大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成13年(行ク)96号 決定 2001年12月03日

主文

1  相手方が平成13年8月17日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、本案事件(当庁平成13年(行ウ)第245号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の第一審判決の言渡しの日から起算して10日後までの間これを停止する。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

3  申立費用は、これを4分し、その1を申立人の負担とし、その余を相手方の負担とする。

理由

第1当事者の申立て

1  申立ての趣旨

相手方が平成13年8月17日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、本案事件(当庁平成13年(行ウ)第245号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の判決が確定するまでこれを停止する。

2  相手方の意見

本件申立てを却下する。

第2前提となる事実

本件記録によれば、申立人の国籍及び生年月日、入国及び在留の経緯並びに退去強制手続の経過については、別紙(意見書写し)第3記載のとおりの事実が一応認められる(以下における略語は、同別紙(意見書写し)第3記載のものと同様である)。

第3当事者の主張

1  申立人

本件申立ての理由の要点としては、①申立人の法49条1項の異議の申出に対して法務大臣が平成13年8月17日付けでした裁決(以下「本件裁決」という。)は、原告とBとの婚姻が真実のものではないと判断した事実誤認に基づくものであるか、又は、同婚姻が真実のものと認めた上でその家族的結合を尊重しないで明白に合理性を欠く評価をしたことによるもので、違法な処分であり、②本件裁決については、裁決書が作成されておらず、処分根拠が明示されていない点で重大な手続違反があり、③本件において申立人に在留特別許可を認めないことは市民的及び政治的権利に関する国際規約17条の禁止する「恣意的な干渉」に当たり、同条違反であり、④本件における申立人についての告知と聴聞の機会及び証拠の提出は申立人とBとの婚姻関係を巡って行われたにもかかわらず、相手方の主張のように申立人の不法就労等を理由として本件裁決がされたのであれば、それは適正手続を保障する憲法31条に違反し、これら①ないし④のとおり違法な本件裁決に基づいてされた本件退令発付処分は違法なものとして取り消されるべきであって、申立人には回復困難な損害を避けるために執行停止を求める緊急の必要性があるというものである。

2  相手方

相手方の意見は、別紙(意見書写し)記載のとおりである。

第4当裁判所の判断

1  「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法25条2項)の要件の有無について

(1)  本件退令に基づく収容の執行について

行政事件訴訟法25条2項の「回復の困難な損害」とは、処分を受けることによって被る損害が、原状回復又は金銭賠償が不能であるとき、若しくは金銭賠償が一応可能であっても、損害の性質・態様にかんがみ、損害がなかった原状を回復させることは社会通念上容易でないと認められる場合をいう。

本件退令に基づく収容により申立人が被る損害は、収容による身柄拘束を受けることであるが、身柄拘束自体が個人の生命を奪うことに次ぐ人権に対する重大な侵害であり、精神的・肉体的に重大な損害をもたらすものであって、その損害を金銭によって償うことは社会通念上容易でないというべきである。その上、一件記録によれば、本件において、申立人は、平成13年6月21日にBとの婚姻の届出を了したが、同月29日に相手方から収容令書の発付を受け、同年7月2日から同収容令書の執行により東京入管収容場に収容され、その後違反調査、退去強制事由に該当する旨の認定等の一連の手続を経て、同年8月17日に本件退令の発付を受けて引き続き収容されていることが一応認められ、申立人は、Bとの婚姻後まもなく、夫婦の同居が不能とならざるを得ない事態を既に相当期間強制されているのであって、収容により申立人が受ける精神的・肉体的ダメージや申立人との面会や本件の訴訟手続等のために奔走していることがうかがわれるBの精神的・経済的負担をも考慮すると、申立人とBとの今後の婚姻関係に何らかの悪影響が及ぶ可能性もないとはいえず、こうした不利益によって生ずる損害は、後の金銭賠償が不可能なものであるか,金銭賠償が一応可能であっても、社会通念上損害がなかった原状を回復させることが容易でない損害であると認められる。

相手方は、行政処分又は行政処分の執行自体により発生する損害について、当該行政処分の根拠法が、当該処分の結果として当然発生するものであることを予定しているものである限り、受忍限度内のものとして行政事件訴訟法25条2項にいう「回復の困難な損害」には当たらないと主張し、法52条5項にいう収容は、退去強制令書の発付を受けた者につき、送還が可能になるまでの間、その身柄を確保するとともに、本邦内において在留活動を禁止することをも目的とするものであるから、被収容者が収容されることにより生ずる何らかの不利益は、退去強制令書の収容部分を執行されることにより通常生ずべき損害にすぎないものであり、回復の困難な損害には当たらないと主張する。

しかし、行政事件訴訟法は、処分取消しの訴えが提起されても処分の効力に影響がないとの原則を前提に、同原則の徹底により処分の結果として回復の困難な損害を受け、後に本案について勝訴判決を得てもその効力が実効性をもたないことを防ぐために執行停止の制度を設けたものであり、他方で、後に回復が容易な損害についてはその回復の手続によって解決するものとしたのであるから、処分そのものや法が当然予定した損害であっても、そのことにより後の勝訴判決が実効性を持たない可能性がある場合には、執行停止の必要性を肯定すべきである。そして、回復が困難か否かとその損害が処分の結果として当然発生するか否かは必ずしも一致するものではなく、処分の結果として当然発生する損害であっても、回復が困難な場合はあるし、他方、処分の結果として法が予定していないものであっても、事後的な回復が容易な損害もあるから、処分の性質やその結果である損害の性質、さらには申立人の事情等を考慮して、当該損害が回復困難な損害といえるか否かを検討すれば足りるものである。行政事件訴訟法の文言も、当該処分の結果として当然発生するものであることを予定している損害を排除しているものではないから、このような解釈を妨げるものではない。

しかして、本件においては、前記のとおり、本件処分によって申立人は、事後的に回復することが困難な損害を受ける蓋然性が高いものといわざるを得ない。

なお、退去強制令書発付処分に対する執行停止申立てがされた場合には、実務上、送還部分に限って執行を停止し収容部分の執行を停止しないことが多く、上記の説示には、このようなこれまでの実務の取扱いに反するのではないかとの疑問が生じないでもない。しかし、執行停止の要件としての回復困難な損害の有無の判断は、本案の勝訴の見込みとの比較において柔軟に行うべきものであり、上記の従前の実務の取扱いは、退去強制事由の存在に争いがなく、本案の主たる争点を在留特別許可における法務大臣の裁量権の行使に濫用があったか否かに設定し、このため、いわば申立人の主張自体からして勝訴の見込みが極めて限定され、しかも、仮に後記2(1)のように主任審査官の裁量権を前提とした考え方を採ったとしても、その事案の内容からして送還がやむを得ないとうかがわれる事例に関するものが多かったことによるものと考えられるのである。しかしながら、後記2(1)に述べるとおり、在留特別許可における法務大臣の裁量権の行使に濫用があったか否かはともかく、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か、発付するとしていつこれを発付するかにつき、裁量が認められ、退去強制令書を発付された外国人は、退去強制令書発付処分の取消等を求める訴訟において、退去強制事由の有無のほか、主任審査官の裁量の逸脱又は濫用についても同処分の違法事由として主張し得ると解すべきであって、これを前提とすると、本件においては、後記2(3)のとおり、相手方が自らに裁量権があることを前提としてその行使に当たり本件退令の発付により申立人に回復し難い損害が発生するおそれの有無及び程度等をどのように考慮したのかについては定かでなく、そのような考慮が十分されたものであるかは疑わしく、被告が本件退令の発付に当たって考慮した事実には、社会通念に照らし著しい過誤欠落があった可能性が少なからず認められるのであって、そうした過誤欠落がある場合には本件退令の発付は違法といわざるを得ず、申立人については勝訴の見込みが相当程度あると考えられ、こうした点で、本件は、上記のようなこれまでの実務が前提としていた事案の把握や争点の設定とはその内容を異にするものであって、同列には取り扱えないものであるということができる。

(2)  本件退令に基づく送還の執行について

本件において、本件退令に基づき申立人がパキスタンに送還された場合には、申立人の意思に反して申立人を送還する点で、申立人の居住地(国)選択の自由を制限するものであり、そのこと自体が申立人にとって重大な損害となるほか、申立人と訴訟代理人との間で訴訟追行のための十分な打合せができなくなるなど、申立人が本案事件の訴訟を追行することが著しく困難になることは明らかである。また、仮に申立人が本案事件について勝訴判決を得ても、その送還前に置かれていた原状を回復する制度的な保障はないことをも考慮すれば、申立人は、本件退令に基づく送還の執行により回復の困難な損害を被るものと認められ、本件については、こうした損害を避けるため本件退令に基づく送還の執行を停止すべき緊急の必要があるというべきである。

2  「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当するかどうかについて

(1)  本件の本案事件において、申立人は、本件退令発付処分の取消しを求めているところ、法24条は、同条各号の定める退去強制事由に該当する外国人について、法第5章(27条ないし55条)に規定する手続により、「本邦からの退去を強制することができる」と定めており、これが、退去強制に関する実体規定として、退去強制事由に該当する外国人に対して退去を強制するか否かにつき担当行政庁に裁量があることを規定しているものであることはその文言上明らかである。そして、法第5章の手続規定においては、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されている(法47条4項、48条8項、49条5項)と解されることからすれば,退去強制についての実体規定である法24条の認める裁量は、具体的には、退去強制に関する上記手続規定を介して主任審査官に与えられ、その結果、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしていつこれを発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められているものというべきである。したがって、退去強制令書を発付された外国人は、退去強制令書発付処分の取消等を求める訴訟において、退去強制事由の有無に加えて、これらの主任審査官の裁量の逸脱又は濫用についても同処分の違法事由として主張し得るのであり、主任審査官が退去強制令書を発付する際に考慮した事実及びそれを前提としてした判断の過程において、社会通念に照らし、著しい過誤欠落があると認められる場合には、その裁量を逸脱又は濫用したものとして当該退去強制令書の発付が違法なものとなるというべきである。

(2)  このように解することに対しては、法47条4項、48条8項及び49条5項が、容疑者が入国審査官の認定若しくは特別審理官の判定に服したとき又は法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、主任審査官は「退去強制令書を発付しなければならない」と規定していることから、主任審査官には退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地はないのではないかとの疑問が生じないでもない。

しかしながら、退去強制手続は、原則として容疑者たる外国人の身柄を収容令書により拘束していることを前提としているため、その手続を担当する者が何の考慮もないままに手続を中断し、放置することを許さないように、法47条1項、48条6項及び49条4項において、それぞれ容疑者が退去強制事由に該当しないと認められる場合に「直ちにその者を放免しなければならない」ことを定めるとともに、法47条4項、48条8項及び49条5項においては、退去強制に向けて手続を進める場合においても、「退去強制令書を発付しなければならない」として主任審査官の義務として規定を置いたものと解され、これらの規定と法24条を併せて解釈すれば,実体規定である法24条において退去強制につき前記効果裁量及び時の裁量を認めている以上、主任審査官において、そうした裁量の判断要素について十分考慮をしてもなお退去強制手続を進めるべきであると判断した場合には、放免又は退去に至らないまま手続を放置せず、法の定める次の手続に進む(退去強制令書を発付する)べきことを定めたものと解すべきであり、このように法の各規定をその位置づけに応じて解釈すれば、主任審査官に退去強制令書発付についての裁量を認めることは、法47条4項、48条8項及び49条5項の各規定と何ら矛盾するものではない。

(3)  以上を前提に、本件において「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうかを検討するに、本件の本案訴訟において、申立人は、法務大臣が申立人に対して在留特別許可をせずに法49条3項の裁決をしたことが法務大臣の裁量の逸脱又は濫用に当たり違法であり、同裁決に基づく本件退令発付処分も違法である旨主張しているところ、本件退令発付処分の違法事由として法務大臣の裁決の違法を主張し得るか否かや申立人の主張する事由が法務大臣の裁決の違法事由となるか否かはともかくとして、申立人が法務大臣の裁量の逸脱又は濫用を基礎づける事情として主張する事実は、上記主任審査官の裁量の逸脱又は濫用を基礎づける事実となり得るものであるから、本件で「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうかを検討するに当たっては、上記申立人の主張事実を主任審査官の裁量の逸脱又は濫用を基礎づける事実としても検討すべきである。

そして、前記第2の前提となる事実及び疎明資料によれば、申立人は、平成10年10月14日、当時日本人であるAと婚姻していたことから、法務大臣より在留資格を「日本人の配偶者等」、在留期間を1年とする在留特別許可を受けたが、平成11年8月24日にAと協議離婚し、在留期間の更新等の手続をしないまま、在留期限である同年10月14日を経過して本邦に不法に残留することとなり、その後、申立人は、平成13年1月ころ、日本人であるBと知り合って、同年3月ころから同人との交際を始め、Bが週末を申立人のアパートで過ごすなどしていわゆる半同棲生活を送り、申立人は、同年6月12日に法違反(不法残留)の疑いにより逮捕されたが、同月21日にはBがその両親を証人として申立人との婚姻の届出をすることにより婚姻するに至り、Bは、申立人が収容令書により収容された後も、申立人と頻繁に面会し、申立人の放免に向けて助力をしており、Bの両親も申立人とBとの婚姻に理解を示し、申立人が放免されることを強く望んでいることが一応認められる。これらの事実によれば、申立人とBとの婚姻関係は真摯なものと認められ、申立人については、本件退令発付の時点において、実質的には「日本人の配偶者等」としての在留活動があったものということができる。

他方、申立人に対する法違反調査においては、申立人とBとの関係について事情が聴取されたり、婚姻届出がされていることが確認されていながら、相手方は、本件において、申立人がかつて不法就労・不法残留をし、在留特別許可を得る際に日本国の法令に違反しないことを固く誓約したにもかかわらず再び不法残留したことを捉え、「申立人と現在の妻であるBとの婚姻関係がいかなるものであったにせよ、申立人の素行は著しく不良であり、出入国管理上も極めて悪質であることから、法務大臣は、申立人について特別に在留を許可すべき事情があるとは認められないと判断し」たもので、日本人との婚姻等の事実の存在をもって直ちに法務大臣の裁決がその裁量権の範囲の逸脱又は濫用によるものであるとすることはできない旨を主張するのみである。

確かに、不法残留及び不法就労の点は、出入国管理上は容易に看過し難いものであるが、疎明資料によると、申立人は、平成4年以来同一の勤務先で就労しており、勤務態度も良好であって、雇主も雇用の維持を希望しており、その他に犯罪を犯したこともないことが一応認められるのであるから,その素行が著しく不良であるとの認定には疑問がある。また、疎明資料によると、申立人は、月25万円程度の収入を得ており、前妻との婚姻中は自己の収入のみで家計を賄っていたことが一応認められ、その賃金が著しく低いとは認め難く、その就労状況が我が国の労働市場に悪影響をもたらしているとも認め難い。その上、相手方が、退去強制令書を発付するか否か、発付するとしていつ発付するかにつき、自らに与えられた裁量の範囲において、申立人とBとの婚姻関係がどの程度真摯なものかの点、さらには、これを踏まえ、本件退令の発付が申立人とBとの婚姻関係に及ぼす悪影響等、本件退令の発付により申立人及びBに回復し難い損害が発生するおそれの有無及び程度等をどのように考慮したのかについては定かでなく、むしろ拍手方の上記主張からは、そのような考慮が十分されたものであるかは疑わしい。そうであるならば、相手方は、本件退令の発付に当たって、申立人を在留させた場合における本邦への弊害を過大評価していた疑いがある上、本件退令の発付により申立人ひいては我が国の国民であるBにいかなる損害が生ずるかについての考慮を欠いていた可能性も否定できず、その判断過程には、社会通念に照らし著しい過誤欠落があった可能性が高い。

こうした点にかんがみれば、本件退令の発付に際しての主任審査官の裁量の逸脱又は濫用の有無については、少なくとも本案の審理を待たずに同裁量の逸脱又は濫用がなかったと断ずることは困難であり、本件退令の発付処分が違法となる可能性が低いとも言い難いのであって、本件については、申立人のその余の主張について検討するまでもなく、「本案について理由がないとみえるとき」に該当するとは認められない。

3  「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当するかどうかについて

相手方は、本件退令の執行停止に関し、退去強制令書の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、併せて退去強制令書の執行停止を申し立てた場合、単に本案訴訟の提起及び係属を理由に、安易に退去強制令書に基づく送還の執行停止を認めるとすれば、本案訴訟の提起は原則として執行停止の効力を有しないとする行政事件訴訟法25条1項に明らかに反する上、本案訴訟の係属している期間中、申立人のような法違反者の送還を長期にわたって不可能にすることになり、出入国管理行政を長期間停滞させて甚だしい打撃を与えることになるから到底容認し得ないと主張する。また、退去強制令書の発付された外国人に対して、送還部分のみならず収容部分までその執行を停止することになれば、正式に入国し適法に在留する外国人ですら、法により在留資格及び在留期間の点で管理を受け、法54条が定める仮放免についても、保証金の納付等の相当程度の制約が存するのに比し、違法に在留する外国人についてはそのような規制を受けることがなく、全く放任状態のまま司法機関によって公認された形で在留させる結果となるが、このことは、裁判所が強制処分に積極的に干渉して、仮の地位を定める結果を招来し、行政事件訴訟法44条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するばかりか、法の定める外国人管理の基本的支柱たる在留資格制度(法19条1項)を著しく混乱させるものであるし、仮放免における保証金納付等に対応する措置を採り得ないことから、逃亡防止を担保する一切の手段がないままに逃亡により退去強制令書の執行を不能にする事態が出現することも十分に予想され、本件と同様に在留期間を経過して不法に残留し、退去強制処分に付されるやこれを免れるために訴えを起こすという濫訴を誘発し助長するものであるから、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。

しかし、本件処分の執行停止は、前記1及び2で説示したとおり、行政事件訴訟法25条所定の要件の存在を判断した上でされるものであって、単に本案訴訟の提起及び係属のみを理由に安易にされているものではない。また、本件執行停止制度が行政事件訴訟法上の制度である以上、その制度を用いることは、同法が民事訴訟法上の仮処分を排除していることに何ら抵触するものでもない。相手方がそのほかに主張するところは,いずれも退去強制令書の執行停止による一般的な影響をいうものであって具体性がなく、主張自体失当であるし、本件において、本件退令に基づく執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとの事情をうかがわせる疎明はない。

4  執行停止の期間について

前記2の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうかの判断については、本案事件の第一審判決の結論いかんにより影響を受けるものである。そして、本案事件の第一審判決において申立人ら敗訴の判決が言い渡された場合でも、なお「本案について理由がないとみえるとき」に該当しないとまでいうことは困難であり、この点については、本案事件の第一審判決の帰趨を待って改めて判断すべきものと解される。

しかして、本件退令に基づく執行の停止の期間は、執行停止期間満了時の円滑な事務処理の必要性をも考慮し、本案事件の第一審判決言渡しの日から起算して10日限りとするのが相当である。

5  以上によれば、本件申立てのうち、本件退令に基づく執行につき、本案事件の第一審判決の言渡しの日から起算して10日後までの間その執行停止を求める部分は理由があるというべきである。

6  結論

よって、本件申立ては、本案事件の第一審判決の言渡しの日から起算して10日後までの間につき本件退令に基づく執行の停止を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 村田斉志 裁判官 廣澤諭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例