東京地方裁判所 平成13年(行ク)8号 決定 2001年3月19日
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主文
1 被申立人が,参加人Z1,参加人Z2,A及び参加人Z3の各申請に対し,平成13年3月12日付けでした,公正取引委員会平成11年(判)第4号事件に係る事件記録の閲覧謄写を認める旨の各決定の執行は,いずれも,本案事件の第一審判決の言渡しまで停止する。
2 本件各申立てのその余の部分をいずれも却下する。
3 申立費用は被申立人の負担とする。
理由
第1本件申立ての概要
本件申立ては,被申立人が,参加人Z1,参加人Z2,A及び参加人Z3(以下「本件各申請人」という。)の各申請に対し,平成13年3月12日付けで,公正取引委員会平成11年(判)第4号事件に係る事件記録の閲覧謄写を認める旨の各決定(以下「本件各決定」という。)を行い,同日付けで本件各申請人にこれを告知したところ,申立人らが,本件各決定は,行政事件訴訟法3条2項に規定する「処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下「処分」という。)に当たると主張して,本件各決定の取消しを求める訴えを本案として,本件各決定の執行について,本案事件の判決確定までの停止を求めるものである。
1 本件申立ての趣旨
被申立人が,参加人Z1,参加人Z2,A及び参加人Z3の各申請に対し,平成13年3月12日付けでした,公正取引委員会平成11年(判)第4号事件に係る事件記録の閲覧謄写を認める旨の各決定の執行は,いずれも,本案事件の判決確定まで停止する。
2 本件申立ての理由並びにこれに対する被申立人の意見及び参加人らの意見
別紙1(執行停止申立書),別紙2(反論書),別紙3(反論書その2),別紙4(反論書その3),別紙5(反論書その4),別紙6(執行停止申立の変更申立書)及び別紙7(執行停止申立の理由補充書)<略>記載のとおりであり,これに対する被申立人の意見は,別紙8(意見書)及び別紙9(意見書(2))<略>記載のとおり,参加人Z1,参加人Z2の意見は,別紙10(参考意見書),別紙11(参考意見書(2)),別紙12(参考意見書(3)),別紙13(参考意見書(4))<略>記載のとおりである(ただし,別紙10は参加人Z1の意見である。)。
第2当裁判所の判断
1 本件記録によれば,以下の事実が一応認められる。
(1) 参加人Z1は,平成12年6月30日付けで,被申立人に対し,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)69条に基づき,公正取引委員会平成11年(判)第4号事件(以下「本件審判事件」という。)の事件記録の閲覧謄写を申請した。
なお,上記の申請においては,閲覧謄写の対象は,審判調書(第1回ないし第4回),書証(査第1号証ないし第139号証)及び審査官,被審人双方から提出された全ての書面とされている。
さらに,参加人Z1は,平成12年10月12日付けで,被申立人に対し,独占禁止法69条に基づき,本件審判事件の事件記録の閲覧謄写を申請し,閲覧謄写の対象を,審判調書(第5回),書証(査第140号証)及び第4回審判期日以降に審査官,被審人双方から提出された全ての書面としている。
また,参加人Z2は,同年7月21日付け及び同年10月11日付けで,Aは,同年8月7日付けで,参加人Z3は,同年10月12日付けで,それぞれ,被申立人に対し,参加人Z1と同様に,独占禁止法69条に基づき,本件審判事件の事件記録の閲覧謄写申請をした。
ただし,閲覧謄写の対象は,参加人Z2の同年7月21日付け申請及びAの申請においては,参加人Z1の平成12年6月30日付け申請と同一であり,参加人Z3の申請においては,審判調書(第1回ないし第5回),書証(査第1号証ないし第140号証)及び審査官,被審人双方から提出された全ての書面とされている。
(略)
(2) 本件審判事件は,申立人ら3社のほか2社を被審人とし,地方公共団体のストーカ式燃焼装置を採用する全連続燃焼式及び准連続燃焼式ごみ焼却施設(当該ごみ焼却施設と一体として発注されるその他のごみ処理施設を含む。以下「全連及び准連ストーカ炉」という。)の建設工事について,被審人らは,平成6年4月から平成10年9月17日までの間に,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにすることにより,公共の利益に反して,地方公共団体の全連及び准連ストーカ炉の建設工事の取引分野における競争を実質的に制限していたか否かを審判の対象事実とするものである。
上記の審判手続において,被審人らは,いずれも,審判対象事実の存在を否認している。
一方,本件各申請人は,いずれも,全連及び准連ストーカ炉を前記の期間内に被審人らに発注した各地方公共団体の住民であり,その発注に係る入札に関して住民監査請求を行い,さらに,地方自治法242条の2に基づき,被審人らを被告とする各住民訴訟を提起している者である。
(略)
(3) 被申立人は,申立人らに対し,平成12年12月7日付けで,「審判にかかる事件記録について(照会)」と題する書面を送付し,被申立人が本件各申請人に対して審判調書,準備書面(釈明・求釈明を含み,未採用証拠の採否についての意見に係るものを除く。)及び採用された証拠の閲覧謄写に応ずることに関して,申立人らにおいて秘匿を要する特段の事項があれば承知したいから,秘匿を要する部分を特定し,その必要について具体的に理由を付して,同月22日までに提出すべき旨,さらには,同日までに回答がないときは,秘匿を要する部分はないものと理解して本件各申請人からの閲覧謄写に応じる作業を進める旨を通知した。
(略)
(4) 上記(3)の照会に対して,申立人らは,平成12年12月22日付けで,事件記録の閲覧謄写を許可することは違法であるから,これに反対する旨を回答した。
(略)
(5) 被申立人は,平成13年1月19日,申立人らに対し,「審判に係る事件記録の謄写について(通知)」と題する書面を送付し,本件審判事件に係る閲覧謄写の範囲を通知した。
(略)
(6) これに対し,申立人らは,平成13年1月24日付けで,被申立人に対し,本件本案事件及び本件執行停止申立事件が提起されていることに鑑み,これに対する判断がなされるまでは謄写に応じることは差し控えるように求めるとともに,個別の記録にはプライバシー,企業秘密等それ自体明らかに秘匿を要する特段の事項が認められるとして,別紙「審判記録非開示要求部分について」,別紙「追加削除希望箇所について」,別紙「審判事件記録の閲覧謄写請求への対応について」記載の事項については謄写を許可することに反対する旨を通知した。
(略)
(7) 被申立人は,平成13年3月12日付けで,申立人らに対し,「審判に係る事件記録の謄写について(通知)」と題する書面を送付し,本件各申請人の閲覧謄写申請に応ずることとした旨,及び閲覧謄写の範囲を別紙14記載のとおりとすることとした旨を通知した。
(略)
(8) 被申立人は,平成13年3月12日付けで,本件各申請人に対し,閲覧謄写に応ずる旨を通知した。
(略)
2 本件申立ての適否について
(1) 本件各決定の処分性の有無
抗告訴訟は行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟であり(行政事件訴訟法3条1項),同条2項所定の取消訴訟の対象となる処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解すべきであるから,被申立人の行う事件記録の閲覧謄写許可決定が取消訴訟の対象となる処分であるというためには,それが,法の認める優越的な意思の発動として行われるものであり,その結果,個人の権利又は法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものでなければならない。
独占禁止法69条は,利害関係人は,被申立人に対し,審判開始決定後,事件記録の閲覧若しくは謄写又は課徴金納付命令書若しくは審決書の謄本若しくは抄本の交付を求めることができる旨を規定しているところ,被申立人は,同規定に基づく閲覧謄写の申請があると,申請人が上記の利害関係人に当たるか否かを判断し,これに当たると認める場合にはその申請を容れて当該事件記録の閲覧謄写を行わせ,そうでない場合には閲覧謄写を拒否することとなる。
したがって,このような閲覧謄写を求める申請に対する被申立人の許否の決定は,法の認める優越的な意思の発動として行われるものであり,その結果として,申請人に対して法律上の権利又は利益に直接の影響を及ぼすものというべきであるから,本件各決定は処分に当たると解すべきである。
(2) 申立人らの申立適格について
行政庁の処分の取消しの訴えは,当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができることとされているところ(行政事件訴訟法9条),「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものであって,法律上保護された利益とは,当該処分の根拠となった行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている個別的,具体的利益をいうものであり,当該係争利益が当該処分との関係で法律上保護された利益といえるか否かは,当該処分の根拠となった行政法規の趣旨,目的,当該処分が当該係争利益に与える法律上の効果,当該係争利益の内容,性質等を考慮して判断すべきものである。
ところで,独占禁止法は,事件記録の閲覧,謄写等の申請がなされた場合における,被審人に対する通知,意見聴取手続,被審人による不服申立手続については明示的にはこれを規定していないけれども,事件記録には,被審人たる事業者の事業上の秘密や第三者に知られたくない事実等が含まれる可能性があり,事件記録の一般的な閲覧,謄写等を許容するときには,被審人に種々の不利益を与えることが想定されるところ,独占禁止法69条が,被申立人に対して事件記録の閲覧,謄写等を求めることができる者を「利害関孫人」に限定し,また,同法39条が,被申立人の委員長,委員及び被申立人の職員並びに委員長,委員又は被申立人の職員であった者は,その職務に関して知得した事業者の秘密を他に漏し,又は窃用してはならないと規定する趣旨は,上記のような被審人の地位にある者の個別具体的な利益を保護する趣旨をも含むと解される。
したがって,これらの規定の趣旨に照らし,被審人は,被申立人が行った閲覧,謄写を認める旨の処分の取消しを求める法律上の利益を有する者に当たるというべきであるから,申立人らは,本件本案事件に係る訴えについて原告適格を有するというべきであり,これに伴って,本件各決定の執行の停止を求める申立人としての適格も有していると解すべきである。
3 本件申立ての当否について
(1) 回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性の有無
ア 本件各決定の執行が停止されないときには,当該事件記録が,第三者に閲覧,謄写され,その内容を知らされることとなるが,誤って独占禁止法69条の定める「利害関係人」以外の者に対して閲覧又は謄写に供されたときに被審人である申立人らが被る不利益は,その性質上,その後にこれを回復することが困難な損害であると認めるのが相当である。
イ これに対し,被申立人は,本件各申請人は,申請に際して,謄写した事件記録を本件審判事件に係る損害賠償請求訴訟以外の目的に使用しない旨及び申請人(代理人等を含む。)以外の者に閲覧させたり,謄写させることはしない旨誓約しているから,申立人らの主張する各種の不利益が生じることはないなどと主張し,また,被申立人は,事業者の秘密や個人のプライバシーについて照会を行い,重大な損害が生じることの回避を図っているとも主張するが,そのような限定された範囲において,当該事件記録の内容が了知されるにすぎないとしても,申立人らに,前記のとおりの不利益が生ずることは避けられないものというべきである。
ウ したがって,申立人らについては,本案事件の第一審判決言渡しまでの間の限度で,本件各決定の執行を停止すべき緊急の必要性があるというべきである。
なお,申立人らは,本案判決の確定まで本件各決定の執行を停止すべきであると主張するが,現段階における本案についての理由の有無等に関する申立人らの疎明の程度に照らせば,本件においては,本案事件の第一審判決の結論をみたうえで,改めて緊急の必要性の有無を判断するのが相当である。
(2) 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に当たるか否か
ア 被申立人は,本件各申請人が原告となり,申立人らを含む本件審判事件に係る被審人らが被告となっている住民訴訟が行われているところ,本件各申請人は,同訴訟の原告として,所要の主張立証を,時機を失することなく行わなければならない立場にあって,本件各決定の執行の停止が認められれば,当該住民訴訟の有効な機能が害されることとなるから,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。
イ しかし,前記のとおり,本件各決定の執行は,本案事件の第一審判決言渡しまでの限度で停止されるにすぎないところ,本案事件の第一審判決言渡しまでの間,本件各決定の執行が停止され,本件各決定に基づく本件審判事件に係る事件記録の閲覧,謄写ができないことによって,本件各申請人が主張立証の時機を失し,その結果,住民訴訟の機能が害されるとの事態を生ずることを一応認めるに足るだけの疎明はないから,被申立人の主張は採用することができない。
(3) 「本案について理由がないとみえるとき」に当たるか否か
ア 被申立人は,本件各申請人は,本件審判事件の対象となる違反行為によって損害を被る地方公共団体を代位して,同事件の被審人らを被告として損害賠償請求訴訟を追行中の者であり,被害者である当該地方公共団体を代位してその損害賠償請求権を行使する法的地位を付与されているから,独占禁止法69条の「利害関係人」に含まれると解すべきであり,当該住民訴訟が最終的に不適法であるとして却下される可能性があるとしても,現にこれが係属している以上,本件各申請人らにおいてその審理のために事件記録を本案の主張・立証に活用する利益があり,かかる申請人についても前記の「利害関係人」に含まれるというべきであるから,本件各決定はいずれも適法であり,「本案について理由がないとみえるとき」に当たると主張する。
イ これに対し,申立人らは,①「利害関係人」とは,当該審判事件の被審人のほか,独占禁止法59条及び60条により参加し得る者及び当該審判事件の対象をなす違反行為の被害者をいうものであるところ,当該審判事件の審判対象行為によって損害を被る地方公共団体の住民は,審判手続に参加し得る者や当該違反行為の被害者のいずれにも該当しない,②仮に地方自治法242条の2第1項4号に規定する代位訴訟を提起していたとしても,住民が代位して行使できる権利は,同法に明定された不当利得返還請求権,損害賠償請求権等に限られるものであり,独占禁止法69条に規定する利害関係人として審判手続に参加したり,事件記録の閲覧,謄写を請求する権利を代位して行使することは認められない,等と主張して,本件各決定は違法であるから,「本案について理由がないとみえるとき」に当たらないと主張する。
ウ そこで検討するに,独占禁止法69条に規定する「利害関係人」とは,当該事件の被審人のほか,独占禁止法59条及び60条により参加し得る者及び当該事件の対象をなす違反行為の被害者をいうものと解されているところ(最高裁昭和50年7月10日第一小法廷判決・民集29巻6号888頁),地方公共団体が当該事件の対象をなす違反行為の被害者である場合について,その住民も,「利害関係人」に当たると解すべきか否かについては,申立人ら主張のとおり,これを全面的に否定する見解,被申立人主張のとおり,当該申請人が,地方公共団体を代位して,被審人らを被告として損害賠償請求権を行使する住民訴訟を追行中の場合には,これを肯定すべきとする見解などが考えられるところである。
しかし,このうち,後者の見解に立ったとしても,単に,たまたま地方公共団体の住民が,被審人らに対する損害賠償請求権を当該地方公共団体に代位して,被審人らを被告とする住民訴訟を追行しているというだけでは,その住民が,被審人らに係る審判事件について当然に利害関係を有しているものということは困難であり,当該審判事件に係る違反行為と住民が住民訴訟において代位している損害賠償請求権とがどのような関連性を持つのかが明らかにされない限り,当該住民について,当該審判事件の利害関係人に当たるか否か,あるいは,どこまでの範囲について利害関係人として取り扱うべきかを決することはできないというべきである。
しかるに,本件においては,申立人らは,別件の各住民訴訟は,当該各地方公共団体が発注した具体的な入札物件における個別談合及びその実行に係る違法を原因として損害賠償を請求するものであるのに対し,本件審判事件に係る違反行為は,全国的な談合に関する基本ルールについての合意の有無に係るものであると主張しているところ,本件一件記録に照らしても,上記の申立人らの主張事実が誤りであることを一応認めることができるまでの疎明がなされているとは解されないから,結局,上記の関連性が必ずしも明らかとはいい難い。そうすると,仮に,被審人らを被告として損害賠償請求権を行使する住民訴訟を追行中の住民が独占禁止法69条の規定する「利害関係人」に含まれるとする考え方をとったとしても,上記の事情について,なお審理を尽くす必要があるというべきであり,現段階において,本件各決定が違法であるとの申立人らの主張が,本案事件の第一審の審理を経る余地がないほどに理由がないとまでは認めることができない。
したがって,本件申立ては,「本案について理由がないとみえるとき」に当たるとする被申立人の主張は採用できない。
4 以上のとおりであるから,本件申立ては,本案事件の第一審判決の言渡しがあるまでの間,本件各決定の執行の停止を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の部分については,理由がないからこれを却下することとし,申立費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)
別紙1~13 <略>