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東京地方裁判所 平成13年(行ク)114号 決定 2001年11月06日

主文

1  相手方が平成13年10月3日付けで申立人に対して発付した収用令書(同年10月30日付けで延長後のもの)に基づく執行は、平成13年11月9日午前10時以降、本案事件(当庁平成13年(行ウ)第287号収用令書発付処分取消請求事件)の第一審判決言渡しがあるまでこれを停止する。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

3  申立費用は相手方の負担とする。

理由

第1当事者の申立て

1  申立ての趣旨

主文同旨

2  相手方の意見

本件申立てを却下する。

第2前提となる事実

本件記録によれば、以下の事実が一応認めらる。

1  申立人の国籍及び生年月日

申立人は、昭和49年(1974年)○月○日に出生したアフガニスタン国籍を有するハザラ人であり、シーア派イスラム教徒である。

2  申立人の入国及び在留の経緯

申立人は、平成6年ごろから、ドバイに滞在する親戚のための中古車部品の買い付けを行うため7回から8回来日したことがある。

申立人は、平成13年4月か5月ころ、アフガニスタンを出国してパキスタンに入国し、アフガニスタンにおいて第三国への出国のあっせんを依頼していた者からパキスタンにおいてアフガニスタンの旅券を入手し、同人同行でドバイ、香港を経由して韓国へ入国した。韓国へ入国するとブローカーに旅券を取り上げられ、所在不明の民家で約40日間、プサン移動後11日間軟禁された後、平成13年7月初めころ、船籍船名不詳の貨物船で横浜港に入り、本邦に不法入国した。

申立人は、日本においては、他のアフガニスタン人やパキスタン人とともに千葉県佐倉市α1423番の自動車解体現場敷地内に居住し、中古自動車の解体作業に従事し、ドバイ在住の親族からの注文に応じて自動車部品を輸出している。

3  難民認定申請手続

申立人は、同年8月27日、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)において、法務大臣に対し難民認定申請をした。

4  本件収容手続の経緯

東京入管は、平成13年10月3日、千葉県警と合同で、申立人の居宅を臨検捜索押収許可状により強制調査し、その結果、申立人を含むアフガニスタン人ら7名を発見して摘発した。

また、同日、東京入管入国警備官が申立人の違反調査を実施した結果、申立人が出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)24条1号に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、相手方から収容令書(以下「本件令書」という。)の発付(以下「本件処分」という。)を受け、同令書を執行して申立人を東京入管収容場に収容し(以下「本件収容」という。)、同月5日、法24条1項該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。

相手方は、平成13年10月30日、本件令書の収容期間を同年12月1日まで延長した。

第3当事者の主張

1  申立人

申立人は、本件処分及び本件収容が①難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)に違反すること、②日本でのテロを未然に防止し、日本にいるテロリストの情報を収集することを目的とした目的外収容であること、③難民条約に反する違法な身柄拘束の違法性を承継することから違法なものであり、本件収容令書の執行がされれば申立人に回復し難い損害が生ずると主張する。

2  相手方

本件処分の執行がされても、申立人には回復困難な損害を避けるための緊急の必要性がなく、また、本件処分は適法に行われているから本案について理由がなく、本件処分の執行を停止することは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすから、本件申立てには理由がないと主張する。

第4当裁判所の判断

1  「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当するかについて

(1)  収容令書発付の要件について

法39条は、容疑者が法24条各号に列挙された退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは、収容令書によりその者を収容することができるとしており、収容令書の発付及び執行において上記の要件以外の事由が挙げられていないことは相手方の指摘するとおりである。

しかし、難民条約は、31条2項において、締約国は、1項の規定に該当する難民(その生命又は自由が第1条の意味において脅威にさらされていた領域から直接来た難民であって許可なく当該締約国の領域に入国し又は許可なく当該締約国の領域内にいる者)の移動に対し必要な制限以外の制限を課してはならない旨規定するところ、難民条約が国内法的効力を有することにかんがみれば、主任審査官が退去強制手続の前提となる収容令書の発付を行うに際しては、法39条所定の要件に加え、対象者が難民に該当する可能性を検討し、その可能性がある場合においては、同人が難民に該当する蓋然性の程度や同人に対し移動の制限を加えることが難民条約31条2項に照らし必要なものといえるか否かを検討する必要があると解すべきである。すなわち、収容令書発付の可否を検討する段階において、対象者が難民条約31条1項にいう難民に該当する可能性がないことが判明している場合、又は、対象者が有罪判決を受けるなど不法入国以外の退去強制事由が生じた場合や対象者の身柄が不安定であり移動の制限を行わなければ難民認定に関する事実の調査(法61条2の3)が困難になる等移動の制限が必要といえる場合には収容令書の発付が可能であるが、難民に該当する一定程度の蓋然性がある場合には、その蓋然性の大きさとの比較の観点において、その段階で収容の必要性があるか否かを検討し、その必要性が認められる場合にのみ、収容令書を発付し、執行することができると解すべきである。

この点につき、相手方は、難民条約31条2項にいう「必要な制限」とは、締約国の安全及び公の秩序の観点から必要なものをいい、法が定める収容令書に基づく収容は、国際法上認められている国家の権利として認められるものであるし、難民条約においてもその32条において「国の安全又は公の秩序を理由とする」追放が認められているのであるから、法24条各号の1に該当すると疑うに足りる相当な理由が認められるのであれば、その者が難民条約上の難民であるか否かを問わず、法39条1項に規定する収容令書を発付することによって収容することが認められると主張する。しかし、難民条約31条においては、難民が正規の手続・方法で入国することが困難である場合が多いことにかんがみ、対象者が不法入国や不法滞在であることを前提としてなお、刑罰及び移動の制限を原則として禁じているのであるから、難民に該当する可能性があるものについて、不法入国や不法滞在に該当すると疑うに足りる相当な理由があることのみをもって、収容令書を発付し、収容を行うことは、難民条約31条2項に違反するといわざるを得ない。また、同項は、同条1項にいう難民が他の国への入国許可を得るために必要な全ての便宜を与えることを締約国に義務付けており、ここにいう便宜の供与の中には少なくとも身柄拘束をしないことが含まれると解されるから、同項にいう「必要な制限」の中に不法入国のみを理由とする身柄の拘束を含めることは、同項の解釈として矛盾抵触を来すものといわざるを得ず、この点からも相手方の主張は採用できない。また、相手方は、難民申請をし、難民に該当する可能性が否定し得ない限り、一切退去強制手続やその前提としての収容ができないとの運用が合理性を欠くものであると主張するが、上記のように移動制限の必要性を難民該当性の蓋然性との比較において検討するとの運用を行う限り、相手方の主張するような一律の運用にはならずその主張は前提を欠くというほかない。

(2)  申立人の難民該当性

法39条及び難民条約31条2項を上記のとおり解するとした場合、主任審査官は、難民申請を行っているものについて収容令書を発付する際には、対象者が法及び難民条約が定める難民に該当する一般的な可能性を検討し、その可能性がある場合には、さらにどの程度の具体的蓋然性があるか、収容が必要な移動の制限といえるかについて検討すべきこととなる。

申立人が難民に該当する蓋然性を検討するに、申立人が前記第2、3記載のとおり、平成13年8月27日に、東京入管において、法務大臣に対し難民認定申請をし、いまだ難民認定処分・不認定処分のいずれをも受けていない者であることは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、現在一般に、アフガニスタンを実質的に支配しているタリバンが、人種又は宗教等を理由として、申立人らハザラ人やシーア派イスラム教徒に対して、迫害を加えていること、申立人自身がタリバンにより再三にわたり身柄を拘束されたり、暴行を受けたりし、正規の旅券を取り上げられ、また、タリバンにより妹が殺されたり、父親が連行されたりしていることが一応認められ、以上によれば、申立人は人種、宗教、政治的意見等から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいるものであって、その国籍国の保護を受けることができないものであるといえ、申立人が難民条約31条所定の難民に該当する一定程度の蓋然性が存するといえる。

相手方は、申立人の難民該当性について明確な主張をせず、疎明資料からすると、申立人及び同時に摘発された11名について、うち7名が千葉県佐倉市内の同一住居にいたところを摘発されたこと、収容後、その11名の中からアフガニスタン人であると自ら称したパキスタン人がいることや、不法残留のアフガニスタン人が不法入国を偽装するため偽名を使用して難民申請に及んだ者がいることが判明したこと等を考慮して、申立人らの入国は組織的背景を有する不法入国事案であるとし、申立人が法又は難民条約にいうところの難民には当たらず、単なる経済難民又は難民認定制度に乗じて在留資格を得て就労することを目的とするものであると考えているようにうかがわれる。

しかし、申立人の取調べに用いられた言語がアフガニスタンに居住するハザラ人が用いるダリ語であり、申立人がアフガニスタン国籍を有するとの事実と矛盾しないこと、これまでの取り調べの結果においても申立人がハザラ人か否かについて疑問が生じた形跡がないこと、本人は難民申請時から現在までアフガニスタン国籍を有するハザラ人であることを一貫して述べていること等からみて、申立人はアフガニスタン国籍を有するハザラ人であると認められる。この点については、東京入管も現在までアフガニスタン国籍を有するものとして取り扱っているところであって、申立人について、国籍を偽って難民を装おうとした事実は認められない。また、申立人が偽名を用いて難民認定申請をした事実を認めるに足りる疎明資料も存しない。そして、国籍を偽った2名のパキスタン人は、それぞれ東京都足立区βと東京都東村山市γで摘発されているところ、申立人は、居住地である千葉県佐倉市αで摘発されているのであり、疎明資料によっても同一の日に摘発を受けたこと以上の関連性を認めることはできず、他に、国籍・氏名等を偽った者たちと申立人の間に何らかの組織的関係を有することを基礎付けるに足りる疎明資料はない(相手方の提出する疎明資料は、一般的で本件の組織的背景を基礎付けるには至らないものか、申立人ではない国籍又は氏名等を偽った者自身の悪質性を裏付けるものにとどまっている。)。申立人は、東京入管の取調べに対し「ブローカー」という第三者の存在を認めた上、その者の指示で入国の経過を偽っていることが認められ、相手方はこの点も申立人の難民性を否定するものとして指摘するかのようであるが、申立人の供述に現れる「ブローカー」については、その役割が疎明資料からは明らかではなく、難民である申立人が、前述のようにタリバンによって正規の旅券を取り上げられたため、やむを得ず、第三国への入国をあっせんする第三者を利用し不法入国をしたという可能性も否定し得ず、その場合には、相手方が想定するような、不法入国をして難民として在留資格を詐取して本邦で就労するとの組織的活動につき申立人自身がその一端を担っていると認めるのは早計である。他方、申立人と同時に摘発を受けた者たちの入国の経過は異なっており、そのことを考慮しても、申立人が、組織的背景を有する不法入国を行ったとはいえず、相手方の主張は採用し得ない。

また、相手方は、申立人がアフガニスタンにおける脅威を主張するものであるところ、申立人はアフガニスタンから直接入国した事実はないから、難民条約31条2項の適用を受け得る者ではないと主張する。しかし、同条が同条の適用を受ける難民を脅威にさらされていた領域(同条の規定は国籍を有する国や出身国とされているわけではない。)から直接来た者に限った趣旨は、本条が不法入国や不法滞在といった違法な行為をした者については、その脅威を逃れてから遅滞なく所定の手続をした場合に救済を施し、反面、ある他国に一時定住した者がむやみに入国し、不法入国や不法滞在による不利益を免れることを防ぐことであるから、形式的に脅威を受ける地域から直接入国することが必ずしも必要というわけではなく、脅威を免れるために領域を逃れる一連の移動をして締約国に入国した場合、仮にその移動の過程の中で第三国を経由して来たとしても、同条にいう直接来た難民であると評価し得ると解すべきである。

これを本件についてみると、申立人は、脅威にさらされていた領域であるアフガニスタンにおいて既に外国へ正規手続外で渡航するための依頼を第三者にし同人とともにアフガニスタンを出国して前記認定の経路で本邦に不法入国したものであって、アフガニスタン出国の当初から日本に到着するまで、一連の移動と評価できるものであって、パキスタン、アラブ首長国連邦、香港、韓国は単なる経由地と評価すべきものであるから、これらの国々を経由してきたことによって、直接性が否定されるものではない。

(3)  収容の必要性について

前記(2)認定のとおり、申立人には難民に該当する蓋然性が認められるところ、その場合には、前記(1)の解釈によれば、収容令書の発付に当たって、この蓋然性との相関関係において収容が、難民条約31条2項所定の必要な移動の制限といえるかについて検討する必要があることとなる。そこで、本件における収容の必要性について検討する。

本件において、申立人は、本邦に不法入国してきた独身者であって、本邦に家族等はおらず、本邦入国からの期間もそれほど長いとはいえないものであって、生活の本拠を本邦内に築いたとまではいえない。また、処分当時、身元保証人になる者がいない旨も自認しているところであるから、難民認定手続や後に退去強制手続を行うこととなった場合に、確実に出頭が確保できるか否かについて、疑問が生じないでもない状態であったということができる。しかし、相手方はこのような事情を考慮して本件処分をしたのではなく、本件申立後においても、当裁判所がこの点について釈明したにもかかわらず、収容令書発付に当たって、このような事情を考慮する必要はないとして釈明に応じない。また、申立人は、長期とはいえないが、本邦在留の最初から、本件収容令書の執行により収容を受けるまで、肩書地に居住している上、居住地である佐倉市の市役所において外国人登録の申請を行っている。そして、何よりも、入国してそれほど間をおいていない時期である平成13年8月27日に法務大臣に対して難民認定の申請を行っており、同年9月17日には東京入管の出頭要請に応じ、東京入管の大手町庁舎に自ら出頭し、事情聴取に応じている。そして、その後同人らの身柄が不安定になったと認めるに足りる事情の変化が生じたとはいえないのであって、申立人につき、本件処分の当時において収容に及ばなければ、出頭の確保や公共の福祉の観点で具体的な困難や不安が生じるとまでは認められない。そのような場合に、前記(2)のとおり難民に該当する一定の蓋然性を有する申立人につき、その蓋然性との比較において、収容令書の発付及び執行という方法を用いてまで移動の制限の必要性があったとは認め難い。

なお、本件処分当時においては、申立人に身元保証人がいなかったことは前記のとおりであるが、本件手続中に申立人の身柄に関し、申立人代理人のみならず、カトリック浦和教区の司教、同教区のオープンハウス、難民支援協会の理事ほか計5名が身元引受書を提出し、身元引受人及びその構成員らが申立人を支援する旨を述べており、また、東京都江東区のカトリック潮見教会が同教会敷地内の宿泊施設を提供し、住居の移転が必要な場合には、弁護団と事前に協議を行い、弁護団の責任の下に行うとしており、現時点における事情としても、処分当時以上に、収容を行う必要性は低い状態となっている。

(4)  結論

以上によると、本件における収容は、入国審査官が、本来、検討しなければならない要件についての検討を欠いてされたものといわざるを得ない上、これを、検討したとしても、本件処分は、法39条及び難民条約31条2項に反する違法なものとなる可能性が十分存するから、行政事件訴訟法25条3項の「本案について理由がないとみえるとき」には該当しない。

2  「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法25条2項)の要件の有無について

行政事件訴訟法25条2項の「回復の困難な損害」とは、処分を受けることによって被る損害が、原状回復又は金銭賠償が不能であるとき、若しくは金銭賠償が一応可能であっても、損害の性質・態様にかんがみ、損害がなかった原状を回復させることは社会通念上容易でないと認められる場合をいう。

そして、本件処分により申立人が被る損害は、収容による身柄拘束を受けることであるが、身柄拘束自体が個人の人権に対する重大な侵害であり、それ自体が精神的・肉体的に重大な損害をもたらす上、特に、難民認定の申請を行い、いまだ認定・不認定いずれの処分も受けていない者の場合には、仮に収容がされると、難民認定を受けるための活動や他の国への入国許可を受けるための活動が阻害されるおそれは否定できず、申立人の置かれている不安定な地位に照らすと、これが1日でも阻害されることは申立人に計り知れない苦痛をもたらすものと考えられる。また、収容により申立人が受ける精神的・肉体的ダメージが難民の認定手続における申立人の活動に何らかの悪影響を与え、本来難民認定を受けるべきであるのに、これが受けられなくなる可能性もないとはいえず、これらの不利益によって生ずる損害は、後の金銭賠償が不可能なものであるか、社会通念上原状を回復させることが容易でない損害であると認められる。

相手方は、行政処分又は行政処分の執行自体により発生する損害について、当該行政処分の根拠法が、当該処分の結果として当然発生するものであることを予定しているものである限り、受忍限度内のものとして行政事件訴訟法25条2項にいう「回復の困難な損害」には当たらないと主張し、法39条1項にいう収容は、まさに、収容令書の発付を受けた者につき、退去強制事由の存否の調査のために身柄を確保するとともに、退去強制の一連の手続を円滑に行うことを目的とするものであるから、被収容者が収容されることにより生ずる何らかの不利益は、収容を執行されることにより通常生ずべき損害にすぎないものであり、回復の困難な損害には当たらないと主張する。

しかし、法は、処分取消しの訴えが提起されても処分の効力に影響がないとの原則を前提に、同原則の徹底により処分により回復の困難な損害を受け、後に本案について勝訴判決を得てもその効力が実効性をもたないことを防ぐために執行停止の制度を設けたものであり、他方で、後に回復が容易な損害についてはその回復の手続によって解決するものとしたのであるから、処分そのものや法が当然予定した損害であっても、そのことにより後の勝訴判決が実効性をもたない可能性がある場合には、執行停止の必要性を肯定すべきである。そして、回復が困難か否かとその損害が処分の結果として当然発生するか否かは必ずしも一致するものではなく、処分の結果として当然発生する損害であっても、回復が困難な場合はあるし、他方、処分の結果として法が予定していないものであっても、事後的な回復が容易な損害もあるのであって、処分の性質やその結果である損害の性質、さらには申立人の事情等を考慮して、当該損害が回復困難な損害といえるか否かを検討すれば足りるものである。行政事件訴訟法の文言も、当該処分の結果として当然発生するものであることを予定している損害を排除しているものではないから、このような解釈を妨げるものではない。

そして、本件においては、前記のとおり、本件処分によって申立人は、事後的に回復することが困難な損害を受けるものといわざるを得ない。

なお、退去強制令書発付処分に対する執行停止申立てがされた場合には、実務上、送還部分に限って執行を停止し収容部分の執行を停止しないことが多く、上記の説示には、このようなこれまでの実務の取扱いに反するのではないかとの疑問が生じないでもない。しかし、執行停止の要件としての回復困難な損害の有無の判断は、本案の勝訴の見込みとの比較において柔軟に行うべきものであり、上記の従前の実務の取扱いは、退去強制事由の存在に争いがなく、本案の成否は在留特別許可における法務大臣の裁量権の行使に濫用があったか否かにかかるという、いわば、申立人の勝訴の見込みが極めて限定される事例に関するものが多かったことによるものと考えられるのである。これに対し、本件の場合は、申立人が難民である蓋然性が相当程度あり、そのことを前提とすると、これを考慮しないままにされた本件収容は違法といわざるを得ないし、申立人については本邦での保護が認められないとしても他の国への入国許可が得られるのに妥当と認められる期間は退去強制手続が猶予されるべきなのであるから(難民条約31条2項)、勝訴の見込みが相当程度あると考えられ、上記のようなこれまでの実務が前提としていた事案とは、その内容を異にし、同列には取り扱えない事案であるということができる。

3  「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当するかどうかについて

相手方は、本件収容令書の執行停止に関し、収容令書の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、併せてその執行停止を申し立てた場合、単に本案訴訟の提起及び係属を理由に、安易に収容令書に基づく収容の執行停止を認めるとすれば、本案訴訟の提起は原則として執行停止の効力を有しないとする行政事件訴訟法25条1項に明らかに反する上、本案訴訟の係属している期間中、申立人のような退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当な理由がある者の収容を長期にわたって不可能にすることになり、出入国管理行政を長期間停滞させて甚だしい打撃を与えることになるから到底容認し得ないと主張する。また、本件収容令書の執行についての執行停止申立てを認容することは、正式に入国し適法に在留する外国人ですら、法により在留資格及び在留期間の点で管理を受け、法54条が定める仮放免についても、保証金の納付等の相当程度の制約が存するのに比し、退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当な理由がある外国人についてはそのような規制を受けることがなく、全くの放任状態のまま司法機関によって公認された形で在留させる結果となるが、このことは、裁判所が強制処分に積極的に干渉して、仮の地位を定める結果を招来し、行政事件訴訟法44条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するばかりか、法の定める外国人管理の基本的支柱たる在留資格制度(法19条1項)を著しく混乱させるものであるし、仮放免における保証金納付等に対応する措置を採り得なず、逃亡により収容令書の執行を不能にする事態が十分に予想され、本件と同様に在留期間を経過して不法に残留する者による濫訴を誘発し助長するものであるから、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。さらに、相手方は、収容令書に基づく収容に対する執行停止が認められれば、退去強制事由の有無についての審査、審査の結果退去強制事由に該当すると認定された場合における退去強制令書の発付、その執行という一連の手続を支障なく行うことが困難となって、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあること、行政事件訴訟法が行政事件手続における民事訴訟法上の仮処分を排除しているにもかかわらず、あたかも同法における仮処分によって仮の地位を付与したのと同様の結果を招来すること等を主張する。

しかし、本件処分の執行停止は、単に本案訴訟の提起及び係属のみを理由に安易にされているものではなく、前記1及び2で説示したとおり、行政事件訴訟法25条所定の要件の存在を判断した上でされるものであって、その中には、申立人の難民該当の蓋然性やその移動を制限する必要の有無といった要件も含まれており、それらの要件を充たすか否かの判断を経ている以上、相手方の危倶しているところは全て解決されているというべきである。また、本件執行停止制度が行政事件訴訟法上の制度である以上、その制度を用いることは、同法が民事訴訟法上の仮処分を排除していることに何ら抵触するものではない。相手方がそのほかに主張するところは、いずれも収容令書の執行停止による一般的な影響をいうものであって具体性がなく、主張自体失当であるし、本件において、本件処分に基づく執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとの事情をうかがわせる疎明はない。

むしろ、相手方の採る態度は法の運用に当たって、その上位の規範である難民条約の存在を無視しているに等しく、国際秩序に反するものであって、ひいては公共の福祉に重大な悪影響を及ぼすものというべきである。

第5結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、本件申立ては理由があることとなるが、執行停止期間の始期は、身柄引受人による申立人の受け入れが円滑に行われることなどの諸般の事情を考慮し、平成13年11月9日午前10時と定め、その範囲で申立人の申立てを認容し、その余の申立てを却下することとし、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 廣澤諭 裁判官 日暮直子)

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