東京地方裁判所 平成14年(レ)203号 判決 2002年11月28日
控訴人
丸の内運輸株式会社
ほか一名
被控訴人
城西タクシー株式会社
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人らは、控訴人丸の内運輸株式会社に対し、連帯して、七万七二二五円及びこれに対する平成一二年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人らは、控訴人株式会社損害保険ジャパンに対し、連帯して、三〇万円及びこれに対する平成一三年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 控訴人丸の内運輸株式会社のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人丸の内運輸株式会社と被控訴人らとの間においてはこれを三分し、その一を控訴人丸の内運輸株式会社の、その余を被控訴人らの各負担とし、控訴人株式会社損害保険ジャパンと被控訴人らとの間においては、すべて被控訴人らの負担とする。
六 この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴人らの求めた裁判
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人らは、控訴人丸の内運輸株式会社に対し、連帯して、一一万九一三九円及びこれに対する平成一二年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人らは、控訴人株式会社損害保険ジャパンに対し、連帯して、三〇万円及びこれに対する平成一三年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
※ 以下、控訴人丸の内運輸株式会社を「控訴人丸の内運輸」と、控訴人株式会社損害保険ジャパンを「控訴人損保ジャパン」と、被控訴人城西タクシー株式会社を「被控訴人城西タクシー」と、被控訴人烏川一照こと鄭一照を「被控訴人鄭」と、それぞれ略称する。
第二事案の概要
本件は、東京都庁第一本庁舎正面玄関の車寄せの出口から都庁通り(以下「本件道路」という。)に出ようと右折していた訴外秋山隆男(以下「秋山」という。)の運転車両(以下「秋山車」という。)に、右方から本件道路を直進してきた被控訴人鄭の運転車両(以下「鄭車」という。)が衝突した結果、秋山車の所有者である控訴人丸の内運輸が被った損害合計四一万九一三九円について、控訴人丸の内運輸との間で秋山車を被保険車両とする自動車保険契約を締結していた控訴人損保ジャパンが保険金三〇万円を支払ったとして、<1> 控訴人損保ジャパンが、被控訴人鄭とその使用者である被控訴人城西タクシーに対し、保険代位により取得した不法行為による損害賠償請求権に基づき三〇万円の支払を、<2> 控訴人丸の内運輸が、被控訴人らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害の残額である一一万九一三九円の支払を、それぞれ請求している事案である。
請求原因及び抗弁に関する当事者の主張・認否は、「本件現場」を「本件事故現場」と改めるほかは、原判決の「事実」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
本件の主要な争点は、本件事故の原因及び双方の過失割合である。
第三当裁判所の判断
一 本件事故の原因及び双方の過失割合について
(1) 証拠(甲一ないし九、一三、一五ないし二〇、乙一)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故現場周辺の状況は、概ね別紙図面のとおりである(以下、別紙図面の中心付近に記載の本件道路を横断する横断歩道を「本件横断歩道」と、東京都庁第一本庁舎と本件道路との間にある歩道を「西側歩道」と、別紙図面に(a)、(b)、(c)として示されている信号機を、それぞれ「本件信号機(a)」、「本件信号機(b)」、「本件信号機(c)」と、これらの信号機を総称して「本件各信号機」という。)。本件道路の南方から北方に向かう車線側の停止線(以下「本件停止線」という。)は、本件横断歩道の南端から南方約一六・九mに位置する。
本件事故当時、本件道路の車寄せの出口付近にはトラックが停車していたため(別紙図面記載の「トラック」。以下「本件トラック」という。)、車寄せの出口から本件道路の南方への見通しは悪かった。天候は晴れであり、路面は乾燥していた。
イ 秋山は、車寄せに停車させていた秋山車を運転して、車寄せの出口から出て、本件道路を南方に進行するために右折しようとしていた。
秋山は、正面玄関側の停止線の手前で秋山車を停車させた。この時、秋山は、車寄せの出口にある歩行者用の横断地帯(西側歩道を本件車寄せの出口に延長した地帯)を歩行者が南方から北方に歩いてきたこと、本件道路の車両の通行を規制する本件信号機(a)の表示が青色であることをそれぞれ確認した。
秋山は、前記歩行者が前記横断地帯を渡った後、本件信号機(a)の表示が赤色表示になったことを確認した。そして、本件トラックの存在により右方の見通しが悪かったために再び秋山車を低速で発進させたが、この時、秋山は、本件信号機(a)が赤色を表示していることから、南方より本件横断歩道を越えて本件事故現場に進入してくる車両はないものと考え、自己の注意を専ら歩行者や本件道路を走行する自転車の有無に向けていた。
秋山は、秋山車が本件道路に出たところで、後記ウのとおり鄭車が進行してきたことから、鄭車との接触を避けようとして、秋山車を本件道路の中央分離帯寄りの車線に同車の先端部を出した状態で停車させた。
ウ 被控訴人鄭は、鄭車を運転して本件道路の中央分離帯寄りの車線を、南方から北方に向けて時速約五〇ないし六〇kmの速度で進行していた。
被控訴人鄭は、本件横断歩道の南端の手前で本件信号機(c)が赤色を表示していたのを認めていたにもかかわらず、鄭車を停車させることなく進行させ、車寄せの出口から出てきて鄭車を認めて停車した秋山車の左前部に、鄭車の左前端部を衝突させ、同車の左側面の前輪付近から後輪付近に至るまでの部分を秋山車に接触させ、その後もそのまま鄭車を約一五m走行させ、中央分離帯に乗り上げさせた。
(2) ところで、被控訴人らは、鄭車が本件停止線に差し掛かった時には本件信号機(c)の表示は青色であり、本件横断歩道の南端に差し掛かった時点で黄色表示に変化したもので信号無視の事実はないと主張し、原審における被控訴人鄭本人の尋問結果を反訳した甲一八にはそれに沿う記載がある。しかし、以下のとおり、被控訴人らの主張は理由がない。
ア 証人若山の原審における尋問結果を反訳した甲一六によれば、<1> 若山は、本件事故当時、都庁舎の警備の職務に従事しており、秋山車が車寄せに停車していた時には車寄せ内の歩道上にいたが、同車の発進に合わせ、西側歩道上を通行する歩行者の安全を確保するために同車の後を追うように西側歩道に向かって歩いており、本件信号機(a)が黄色表示であった時には西側歩道の約五m手前に、本件事故発生直後には西側歩道上にいたこと、<2> 本件信号機(a)が黄色表示であった時、鄭車は若山の視界に入る位置に存在しなかったこと、<3> 本件事故発生直後、本件信号機(a)は赤色表示、歩行者用信号機である本件信号機(b)は青色表示であったこと、以上の事実が認められる。
イ 次に、証拠(甲一九)及び弁論の全趣旨によれば、若山の目撃した本件信号機(a)と鄭車進行方向の本件信号機(c)とは同じ色を表示することが認められる。また、本件各信号機は、車両用信号機(本件信号機(a)、(c))が黄色を三秒間表示した後、本件各信号機がいずれも赤色表示になる状態(いわゆる全赤)が二秒間続き、その後、歩行者用信号機(本件信号機(b))が青色表示になること(甲一九参照)は、当事者間に争いがない。
ウ 以上の事実からすると、若山が本件事故発生直後に見た本件各信号機の表示は、全赤が終了し本件信号機(b)が青色表示に変わった状態であるから、仮に全赤が終了したのと同時に本件事故が発生したとしても、鄭車進行方向の本件信号機(c)の表示は、少なくとも本件事故発生の二秒前には赤色表示に変化していたことになる。
エ 一方、証拠(甲二、八、一五、一七)及び弁論の全趣旨によれば、本件横断歩道の南端と本件事故現場との間の距離は約一八ないし一九mであると認められる。そして、仮に、この距離を一九mとし、鄭車の走行速度を被控訴人らの主張する時速約五〇km(秒速約一三・九m)として計算すると、前記距離を走行するのに要する時間は約一・三七秒となる(なお、鄭車の走行速度を時速約六〇km・秒速約一六・七mとして計算すると、前記距離を走行するのに要する時間は約一・一四秒となる。)。そうすると、鄭車が本件横断歩道の南端に差し掛かった時には、既に本件信号機(c)は赤色を表示していたことが明らかである。この認定と異なる被控訴人鄭の供述は、採用することができない。
(3) そこで、以上の事実に基づき、本件事故発生についての被控訴人鄭の過失の有無を検討する。
鄭車が本件横断歩道の南端に差し掛かった時、本件信号機(c)は赤色を表示していたものであるから、前記のとおり、その三秒以上前に、同信号機の表示は青色から黄色に変わっていたことになる。そして、前記のとおり、本件横断歩道の南端から本件停止線までの距離が約一六・九mであることからすると、本件信号機(c)の表示が黄色に変わった時点では、鄭車は、本件停止線の南側を走行していたものと判断される。
ところで、道路交通法施行令二条一項によれば、車両等は、黄色の灯火の信号に対しては、停止位置(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前をいう。)を越えて進行してはならないが、黄色の灯火の信号が表示された時において当該停止位置に近接しているため安全に停止することができない場合は、例外として、停止位置を越えて進行し得るものとされている。本件では、前記のとおり、本件横断歩道の南端から本件停止線までの距離が約一六・九mと長いから、信号の表示が黄色に変わった時に、本件停止線の直前では安全に停止することができないが、本件横断歩道の手前では停止することができるという場合が生じ得る。そして、上記規定の趣旨及び横断歩道を通行する歩行者の保護という観点からすれば、この場合には、車両等は、本件停止線を越えて進行することはできるものの、そのまま本件横断歩道を越えて進行することは許されず、本件横断歩道の手前で停止する必要があるというべきである。
ここで、被控訴人らの主張するように、鄭車が時速約五〇km(秒速約一三・九m)の速度で走行していたとすれば、本件信号機(c)の表示が黄色に変わった時点では、鄭車は本件停止線二五mくらい南側を走行していた計算となるから(13.9m×3秒=41.7m、41.7m-16.9m=24.8m)、本件停止線の直前で安全に停止することができたと考えられるが、たとい、本件停止線の直前で安全に停止することができなかったとしても、それから約一六・九m進行した本件横断歩道の南端の手前では安全に停止することができたことは明らかである。したがって、被控訴人鄭には、本件信号機(c)の黄色の信号表示、さらには、赤色の信号表示に違反して走行し、本件事故現場に進入したものであり、本件事故発生について過失があるというべきである。
(4) そして、本件各信号機は車寄せの出口から本件道路に進入する車両の通行を直接規制するものではないけれども、本件信号機(a)、(c)が本件道路を走行する車両の通行を規制していることの結果として、車寄せの出口から本件道路に進入する車両は、本件信号機(a)、(c)が赤色を表示しているとき(すなわち、本件信号機(b)が青色を表示しているとき)は、車両が本件道路の停止線又は本件横断歩道を越えて進行してくることはないと信頼して走行するのが通常であると考えられ(甲一八参照)、この信頼は法的に保護されるべきものである。
もっとも、車寄せの出口から本件道路に進入する車両に対する直接の信号規制が存しないことからすれば、これらの車両は、左右の安全を確認して本件道路に進入すべき注意義務を免れるものではなく、取り分け、本件においては、本件横断歩道から車寄せの出口に至るまでには十数mの距離があったのであるから、秋山としては、本件信号機(c)が赤色表示に変化する前に本件事故現場に進入してくる車両があり得ることを予想して左右の安全確認を尽くすべきであったのであり、秋山にも、この注意義務を怠った過失がある。
以上の事情のほか、本件事故現場の状況、本件事故当時の両車両の速度、衝突地点等を考慮すると、双方の過失割合は、秋山一〇:被控訴人鄭九〇と認めるのが相当である。
二 損害額について
証拠(甲九ないし一二)及び弁論の全趣旨によれば、秋山車の所有者が控訴人丸の内運輸であることが認められる。また、控訴人丸の内運輸が、本件事故によって秋山車の修理を余儀なくされ、その修理費用として四一万九一三九円を支出したことは、当事者間に争いがない。そして、前記一(4)に認定説示の過失割合に従い一割を控除すると、控訴人丸の内運輸の損害額は三七万七二二五円(円未満切捨て)となる。
また、控訴人損保ジャパンが控訴人丸の内運輸に本件事故による秋山車の修理代金として三〇万円を支払ったことも、当事者間に争いがない。
三 結論
以上によれば、控訴人丸の内運輸の請求は、被控訴人らに対し、連帯して、控訴人損保ジャパンから填補された三〇万円を控除した残額である七万七二二五円及びこれに対する本件事故日である平成一二年一〇月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、また、控訴人損保ジャパンの請求はすべて理由があるから、これらを認容すべきであり、控訴人丸の内運輸のその余の請求は失当として棄却すべきである。よって、これと異なる原判決は不当であるから、本件控訴に基づき原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 河邉義典 森剛 石田憲一)