東京地方裁判所 平成13年(行ク)113号 決定 2001年11月05日
主文
本件申立てを却下する。
申立費用は,申立人の負担とする。
理由
第1本件申立ての趣旨及び理由
本件申立ては,被申立人が申立人に対して平成13年10月3日付けでした収容令書の発付処分の取消しを求める訴えを本案として,上記収容令書の執行について,本案事件の第一審判決言渡しまでの停止を求めるものである。
本件申立ての趣旨及び理由の詳細は,別紙1(申立書の訂正申立書)及び別紙2ないし7(補充・反論書1ないし6)記載のとおりであり,これに対する被申立人の意見は,別紙8(意見書)及び別紙9(意見書(2))記載のとおりである。
(以下,出入国管理及び難民認定法を「法」,難民の地位に関する条約(昭和56年条約第21号)を「難民条約」,申立人に対する平成13年10月3日付け収容令書発付処分を「本件処分」という。)
第2当裁判所の判断
1 本件疎明資料によれば,本件事案の経緯は,別紙8(意見書)第3の3及び4記載のとおりであること,申立人は,申立人の入国に至る経緯について,別紙8(意見書)第3の1及び2記載のとおりである旨(ただし,申立人のアフガニスタン出国は,平成13年6月ころである。)供述していることを,一応認めることができる。
そこで,以下,これを前提として,本件申立ての当否を検討することとする。
2 被申立人は,本件申立ては,「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当すると主張しているので,まず,この点について判断することとする。
(1) 行政事件訴訟法25条3項は,「本案について理由がないとみえるとき」を執行停止の消極的要件として規定しているところ,これは,申立人の法的利益の救済と行政目的ないし公共の利益の保持との均衡を図る趣旨に出たものであるから,「本案について理由がないとみえるとき」とは,「勝訴の見込みがないとき」や「敗訴の見込みがあるとき」を意味するものではなく,執行停止の申立てについての審理において疎明されたところからすると本案についての申立人の主張が理由がないと認められるときをいうものと解すべきである。
そこで,以上を前提として,本件において疎明されたところから,本案についての申立人の主張が理由がないと認められるか否かを検討する。
(2) 法39条は,入国警備官が外国人について法24条各号の一に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは,入国警備官の要求によりその所属官署の主任審査官が発付する収容令書によって,その者を収容することができることを規定している。
そして,疎明資料(疎乙11の1,2,同13)によれば,申立人は,平成13年8月4日ころ,有効な旅券又は乗員手帳を所持せず,航空機によりパキスタンから台湾を経て本邦に到着した者であって,法24条1号(法3条の規定に違反して本邦に入った者)に該当することを疑うに足りる相当な理由があることが一応認められるから,申立人に対して収容令書を発付した被申立人の本件処分は,法39条の要件を満たしていると認めることができる。
(3) そこで,申立人が本案訴訟において,本件処分の違法事由として主張している各点について順次検討する。
アa 申立人は,難民条約33条1項が難民の追放及び送還を禁止している以上,難民である申立人に対して,退去強制を目的とした手続をすることはできないのであるから,申立人の退去強制を目的とした手続である本件処分は,同項に違反する旨主張する。
b しかしながら,法は,難民に該当する者に対して,退去強制手続をすること自体を禁じた規定を設けておらず,むしろ,法61条の2の8によれば,法務大臣は,法49条に基づく異議の申出をした法24条各号の容疑者が難民の認定を受けている者であるときは,法50条1項に規定する場合のほか,異議の申出が理由がないと認める場合でも,その者の在留を特別に許可することができる旨を規定していることから明らかなとおり,法は,難民認定を受けた者に対しても退去強制手続を行う場合があることを前提としているものと解される。
そして,難民条約33条は,難民の迫害国に対しては,当該難民の追放及び送還の禁止を規定しているけれども,同規定は,退去強制における送還先の指定の段階において問題となるものであり,かつ,その際についても,法53条3項において,難民条約33条1項の規定に違反しない取扱いがなされることを保障していることにもかんがみれば,仮に申立人が難民に該当する者であったとしても,そのことをもって,直ちに,申立人に対して退去強制を目的とした手続である本件処分を行うことが,同項に違反するということはできない。
c なお,申立人は,難民認定申請を行っており,この申請に対する判断がなされる前に本件処分を受けたものであるが,法は,難民認定手続と退去強制手続を各別の手続として定めており,法及び難民条約において,難民認定申請を行っているという理由によって,退去強制を目的とした手続をすること自体を禁じているとは解されないから,本件処分が難民認定申請中に行われたことをもって,直ちに違法であるということはできない。
イa また,申立人は,難民条約31条2項が,「締約国は,1の規定に該当する難民の移動に対し,必要な制限以外の制限を課してはならず,また,この制限は,当該難民の当該締約国における滞在が合法的なものとなるまでの間または当該難民が他の国への入国許可を得るまでの間に限って課することができる。」と規定しているところ,本件処分は,難民である申立人に対して,逃亡のおそれなどの具体的な必要性がないにもかかわらず,収容を命ずるものであり,難民の移動に対して必要な制限以外の制限を課すものであることが明らかであるから,同項に違反する旨主張する。
b そこで検討するに,疎明資料(疎甲7,疎乙11の1,2,同12)によれば,申立人は,同人の供述によると,アフガニスタン国籍を有するハザラ人であり,同国を支配していたタリバン政権の下でハザラ人が迫害され,長兄,次兄及び母を次々と戦死や殺害により亡くすなどしたことから生命の危険を感じ,平成13年6月にアフガニスタンからパキスタンへ出国し,その後エージェントから受け取ったパスポートにより,同年8月4日ころ本邦へ入国した旨供述していること,申立人は,同月20日,東京入国管理局において,法務大臣に対し,難民認定申請をしたことが一応認められる。
しかしながら,疎明資料(疎乙8,同9,同10の1,2)によれば,同月6日ころ以降,船舶を利用して密航したアフガニスタン人が多数いる旨の通報が相次いだことから,組織的背景を有する不法入国事案として内偵が進められた結果,同年10月3日,東京入国管理局が警視庁等と合同して,申立人を含む自称アフガニスタン人11名及びパキスタン人2名を摘発したこと,摘発された13名のうち7名が千葉県佐倉市内の同一住居において摘発されたものであること,東京入国管理局の調査の結果,7名について外国人登録上の居住地と実際の居住地が相違していることや,当初アフガニスタン人を自称していた者のうち,2名がパキスタン人であることを自認するに至り,また1名は,不法残留事実を隠ぺいするため,偽名を使用して不法入国者を装っていたことが,一応認められる。
c 以上の事実関係を前提とすれば,申立人については,本邦に入国した後ほどなく難民認定申請を行っていることにも照らし,同人の供述どおり,アフガニスタンにおいてタリバン政権下で迫害を受けたハザラ人であり,難民にも該当するという可能性があることは否定できないものの,上記のような摘発の経緯,他の摘発者について判明した身分事項の疑義,申立人自身が供述するパスポート取得の経緯等の諸事情にかんがみれば,組織的背景を有する不法入国事案である蓋然性があることも否定できないというべきであるから,本件における疎明においては,申立人が難民に該当するか否かは,必ずしも明らかとはいえない。
そして,法39条の定める収容令書の執行による収容が,退去強制事由に該当する容疑のある外国人について,審査及び口頭審理を行うための出頭を確保し,もってこれらの手続の円滑かつ迅速な実施を図るとともに,適正かつ迅速な違反調査が実施されることを確保する趣旨により,法が許容する30日以内(ただし,やむを得ない事由があると認めるときは,30日を限り延長することができる。)という一定の期間において,法の定める手続の下に行われるものであることや,前述のとおり,難民に対して,退去強制を目的とした手続を行い得ないわけではないことをも併せ考えるならば,少なくとも,前記bに記載したような事実関係が一応認められ,申立人が難民に該当することが明らかであるとはいえない本件の状況下においては,仮に客観的には申立人が難民条約上の難民であったとしても,同人を法39条の規定する収容令書の執行により収容することが,難民の移動に対して,「必要な制限以外の制限」を課するものとは認め難いというべきであるから,本件の収容令書の発付が難民条約31条2項に違反するとはいえない。
d したがって,本件処分が難民条約31条2項に違反した違法な処分であるとする申立人の主張は,採用することができない。
ウa さらに,申立人は,平成13年9月11日にアメリカ合衆国で同時多発テロ事件が発生し,同事件の首謀者とされるAや,同事件を行ったアラブ系イスラム過激派組織とされるアルカイダを匿っているタリバン政権が,アフガニスタンを掌握していることから,同月下旬に行われた内閣危機管理・安全保障室の会議において,テロリスト捜査のため,アフガニスタン人をチェックする方針が表明され,これに基づき,我が国におけるテロを未然に防ぐこと及び我が国にいる可能性があるテロリストの情報を収集することを目的として,本件処分及びこれに基づく申立人の収容が行われたのであって,このように,退去強制の実施を目的とした行政手続である収容手続を,本来の目的を逸脱して,専ら公安目的及び捜査目的により行ったことは,適正手続を保障した憲法31条に反するとして,本件処分が違法である旨主張する。
b しかしながら,疎明資料(疎乙8)によれば,申立人に対する本件処分は,上記同時多発テロ事件の発生後である平成13年10月3日に行われた,アフガニスタン人を主とした不法入国容疑者の一斉摘発に係るものであることが一応認められるものの,申立人の上記主張に係る事実を疎明するに足る資料はなく,かえって,申立人の入国に関して,前記イcのとおり,本件における疎明においては,組織的背景を有する不法入国事案である蓋然性が否定できない状況が存したことを踏まえて考えれば,本件処分が本来の目的を逸脱した公安目的及び捜査目的により行われたものであることについて疎明されているということはできない。
エ このほか,申立人は,本件処分に基づく申立人の収容に先立ち,平成13年10月3日早朝,申立人が警察署までの任意同行を求められて,これに応じたところ,この身柄拘束は,日本語を解さない申立人に対して通訳人を介さずに行われており,申立人の意思に反した強制処分であるから,難民条約31条1項に反して違法であり,これに継続して行われた本件処分に基づく申立人の収容も,身柄拘束の違法性を承継して違法である旨主張する。
しかしながら,そもそも本件処分に基づく収容に先立つ身体拘束の違法や,これを理由としたその後の収容が違法であることによって,本件処分自体が違法となり得るか否かという点については措くとしても,難民条約31条1項は,難民に対して「不法に入国しまたは不法にいることを理由として刑罰を科してはならない」と規定するとおり,刑罰法規の適用に関する規定であることは文言上明らかであって,退去強制を目的とした行政手続である本件処分に同項の規定の適用はないから,申立人の上記主張を採用することはできない。
(4) 以上のとおり,本件執行停止申立ての手続において疎明されたところを前提とする限りにおいては,申立人が本案訴訟において,本件処分の違法事由として主張している各点については,いずれも理由がないというべきである。
したがって,本件申立ては,「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものということができる。
第3結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件申立ては,理由がないからこれを却下することとし,申立費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 水野正則)