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東京地方裁判所 平成13年(行ウ)7号 判決 2001年9月28日

原告 甲野太郎(仮名)

被告 厚生労働大臣

代理人 澁谷勝海 諏訪正敏 ほか5名

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が、財団法人日本熱帯医学協会に対し、平成12年12月19日付けでした解散の認可及び残余財産の処分の許可はそれぞれ無効であることを確認する。

第2事案の概要

本件は、財団法人日本熱帯医学協会(以下「本件財団」という。)の常務理事である原告が、平成12年9月11日の理事会で行われた解散決議は、寄附行為に規定された要件を欠くものであって、民法所定の解散事由に該当しないという重大かつ明白な瑕疵が存在するから当然に無効であり、当時の厚生大臣が当該解散決議を前提に平成12年12月19日付けでした解散の認可(以下、この解散の認可を「本件解散認可」という。)及び残余財産の処分の許可(以下、この残余財産の処分の許可を「本件財産処分許可」という。)は無効であるとして、その旨の確認を求めている事案である。

1  争いのない事実

(1)  本件財団は、我が国における熱帯性疾患の調査研究とその成果の普及をはかるとともに、熱帯地域諸国に対する医学上の協力を行うことを目的として設立された財団法人である(<証拠略>)。原告は、本件財団の常務理事である(<証拠略>)。

(2)  本件財団は、寄附行為第25条及び第26条で解散及び残余財産の処分について以下のとおりの定めを置いている(<証拠略>)。

ア 寄附行為第25条(解散)

本会の解散は、理事現在数の4分の3以上の同意を経、かつ、厚生大臣の認可を受けなければならない。

イ 寄附行為第26条(残余財産の処分)

本会の解散に伴う残余財産の処分は、理事全員の同意を得、厚生大臣の許可を受けて定める。

(3)  本件財団は、平成12年9月11日に理事会を開催し、<1>本件財団を解散すること、<2>残余財産の処分方法については、次回理事会までに検討し、全理事の合意を得られるよう調整を行い、次回理事会で決議することとの決議をした(<証拠略>)。

(4)  本件財団は、平成12年11月10日に理事会を開催し、残余財産等の処分に関する件として、「現金・預貯金等の流動資産並びに基本金及び有価証券等の固定資産から清算人が必要と認めた清算に必要な諸費用及び職員の退職金の支払い等に必要な金額を除いたもの(以下「残余財産」という。)に関しては、財団法人結核予防会と残余財産の使用目的等を協議した上で、同財団の同意を得て、同財団に寄附すること。なお、同財団の同意が得られない場合、民法第72条第3項の規定に基づき残余財産は国庫に帰属することとなる。」との決議をした(<証拠略>)。

(5)  本件財団は、平成12年11月30日、上記(3)及び(4)の各理事会決議を踏まえて、厚生大臣に対し、本件財団の寄附行為第25条及び第26条に基づいて厚生大臣が行う解散及び残余財産処分についての認可ないし許可を申請した(<証拠略>)。

(6)  厚生大臣は、本件財団に対し、平成12年12月19日付けで、本件財団の解散を認可するとの書面を発し、また、同日付けで、本件財団の残余財産の処分を民法72条2項の規定により許可するとの書面を発した(<証拠略>)。

(7)  被告は、平成13年1月6日に施行された中央省庁等改革関係法施行法(平成11年法律第160号)により、厚生大臣の事務を承継した。

2  争点及び争点に関する主張

(1)  厚生大臣がした本件解散認可及び本件財産処分許可が抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するか否か

ア 被告の主張

現行法上、本件財団の解散について主務官庁の認可等を要件とする旨の特別の定めはなく、一般的にみても、公益法人の解散について主務官庁が公権力を行使する行政庁として介入することを定めた法律の定めもない。そもそも、本件解散認可及び本件財産処分許可は、本件財団が寄附行為第25条及び第26条の規定に基づいて本件財団の解散の認可及び残余財産の処分の許可を申請したことに対してされたものであるところ、公益法人の寄附行為の中に、解散するためには、法律に定めのない主務官庁の認可等を必要とする旨の規定が設けられる趣旨は、当該法人の理事が恣意的に解散手続を行うことにより事後にその効力をめぐる紛争が生じないよう、解散に先立ち、主務官庁の一応の確認又は助言を求めるためであるから、これに応じてされる認可等は、何ら公権力性を有しない単なる事実上の行為(いわゆる行政指導の一つ)というべきである。したがって、本件解散認可及び本件財産処分許可は、いずれも行政処分には当たらない。なお、本件財産処分許可には、民法72条2項の規定により許可するとの記載があるが、民法72条1項、2項は競合して適用される余地はないところ、本件財団では寄附行為第26条において残余財産の帰属権利者の指定方法を定めているのであるから、同条1項が規定する場合に該当し、その指定方法の定めにおいて、同条2項のように主務官庁の許可を要する旨の規定が設けられていたとしても、そのことによって当該主務官庁の許可が同条2項に基づく許可となるものではない。

イ 原告の主張

主務官庁は、民法67条により、公益法人に対する業務監督権及びそのために必要な命令を出す権限を付与されている。したがって、特に法人の解散という重要事項については、主務官庁は当該法人の理事の意思に瑕疵がない等の解散要件を満たしているか否かについて審査監督すべきである。本件財団の寄附行為に定められた認可は、同条の規定に基づく監督権行使の一環であり、かつ登記申請上も要件となっており、解散決議が寄附行為に規定されている解散要件に該当しない場合には、主務官庁である被告は解散を認可すべきではない。このように、主務官庁の認可処分は、民法67条に基づき当該公益法人がその解散要件を具備しているか否かを審査確認する処分であるから、本件解散認可の処分は抗告訴訟の対象となる処分といえる。

本件残余財産の処分の許可は、民法72条2項に基づく処分であるから、抗告訴訟の対象となる処分である。

(2)  原告適格の有無

ア 被告の主張

本件解散認可及び本件財産処分許可は、何ら法令上の根拠を有しない事実上の措置にすぎず、本件財団の解散及び残余財産の処分の効力に影響を及ぼすことはないから、原告の地位又は権利関係には何ら影響を与えないのであり、原告が本件財団の解散により有給の理事としての地位を失うこととなっても、それを本件解散認可及び本件財産処分許可の直接の効果ということはできないから、原告は、本件解散認可及び本件財産処分許可の無効確認を求める法律上の利益を有せず、当事者適格を欠く。

イ 原告の主張

原告は、本件財団の理事手当を支給される有給の理事であり、本件財団が解散することによりその地位を失うことになるから、行政事件訴訟法36条の「法律上の利益を有する者」に該当し、当事者適格が認められる。

第3争点に対する判断

1  争点(1)について

(1)  本件訴えは、抗告訴訟の一類型である無効等確認の訴え(行政事件訴訟法3条4項)として提起されたものであるが、抗告訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(同条2項。なお、同項において、「処分」と定義され、同条4項の無効等確認の訴えの対象とされている。)とは、公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。

(2)  これを本件解散認可についてみるに、本件解散認可は、財団法人である本件財団が、その解散について、前記第2の1(2)アのとおりの規定を置いていることから、本件財団から厚生大臣に対して、解散についての認可を申請したことに対してされたものである(前記第2の1(6))。

現行法上、本件財団のような公益法人の解散について、主務官庁が公権力を行使する行政庁として介入することを認めた法律の定めはなく、本件解散認可は、公法上の根拠がないにもかかわらず本件財団の寄附行為の定めを尊重し、当該寄附行為に基づく私法上の効力の実現に協力したものにすぎず、その実体は何ら公権力性を有しないものとみるほかない。このことは、学校法人や社会福祉法人の理事会等の議決による解散については、法律上、所轄庁の認可を受けなければその効力を生じないとされていること(私立学校法50条2項、社会福祉法46条2項)との比較からも明らかである。

これに対し、原告は、民法67条において公益法人が主務官庁の監督に服すると規定されていることを根拠に、本件解散認可には処分性が認められると主張する。しかしながら、同条1項は法人の「業務」が主務官庁の監督に服すると規定するにとどまるから、その文言に着目すると、法人の存続に関する事項が法人の「業務」の一つとして同項の監督の対象に当然に含まれると解することはできない。むしろ、公益法人の設立及び解散に関しては民法34条及び82条が別途設けられており、特に公益法人の設立に関しては、民法34条が明示的に主務官庁の許可を設立の要件として規定していることからすると、公益法人の設立に関しては専ら民法34条の許可の付与の適否が問題となるのであって、民法67条による主務官庁の監督が行われる余地はないと解される。他方、公益法人の解散に関しては、民法82条1項として裁判所の監督に服するとの規定が設けられているだけで、主務官庁の認可を要件とする明文の規定は設けられていない。以上によれば、民法67条に基づく主務官庁の監督には、法人の設立や解散といったその存続に関する事項は含まれないものと解すべきであって、原告の上記主張を採用することはできない。

また、原告は、解散の認可決定がなければ解散登記をすることができないことから、本件解散認可は行政処分であると主張する。しかし、解散登記に厚生大臣による認可が必要とされているのは、本件解散認可が行政処分であるからではなく、前記第2の1(2)のとおり、本件財団の寄附行為の中に、本件財団の解散には主務官庁である厚生大臣の認可を受けると規定されており、その効力によって、厚生大臣の認可が本件財団の解散の要件とされているからにすぎないというべきである。すなわち、法人設立許可申請において、将来法人の解散が問題となった際には寄附行為の内容に沿って認可の求めに応答するよう黙示的かつ包括的に厚生大臣に協力の要請がされ、大臣は当該申請に基づいて設立許可をすると、そのことによって上記要請に同意したこととなり、その同意の効果によって認可を行うべき法律関係が生じているにすぎない。行政庁が国民の権利義務に変動を生ずるような行為を行うためには必ず法令上の根拠を必要とするのであって、法律によらないで行政庁が国民の権利義務に変動を及ぼすような権限を創設するのは許されないことであるから、たとえ上記のような関係に基づき寄附行為において厚生大臣の認可が解散の要件とされていたとしても、それによって、厚生大臣が公権力の行使として本件解散認可をし得ることにはならず、同認可に処分性が付与されるということはできない。

(3)  次に、本件財産処分許可についてみるに、財団法人の残余財産は、寄附行為をもってその帰属権利者を指定せず又はこれを指定する方法を定めなかったときは、理事が主務官庁の許可を得て当該法人の目的に類似する目的のためにその財産を処分することができる旨定められているところ(民法72条2項)、前記第2の1(6)のとおり、厚生大臣は、本件財団の残余財産の処分を民法72条2項の規定により許可するとしていることから、原告は、本件財産処分許可は民法72条2項の規定による処分であり、抗告訴訟の対象となると主張する。

そこで検討するに、一般に、民法72条2項の規定による許可は、寄附行為をもって残余財産の帰属する権利者を指定せず又は指定する方法を定めていない財団の残余財産の帰属に直接影響を及ぼすのであるから、抗告訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当することとなる。しかしながら、寄附行為で残余財産の帰属者ないし帰属方法を定めている財団においては、その定めに従って残余財産の帰属が決定されるのであって、これに公権力の介入する余地はないというほかない。そして、前記第2の1(2)イのとおり、本件財団の寄附行為第26条には残余財産の帰属方法に関する定めがあり、その規定に基づいて前記第2の1(4)のとおりの内容で残余財産を処分する旨の決議がされている。したがって、本件財産処分許可は寄附行為第26条の規定に基づいてされたものとみるべきであって、民法72条2項の処分ではなく、認可の書面に記載された「民法72条2項の規定により」との文言は単なる誤記にすぎないとみるべきものであるから、本件財産処分許可も本件解散認可と同様に、何ら公権力性を有しない行為にすぎないものとみるほかなく、原告の上記主張を採用することはできない。

(4)  以上からすると、原告が本件訴えにおいて無効確認を求めている本件解散認可及び本件財産処分許可はいずれも抗告訴訟の対象とならないものであるといわざるを得ない。

2  結論

以上の次第であるから、本件訴えはその余の点を判断するまでもなくいずれも不適法なものであるからこれらを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤山雅行 村田斉志 日暮直子)

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