11年2月4日、総所得金額245万2000円、分離課税の長期譲渡所得に係る収入金額1800万円、必要経費400万円、特別控除額100万円により分離課税の長期譲渡所得金額1300万円、納付すべき税額260万円と申告した。(原告が総所得金額245万2000円及び分離課税の長期譲渡所得金額1300万円と申告したこと以外の事実につき乙1)
(11) 原告と乙との間で交わされた平成11年8月2日付け「和解契約書」(乙10。以下「本件和解契約書1」という。)の要旨は、以下のとおりである。(乙10、弁論の全趣旨)
ア 平成10年11月12日、実質上原告及び乙夫婦の共有財産である登記簿上原告名義の本件土地及び登記簿上乙名義の別紙物件目録2記載の建物(以下「本件建物」という。)の各所有権の一切を乙に単独所有せしめる旨合意した事実を相互に確認する。
イ 同日、乙は、原告に対し、上記アの「清算のため財産分与として」、「見返りの趣旨の清算金として」金2500万円を一括で支払う旨合意した事実を相互に確認する。
ウ 上記ア、イの実態は売買ではなく離婚に伴う財産分与であるので、本件登記4の登記原因を、「平成10年11月4日売買」ではなく、「平成10年11月4日財産分与」とするための更正登記手続を、乙及び原告は協力して直ちに行うことを合意する。
(12) 原告と乙との間で交わされた平成11年11月29日付け「和解契約書」(乙11。以下「本件和解契約書2」という。)の要旨は、以下のとおりである。(乙11、弁論の全趣旨)
ア 平成10年11月12日、実質上原告及び乙夫婦の共有財産である登記簿上原告名義の本件土地及び登記簿上乙名義の本件建物の各所有権一切を乙に所有せしめる旨合意した事実を相互に確認する。
イ 同日、乙は、原告に対し、上記アの「清算のため財産分与として」、「見返りの趣旨の清算金として」金2500万円を一括で支払う旨合意した事実を相互に確認する。
ウ 上記ア、イの実態は売買ではなく離婚に伴う財産分与であるので、本件登記4の登記原因を、「平成10年11月4日売買」ではなく、「平成10年11月4日財産分与」とすべきであるが、原告及び乙夫婦間の離婚届が平成10年11月24日付けで受理されていることから、そのような更正登記は認められないため、便宜上「平成10年11月4日財産分与」の趣旨で「平成10年11月4日贈与」とする旨の更正登記手続を乙及び原告は協力して直ちに行うことを合意する。
(13) 平成12年1月26日付け和解調書(甲1。以下「本件和解調書」という。)の要旨は、以下のとおりである。(甲1、弁論の全趣旨)
ア 平成10年10月20日、離婚に伴う夫婦共有財産の清算等に関する協議を行い、実質上原告及び乙夫婦の共有財産である登記簿上原告名義の本件土地及び登記簿上乙名義の本件建物の各所有権一切を乙に単独所有せしめる旨約し、履行したことを相互に確認する。
イ 同日、乙は原告に対し、夫婦共有財産一切の清算金(財産分与)として、1800万円を支払う旨約し、履行したことを相互に確認する。
ウ 同日、原告と乙は、乙が原告に対し、両名の離婚に伴う慰謝料として、合計3700万円の支払義務があることを認め、内金700万円を支払ったこと、残金3000万円については、平成10年11月以降平成27年6月まで合計200回にわたり、毎月末日限り、月額15万円を原告名義の預金口座宛に送金して支払う旨約し、平成10年11月分から平成11年12月分まで合計14回にわたり、合計210万円を支払済みであることを相互に確認する。
(14) 原告は、平成12年2月9日、「離婚時の夫婦共有財産の清算金(財産分与)を無知なため譲渡にしてしまった」として、分離課税の長期譲渡所得金額及び納付すべき税額をいずれも0円とする更正の請求をした。(更正の請求の理由につき乙3の1)
(15) 被告は、平成12年5月8日、更正の請求をすべき理由がない旨の通知(以下「本件通知」という。)をした。
(16) 原告は、平成12年6月14日、本件通知に対し異議申立をした。
(17) 被告は、平成12年9月20日、本件通知の一部を取り消し、分離課税の長期譲渡所得金額を1299万7000円、納付すべき税額を259万9400円とする異議決定をした。
2 争点
原告が乙に対し本件土地の所有権ないしは共有持分権を移転したこと(以下「本件譲渡」という。)については争いがないところ、本件処分は、原告が乙に対し、本件土地全部を代金1800万円で売却したことを基礎に分離課税の長期譲渡所得金額を算定しているのに対し、原告は、<1>本件土地を単独所有していたのではなく、原告は共有持分2分の1を有していたにすぎない、<2>乙に対し贈与したのであって売却したのではないから、本件譲渡は譲渡所得の課税対象となるものではなく、本件処分は事実に基づかない違法なものであると主張している。
そこで、本件の争点は、以下の2点である。
(1) 本件土地は原告の単独所有であったか。(争点1)
(2) 本件譲渡は、譲渡所得の課税対象となるものか、仮に課税対象となるとして、総収入金額はいくらか。(争点2)
3 当事者の主張
(1) 争点1について
(原告の主張)
ア 本件土地及び本件建物は、原告及び乙が婚姻中に共同の出捐によって取得したものであるから、登記名義にかかわりなく原告及び乙の共有に属するものであった。
すなわち、本件土地についていえば、原告及び乙は、昭和49年6月5日、丙から、本件土地の共有持分340分の157を代金400万円で購入し、昭和53年8月30日、共有物分割を原因として残りの共有持分340分の183を取得した。本件土地を購入するにあたって、原告は自己所有の財産の売却金などをもって、代金のうち半分を負担したのであるから、本件土地につき、原告は持分2分の1を有する。
イ 本件土地は、当初、乙の単独所有名義となっていたが、これは乙が原告に無断で所有権移転登記を行ったためである。そうであるにもかかわらず、本件登記3に至るまで依然として乙名義であったのは、乙が怖かったため、原告は乙名義になっていることを追及することができなかったこと、原告は乙と離婚する気はなかったこと、夫婦の共有財産について夫名義にすることはしばしばみられること、乙名義であっても別段支障がないことなどによるものであって、実際には、原告は共有持分2分の1を有していた。
ウ もっとも、平成3年、乙から原告に対し、贈与を原因とする所有権移転登記がなされている(本件登記3)が、これは夫婦の所有物は全て共有であるとの理解の下、本件土地を原告名義、本件建物を乙名義にしたものにすぎず、これによって原告及び乙の共有状態に影響を及ぼすものではない。
また、本件和解調書における「実質は両名の共有財産である」との部分は、離婚時においても、本件土地が原告及び乙の共有財産であったことを前提としているものである。
(被告の主張)
ア 本件土地につき、乙から原告に対し、平成3年10月22日贈与を原因とする所有権移転登記がなされている(本件登記3)。
一般に名義が付される財産については、名義人と真実の権利者が一致するのが通常であって、名義人と真実の権利者が異なるという特段の事情がない限り、名義人が真実の権利者であると推認すべきである。
イ また、<1>本件登記3は、原告と乙の意思に基づいて行われたものであり、原告は、平成3年10月24日、乙から贈与によって本件土地の所有権を取得したとして、贈与税の配偶者控除の特例(相続税法21条の6)の適用を受ける旨記載した平成3年分贈与税の申告書(乙7の1)を提出していること、<2>平成10年10月20日、原告は、乙に本件土地全体をその当時の時価1800万円で売り渡し、乙は、これを買い受ける旨合意していること(本件離婚協議書)、<3>平成11年2月4日、原告は、乙に譲渡した資産として本件土地を掲げ、土地代金1800万円を含む2500万円を受領した旨記載した「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面(乙2)を小石川税務署に提出していることなどの事情は、本件土地が原告の特有財産であったことを前提とするものである。
ウ したがって、平成3年10月22日、原告が乙から本件土地の贈与を受け、以後、本件土地は原告の特有財産となったことが明らかである。
エ なお、民法762条は、夫婦別産制を原則とし、夫婦の一方の特有財産を認め、夫婦のいずれに属するか明らかでない場合に限って共有財産と推定することとしているのであるから、婚姻継続中に蓄積された財産であるからといって当然に夫婦の共有に属するものではない。
(2) 争点2について
(原告の主張)
ア 原告は、離婚を前提とした協議において、本件土地及び本件建物の自己の持分を乙に贈与したにすぎない。
乙は、原告の無知及び離婚に際しての異常な精神状態に乗じ、慰謝料の支払と本件土地の所有権移転登記を絡め、売買の形式を採ることにより贈与税を回避することを企て、原告から本件土地について売買を原因とする所有権移転登記をするのに必要な委任状を取得したのであるが、原告には本件土地を売却する意思は全くなかったのであり、乙に対し本件土地及び本件建物の自己の持分を贈与するというのが当時の合理的意思であった。
イ 本件和解調書において、原告及び乙はその共有財産の清算方法として、本件土地及び本件建物の所有権を乙の単独所有にする旨明記されているところ、これは、本件土地及び本件建物を金員の支払とは関係なく独立に清算することを定めたもので、原告が乙に対し贈与したことを示すものである。すなわち、本件土地の譲渡は、本件和解調書や本件登記5のとおり、乙に対する贈与であり、被告によって本件土地の売買代金とされた1800万円は慰謝料(慰謝料の総額は5500万円である。)である。
そして、慰謝料の支払と本件土地の贈与は、別個独立の法律行為であって、原告は、乙に対し、本件土地を1800万円で売却したものではないから、本件譲渡は、譲渡所得税の課税対象となるものではない。
ウ 被告が売買の根拠として主張する本件離婚協議書は、原告が小石川税務署職員から、乙から受け取った金員のうち時価相当額を本件土地の譲渡価額とし、残りを離婚に伴う慰謝料とする旨の書面の作成を指示されたために、平成11年2月10日、作成日付を遡らせて作成されたものである。
したがって、本件離婚協議書は原告の真意を示すものではなく、本件土地の売買の裏付けとなるものではない。
エ なお、本件土地の持分の贈与は、離婚前に協議して行われたものであるから、財産分与ではあり得ない。本件和解契約書1及び2並びに本件和解調書において、財産分与である旨記載されている部分は、当時の原告代理人が原告の真意に反して作成したものである。
オ 本件土地の時価は1800万円であるところ、仮に譲渡所得として課税されるとしても、原告は乙に対し、持分2分の1を譲渡したにすぎないのであるから、原告が乙から受け取った金員のうち、共有持分と対価性を有する部分は900万円にすぎない。
したがって、原告が乙に対し本件土地全部を譲渡したことを前提に課税額を算定した本件処分は、事実に基づかない違法なものである。
(被告の主張)
ア 所得税法33条1項にいう「資産の譲渡」のうち、「資産」とは、譲渡性のある財産権をすべて含む概念であり、「譲渡」とは、有償無償を問わず所有権その他の権利の移転を広く含む概念である。また、譲渡所得に係る「総収入金額」には、資産の譲渡と対価関係を有する一切のものの金額又は価額が算入されるのであり、資産の譲渡と対価関係を伴う何らかの収入が存在する限り、その金額又は価額を譲渡所得に係る「総収入金額」に算入すべきである。
イ 本件離婚協議書において、原告が乙に対し、本件土地の所有権を移転すること、及び乙が原告に対し、合計5500万円を支払うが、このうち1800万円が本件土地の「土地代金」であることが合意された。そして、その合意に基づき、平成10年11月4日、乙が原告に対し、本件土地の代金1800万円(その他に慰謝料の一部700万円)を支払い、同日付け売買を原因とする所有権移転登記がなされている(本件登記4)。
このような合意内容に照らすと、原告は、乙に対し、本件土地を1800万円で売却したというべきであるが、そのような私法上の性質を持ち出すまでもなく、原告から乙への本件土地の所有権の移転は、所得税法33条1項にいう「資産の譲渡」に該当する。そして、その資産の移転と対価関係を有する原告の収入は1800万円であるから、この金額が譲渡所得に係る「総収入金額」に算入される。
ウ 原告は、原告から乙へ本件土地を贈与したと主張するが、原告自身、平成13年1月30日、国税審判官の「平成10年11月4日に、請求人が本件土地を乙に贈与するとの合意がありましたか。」という質問に対し、「ありません。」と答えており(甲24の1)、本件譲渡は贈与によるものではないと認識していた。
エ また、本件和解調書における本件土地を売り渡したことを否定する部分は、課税負担の軽減を図るための仮装行為であり信用できない。
すなわち、原告と乙との間において、本件譲渡の法的性質は、平成10年10月20日の時点においては売買とされていた(本件離婚協議書)が、平成11年8月2日及び同年11月29日の時点においては、平成10年11月12日の時点に遡って財産分与とされ(本件和解契約書1及び2)、さらに、平成12年1月26日の時点においては、平成10年10月20日の時点に遡って財産分与とされている(本件和解調書)。
そして、上記各時点において、本件譲渡の法的性質以外の部分は何らの変更がないにもかかわらず、原告と乙との間で、平成10年10月20日以降3回にもわたり、合意が交わされたのは、本件譲渡の法的性質を変更することによって、課税負担の軽減を図るためというほかない。
オ なお、本件和解調書には、「原告と利害関係人は、」「夫婦共有財産の清算方法として、実質上は両名の共有財産である」本件土地等「の各所有権一切(住宅ローン付)を、利害関係人の単独所有に帰さしめ」「たことを相互に確認する。」と記載されているにすぎず、本件土地を贈与したことが明示されているわけではない。
第3当裁判所の判断
1 関係法令の定め
譲渡所得は、資産の譲渡による所得であり(所得税法33条1項)、譲渡所得の金額は、当該所得に係る総収入金額から取得費、譲渡費用及び譲渡所得の特別控除額を控除した金額である(同条3項)。そして、「総収入金額」は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とされている(同法36条1項)。
2 争点1について
(1) 本件では、登記簿上、本件登記3以後、平成10年に売買を原因として原告から乙に対し所有権移転登記(本件登記4)がなされるまで、原告の単独所有であった(甲10、乙8)。
一般に、登記は、法律で定められた手続に従って国の管理する登記簿になされるものであること、不動産に関する権利の公示方法・証明手段として広く一般に周知・利用されていることなどから、登記簿に記載された権利関係は真実の権利関係に符合している蓋然性が高く、特段の事情がない限り、不動産の権利関係に関する登記簿の記載は、正しいものと推定される。
そして、本件登記3については、原告及び乙の意思に基づきなされたものであることが認められる(甲1、乙10、11)ことを合わせ考えると、登記簿記載のとおり、実際にも、本件土地は平成3年10月22日に乙から原告に対して贈与がなされ、以後原告が特有財産として単独所有していたものと推定するのが相当である。
(2) この点につき、原告は、夫婦が共有持分権者である場合、諸々の理由から登記は形式的に捉えられており、真実の権利関係を公示していない事態がしばしばみられるとした上で、本件土地についても、その登記名義にかかわらず、原告と乙との共有に属するものであったと主張する。
確かに、夫婦の共有財産の場合に、便宜上真実と異なる登記がなされることがありうること自体は否定できないが、本件では、便宜上真実と異なる登記をする必要性が窺われないばかりか、原告と乙の婚姻中には、乙の単独所有名義の登記が存在する(甲10、甲13)反面、あえて原告と乙による共有名義の登記が現に存在していたのであり(甲4の2、甲5、甲12)、原告と乙が夫婦であったからといって、登記名義を形式的に考えていたとみることはできない。また、登記を形式的に考えていただけであるというのであれば、本件土地について、わざわざ乙から原告に登記名義を移転すること自体不可解である。
さらに、甲第25号証及び乙第7号証の1によれば、原告は、平成3年ころ、乙から、本件土地と本件建物の所有名義をどうするか決めてよいと言われ、本件土地も本件建物も乙名義にすると自分の苦労してきた部分がなくなってしまって嫌だし、全体としてバランスも取れていると考えて、本件土地は原告の所有名義にし、本件建物は乙の所有名義にしたこと、本件土地を贈与したとして平成3年分贈与税の申告書を提出していることが認められるところ、かかる行動は原告が登記を単に形式的なものと捉え、実際は本件土地が共有であったという原告の主張とは相容れないものである。
さらにまた、前記前提となる事実に乙第1、2号証及び原告本人尋問の結果を合わせると、原告は、平成11年2月4日、平成10年分の所得税の確定申告をした(前記のとおり、分離課税の長期譲渡所得に係る収入金額を1800万円としている。)際に、乙に本件土地を譲渡代金1800万円で譲渡した旨、及び2500万円の内土地代金1800万円慰謝料700万円と記載した「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面(乙2)を小石川税務署に提出し、また、原告は、同じころ、乙に対し、本件土地を代金1800万円で売り渡し、乙はこれを買い受ける旨記載された本件離婚協議書を作成していることが認められるのであり、これらのことは、原告自身、本件土地を単独で所有していると認識していたことを示すものである(なお、原告は、その本人尋問において、上記の確定申告当時、血圧が上がったり、下がったりしていて、血圧が高いときは考えることが余りできない状態であったと供述し、原告の陳述書である甲第17号証及び第25号証には、上記の確定申告当時、体調が悪く、ときどき頭が真っ白になることがあり、税務署の職員に言われるままに申告をし、本件離婚協議書を作成したのであるから、その内容は原告の本当の意思を表現したものではないとの趣旨の記載があるが、1800万円という金額自体、原告が調査した結果であり(甲25、原告本人)、確定申告書、「譲渡内容についてのお尋ね」及び本件離婚協議書の記載内容も、本件登記4に合致するものであって、原告が供述し、あるいは、原告の陳述書に記載のあるような原告の精神状態を窺わせるものではない上、本件離婚協議書には乙も署名、捺印していることも合わせ考えると、これらの書類は、その当時の原告の意思に合致するものであったと認めるべきである。)。
以上の諸事情によれば、本件の場合、登記名義と実体的な権利の所在は一致するとみるべきであり、平成3年以降は原告の単独所有であると認めるのが相当である。
(3) もっとも、離婚に際して原告と乙が交わした文書の中には、原告の主張を基礎付けるかのような記載がある(甲1、乙10、11)。また、原告自身も、本件土地を乙と共有していた旨認識していたと供述し、原告の陳述書にも同旨の記載がある(甲17、甲25、原告本人)。
しかしながら、原告が離婚時において本件土地が共有だったと考える根拠は、原告と乙が夫婦であったというものであるところ、民法762条2項は、「夫婦のいずれに属するか明かでない財産は、その共有に属するものと推定する。」と規定しているのみであって、夫婦であるからといって当然に共有となるわけではない。また、かかる合意を記載した書面は、いずれも、上記のとおり、原告が平成10年分所得税の確定申告をした平成11年2月4日の半年ないし約1年後に作成されたものであり、これらの書面が存在することによって乙に何らかの不都合が生じると認める資料もないことをも合わせ考えると、これらの書面は、本件譲渡について譲渡所得税が課税されるのを避けるために作成された疑いが強く、これらの書面は、当時の真実の権利状態を表したものであるということはできない。
(4) したがって、本件土地が原告と乙との共有であったとの原告の主張を採用することはできない。
3 争点2について
(1) 譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、その課税所得たる譲渡所得の発生には、必ずしも当該資産の譲渡が有償であることを要しない(最高裁判所昭和50年5月27日第三小法廷判決・民集29巻5号641頁参照)のであり、また、譲渡所得に係る「総収入金額」には、当該資産の譲渡と対価関係を有する一切のものの金額又は価額が算入されると解するのが相当である。そして、前記のとおり、本件譲渡がされた時には、本件土地は原告の所有であったのであるから、本件譲渡により本件土地の所有権は乙に移転したというべきであり、本件譲渡が譲渡所得税の課税対象になることは明らかである。
(2) そこで、本件譲渡の対価として原告が受け取った金額について検討する。この点に関して、原告及び乙がどのような認識を抱いていたかを示す証拠関係は以下のとおりである。
ア 前記のとおり、原告が、平成11年2月4日に作成した「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面には、本件譲渡に関し、譲渡代金1800万円、2500万円の内土地代金1800万円慰謝料700万円と明記されている。
イ 前記のとおり、本件離婚協議書には、原告が乙に対し本件土地を1800万円で売渡し、乙はこれを買い受ける旨記載されている。
ウ 前記のとおり、本件和解契約書1及び2において、原告及び乙は、本件土地及び本件建物を乙の単独所有とすることにし、乙は原告に対して「清算のため財産分与として」、「見返りの趣旨の清算金として」金2500万円を支払う旨約している。
エ 前記のとおり、本件和解調書においても、原告と乙は、離婚に伴う夫婦共有財産の清算等に関する協議を行った上で、離婚に伴う慰謝料の支払義務とは別個に、夫婦共有財産一切の清算金(財産分与)として、金1800万円を支払う旨の条項が存在する。
オ 前記のとおり、平成12年2月9日にされた原告の平成10年分所得税の更正の請求においても、「離婚時の夫婦共有財産の清算金(財産分与)を無知な為二人で譲渡にしてしまった」ことをその理由としていた。
(3) これらの一連の証拠を通覧するに、前記ア及びイでは、1800万円は本件土地の譲渡代金であることが明らかであるし、ウないしオでも、1800万円は清算金とされているのであるから、原告と乙は、本件土地の譲渡とは無関係に1800万円の授受をしたというよりも、本件土地を譲渡する対価として原告が受け取ったと認めるのが自然である。また、本件和解調書は、慰謝料3700万円の支払とは別個に清算金1800万円について定めており、原告が被告から受け取る金員全体は全て慰謝料であるとする原告の主張からするとあまりにも不自然な条項である(なお、原告は、その本人尋問において、乙から支払を受けた金員は全額慰謝料であると供述し、原告の陳述書である甲第25号証にも同旨の記載があるが、甲第23号証によれば、原告は、東京国税不服審判所長に対して提出した平成12年12月11日付け反論書で、夫婦の共有財産として現金約2500万円が存在したことから、うち金1800万円を財産分与として原告が取得する旨合意が成立したと主張していることが認められるのであって、このことと上記の本件和解調書の定めに照らすと、上記の原告の供述及び陳述書の記載は採用できない。)。
したがって、本件譲渡が私法上売買(民法555条)に当たるかどうかはさておくとしても、原告が乙から得た金員のうち1800万円は本件土地の譲渡の対価であり、本件譲渡についての譲渡所得に係る「総収入金額」(所得税法33条3項、36条1項)に算入される。
(4) 原告は本件土地を乙に贈与した旨主張し、それに沿う証拠も存在しないではない(甲25、原告本人)。
ア しかし、甲第23号証、乙第11、12号証によれば、本件登記5の際、原告は贈与の意思がなかったにもかかわらず、財産分与の登記ができないために便宜上贈与の登記をしたにすぎないことが認められるばかりか、甲第24号証の1によれば、原告は、平成10年11月4日の時点で、乙に対し本件土地を贈与する合意がなかった旨明確に述べている事実が認められることからすると、原告が乙に対し本件土地を贈与したということはできない。
イ また、原告は、売買の形式が採られたのは乙が贈与税を回避するためであったと主張するが、この主張を認めるに足りる的確な証拠はなく、単に原告の推測を述べるにすぎないものであるし、代理人が原告の真意に反して本件和解契約書1及び2並びに本件和解調書を作成したとの主張についても、これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
ウ したがって、離婚に際して本件土地を贈与したとの原告の主張を採用することはできない。
4 よって、本件処分には原告主張の違法事由は存在しないというべきである。
第4結論
以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北澤晶 裁判官 伊藤繁 裁判官 本村洋平)
物件目録
1.所在 豊橋市牛川町
地番
地目 宅地
地積 484.01平方メートル
(昭和53年3月16日土地区画整理法による換地処分で次のとおり変更)
所在 豊橋市西小鷹野
地番
地目 宅地
地積 340.42平方メートル
(昭和53年8月30日分筆により157.18平方メートルに変更)
2.所在 豊橋市西小鷹野
家屋番号
種類 居宅
構造 木造瓦葺2階建
床面積 1階 56.31平方メートル
2階 49.68平方メートル
登記目録
1.名古屋法務局豊橋支局昭和49年6月5日受付第16800号所有権一部移転
原 因 昭和49年5月30日売買
所有者 豊橋市
持分340分の157
乙
2.名古屋法務局豊橋支局昭和53年9月4日受付第29749号丙持分全部移転
原 因 昭和53年8月30日共有物分割
所有者 豊橋市
持分340分の183
乙
3.名古屋法務局豊橋支局平成3年10月24日受付第32513号所有権移転
原 因 平成3年10月22日贈与
所有者 豊橋市
甲
4.名古屋法務局豊橋支局平成10年11月12日受付第31686号所有権移転
原 因 平成10年11月4日売買
所有者 豊橋市
乙
5.名古屋法務局豊橋支局平成11年12月8日受付第38094号2番所有権更正
原 因 錯誤
権利者その他の事項 原因 贈与